10主、順調に桜空ルート進行中。
ある日の放課後。
帰り支度を整えていた俺は、不意にパワポケ君に話しかけられて、その手を止めた。
「神城君て、高科と付き合ってるんだよね?」
あまりにも唐突なパワポケ君の質問。「藪から棒に」とは、まさにこのことだなと思った。
周りに聞こえないよう、できる限り声を抑えて答える。
「まあ……一応」
「やっぱり、色々とどこかに出かけたりするの?」
続けざまに質問が飛んでくる。
今度は少し考えてから、返答した。
「ないね」
「え、そうなの?」
パワポケ君が目を丸くする。
「意外だね。高科なら、神城君が嫌がっても連れ回しそうなのに」
パワポケ君の台詞に、俺はフッと鼻で笑った。よく分かっていらっしゃる。
「そうかー。うーん……」
腕を組んで、首をひねるパワポケ君。何か悩み事がある様子だ。
とりあえず、話を訊いてみることにする。まあ、この話の流れからして、何に悩んでいるのかは、なんとなく察しがつくんだけど。
「どうしたの?」
「あ、いや、別に深い意味はないんだけど」
目を背けながら、頬を掻くパワポケ君。
そして、こっちに顔を近づけると、ヒソヒソ話をするかのような小声で言った。
「実は最近、知り合った女の子がいてさ。その子とどこか行こうかと思ってて……」
「おお」
驚いた。もう芳槻さんとそこまで仲良くなったのか。
さすがは野球部次期キャプテン、パワポケ君も大概コミュ力お化けだな。
パワポケ君が「でも」と話を続ける。
「俺、こういうの疎くって。高科と付き合ってる神城君なら、女の子が行きたいところとか、そういうの詳しいかなって思ったんだけど」
言葉の通り、期待の眼差しが向けられる。それに対して、俺は自虐気味に笑った。
悩み事の内容は、おおかた察しの通りだったけど、まさかこの手の話の相談相手に選ばれるとは、思わなかった。
だって、そんなこと俺に訊かれても分かるわけないし……。
俺は開き直って、パワポケ君の質問に答えた。
「いや、考えたこともなかったな」
「うーん、俺も野球ばかりだったからなあ。こういうのはさっぱりだよ」
ある意味、似た者同士というわけだ。まあ、俺はパワポケ君ほど鈍くないけどね。
と、そこへ──。
「何やら面白そうな話をしてるでやんすねえ。おいらも混ぜるでやんす」
今の今までだんまりだった荷田君が、半ば強引に話に加わってきた。どうやら、全部聞こえていたらしい。
パワポケ君が、ギョッとした顔で荷田君の方を見る。
「荷田君、今の聞こえてたの?」
「ふふふ……こういう話に関しては、オイラの耳は地獄耳でやんす」
「そ、そうなんだ……」
不気味な笑みを浮かべる荷田君に、若干引き気味のパワポケ君。
荷田君が目を細めて、パワポケ君を見る。
「最近、部活前にやたらと屋上に行ってたのは、そういうわけだったんでやんすね」
「ま、まあね」
「神城君はともかく、まさかパワポケ君にも先を越されるとは……ショックでやんす」
そう言って、ガクッとうなだれる荷田君。
俺とパワポケ君は顔を見合わせて、互いに苦笑いを浮かべた。
うなだれたまま、荷田君が口を開く。
「それで?さっきの話の続きはどうなったでやんすか?」
「さっきの話?」
パワポケ君が訊き返す。
荷田君は顔をあげると、今度は鋭い視線を俺とパワポケ君に向けた。
「デート先の話でやんす。二人とも、何やら聞き捨てならないようなことを言ってた気がするでやんすが」
「えっ?そんなこと言ったかな……」
首をひねるパワポケ君。まったく身に覚えがないといったご様子。
俺も目をそらして、肩をすくめる──心当たりはあるけど。
そんな俺らを見て、荷田君は深いため息を零した。
「はぁぁ……現実は理不尽でやんす。なんでこんな二人に、青春が訪れるでやんすか」
虚ろな目でぼやく荷田君。
こちらとしては、そんなこと言われてもって感じだ。
「まあ、オイラはこれでも寛大でやんす。友達の恋バナを邪魔するほど、野暮じゃないでやんすよ」
そう喋る荷田君に、パワポケ君が「何言ってんだ?」と言わんばかりの目を向ける。
対して、俺は「そうなんだー」程度の反応。
「でもこの体たらくじゃ、口を挟まないわけにもいかないでやんす!」
荷田君の語気が強まる。あと、怖いぐらいに真剣な顔。
「第一、二人からやる気がまったく感じられないでやんす!考えたこともない?野球ばかりだったから?そんなことじゃ、フラグが折れるのも時間の問題でやんす!」
「は、はあ」
困惑するパワポケ君をよそに、荷田君がヒートアップする。
「デートとは、お付き合いの基本中の基本イベントでやんす。ちゃんと相手のことも考えて、計画を立てないとダメでやんすよ。基本だからといって、なめてると痛い目に遭うでやんす」
「でも、俺まだ知り合って間もないし……」
「か~あ!あんたはそれでも男でやんすか?」
パワポケ君の反論に、荷田君は呆れたように言った。
そして、荷田君の目が俺へ向く。まるで、「お前はどうなんだ?」と尋ねられてるみたいだ。
(デートねえ……)
俺はちらっと、高科さんの方に視線を移す。
さっきまで駄弁っていた友人らとは、既に解散したようで帰り支度を整えている。
そろそろこっちに来そうだな……。
もし高科さんに、この話を聞かれでもしたら、絶対に面倒なことになる。
この話題も、ぼちぼち終わらせなければならない。
「うーん……難しいね」
そう言って、俺は乾いた笑みを浮かべた。
荷田君がため息を吐きながら、呆れた顔で首を横に振る。
その時──。
「面白そうなネタの匂いがしますねえ~」
横からパワポケ君と荷田君以外の声がした。
その声を聞いて、パワポケ君と荷田君の目が声の方に移る。
やっぱり来たか……。
案の定の展開にため息を吐いていると、声の主──高科さんは、俺のすぐ横まで来て足を止めた。
「あたしも混ぜてほしいですよ!」
「げっ、高科……」
高科さんの乱入に、ばつの悪い顔をするパワポケ君。
気持ちはとてもよく分かる。俺もパワポケ君と同じ気持ちだから。
荷田君が目を細めて、高科さんに言う。
「なに他人事みたいに言ってるでやんすか。あんたにも関係があるんでやんすよ」
「へ?」
首を傾げる高科さん。なんのことだかさっぱりといった感じだ。
そんな高科さんに、荷田君は突拍子もないことを尋ねた。
「あんたは今の神城君に、満足してるでやんすか?」
それを聞いて、俺は心の中で「何を訊いてるんだよ」とツッコミを入れた。そんなこと訊かれたら、「満足してない」ってなるに決まってるからだ。
高科さんは、俺に視線を移して「そうですねえ~」と考え込んでいる。
これは色々と言ってくれるんだろうなと、身構えていると、
「あたしは満足してますよ!」
ハッキリと高科さんが答えた。
これは予想外。てっきり名前で呼ばないこととか、敬語口調のこととか言われるかと思ってたのに。
高科さんが話を続ける。
「信吾君となら、あたしはどこにいても楽しいなって思います。だから、不満なんてないですよ」
そして、高科さんは俺を見てニコッと笑った。
こういうことを平然と言える高科さんは、羞恥心がないのだろうなと思う。少しは言われる側の立場にもなってほしいものだ──まあ、高科さんらしいけど。
「ただのろけ話を聞かされただけだったでやんす……」
ウンザリした顔で、荷田君がぼやいた。そして、パワポケ君へ視線を移す。
「いいでやんすか。この二人は例外でやんすよ。これが普通だと思ってたら、後で痛い目に遭うでやんす」
「あ、ああ……」
例外扱いになるのか。どういう判断基準か知らないけど、そんなにおかしいのかな。
隣では、高科さんが「例外ってなんのことですか?」と訊いてくる。
俺はそれに「分かんないっす」とだけ返した。
だって、本当に分からないからね……。
パワポケ君が、荷田君に視線を戻して「ところで」と口を開く。
「荷田君は恋愛経験あるの?」
「ふふん……もちろんでやんす!」
パワポケ君の質問に、胸を張って答える荷田君。
「さおりちゃんによーこちゃん、かえでちゃん。いっぱい女の子と付き合ったことがあるでやんす」
「へ~。すごいんだ」
「なんと!ニュダっちにそんな過去が!」
荷田君の返答に、目を丸くするパワポケ君と高科さん。
二人とも今の話を真に受けたのか……。
純真というかなんというか。荷田君の言う「さおりちゃん」とか「よーこちゃん」て、たぶん三次元の話じゃないと思うんだけどな……。
「今からオイラのことは、恋愛マスターと呼ぶでやんす!」
「はい。マスター!」
「パワポケ君には、恋愛のなんたるかをみっちり教え込むでやんす。さっそく、今夜から始めるでやんすよ」
「よろしくお願いします!」
ノリノリな荷田君と、完全にその気になるパワポケ君。
その時、ちょうど部活動開始前の予鈴が鳴った。その予鈴を聞いて、パワポケ君と荷田君が立ち上がる。
「それじゃ、俺たちは部活行くから」
「いてらー」
「ファイトですよ!」
パワポケ君の言葉に、俺と高科さんがそれぞれ返答する。
そして、二人とも教室から出て行った。
やれやれ、最初は大した話でもなかったのに、いつの間にか変な方向に盛り上がってしまったな。
主に荷田君のせいだけど……。
「あたしたちも行きましょうか!」
と高科さん。
俺は「うっす」と頷くと、カバンを手に取り立ち上がった。
二人で教室を後にする。
教室を出てすぐに、高科さんが俺を見て言った。
「今日は気になる噂を耳にしたので、その調査に行きたいのですよ」
「いっすよ」
軽いノリで返事する。高科さんはニコッと微笑むと、
「では出発ですよ!」
そう言って歩き出した。俺も後に続く。
これが俺と高科さんの日常。高科さんに誘われて、俺は彼女に付き合う。彼女の赴くままに。
まあ、ゆくゆくは俺からも高科さんを、どこかに誘うことは検討するとして……。
「それでですね。その噂の内容なんですけど、中々に興味深いんですよ!」
横を歩く高科さんが、楽し気に噂の内容を語り出す。
まあでも、今はとりあえずこの流れに身を委ねておこう。
だって、俺も高科さんとなら、どこにいても楽しいと思えるからね。──絶対に言わないけど。