ここ、ホントにオフィスなんだよね!
て言うか、あなたホントに天馬騎士?!
一時はどうなることかと思った空の旅。一度出発してしまえばびっくりするくらいスムーズだった。
あれだけ信用できないとか散々言ってくれた仲間たちもすっかり静まり、コンパスと地図を交互に見ながらシャニーはひたすら先へと進む。山の緑だらけだった景色はあっという間に拓け、見えてきたのは人の営みを感じさせる風車にサイロ。奥には小麦畑の黄金がじゅうたんのように広がる。
そのはるか先に、色とりどりの屋根や巨大な白き外壁が見えたときには、さすがに胸をなで下ろした。城壁の外へと天馬を下し、立派な外門をくぐって小走りに足を踏み入れる。
「ついに来たぞー! 花の都オスティア!」
迷子から脱し、たどり着いた喜びにトーンが上がる。
うんと大きく身を反らして両手を広げ、シャニーは全身へオスティアを浴びせた。
大移動で途中いろいろあったが、とくに問題なくスタートラインに立てたわけだ。このオスティアで、これからなにが起こるだろう。
(ここから始まるんだ。いよいよだっ、がんばろう!)
首からかかるロケットをぎゅっと握りしめ、皆を思い出しながら自身を鼓舞して最初の一歩を踏み出した。
質実剛健な造りの外門を抜けると、もう人がごった返している。周りには商人も多いが、街の中へと進むにつれ、一般市民がどんどん増えてくる。どの顔も笑顔がはじけ、まるでベルン動乱なんて戦争そのものが無かったかのよう。
復興の最先端、光の地……そう呼ばれる所以を目の当たりにして、あたりをきょろきょろ見渡す。
「人口三百万。リキア同盟盟主リリーナ女侯が治める地……」
突然にミリアが街を説明しだした。これがレンならいつものことだし、ふんふんと聞いているのだが、ふだんそれを半分聞き流しているようなミリアが言うから振りむいてしまった。レンたちもぽかんとしている。
「すっごーい、ミリア勉強してきたの?」
人口やら街の歴史やら……ツアーガイドのように説明するミリアに拍手してみたが、途中から首を傾げた。やたら耳にスムーズに入ってくると思ったら、自分が掴んできた情報と同じ気がしてきたのだ。やっぱり、ミリアが事前に情報収集するなんて珍しい。手元を見たら、彼女はなにか本を見ながら喋っていた。
「って、この雑誌に書いてあるッス」
照れながら彼女が見せつけてきた本に苦笑い。そんなことだろうとは思ったが、グルメ雑誌だった。街の紹介の冒頭を口にしていただけ。開かれたページは店の紹介か、料理がドンと飛び出している。
「あ! あたしもそれ持ってきたよ~、どっかで聞いた文脈だと思ったんだよねー」
「おっ、さっすがシャニー。話が分かるッスねえ!」
雑誌を指さしながら一緒にグルメ探し。やっぱりこういう大きな街に来たら、気になるのはグルメと決まっている。
「部隊長が引き締めるどころか煽ってどうするの」
せっかく着いたのだから、ちょっとくらい許してくれたって良いのに。ルシャナは相変わらず厳しい。
「シャニー、事務所、探そ」
マントを引っ張っぱられ、振りむいた先でレンがぷくっと頬を膨らせていた。ミリアと一緒にペロッと舌を出して反省しておく。
しっかりしろとルシャナにお尻を叩かれて、反射的に体が反ったシャニーは体を街の中央へと向けた。
「オッケー! じゃあ行こう。住所からすると……こっちかな?」
緊張がほぐれた一同はずんずんと中央通路を歩いていく。
天馬騎士団の連絡所がこの街にあるはず。前任者から早く引継ぎをしないといけない。先頭を歩き、あたりを見渡しては地図を丸で囲んでいく……ルシャナにバレた。
「あんた、さっきから店のチェックばっかりしてるでしょ!」
「あはっ、そう怒らないでって! お昼ごはんのために必要な情報だし!」
オスティアはリキアで最大の都市だ。商業や交易も盛んで、ここか港町バトンに無いものは、リキアのどこに行っても無いと言われるほどの要衝。もちろん、食だって西のエトルリアから東のベルン、北のサカやイリアと文化が融合して食の宝箱と言われるくらい。
「それでね! スイーツもおいしいらしい────」
「いい加減にしようか? 部・隊・長?」
「あ……ハイ」
いきなりルシャナに角が生えて戦慄が走る。しかたなく前を向いて空を見上げたら、青に映える白いものが入ってきて思わず吸い込まれてしまった。急に立ち止まったからか、後ろから三人が次々激突して転びかける。
(あれが……お姉ちゃんが言ってた白の巨城……)
見上げる先には立派な城。復興の象徴────新オスティア城がそびえていた。
圧倒的な存在感。これがあれば、市民が安心できるのもうなずける。陽に映える白の巨城は街を見下ろすようで、イリアにあるどの城よりも、高い空から頼もしく包んでくれる。姉が圧倒されて帰ってきた理由がやっと分かった。
その大きさに、思わずぽかんとしてなにも言葉が出てこない。人は本当に感動したら、ただ見つめるしかできないのかもしれない。
(あんな城をイリアにも……うん! がんばるぞッ)
ただ圧倒されて羨ましがってはいられない。イリアの国力向上を任されている身なのだ。あれほどの城が建つくらいの国にできれば、きっと人々も安心できる。
自分が抱いた気持ちを、彼らには日常として欲しい。リキアでの見聞をぜんぶ吸収し、必ず姉の志を継いでみせる。ぐっと手を握ったシャニーは、あらためて決意を心に燃やし一歩を踏み出した。
……はずなのだが、そう長く続かなかった。
「ああ~、洗濯される気分ってこんなだったのかー」
先頭でもみくちゃにされるシャニーから漏れ出すのは、上級天馬騎士とは思えない情けない声。
街の中央に近づくにつれて増える人通り。行きかう人の間に挟まれてぺしゃんこにされそうだ。天馬を連れて、鎧も装備しているからとにかく被弾する。右の肩にぶつかってよろけたと思ったら、今度は左の肩が跳ね飛ばされる。後ろからルシャナの笑い声が聞こえてきた。
「どんな気分よ。でもホント……すごい人だね」
こんなごった返す街はイリアにはない。なにもかもが違う。これが復興の最先端なのだと洗礼を浴びるようだ。
でも、そんな荒波も一歩横道に入れば嘘のように静まり返った。
◆◆
連絡所の住所を追って喧騒から抜けると、別の町みたいな光景が広がっていた。
ここはオスティアでも旧市街と呼ばれる地区で、エデッサやカルラエとたいして変わらない、落ち着いた街並みが続いている。違うのは家々の色や、雪がないことくらい。こんなところに連絡所などあるのだろうか?
「ねーねー、シャニー。本当に合ってるんスか??」
「ぐえっ?! ちょっとミリア、引っ張らないでよぉ!」
マントを引っ張られて転びそうになった。ミリアの声は不安そうで励ましてやりたいところだが、毎度みんなして引っ張るから堪らない。
「だって、このマント便利ッス」
「ん。呼ぶときも、暴走を止めるときにも、とりあえず引っ張ればいいし」
「手綱じゃないんだからさ……」
ミリアもレンも、まるで悪気なく言ってくれる。
たしかに、不安ではある。こんな路地にある連絡所なんて想像がつかない。あまりにも閑静で生活臭にあふれた下町だ。
「うーん、間違いないハズなんだけどなぁ……」
シャニーは答えてみたものの、自信が湧かず声は尻すぼみ。足どり鈍く、立ち止まってきょろきょろする頻度は明らかに増えた。
(こんなところまで来て迷子とか、カンベンしてよぉ〜……)
不安に眉をひそめたシャニーは、小走りして近くにいた住民に声をかけてみた。
「こんにちはー。ここらへんにイリア天馬騎士団の事務所ってありますか?」
「騎士団の事務所?? こんな旧市街で探してるのか? 騎士団ならオスティア城だろ?」
「あはは……そりゃ、そうですよね~」
別れて首を傾げた。ご説ごもっともと言える。自分だって、住所を知らなかったら旧市街など訪れたりはしない。
(近隣の人が知らないって……どういうコト??)
結局、今までと同じようにするだけ。街灯に刻んである番地を確認しては、困惑しながら歩く。
その足どりに少しずつ力が込もりだす。手元の地番にどんどん近づいてくる……ついに止まって郵便ポストに顔を近づける。手元にメモした住所と郵便ポストに記されたそれの間を視線が行ったり来たり。そのうち、諦めたようにシャニーは顔を上げた。
「着いた……ここだよ。住所の場所。うん……間違いない」
騎士団の連絡所と聞いていたから期待していたのに、目の前にあるのは周りと同じ。どう見ても民家だ。ホントにココ?? ──仲間の視線が突き刺さるが、自分だって聞きたかった。
眉をハの字にしながら、シャニーはドアをノックした。
「ごめんくださーい! イリア天馬騎士団の連絡所と聞いて伺いました!」
爽やかな声は、この住宅街にはあまりに元気すぎたようだ。
何事かと、遠くを歩く住人が振りむいた。この反応一つとっても、ふだん騎士なんか来ないと教えてくれる。おし寄せる沈黙、膨らむ不安。きょろきょろ、ジリジリ落ち着かずに繰り返す。
やっとドアが開いて姿勢を正すが、今度はそちらに面食らって全員が一歩退いてしまう。
「……なんだ、お前たち」
出てきた女性の風貌に、シャニーは思わず息を呑んだ。
やっぱり、来るところを間違えたのだろうか。まるで整えていない伸び放題の黒髪、ジャージにサンダル……とても騎士団の人には見えない。
でも、黒髪の間から光る、突くような視線だけは刀のように鋭い。ギッと見つめられ後ろに退きかけたが、背後にいたミリアにぶつかって跳ね出されてしまう。
(うわぁ! 近っ……怖っ!)
心臓がバクバクする。早くこの緊張から解放されたくて声を張りあげた。
「あたしたち、リキア連絡所所属を命じられた第十八部隊です」
今でも、ここが連絡所で、目の前のおばけのような人が天馬騎士とは思えない。疑心を隠しつつシャニーが敬礼して見せ、仲間もそれを追う。
鼻から息を抜きながら面倒くさそうに敬礼を返してくるあたり、いちおう間違いではなさそうだ。……イメージとはぜんぜん違うが。
「部隊長のシャニーです。よろしくお願いします」
かばんから名刺を取りだして黒髪の女性に渡す。彼女は名刺とシャニーを交互に見ながら「ふうん」と、なにか言ったのか、単なるため息なのか分からないような声を漏らしている。
その視線は相変わらず恐ろしい。じろじろ舐めるように……というより、刀で撫でられるようで、触れただけで斬られそうだった。
「連絡所ねえ……」
しばらくして、名刺を懐から取りだしたケースにしまった女性は、鼻で笑うようにそう返してきた。
────これがそうだと思うか?
まるでそんな声が聞こえてくるよう。そんなもの、こっちが言いたかった。
「まぁいいさ、入りなよ。そんなとこに突っ立ってたら邪魔だよ」
手招きして女性は民家へと戻っていった。
シャニーたちは互いに顔を見合わせて先頭を譲りあっていたが、彼女以外の心は決まっていたようだ。ブレーキをかけるシャニーの腰を、三人がかりで中へと押し込んでいく。
あらためて、ひどい部下を持ったものだ。背後の連中に恨めしい視線を送りながら、おっかなびっくり先頭を歩く。視界に入ってきたのは、予想どおりどこにでもある民家の土間。
「ほら、んな鎧なんか外してしまいな。こんなとこ誰も来やしないよ」
リビングと思しき場所まで入ってくると壁を指さされた。鎧かけがあるにはあるが、あれこれ積まれて埃だらけ。
気楽に行こうぜ……そんな風に言われている気がして、シャニーはレイサを思い出していた。どこか似た空気をこの黒髪の女性は放っている。年はもっと上で、どちらかと言うと婆さんに近い……50代だろうか。
(やっぱり…………このままじゃ仕事はなさそうだ)
鎧を外してあたりを見渡すと、一気に静寂が耳を突いてくるようになる。むこうには事務机があり、そこも物置になっていて仕事をしている形跡はない。
「おっ。ねえねえ! あれ見てよ!」
いきなり頭の中から声がした。今までずっと頭の中で、オスティアを物見遊山するように眺めていたセチが妙に興奮している。
彼女が視線を引っ張る先にあったのは一本の剣だ。サカでよく見かける片刃で反りの入った剣……いわゆる太刀が立ててある。
「剣だね。……太刀かな?」
「そうそう! いやあ、
何事かと思って期待したのが間違いだった。セチはいつもこう。剣のことになると目が輝く。実体を持たない彼女は体から跳ね出ると、剣のところまで飛んで行ってじっくり見つめている。
他の人にセチは見えないらしいし、笑って流せばよかったのだが、ついつい話に合わせてしまった。
「太刀に興味があるの?」
「興味って言うか、私の得物だよ。キミも太刀使いなら、みっちり教えてあげられるんだけどなぁ?」
彼女は目元をニヤッとしたかと思うと、物言いたげにずいっと寄ってくる。
「なっ、なにさ、その目」
「キミ、どーせ剣も使うんだし、太刀使いにならない?」
「なりませんっ! あたしは天馬騎士なの!」
「ふぅん? 天馬騎士なら
セチは諦めてくれない。反応するまで顔の横にくっついているつもりだろうか。観念しておいたほうが良さそうだ。
「ならって、どういうこと?」
「剣の扱いに長ければ、もっといい仕事だってとれるようになるじゃない。マフィアをぶっ潰すとか、伝説の竜をぶった切るとか!」
「……それ、セチが戦いたいだけでしょ?」
穏やかな風の精霊と聞いていたが、穏やかなのは口調だけで爛々とした目は相当の戦闘狂だ。ナイナイと手で払い、しばらく部屋の中や机を物色していると、女性がお茶を運んできた。
「ようこそ、片道切符の連絡所へ。私はユキ」
初っ端から単刀直入な言葉を浴びせられ、のどが絞まって名乗りかけた言葉が引っ込んだ。分かっていたって、この静寂の中でこれだけはっきり言われたら、頭が現実に揺さぶられる。
ユキと名乗った女性は、反応を楽しむようにマジマジ眺めてふっと笑って見せてきた。
イリア人の名前らしくない。そう言えば容姿も……。ベルン動乱で各地をまわったときに覚えた名前や容姿の特徴を思い出してピンと来た。
「なんかサカの名前みたい」
「よく分かったね。私の父がサカ出身でね」
イリアとリキアの間にある遊牧民の国サカ。どおりで顔つきがイリア人と違うと思った。
とっかかりを見つけ、シャニーの声に明るさが少し戻る。
「どおりで。剣士さんですか?」
さっき見つけた太刀を指さす。サカの血が入っているならあの刀も、この風貌も納得だ。
だが、それを言ったとたんだ。黒髪がずいと乗り出してきて、髪の間から光る眼が斬りかかってきた。
「近っ、うわぁっ?! 〜〜〜──ッ」
「あんた、自分が剣士って言われたらどんな気分だ?」
あまりの威圧感に思わず引こうとして椅子ごとひっくり返る。仲間から憐みの眼差しを受けるが、今も見下ろしてくるユキを見上げるしかできなかった。驚いたのは眼光の鋭さだけではない。
「あたしが剣使いって分かるの?!」
自己紹介などなにもしていないのに。瞬時に見抜いたというのか、この人は。
「あったり前だ。立ち姿見りゃ分かるでしょ、同じ道歩いてりゃ」
どうやら彼女も本当に天馬騎士で、それに矜持を持っているらしい。自分以外にも天馬の剣術騎士がいたなんて。その驚きよりも、帯剣もしていないのに、立ち振る舞いだけで見抜かれたのが衝撃だった。
「ハッ。その年で部隊長とは、ずいぶん面白いヤツが来たと思ったけど、剣使いとはまた面白いもんだ」
ふいにユキに笑みが浮かんで機嫌よく喋りだした。さっきのおばけのような雰囲気とはまるで別人。
「それにしても、部隊ごと飛ばされてくるとは、よっぽどのことしたのか?」
頭を擦りながら座りなおしたら、さっきより明るいトーンが飛んできた。同じ道を歩む者と、少し親近感でも持ったのだろうか。
でも、その声は明らかに嘲り笑っていて、なんだかバカにされた気がして口調が強くなってしまう。
「あたしたちはなにもしてない! リキアでたくさん勉強するために来たんだ!」
少々言いすぎた……そう思ったのは一瞬だった。ユキはふっと鼻で笑って返してきた。
「ああそう。無駄だと思うけどね」
思わずムッとしてしまう。気にすることなく、ユキは飄々とした態度でお茶を楽しんでいる。あの剣に対する態度からして、不真面目な人とは思えない。それがこんなになるほどに、ここの仕事はひどいのか……。
(やる前から決めつけないでよ)
そんな不安はすぐに跳ね飛ばした。自分たちがこの地に降り立った理由を考えたら、そんなことで膝を突けない。ユキの言動にこちらのやる気まで削がれそうだが、決して受け身になるつもりはない。
「無駄かどうか決めるのは、あたしたちだよ。切り拓くのは、自分たちの手だって信じてる」
黒髪の奥に光る、今にも斬りかかってきそうな黒き瞳とかち合った。それでも鍔迫り合いを挑んではっきり言い切った。
これまでだってそうしてきたし、皆と約束して出てきた以上、なにがあっても譲れない。
ユキはしばらく目をじっと見つめてきたが、ふっと笑って視線を逸らした。できるもんなら、やってみな───そう言われた気がする。
「みんな、さっそく明日から営業に出よう」
とにかく一歩踏み出したい。ここにいてもなにも始まらないのは、部屋の様子ではっきり分かった。
「ドキドキッス!」
ミリアたちも号令を待っていたかのようだ。うなずいて士気を高め合う。このユキと言う人に、十八部隊の力を見せつけてやりたい。決意を燃やし、さっそく動き出す。
「顧客リストとかあるんですか?」
そう聞きながらルシャナが事務机へ歩いていく。彼女と二人で壁から離してみると、何年も動かしていないのか、天板が触れていた部分の色が変わっている。おまけに、引き出し側が壁についている時点で、ただの物置だと主張しているようなもの。
なにも入っていないのだろうが、いちおう中を調べてみる。きっと、どこかにあるはずだ。主要な契約者候補の情報を綴ったリストが。
「無駄だから止めとけって」
そんな気持ちに水を差すかのような声を浴びせられる。
無駄だとか、無理だとか、そんな言葉は大っ嫌いだ。限界なんか、あっという間に超えた。
「やってみなくちゃ分からないじゃないですか!」
どうしてそんなに後ろ向きなのか分からなかった。マリッサに仕事はないと嘲笑を浴びせられてリキアに来たが、だからと言ってなにもしないでいるなど心が許さないし、誓いにだって反する。
「まぁ聞けって」
渾身の怒りを浴びせても、ユキはまるで表情を変えず続けてきた。「ここは連絡所だ。私らの仕事は連絡だけで、契約自体は本国の部隊が持っていっちまうよ」
ここにある顧客リストを使って足を運んだところで、本国の部隊の手柄をせっせと作ってやるようなものらしい。
(手柄を残せって言われてるのに……)
アルマの言葉が何度も頭を駆け巡る。イリアに帰るには、彼女の助けが必要だ。
「ようやく理解したか?」
考えに耽って黙っていたら、ユキはふっと鼻で笑ってきた。
「うん、理解したよ。ふふっ」
笑い返したら、ユキの目がぴくりと動いたのが見えた。諦めるとでも思ったか。リストが使えないなら、することは一つだ。
「自分で探してくればいいんだよね。それなら、自分で契約したって文句ないでしょ?」
今までのピンチに比べたら、こんなものはそよ風にすらならなかった。自分たちの手でどうにだって身動きが取れる話ではないか。
「似てるな……」
また嘲笑われるかと思ったが、ユキはそう漏らして、またじろじろ顔をのぞき込んでくる。どうにも、この眼光に迫られると怖い。いつ辻斬りを喰らうか分からないような鋭い眼だ。
「な、なに? 似てるって、なにが?」
「……別に。はっ、飛ばされてくる奴は気概が違うってか」
「飛ばされてきたつもりはないよ!」
「ここまで面白い奴も久しぶりだ。女王様気質のイドゥヴァが煙たがるのも頷けるわ」
ユキは腹から大きく笑いだした。だいぶ笑って清々したのか、彼女は髪をかき上げると挑発的な目で投げ出すような言い方をしてきた。
「なら好きにすると良いよ。仕事を探すくらいなら、その年だったら男を探したほうが良いと思うけどね。売れるときに売るのが基本だよ」
「言われなくとも! みんな、やってやろうよ!」
手を振って笑いながら部屋の奥へと消えていく後姿に目もくれず、シャニーは仲間へ号令をかけ、皆で拳を突き上げて気合を入れた。
◆◆
一方、シャニーの爽やかな声が、奥の部屋で佇むユキの背中を揺らしていた。
(あの顔……。いや、まさかね)
他人の空似か……? 瞳、顔、声……全てがあの人に似ている。向こうで部下たちに囲まれる青髪の乙女を一瞥し、ユキは懐から取りだした古ぼけた写真をじっと見降ろした。
「もしそうだとしたら、ここにいる意味もあったかもな。なあ、そう思うだろ?」