無事2年生に進級しました。
彼女との日常④
春休みを終えて、無事2年生を迎えた初めてのホームルームでのこと。
その日は、なんの前触れもなく突然訪れた。
「さて、君たちがこの学校に来て今日で1年になるわけだが、ここで重大な発表がある」
唐突な先生の台詞で、教室内がざわつき始める。
何事かと全員が疑問を覚えて、先生の言葉を待っていると、先生は予想以上にとんでもないことを言い出した。
「今年から、この学校は……男女同じクラスになる」
「えええーーーっ?!」
全員が全員、目を丸くしていた。が、直ぐにそれも歓声に変わる。
かく言う俺自身も、予想だにしていなかったので、かなりびっくりした。
この学校は共学校を謳っているが、その実、校舎は完全に分けられており、男女間の交流はほとんどない。
ある男子はその実態に絶望し、またある男子はそれを忘れたいかのごとく、部活動に熱中する。
そんな野郎たちの、汗と泥にまみれた学園生活に、今日で終止符が打たれることになったのだ。
そう思えば、この歓声も納得のものと言えるだろう。
「どどど、どういうことでやんすか!」
「おいおい、落ち着けよ荷田君」
興奮する荷田君をたしなめるパワポケ君。
先生はざわつくみんなに、さらに説明を加えた。
「理事長、校長先生、われわれ教師での会議の末に決まったことだ。まことに残念だが……」
そう言う先生の顔は、確かに残念そうだった。
俺は首を捻る。何が残念なのかよく分からない。ただ共学校のあるべき姿に戻るだけで、これが普通で今までが異常だっただけなのに。
どうせなら、ついでにこの無駄に厳しい校則を、もっと緩めてくれればいいものを。
「残念どころか大歓迎でやんす!!ついに春が来たでやんすー!!」
自身の感情を爆発させる荷田君。隣のパワポケ君は、少し引き気味で荷田君を見ている。
周りを見ると、荷田君のように喜ぶ生徒が多数だった。
「……2年生のクラスは外に張り出されているので、自分の教室に向かうように」
と先生。
その台詞をきっかけに、みんな一斉に席から立ち上がった。
「うおおお!青春を謳歌するでやんすー!!」
荷田君が真っ先に、教室から出て行った。みんなもそれに続いて、教室から出て行く。
「やれやれ……荷田君は相変わらずだな」
「まあ分からんでもないけど」
呆れたように言うパワポケ君に、俺は言葉を返すと、二人で席から立ち上がった。
そして、自分のクラスを確認しに向かう。
(同じクラスか……)
先生からそれを聞いた時、俺は頭の中に彼女──高科さんの影がちらついていた。
この学校で唯一、関わりのある女子。行動力と好奇心を引っ提げて、男子校舎や寮に入り浸る、はた迷惑な自称新聞部。
そんな彼女と、同じクラスになりたい。
なんてことを、少なからず思ってしまう自分がいることに、ため息が零れ出た。
なんでこんなことを思ってしまうのか、彼女の思うつぼのようで、なんとも複雑な思いだ。
俺はこの思いを、心の奥深くへと追いやる。絶対に、彼女に悟られないようにしなければ。
パワポケ君と二人で、クラス分けが書かれた紙を見る。
「あ、神城君。同じクラスだよ」
「おお、ほんとだ」
パワポケ君の他にも、見知った名前が多くあった。その中には、荷田君も含まれている。
どうやら、クラスの男子を半分にしただけみたいだ。
そして、俺の目は紙の真ん中あたりで止まった。
「あっ」
高科奈桜──彼女の名前が目に入った。
他に同名の人もいないようだったので、彼女で間違いない。
(まじかよ)
まさか本当に同じクラスになるとは。だが、ほっとしている自分もいることは確かだった。
というか、ナオってこう書くのか。初見じゃ絶対に読めないだろうな。
「行こう、神城君」
「……行くか」
二人で新しい教室に向かう。
着いた頃には、俺とパワポケ君以外の男子は、全員揃っているようだった。
黒板に張り出された座席表を確認し、自分の席に座る。
なんの因果か、高科さんの席も近いところにあった。
(賑やかになりそうだな)
不思議と笑みがこぼれた。
これが高科さんが要因、というのが複雑だが。
「で、今年も大河内先生のクラスか」
「今年もあんたたちと同じクラスでやんすか?」
前の席から、パワポケ君と荷田君の喋り声が聞こえてくる。
俺と二人の席順は、1年生の時と変更がなかった。
周りを見るに、どうも別のクラスになった男子連中の席が空席で、そこに女子が割り当てられたっぽい。
俺は二人を見て言う。
「いいじゃん。賑やかで」
「というか、単純にクラスを半分にしただけだよな。全員、男子は知った顔じゃないか」
パワポケ君が、周りに座る男子たちを見て言う。
対して荷田君は、そんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに、口を開いた。
「しかし、今からここに!ここに女子が来るでやんすよ!女でやんす、女ぁー!」
「痛いからやめろって!荷田君、少し落ち着けよ」
隣に座るパワポケ君を、バシバシと叩きながら、興奮気味に喋る荷田君。
俺はそれをやれやれと聞いていると、先生が教室に入ってきた。
「おーい、今から女子生徒が教室に入るぞ」
教室内が少しばかり、ざわつき始める。
「ついに、ついに来るでやんす!」
もっとも、主にざわついてるのは荷田君だが。
そして間もなく、女子生徒たちが教室に入ってきた。
一番最初に入ってきたのは、蒼い髪色をしたやたら長身の人。
目けんだが、俺よりも高いのではなかろうか。
「うわ、デカい!オイラよりも頭一つ分は背が高いでやんす!」
荷田君が小声で感想を漏らす。パワポケ君も、彼女を見て目を点にしていた。
そんな彼女は、黒板の前に立つと、こちらを見渡してから口を開いた。
「あ……ど、どうも。
なんというか、見た目のインパクトの割には、控えめな喋り方だなと感じた。
人は見かけによらないの、典型的な一例である。
「なんでやんすか、あの電柱女は」
「……190近くあるな」
大江さんを見て、パワポケ君と荷田君が言った。
流石に電柱女は失礼だと思うが、やはり俺より背は高そうだ。
大江さんが話し終えると、次の女子生徒が話し始めた。
「
先ほどの大江さんとは対照的に、堂々とした様相。口ぶり。
それもそのはずで、彼女の服装は監督生のものだった。
「……今度はやばそうな人でやんす」
「あの白い服は監督生だな。成績優秀者だ」
パワポケ君と荷田君が目を細める。こればかりは、二人と同じ感想だ。
神条さんは、そのまま堂々とした態度を崩すことなく、自分の席に腰を下ろした。
そして、三人目の女子生徒。
その女子生徒はこちらをぱっと見渡し、ちょうど俺の座る席──正確には、俺の方を見て目を留めた。
すっかり油断していた俺は、彼女と目が合ってしまった。
心なしか、彼女の目が怪しく光った気がする。まるでロックオンされた気分だ。
(うわっ)
俺は瞬時に、彼女から目をそらした。まさか目が合うとは、最悪である。
「あたしの名前は
はつらつとした明るい声で、高科さんが自己紹介する。
最後の方の台詞を聞いて、相変わらずだなと思った。もっとも、彼女らしいといえば彼女らしいが。
「今おいらの方を見て、笑ってなかったでやんす?もしかして一目惚れ──」
「いや、荷田君じゃなくてもっと後ろを見てたような」
希望に満ちた荷田君の台詞を即否定し、パワポケ君が後ろを振り返る。
それに合わせて、俺も後ろを振り返った。彼女の視線の先にいたのが、万が一、億が一、自分だった場合をケアしての行動である。
(油断した……)
俺は高科さんの方を見ないようにして、次の女子生徒の自己紹介に耳を傾けた。
「
台詞の通り、こちらを見る浜野さんの目が鋭い。
また個性的な人が来たなと思った。
「性格の悪そうな女でやんす。なんだか、おいらに春は永久に来ない気がしてきたでやんす……」
荷田君がガックリと肩をおとす。
そうしている間にも、次の女子生徒が自己紹介を始めた。
「
それだけ言って、天月さんは自分の席に座った。
なんとなく、神条さんと似た雰囲気を感じるが、口数は少なさそうな印象を受ける。
「おお!この娘はレベル高いでやんすよ」
先ほどまで地の底に沈んでいた、荷田君のテンションが急上昇し始めた。
「イイでやんす!共学最高でやんす!」
そう言って、またバシバシとパワポケ君を叩く荷田君。
俺は二人のじゃれ合いを眺めながら、心の中でどの人も、高科さんとは対照的だなと感じていた。
その後も、女子生徒たちの自己紹介が続き、全員終わったところでちょうどチャイムが鳴った。
先生は全員の着席を視認してから、口を開いた。
「いいか。男女同じクラスになったからといって、気を緩めるんじゃないぞ」
最後に「特に男子!」と念を押して、先生は教室から出て行った。
教室内に沈黙の時間が訪れる。しかしそれも、少し経つといつもの日常へと変わっていった。
俺はちらちらと周囲に目をやる。
流石に共学初日から、男女間の交流は見受けられない。
若干、約一名を除いては。
「まさか同じクラスになるとは。これも運命ですかねえ~」
聞き慣れた呑気な声と同時に、傍に人の気配。
声のする方に、パワポケ君と荷田君の目が移る。
「さっきの新聞部ぽい子でやんす」
「高科だっけ。運命とか言ってるけど、なんのことだ?」
唐突な高科さんの台詞に、首をひねる二人。
高科さんは、俺の机の近くまで来ると足を止めた。
「これからはクラスメイトですね。改めまして、よろしくですよ!」
「……うっす」
笑顔でそう言う高科さんに、俺はそっぽを向いて返答する。
なんとなく予感はしていたが、この教室の空気の中、堂々と接触してくるとは。相変わらずの行動力モンスターである。
「ええっ?!ど、どういうことでやんす?!」
「知り合いだったのか」
そんな俺と高科さんのやり取りを見て、パワポケ君と荷田君が驚いたように声をあげた。
当然といえば、当然の反応だ。彼らからしたら「いつの間に?」という感じだろう。
高科さんが、二人の方を見て言う。
「パワポケ君とニュダっちですね。野球部の」
「あ、ああ。そうだけど」
「
高科さんの台詞に、二人がそれぞれ返答する。高科さんは続けて、
「お二人も、今後ともよろしくですよ!」
笑顔で二人に挨拶した。
新聞部を自称するだけあって、流石にコミュ力もお化けである。
「こちらこそ、よろしく」
「よろしくでやんす」
返礼するパワポケ君と荷田君。
用は挨拶だけだったようで、それだけ言葉を交わすと、高科さんは自分の席に戻って行った。
高科さんが去ると、前の二人の目がこちらに移る。
「なかなか癖の強そうな子だったな」
「いつの間に女子と知り合いになったでやんすか」
会話した感想を喋るパワポケ君と、鋭い視線を飛ばしてくる荷田君。
俺は弁明するように言った。
「まあ、たまたま外でちょっと」
言い訳にしては苦しいだろうが、こう言う他にない。
正直に「男子校舎で密会していた」なんて、口が裂けても言えるわけないから。
「怪しいでやんす。神城君から青春の匂いがするでやんす」
「どんな匂いだよ……」
「学生たちのロマンでやんす。おいらも味わいたいでやんすー!」
そう言って、俺のことをバシバシと叩いてくる荷田君。
それを横から、パワポケ君が止めに入る。
「落ち着けよ荷田君!まだ共学初日じゃないか」
「はっ!そうだったでやんす……」
「チャンスなんて、これからいくらでもあるよ」
「うおおお!燃えてきたでやんすー!」
パワポケ君の励ましによって、荷田君のやる気が上がった。
やれやれと思っていると、不意に別方向から声がした。
「ロマンか。いい言葉だな」
声の方に目をやると、そこには神条さんが立っていた。
荷田君の身体が、急速冷凍されたかのように固まる。
「盛り上がるのは結構だが、くれぐれも羽目は外さないようにな」
「聞いてたのか」
「あの声量なら嫌でも聞こえるだろう」
パワポケ君と神条さんが、言葉を交わす。
俺は部外者を装うために、次の授業の準備に入る。
「ふむ……やはりこの手の規則も必要か」
「規則?なんの話だ?」
「いや、こちらの話だ。忘れてくれ」
首をひねるパワポケ君をよそに、神条さんはこの場を後にした。
神条さんが去ったことで、荷田君の硬直が解かれる。
「はぁ……おっかない女でやんす」
「気を付けないと、監督生に目をつけられたら厄介だぞ」
「やっぱりおいらに春は永久に来そうにないでやんす……」
パワポケ君に釘を刺され、ガックリと肩をおとす荷田君。
俺も他人事ではない。くれぐれも、目立つ行動は避けなければ。
そう心の中で思いつつ、なんとなく高科さんの方に目をやる。
が、俺は直ぐに見るのをやめた。高科さんも、同じようにこちらを見ていたからである。
(タイミング悪……)
そして、俺は思った。目をつけられて厄介なのは、なにも監督生だけじゃないってことを。
いや、むしろそれ以上に厄介かもしれない。
俺はそれを、ボソッと呟いた。
「監督生よりも厄介かもな、あれは」
「誰のこと?」
俺の呟きに、首をひねるパワポケ君。
そんなパワポケ君に、俺は首を振って言う。
「いや、こっちの話」
「ふーん……」
意味深な俺の台詞が気になったのか、パワポケ君の目が細まる。
しかし、俺がそれ以上、喋ることをやめると、パワポケ君は正面に向き直った。
こうして、共学初日から波乱に満ちた学園生活が始まったのだった。
「ふふふ、楽しいクラスになりそうですねえ~」
あたしは、彼ら──神城君たちの方を見て、自然と笑みを浮かべた。
男女共学になるなんて、最初聞いた時はビックリしたものの、次に考えていたのは、神城君と同じクラスになれるかどうかだった。
そして同じクラスだと分かった時、あたしはすごく嬉しかった。これでわざわざ、男子校舎や寮に忍び込まなくても、いつでも話せるし会えるから。
あとは妹も同じクラスだったら、言うことはなかったけれど、それは流石に求めすぎかな。
神城君を紹介する機会は、そのうちセッティングしよう。
なんてことを考えている間も、この
本当はもっと準備してから、計画を実行しようと思ったけど、たぶんそれまでもちそうにない。
あたしは、ちらと神城君に目をやる。
声をかけた感じ、いつもと変わりない様子だった。せっかく同じクラスになったのに、少しぐらい態度に出してくれても良いのでは?
まあ、期待するだけ無駄だろうけど。神城君だし。
(なら、自覚させるしかないですよね~)
あたしは心の中で決心する。
いったい、どんな反応をするかな。意外と驚いてくれるか、困り顔を作るか、はたまた同じ気持ちでいてくれているか。
残念ながら、最後が一番想像し辛いけど、できれば同じ気持ちでいてくれたらいいなあ……。
◆◆彼女との日常④ その2◆◆
「どこだよこれ……」
手に握られた地図を見て、俺は頭を掻いた。
地図という割には、紙はノートを切ったものだし、肝心の案内図も「とりあえず森を進んで、この丸で囲った場所まで来い」といわんばかりの不親切さ。
これを俺に渡すのなら、あらかじめ俺の方向音痴力を調査してから、渡してほしいなと思う。
少なくとも、これで目的地まで辿り着けなくても、文句は一切受け付けない。
俺は心の中で、これを書いた心当たりのある人物に、文句の言葉を並べた。
放課後、いつの間にか机の中に入っていた謎の紙切れ。帰り際に気付いたそれには、森の中のとある場所への道順が示されていた。
「もう少し奥か?」
地図で指定された場所を目指して、森の中を進んで行く。
しばらく歩いていると、やがて木々の生えていない、広く開けた場所に出た。
どうやら、地図もこの場所を示しているようだ。
「ここか……」
俺は周囲を見回す。
木々が生え茂り、同じような景色を見せつけられる森の中で、一風変わった空間。
森の中にこんな場所があったのかと、驚きもさることながら、まずはここまで来れたことに安堵する。
別に来れなくても、俺のせいではないので、気にする必要はないのだが。
「ふふふ、よく来ましたね。待ちくたびれましたよ」
辺りを散策していると、いきなり茂みの奥から声がした。
聞き慣れたその声に、俺は「誰のせいだよ」と心の中でツッコみを入れる。
「罠だと知らずに来るとは、なかなかの勇気があるようです」
またよく分からない台詞を吐きながら、声の主が姿を現す。
俺はその声の主──高科さんを見て、ため息混じりに呆れた目を向けた。
「何言ってんすか……」
「呼び出したら、一回ぐらい言ってみたいと思いませんか?男のロマンですよ」
「はあ。そうすか」
男のロマンという単語に首をひねりつつ、俺はまた周囲に目をやった。
そして、この場所について尋ねる。
「なんなんすかここ」
本当はここに来させて何がしたいのか、率直に訊こうと思ったが、なんとなくやめた。
それは、人目のつかないここでなら、少しでも長く彼女と話していられる──なんてらしくない思いが、心の奥にあったからかもしれない。
俺の疑問に、高科さんは自慢げに答えてくれた。
「この場所は偶然、見つけたの。綺麗でしょ、何にもなくて」
「……そうっすね」
確かに、ここには木も草もほとんど生えていない上に、人の気配も感じられない。
まるでこの空間だけ、周りから切り取られた別世界のようだ。
「あたしね。この場所が、この学校で一番大好きなんですよ」
さっきまでの、おちゃらけた雰囲気から変わって、落ち着いた口調で喋る高科さん。
俺は黙って、話を聞くことにした。
「どこにだって、何にだって、大事な物が一つでもあれば、それを好きになることができるでしょ」
そして、静かに微笑んでから、高科さんは続けて言った。
「だから、この場所があるから、あたしはこの学校が好きなんですよ」
「……」
「大事な物を守るためなら、なんでもするつもり。自分が傷ついても、それが残るなら……」
そう言う高科さんの表情からは、いつの間にか微笑みは消えており、どこか悲しそうな顔に変わっていた。
そんな高科さんを、訝し気に見つめる俺。
ふと、どうしてだか、いつぞやに聞いた彼女の妹の話が思い浮かんだ。
あの時の高科さんも、こんな雰囲気だったような──。
「あっ!ごめん!なんか話がズレちゃいましたね」
「いや、別にそれはいいんすけど……」
高科さんの雰囲気が、またいつもの調子に戻る。
俺もそれ以上、なんの話だったのか考えるのをやめた。
そして、手に握られた地図に目を移し、次の言葉を模索する。
やっぱり、俺から訊くべきなのだろうか。どうしてここに呼び出したのかを。
色々と想像はつくが、いまいち踏ん切りがつかない。
いつも通り、喋ればいいだけなのに。
なかなか次の言葉が見つからず、目を泳がせていると、高科さんが口を開いた。
「なんで呼び出されたのか、不思議そうですね」
「まあ……そうすね」
そりゃそうだ。まだ用件も何も聞かされてないし。
「えっとですね……ここに来てもらったのは、その……」
突然、挙動不審になりだす高科さん。目も完全に、明後日の方を向いている。
が、直ぐにまたこちらに視線が戻った。
「ほら、一緒の校舎になったじゃないですか!」
「はあ」
「だから……これまでよりも、一緒にいれる時間が増えたでしょ!」
「そ、そうすね」
いきなり声を張る高科さんに、呆気にとられる俺。
高科さんが続けて言う。
「だ、だから、できたら一年生の時よりも、あたしと一緒にこの学校をいろいろ……」
最後の方にいくにつれて、高科さんの声がどんどん小さくなっていく。
その直後──なにやらじれったそうに、高科さんが声を張りあげた。
「って、ああもう!」
「えっ?」
急に声を張り上げる高科さんに、何事かと目を丸くする。
でも、本当はなんとなく察していた。高科さんがなんで俺を、ここに呼び出したのかを。
というか、これで察せない奴なんていないだろう。少なくとも、俺はそこまで鈍感ではない。
そして、その答えは直ぐに聞くことになった。
「あたしは神城君が好きなんですよ!一緒にいて、楽しいんですよ!」
声を張り上げたまま、高科さんが続ける。
「あたしはバカで、周りに迷惑ばかりで、落ち着きがなくて、うるさい奴だけど、あたしと付き合ってください!」
「……」
なんとなく察してたとはいえ、あまりにも真っ直ぐな高科さんの言葉に、俺は面をくらってしまった。
これまでの人生で、こんな絵に描いたような告白のされ方を、経験したことはない。
まさか、こんな自分が誰かから告白される日が来るとは……。
人生、何が起こるか分からないと痛感させられた瞬間だった。
「な、何か言ってください」
不安げに、俺のことを見つめてくる高科さん。
普段の彼女からは、想像のつかない顔をしている。
「こ、この沈黙が耐えられませんよ」
えーっと……。
とりあえず、何か言わなくてはと、頭の中で発する言葉を考える。
そして、ぱっと思いついたことを口にした。
「これ、ネタとかだったりします?」
「なっ?!そ、そんなわけないじゃないですか!本心ですよ!」
憤慨したように喋る高科さん。俺の問いかけは、あっさりと一刀両断された。
さっきまでの不安そうな表情はどこへやら、心外だと言わんばかりに、目を細めて鋭い視線を飛ばしてくる。
よし。これなら俺も、いつもの調子で話せそうだ。
俺はまた、今度は真面目な声で訊いてみた。
「いいんすか本当に。俺なんかで」
「いいに決まってるじゃないですか。あたしは、今あたしの目の前にいる神城君が好きなんですよ!」
即答された。しかも、いざ正面から言われると、かなり恥ずかしい内容で。
ちらっと高科さんに視線を戻す。顔は赤く、肩で息をしていた。まあ、あんな台詞を吐いた後だ、無理もないだろう。
(好きか……)
俺は目をつぶり、自分の心の内を整理する。
いつぞやから、高科さんと話していると、なんだかモヤモヤした気分になることがあった。
その正体を、今確信した。というか、本当はもっと前から気付いていた。
高科さんともっと話しがしたい、一緒のクラスになりたい──この思いを好きというのなら、たぶん俺はもっと前から彼女のことが好きだったのだろう。……たぶんね。
「あ、あのう……」
おそるおそる、俺の返答を待っている高科さん。
俺は目を開けて、頭を掻きながら言った。
「……俺なんかで良ければ」
「えっ?」
こちらの声が小さかったのか、訊き返されてしまった。
こんな台詞はあまり口にしたくないので、できれば一回で聞き取って欲しいものだが。
「いや、俺なんかでいいなら」
もう一度、今度はさっきよりも大きい声で言った。
眼前の高科さんは、目を丸くしていたが、やがて口を開いた。
「え、あの……それはあたしと、付き合ってもいいってことですか?」
「ああ、まあ……はい」
なんともしまらない返答だなと、我ながら呆れてしまう。
それを聞いた高科さんは、相変わらず目を丸くしていたが、直ぐに俯いてしまった。
何も言えず黙っていると、程なくして高科さんの顔がこちらを向く。
少ししか見てないが、その顔は満面の笑みを浮かべていた。
「やったあああああああ!神城君の彼女さんになりましたよ!」
直後、高科さんの足がその場から離れる。
何事かと理解した瞬間、高科さんは俺に突撃していた。
「うわっ!」
まったく身構えていなかったせいで、危うく転倒しそうになる。
ギリギリで耐えたものの、腰から下半身がガクガクと震えている。情けないことに、高科さんに支えられてなんとか立っている形だ。
「危ないっすよ……」
「いやあ、喜びの感情が抑えきれなくて」
照れくさそうに笑う高科さん。
「てっきり、断られるかと思ってたんですよ。ほら、神城君てデリカシーがないじゃないですか」
「はあ」
「だから、普通に当たって砕ける気でいたんですけどね~」
そう言って、高科さんは呑気に笑った。実に余計なお世話である。
ふと、高科さんの俺を抱きしめる力が強くなる。
「でも、よかったですよ。本当に……」
そのまま少しの間、俺はその場にじっと立っていることとなった。
そういえば、前にも屋上でこんなことがあったっけ。あの時は高科さんに嫌な思いをさせていないか、そちらの方に気を取られていたが、もうその心配も無用なのだろう。
経験がないのでいまいちよく分からないが、この心の変化も付き合うということの一環なんだろうな。
俺は高科さんを見下ろす。高科さんも、いつの間にかこちらを見上げていた。
(わっ……!)
反射的にのけ反る。そのせいで、腰に追加ダメージを負った。
「照れてるんですね。嬉しいですよ」
いたずらな笑みを浮かべる高科さん。
俺は心の中で、いつか仕返ししてやると固く誓った。
やがて、高科さんが俺から離れた。
大きく息を吐きつつ、先ほどダメージを負った腰をさすっていると、
「二人で楽しい思い出作っていこうね」
ニッコリと笑いながら、高科さんが言った。
「これからは二人だから、楽しい思い出が2倍ですよ!」
「……うっす」
俺は高科さんにバレないぐらい、小さな笑みを浮かべて頷いた。
だって、高科さんとなら嫌でも作れそうな気がするから。なんなら向こうから寄ってきそうだし。
そこまで考えたところで、ふとあることが頭をよぎった。
「そういえば、自治会のやつあるじゃないすか」
「あー、恋愛禁止令ですね」
思い出したかのように、高科さんが答える。
そう、俺が言いたかったのはこれだ。
恋愛禁止令──自治会によって発令された、新しいルール。男女が二人きりでいたりすると、場合によっては、罰則の対象となる。ペラが没収されたり、無償奉仕活動をさせられたり。
呆れるほどくだらないルールだが、自治会に目をつけられるのは避けたかった。
もっとも、こういう関係になってしまった以上は、ある程度は避けられないのだが、少なくとも人目のつくところでは、おとなしくしていた方がいいだろう。
まあ、限りなく無理だとは思うけど。高科さんだし。
半ば諦めていると、意外な答えが返ってきた。
「神城君の言いたいことは分かりますよ。まあ、できるだけ善処します」
「まじすか」
急に物分かりのいいことを言う高科さんに、驚く俺。
が、直ぐにその感心も吹き飛ぶことになる。
「うん……たぶんね」
そう言って、キュピーンと怪しく目を光らせる高科さん。
それを見た俺は、やっぱりなと察した。でもそれも、高科さんだからの一言で片付いてしまう。
(まあいっか……)
俺は頭の中から、自治会関連の思考を消し飛ばす。
目の前で、ニコニコ楽しそうに微笑む彼女を見ていると、不思議とどうとでもなる気がした。
鈍感主人公とかないです。