とあるモブ男子の奈桜ルート攻略   作:Sh1Gr3

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※少しでも吐き気を催したらそっ閉じ推奨です。

 芳槻さん初登場回。


彼女との日常⑤

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 その日、最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 

 チャイムが鳴り終わるのと同時に、教室内がざわざわし始める。

 俺もそれに合わせるように、伸びをしていると、先生が待ったをかけるかのように言った。

 

 「来週、小テストを行います。成績に響くので、よく復習しておくように」

 「えええーーーっ!!」

 

 先生の放った台詞に、男女関係なくブーイングの嵐が巻き起こる。

 男女共学になってから、はや数日。もう当初のピリピリした空気はなく、ごく普通の共学校と変わらない日常が訪れていた。

 

 このブーイングの嵐が、その証明である。

 

 「ふぁ~あ。あれ、終わった?」

 

 前の席のパワポケ君が、大きなあくびとともに起床した。後ろから見てたが、たぶん授業の半分以上は寝てた気がする。

 その様子を見て、隣の席の荷田君が、呆れたように言った。

 

 「よだれ、垂れてるでやんすよ」

 「おっと、いけないいけない」

 

 荷田君に指摘されて、慌ててよだれを拭くパワポケ君。

 この光景も、一年生の時から見慣れてしまった。

 

 「こんな天気のいい日は、屋上にでも行って昼寝したくなるなあ」

 「なに呑気なこと言ってるでやんす。来週、小テストらしいでやんすよ」

 「あー……まあなんとかなるよ。うん」

 「それで毎回、悲惨な点数取ってるの忘れたでやんすか?」

 「大丈夫だよ。英語なんてふぃーりんぐ?でどうとでもなるさ」

 「……さすが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と読み間違える人は、言うことが違うでやんす」

 

 「いや、あれは!」

 

 荷田君の鋭いツッコミが、パワポケ君に突き刺さる。

 俺は二人のやり取りを聞いていて、危うく吹き出しそうになった。

 

 パワポケ君と同じクラスだった人なら、知らない人はいないであろう、伝説の()()()()()()()()()()

 今も思い出しただけで、口元が緩んでしまう。

 

 そう、あれはバレンタインの日のことだった。

 英語の授業で、ちょうどバレンタインを題材にした英文を、パワポケ君が読んでいた時。

 

 St. Valentineのつづりを、セットヴァルエンチンと読み間違えたのである。

 瞬間、パワポケ君を中心に笑いの渦が巻き起こった。

 

 当の本人は不思議そうに首を傾げていたのが、笑いポイントをさらに増幅させていた。

 加えて、事実を知った後の慌てっぷりも加点ポイントだ。

 

 最初は「笑いごとか」と絶句していた俺も、今ではすっかり周りに毒されてしまった。

 あんな恥ずかしい目に遭ったというのに、平気で居眠りするからメンタル強いなと思う。俺だったら、まともに顔をあげて歩けないだろう。

 

 (そういえば……)

 

 ふと疑問に思った。

 高科さんて、頭良いのだろうか。新聞部を名乗るぐらいなので、少なくとも国語の成績は良さそうだが。

 

 なんてことを考えながら、机の上を片付ける。そこにちょうど、高科さんがやって来た。

 

 「へえ~、実に面白そうな話ですね。あたしも混ぜてくださいよ」

 

 面白いネタを発見したかのように、目を光らせる高科さん。

 そんな高科さんとは対照的に、パワポケ君は見るからに嫌そうな顔をした。

 

 「げっ、高科……!」

 「パワポケ君の恥ずかしい話を語ろう会ですか?」

 「ぜ、全然違うぞ。三人で今度の小テストの復習をしていたところだ」

 「ほう、それはそれは。勉強熱心でなによりですよ」

 

 苦し紛れにそれっぽい言葉を返すパワポケ君だが、高科さんはまるで信用していない様子。

 その証拠に、ちらちらと荷田君と俺の方に視線を飛ばしている。

 

 荷田君は知らぬ存ぜぬといった感じで、完全に明後日の方向を見ている。シャッターを閉じて、店じまいといった感じだ。

 

 まあ、それが無難だと思う。高科さんに目をつけられたら最後、色々な意味でヒヤヒヤさせられることになるから。

 

 現に、パワポケ君がその状態だし。

 

 「それで、勉強の方は順調ですか?」

 「ぼちぼちだな、うん」

 

 あからさまに目を泳がせながら、返答するパワポケ君。

 その様子を見逃すことなく、高科さんが追撃を仕掛ける。

 

 「では、あの噂は嘘だったんですかねえ~。伝説の──」

 「ああああーー!俺はもう部活に行くぞ!」

 

 そう言って、パワポケ君は逃げるように教室から出て行った。

 さすがのパワポケ君でも、人並みの羞恥心は持ち合わせていたらしい。

 

 高科さんが残念そうに呟く。

 

 「せっかく、面白そうなネタが手に入るチャンスだったのに……」

 

 これだから、彼女と関わるのは怖いのだ。

 まあ、今回に関してはパワポケ君の自業自得も否めないけど。

 

 「じゃあ、おいらも部活に行くでやんす」

 

 荷田君が席から立ち上がる。去り際、荷田君はこっちを見て言った。

 

 「青春も結構でやんすが、自治会には注意するでやんすよ」

 「ご忠告感謝しますよ!」

 

 呑気な声で返事する高科さん。俺も黙ったまま、深く頷いた。

 俺と高科さんに見送られて、荷田君も教室から出て行った。

 

 その背に向かって、

 

 「まあ、もう目をつけられてるので、その忠告に効果はないんですけどねえ~」

 

 あははと笑いながら、高科さんが言った。

 俺は心の中で「ですよねー」と納得する。よく笑ってられるなとは思うが。

 

 ふと、高科さんの目がこっちに移った。

 

 「さて、今日は何をしましょうか!」

 

 笑みを崩すことなく、高科さんが訊いてくる。

 俺はたまには反撃してやろうと、目を細めて逆に訊き返した。

 

 「テスト大丈夫なんすか?」

 「ぎくっ……」

 

 高科さんの顔から、笑みが消える。反撃成功のお知らせが、頭の中で鳴り響いた。

 高科さんが、乾いた笑みを浮かべて言う。

 

 「いやあ~、正直さっぱりでして。このままだと、0点街道まっしぐらですよ」

 「笑い事じゃなくないすか……」

 

 高科さんの呑気さに、自分からも乾いた笑いが零れ出る。

 すると、高科さんは唐突に目を光らせた。

 

 「大丈夫ですよ!あたしには、優秀な彼氏さんがついてますからね!」

 

 胸を張って言い放つ高科さん。

 俺は隠すことなく、ため息を吐いた。この様子だと、英語に限らず他の教科もダメそうだな……。

 

 「英語、得意ですよね?」

 

 高科さんが、続けて訊いてくる。

 俺は目をそらして、ボソッと小さな声でそれに答えた。

 

 「……人並みには」

 「じゃあ大丈夫です!信吾君に教えてもらえれば、ナオっちのやる気も全開ですよ!」

 

 そう言って、それっぽい仕草を見せる高科さん。はたから見れば、頑張るぞと意気込んでいるように見える。

 

 「でも、勉強するのはテスト前日の一日だけにしましょう。信吾君との貴重な時間を、勉強に取られたくないので」

 

 と高科さん。

 また、すぐこういうこと言う。まだ教室に人もいるのに。高科さんて、羞恥心というものをお持ちでない?

 

 とはいえ、一緒に勉強するのが嫌なわけではない。上手く教えられるかは分からないが。

 俺は、さっきと同じぐらいの小声で、

 

 「まあ……いいっすよ」

 

 目をそらしながら、そう答えた。途端に、高科さんの表情がパアッと明るくなる。

 

 「やった!これで二桁は固いですよ!」

 

 嬉しそうに喋る高科さん。ちょっと待て、二桁って言ったか今。

 俺は自分の耳を疑うようにして、高科さんに目をやる。

 

 しかし、鼻歌混じりに席を立つ彼女を見て、聞き間違いじゃないことを確信した。

 

 (まじかよ……)

 

 早くも、上手く教えられる自信が消失していく。というか、小テストで二桁って、定期テストになったらどうなるんだよ。

 俺はそれ以上、考えることをやめて席を立った。考えたところで、どうしようもないしね。

 

 「では今日も、元気におもしろいネタを探しに行きましょう!」

 「うっす」

 

 二人で教室を後にする。

 

 「とりあえず、中庭に行きましょうか」

 「いいっすよ」

 

 進路を中庭にとる。

 最近の傾向として、放課後はまず中庭に足を運ぶことが多い。そこからどこか散策したり、そのまま駄弁ったりと、方針を決定する。

 

 こんなこと、少し前までは考えられなかったけど、今では当たり前の日常と化している。まあ、男子校舎に忍び込む誰かさんのおかげで、散策したり駄弁ったりはやれていたのだが。

 

 そんな誰かさんは、すぐ隣を鼻歌混じりで歩いている。

 

 「ん?なんですか?」

 「……いや、なんでも」

 

 危ない。危うく目が合いそうになった。

 横目で首を傾げる高科さんを視認しつつ、正面に目を戻す。

 

 すると、屋上へと続く階段から、パワポケ君が下りて来たのが目に入った。

 パワポケ君は、俺と高科さんに気が付くと、そのまままっすぐこっちに歩み寄って来た。 

 

 「二人とも、ほんと仲いいな」

 

 俺と高科さんを見て、パワポケ君が声をかけてくる。

 

 「二人は付き合ってるのか?」

 

 ニヤニヤ顔で訊いてくるパワポケ君。

 まったく、すぐそういう話に持っていこうとする。

 

 そんなこと言ったら、誰かさんが調子に乗って──。

 

 「付き合ってますよ!ねっ、()()()!」

 

 満面の笑みでこっちを見てくる高科さん。

 俺はそれに反応せず、ため息とともに額に手をやった。

 

 ほら、こうなったでしょ。言わんこっちゃない。

 

 「そ、そうなんだ……」

 「これから二人で、おもしろいネタを探しに行くところだったのですよ」

 「へえー」

 

 なんとなく、パワポケ君から憐みの目を向けられているように感じた。

 別にネタを探すのはいいんだけど、他の人に堂々と付き合ってる宣言だけは、やめてほしいんだよな。あと人前で名前呼びも、勘弁してほしい……。

 

 これ以上、高科さんに喋らせると何を言うか分からないので、話題を変えることにした。

 

 「部活は?」

 

 部活に行くと言って、教室を出て行ったパワポケ君。

 それが屋上から下りてきたので、なんとなく気になったのだ。

 

 パワポケ君は苦笑いを浮かべながら、俺の質問に答えてくれた。

 

 「いやあ、部活まで屋上で昼寝しようと思ったんだけどさ」

 「ほんとに行ったのか……」

 「パワポケ君らしいですねえ~」

 

 パワポケ君の台詞に、俺と高科さんがそれぞれ言葉を返す。

 パワポケ君は「でも」と続けた。

 

 「まあ、先客がいて寝れなかったんだけどね」

 

 残念そうに肩をおとすパワポケ君。

 今度は、その先客が気になってしまった。パワポケ君の昼寝を、自重させるレベルの先客。よほどの人だろうなと勝手に想像した。

 

 俺が訊くより先に、パワポケ君が首をひねりつつ言った。

 

 「やけに暗い顔をしてたな。こんないい天気なのに」

 

 パワポケ君の顔が、窓の外を向く。

 なんだか、その人に妙な親近感を覚えた。以前、パワポケ君に同じことを言われたからかな。

 

 ふと、高科さんが真剣な面持ちで口を開く。

 

 「その人って、女子ですか?」

 「ああ、女子だったよ。顔はよく見てないから分からないけど」

 「……そうですか」

 

 パワポケ君の返答に、高科さんはどこか遠い目をして呟いた。

 俺はそんな高科さん見て、目を細める。この雰囲気、彼女が時折見せる哀愁モードだ。ということは、おそらくその子は、高科さんと関係のある人物。

 

 そう、例えば前に教えてもらった妹とか。

 でもそれはそれで、疑問が残る。それは二年生の初めに、廊下に張り出されたクラス表だ。ざっとしか目を通していないが、確か「高科」の名字は一人だけだった気がする。

 

 (違うか……)

 

 俺はそれ以上、考えることをやめた。誰にだって、人に詮索されたくない過去の一つや二つ、抱えているだろう。こんな高科さんでも、それは例外ではない。

 

 「さてと、部活行くか」

 

 こっちを見て、パワポケ君が言う。

 

 「二人とも、程々にな」

 

 つい先ほど判明した、無意味な忠告を残して、パワポケ君は部活に向かって行った。

 周りに人通りはなく、急な静けさが訪れる。

 

 やがて、高科さんが口を開いた。

 

 「あたしたちも行きましょうか!」

 

 そういう高科さんの顔には、いつもの明るさが戻っていた。

 俺は頷いて、本来の目的地であった中庭へ、再び足を進める。

 

 (今度、屋上覗いてみるか)

 

 歩きながら、俺は頭の中でそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女との日常⑤ その2◆◆

 

 

 翌日の放課後。

 帰り支度を整えていると、寝起きのパワポケ君が伸びをしながら言った。

 

 「今日もいい天気だなあ。こんな天気のいい日は、屋上にでも行って昼寝したくなるなあ」

 「また言ってるでやんす……」

 

 荷田君が、呆れた目をパワポケ君に向ける。

 と、そこへ高科さんが近寄って来た。

 

 「先に行っててください。ナオっちは野暮用を片付けてから行きますので」

 「あ、はい」

 

 俺が言葉を返すと、高科さんは軽い足取りで教室から出て行った。

 荷田君の目が、俺の方を向く。

 

 「神城君は、今日もデートでやんすか?」

 

 疑問を投げかけてくる荷田君。

 俺は帰り支度を整えつつ、それに答える。

 

 「デート……デートではないな」

 

 少し考えてから、言葉を付け足した。

 

 「もはやルーティンだし」

 「はえー、おいらも言ってみたいでやんす……」

 

 俺の言葉を聞いて、荷田君はガックリと肩をおとした。

 心の中で「頑張れ荷田君」と、声援を送る。

 

 ふと、パワポケ君が椅子から立ち上がった。

 

 「荷田君、先行ってていいよ。屋上で昼寝してから行くから」

 「寝坊しても知らないでやんすよ」

 「大丈夫。チャイムの音で必ず起きる体になってるから」

 「それじゃ遅いでやんすよ……」

 

 ため息混じりに喋る荷田君。

 パワポケ君はそのまま、足早に教室から出て行った。

 

 俺と荷田君も、それに続くようにして、椅子から立ち上がる。

 

 「あれでキャプテンが務まるのか疑問でやんす」

 

 と、荷田君が呟く。その呟きに、俺は疑問を抱いた。

 

 「パワポケ君が?」

 「そうでやんす」

 

 俺の疑問に、頷く荷田君。

 

 「勉強は壊滅的でやんすが、野球に関してはピカイチでやんすからねえ。あれならプロも夢じゃないでやんす」

 「まじかよ。すご」

 

 知らなかった。パワポケ君て、そんなすごい人だったのか。

 俺も野球をやっていた身として、プロを狙えるレベルがどんなものなのか、なんとなくは分かる。ごまんといる高校球児の中でも、プロになれるのはほんの一握りの狭き道だ。

 

 その道を、まさかパワポケ君が。俺は昔、所属していたチームの監督が言っていた言葉を思い返す。

 

 「野球はバカじゃできない」

 

 この言葉を、俺は訂正する。勉強で使う頭が悪くても、野球で使う頭が良ければ問題ないと。

 まあ、それでもセットヴァルエンチンはどうかと思うが。

 

 俺と荷田君で、揃って教室の外に出る。

 

 「じゃあ、おいらは部活に行くでやんす」

 「うい」

 

 部活に向かう荷田君を横目に、俺は中庭へ進路を変える。

 でも、すぐに足を止めた。

 

 (屋上、覗いてみるか?)

 

 方向転換した瞬間、俺はハッとする。

 そういえば、今日はパワポケ君が昼寝をしに行ってるんだった。

 

 それを思い出して、また方向転換しようとした、その時。

 廊下の奥に、ちらっと高科さんの姿が見えた。

 

 (あれ、何してんだ)

 

 考える間もなく、高科さんは屋上へと続く階段の奥に消えていった。

 俺は首をひねる。野暮用というのは、屋上にあるのか?

 

 次の進路が確定した。中庭という選択肢は消し去り、方向転換した通りに屋上へ向かう。

 理由は特にない。ただなんとなく、何しに行ったか気になっただけ。

 

 まっすぐ廊下を歩いて、階段の前で止まる。一息吐いてから、階段を上り始めた。

 そして、ちょうど階段を半分上りきったタイミングで、上の方から扉の開く音が聞こえてきた。

 

 タタタタタタ!

 誰かが階段を駆け下りてくる音。俺はぶつからないように、端っこに寄る。

 

 やがて、足音の主が目の前に現れた。そのまま駆け下りて行くかと思いきや、足音の主は俺を見るや否や、その足を急停止させた。

 

 「っ……!」

 

 目を丸くして、俺のことをじっと見てくる。

 足音の主は、なんと女子だった。顔に見覚えがないので、同じクラスではないと思う。

 

 なるほど。この子が昨日、パワポケ君が言ってた子か。

 俺は何も言わず、軽く頭を下げる。すると、彼女も同じように頭を下げてくれた。

 

 そして、彼女は再び階段を駆け下りて行った。

 

 (なんだったんだ?)

 

 首をひねりつつ、階段を上って屋上に足を踏み入れる。

 その先では、パワポケ君が呆然と佇んでいた。なにしてるんだろうと思いつつ、周りを見渡す。

 

 しかし、他の人影は確認できなかった。

 

 (あれ、いないじゃん)

 

 屋上に行ったはずの高科さんの姿が見えないことに、俺は疑問を抱いた。

 確かに、階段を上って行ったはずなのに。

 

 「あれ、神城君?」

 

 パワポケ君がこっちに歩いてきて、声をかけてくる。

 

 「神城君も昼寝しに来たの?」

 

 「なわけないでしょ」

 

 乾いた笑みを浮かべて、即答する。

 俺は後ろを見て、さっきの女子について訊いた。

 

 「なんか今、女子とすれ違ったけど」

 「あ、ああ」

 

 パワポケ君の表情が曇る。

 

 「何もしてないんだけど、逃げられちゃったんだよな」

 「あらら」

 「ショックだよ。地味に」

 

 ガックリと肩をおとすパワポケ君。

 この様子だと、また昼寝できてなさそうだ。

 

 顔をあげて、パワポケ君が訊いてくる。

 

 「なにか話した?」

 「いや、頭下げたぐらい」

 「まじかよ。俺なんて目合わせた瞬間、逃げられたぞ」

 「それはどんまいすぎる」

 

 俺は半笑いを浮かべて言った。ついでに、心の中で少しだけ同情する。

 

 「よし、部活行くか」

 

 沈んだ気分を吹き飛ばす様に、パワポケ君が言った。

 二人で並んで、扉まで歩いていく。

 

 パワポケ君が先に通り、俺も一歩出たところでピタッと足を止めた。

 

 「行かないの?」

 

 不思議そうに訊いてくるパワポケ君。

 俺は少し黙考してから、先に行くよう促した。

 

 「先行ってていいよ」

 「あ、ああ。分かった」

 

 パワポケ君が屋上を後にする。これで、屋上には誰の姿もなくなった。

 扉を閉めて、再び屋上に足を踏み入れる。

 

 (さて……)

 

 一見、誰の姿も見えない屋上。でも、俺の勘が正しければ……。

 俺は中庭の見える位置まで、移動する。中庭を確認して、まだ高科さんがいないことを確認。

 

 そして、振り返って屋上を全体的に視認する。やっぱり誰もいない。

 目を細めて、例のあの場所まで移動する。ここにいなければ、俺の勘は外れたことになる。

 

 緊張の一瞬。

 いきなり出てこられても心臓に悪いので、できるだけ距離を取って、その場所を覗いた。

 

 「……いないか」

 

 ぼそっと呟く。いるとしたら、ここだと思ったのだが。

 他に隠れられる場所も思いつかないし、俺の勘は完全に外れたようだ。

 

 俺は諦めて屋上を後にした。階段を駆け下りて、足早に中庭へ向かう。

 中庭に着くと、ベンチに腰掛ける高科さんが見えた。

 

 (え、まじかよ)

 

 驚いて足が止まる。さっき見た時はいなかったのに。

 解せない気分のまま、高科さんのもとに歩み寄る。

 

 高科さんは俺に気が付くと、笑みを浮かべて言った。

 

 「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」

 「え、そんなに待ちました?」

 「いえ、あたしも今来たところですよ」

 

 高科さんがベンチから腰を上げる。うーん、なんか解せない。

 俺は率直に、階段のところで見た高科さんについて、尋ねることにした。

 

 「さっき屋上に行きませんでした?」

 「えっ?」

 

 高科さんが目を丸くする。まるで、図星をつかれたかのように。

 

 「い、いや、いないですよ。いませんです、はい」

 

 そう言う高科さんの目は、完全に明後日の方向を向いている。

 はい、ダウト。もはや隠す気がないのではと、逆に勘ぐってしまう。

 

 「……そうすか」

 

 嘘を吐いていることは確定したが、それ以上の追求はやめた。

 高科さんのことなので、訳ありなのだろう。確証はないけど、たぶんあの子が高科さんの──。

 

 頭の中で思考にふけっていると、高科さんが俺の手を引いた。

 

 「さあ、今日もおもしろいネタ探しの旅に出発ですよっ!」

 

 高科さんに手を引かれ、中庭を後にする。

 俺はさっきまでの思考の記録を、頭の片隅にしまった。

 

 

 

 

 

 ◆◆彼女との日常⑤ その3◆◆

 

 

 その翌日。

 授業の合間の休憩時間に、トイレを済ませて教室に戻ろとしていたところ。

 

 廊下の奥に、高科さんの姿が見えた。高科さんは、また屋上の階段の方に消えていった。

 俺はちらと時計を確認する。次の授業が始まるまで、まだ少し余裕がある。

 

 そう結論付けて、廊下を歩き出した。当然、目指すは屋上だ。

 別に高科さんが何をしようが、干渉する気は毛頭ない。ただ、いつも好き放題されている身としては、たまには、反撃してやらないとな。

 

 謎の反抗心を掲げ、屋上の階段を上る。少し上って、俺は足を止めた。

 上の方から、誰かの話し声が聞こえてくる。それに、扉が閉まる音も続いた。

 

 (誰かいるのか)

 

 扉が閉まっても、誰かが下りてくる気配はない。

 俺は下から、扉の方を覗き込んだ。

 

 すると、こっちから扉に手をかける高科さんの姿が目に入った。どうやら、扉を閉めたのは彼女のようだ。

 でも、高科さん以外の人影は、見受けられない。確かに、話し声が聞こえたような気がしたんだけど。

 

 高科さんが、扉に背を向ける。こっちを向き、階段の下の方にいる俺と目が合った。

 

 「あっ……」

 

 目を大きく見開く高科さん。俺がここにいることに、驚いている様子。

 俺は階段を上って、声をかけようとした。

 

 が、すぐに高科さんが階段を駆け下りてきた。

 

 「退散しましょう」

 「えっ?」

 

 唐突に言われて、間抜けな声で訊き返す俺。

 その時、屋上の方から、今度はハッキリと誰かの話し声が聞こえてきた。

 

 俺は屋上の方に目を移す。やっぱり聞き間違いではなかった。高科さん以外にも、誰かいるんだ。

 自分の耳の良さに感心していると、不意に手を引かれた。

 

 それと同時に、予鈴のチャイムが鳴り響く。

 

 「行きますよ!」

 「ちょ──」

 

 俺が何かを言う前に、手を強く引かれる。

 そのまま、俺と高科さんは逃げるようにして、その場を後にした。

 

 

 その日の放課後。

 いつものように、俺と高科さんは中庭にいた。

 

 「さて、今日はどうしましょうか!」

 

 笑みを浮かべて、高科さんが訊いてくる。

 特に何も思いつかなかったので、その旨を答えた。

 

 「いいすよ、なんでも」

 

 少し素っ気ない返事だなと、言ってから思った。

 でも、これで分かった。高科さんは、さっきの屋上での一件を、俺に話す気はないんだと。

 

 久しぶりに、モヤモヤした気分になる。別にこちらから訊けば済む話だが、高科さんなら、自分から話してくれると、勝手に思っていたからかもしれない。

 

 俺は一瞬だけ、目をつぶる。そして、気持ちを切り替えた。

 ふと、高科さんの表情も、真面目なものへと変わる。

 

 「やっぱり気になりますか?」

 「えっ?」

 

 突然、投げかけられた疑問に、俺は直ぐに答えることができなかった。

 少し考えて、その言葉の意味を理解する。てっきり、話す気がないものと思っていたのだが。

 

 俺は躊躇いがちに返答した。

 

 「まあ……それなりには」

 「うーん、そうですねえ~」

 

 俺の返答に、考える素振りを見せる高科さん。

 そして、いたずらな笑みを浮かべて言った。

 

 「信吾君があたしのことを、ちゃんと()()って呼んでくれたら、考えてあげてもいいですよ」

 「……まじすか」

 「あと、その敬語混じりの口調も禁止で」

 

 どんどん追加注文が増えていく。最初の名前呼びですら、俺にはハードルが高いのに。

 俺は歯を食いしばる。目の前には、余裕の笑みを見せる高科さん。

 やっぱり訊くのやめようかなと思いつつ、ここまできて引き返すのも、という葛藤に苛まれる。

 

 やがて、俺は大きなため息を零した。

 いずれは避けて通れない道。今回は、癪だけどこっちが折れてやるとしよう……。

 

 俺は腹をくくって、小さく息を吸ってから言った。

 

 「な、ナオ……」

 「はい、なんでしょうか!」

 

 ニコニコ顔の高科さん。今となってはこの顔も、非常に腹立たしく思えてくる。

 というか、名前呼んだんだから、話してくれても良いのでは?

 

 「ほら、普通に教えてって言うだけですよ。頑張ってください!」

 「くっ……」

 

 完全に弄ばれている。反抗しようにも、今の俺にそれはかなわない。

 俺は観念して、それを口にした。

 

 「教えてくだ……教えて」

 

 癖で敬語混じりになしそうになるも、なんとか言い直す。

 これで終わったかと思いきや、高科さんは首を横に振って、

 

 「目が泳いでますよ。ナオっちの目はここです」

 

 追加で要求を飛ばしてきた。

 もうこうなっては、ヤケクソだ。潔く散ってやろうじゃないか。

 

 さっきよりも強く歯を食いしばる。そして、ちゃんと高科さんの目を見てから言った。

 

 「教えて」

 「誰にですか?」

 「……ナオ」

 

 名前を口にした瞬間、俺の中の何かが弾けた。

 顔をそらし、肺に溜まっていた空気を、大放出する。顔から火が出そうになるというのは、まさに今の俺のことだろうなと思った。

 

 最後に爆発したので、また追加要求されるかと心配したが、今度はお咎めなしだった。

 肩で息をする俺を見て、高科さんが満足気に言う。 

 

 「仕方ないですね。照れ屋さんの信吾君にしては、頑張ったと認めてあげますよ」

 

 ようやく、お許しが出た。上から目線の物言いが癪だが、今の俺に反抗する気力は残っていない。

 いつか復讐してやると、心の中で固く誓い、高科さんの次の言葉を待つ。

 

 すると、高科さんはいつものノリで口を開いた。

 

 「といっても、パワポケ君の密着取材をしていただけで、大した話ではないんですけどねえ~」

 

 アハハと笑う高科さん。それを聞いて、俺は心の中でパワポケ君に合掌した。

 高科さんが「ほら」と話を続ける。

 

 「パワポケ君、最近よく屋上に行くじゃないですか」

 

 確かに。昼寝をするとかなんとかで、行ってる気がする。あんまりできてないみたいだけど。

 

 「そこで、どうも他のクラスの女子生徒と、密会しているらしいのですよ」

 「はあ」

 

 イキイキと喋る高科さんとは裏腹に、なんとも気の抜けた反応をする俺。

 あんまり人のプライベートに干渉するのは、俺の人としての考え方に反するんだけどな。というか、密会ってなんだよ……。

 

 そんな俺の内心などつゆ知らず、高科さんが続ける。

 

 「野球部次期キャプテン、しかもあのパワポケ君の色恋事情ですよ。気になるじゃないですか」

 「へえ」

 「そういうわけで、このナオっちが立ち上がったというわけです」

 

 少しも悪びれる様子もなく、高科さんが言い切った。

 俺が何か反応を示す前に、高科さんは「ちなみに」と付け加える。

 

 「これはあくまでも、あたしの興味本位の取材なので、記事にする気はないですよ」

 

 そう言う高科さんに、俺は「当たり前だ」と心の中でツッコむ。

 すると突然、高科さんが、何か思いついたように声をあげた。

 

 「あっ、そうだ!」

 

 そして、俺のすぐそばに身を寄せてくる。同時に、俺も端っこに寄って距離をキープ。

 

 「信吾君にお願いがあります。その女子生徒について、調査してきてください」

 「えぇ……」

 

 あまりにも唐突な高科さんのお願いに、俺は心底嫌そうな顔をした。

 別に俺に頼まなくても、高科さんなら余裕で調べられるだろうに。というか、もう知っててわざと俺に頼んでるだろ。

 

 様々な憶測が、頭の中で飛び交う。

 高科さんが、さらに俺との距離を詰めてくる。また距離を置こうとして、気付いた。既に、際まで追い詰められていたことに。

 

 逃げ場のなくなった俺に、高科さんが容赦なく詰め寄る。

 

 「嫌とは言わせないですよ。あたしは信吾君のお願いを聞いて、極秘調査のことを教えてあげたんです。ギブ&テイクですよ」

 「いや、俺だって名前呼んだじゃないすか」

 「それは彼氏さんとして、当然のことですよ。どこの世界に、彼女さんのことを名字とさん付けで呼ぶ彼氏さんがいるんですか」

 「それは……」

 

 返す言葉が見当たらない。いや、正確にはあるけど、返すに相応しい言葉が思いつかない。

 別に名前の呼び方なんて自由だし、普通にさん付けで呼び合ってるカップルなんて、この世にごまんといるだろう。

 

 でも、それを言う気にはなれなかった。高科さんの台詞に、「確かに」と同意する自分もいたからだ。

 やれやれ、今回も俺の負けか。俺は心の中で、ホールドアップ──白旗をあげた。

 

 「……何を調査したらいいんすか」

 

 観念した面持ちで、高科さんに訊く。

 

 「先に言っときますけど、難しいことはできないすよ。尾行とか」

 

 すると、高科さんは首を横に振った。

 

 「分かってますよ。そんなこと、信吾君には望んでません」

 

 左様ですか……。

 ほんの少しだけ安心していると、高科さんは優しく微笑んでから言った。

 

 「信吾君には、その子と友達になってあげて欲しいのですよ」

 「えっ……」

 

 聞き間違いだろうか。いま、俺にその子と友達になれって言わなかった?

 

 「だいたい屋上にいるので。屋上に行けば会えますよ」

 

 貴重な情報を提供してくれる高科さん。

 この様子だと、残念ながら聞き間違いではなさそうだ。

 

 「友達って、ハードル高すぎないすか……?」

 

 高科さんと知り合って、約一年。今では、なんの因果か付き合うまでの仲になった。

 であるならば、俺のコミュ力が終わってるなんて、とっくに気付いているだろう。野郎ならまだしも、女子と友達って、どうすればいいんだよ。

 

 そんな俺の不安をよそに、高科さんは呑気な声で言った。

 

 「大丈夫ですよ。あたしと喋っている時みたいにしていれば、問題なしです!」

 

 そう言って、高科さんがベンチから腰を上げる。

 俺の不安はなくならない。励ましてもらっておいて申し訳ないが、全然大丈夫ではない。まず、会話を展開できる様が想像できない時点で詰んでいる。

 

 「ではさっそく、明日から作戦開始ですよっ!」

 

 どんよりとした気分の俺に構うことなく、謎の作戦開始を告げる高科さん。もはや、退路は存在しない。

 俺はこの日、何度目かのため息を零して、重い腰を上げたのだった。

 

 

 




次話から芳槻さん本格的に出てくる予定
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