それにしても……ラウス領主、あんな言い方しなくたっていいのに。
ううん、分かってたんだ。やっぱり、そう思われてるんだよね……。
青空にはぽっかりと雲が浮かんで、暇そうに流れていく。
こんなにも良い天気なのに、どうにも雲行きは芳しくない。
晴れの日なら向日葵のように咲くシャニーの元気な笑顔が、今日は土砂降りを浴びているかのようにしょんぼり静まり返っている。
「なかなか上手くいかないッスねえ」
城から出てきたミリアは、頭の後ろで手を組みながら開口一番ぼやく。その横には、シュンとするシャニーの横顔がある。いつもなら軽やかに揺れる青髪も、今日は大人しい。
天馬騎士団のネームバリューがあればスムーズだと思ったのは甘かった。こうもあっさり追い払われるとは。
とは言え、まだ始まったばかり。絡む重い気持ちを払ってシャニーは天を仰ぐ。
「これで三連敗かぁ……くっそう」
悔しさを短く吐きだして、手元の紙にまた一本赤い線を入れていく。
これはリキアの有力候補者のリストだ。イリア出発の前に、旧ティト派の第三部隊長や、イドゥヴァ派の第四部隊長たちに頼み込んで作ってもらったもの。
連絡所にあった顧客リストにない新規を開拓しようと朝から動きまわっているが、どこも話すら聞いてもらえない。苦戦は承知していたとはいえ、仲間の不安げな眼差しを背に受けると焦りも募るというもの。手を顎に添えて唇を噛む。
(予想はしてたけど……やっぱりイドゥヴァさんの影響力が大きすぎる……)
副団長時代のイドゥヴァが営業先としていたのがリキア。それを引き継いだ第二部隊が、今も大手の貴族は軒並み押さえている。
今日まわった三件の小規模貴族の口からさえも、彼女の名前が出て一蹴された。さすがに騎士歴十六年の年季は伊達ではないということか。
だからといって、負けたくはない。
(絶対に、見返してやるんだから!)
弱りかけた目にぐっと力をこめて前を向く。負けたら、任せてくれた皆を裏切ることになってしまう。勝つまで負けない。それがモットーだ。
「落ち込んでてもしょーがないよ。ほら、次行こー、次!」
別に自分たちが悪くて追い払われたわけではない。やるしかないのだから、できる限り精いっぱいを注がなければ。部隊に広がる不安をリキアの風と共に吹き払うと、歩調を早めて天馬に飛び乗った。
なんとか一つでも仕事を取れれば、そこをツテに道は拓けるはず。
まだ、手元のリストは黒々としている。その誰かと縁があることを祈りながら、シャニーは青空へ舞う。
◆◆
「そこをなんとかお願いします!」
オスティアから東にあるラウス領主の下で、シャニーは必死に青髪を揺らしていた。
この中堅貴族の屋敷でも、先刻の営業先とおなじ展開が待っていた。いちおう部屋を通されたものの、仕事の話を振った瞬間、油に火を入れるように目を三角にされてしまう。
簡単に引き下がれずに何度も頭を下げるが、手を荒々しく振って邪魔だと言わんばかり。
「ダメだダメだ! 一括して第二部隊と契約している。分ける必要などなかろう!」
白髪交じりをオールバックで固めた気難しそうな顔。眉間にしわが寄ってますます険しい剣幕になったと思ったら、神経質そうなカリカリ声で一蹴されてしまった。
「フンッ、むせ返る死の臭いの中でうごめくハイエナめ。さっさと帰れ!」
ぐさりと、正面から槍で貫き捩じりまわすような言葉。頭も心も、爪を立てて握り締められた桃みたいに崩れそうになった。
(ハイエナ……。なんてひどいことを言う人なの……?)
その気持ちを押し殺して諦める。槍で刺すような視線を、城内から出るまで浴びせられて中庭へと出た。
目の前に広がるのは穏やかな青空なのに、漏れ出したのはため息。張り詰めていた肩が一気にだらっとして、ショルダーガードの重さに持っていかれそうだった。
「ちぇー、一括であたしたちと契約してくれればいいのにさ。あそこまで言わなくたっていいじゃん!」
指を弾きながら、リストにまた赤線を入れていく。振りかえって恨めしく城を見上げ、口をぶうっと尖らせる。
「そりゃ、昔からの信頼には勝てないよね……」
あの年齢の貴族であれば、イドゥヴァと長年の付きあいがあってもおかしくはない。ルシャナに言われずとも、それは分かっていた。信の強さがどれほどかは、誰よりも心得ているつもりだ。その信に支えられてイリアで生きてきて、そして今、リキアに立っているのだから。
とは言うものの、それだけでは片づけられない、どこか引っかかるものがあった。
(あの“流れ”……。なにか、あたしたちが来るのを知ってたみたいな反応じゃん)
あの初老の貴族は、こちらが名乗る前からすでに顔を怒らせていた。それこそ、部屋に入ってくるときからだ。そして、十八部隊と名乗ったとたん、それ以上を遮った。
あの貴族だけではない。彼は神経質そうで顕著だったが、今日会った四人の貴族はみな、どうにも妙に“流れ”を感じさせるものがあった。直接貴族の正面に座って、その顔や声を全身に受けた直感は、嫌な予感ばかりを囁いてくる。
(ちょっと……攻め方を変えよう)
腕組みして考えてみた。第二部隊に無くて、自分たちにあるもの……思ったよりすぐ出てきた。
パチンと指を弾いたシャニーは、仲間にニッと白い歯を見せると目で合図して空へと飛び出す。その視線は鎖に引きずられるように、いつの間にか後ろを向いていた。
(それにしても……あんな言い方しなくたっていいのに)
ラウス城を見下ろす。頭の中で再生すればするほど、リキアに溶けこんでがんばろう……その想いが少しだけ砕けて胸に突き刺さる。
それでも、今は無理やり前を向いた。
(ううん、分かってたんだ。やっぱり、そう思われてるんだよね……)
◆◆
「なにかお困りごとはありませんか? 私どもは、空中戦だけでなく、地上戦でもお力になれます」
信頼はもちろん、経験でも勝てないなら一か八かだ。天馬騎士団では珍しい、地上戦への対応をアピールしてみる。
今回のターゲットは若い当主。イドゥヴァとの繋がりが浅ければ、攻めこむチャンスがきっとある。
その判断は正解みたいだ。ツーブロックを短く整えた20代前半と思しき彼は、それまでの貴族と違って話を聞いてくれた。おまけに、腕を組みながら真剣に聞いて、ときおり頷いている。
「へえ、どっちもできるなら合理的だな。検討してみるよ」
作戦は成功と言えるだろう。当主に納得の表情が浮かんでいる。
後ろで見守っていた仲間から零れた歓喜が背中を押す。初めての好感触で心の中にわっと感激が広がって、気づいたら立ち上がって当主の手を取っていた。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
なんとか良い答えを聞けますように────そう祈る手でしっかり握手を交わす。
部屋を出て彼と別れると、静かな廊下で思わず始まるガッツポーズ。
営業なんて初めてというのもあり、ここまで連敗続きだとやり方がおかしいのかと不安で堪らなかった。その気持ちがバンザイと共に吹き飛んで、スキップしたくなる軽い足どりで帰路につく。
「ああ、ちょっと君!」
ところが、階段を下りて外に続く扉が視界に入ってきたときだった。当主が二階の手すりから顔を出したかと思うと階段を駆け下りてきた。
もう答えを出してくれたのかと思ったが、先ほどの自信に満ちたものとは別人のような苦い顔で察してしまった。
「申し訳ない。さっきの話は、無かったことにしてくれ」
結論だけ口にしてさっと背を向ける。
察していても、いざ聞かされると信じられず、うまく表情を作れない。そんな気持ちを振り払い、駆けだして後を追う。まるで逃げるように階段を上っていく彼を追い越して正面に立った。
「待ってください! どうしてですか?!」
掴みかけたチャンスだ。なんとか翻意してもらおうと縋って見つめたが、彼は勘弁してくれと言わんばかり。すぐ視線を逸らしてしまった。
それでも、手を掴んで逃がすまいとしていたら、彼の横顔には申し訳なさそうな苦笑いが浮かびだした。
「私は合理的だと思ったんだがね……」
私に言うなとでも言いたげな切り出しだ。どうやら彼自身は契約する気でいたようにとれる。なのに、なぜだ……。彼は一気に吐き出すように答えた。
「地上部隊は、昔からの付き合いがあるから変えるつもりはないと、父に叱られてしまってね」
そこまで言い切ると、シャニーの手を振り払って部屋の中へと入ってしまった。
思わず伸ばした手が、力なく垂れていく。
(やっぱり、どこもそう簡単に契約先を変えてくれないか……)
門前払いより、なんだかダメージが大きい。さっきはルンルンと下った階段が、今はとても長く急に思える。
ため息交じりに扉を開けると、もう青空は待ってくれていなかった。結局、今日は全滅。重い足どりで天馬にまたがり、ゆっくりと空へと戻っていく。
「みんなー、そんな顔しちゃダメだよ。明日またがんばろうよ! もう少しだったじゃん!」
後ろからついてくる仲間へ振りむいて、シャニーは元気な声で帰路を照らす。少しだけ前を向いた仲間に浮かぶのは、疲れた笑顔だった。
再び前を向き、帰路に燃える夕日を見つめて沈みそうな心へ気合を入れなおす。きっと明日は、いい知らせを掴んでみせる。
その手にあるリストは、半分近く真っ赤に斬られていた。
◆◆◆
────一週間後
相変わらず、リキアの空は明るい。春の日差しが街を包んで、楽しげな声があちこちから聞こえてくる。
ところが、十八部隊が座るテラス席のまわりは様子が変だ。ここだけ曇天を越えて、ついに土砂降りに見舞われていた。テーブルへ広げた昼食に手もつけず、誰の顔にも疲労と不安が滲む。
「……ここまで苦戦するとは思ってなかったわ」
それまでリーダーの背中に黙ってついてきたルシャナがぽつりと漏らし、空を見上げるシャニーへ視線を移す。
シャニーは背もたれに身を任せて、両手をだらんとしながら虚ろな焦点を空に向けていた。
「あはは……一件くらいはいけると思ったんだけどな~」
背を起こしたシャニーは、テーブルに置いたリストを見下ろす。何度見ても、すべての名前に赤線が引かれていて、苦笑いが知らないうちに浮かんできた。
ここまでとは誰が予想できただろう。へなへなと背もたれで干物になるしかない。
どこか一件取れさえすれば、そこを足がかりに……その算段が見事に砕かれて、この先どこへ行けば良いのか途方に暮れる。
「いきなり大ピンチッスね……」
予定がない──こんなことは十八部隊が発足して以来、初めてだ。今回は冗談抜きにピンチだと察したか、さすがのミリアも顔に不安が差している。
両手で顔を覆って、真っ暗な中でシャニーはあれこれ考えを巡らしてみた。営業経験のない中、なんとか知恵を絞ってやってきた。もう、良い案は浮かんでこない。
「自分たちの給金くらいは稼がないとって思ってたけど……困ったなぁ」
リキア連絡所での仕事は本国との連絡だけ。それゆえ、本来なら営業する必要はない。
とは言え、外国に来ている以上は、やはり祖国に資金を送りたいし、最低限の資金が無いと本題の勉強にも支障が出る。
このままでは給金分どころか、目の前に広がっている昼飯代すら賄えない。
「私たち、ここでは信用ゼロ」
いつもの小さい声がますますしょんぼりとして、レンが潰れるように肩を落とす。
第二部隊がいるから結構……皆同じことを言った。イリアでいかに、信用に支えられてきたか思い知らされる。ここでは信用を築こうにも、ツテも無ければ最初の一歩さえ踏み出せないでいる。
「ルシャナってリキアに見習い修行で来てたよね? なんかツテないの?」
どれだけ考えを巡らせても、なにも浮かんでこない。顔を覆っていた手を退け、シャニーは藁をもすがる気持ちでルシャナを見上げた。
彼女は見習い時代に修行先としてリキアを選んでいたはず。戦闘に出ず、輸送関係を受け持っていたなら、配送先で良いネタがあるかもしれない。
でも、ルシャナの顔は渋い。
「あるっちゃあるけど、郵便とか配達とか、小銭にしかならないと思うよ」
とても叙任騎士が受け持つような仕事はなかった。彼女が口にした仕事は、どれもアルバイトのような話で稼ぎにならない。経費を考えると下手したら赤字だ。
他には無いかと目で訴えてみるが、ルシャナは上目に口を曲げた。
「他に私がリキアで教えられることって言ったら、酒しかないよ」
酒の話ならウンザリするほど聞いてきた。もうそっちはお腹いっぱいだ。
ぽっきり首を折った視界に広がってきたのは、今も手がつけられないままの昼食。それをじっと見つめていたら、なんだか体が震えだして悔しさが溢れてきた。
今になって、ユキの言葉が頭を揺さぶってくる……なにも言い返せない。両唇をぎゅっと噛んで声を押し殺す。
「あと新規って言ったら……バトンの海賊にでも顔出す?」
そんな彼女をよそに、しばらく空を見上げて唸っていたルシャナから飛びだした名前は、ミリアやレンでさえ仰天させるに十分だった。
「ふ、ふくしょー……あそこなら確かに、なにかしら仕事はあるかもしれないっスけどぉ……」
「ね。海賊に雇われるなんて……」
「ハッ。ジョーダンよ、ジョーダン……」
なにやら、二人がぎょっとした視線をルシャナに送っているのにシャニーは気づいた。
でも、耳にガラスでもはまっているように声が遠い。なんとかしないといけない。そればかりが頭の中をぐるぐる巡る。
「このままじゃ、みんなが作ってくれた小麦を無駄に食べるだけになっちゃう……」
跳ね退けられない敗北感を前に、ぽつりと漏らしたシャニーの脳裏に浮かぶのは、故郷の人たちの顔。自分たちの給金は、彼らの苦労から払われている。なにも生み出さないままにそれを食べていては、彼らに申し訳なかった。
「シャニー、もしかしてホンキなんスか??」
突然目の前に手が入ってきて、はっと肩を跳ね上げる。どうやら考え込んでしまっていたようだ。戻ってきた視界に映ったのは、手を振るミリアの心配そうな顔。
(どうしよう……でも、やっぱり………………。あぁ! 落ち着けッ、あたし!)
顔は向けたものの、頭の中は答えの出ないループに嵌っていた。
どこかで稼がないといけない。でも、行き先がない……。どうすれば……。
そのループを抜け出すためのたった一つの出口。それはずっと前から知っているけれど、そこに手を伸ばしたくはない。
救いを求める声と、それを拒む心。頭の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されて、堪らず頭を抱えて髪をくしゃくしゃと握る。
なにか、ミリアの声が聞こえてくる……。彼らのことを考えたら、もう意地など張っていられないか。
「うん……背に腹は代えられないしね……」
そう、生返事を返してふたたび思案に暮れる。
そのとたんだった。なにかが大きく動く気配がした次の瞬間、椅子の跳ね飛ぶ音があたりに響く。
「えっ?! ちょっ────」
ふいに視界が宙に浮いたと思ったら、凄まじい力で体を引っ張り上げられた。
はっと意識が戻ってきた視界に映ったのは、牙をむき出しにして眦を裂いた、鬼のようなルシャナの顔。よく見たら胸倉を掴みあげられ、顔を引き寄せられていた。
逃げようとしてもバタバタと空回りするばかり。足が宙へ浮くほどの怪力で、戦慄に顔が引きつる。
「あんた! 見損なったぞ!」
ありったけの怒声を正面からぶつけられ、頭の中がどこかへ吹き飛んでしまいそう。
わなわな握られた拳は今にも顔へ振り下ろされそうで、思わず両手が防御に走る。
なにが起こったのか追いつかないままアワアワしていると、ルシャナがさらにギリギリ掴み上げ、目を血走らせるものだから堪らず振り払った。
「ちょっと、なんなのさ! あたし、なにか言った?!」
驚愕で喉が詰まりながらも、拳が炸裂する前にそれだけ叫んだ。なんとか距離は取ったものの、今も解かれない拳はいつでも噛みついてきそう。
「なんか言ったかだって?! 一発入れないと目が醒めないみたいだな!」
それを聞いたルシャナの顔に青筋が立って、シャニーは思わず後ろに退いた。まわりの顔も知らない連中も、喧嘩と勘違いしたのか囃し立ててきて事態は悪化するばかり。
こんなに彼女を怒らせたのは初めてで、声もかけられずに後ずさりするしかできなかった。ルシャナがなにを言っているのか、さっぱり分からない。
「シャニー、海賊になるって言った」
「へっ?? いつ?!」
助かった。レンが助け船を出してくれた。とは言え、彼女が口にした話も、それはそれでまるで頭が追いつけず、目が点になった。
なにか、とんでもない疑いをかけられているみたい。ブンブン首を振って引きつる喉で叫ぶ。
「や、止めてよ! イリアのみんなに顔向けできないような仕事はしないよ!」
どうやら、ミリアへの生返事があらぬ方向へ行ったに違いない。
海賊に堕ちるくらいなら、皿洗いのバイトでもしているほうがマシ。ルシャナに駆け寄って握られた拳を捕まえながら目で訴えた。
「……ごめん、副将の私が取り乱すとは」
ルシャナはばつが悪そうに一度目を逸らすも、両手を合わせ頭を下げた。誤解だったと分かってもらえたようだ。
「ううん、あたしこそごめん。みんなが真剣に話してたのに、聞いてなくてさ。でも、海賊なんてあたしの流儀的に絶対ナシだよ」
「それでこそ私らのリーダーだよ」
お互い謝りながら抱擁し、場は収まった。一触即発のテラスに平和が戻る。
とは言え、それは再びループに嵌るだけ。仲間たちの焦燥とした気持ちを今の一件でもひしひし感じ取ってしまった。
もう答えは、少しずつ傾きつつあった。
(この手だけは使いたくなかったけど……このままじゃ、みんなかわいそうだよね)
自分は部隊長だ。部下の運命を背負っている身。自分一人のエゴで、これ以上彼らに辛い思いをさせられない。でも…………────その気持ちをバッサリ振り払った。海賊に堕ちるしかないところまで来ているなら、この選択のほうが良いに決まっている。
シャニーはようやく瞳に力を取り戻し、前を向いて仲間たちを見つめた。
「契約してくれそうな人、実は心当たりあるんだよね!」
ミリアやレンは目を真ん丸にした後、希望に満ちた笑顔を広げ始める。
それを確かめ、シャニーは席を立ってごった返す中央通路へと向かう。今は、仲間の不安を払うのが一番だ。顔だけ振りかえって指示する。
「と言うわけでさ、今日は一旦連絡所に戻って準備しよ」
外門まで歩き、天馬を預けた厩舎へ戻る。
ミリアたちが彼らの天馬のもとへ行き、一人になるとルシャナに肩を引き寄せられ、耳打ちするように彼女は声をかけてきた。
「シャニー……あんた、いいの?」
「ルシャナ……」
「あんたが一度、その選択を外したの知ってるよ。理由だって、分かってるつもり」
さすが幼馴染だ。さっきの鬼のような顔はもう見たくないが、やっぱり頼りになる。分かってくれるだけで、もう十分だ。エゴだとか、プライドだとか、そんなことより、今は大事なものがある。
「良いも悪いも……しょーがないじゃん! こうなったらやるしかないっしょ!」
ここまで来たら、肚を括るだけだ。元気に拳を突き上げ、ニカっと笑ってそう伝える。
目指すものは、もっと、もっと先にある。こんなところで、いつまでも勝手な想いに縛られて動けないままでは、支えてくれた人たちを裏切ることになる。────やるしかない。
「シャニー、あんまり無理しないでよ。ピンチは皆でなんとかしよう」
ポンと肩に置かれた親友の手が妙に温かく感じて、静かに目を閉じる。独りではない、そう言ってもらえるだけで十分だった。感謝を笑顔に乗せて肩を抱き返す。
「無理なんかしてないって! みんないるし、もう絶望なんて、し慣れたよ」
「それが無理してるって言いたいんだけど……そうだね。みんなでがんばろう。ひとりで抱えないでよ」
二人でまっすぐ前を向く。遥か先には、白きオスティアの巨城がそびえている。
「あたしは決めたんだ。このリキアでもっと成長してやるって」
西方に行ったら、今ごろどうなっていたか分からない。リキアだろうとも、支えてくれ、考え方を変えてくれる人たちがいなかったら、もう音を上げて腐っていた。
イリアに残してきた人々との約束が背を押してくれ、こうして肩を抱き寄せてくれる仲間がいるなら、どこまでもやれる。
「イリアの皆や、アルマや、お姉ちゃん……みんなの想いが無かったら、あたしは
リキアでなにをすべきかを考えたら、仕事が無いことくらいでへこたれてなどいられない。これもきっと、成長に必要なこと。そう自身に言い聞かせて、ひたすらに前を向く。
「ふふっ、そうか。だよね、それでこそリーダーだよ」
あの偉大な平和の象徴をイリアにも……。そのために、辛くともこの道を行こう。互いの決意を抱き寄せるように、二人はしばらくオスティアの空に映える巨城を見上げていた。