とあるモブ男子の奈桜ルート攻略   作:Sh1Gr3

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※少しでも吐き気を催したらそっ閉じ推奨です。

 ②と③で分けました。とりあえず1年生はこれで終わりです。


彼女との日常③

 

 

 

 年が明け、またいつもの学園生活が始まったある日の午後。

 俺はまた生活指導の先生から、例の件で呼び出しをくらっていた。

 

 「来月、少なくとも来月中には決めておくように」

 「……分かりました」

 

 とりあえず、いつものように返事をして生活指導室を後にした。

 少し歩いてから、俺は大きくため息を零す。いい加減、諦めて放っといてくれればいいものを。別に成績は悪くないし、ボランティア活動も真面目に取り組んでいるのだから、良いのではないか。

 

 (なんでこんな高校入ったんだ、俺)

 

 そんなことを考えていると、

 

 「またため息ですか。そんなにため息ばかり吐いていると、幸せが逃げちゃいますよ」

 

 横から声をかけられた。

 声の方に目をやると、堂々とした様相で高科さんが立っていた。

 

 「生活指導室に呼ばれるなんて、いったい何をやらかしたんですか?ナオっちにも教えてほしいですよ」

 

 ワクワクの眼差しを向けてくる高科さん。

 俺は周りを見渡して、人影が見えないことを確認してから言った。

 

 「部活のことっすよ」

 「あ~、またそれですか」

 

 今度はガッカリと言わんばかりの目を向けられる。

 高科さんの俺に対する認識は、いまいち理解できない。彼女の中の俺は、そんなに問題児なのだろうか。

 

 「もう適当に選んで、席だけ置いとけばいいじゃないですか」

 「いや、でも練習とかめんどいじゃないすか」

 「そんなのどうとでもなりますよ」

 

 良からぬことをハッキリと言い切る高科さん。

 真に生活指導室に呼ばれるべきなのは、彼女の方では?

 

 俺は「そういえば」と話を変える。

 

 「高科さんは練習とかないんすか」

 「いま新聞部の活動中ですよ」

 「はあ」

 

 真面目に答える気がないようなので、俺はそれ以上訊くのをやめた。

 高科さんが続けて言う。

 

 「まあ、一応は陸上部にも入ってますよ。あまり練習には出てないですけどねえ~」

 「……いいんすかそれで」

 

 呑気な物言いに呆れて言葉を返す俺。

 彼女と知り合って早半年、初めて彼女の正式な所属を聞けた。もっとも、今更聞いてもどうということはないのだが。

 

 ふと高科さんの声色が、真面目なものに変わる。

 

 「いいんですよそれで。だって、結局は自分が楽しいと思えることをするかどうかじゃないですか」

 「はあ」

 「だから神城君のやりたいようにすればいいのですよ!」

 「……」

 

 率直に彼女らしいなと思った。とはいえ、それができれば苦労はない。

 でもハッキリとそう言い放つ彼女を見ていると、こんなことで悩んでいるのがバカバカしく思えてきた。

 

 「高科さんらしいっすね」

 「もっと褒めてくれてもいいですよ」

 

 フフンと胸を張る高科さん。

 俺はそれを華麗にスルーして、心の内に思っていたことを口にした。

 

 「めんどいっすねこの高校」

 「なにがですか?」

 「規則がっす。厳しすぎないすか」

 「まあそれは一理ありますねえ~。でもスリルが味わえて楽しいですよ」

 「はあ……そうすか」

 

 説得力の塊のようなことを言う高科さんに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 すると、高科さんは真剣な面持ちで訊いてきた。

 

 「後悔してますか?この学校に入って」

 

 珍しく確信を突いてくる高科さん。

 俺は俯いて答える。

 

 「まあ……そうっすね」

 「……そうですか。それは残念ですよ」

 

 そういう彼女の声は、心なしか少し寂しそうに聞こえた。

 俺はそれに気が付かない振りをして訊く。

 

 「高科さんはなんで入ったんすか?」

 「え、あたしですか?えっとですね……」

 

 俺の疑問にどう答えようか、迷っている様子。

 やがて意を決したようで、高科さんはどこか遠くを見ながら言った。

 

 「知り合いがいるのですよ。だからあたしも、一緒の高校に行きたいなと思いまして」

 「へー、そうなんすね」

 

 ごくごく普通の、ありふれた理由だった。

 俺も同じような理由で入ったので、こういう人は結構多いのだと思う。

 

 ただ、そう言う高科さんの様相から、それが全ての理由ではないのだろうなと察した。

 でも俺はそれを訊いたりはしない。なんとなく、深い事情がありそうな気がしたからだ。この手の察し力は、昔から自信があった。

 

 会話が止まる。少ししてから、高科さんが口を開く。

 

 「実は妹なのですよ。その知り合いって」

 「妹っすか?」

 

 妹という単語に思わず訊き返す俺。

 当然だ。俺も高科さんもまだ一年生なので、これ以上の下の学年は存在しない。故に、妹という単語を口にしたことが不思議だった。

 

 高科さんが頷く。

 

 「双子の妹です。あたしの生きがいですよ」

 

 そう言ってニッコリと笑う高科さん。

 その笑顔は、すっかりいつもの彼女のものだった。

 

 「いつか神城君にも紹介してあげますよ」

 「はあ……あざす」

 

 いきなり紹介するという高科さんに困惑しつつ、とりあえずお礼を言っておく。

 

 「でも、妹はかなりの人見知りですからねえ~。神城君とはまともに話せないかもですよ」

 

 高科さんは今度は、ニヤニヤしながら言った。

 意外だなと思った。眼前の自称新聞部は、人見知りとは無縁の存在に見える。そんな彼女の双子の妹なら、多少は似た性格だと思ったのだが。

 

 「……仲いいんすね」

 

 特に考えずその言葉を口にした。それを聞いた高科さんの目が、一瞬だけ丸くなる。

 

 「あ、当たり前ですよ。家族なんですから」

 

 すぐにいつもの調子に戻ると、高科さんは胸を張ってそう言った。

 俺はなんとなく、地雷を踏んでしまったような気がしたが、それ以上は何も言わず「そうすか」とだけ返事した。

 

 「さてと、ナオっちはぼちぼち退散しますよ」

 

 高科さんのその台詞を聞いて、腕の時計に目をやる。話し始めてから、既にそれなりの時間が経過していた。

 

 (もうこんな時間か……)

 

 いつもより多く話していたというのに、いつもより短い時間のように感じた。

 俺も寮に戻らなければ。貴重なゴロゴロタイムが減ってしまう。

 

 「それでは神城君、また会いましょう」

 「うっす」

 

 この場を後にする彼女を見送り、寮に向かって歩き出す。

 寮への道中、頭の中は謎のモヤモヤで溢れ返っていた。

 

 (またかよ)

 

 俺はそれ以上の思考を全停止する。

 こんなもの、何も考えなければ、意識しなければいいだけの話だ。

 

 そうすれば、このモヤモヤが現れることはないのだから──。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女との日常③ その2◆◆

 

 

 二月も半ばに差し掛かった頃。

 世間一般的には、ちょうど今日はバレンタインと呼ばれる日であった。

 

 「は~。虚しいでやんすねえ~」

 

 放課後、屋上の掃除をしていたところ。

 同じ掃除当番の荷田君のぼやき声が耳に入った。

 

 「ああ~。女子からのチョコレート、欲しいでやんすよお~」

 「荷田君、早く終わらせないと練習遅れるよ」

 

 そう言うのは、一緒に掃除をしているパワポケ君だ。

 

 「だいたい、女子なんてどこにもいないじゃないか」

 「そうでやんす!今こそ秘密の花園、女子寮へと赴く時でやんす!」

 「聞いてないし。そんなのバレたら大変だよ」

 「パワポケ君も一緒に行くでやんす!青春を謳歌するでやんす!」

 「嫌だよ。ほら、そっち掃いて」

 「女子寮にでやんすか?」

 「何言ってるんだよ……」

 

 見事なボケとツッコミの言い回しで、俺はまたやってるよと思った。

 二人とも同じ野球部ということもあり、日頃からこのような絡みをよく目にしていた。

 

 荷田君はこんな感じで、よく青春がどうのとか口にしている。それをパワポケ君が、呆れ半分で聞いてやるところまでがお決まりの展開だ。

 

 俺は二人から少し距離を取って、周囲を見下ろす。

 ここにいると、自然とこの動作をするようになっていた。習慣とは恐ろしいものである。

 

 「おー、いい眺めだな」

 

 いつの間にか、真横まで来ていたパワポケ君が、感嘆の言葉を漏らした。

 

 「天気もいいし、ここにいるとどんなに沈んでいても、あっという間に気分爽快だな」

 「まあ、そうだね」

 「こんな青空の下で暗い顔をしている奴なんて、バカだな。バカに違いない」

 (俺じゃん)

 

 パワポケ君がそう言うので、俺は自虐気味にフッと鼻で笑った。

 まさしく先日の俺である。

 

 あの日も今日と同じように、いい天気だった。それでも、ここにいて気分爽快にはならなかったので、パワポケ君の中で俺はバカに分類されるだろう。

 

 「二人とも、こっちは終わったでやんすよ」

 

 後ろから、荷田君が掃除完了の声をあげた。

 パワポケ君がそれに答える。

 

 「お疲れ。今行くよ」

 

 この場を後にしようとするパワポケ君を見て、俺は辺りを見下ろすのをやめた。

 

 (今日はいなかったな)

 

 珍しいこともあるものだと思った。もっとも、これが当たり前なのだが。

 俺は掃除用具を手に取り、用具入れへと歩き出す。

 

 その刹那、不意にパワポケ君が声を漏らした。

 

 「ん?」

 

 それを聞いて、俺は後ろを振り返る。

 パワポケ君は何かに気が付いたかのように、旧校舎に続く森の方を見ていた。

 

 (まさか……!)

 

 嫌な予感。俺は慌ててその視線の先に目をやる。

 すると、ちょうど怪し気な人影が、森の中へ消えていくところだった。

 

 まじかよと頭を抱えそうになっていると、パワポケ君に尋ねられる。

 

 「なあ、今何か見えなかったか?」

 「え?ああ、うん……」

 

 唐突にそう訊かれ、俺は嘘吐く余裕もなかった。

 パワポケ君は「うーん」と首を傾げている。

 

 「あの森に変な生き物がいるとか?」

 「いや、流石にいないんじゃないそれは」

 「でも確かに見たんだよな」

 

 未だ首を捻り続けているパワポケ君を見て、そりゃいるでしょうねと、心の中で呟いた。

 同時に、彼女に対して文句の言葉をぶつける。まったく、何が隠密術だ。俺はともかく、他の人にも普通に見つかってるじゃないか。

 

 そんなことを思っていると、唐突にパワポケ君が言った。

 

 「なあ、ちょっと行ってみないか?」

 「えっ?」

 

 その言葉に、思わず訊き返してしまう俺。

 パワポケ君は興味あり気に続ける。

 

 「あの生き物がなんなのか気になるし。ちょっとだけさ」

 

 そう提案するパワポケ君に、俺は少し迷った末に頷いた。

 

 「別にいいけど……」

 「よしっ!決まりだな」

 

 パワポケ君が後ろで待つ荷田君の方を向く。

 

 「荷田君、悪いんだけど先に行ってて」

 「は?なんでやんすか急に」

 「ちょっとおなかが痛くて。トイレが長くなりそうなんだ」

 「はあ。別にいいでやんすが」

 

 荷田君の視線がこちらに移る。

 俺も続けて言った。

 

 「ちょっと涼んでから行くわ」

 「涼むって、まだ冬真っただ中でやんすけど」

 

 何言ってんだと言わんばかりに、当然のツッコミを入れられる。

 俺はそれに肩を竦めていると、荷田君は「風邪には気を付けるでやんすよ」とだけ言い残し、屋上から出て行った。

 

 「……いい奴だね」

 「俺もそう思うよ」

 

 パワポケ君が同意する。

 二人で荷田君を見送ってから、校舎を出た。

 

 そして、例の人影が消えた森の前へと向かう。

 

 「どうする?熊とか出たら」

 「……出ないと思うよ。たぶん」

 

 パワポケ君の問いかけに、俺は明後日の方を見ながら答えた。

 熊とかよりも、幽霊とかお化けの方がまだしっくりくる気がする。

 

 しばらくの間、俺とパワポケ君は森の中を徘徊して回った。

 その間、なるべく彼を旧校舎へと近付かせないようにしていたが、俺も大概方向音痴である。

 

 いつもの道からは反れていたはずなのに、気が付くと結局、旧校舎の目の前へと来ていた。

 

 「お~、森の奥にこんな場所があったのか」

 

 辺りを見回し、パワポケ君が驚いたように言う。

 俺はパワポケ君が動き出す前に、校舎裏の方に目をやった。

 

 (いないか……)

 

 俺は「ふぅ」と安堵の息を吐いた。ここで見つかっては、またややこしいことになってしまう。それだけは避けたかった。

 パワポケ君が旧校舎を見て言う。

 

 「昔の校舎っぽいけど、もう使われてないのかな?」

 「ぽいね。もう崩れかけてるし」

 「だいぶ古そうだもんな」

 

 窓から旧校舎の中を覗いて満足したのか、やがてパワポケ君は旧校舎から目を離した。

 

 「崩れたら危ないし、帰るか」

 「うん、そうしよ」

 

 二人して旧校舎に背を向ける。

 その時、ちょうど部活開始を告げるチャイムが鳴った。

 

 「やばっ!ごめん神城君、俺先行くわ」

 

 とパワポケ君。

 俺が何かを言う前に、彼はそのまま来た道を戻って行った。

 

 俺はホッと胸をなでおろした。

 かなりヒヤヒヤしたが、扉のことも高科さんのこともバレずに済んだ。

 

 まったく、なんで俺がこんなに緊張しなくてはならないのか。それもこれも、みんなあの自称新聞部のせいである。

 

 そんな不平不満の感情を、心の内に募らせていると、不意に後方から鍵の開閉音が聞こえてきた。

 ガチャリ。そのまま扉が開かれる。

 

 サッと後ろを振り返ると、そこには案の定、この不平不満の元凶が立っていた。

 

 「ふう~。買ったのはいいんだけど……どうしようコレ」

 

 目の前の人影──高科さんは、手に持った何かを見て、ブツブツと呟いている。

 こちらまで届くか届かないかの声量なので、何を言っているかまでは聞き取れない。

 

 「意外と意気地がないですねえ~。自分でも驚きですよ」

 

 何やら肩を落として、ため息を吐いたように見えた。でもその理由までは分からない。

 ただ、俺の存在には気が付いていないようだった。

 

 (何してんだ……?)

 

 仕方がないので、こちらから声をかけることにした。

 パワポケ君の件も、注意する必要がある。

 

 「何してんすか」

 「きゃっ!」

 

 声をかけられたことに相当驚いたのか、高科さんは肩をビクッと震わせて、小さな悲鳴を上げた。

 

 「神城君?!ななななな、なんでここに?」

 「いや、まあ色々あったんで……」

 

 目を丸くしている高科さんをよそに、俺はここに来た経緯を説明した。

 

 「普通にバレてましたよ」

 「おかしいですねえ~。そんなへまをナオっちがするわけないのですが……神城君はともかく」

 

 最後の方は何を言っているか聞こえなかったが、高科さんは不思議そうに首を傾げた。

 俺は無駄だと理解しながらも、呆れ半分で言う。

 

 「まあ、気を付けた方がいいっすよ」

 「ご忠告感謝しますよ」

 

 緊張感皆無の声色で、返事が返ってくる。

 その様子を見て、またため息が漏れ出そうになったが、ふと高科さんの手に持った物が目に留まった。

 

 「なんすかそれ」

 「へ?あ、こ、これですか?」

 

 何やら慌てふためいた様子を見せる高科さん。

 俺が怪訝そうな目を向けると、またすぐにいつもの調子に戻って言った。

 

 「お菓子ですよ。今日発売のお菓子がありまして、さっそく買いに行ったわけです」

 「へえ……確かに甘そうな匂いっすね」

 

 この匂いはおそらく、チョコレートだなと思った。

 ぱっと見た感じ、綺麗にラッピングされているし、これを買いに行ったというのは嘘ではなさそうだ。

 

 俺はそれから目を離して言う。

 

 「じゃあ、そんな感じなんで」

 「えっ?もう行っちゃうんですか?」

 「いや、また誰かに来られたらやばいじゃないすか」

 「そ、それはそうですけど……」

 

 そう言って俯く高科さん。

 それを見て、俺はなんなんだと頭を掻いていると、唐突に高科さんが「そうだ!」と声をあげた。

 

 「見つかったからには、神城君を口止めしなければなりません」

 「はあ」

 「というわけで、このお菓子は神城君にも、お裾分けです。これで神城君も共犯者ですよ」

 

 高科さんはそう言うと、手に持った小包を渡してきた。

 何がというわけなのか理解できなかったが、渡された以上、受け取らないのもあれなので、俺は素直に受け取ることにした。

 

 「では、ナオっちはこれで!」

 

 小包を渡すと、俺が何かを言う前に、高科さんは森の中へと走り去って行った。

 場には俺だけが取り残され、周辺が一気に静まり返る。

 

 「何事……?」

 

 俺は首を傾げつつも、渡された小包に目をやった。

 やはり綺麗にラッピングされたそれには、何やら文字付きのシールが貼ってある。英語ではあったが、俺にはその意味が直ぐに分かった。

 

 「St. Valentine(セント バレンタイン)」

 

 要するにバレンタインデーということだ。

 このお菓子は、つまりはそういう目的のために販売されているのだろう。

 

 そんなものを、俺は半ば強引ではあったが受け取ってしまった。

 見たところ、これ一個しか持っていなさそうだったが、俺なんかに渡してしまって良かったのだろうか?

 

 女子寮で売ったり、友達や妹にあげたりなど、用途はいくらでもありそうなのに。

 俺はしばらく考えて、小包から目を離した。

 

 「まあいいか。俺は渡されただけだし。渡してきた向こうが悪いよ」

 

 小包をズボンのポケットにしまい、俺も旧校舎を後にする。

 先ほどはああ結論付けたが、その帰り道、俺の頭の中ではもう既に「貰った物は返すべきか」という、次の議題でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女との日常③ その3◆◆

 

 

 一月後。その日はあっという間にやってきた。

 就業のチャイムが鳴り渡り、周りの人たちが席を立ち始める。

 

 俺もそれに合わせて、机の上の教科書やら筆記用具を、鞄の中にしまった。

 そして、ちらっと壁の時計に目をやる。

 

 実に微妙な時間だった。俺は頭の中で軽く、シミュレーションを始める。

 教室を出て屋上に向かい、彼女を探してこいつを渡す。要はたったのそれだけだ。目標の時間内に達成できれば、ゲームクリアと言える。

 俺は鞄の中のそれにちらと目をやると、席を立つのと同時にため息を零した。

 

 なぜこんなシミュレーションを行う必要があるのか?

 それは、こんな日に限って、また先生から呼び出しをくらったからである。本当に間の悪い話だ。

 

 だがそれも、今日で終わる予定である。

 やる気は皆無だが、とりあえず次の部活はもう決めてあった。あとはそれを先生に報告すればいい。

 

 「おっ、最近先生に呼び出されてばかりの神城君が、お帰りでやんす」

 

 席を立ち、歩き出そうとしたところ、前の席の荷田君から声がかかった。

 

 「部活もう決めたでやんすか?」

 「まあ……一応」

 

 荷田君の問いかけに、俺は目をそらして答える。

 部活をやめてからというもの、彼から何度か野球部に誘われていたので、なんとなく申し訳なかった。

 

 「まさか野球部か?」

 

 そう言うのは、荷田君の隣の席のパワポケ君だ。

 彼にもよく誘われたのだが、残念ながらご期待に沿えることはできない。

 

 黙って首を横に振ると、二人とも見るからに肩を落としていた。

 

 「部員ゲットのチャンスが……残念でやんす」 

 「まあ仕方ないよ。嫌でやるものじゃないしさ」

 

 パワポケ君が、荷田君の肩にそっと手を置く。

 まるでこちらが悪者みたいな空気に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

 

 二人ともこんな俺を誘ってくれるなんて、本当にいい人らなのだが、こればかりはどうしようもない。

 俺は二人に手をあげて、別れの挨拶を済ませると、教室を後にした。

 

 (さて、行くか……)

 

 タイムリミットまで残り数十分。駆け足で屋上へと向かう。

 そもそも彼女が見つからなかったら時点で、ゲームオーバー不可避だが、どうせ見つかるだろうと心の内で言い聞かせていた。

 

 誰もいない屋上に続く階段を駆け上がり、扉を開ける。

 人影がないことを確認してから、俺は辺りを見下ろした。

 

 (いるか……?)

 

 男子校舎周り、グラウンド、森の方と視線を泳がせる。

 すると、先ほどまでの不安はよそに、堂々と森の中へ消えていく彼女が見えた。

 

 「あ、いた!」

 

 それを視認するや否や、俺はその場から走り出した。

 簡単に見つかりすぎな気もしたが、今度ばかりはナイスと褒め称えてもいい。

 

 ただ、彼女のことなので、急がないと外に出てしまう可能性もあった。

 そうなると時間的に、ゲームクリアが絶望的になってしまうので、それだけは避けなければならない。

 

 先生に注意されない程度に、急いで校舎を飛び出した。

 そして、目標の位置まで走る。

 

 「運動、不足だな、俺……」

 

 少し動いただけで息が切れるとは、なんとも情けない話だ。

 もともと体力のある方ではないのに、それが部活を辞めてから更に磨きがかかっている。

 

 やっとの思いで、彼女が見えた付近に着いた頃には、すっかり息も絶え絶えになっていた。

 俺は息を整えながら、周囲を見渡す。

 

 「あれ、いねえ……」

 

 もう旧校舎の方まで行ってしまったのだろうか。

 もっと空気を吸いたがる身体に鞭を入れ、足に力を込める。

 

 と、その時。

 突然、横から目的の人影──高科さんが姿を現した。

 

 「お待たせしました!では、さっそく参りましょう!」

 「……」

 「ナオっちと行く!親切高校不思議探検ツアーの旅!イン森!」

 「……なんすか急に」

 

 やっと普通に喋れるぐらい、息が整ったところで、俺は「何を言ってるんだこいつ」という視線を送った。

 もしかして、高科さんも俺に気付いていたのだろうか。でないと、こんなタイミング良く出てこない気がする。

 

 「おや、随分とお疲れですねえ~。そんなにナオっちに会いたかったんですか?」

 

 そんな俺の内心など、知ったこっちゃないと言わんばかりに、彼女はニヤニヤした顔で言った。

 俺はこれまでで、一番深いと思われる程のため息を零すと、黙ったまま鞄から小包を取り出した。

 

 そして、未だ呑気な表情を浮かべる彼女に、それを突き出す。

 

 「これ、どうぞ」

 「えっ?なんですか急に」

 

 唐突な出来事に理解が追い付かないのか、高科さんは目を丸くしていた。

 俺は続けて言う。

 

 「この前のお返しっすよ」

 「この前の?あ、ああ……あれですか」

 

 やっと状況を飲み込めた様子の高科さん。

 彼女はじっと、突き出された小包を見つめている。

 

 (早く受け取ってくれよ……)

 

 とりあえず何かしらのリアクションがないと、こちらもどうしていいか困ってしまう。

 受け取るなら受け取る、嫌ならそれを言ってくれないと、何も対処のしようがない。

 

 どうしようもできずに、その場に佇んでいると、高科さんは静かに口を開いた。

 

 「これ、本当にいいんですか?もらってしまって」

 「いや、全然いいですけど……」

 

 ようやく喋った彼女の反応に、首を傾げつつも、改めて小包を渡す。

 高科さんは、少し躊躇いがちにも、ゆっくりとそれを手に取った。

 

 「あ、ありがとうございます」

 「うっす」

 

 俺はやれやれと、小さく息を吐いた。何はともあれ、これでゲームクリアである。

 ちらっと高科さんに目をやると、まだ小包を見て固まっていたが、とりあえず受け取ってもらえたので良しとしよう。

 

 腕の時計に視線を移す。先生に呼ばれた時間まで、意外と余裕があった。

 まあこれも、高科さんが直ぐに見つかったおかげだが。

 

 「じゃあ、俺もう行きますわ」

 

 そう言って、俺は高科さんに背を向けようとする。

 

 「あっ!ちょっと待って!」

 「はい?」

 

 不意に呼び止められて、俺の足が止まった。

 また話が長くなるとあれなので、なるべく静かに去ろうと思ったのだが。

 

 高科さんを見ると、あからさまに目を泳がせていた。

 

 「いや、そのですね。もうちょっと一緒にいたいなあというか……ずっといたいなあというか」

 「はあ」

 

 正直、声が小さくて何を言っているのか聞き取れなかったので、適当に返事した。

 様子のおかしい彼女に、疑問を覚えていると、高科さんが続けて言った。

 

 「痛いなあ」

 「え?」

 「胸がチクチクとしております」

 「大丈夫すか?」

 「……」

 

 高科さんからの返事はない。俯いたまま、黙り込んでしまった。

 そんな彼女の姿を見て、様々な想像が頭の中を駆け巡ったが、俺はそれら全てにふたをした。

 

 今は考えふけっている時間はない。先生に呼ばれた刻限が、ぼちぼち迫ってきている。

 

 「あの、そろそろ行きますわ。先生に呼ばれてるんで」

 「あっ……うん。そうですね」

 

 そう言う高科さんの声からは、相変わらず覇気が感じられない。

 ただ、とりあえず反応が返ってきたので、俺は高科さんに背を向けた。

 

 (時間ないし、仕方ない)

 

 俺は後ろの彼女の様子が気になったが、その気を振り払って、校舎へと引き返して行った。

 

 

 誰もいなくなった森の中。

 あたしはただ一人、その場に立ち尽くしていた。

 

 去り行く彼の背中が見えなくなっても、もっと話していたかったなと、そんな気持ちが胸の奥から湧き上がってきて止まらない。

 

 そう思っているのは、あたしだけなのだろうか。

 彼ももしかしたら、なんて淡い期待を抱きつつも、あの様子を見るにないだろうなと肩を落とした。

 

 あたしは肩のついでに視線も落とす。手の中には彼から受け取った小包が一つ、ぎゅっと握られている。

 不器用にラッピングされたそれは、明らかに市販の物ではなかった。

 

 「手作りときましたか……」

 

 彼からこれを差し出された時、あたしは心底びっくりしていた。

 たぶん、あの時カメラで顔を撮られていたら、一生笑い者にされていたことだろう。

 

 それぐらい、びっくりした。

 まさかあんな唐突に渡した物で、お返しが返ってくるなんて。

 

 あたしは小包から顔をあげて、彼が去って行った方に目をやった。

 

 「はぁ……どうも病気みたいですよ、神城君。後天性の不治の病のようです」

 

 聞こえるはずのない彼の背中に、心の内を吐露する。

 

 「恋の病か……病気にかかるのなんて、本当に突然だね」

 

 そう言って、あたしは小さく笑った。

 さてさて、このあたしを惚れさせた罪は、高くつきますよっと。

 

 既に頭の中では、どう当たって砕けるかで脳がフル回転している。

 可能であれば砕けたくはないが、彼のことだ。興味がないと一掃されそうで、少しだけ怖い。

 

 「これは充分に、作戦を練る必要がありそうですねえ~」

 

 あたしは頭の中で、様々な思考を張り巡らせながら、彼からもらった小包の中のそれを、口へと運んだ。

 チョコレートケーキだった。程よい甘みが口の中に広がっていく。

 

 「は~、料理まで上手いとは。どこまでも優秀な相棒で鼻が高いですよ、まったく」

 

 自然と口から出た感想だった。料理が下手なあたしとは大違いだ。男子のくせに。

 あたしは彼に対し、理不尽な文句を抱きながら、最後の一口を口の中へと放り込んだ。

 

 

 

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