ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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たった一人でも信じてくれる人がいるなら、信じて戦える。
もしそれが、憧れの人──ロイ様だったなら、空だって飛べる気がする。
救ってくれた恩を、必ず返すんだ。


なんだか、夢みたい(1)

 朝と同じ場所を歩いているとは思えない。来たときには、あんなに喉が締め付けられる思いだったのに。

 ロイと契約を結んだシャニーは、彼に手を取られて城のエントランスを歩いていた。目線も手も繋がって、部屋を出てから途切れることなく喋っている。

 

「シャニー、君は前のときの部屋でいいよね?」

 

 会話の中でふいに聞かれ、シャニーはきょとんとした。

 

「前のとき……って、え?!」

 

 飛び出た驚きに栓するように、はっと手で口を覆う。彼は12月に使っていた部屋を残してくれていたと言うのか。

 なんだか、後ろの視線が痛い。振りむいたら、物言いたげな6つの目が今にもなにか口走りそうで思わず前を向く。そう言えば、フェレに行ったとは伝えたが、毎日を城で過ごしていたとは仲間に言っていなかった気もする。

 

「もちろんだよ! と言うか、ひとりに一部屋貸してくれるの?!」

 

 ようやく平和に眠れる。毎晩のように雑魚寝の下敷だったシャニーはホッとしたが、それ以上にうれしさが込み上げてきた。彼は、帰る場所を残しておいてくれた。また来る──そう言った自分を信じてくれていたと思うと、感謝以上の気持ちが湧いてくる。

 

「そのつもりだけど。だって、4人じゃ狭いだろ? 空いてるのだから使えばいいよ」

 

 ロイはさらっと返してきた。やはりこの人はタダモノではない。傭兵相手に、こんなにしてくれる貴族は聞いたことがない。下手すれば、警備をかねて野宿を指示される契約先もあると聞く。

 

(この人を、支えてあげたい)

 

 12月のときと同じ気持ちを抱きながら、離れに向かう廊下をロイと歩く。静かで穏やかな景色の城。大好きな雰囲気が、戻ってきたのだと実感させてくれる。

 

「ありがとう、ロイ。ホンット、動乱からお世話になりっぱなしだね」

 

 見習い修行のときも、ずいぶん目をかけてもらった。ディークという、作戦の中心にいた人物の傍にいたからだろうけれど。

 

 動乱が終わってからも、何度彼に助けてもらっただろう。仮面の魔術師と戦ったときもだし、12月のときだって、彼に想いを聞いてもらえなかったら心は死んでいたに違いない。そして……今回だ。

 感謝を口にしてロイを見上げるシャニーの顔は自然に緩み、握る手が強くなる。

 

「僕だってシャニーに助けられてきたし、お互い様だろ? 手紙、すごく励みにしてきたよ」

 

 ロイが手紙のことを嬉しそうに話す姿は、長かったトンネルに光がさすように胸を温かくしてくれる。ずっと文通してきて良かったと思えた。

 

「へへっ、良かった、良かった! これからバリバリ働いてお返しするからね、ロイ!」

 

 ロイはここまで導いてくれた一人だ。

 なにをしてあげたら、彼は喜ぶだろうか。ロイの横顔を見上げてそんなことばかり考えていたら、ふいに腕が伸びてきて彼に体を抱き寄せられた。

 

(へっ……?! い、いきなりすぎだよ!)

 

 もう頭は真っ白。

 頭を冷やそうにも彼のいい匂いが広がって、麻酔でも嗅いだように脳がぽわんとする。もう、いっそこのまま。

 ……でも、様子がおかしい。目だけで彼を見上げると視線はこちらにはなく、それを追って前を向いたら目の前は壁。

 

 苦笑いしながら曲がり角を抜けていく。手紙では励ますしかできなかったが、これからはこの手で彼を支えられる。今みたいなことだって……。

 嬉々とした気持ちに飛び上がりそうになるのを抑えながら歩いていたら、既視感のある景色が広がり始めた。

 

「呼び捨てにしてるッス、相当深いッスね……」

 

 もう我慢できなくなったか、後ろではミリアが興奮気味の声をあげてカサカサしている。こんな距離だ、当然ロイにも聞こえているだろう。顔から火を噴きそう。

 

「ミリア、後で」

「あ、はい。せっかくのトコロすいません」

 

 助かった。レンが黙らせてくれた。

 居場所がない不安から解放されたと思ったのに、今度は仲間が心配だ。最初からこんな感じだと、ロイに妙なことをしかねない。

 しばらく背後に牽制を送りつつ進めた足が自然に止まった。糸で繋がっているようにロイも止まっている。

 

「わっ、ホントだ! ホントにそのまんま残してくれてたんだ」

 

 新しい世界へ飛び込むようにドアを開け、視界が広がるやシャニーは歓喜の声をあげた。

 カーテンも、ベッド脇の小物も。机の位置はもちろん、並べた本や忘れて置いて帰ったヘアピンまで。まるで12月と繋がっているかのように、何もかもがそのままで止まっていた。立ち去れずじっと部屋を眺めていた記憶が蘇る。

 

(懐かしいなぁ……ホントに戻ってきたんだなぁ……)

 

 意外にも綺麗に使っていたのだと自分でも感心しながら、ベッド脇にあった毛糸玉を手に取る。

 12月は降り積る無力感や恐怖心に、胸が塞がる想いで淀んでいた。

 でも、あのときがあるから、今こうしてフェレに立っていると思うと不思議としか言えない。無駄なことなど……何も無いのかもしれない。

 

「シャニー。荷物の整理が済んだら、あとで僕の部屋に来てくれ。場所、分かるだろ?」

 

 感傷に浸っていると、後ろからロイの声がコツコツ頭を突いた。

 きょとんとなりながら振りむいてロイの顔を見ていたら、彼の後ろからジッと見ている仲間の視線が刺さった。誰もが物言いたげだ。思わず持っていた毛糸玉をぽろりと落としてしまう。

 

「し、知らないよう! 遊びに来た時も、あたしエントランスまでしか……」

 

 仲間の誤解に気づき、シャニーはブンブン顔を横に振る。

 ただの居候に、本館をうろつく機会なんか無かった。精々、ロイとの待ち合わせでエントランスまで足を運んだ程度だ。

 相変わらず怪訝な眼差しを送ってくる仲間から逃げてロイへ視線を戻すと、彼は時計に目を落としている。

 

「じゃあ18時に迎えにくる。少し二人で話をしよう」

 

 ふっと笑みを浮かべたロイは、手を振ってその場を後にした。

 ふいに訪れた静寂が、夢のような時間に新たな秒針を刻み、シャニーはふうっと一息吐く。

 新しい生活への喜びと、戻ってきた懐かしさを噛みしめながら、さっそく部屋の中で荷物を広げて整理を始めた、その矢先。

 バタバタと、鎖が切れたように足音が突っ込んできた。

 

「よっ、憎いッスね! ロイ~なんて呼び捨て、羨ましいなぁ!」

 

 ミリアが手を取ってさっそく茶化してきた。もう辛抱できないと言わんばかりの彼女に、部屋の真ん中まで引っ張られていく。なんだか、処刑台にしょっ引かれる気分。アッと言う間に、三人に囲まれる。

 

「ん。ラブラブ。二人っきりでお話だって」

 

 レンが分かっているくせに大げさに言うから恥ずかしい。

 ロイが呼んだのはきっと仕事の話に違いない。契約は済ませたけれど、仕事内容はまるで詰められておらず、明日からの任務を決めないといけないはずだ。

 

「へへへ……。ラブラブなんて違うよ。友達だよ」

「そんな緩んだ顔して、信じるワケないでしょ?」

(傭兵……じゃね……)

 

 ルシャナは両手を広げて笑っているが、シャニーにとっては半分本気だった。

 お互いにそんなのを言い合ったことはないし、何より相手は世界の英雄だ。その壁さえ無ければ……そう思っていたら、勢い良く背中をバシッと叩かれて視界が揺れる。

 

「隅に置けないヤツだね! 押しかけ女房やってたの? 意外と肉食じゃん!」

 

 ルシャナの豪胆な笑い声がガンガン揺さぶってきて、みるみる頭に血が上ってくるのが分かる。今にもこめかみから血が噴き出しそう。

 

「なっ、そ、そんなんじゃないし! だいたい──」

「ねえねえ、どこまでいったのさ? 最後まで?」

 

 否定しようとするとルシャナはさらに大きな声で被せ、とんでもないことを聞いてくるではないか。なんだか、かなりマズい方向に進んでいる気がするが、三人に進退どちらも塞がれて身動きが取れない。

 

「白状しなよ? ほら?」

「~~~~──ッ」

 

 ルシャナのニヤニヤが近づいてきて思わず後ずさる。そのうち頭が壁にぶつかって、完全に追い詰められてしまった。

 

(ルシャナはこいつらを止める役でしょ~?!)

 

 普段なら暴走するミリアの首根っこを捕まえて叱ってくれるはずのルシャナが、彼らの先頭に立って好奇心の塊をぶつけてくる。ミリアは普段通りだし、レンまで先を求めてじっと見つめてきて、頭はもう沸騰寸前だ。

 

「バ、バカなこと言わないでよッ!」

 

 すきま風が抜けるように敵陣を抜け出したシャニーは、収納の棚板を引っ張り出し、仲間をそれで押し出していく。

 

「ほらっ、遊びに来たんじゃないんだぞ! 荷物整理してきなよ!」

 

 どうにか仲間を追い出したシャニーは、目を三角にして廊下を指さすと、バンッと響くらい強く扉を閉めた。

 

「ったくもう。ロクでもないことばっかに興味もつんだから」

 

 ぶつぶつ独り言を漏らしながら整理に戻ろうとしたときだった。なにやら、廊下から仲間たちの声が聞こえてくる。扉ごしに聞き耳を立ててみた。

 

「シャニー、嬉しそうだった」

「ああ、これで良かったんだよ。十八部隊にとっても、あいつにとっても」

 

 レンとルシャナのやりとりに、ふいに心が揺れた。心配してくれたのに、言いすぎたかもしれない。

 いや……あの目はホンキだった。しばらく、ルシャナと一緒に酒場に行かない方が良さそうだ。

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