ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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おばけ……じゃなくてユキさん、もしかして気にかけてくれてたのかな。
それにしても、セチが騒がしい。
このソードフリークめ。また剣のことになると目を輝かせて……ってセチの剣?!


りゅーせんいっとーりゅー?

 事務所のドアを押し飛ばす。蝶番がバカになっているのだろうか。力を込めたわけでもないのに、勢いよく跳ね返ってきて顔にぶつかるところ。今度は抵抗できないように壁に押しつけてやった。

 

「もう少し静かにできないのか。聞こえてんのかい? シャニー」

 

 奥から小言が聞こえてくる。謝らないといけないのは分かっていても、今はとても頭が働かなかった。

 マントを椅子へかけ、外した鎧を武具かけに放る。ガシャン!!──稽古場から出てきたユキが眉間へしわを寄せているのが見えるが、そのまま外へ出た。

 

 裏庭から空を見上げる。旧市街には静かな時間が流れていて、ひび割れた心を癒してくれる。

 ふうっと大きく息を吐き出してみたら、少しだけ気が紛れた。そのままそっと目を閉じて波打つ気持ちを整える。そうしていると、背後でドアの開く音と一緒に、サンダルが地面を擦る音がした。

 

「だから言ったろ、無駄だって。諦めな」

 

 今一番聞きたくない言葉だ。忠告を聞かなかったことに、嫌味でも言いに来たというのか。

 

「あたしは絶対に諦めません!」

 

 ただでさえ心はもうカサカサなのに。帰ってきて早々、一番嫌いな言葉を浴びせられてついつい加減も考えず怒鳴ってしまう。

 それでも、ユキは目を閉じて小さくため息をつくだけだった。

 

「……ごめんなさい」

 

 周りの民家から訝しがる視線を浴びてしまった。萎んで、呆れるユキへ小さく絞る。

 でも、なにを言われようとも諦められるわけなどない。自分ひとりなら違うかもしれないが、背負ってきたものがある。

 

(お願い、今はひとりにして……)

 

 目を伏していると、ぽんと何かを投げつけられた。丸められた……どうやら紙っぽい感じだが、それにしてはやたら硬い音で転がってきた。

 

「そんなの寄越してくるくらいだ。得意先になに言ってるか、分かったもんじゃないさ」

 

 一体どんな力で丸めたのだろうか。

 石みたいに固い紙を破らないよう静かに解いて中を見れば、真っ先に目に入ってきたのは、天馬騎士団の紋章で間違いない。その下に記されている内容へ目を落としてみてすぐ、目が飛び出しそうになった。どんどん手が震え、煮え立つ腹が口から吹き出しそうだ。

 

────リキア連絡所で直接契約は行わない事。営業は第二部隊が取締る。

 

 こんなもの、こちらの行動を読んでの通達にほかならない。ユキはハッと鼻で笑っている。

 

「あのイドゥヴァならやりそうな話だ。よっぽど嫌われてんだね。なにしたか知らんが」

(ここまで……する……?!)

 

 ギッと奥歯で怒りを噛み殺しながらも、震える瞳を抑えられなかった。

 ユキの言うとおりだ。そうだとしたら、貴族たちから浴びせられた言葉もすべて辻褄が合う。

 

 落胆と、憤怒と、そして安堵と。

 自分たちのやり方が悪いから、あれだけ拒絶されたわけではないと思うと、少しだけほっとする自分がいてシャニーは自身を笑った。

 

(何を安心してんだか。べつに、状況が変わるわけでもないのにさ。……変わらない……か)

 

 自虐してみてふと気づく。そう、やることは変わらない。

 

「それでも……諦めないよ」

 

 それを口にすると、ユキの目がギロッとした。まだやるのか──そう言いたいのか。

 

(当たり前だよ。絶対に、絶対に屈するわけにはいかないんだ)

 

 どんなに惨めで泥だらけになろうとも、信じてくれた人たちに戦う姿勢を見せ続けるのが、誓いを立てた叙任騎士の仕事ではないか。

 きっと……ディークも同じことを言うに違いない。何度あの人に叱られただろう。仕事(プロ)を舐めるな──と。

 

「イリアに春を、そうみんなと約束して出てきたんだ! たくさん学んでイリアに帰るんだから!!」

 

 時が止まっているかのような静寂。春の風だけが吹き抜けて、二人の髪をなぞっていく。

 いったい、ユキはどうしたというのだろうか。じっとこちらを見つめたまま、微動だにしなくなってしまった。眼光は相変わらず鋭いが、睨み付けるような威圧感はなく、なにかショックを受けて固まっているように見える。

 

「まさかあんた、90代団長の娘か?」

「え?」

 

 ふいにそう聞かれ、意表を突かれて言葉に詰まってしまった。

 頬に手を添えてシャニーは視線を逸らす。

 

(……そう言えば、お母さんって団長だったっけ。でも、何代目かなんて聞いたこともないなぁ)

 

 上目に考えを絞っても答えなんか出てこないし、ユキから注がれる視線は痛いほどで、答えないと斬られそうだ。

 

「うん。お母さんは団長だったみたいだけど」

「はっ……直感は信じるもんだね」

 

 なにかマズいことでも言ったか、ユキは目を閉じてしまった。

 しばらく沈黙が包む。なんだか、達人が居合い抜きの前に神経を研ぎ澄ましているようにも見える。

 思わず後ろに引くと、ユキは目を開けた。まるで太刀を下ろすように、その目から鋭さが消えた彼女は無言で歩いてきて、目の前でまじまじ顔を覗き込みだしたではないか。ぎょっとなって後ずさりするが、同じだけ距離を詰められるだけ。しまいには壁に頭がぶつかった。

 

「……そうか。ありがとな」

 

 まるで犬がにおいを嗅ぐように、頭のてっぺんからつま先までじっくり見ていたユキが静かに零した。

 

「え? なにを?」

「別にあんたに言っても仕方ないことだよ。悪いね。でも、言わずにはおれなくてね」

 

 なにを言われているのか、サッパリ分からない。困惑したのは言われたことだけではない。未だにユキの視線が解放してくれない。それどころか、また妙なことを言い出した。

 

「それでまたイドゥヴァはこんな人事を……」

 

 なぜ、あの人はこんなことを……それはずっと気になっていた。ユキはそれを知っているのか。

 でも、聞けなかった。彼女の目から確かに刃のごとき鋭さは消えた。にもかかわらず、代わりに火を噴きそうなくらい目じりを吊り上げ、握った拳が震えていたのだ。救いは、こちらを見ていないことだけ。

 

(なんだろ。急に目つきが変わったな。どうしたんだろ)

 

 一度は視線を逸らしたが、気になって流し目に見て驚いた。見間違いだったのか、今はどこか静かだ。

 まわりを支配する緊張感から解放されると、気になっていたことが口から飛び出してきた。

 

「あの、お母さんのこと、知ってるんですか?」

「あんた、なにも知らないのか?」

「うん。小さいころに事故で死んじゃったから」

「……そうか」

 

 物心ついたときには既に事故で亡くなっていた。断片的に姉たちから教えられたシルエットも、家にいるときの〝母〟としての姿だけ。騎士として、団長として戦っていた姿は聞いたことがない。

 

(知りたい……)

 

 でも、ユキは背を向けた。

 

「……進むべき道を示してやらないのも可哀相か」

 

 彼女は家の中へ消え、すぐ戻ってきた手には一枚の写真があった。

 

「あっ!?」

 

 手渡された写真を覗き込んだシャニーは声を上げずにはおれず、口を抑えながら目を真ん丸に見開く。

 

「私は、第90代団長時代の第一部隊副将。ずいぶん重宝してもらったよ」

 

 写真を見下ろして懐かしむユキの言葉を聞き終わりもしないうちに、思わず駆け出していた。

 家の中へ戻り、姿見に自身を映して写真の中で笑う青髪の女性と見比べる。やっぱり……そっくりだった。服こそ時代を反映してか若干違うが、士官服に身を包む女性が自分の母親なのだと直感に心が飛び上がる。

 

 後を追ってきたユキの姿が鏡に映る。その顔は雪解けの小川のように穏やかだった。

 

「はは、生まれ変わって目の前に現れたのかと思ったよ。あんたの母さんも、いつも言ってたよ。イリアに春をってね」

「お母さんが?!」

 

 まさか、母と同じ道を志し、同じ夢を抱いていたとは。まるで曇り空が一気に晴れたような気分だった。

 感動に心が震えてそれ以上なにも言えない。背中をさすってくれたユキは、立てかけてある刀のほうへ歩き出す。

 

「たくさん学ぶんだって? だったら止めないさ。やれるだけやってみな」

 

 彼女は刀を手に取ると、すっと鞘から引き抜いて見せた。細く、美しく輝く見事な刀身にシャニーの顔が映っている。

 自分の顔だとは分かっている。けれど、こんな崩れた顔をしていたら母に申し訳なく思えてきた。母は、志半ばで倒れた。でも、自分は生きている。できるのに、しないのは、最大の裏切りだ。

 

「もっちろん! やれることは、なんだってやるんだ!!」

 

 拳をぎゅっと握って誓いを叫ぶ。今の気持ちに、一片の曇りもない。

 じっと見つめていたユキは、なにかを決意するようにひとつ頷くと、はっきりとした口調で問うてきた。

 

「なら、さっそく学んでみるか? 颯閃(りゅうせん)一刀流を」

 

 ずいっと突き出された剣。目の前にあるのは、完全な太刀に違いない。騎士剣を刀風の斬撃特化へ改造したことはあっても、本物の刀など扱った経験はない。颯閃一刀流……聞いたこともない剣だ。

 

────やる気があるなら付き合うぞ。

 ユキの目はそう貫いてくる。剣の道を行く達人が、敵意に塗れていたときとは違う、研いだ鋒のように鋭い視線で問うてくる。

 やる気なら負けない。とは言うものの、困惑ばかりが心に広がった。

 剣士ではないから、断ろうとも考えた。刀なんて扱ったことはないし、折ってしまいそうだ。

 

「颯閃一刀流だってえ?!」

 

 その気持ちを吹き飛ばすくらいの素っ頓狂な声が、頭の中をブンブン跳ねまわった。

 落ち着かない様子でセチはバンバン揺さぶってくる。どうせまた、剣の話になったから興奮しているに違いない。語り出したら一巻の終わりだ。堪らずユキに聞くことにした。

 

「颯閃一刀流って? サカの剣?」

「ルーツは東方剣術のようだね」

 

 やっぱりそうだ。サカは大陸でも独特の文化を形成しており、他の地方とはまるで違う。

 その東方文化の象徴とも言えるのが、太刀と呼ばれる刀剣の技術だ。サカ出身の剣使いは剣士と呼ばれ、その太刀さばきは騎士剣とは一線を画す印象があった。

 

「でもね……」

 

 やはり、無理だ……そう傾きかけたところにユキはそう言って続けてきた。「……初代団長が編みだした剣だ」

 それを聞いた瞬間、雷が脳天に落ちたような衝撃が突き抜けた。

 

(初代団長の剣?!)

 

 以前、ユーノから言われたことを思い出していた。自分には初代団長も扱っていたセチの力がある。そこに、同じく彼女が使っていた剣が合わさったなら……。そうだ、セチに聞けば、なにか分かるかもしれない。今も彼女は、頭の中でバタバタ引っ張ってくる。

 

「ねえねえ、セチは知ってる? 初代団長とタッグ組んでたんでしょ?」

「よく聞いてくれたってもんだ! 颯閃一刀流は私の剣だよ! これは運命ってやつさ! ああ懐かしいなあ。思い出せばあれは──」

 

 運命……たしかに、なにかそう思わせるものもある。一歩踏み出してみたい気持ちで、無意識に歓喜をあげていた。

 

「嬉しい!」

 

 なのに、それはすぐに萎んでいく。

 

「でも、あたしには師匠から教えてもらった型があるし」

 

 剣士でもないのに、本当に受け入れて大丈夫なのだろうか。自身の型はもう出来上がっているのに、いきなり知らない剣を取り込んで崩れないか心配だ。

 そうして踏み出せずにいたら、ユキがふっと笑いだしていた。

 

「剣使いなら分かるはずだ。教えはあくまで教えだと」

 

 とんと胸を叩かれた。

 取捨選択して自分の剣として鍛えなければ意味がない……それは、散々思い知らされてきた。ディークがなぜ、剣技を教えてくれなかったのか、今なら分かるつもりだ。

 

「そうそう! 私もつきっきりで見てあげるから大丈夫さ!」

 

 セチもやたら乗り気で目を輝かせている。信用していいか不安になるほどのやる気に押され、思わず写真を見下ろした。

 

(お母さんが認めた剣……同じ天馬騎士の剣なんてめったにないぞ)

 

 中で笑う母をじっと見つめる。またとないチャンスだと言ってくれた気がしてやまない。

 ディークの剣はディークのものであって、天馬騎士の自分では扱いきれない部分も多かった。それを、この颯閃一刀流で補えるかもしれない。

 パチンと気持ちのいい音がした。顔を上げると、刀身を鞘に納めたユキがずいっと突き出した。

 

「──あとは、あんたが決を下すだけだ」

 

 もう、迷う理由などなかった。やってみてから、考えればいい。やる前からあれこれ考えて先に進まないのは、やはり性に合わない。

 

「うん、決めたよ。教えてください。颯閃一刀流」

 

 イリアを守る剣に、また一歩近づける。どんな剣か楽しみになってきた。

 覚悟を決めてリキアに来たなら、帰るまでに一つでも多く学ばないでどうする。そう決意を燃やしていると、ユキがふっと初めて笑顔を見せた。

 

「そう来なくちゃ、おもしろくないってもんだ」

 

 それまでの凍りついた死神のような目が、別人のように息を吹き返して笑っている。まるで止まっていた時が動き出したみたいに明るくなった彼女は、優しい眼差しで手を取った。

 

「こいつはあんたにやる。あんたの剣と切れ味は遜色ないはずだ。そいつでみっちり稽古しな」

 

 写真を渡すと、彼女は代わりに太刀を掌に乗せ、両手でそっと握らせた。

 しっかりと自分で握り、鞘から引き抜いてみた。見事な片刃剣……鋒は鋭く、鎬地には美しく花の舞う様子が彫り込まれていて美術品と言っていいくらい。

 

(ありがとうお母さん。きっと、これがリキアで学ぶ一つ目なんだね。がんばるよ)

 

 心の中で、会ったこともない母に感謝するばかり。良い導きを与えてもらった。左遷先でこんな出会いが待っていたとは、運命を感じずにはおれない。

 心に新たな誓いを宿し、鞘に納めるとユキにさっそく稽古をつけてもらうことにした。

 

 

 

◆◆◆

 寝苦しい……。

 

(もうムリ〜……って、い、息できない……?!)

 

 スイーツにペシャンコにされる幸せな夢のはずが、もう辛抱できなくなってシャニーは目を醒ました。

 体が金縛りを受けたように動かない。よく見れば、まるで人をベッドかなにかと勘違いしているかのように、仲間たちが自分の上で寝ているではないか。体をよじってなんとか隙間を確保しようとしたら、それに合わせてミリアが寝返りを打ってきた。

 

(うがーッ。こいつら、あたしを殺す気ぃ?!)

 

 もがもがと暴れて、命からがら脱出する。いくら連絡所が狭くて寝る場所がないにしても、こう毎日、雑魚寝の下敷きにされては堪らない。

 時計を見たらまだ3時。かと言って、一度目が覚めてしまったら、もう二度寝する気になれない。

 

(昨日教わったことをおさらいしておくかな)

 

 太刀を手に取り、抜き足差し足で仲間から距離をとると、つま先で跳ねて部屋を抜ける。

 こんな狭い民家なのに、稽古場をこしらえてあるのは驚いた。そのおかげで、事務所兼リビング以外はなにもないけれど。

 

 誰もいない真っ暗な稽古場に立ち、そっと刀を引き抜く。鋒が月光を映し、シャニーの顔を浮かびあがらせた。

 

(ロイ様……なんて言うかな。どんな顔……するかな)

 

 ひとつひとつ、昨日の教えを確かめながら静かに剣を振っていると、頭に浮かんだのはロイの顔だった。

 今日は、陽が昇ったらフェレに向けて出発するつもりだ。

 彼に断られたら、もう行く先がない。でも、そのことよりも、こんな無様な姿を見せたら彼がどんな顔で悲しむか、それを想うと辛くて胸が張り裂けそう。

 

 鋭かった音が少しずつ間隔を空けだして、鋭さがなくなっていく。

 

「他所事を考えながら稽古とは、感心しないな」

 

 そのとき、ふいに聞こえた声にぎょっと肩が跳ねあがって、もう少しで刀を落とすところだった。

 こんな鋭い刃を落としたらケガでは済まない。あたふたする手先で刀を抑えて声のした背後を振りむいたら、それ以上の仰天が待っていた。

 月光に浮かぶのは長い黒髪。それが闇に浮かんで漂っていた。

 

(で、出たああああ?!)

 

 悲鳴をあげて刀を放りだし、尻餅をついたシャニーは出力全開で後ずさりして頭から壁へ突っ込んだ。ごつんと鈍い音と共に棚が飛びあがり、静寂が戻った場を情けない声が包む。後頭部を抑えながら、シャニーはうずくまっている。

 

「あんた……近所の迷惑を考えな」

 

 覚えのある声が聞こえてきて、シャニーは顔をしかめながら見上げてみる。むこうの壁際にゆらゆらする黒髪。再び戦慄が走りかけるが、よく見たら知った輪郭が月光に浮かんでいる。とたんに力が抜けて、あごが地面とくっついた。

 

「び、びっくりしたぁ。脅かさないでよ」

 

 まるで犬かなにかのように、へにゃっと地面にへたれ込むシャニーを見下ろしてユキは額に手をやった。

 

「脅かすもなにも、あんたが気づかず剣を振り始めただけだろ?」

 

 どうやら先に稽古場に入って瞑想していたらしい。すっと立ちあがったユキは、落ちていた刀を拾いあげて歩いてくる。彼女は目の前でしゃがみ込むと刀を握らせ、キッパリ言い切った。

 

「考えても仕方ないことは考えるな。相手の剣は、あんたではどうも変えられない」

 

 目が点になる。頭の中で考えていただけなのに。彼女の視線を追ってみたら、自分が手にする刀に行きついた。全てを見透かされている──そう感じずにはおれない視線。

 

「どうして分かったの?」

「分かりきったことを。すぐに気持ちが表に出る性格も善し悪しだね」

 

 ハッと鼻で笑われてしまい、グサっときた。ディークに口酸っぱく言われていたことだ。武器を握ったら、感情を相手に観られるな……と。

 

「剣は己を映す鏡……剣の声に雑音が混ざればすぐ分かる。あれだけの雑念で振っていたら、稽古どころか型を崩しちまうよ」

 

 バシッと肩を叩かれて、稽古場の中央へと引き戻された。

 なんだか、新鮮だ。騎士団に入ってから、こうして年上からしっかり指導を受けた記憶がない。新人部隊でもずっと引っ張る側だったし、レイサは放任主義だったし。彼女とタイプは違うが、きっと頼れるに違いない。

 

「あれこれ、考えすぎるな」

「仲間のことを考えちゃうと、どうしても……ね」

 

 鋒が下を向く。頭に浮かんだたくさんの顔を見つめ、唇を噛んだ。

 支えてくれる人たちに、戦い続ける姿を見せなければならない。とは言え、そのために、これ以上仲間に苦しい思いもさせたくない。憧れのあの人だって……支えたい彼を悲しませたくはないのに……。

 そこまで考えていたら、背後から両手を取られて型を作らされた。

 

「あれもこれも抱え込みたいのは分かる。だったら、自分の実力を知るべきだ」

 

 ふるっと瞳が揺れた。実力不足……はっきりそう言われてしまった。

 だけど、なにも言い返せない。悔しいが、目の前で月光に映える刀が教えてくれる。彼女が言うことは正しいのだと。

 

 この剣は道なかば。去年は敗北しか知らず、今年に入っても業火の魔人(ソルバーン)に情けをかけられた。一度さえ、勝利を知らない剣。一つもろくにできないのに、イリアに仲間に恋人もなんて……おこがましいのか。

 

(考えても仕方ないことは考えるな……か。たしかに、そうだね)

 

 シャニーは自らにそう言い聞かせて、ユキの稽古に青髪を揺らし、汗を飛ばす。

 相手の剣はどうにも変えられなくとも、自分の剣はこれからいくらでも変えられる。そう思ったら一層に稽古へ熱が入り、不思議と心は穏やかになっていく。

 

(ロイ様と会えるんだ。その後は……──当たって砕けろだ)

 

 春風駘蕩を取り戻した剣が月光に軌跡を描く。空を裂く澄んだ音が、颯のごとく室内を駆けていた。

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