ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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春がきた! 十八部隊も二年目!
スローガンを新たに、今年もガンバロー!
……って、春といっしょに冬まで来た?!


あの青空の向こうに~旅立ち~
なんで あたしたちが?!


 

【挿絵表示】

 

────エレブ新暦1001年 4月

 

 今日から新年度! と、気合を入れていられたのは、早朝わずか数十分だった。

 仲間と朝食から戻ってきたシャニーは、詰所の窓辺で伸びをしながら弓のように体をそらす。お腹いっぱいを包むこのポカポカは、激務のなかにある癒し。そのまま寝転がりたい。

 

「うふふ〜、ついに四月になったんだね!」

 

 壁にかけてあるカレンダーをびりッと破いて4月を迎え入れた。カレンダーに見える4の文字に、ニコニコがあふれて止まらない。

 

「早いもんッスね。もう一年経つんスね」

 

 ミリアが感慨深そうに返してきた。跳ねた若草色の髪をヘアバンドで整える彼女は、バラしたクロスボウを手際よく組みなおしている。パチンとよい音を立てて組みあがった具合を確かめる姿は、すっかり一人前の狙撃手だ。入団したときの、槍に振りまわされてあたふたしていた姿がウソみたい。

 

「ん、いろいろあったね」

 

 いつも通りの小さなあいづちが聞こえてくる。この声はレンだ。銀髪に隠れて目元は見えないが、航路計算に机を見つめる横顔は優しい。

 みんな嬉しそう。いろいろ……その言葉で片付けるには、あまりにもたくさんのことが起きた一年を越えて迎えた春。夢をつなぐ道を掴んだよろこびは、十八部隊のメンバーならきっと誰もが同じに違いない。

 

「暖かいなぁ。う~ん」

 

 もう一度窓辺に移って空を見上げる。今年はどんな一年にしていこうか……部隊長っぽいことを考えるには、ポカポカの陽気は気持ち良すぎる。あくびしていたら後ろから誰かに突っつかれた。

 

「ほらほら、リーダー。シャキッとしなよ、シャキッと」

 

 これはマズい流れ。朝からルシャナに目をつけられた。

 

「えー? あたし、しゃきっとしてるよ。ほらっ」

 

 振り向いたら勝手に口が弁解をはじめた。肩を張ったり、笑ってみせたりしても、ルシャナの三角の目は変わらない。どうにも昔から幼馴染には勝てない。紫の髪はパーマがかかっていて、まるで角が生えたように盛りあがって見えるからなおさらだ。

 

「──分かった?」

「はぁい。気を付けま~す」

 

 ようやくルシャナの目元が緩んでほっとした。しばらくは、おとなしくしておいた方がよさそう。

 シャニーがそうしていたのはわずかな時間だった。春の陽気に、またクリっとした目が嬉しそうにゆるむ。出撃の準備をしながら、そのうち鼻歌をうたいだした。

 

「まったく、あんたはスイッチのオンオフが激しすぎるよ」

「だってさー、いっつも気を張ってたら疲れちゃうじゃーん」

 

 背後から聞こえてくるルシャナの呆れ声に、鼻歌まじりに答える。

 やる時はやるからそれでいいと思うのに、まわりは違うらしい。いつもスイッチオンでいられるなんてスゴイと思っていたら、後ろからまたベルトを引っ張られた。

 

「シャキッとしてないと、新人にナメられるよ」

 

 全くだ────ルシャナだけでなく、航路図から顔をあげたレンの突くような視線もそう言っている。スキップするような足どりで身支度していたシャニーも、二人がかりの説教には足が止まった。

 

「アルマみたいな子、いるかもしれない」

「へーき、へーき! この『妖精』シャニーの貫禄さえあればさ、イチコロだって!」

 

 レンの心配に軽く返し、机の角に手をかけて身をひるがえすと、その勢いで窓辺まで歩いていく。

 そろそろ入団式を終えた新入団者たちが中庭を通るころ。どんな子がいるのかワクワクしかない。

 

「シャニー……申し訳ないッスけど、それ、無理だと思うッス」

「ん。私たち、最初おなじ年だと思った」

 

 ミリアとレンは、見習い免除の特例を受けて入団しているから、シャニーからすれば一個下になる。でも、今でも年下なんて思ったことはないし、ミリア達もまるでそんな気はなさそうだ。そのくせ、ことある毎にオゴれと、都合のいいときだけ後輩になったりする。

 

「じょ、冗談だよ、じょーだん。やだなあ、もう。あはは」

 

 一気に集まる視線が、何だか槍で突き刺してくるようで笑いながら取り繕う。彼らに背をむけて窓の外へもう一度視線を移しても、絶対ホンキだっただろとでも言いたげな視線が、背中のいたるところに突っ込んでくる。

 

(今年も同期に思われるかもってコト……?? ムウ……)

 

 危機感を覚えて鏡の前へ小走りし、目じりを釣りあげて顔をいじってみた。

 苦笑いをはじめるミリアやレンは優しかった。ツカツカやって来る、角の生えたルシャナが鏡に映りこんで戦慄が走る。

 

「だいたい、昨日だって見まわりの後、部隊を放りだしてどこ行ってたのよ?」

 

 両手を前に出して防御態勢を取っていたら、指さしながら三角の目でギロリとされた。

 

「あれはね、お姉ちゃんと一緒にいたの。右腕らしく、最後はしっかり送り出してあげたかったんだ」

 

 昨日は姉ティトの退団の日で、感謝を込めて一緒にイリア各地をまわった。姉の幸せそうな顔を思いだし、ニコニコしていたらルシャナの吊った眉がふいに下がった。たいてい、お説教はこうしてよく分からないまま終わる。

 

「あー、ズルいッス! なんで言ってくれなかったんスか!」

「それじゃあサプライズにならないじゃん。へへっ、お姉ちゃん、喜んでくれたよ」

 

 手を突きあげてぶーぶー言うミリアに、小さくウインクして見せる。

 きっとみんなも、姉の言葉を聞けば喜ぶはず。やりとりを教えてあげようとしたら、食い気味にルシャナから冷や水を浴びせられた。

 

「それはよかったね。じゃあ、今日はあんた、私たちに夕飯おごってね」

「へっ?! えー! なんで??」

 

 オゴリ……悪魔のコトバ。慌ててルシャナから逃げようとしたが、後ろの鏡に頭をぶつけて追い詰められてしまった。

 

 なんでいきなり……そんな顔をしたのが間違いだったのか、ルシャナに生える角が増えた。ミリアたちにも副将のスイッチが入ったのが分かったらしく、そっと席を移動していく。彼女らに助けを求めようとしたら、目の前から声が飛んできて処刑台へ引き戻された。

 

「昨日、なんの締め切りだったか、言ってごらんよ??」

 

 そんなことを言われても、なんのことだか分からない。天井を見上げたり、アゴに手を添えたり、いろいろ試したけれどサッパリ。首を傾げたら、ルシャナは何かの資料をずいっと突き出してきた。

 それをのぞき込んだ途端、目が飛び出しそうになって体中をビリビリと後悔が走る。

 

「あ……。あー!!」

 

 予算書を指さし、思わず叫んでしまった。嫌いな仕事をすっぽかしたというより、後からやろうと思っているうちに記憶の彼方へ埋もれていた。

 

「ぐぬぬ……。お姉ちゃんの大事な日に締め切りを合わせてくるなんて、事務の人もアクマなもんだ!」

「いや、あんた、締め切りは末日って決まってるでしょ」

 

 ルシャナの呆れ顔が逃げ場なく突き刺してくる。とにかく謝らないといけない。どうやって言ったら許してくれるだろう……──やっぱり名案なんて浮かんでこない。となれば、これしかない。

 

「あ、あのね、ルシャナ、ごめんね。逃げたんじゃないよ! 忘れてただけ!」

 

 手をあわせて謝り、すがりつく。

 大失敗だ。ルシャナの顔に、ますます物言いたげな眼差しが乗っている。よく見ればミリア達まで同じような視線を向けてくるものだから、小さくなるしかない。

 

「まったく。私たちでやっておいたから。というわけで、今日はあんたのオゴリ」

「トホホ…………」

 

 しっかりしろと、パシっとお尻を叩かれた。まるでどちらが部隊長か分からなくなってくる。

 ミリアたちは夕飯をなににしようかと早くも騒いで、まぁなんと楽しそうなことか。こんなの、死刑宣告だ。彼らにおごったら、絶対に財布が死んでしまう。

 

(今週はスイーツ半分で乗り切らないと……)

 

 次の給金まで、まだそれなりある。せっかく春が来たのに、財布に猛吹雪の警報が早くも出ていてぽっきり首を折った。

 

「ったく。そう言えば、うちの部隊には新人の配属はないの?」

 

 コテンパンにされ、うな垂れていてもルシャナの声が容赦なく引っ張った。彼女は窓の外を見ていて、一緒に視線を移すと新人たちが見えた。

 今年は去年のような新人教育部隊は設置されず、すぐ各部隊へ配属される。配属者がいれば部隊長が迎えに行くことになっていた。

 

「ううん、あたしたちのとこなんか、増員希望すら聞いてもらえてないよ」

 

 不思議に思って他の部隊長たちに話を聞いてみたら、皆希望を聞かれたらしい。おかしいとは思いながらも、団長は傭兵契約で今も出国中。なにも確認できないまま今を迎えてしまった。

 

「あたし達もまだまだ半年の部隊だし、がんばろーよ! やれることいっぱい増えるんだし」

 

 新人が入って来なくてもやることは同じ。

 雪が無くなる春からは、やれることが一気に増える。これからが十八部隊にとって本領発揮のシーズンと言える。

 さっそく行こうと、軽い足どりで新しいシーズンをスタートさせようとしたのに、羽織ったマントを後ろから引っ張られて目が飛びだしかけた。

 

「んじゃ、一年の始まりに何かスローガンみたいなの、無いの?」

 

 慌てて振りむくと、ルシャナからいきなり振られて首を傾げた。たしかに、なにかカッコいいのがあればヤル気がもっと湧くかもしれない。……さっそくイイモノを思いついた。

 

「シャニー、よく食べて、よく寝て、よく笑うはやめてね」

 

 あっと声をあげ、ポンと手を打ったシャニーの口に栓をするようにレンが先手をとった。

 

「えー? ダメなの?」

「ヤダ。シャニーの食欲についていける自信、ない」

 

 なんで分かったのだろうか。せっかくいいネタだったのに、レンは本気で拒否しているらしく目が強い。彼女に賛成なのか、ルシャナの呆れた視線も痛い。

 

(レンってエスパーなのかな。うーん、じゃあどうしよう)

 

 そんな視線を向けられて、仕方なく頭をひねってみる。なにも浮かんでこない……。新しい一年といっても、今まで通りがんばるだけ。そう考えてみたら、おどろくほど簡単にひらめいた。

 

「よしっ、じゃあせっかく春が来たんだし、“笑って、前向いて、未来を切り拓こう!” これでどう? 完璧じゃん!?」

 

 はいっと手をあげて口にしたスローガンを自画自賛しながら、まわりに視線を送って反応を確かめる。誉めて欲しいと目で訴えた効果か、ルシャナも今回は満足げにうなずいている。

 

「うん、イイ感じじゃない。それで行こうよ」

(ルシャナの許可がでた! よかった~)

 

 とにかく一発でスローガンが決まってほっとした。承認がおりた嬉しさに任せてルシャナの手をとる。

 

「てっきりあんたなら、『春だしロイ様を射止めた~い』とか言うと思ったけど」

 

 またルシャナが意地悪く言いだし、胸元を突っついてくる。最近、ことある毎にこうして試すように言ってくるから焦ってしまう。

 

 ロイとは去年十二月に会って以来、また手紙でのやり取りが続いている。

 会えるなら、いつだって会いにいきたいに決まっている。けれど、やっぱり仕事が忙しくてなかなかリキアは遠い。天馬でさえ、丸一日飛ばさないと行けない場所。一週間くらいは欲しい。

 

「やめてよ~。ロイ様にはさ、志を果たしたらちゃんと話をするつもりなんだ」

 

 冷静を装ったつもりだったが、ルシャナたちの顔に浮かぶものからするに、どうやら隠せていないらしい。

 

「デレデレにトロけちゃってさあ」

「えへへ……。だって、ロイ様は優しいし、カッコいいもん」

「んじゃ、あんたの恋と、今晩のオゴリのために今日も頑張るかね!」

「オゴリはカンベンしてぇ!!」

「却下!」

 

 ルシャナはそう掛け声をあげると、ミリアたちをつれて部屋を出ていった。

 財布の吹雪を思い出して一度はシャニーも顔が歪んだが、外の日差しを見つけ、窓辺に肘をそえて南の空を見上げる。

 心がじんわりと包まれて温まってくるのは日差しのおかげか、凛々しいあの人を思い浮かべたからかもしれない。

 

「ロイ様……春が来たね。あたしもがんばるよ。ロイ様も元気にしていてね」

 

 リキアの春はどんな感じなのだろう。未知の春を、大好きな人と一緒に歩いてみたい。そんな気持ちを言葉に託して心にそっとしまうと、彼女は仲間を追って窓辺から身を離した。

 

 

 

◆◆◆

──二週間後

 

 日が昇る時間が最近は少しずつ早くなってきた。今までならまだ真っ暗な時間だが、黎明の空がぼんやり明るい。登城したら、なにをしようか。

 

「な~んて考えてるうちに、着いちゃうんだよね」

 

 実家はカルラエ城から徒歩でも通えるくらいの距離。

 室内稽古場に今日も一番に入ってきたシャニーは、薄明りを頼りにランプに灯を入れると、大きく伸びをしながらゆっくりと部屋の真ん中へ剣を持って歩いていく。

 

 最初は静かにストレッチから入って軽い型の確認だったが、すぐに彼女はスイッチを入れてごうっと青焔に身を包む。

 

「二の颯! 万華の流星!!」

 

 風に乗って飛び出した彼女は地面を滑るように駆け抜け、ショートレイヤーを激しく揺らしながら案山子へ旋風のごとき剣技を浴びせる。

 一撃与えて、また風の中に消えるその動きは、瞬きしてしまえばもう姿を追えないくらいのキレ。元からの身体能力の高さにセチの力を合わせた剣は、まさに疾風迅雷で相手に攻撃する暇を与えない。

 

 しばらく地面を蹴る音と剣が空を裂き案山子を打つ音が繰り返され、薄暗い稽古場の中に青焔の軌跡だけが光芒のように走っていた。

 

「ふうっ、今日もバッチリ!」

 

 体のキレは今日も最高。今ならどんな相手でも勝てる気がする。

 

(セチの力もまずまず扱えるようになってきたし、イイ感じ!)

 

 つい最近まで、まるで扱えずに飲み込まれそうになっていた精霊セチの力も、この頃はこうして稽古の中でも取り入れて動けるようになってきた。

 まるで自分の体が風みたいに空を滑空できるこの力は、天馬になったかのようで気持ちがいい。

 

「その程度で使いこなせていると思われるなんて、ちょっと心外かな」

 

 遊んでいると思われたのか、ふいに頭の中に声が響く。せっかく心地よい風を浴びて朝陽を見つめていたのに。こうやっていきなり話しかけてくるから、いつもセチには驚かされる。

 

「び、びっくりしたぁ。脅かさないでよ」

 

 毎回ドッキリを仕掛けられているようで本当に心臓に悪い。こうした平時ならいいが、天馬に乗っているときにこれをされると本気で焦る。

 だが、当の本人からは詫びどころか呆れ声が返ってきた。

 

「いい加減慣れて欲しいかな。相棒なんだし?」

 

 そんなことを言われたって、びっくりはびっくりだ。

 幼い頃に彼女と無意識のうちに契約したみたいだが、その存在に気づいたのはまだ数か月前の話。最初は知らない声が頭の中からして恐怖したもの。大変だったが、今ではこうして相棒と言って力を貸してくれる頼もしい精霊だ。

 

 彼女の言う通りもっと使いこなせるようになろうと、セチと剣の稽古を続けようとしたときだ。稽古場の扉が開く音がした。

 

「お、今日も早いね。おはよう」

「おーす! おはよー、ルシャナ!」

 

 今日も二番でルシャナが入ってきた。やっぱり稽古は二人以上でするに限る。すぐに剣を掲げて呼び、待ちきれず飛んだり跳ねたりしてルシャナを待つ。

 

「早く稽古しようよ! 今日のあたしは一味違うよー!」

「よし来た。じゃあ『妖精』の剣を拝見しようかな」

 

 槍を手に取り歩いてくるルシャナを目で急かす。

 今日はセチの機嫌もいいし、ルシャナならきっと大丈夫。セチの力を借り、再び剣へ青焔を滾らせてルシャナの槍へと突っ込む。

 

「そういやさ、今年、職制表の発表遅くない?」

 

 剣と槍を激しく打ち合いながらも、二人は慣れた感じでお喋りを始める。

 ルシャナはまるで武器同士で会話しているかのように、シャニーの剣を受けて繰り出す反撃と共に疑問を投げた。話題は新年度の始まる四月らしく、新職制の話だ。

 

「あたしも不思議でさ。イドゥヴァさんがずっと外に出てるからかな?」

 

 ルシャナに問われても、シャニーも一緒に困った顔を浮かべるしかできなかった。

 部隊長だから真っ先に話が来るはずなのに、未だウンともスンともない。

 外征至上主義の団長イドゥヴァは、職制も展開せずに今日も外国へ傭兵に出ている。せっかく村々から情報を集めても、企画を上げられなくてヤキモキするばかり。

 

 不思議だと零しながら、風となって脇からの一閃をルシャナへ浴びせようと踏み込んだときだった。

 

「シャニーさん、おはようございます」

「え?! あっ! わわわわっ」

 

 いきなり名前を呼ぶ声がして、思わず急ブレーキをかけたら体が宙を滑って尻もちをつく。お尻をさすりながらルシャナの嘲り笑いに頬を膨らせていると、誰かが近づいてきた。

 総務部長のエニスだった。立ち上がってお尻に着いた土を払うと、いつもどおりに挨拶してみる。

 

「あ、おはようございまーす! どうしたんですか?」

 

 頭を下げた視界の端に、ルシャナが顔にわっと不安を広げているのが見えた。それ以上に、エニスがなにを持ってきたのかが勝って興味に目を向ける。

 

(どーしたんだろ。新人の配属希望を聞きに来たのかな)

 

 十八部隊だけ配属希望を聞かれていなかったから、その話をしに来たのかもしれない。それなら嬉しい。新人にどうやって部隊に溶け込んでもらおうか。

 でも、なんだかヘンだ。そうだ、もう配属式はとっくに終わっている。じゃあなんだろう……そう考えているとエニスは稽古場の出口へ手を向けた。

 

「ええ。ちょっと、団長室まで来ていただけませんか?」

「え、は、はい。分かりました」

 

 急な呼び出しで、剣を収めると言われるままにエニスの後ろについて部屋を出る。

 すれ違いざま、何だろうと目でルシャナに聞いてみたが、首を傾げるルシャナの顔は引きつっていた。彼女も嫌な予感がするのかもしれない。

 同じ不安に違いない。ほんの一瞬、エニスが凄く怖い顔をしていたような気がしたからだ。何事もないことを祈り、黙って後をついていく。

 

(団長室?? 今、イドゥヴァさんっていないんじゃ)

 

 落ち着かない青い瞳が不安げに左右する。

 エニスについていく道中、膨れ上がる胸のざわつきと、腹の中にぐるぐる重いものが湧き上がってきてどうにも気持ち悪い。

 

 イドゥヴァは傭兵に出ているから、団長室に行ったって誰もいないはずだ。どうしてわざわざそんな場所に連れて行かれるのかサッパリで、顔の筋肉が凍ったように固まって嫌な気分。

 

◆◆

 団長室はやはり誰もいないからか、ノックもなしにエニスはドアを開けて中へと案内した。

 

「シャニーさん、団長から辞令を渡すように言われています」

 

 静かで薄暗い部屋。姉が団長だったときとはまるで雰囲気の違う中で心細くしていると、静寂を破るようにエニスが一枚の紙を持って近づいてきた。

 こんな辞令の受け方は初めてだ。団長が変わると、こうもやり方が変わるのだろうか。

 

(なんだろう、こんなところにわざわざ呼び出して……)

 

 いくらポジティブに考えようとしても、不安ばかりが浮かんできた。エニスが手にしている辞令へ自然に目が釘付けになる。

 エニスは確かめるように紙面を見つめ、大きく息を吸うと一気に読み上げた。

 

────辞令、第十八部隊 本日付でリキア連絡所所属を命ずる

 

 頭がぐわんぐわんとする。

 なにか、目に見えない力に髪を後ろから引っ張られているかのように重心が崩れていく気がして、ショルダーガードがやたらと重く感じる。

 何とか意識を目の前の辞令書に戻しても、視線が落ち着かずに震える。

 

(今……なんて? リキア? 連絡所……って!!!)

 

 リキア連絡所とは、リキアに常駐して本国の部隊の傭兵契約締結を補助するものだ。

 そこに飛ばされる意味を、シャニーだって知らないわけではない。頭の中で何度も再生するたびに、それまで虚ろだった目にみるみる力が籠る。

 すぐにそれは焦りに支配され、静寂を突き破るような悲鳴が飛び出す。

 

「あ、あの! もう一回言ってください! リ、リキア?!」

 

 嘘だと言ってくれ。そう言わんばかりの見開いた青の瞳が絹を裂くような声を上げる。エニスは何も言ってくれない。それどころか、彼女は視線を切ってしまった。

 それが明確な答え。愕然とした目は再び色を失って、霞がかかったように呆然とうなだれる。

 

(そんなッ、そんなバカな?! なんで?? なんであたしたちが?!)

 

 なぜリキアに飛ばされるのか、まるで理解できない。受け入れられない驚愕が、呼吸を浅くさせ体を震わせる。

 だいたい、連絡所勤務など一人のはずだ。それがなぜ部隊ごとなのか……湧き上がる「なぜ」に、なに一つ自身を納得させられるものが思い浮かばない。堪らずエニスを見上げる。

 

「なにかの、なにかの間違いじゃないんですか? イドゥヴァ団長はあたしたちを!」

 

 イドゥヴァとは約束したはずだ。十八部隊の存続を。つい二週間ほど前の話がこんなになってしまうなんて、どう考えたって受け入れられなかった。あれだけ皆で飛び回って、あれだけ多くの人に支えてもらってこの四月を勝ち取ったはずなのに。

 だが、なにも出来ることはないと言わんばかりに切られたエニスの視線が事実を答えてくる。

 

「リキア派遣の理由は?!」

 

 もし、もし現実だとしても、その理由はまるで浮かんでこなかった。

 十八部隊はこれからも、イリアの中で民と共に未来を切り開いていく部隊のはずだ。それなのに、リキアという国外に身を置く理由……分からない。

 青髪を振り乱しながら、涙さえ飛ばして絞り出す声はもはや悲鳴。

 

「ごめんなさい。私は理由を知らされていなくて」

 

 思わず膝から崩れ落ちそうになる。

 エニスはこっちが知りたいくらいとでも言いたげだ。無念そうな顔をするエニスに、突き出していた両拳が崩れてだらんと滑り落ちていった。このまま地面の中に吸い込まれてしまいそうなほどの悲しみが、脳天から体を押し潰そうとしてくる。

 

(なんでだ……なんでなんだ。なんで、なんであたし達がリキアに)

 

 そればかりがぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 答えの出ない「なぜ」が体の中を切り裂いて、今にもバラバラになってしまいそうだった。

 受け入れがたい事実……。一体リキアの地で、なにをすれば良いと言うのだろうか。全くイメージが湧かない。

 

「じ、じゃあ、あたしたちのリキアでの任務はなんですか?!」

 

 連絡所への移動辞令は明確な左遷と言える。そんな場所に仕事があるのかすら不安だった。

 

「それは辞令書を見ていただければ、お分かりになるかと」

 

 さっと手渡された辞令書。紙がくしゃくしゃになることも気にせず、受け取った辞令を髪が揺れるほど焦って広げる。

 焦燥の瞳に飛び込んできた信じられない任務内容を、シャニーは思わず口に出して読んでしまった。

 

「復興と国力強化のベンチマーキングと教育……?!」

 

 辞令を握る手がどんどん震え始め、紙が縒れるだけでは済まずに、少しずつ悲鳴を上げて千切れ始めた。受け入れがたい内容を引き裂いてやろうかと、瞳が怒りと絶望に滾る。

 

(絶対嘘だ。教育なら期間があるはずなのに……辞令でこんなのあり得ないでしょ?!)

 

 教育で勤務地自体を変えるなんて、聞いたこともなかった。イドゥヴァはこんな内容で承知するとでも思ったのだろうか。

 とはいえ、団長命令は騎士団に所属している以上は絶対だ。この前の解体の危機だって、自分の叙任騎士の身分を懸けて戦ったくらい命がけだったのに。

 

「待ってください。じ、じゃあ今の十八部隊の任務は誰が?」

 

 一番心配だったのはイリアの人々だ。国内専門部隊として、イリアの人々を守り、彼らの叫びを騎士団へ、国へと届ける仕事。ずっと彼らと戦ってきた十八部隊にしかできない仕事だと自負してきた。

 

 自分たちがリキアに発ってしまえば、いったい誰が彼らを守るというのか。せめてそれだけでも知りたい。

 シャニーは涙を振り飛ばしながらエニスの手を取った。

 

「特定の部隊を置かずに、騎士団全体で取り組むと団長は仰っていました」

 

 取ったばかりの手がするりと垂れ落ちていく。

 僅かながらの希望さえ打ち砕かれて、血が出そうなほどに下唇を噛み締める。

 途端に、ごうっと燃え上がった怒りが体中を駆け巡って体を震わせ、静寂を突き破って爆発するように突き抜けた。

 

「結局解体ってことじゃないですか! 存続は嘘だったんですか!! イリアの人々を誰が守るんですか!!」

 

 許せない……それしか心が叫ばない。

 エニスに怒鳴っても仕方ないことを頭は理解している。それでも叫ばずにはおれなかった。

 

 これでは裏切りだ。イドゥヴァの裏切りはもちろん、このままリキアに発ってしまうのでは、自分たちを信じて支えてくれたイリアの人々を裏切ることになってしまう。そんなこと、許せるはずもない。

 

「ごめんなさい。私も今回の決定は理解できないのです。でも、団長判断ですから……どうにも」

 

 エニスから返ってきた言葉に、やり場のない怒りをどうにもできずに視線を切った。その先には、主のいない団長席がある。

 

(存続はしても仕事を約束したわけじゃないって言いたいワケ……?! あんまりだよ!!)

 

 今すぐにでも団長のもとへ飛んでいきたいくらいだった。

 拒絶に体を震わせ、刃のように切れ上がる横顔で団長席を睨み付けるシャニーに、エニスもどう声をかけてやれば分からないようだ。

 

「お気持ちは分かります。でも、貴女も叙任騎士ですから、分かりますよね?」

 

 だが、エニスの立場は総務部長。決定した人事を騎士に告げることが仕事。こうしてイドゥヴァが席を外しているのも、今回は反論を認めないという無言の圧だ。

 

(分かるワケ……分かったって言えるワケ……無いじゃない)

 

 汗を流してくれた仲間も、すべてを託してくれたイリアの人々も……多くの人たちの顔が浮かび上がってきて、シャニーは唇を噛みながら溢れる涙を堪えようと目を細くして伏した。

 

(────お姉ちゃん……助けて……)

 

 思わず姉を呼んでしまった。

 三月までなら、この部屋には厳しくも優しい姉がいて守ってくれた。いなくなって早々、部隊を守れずに震える自分が惨めだった。

 

「……分からないけど、受け取るしか……ないんですよね」

 

 血でも吐きそうなくらい、重いものが腹から湧き上がってくる。もう、どうして良いか分からない。

 でも、このままここで立ち止まっている訳にはいかなかった。さっき自分で叫んだのだ。イリアの人々を守ることこそ十八部隊だと。

 

(決まったなら、前を向くしかない。ほら、笑おうよ、シャニー!)

 

────笑って、前向いて、未来を切り拓こう!

 この前、そう誓ったばかりだ。決まった人事の中で、自分ができることを探すしかない。

 涙を袖で拭い、ショートレイヤーを揺らしながら前を向いた彼女は、その顔に爽やかな笑みを湛え、白い歯を見せながら敬礼して辞令を復唱した。

 

「はい、分かりました。リキアでの任務に就きます!」

 

 リキアで勉強して来いと言うのなら、イリアのために必要だと言うのなら、遠回りでも前に踏み出そうと決意する。

 それでも、湧き上がるのは大事な人たちへの詫びの言葉ばかりだった。

 

(お姉ちゃん、みんな……ごめん……。みんなとの約束、果たせそうにないよ……)

 

 雪が消える四月から、今まで以上に頑張って彼らとイリアに軌跡を描こうと思っていたのに。

 希望を砕かれ霞がかかる沈んだ瞳には、明るい春日に輝く廊下さえ、ただ白に塗り潰された虚無の世界に映る。叩きつけられた絶望は、前を向いた決意を易々乗り越えてくる。

 

 打ちのめされた心の崩れるままに彷徨って、シャニーはそのまま詰所には戻らなかった。

【挿絵表示】

 




表紙はpixivのニコサナ材料工房さんからお借りしています。
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