ロイと、みんなと一緒でいいんだ。
居場所があるって……──幸せなんだな。
もうウンザリだ。どうしてあの人は、まだピンピンしているのだろうか。ぐったり見下ろすと、今も槍を突き上げて降りてこいと叫ぶ赤の騎士が映り、シャニーの口元がげっと歪む。
「アレンさ~ん、もういい加減にしてよお、疲れた!」
もう昨日から数えて何十回目だろうか。実力を見極めるだけとか言っていたくせに、彼は手合わせをぜんぜん終わらせてくれない。投槍を放りすぎて右肩が痛くなってきた。
(何度やったって同じだよ!!)
空中から投槍の嵐。またしても、アレンは悔しそうに槍を叩きつけている。
空を飛んでいるかぎり勝負にならないに決まっている。なのに、攻略法を見つけようとでも言うのか、彼は必死に再戦を叫んでくる。
「そのスタミナのなさが弱点だ! さぁ、切磋琢磨しようではないか!」
かなり攻撃を浴びせているはずだ。避ける気がないくらいアレンは被弾しているはずなのに、肩で息をしているのはシャニーのほう。
彼は天馬が生み出す旋風に熱血が煽られるように、ますます活き活きしている。
(まさか勝つまでやる気なのぉ……??)
げっそりしながらアレンを見下ろすシャニーの顔には、敗北感が滲んでいた。
どうやったら降ろしてもらえるのだろうか。わざとやられるにしたって、あのパワーをまともに受けたら怪我しかねない。
「わざわざ単騎同士でやり合うことなんか無いじゃん! あたし降りないんだからね!」
そもそも、空にいる天馬騎士相手に、単騎で挑んで勝とうなんてどうかしている。攻撃手段のない相手に、わざわざ高度を下げるワケないに決まっているではないか。
ところが、熱血騎士はそんな考え方ではないらしい。
「何を言う! 一番槍なら直接槍を交えるべきではないか! 投槍など無粋!」
彼が自分に何を要求しているのかようやくに分かったシャニーは、顔をくしゃくしゃにしながら残った力でありったけ叫ぶ。
「鎧で固めた人と一緒にしないでよ!」
相手の槍を受けて立つ天馬騎士など、聞いたことがない。
天馬騎士の最大の防御は回避であり、何より攻撃自体を受けない人馬一体の飛行術。それは可能な限り軽量化した鎧一つ見たって分かるだろうに。
今さらながらに、とんでもない人に目を付けられてしまったようだ。天馬の上でウルウルと天を仰ぐ。
「ウチのリーダーは強いッス!」
ミリアがアレンに諦めろと声をかけてくれている。でも、嫌な予感しかしない。アレンにそんな声のかけ方をしたら、火に油を注いでいるようにしか思えない。
「リーダーは天馬の乗馬術が騎士団でもトップの成績だったんスから!」
「うむ、天馬隊の強さには驚いている。俺ももっと精進せねば! と言うわけで付き合ってもらうぞ!」
やっぱりこうなってしまった。アレンに気合を注入してしまっただけ。それどころか、ミリアの余計な一言が、彼の闘志に火をつけてしまった。
諦めたように見上げたミリアが、ウインクしながら手を合わせてきた。火を煽るだけ煽って去っていく部下に、シャニーはがっくり肩を落とす。やっぱり、ヒドい部下だ。
(もうヤダぁ~……お腹すいたよう……)
誰でもいいから助けて──懇願の眼差しを頼みのランスに向けようとしたら、いつの間にかいなくてぎょっとする。付き合っていられなくなったに違いない。万策尽きて、天馬の上でへにゃりとなった。
それでも、まわりの連中は火消しするどころか、どんどん燃料を放り込んでくる。
「あんた、地上で剣使えばいいじゃん。なんだっけ、なんとか一刀流。あっちが本気モードでしょ?」
今度はルシャナが、さぁ起きろと煽ってきた。本気モード……それを聞いたアレンが黙っているはずがない。
「なに! 剣も使えるのか、ならばそれも見てみたい!」
目を爛々と輝かせているのが上空からでもはっきり分かる。どいつもこいつも、アレンを煽って楽しんでいるようにしか思えなかった。
「ルシャナのバカー!」
ニヨニヨとする幼馴染が悪魔に見えて、思いつく精一杯の罵声を浴びせる。ロクな部下がいない。ここにいるのは敵だらけだ。
後でどうとっちめてやろうか。やきもきしながら空の上で時間稼ぎをしていると、視界の端に救世主が映った気がして振りむいた。
「シャニー!」
見間違いではなかった。声を聞いたとたんジンとして、そのまま墜落しかけてバタバタする。
体勢を整えてあらためて見下ろした先に映ったのは、走ってくるロイの姿。
(助かったぁ! なんとか生き延びたぞう……)
今しかチャンスはない。勢いを殺さないまま天馬を急降下させて飛び降りた。
「ひゃー、颯爽とした動きッス。さすがランキング一位ッス」
(あとで覚えてろよ~……)
拍手し始めるミリアたちにギロっと一瞥浴びせ、救いを求めてロイのもとへと駆け込む。
「天馬騎士団から回答がきた」
「えぇ?!」
ヘンな声が出て思わず自分の口に手で栓をする。
一昨日の昼間に書簡を出したばかりのはず。昨日の早朝に届いて、すぐ早馬で返してきたことになる。
(お願い! 吉報でありますように!)
ふいに襲ってくる緊張感。口に栓をしていた手は、無意識の内に祈るように結ばれる。
「一年の傭兵契約だ。あらためて、よろしく頼むよ」
頭がついてこず、心だけが先に飛び跳ねている。
髪を後ろに引っ張られるような感覚にふらつき、まわりで悲鳴をあげるルシャナたちの声がわっと飛び込んできて我に返った。とたんに体中へ湧きあがるのは希望一色。
「やったぁ!! やった、やったよぉー!」
思わずぴょんぴょん飛び跳ねたシャニーは、ロイの両手を取り、周りも忘れてはしゃぎにはしゃいだ。4月から発散できずに溜め込んできた感情を、ついに噴射するように。
「あたしたちこそ、よろしくね。ロイ!」
「ああ、頼りにしている」
居場所がないのは本当に辛いことなのだと思い知ったら、手に入れた帰る場所がとても大事に思える。
ニコニコのままロイへ仲間と敬礼していると、ようやくに実感が湧いてきた。
(これでロイを支えていけるんだ!)
夢の一つが、こんな形で叶うなんて思ってもいなかった。小躍りを止められず、またロイの手をとったときだ。視界に熱いものを感じてウッとする。
向こうでアレンが様子を見ていた。話が終わったら突っ込んでくるに違いない。もう彼には、地上でも戦えることが知れてしまっているから、どこにいたってキケンだ。
「じ、じゃあさ、サインとか色々手続きあるよね!? お城行こ、お城!」
何とかあの無尽のタフネスから逃げなければならない。
取ったロイの手をそのまま握り、彼の背中を押してずんずん城へと向かった。