世界観は電子書籍版とアニメのごった煮です。
「永森やちよさん、永森ちよさん、ようこそ死後の世界へ。あなたたちはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたたちの生は終わってしまったのです」
真っ白な空間に一人の女性が座っていた。
青い髪をたなびかせ、同じく青い羽衣を纏う美しい女性。
全身を清らかな『青』に包んだ彼女は、まるで御伽噺の女神のようだった。
それにしても死んだだなんて。随分とあっさりしたものですね……。
「あの。……とりあえず、ひとついいでしょうか。」
そんなことを考えていたら、女神さまが不思議そうにこちらを見つめた。
「「なんでしょう?」」
何かおかしなことでもあるかしら。
私たちが全く同時に声を上げるものだから、女神さまの肩がびくんと震える。
ふふ、初めてあった人に『これ』をすると、みんな驚いてくれるから楽しいわ。
「……なんであなたたち、
…………あら?
「だっておかしいじゃない!この場所って普通、絶対一人づつしか入れないのよ!?」
女性は、ずびしと『私』を……『私たち』を指さして、声を上げた。
思わず隣に目を向ける。そこには顔がもうひとつ。
肩で揃えた黒髪に、くりんと丸い硝子の黒目。
お気に入りの、上から下まで真っ黒な着物。金糸で縫い付けられた、花魁草の柄が可愛らしい。
真っ黒な全身とは相反する、昔、はは様にお人形さんのようねと褒めていただいたお肌だけが、陶器みたいに真っ白な女の子。
『私』と同じ姿をした、半身の姿がそこにはあった。
その子は眉をハの字に曲げて、困ったようなお顔をしていた。
勿論、『私』も同じ表情なのでしょうけれど。
「……なんでと訊かれましても。そもそも私たち、此処がどこかも分かりませんもの。ねえ、やちよ?」
「ええ、ちよ。そもそも貴女は何者ですの?それに私たちが死んだだなんて。」
私たちは同時に首を傾げた。本当に、何が何だか分からないわ。
そもそも、私たちは何をしているところだったのでしょう?
「えっ……嘘ぉ……。こんな事あるぅ……?」
青い女性は信じられないものを見るような目をしていらっしゃる。
「……まあいいわ。じゃあまず自己紹介からいきましょうか。私はアクア。日本において、若くして亡くなった魂を導く女神です。」
佇まいを正してそう言う女神さま。
まあ、随分綺麗な方だとは思っていましたが。
それより名前を教えていただいたからには、此方も返さなければ。
「私はやちよ。永森やちよ。双子の姉です。」
「私はちよ。永森ちよ。双子の妹です。」
そしてぺこりと頭を下げた。
……『私』がどちらか、ですって?そんなの些末な事ですよ。私たちは双子ですもの。
「ご丁寧にどうも。……それで改めて言いますが、あなたたち二人は亡くなってしまいました。ここは死した魂の往き先を決める、天界と呼ばれる場所です。」
女神さまの言葉を聞いて、私たちは再び目を合わせた。
「……仮にそうだとして、私たちの死因をお聞かせ願えるかしら?」
「『はいそうですか』と受け取るには、些か突飛過ぎますわ。」
「…………あなたたちの死因は溺死です。覚えていませんか?(多分)ちよさんの方が、足を滑らせて……」
今、小さく何か聞こえた気がしましたけど……。
それより溺死ですか。直前の記憶はたしか、二人でお庭をお散歩していたところで。
私たちのお庭には、大きな池と桜の木があって。あの日は夜桜がとても綺麗だったのを覚えていますけれど……。
「ああ!思い出しました!桜があんまりに綺麗だったから、ついつい見惚れてしまって!」
「ええ!思い出しました!足元に花びらが積もっていたのに気が付かなくて!」
しっかり手を繋いでいたものだから、二人仲良く転んでしまったんです。
そこからの記憶はありませんが、きっとそのまま溺れてしまったのでしょうね。
「はい、その通りです。お二人はそのまま息を引き取りました。夜中のことでしたから、他の人たちも誰も気が付かず……。」
「でもやっぱり、二人揃って召されるなんて。私たち双子なのね。」
「まあまあ、当然のことですけれどね。だって私たち双子ですもの。」
「……一番の謎は
女神さまが呆れたように呟く。
どうでも良いのですけれど、この女神さま先程から不意に口調が砕けて面白いわね。
「どういうことでしょうか?」
「……だって普通、死んだら一人づつ来るものでしょ。」
「はあ、そういうものですか。」
「ええ。例え同じ時間、同じ場所、同じ死因で亡くなったとしても。ましてやそれが親兄弟双子だったとしても!ここに招かれるのは、原則、絶対に
女神さまがずいと身を乗り出して詰め寄る。
「……そうなのね。私たちが例外だということかしら。」
「まあ、私たちにとっては些末なことですけれどもね。」
私たちはまた顔を見合わせて、ふふっと笑った。
「……本当に、変な子たちね。」
女神さまはぽつりとそう言った。だけどもそこに、猜疑や嫌悪の色は無く。
ああ。このお方、本当に女神さまなのね。
「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか。あなたたちはこれから何処へ向かうのか。」
「あら、もう終わりですの?」
「もっと気になりませんの?」
「……だって、来ちゃったものは仕方ないもの。そこら辺は私の管轄外よ。」
女神さまは少し拗ねたような表情を浮かべている。
まあでも、私たちでもよく分からないことを根掘り葉掘り訊かれるよりはよっぽど良いでしょう。
そう言う意味では女神さま、とっても好感が持てるわね。
「あなたたちには三つの選択肢があります。ひとつは天国のような場所で永遠に過ごすか。娯楽も何も存在しないので、やれることといったら日向ぼっこと世間話くらいです。」
まあ、なんて退屈そう。のんびりするのは好きだけど、ずっとは飽きてしまいそうね。
「ふたつ目は、綺麗さっぱり記憶を消して、元の世界へもう一度生まれ変わるか。ただし、あなたたちに限ってはこれはおすすめできません。」
「「あら、どうして?」」
……流石に、二度目は驚かれなかったわね。
「あなたたちの魂は今、とても特殊な状況になっている可能性が高いからです。……そうね。分かりやすく言うなら、本来二つ有るべき魂が、
女神さまは淡々と説明を続ける。
……消失だなんて、聴くだに恐ろしい。だって私たちは『二人で一人』。
どちらかが消えてしまえば、残された方に価値なんてありませんもの。
「でも大丈夫。あなたたちが選べる第三の選択肢があるわ。それは……」
そこで一拍おいて、女神さまは口を開いた。
「『異世界で新たな生を受ける』というものです!」
「「………………いせかい?」」
あらまあ、全く聞いたことのない言葉が出てきたわ。
「そうよ。あなたたちゲームは……やらなさそうよね、見るからに箱入りお嬢様って感じだし。いいですか?その異世界というのは―――」
それから女神さまは、私たちに色々教えてくれた。
どうやらそこは、此方で言う中世のような様相の、剣と魔法の世界らしい。
そこには悪い魔王が居て、彼等によってその世界の住民たちは苦しめられているそうな。
だから神々は、若くして亡くなった魂を生前の姿のまま向こうの世界に送って、人口増加兼魔王の軍勢と戦うための戦力増強を狙っている、とのこと。
そして向こうに送られる魂には何か一つだけ、好きな『特典』を与えられるのだとか。
つまり私たちは、その特別な力を貰える代わりに異界へと赴き、戦えということみたい。
「あなたたちとっても仲が良いみたいだし、これならもっと一緒に居られるわよ?悪くない提案だと思うけど……どうかしら?」
女神さまが私たちの顔を覗き込んでくる。
慈愛に満ちた……というよりも。人懐こそうな目をして、にっこりと微笑んでいる。
嗚呼、そんな笑顔をされてしまったら、ついつい考えなしに首を縦に振ってしまいそう。
けれどもそれは許されません。安請け合いはいけませんよと、母様にもお師匠様にも耳にタコができるまで聴かされ続けていましたもの。
「女神さま。お返事するより何よりまず、はっきりさせて頂きたいことが。」
「とってもとっても大事なことよ。絶対答えて頂きたいの。」
真剣な声色で訊いたので、女神さまも察してくれたのか、表情を引き締めた。
「……なにかしら?」
私たちは女神さまをまっすぐ見つめる。
そして、同時に同じ言葉を告げた。
「「それの報酬は、お幾らかしら?」」
「……へ?」
女神さまは呆気にとられたように固まってしまった。
そんなに意外な質問だったかしら?だってこれはとどのつまり、神々からの『ご依頼』なのでしょう?
だったら当然、相応の対価を支払って貰わなければ。
業突く張りと言われようとも仕事柄、これについては疎かにできませんもの。
「……そうねぇ。ホントは一番最後に言うつもりでしたけど。魔王討伐の暁には好きな願いを何でもひとつ、叶えて差し上げましょう。それこそどんな大金だろうと、それ以外の如何なるものであろうと構いません。」
「あら、とっても素敵ね!」
「あら、気前がいいのね!」
女神さまの言葉を聴いて、私たちから笑みが零れた。
だって要は、言い値で払うと言っているのと同じなのだから。
「なんというかあなたたち。見た目に反して結構俗っぽいのね……。」
「あら心外ね。金は天下の回り物と言うでしょう?それに倣っただけですわ。」
「ああでも、ここは死後の世界なのでしょう?地獄の沙汰も金次第と言うべきかしら?」
実のところ、お金そのものには執着はないけれど。
性とはどうにも、一度火が付いてしまうと止められないものね。
「やめてよ洒落にならないから……じ、じゃなくて!とにかく、見返りの心配はありません。さあどうしますか?異世界に行って、魔王と戦ってくれますか?」
女神さまが再び問いかけてきた。
私たちは顔を見合わせ、くすりと笑う。
それに大した意味はなく。だって気持ちは同じですもの、確認の目配せですら有りません。
だからこれは、只の癖。
これからもずっと一緒だという証。だって、私たちは双子なんだから。
「「お請けいたしますわ。」」
そう応えた時の、女神さまの花の咲くような笑顔といったら。
まるで絵本の中から飛び出てきた妖精のようで、思わず見惚れてしまうほど。
ふふ、でも不思議ね。
私たちに『ご依頼』して、あんなに嬉しそうなお顔をするお方は初めて。
やはり女神さまですから、人の上に立つ存在は違うということなのかしら?
「よしっ!……んっん。では、向こうの世界に持っていく特典を選んでください。」
女神さま、慌てて取り繕いながら分厚い冊子を渡してきた。
はらりはらりと捲ってみると、そこには聴いたことも無いような魔剣なんとかやら、伝説の聖剣なんたらとかいう珍妙な名前が書かれた紙切れが沢山挟まっている。
「どれにしましょう?確かに強そうな物ばかり|だけれど、こんなにあったら迷ってしまうわ。」
迷うついでにもう一芸、こうしてお互い継ぎ目なく口走れば。
ふふっ、ほらこの通り。
女神さま、あんなに眼を見開いて、突いた頬杖からずり落ちそうになってるじゃない。
ああでも、女神さまをあんまり揶揄ったらバチが当たってしまうわね。
楽しいけれどこの辺で。
「女神さま。その特典というの、この冊子の中からだけじゃ駄目かしら?」
「どうせなら、二人で考えたものを頂きたいわ。」
「え?ええ、別に構わないですよ。世界が崩れるような極端なものでなければ。…………ねえところで。特典決まった後でいいから、さっきのもう一回やってくれない?」
あらあらまあまあ。
女神さまには思いの外、好評だったご様子で。
「勿論、幾らでも|してあげますわ」
私たちにとってはこの程度、普通の会話と全く遜色なくできますもの。
しかし、そんなに眼をキラキラされて喜ばれると。楽しくなって、つい調子に乗ってしまうではありませんか。
「それで特典なのだけ|れど、実はもう決まってお|りますの。どうかご用|意していただけるかしら?」
「あっあっ待って待って!それ何回もやられたら頭おかしくなりそうだからタンマ!……ふう、えーと、じゃあ何の特典にするのかしら?」
……あら、私たちとしたことが。これ、聴いてる側の気が違えるのでやりすぎはいけませんよと、母様にも言われておりましたのに。
とにもかくにも、欲しい特典ですわね。
私たちが望むもの。それは勿論。
――――――。
「では、これからあなたたちを異世界へ送ります。……もう一度訊くけど、本当にその特典でいいのね?」
女神さまは最後に、私たちの特典を……それぞれの帯に差した『それ』を見ながら、改めて念を押して来られました。
私たちは、それに黙ってうなずき返します。
すると女神さまも無言で、こくりと肯かれました。なんというか、諦めたような、釈然としないようなご様子でしたけど。
「その魔方陣から出ないように」
そう女神さまが言った途端私たちの足元に、奇っ怪な紋様が浮かび上がって青く輝く。
その幻想的な光景に見惚れている内に、私たち二人の身体はどんどん宙に浮かんでいく。
「すごいわ、ちよ!私たち空を飛んでるわ!」
「すごいわ、やちよ!まるで夢みたいだわ!」
興奮しながら私達は、手を取り合って喜び合う。
そんな間にも、眼下の女神さまは両手を広げて言葉を紡ぐ。
「永森やちよさん、永森ちよさん。あなたたちをこれから、異世界へと送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人……じゃなかった、二人として。さっきも言いましたが、魔王を討伐した暁には神々からの贈り物として、好きな願いをひとつだけ、叶えてあげましょう。」
私たちは、繋いだ手を強く握り締めながら耳を傾ける。
いよいよ光が視界を覆うなか、女神さまは、とってもすてきな笑顔を見せて。
「願わくば、数多の勇者候補の中から、あなたたちが魔王を打ち倒すことを願っています。……さあ、旅立ちなさい!」
その言葉を最後に、私たちは眩むような光に包まれていった…………。
――――――。
双子が光に消えた後。
残されたアクアは、ふうっと溜め息をつく。
「……無事に送れたみたいね、なんか不思議な双子だったけど。というかあの二人……」
あまりにも似すぎている、奇妙な双子。気になって思わず『くもりなきまなこ』で覗いてみたところ、二人の魂は『ほぼ全く同じ』であった。
別の二人の魂が、コピーのようにそっくりそのまま合わさっているのだ。本来であれば、ありえないことである。
魂は『個性』であり『個人』であるはずなのだ。
それが、全く同じとは。
「…………まあ、双子だし。そういうこともあるわよね。」
アクアは楽観的に考えることにした。面倒なことを考えるの止めただけとも言う。
そして、手元にある死者の生前の情報が書かれた書類に目を落とす。
注目すべきは、生前の職業。
「うーん。それにしてもあの双子、生前の職業『殺し屋』なんて。14歳なんて若いのに、向こうの世界も物騒なのねぇ。」
しかしてこの楽観すぎる女神によって、異世界へと送られた双子の殺し屋。
果たして彼女たちは一体どんな道を歩むのか……。
「ま!腕が立つってことは早々にジャイアントトードの餌になるなんてことは無いでしょ。あー疲れた、今日の仕事おしまいっ!」
そう遠くないうち、アクアは二人の活躍ぶりをその眼で確認することになるのだが、それを知る者はきっとまだ居ない。
『死んだ人はひとりずつしか~』の下りは、あくまでこの作品独自の解釈ですのであしからず。