ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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だって、動いたり悩んだりしたらお腹空くじゃん!


ブリッツクリーク(2)

「はぁー、お腹空いちゃった! お昼にしよ、お昼~!」

 

 フェレに戻ってきたシャニーからは、さっきまで戦場にいたとは思えない情けない声があがっていた。

 お腹をさすりながら、街へと歩く顔はいつもどおり朗らか。

 

「さっきの剣、凄かったっスね!」

 

 話題は当然のように、お披露目となった剣の話へ。

 シャニーにとっては、褒めてもらえて今までの苦労が吹き飛んだ気がしていた。

 セチの声に悩まされ、その力の暴走に震え、ようやく掴んでもソルバーンにねじ伏せられた。

 

 本当に久々の、勝利の味だった。ふくらむ感動にトーンがあがる。

 

「ミリアたちもね! あの連携技は避けられないよ」

 

 今日の一戦はいろいろと収穫があった。

 皆が温めてきた個人技や連携技をたくさん試せたし、村の人たちにも感謝してもらえた。久しぶりだ、感謝の言葉をかけられた喜びは。

 

「フヒヒ! ウチらもカッコイイとこ見せたくて。闇魔法(ミィル)とのバージョンもあるっスよ!」

 

 満面の笑みを浮かべるミリアは、レンの背中をぽんぽん叩いて得意げだ。

 でも、レンの顔はどうにも浮かないまま。

 彼女はどうしてか、じっと見上げてくる。首をかしげて見せたら、ふいに小さな口を開く。

 

「シャニー、あの矢の回避、意識してた?」

「え?」

「あの軌道、通常の物理計算領域では説明できない」

 

 そんな難しい聞き方をされても、どう答えたらいいだろう。同じことを考えていたのは確かだ。

 

「してなかったけど……矢が勝手に避けてったね」

 

 突っ込んできた矢を踏みだして避けようとしたとき、はっきり映った。矢がなにかに当たったように、妙な角度をつけて逸れたのだ。

 正規軍の弓使いなら、なにか個人技の一種かとも思えるが相手は賊。そんな技量を持った弓使いには到底見えなかった。

 

「恐らく、セチの風で弾かれてる」

 

 確証を持てない感じに、レンがいつもよりもっと小さい声で推測を口にしたときだ。口笛とともに拍手が聞こえてきた。

 

「へえ? レンちゃんだっけ? なかなか私を分かってるね。マスター以上にってところが悲しいなぁ?」

 

 またしても、頭の中でセチがジトッと不敵な笑みを浮かべ、視線で突っついてくる。

 

「あ、あはは……。いじわるしないで先に教えてくれればいいのに」

「キミの練度が分からなかったしね。しょぼくて弾けなかったら死ぬワケだし?」

「あ、じゃあ一応合格なのかな?」

 

 喜んだのが間違いだった。セチは両手を広げてわざとらしく呆れてみせると、ふっと鼻で笑ってきた。

 

「寝言は寝てからにしてほしいな? あんなのを私の剣なんて言われちゃ、他の精霊に笑われちゃうね」

 

 さすがに精霊の力と言えばいいのだろうか。あれでさえ、まだまだ初歩だとは。自分とは思えない力に恐怖すら覚えたほどなのに。

 

 驚いていたら、セチがますます顔を近づけてきた。

 さっきとは様子が違う。その目は刃のように切れ上がり、冷たい口調で恐ろしいことを突き付けられてしまった。

 

「ザコ狩りで満足するなら……その体、もらっちゃおうかな?」

「ま、まだ始まったばっかりだよ?! が、がが、がんばるからさ!」

「うん、いい返事だ」

 

 それまでが嘘のようにニッコリされて逆に怖い。ここまで笑顔に恐怖心を覚えたのは、人生初と言ってもいいくらいだ。

 とりあえず危機を脱し、ほっと出来たのも一瞬だった。ガンガンと世界が揺れはじめた。

 

「えーっ?! じゃあ魔法とか弓効かないの? ズルいッス!!」

「そ、そんなこと言われても、あたしに言ってもダメじゃん!」

 

 ミリアがマントを引っ張って揺さぶっていた。自身の胸をトントンと叩き、中の住人に言えとアピールしてみるが、ミリアの目は割と本気で迫ってくる。

 当のセチはまわりに見えないのをいいことに、ミリアに舌を出して笑っている。

 

(稽古で試してみないとな。でも……怖いなあ)

 

 新しい力に気づけたなら、次の実戦までに使いこなしておく必要がある。とは言え、そのために矢を受けるとかゾッとする。泣き言をもらせばセチに乗っ取られるし……。

 

 今は考えずに、とりあえず手ごろな店に入ることにした。お腹が空いては稽古も出来ないと言うものだ。

 

「わぁ……見たことないメニューがいっぱいあるよ!」

 

 シャニーの目がキラキラと輝いて歓喜をあげる。

 まるで宝石でも眺めているかのように爛々とさせて、ぱらぱらメニューをめくる度にはしゃぐ。

 

 イリアには無い料理がたくさん並んでおり、メニューを見ているだけでもリキアは楽しい場所だ。

 

「異国の地って感じがするね。私にとっては見慣れたもんだけど」

 

 ルシャナは懐かしそうだ。

 彼女は見習い時代、リキアに来ていたからか所作も慣れたもの。メニューもちょっと見ただけで、もう決めてしまったらしい。

 

「あ~。お腹ぺこぺこ。たまにはガッツリ行こうっと! ルシャナー、オススメ何?」

「いつもガッツリじゃ足らんほど食べてる気しかしないけど。オススメかぁ、任せとけ」

 

 隣に座るルシャナにメニューを渡して一緒にのぞき込む。こういう時は、知っている人へ聞くに限る。

 ルシャナに言われるまま、パン粉をまぶして揚げた肉の丼ものをオーダーし、水を飲んでふっと一息。

 その時、ふと剣が視界に入った。

 

「……どうしたの? シャニー」

「あ、ううん」

 

 レンに声をかけられて、思わず言葉に詰まる。

 そんな長く考えていたわけではないのに、今日のレンはよく見てくれている。

 この銀の瞳に見つめられたら、逃れる術はない。観念しておくことにして、もう一度剣を見下ろす。

 

「……いやぁ、今まで散々ソルバーンさんのこと、魔人呼ばわりしてたけど……」

 

 一旦、そこで止めた。それでも、受け止めないといけない。押し出すように続けた。「いざ、自分が魔人って言われると……結構来るもんだなって」

 

 化け物に映った。

 燃えあがる炭のようにチカチカする髪、吹き上がる烈火、どこからともなく召還する紅焔……。赫々と揺らめく炎で、顔を陰影深く浮かび上がらせる黄金の邪眼。

 これが魔人なのだと、そのときは思った。

 

 でも、あの賊の長ははっきり自分を見て、指をさして言い放った。

 

────あんな魔人、相手に出来るかよ?!

 

 自分がソルバーンと対峙して抱いた恐怖と同じ。

 あらためて、人外の異能なのだと思い知った。

 今は自分が化け物に映っているのかと思うと、心になにか鋭いものが刺さって抜けない。

 

「でも、本当に強かったよ。颯閃一刀流、今ならソルバーンにも勝てるんじゃない?」

 

 ルシャナはそう言ってくれた。

 もしかしたら、そうかもしれない。セチとこの道を極めていけば、あの人と並べる日が来るのかもしれない。

 

「戦わないのが一番だよ。戦う理由だって無いんだしさ」

 

 それでも、まるで乗り気でなかった。

 去年戦ったときだって、戦う理由なんか無かったのに、ソルバーンが一方的に仕掛けてきただけだ。

 

 あれがあったから、なにかが自分の中にいるのだと気づけたとはいえ、やっぱり彼とは遭遇したくない。彼は、魔人同士で力をあますこと無く戦いたいだけ。そんなのに付き合うのはごめんだ。

 

「魔人って言うより、『妖精』の本領発揮だと思っておけばイイじゃないッスか」

「あっ、そういやそんなのあったじゃん!」

 

 たまにミリアはいいことを言う。

 ヴァルプルギスが寄越した二つ名であまり気に入っていなかったが、彼女の言葉を聞いたら頭に電撃が走った。感激が口から飛び出し、指をパチンと弾いてみせる。

 

「妖精なら可愛いし、それで行こーっと。いやぁ! ミリアッ、天才!」

 

 なにやらみんな唖然としているが、ミリアの肩をポンポン突いて褒めておいた。

 

(そうだよ。こんなくらいでクヨクヨ出来ないさ。そうだよね、ユーノお姉ちゃん)

 

 最初は怖くて、怖くて仕方なかった。自分が自分で無くなるような感覚に支配され、体が勝手に剣を振るったあのとき。

 それでも彼女ははっきり道を示した。どんな剣でも、使い手、使い方次第で神剣、聖剣となると。

 

 左手をじっと見下ろす。今握っているのは、魔剣ではないとはっきり言える。

 

(これは……希望を守る剣なんだ)

 

 そう言い聞かせていると、意識を連れ去る良い香りと共に、ミリアの歓喜が聞こえてきた。

 

「ひゃっほーい! 待ってました!」

 また始まった。

 ミリアは写真機を取り出すと、ホカホカ湯気を立てる見たことも無い料理へパシャパシャとレンズを向け始める。

 これが終わるまで食べさせてもらえないから、シャニーはマテを喰らった犬のように、あごをテーブルへ乗せて眉をひそめる。

 

 ……ようやくにオッケーが出て鎖を外されると、一心不乱に飛びついた。

 

「……おいしい! なにこれ! すっごい!!」

 

 こんな味、人生で初めてだった。まるで天国の味でもう止まらない。

 しばらく無心に食べていたが、ふいに手が止まった。

 

(……こんな贅沢なごはん、街中でぽんと出てくるんだもんなぁ)

 

 じっと見下ろす先には、ふんだんに食材を使った熱々の料理が、今もおいしそうにツヤツヤしている。

 この前のオスティアだってそうだった。宮廷料理のような特別なものでもなくとも、大衆食堂ですらこれが普通なのだ、リキアは。

 

「恋の病かな?」

 

 ぼうっと考えていたら、ふいにルシャナの声が聞こえ、連れ去られそうなカツが視界に見えた。

 反射でルシャナの手を叩いて取り返す。彼女は待っていたように、ずいっと顔を近づけてきた。

 

「私を置いて行った日、なんかあったのかな?」

「そんなんじゃないし! ってか、ミリアたちが勝手について来ただけだよ!」

 

 明らかに根に持っていそうな口ぶりに焦る。

 結果だけ見たら、ルシャナ一人を誘わずに置いてきぼりにした形だが、最大の被害者は自分なのだ。

 

 シャニーはミリアたちを指さして顔をくしゃくしゃにするが、彼女は視線を合わせようとせず、昼食に夢中のフリ。

 一つ咳払いして、シャニーはおかしくなりかける空気を払った。

 

「リキアはスゴイよ。こんなに食が溢れてるんだなってさ」

 

 再び丼の中を見つめてぽつりと漏らす。

 周りが口をおっと開けて驚いているのが見えて一度は口をムスッとさせたが、静かに丼を置いてうつむいた。

 

「イリアを思うと、なんだか罪悪感が湧いてきちゃって。あたしだけ、こんなもの食べてて良いのかなってさ」

 

 こんな料理、お祝い事のときしかお目にかかれないものだ。それがリキアに来たとたん、毎日のように良い思いをしている気がする。

 

 イリアもこうなって欲しい……そう願いながら、リキアに来てなにも生み出していない。考えても仕方ないと頭では分かっていても、背負ってきた信たちを思い浮かべるとどうしてもやりきれなくなる。

 ふいに、バンと背中を叩かれて視界が飛んだ。

 

「あんたってヘンなところでストイックだね。いいじゃん、仕事で来てんだし」

「そうそう! 左遷されてんだし、これも権利ッスよ! うまいもん食ってがんばればいいんスよ!」

(そうだよね。がんばればいいよね、これからさ)

 

 ルシャナやミリアが励ましてくれる。なんだか、考え込んでいる自分がバカらしくなってきた。

 前を向かなければ何も見えないし、妖精だろうが魔人だろうが、自分は自分だ。

 

 ただひたすら、前を向いて、今できる一番小さい目標を一つずつこなしていくだけ。そう思い直したら、重かった腹の内がため息と一緒に全部剥がれ落ちて、胸にスッと風が通る。

 

「それもそっか。あー、なんか心配したらお腹空いてきちゃった。お代わりしよっと」

 

 最初の小さな目標は……お腹をいっぱいにすることだ。

 ちょっと食べ足りずにメニューを手に取る。今度は迷うことも無くすぐ決まった。

 

「……まさかカツ丼もう一杯行くとは。たしかに魔人だよ」

 

 厨房から、店員がこちらを指さして怪訝そうな視線を送ってくる。催促がわりに手を振っていると、ルシャナがひどいことを言い出した。

 

「だって、戦場に出るとホントお腹空くんだよお。みんなも空くでしょ?」

「いや、そこまで入らないから」

 

 ルシャナから呆れ笑いを喰らい、皆が珍獣でも見るような視線を浴びせてくる。

 

「えー? このくらい、ふつーだよ、ふつー」

「シャニーの〝ふつー〟なんか地雷ワードッス。シャニーと一緒に食べてたら、ウチら天馬に乗れなくなるッス!」

 

 天馬騎士はその職特性上、体重制限が厳しい。

 ミリアは背が高くて上限に近いらしい。そんなこと、一度も気にしたことはなかった。お腹が減ったらたくさん食べて、また動けるだけ動きまわればいいだけのはずだ。

 

「アレンさんに付き合えばきっと痩せるよ! いっただっきまーす!」

 

 出てきたホカホカを掻きこむ姿は、まるで一杯目など無かったかのよう。

 見ている方が気持ち悪くなったらしく、誰もが視線を逸らしている。

 

「あ〜ッ! 一時間前のあたしはこんな幸せがあるの知らなかったんだよなあ! もっと勉強しなくちゃ!」

「ベンキョーが聞いて呆れるよ」

 

 目をつぶって茶をすすりながらルシャナがボヤいている。まるでおばあさんの小言だが、シャニーはお構いなしにがっついている。

 

「……戦闘がトリガー……ふうむ……」

 

 レンだけが、パクつくリーダーの満面の笑みを見つめて一人考えに耽っていた。

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