ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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ロイと二人でお出かけ!
夢でもいい。夢なら、醒めないで。
もし、夢でないのなら、ロイのメッセージのままになったら……いいのにな。


カクテルを傾けて

「ハッ、言ったな! なら勝負だ! このアレンにそのようなオモチャは通用せん!」

 

 半分冗談だったのに。

 痩せると教えたらミリアが目の色を変え、今日は朝からアレンに向かっていった。おまけに挑発までするものだから、アレンの目に闘志が燃えてしまっているではないか。

 あれを相手にしていたら、一日終わらないに違いない。

 

 それにしても、ミリアの武器はクロスボウなのに、どうやって手合わせするのだろうか。

 

(ま、いっか! 逃げちゃお~っと)

 

 昼までかかるアレンの朝稽古を回避したシャニーは、中庭で日差しを浴びて大きく伸びはじめた。思わず零れる声は高く透きとおる。

 そのとき、細めた目が会いたい顔を見つけて、ぱっと口元が軽くなった。

 

「あっ、ロイ様! おーい!」

 

 今日は稽古を回避できるし、朝からロイに会えるとは、なんとラッキーな日なのだろう。

 手を振って駆けていくと、ロイも笑みを浮かべているのが見えてくる。

 

「やあシャニー、おはよう」

 

 横にピタッとついて歩き出そうとしたら、彼は鎧をコンと指で突いた。

 

「普通に呼んでくれよ」

 

 予想どおりの反応というところ。

 特別なのだと、ロイから言ってもらえる気がして心が跳ねる。とはいうものの、諸手を挙げて分かったと返事できなくて辛かった。

 

(そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ……)

 

 いつも同じお願いをされ、同じ気持ちを抱いてきた。

 今でこそ、あんな視線で刺されることは無くなったが、初日にアレンやランスが見せた眼光こそが、普通の反応に他ならない。

 どうしたら、ロイを喜ばせてあげられるのだろうか。

 

「だって……やっぱさ、あたしだけ特別ってわけにはいかないよ。みんなも見てるんだしさ」

 

 もっと上手く言えたらいいのに。どうしても、心の中にある素直な言葉しか口にはできなかった。

 ロイは雇い主で、自分たちは傭兵だ。おまけに今は仕事中であり、呼び捨てにするような状況ではない。

 傭兵から呼び捨てにされる姿を知らない人に見られたら、彼が軽く見られてしまう。そんなのは嫌だった。

 

(どうしよ。怒っちゃったかな……)

 

 ロイがじっと見下ろしてくるまま、なにも言わなくなってしまった。

 悲しい……ロイは望んでいるし、自分だって言われるまま飛んでいきたい。

 

 けど、想っているからこそ、言えないこともあるし、言うべきことがある。

 このままではいけない。ロイに手を合わせた。

 

「遊びに行くときとかさ、誰もいないときだけじゃダメ?」

 

 ロイは大事だ。大事だからこそ、頷けない。

 おまけに、あまり妙なまねを外部の者に見られて、イリア傭兵の評判を落としたら自分だけで済まないのだ。

 傭兵は信用が命。傭兵業を失ったら、イリアは食べて行けなくなる。

 

(ロイなら分かってくれる……。お願い)

 

 懇願を目に込めて見つめたら、ロイは考える間もなく頷いた。

 

「分かった。シャニーが良いならそうしよう」

 

 とりあえず、ホッとした。ロイは分かってくれたようで、口調もいつも通り優しかった。

 

「へへっ、ありがと。ホントはあたしだって、いつも普通にしたいんだよ」

 

 今でも変な気持ちのまま。

 ロイは貴族だし、英雄だし。雲の上の存在だから、様をつけるのは当然と言えるだろう。なのに、それをつけて呼ぶと、胸に魚の骨でも刺さったように、なにか心の中でギクシャクする。

 

(はぁ……いつでも自然に呼べたらいいのになぁ)

 

 朝陽を見上げながらぼうっとロイの隣を歩いていたら、ふいに声が呼んだ。

 

「昨日、村を守ってくれたそうだね。ありがとう。天馬騎士は守備範囲が広いね」

 

 どうやらロイは、昨日あげた報告書をもう読んでくれたらしい。

 賊を討伐したのはフェレでも隣境に近い、騎馬隊では毎日行くのが難しい山沿いの場所だった。

 アピールした天馬騎士の強みを、さっそく気に入ってもらえたようだ。まっすぐに褒められて心はスキップしたくなるくらい軽い。

 

「あのくらいお安い御用だよ。イリアじゃ毎日だったしね」

「毎日??」

 

 軽く返したつもりだったのに、ロイは驚いた顔をして聞き返してきた。

 

「うん。イリアは貧しいし、復興が行き届いてないから……賊も多くてさ」

 

 数はイリアに比べて大規模だったが、戦力としてはやはり賊。

 それにしては過敏な反応に見えたが、聞けば事件そのもの少ないらしい。リキアは平和に映った。

 

「そうか……。やはり、毎日危険な生活を送っていたんだね。無事でなによりだよ」

 

 今日のロイはなんだか大げさだ。騎士なら普通だと思うのに、彼は毎日出撃するだけで驚いている。

 

「あれ、もしかして、心配してくれてた?」

「まあ、そうかな」

 

 この程度で心配してくれるのに、魔人ソルバーンや聖天騎士団の筆頭騎士(ヴァルプルギス)にボコられた話をしたらどんな顔をするだろう。……考えたくない。

 

「えへへ……ありがと。でも大丈夫! あたしだって、いちおー上級天馬騎士だし」

 

 安心させようと笑って元気を伝えたら、ロイにも笑みが戻った。

 

「頼りにしてるよ。でも、無理はダメだからね」

「えへへへ、そう言ってもらえると、がんばれちゃうよー!」

 

 憧れの人に頼ってもらえるなら、どんな大変な任務でもこなせそうな気がしてくる。

 

 もっともっと、仕事が欲しかった。

 正直、見回りだけでは持てあましている。交渉してみようと思っていたら、持っていた小袋をロイがさっと差しだした。

 

「これ、少しだけど差し入れ。皆で食べてくれ」

 

 町で買ってきたのだろうか。袋にはクッキーの絵が見える。

 スイーツに目がない自負はあるが、不覚にもリキアはまだ未開拓。昨日の昼食が頭に浮かんだ。きっと、これもおいしいに違いない。

 

「ありがとう! おやつにいただくね」

 

 あれこれ良くしてくれる彼の優しさに感謝しながら、手を振って別れた。

 結構堅めのクッキーらしく、中から乾いた音がする。

 皆に分ける前に、一枚つまみ食いしてしまおうと袋に手を突っ込む。なにか、明らかにクッキーではない感触が手先を突いた。

 

「あれ……なにか入ってる」

 

 一旦指を袋から出し、両手で広げて中を覗き込んでみた。

 きつね色のクッキーがたくさん見えるが、その頂には折り畳まれた紙が入っていた。取り出して中を開く。

 

────今日の18時。正門で待ってるよ

(デートのお誘いだ!)

 

 心にぱあっと花が咲く。喜びが体中に広がって、手先足先、全てに満ちていく。

 

「きゃっほーい!」

 

 思わず飛び跳ねて歓喜を上げてしまった。

 

(……!! 周りに誰もいないよね?)

 

 すぐにハッとして辺りを見渡す。

 ……こんな手を使うとは、ロイもこの前の一件で懲りたということか。

 今日は幸いにも、やっかいな石ころ連中もいない。このときばかりはアレンに感謝した。

 

 

 

◆◆◆

 残照がうっすらと藍色の空に残る時間。

 モジモジと落ち着かない様子で、シャニーは城のドレスルームにいた。ロイの手紙に、城内の地図と共にドレスを選んでくるよう書かれていたからだ。

 

 傭兵なんかがいきなり行って大丈夫なのだろうか。驚くのではないかとゾクゾクしながら向かったが、スタイリストは何種類か候補を選んでくれていた。きっと、ロイが言っておいてくれたに違いない。

 

(こんなドレスを着てどこ行くんだろ……)

 

 人生で初めて着るドレスは歩きにくい。

 昼のうちに抜け道を探しておいて正解だった。仲間に見つからないよう、するすると正門を目指す。

 

「お待たせ! 今日はうまく抜け出せたよ」

 

 狭い歩幅でてってと走って、ロイのもとへと辿り着く。

 

「うん、似合ってる。かわいいよ」

「ホント?! えへへ~、ありがと! 初めてだよ、こんなドレス着るの!」

 

 褒められて隠せず飛びあがった。

 かわいいなんて言葉をかけられたのはいつぶりだろうか。それも、ロイに言ってもらえたのは初めてだ。

 ルンルン気分の夢心地に浸っていたら、ロイがとんでもないことを口にした。

 

「じゃあオスティアに行こう。天馬なら30分くらいだよね」

「えええ?! こんな真っ暗で天馬に乗ろうなんてスゴいね……」

 

 フェレでこんな格好をしていたら皆の目についてしまうから、きっと彼は気を遣ってくれたに違いない。

 

 でも、仕事だって夜戦でもない限り、夜に天馬を飛ばすなどあまりない。視界が命の天馬騎士にとって、見渡せない闇夜は天敵なのだ。おまけに今は、二人ともカッチリした服装なのに。

 

(ロイって意外にやんちゃなのかも……)

 

 彼のふだん見られない一面を知って、焦りながらもふっと笑う。どこまでも気さくで付き合いやすい人だ。

 

「そうか……。シャニーなら、二つ返事かと思ったけど」

 

 とても意外そうに返ってきた。

 いったい、いつもどんな風に思われているのか気になる。

 飛んで行きたいのはやまやまだけど、ロイには万が一でさえ起きては困るではないか。

 

「上級天馬騎士の腕を持っても難しいかい?」

 

 でも、彼は挑発みたいなことを言ってくるから、考えるより先に口が動いていた。

 

「言ったなー! 騎士団一の馬術に驚かないでよね!」

 

 シャニーは目をぷんぷんさせて、見ていろと言わんばかりにばっとドレススカートが宙に舞う。

 ロイは嬉しそうに彼女の後ろに乗ると、もう真っ暗になって月光が照らす空へ飛びあがった。

 

(……何度乗せても背中がゾクゾクするー)

 

 12月以来の感覚だ。真後ろにロイの気配を感じて、体がぞわぞわしてくる。

 背中も、髪の毛も、そして腕も。今日は軍服ではないし鎧も無いから、ジンジンするほどだ。

 

 しばらく沈黙の空が二人を包む。ロイもなにも喋ってこないけれど、どんな顔をしているのか見えないのが歯がゆい。

 せっかく誰にも邪魔されない、二人っきりでお喋りできる時間なのに。ガマンできずに振り返った。

 

「こんな時間に遊びに行くの初めてだね。お城の人たちは大丈夫なの?」

 

 当主がいないとなれば、今ごろ城中で大慌てしているはず。とくに、狼狽するマリナスの顔が浮かぶ。

 日中は忙しいしいからこの時間になるのは仕方ないが、帰ったらどんなことになっているか心配だ。

 

「ああ。ランスに守備は任せてある」

「あ……じゃあ、ランスさんにはバレてるんだ」

 

 馬車を使わないからお忍びだと思ったけれど、ロイの口調は心配いらないと伝えてきた。

 それは安心……なんて、思えるはずもない。それどころか、声がこわばった。

 

(ヤバくない?? 明日なにか言われそー……)

 

 よりにもよってランスとは。あの人が怒ったら怖そうだった。

 傭兵が、守るべき主をこんな危険な空の旅に、武装もなく連れ出して。いくらロイがそうしたいと言ったって、やっぱり止めるべきだったか。

 

 とはいえ、ランスが知っていてロイがここにいるなら、彼はオッケーを出したわけだし。

 それに、今のこの気持ちを考えたら、叱られるくらいへっちゃらにも思えてきた。

 

「バレるというか、城の皆には伝えているよ。そうしないと、みんな心配するからね」

 

 さらっとロイはそう返してきた。しばらく風を切る音だけが響く。

 彼は当たり前を言っている……どんどん頭に血が集まってきて、あっと言う間に破裂した。

 

「えええっ?!」

 

 すっとんきょうな声が上がる。

 ランスどころではなかった。アレンも、仲間も、あのマリナスも……?

 なんで驚くのか、ロイには分からないらしく首を傾げている。

 

「シャニーはいつも脱走してるの?」

「うん。あ゙、いやぁ……そう言う意味じゃ……アハハ……」

 

 一旦ロイから視線を外して、正面を向いたら動けなくなった。

 今にもあちこちから血が噴き出してきそうに、心臓がバクバクする。

 

(みんな知ってるの?! 二人で出てきてること……!)

 

 こんな時間から二人で外出する意味など、一つしかない。

 それを城中の人間が知っていると言うのだ。ロイは気軽に言ってくれるが、なにが起こるか分かっているのだろうか。

 

(あたしみたいな傭兵が相手って、みんな…………どう思ってんだろ……)

 

 クレインとティトみたいな話が、羨ましくて仕方ない。ただでさえ、まだ一週間しか働いていないのに。

 急に怖くなってきて、このままでは心臓が持ちそうにない。話を変えることにした。

 

「夜のオスティアかあ。ちょっと一人じゃ怖いし、ロイと一緒はうれしいな」

 

 昼でさえ、あんなに活気溢れる大都市なのだ。その夜の顔は、きっともっと楽しいに違いない。そうは思いつつも、あそこまで大きな街の夜は、とても一人で行く気にはなれない。四人組でさえも、ちょっと不安なのに。

 

「案内するからついて来るといいよ」

 

 そう言ってくれるロイが、本当に頼もしく思えた。大都会の夜を、早く二人で楽しみたい。

 風切り音を更に高くして、銀翼で闇夜を切り裂いていった。

 

 

 

◆◆◆

 目の前に広がるのは、赤や緑のガラスに彩られた色とりどりの灯。乳白色のガス灯が中央街を照らし、左右を埋めつくす店からは、たくさんの色や音が聞こえてくる。

 

「うわぁ……キレイだなぁ」

 

 思わず手をむすんで、ぼうっと見上げてしまう。

 街の奥には、明かりに照らしだされたオスティア城が、闇の中でも白く浮かびがって街を見守っていた。

 

(こんな世界があるんだなぁ……)

 

 イリアの夜には、オオカミの遠吠えか風の吹く音しか知らない。

 灯にきらめく街。楽しげな声、店から流れてくる楽器の調べ……。この時間でもたくさんの人が行きかい、大都会に生きているのだと実感できる。

 

「さあ、行こう。はぐれないようにね」

 

 どのくらいぼんやりしていたのだろう。ロイに声をかけられ、あわてて彼のもとへ小走り。

 この僅かな間にも、二人の間にはたくさんの人が流れをつくって、もう姿を飲みこみ始めている。

 

「あっ……」

 

 ふいに手を取って引っ張られた。突然の温かくて優しい感触に、なにも聞こえなくなる。

 

(ズルいなぁ。こんなの逃げられないじゃん)

 

 この街を歩けるだけで幸せなのに、憧れの人とドレスに身を包んで歩けるなんて。おまけに、しっかりと手を握られて。

 

(でも、今なら手繋いでてもへーきだよね)

 

 しっかりと握りかえす。ここなら、誰にも見つからない。

 自分が傭兵だと忘れさせてくれる場所。いつも押さえ込んできたものをさらけ出し、ロイの隣にならんで少しだけ身をあずけてゆっくり歩く。

 

 

◆◆

「こ、こんな所でごはん食べるの?!」

 

 しばらくして、シャニーは仰天して目を泳がせていた。

 貴族街に来たのは気づいていたけれど、目の前に店がそびえると腰が抜けそう。

 

 ピアノの生演奏が聞こえてきて、田舎者でさえ「超」がつくほど高級だと直感が叫んで全身がブルッときた。

 この前は大衆食堂で驚かされ、今度はこんな高級店ときた。

 たじろぐ姿を楽しむような声が誘ってくる。

 

「気に入らなかったかい?」

「まさか! こんなの初めてだよ!」

 

 一生縁がないと思っていた場所を前に、好奇心がピョンピョン跳ねている。

 こんなドレスまで用意してきた以上、覚悟はしていた。それでも、いざ店に入ると、どう振舞っていいのかまるで分からない。

 周りの女性を見てみる……立ち姿からして、もう違う気がする。

 

(うー……落ち着かなーい……どしよ)

 

 どうにも、場違いに思えて仕方ない。

 向こうを見れば、一面ガラス張りの広いホールに円卓がたくさん並んでいて、誰もが清楚に食事している。

 

 周りは貴族だらけだ。

 部隊長として作法の教育は受けていても、国内部隊にいたし実践なんかゼロ。おどおどしていたら、そっと背中に手をまわされた。

 

(はわぁ~。なんだか……夢みたい)

 

 まるで、どこかの令嬢にでもなった気分。今は彼の腕に身を任せておく。

 

「わぁ~。綺麗な夜景! ……素敵」

 

 個室に案内されてホッとしていると、ウェイターがカーテンを開けてくれた。

 ぼんやりとした光の玉が無数につながり、万華鏡のように煌めく。

 夢のように広がる夜景に、思わず窓辺に寄り感激で手をむすぶ。まさに天国から街を見下ろすよう。

 

「ふふ、お気に召したようで何よりだよ。さ、座って、座って」

 

 言われるまま席に着き、食前のカクテルを傾ける。

 

「ふふっ……おいしい」

「ああ。日頃の疲れが溶けていくようだよ」

 

 もちろん天馬で帰るからノンアルコール。それでも、赤と青を合わせた、まるで二人を表すかのようなカクテルは酸味があり、それでいて夢へと誘うようにじんわり甘い。

 

 喉を潤し、普段どおりの自然な会話を楽しんだのも束の間だった。

 出てきた見た目も美しいプレートを前に、感動以上の気持ちが圧しかかって両手が固まった。

 

(うう……やっぱり分かんないよう……)

 

 国内部隊だから接待なんかしないし──忙しさにかまけて、作法の勉強をまるで放り出してきたことを、こんな大事な場面で後悔するハメになるとは。

 

 ロイの所作をちらちら真似て食べてみるものの、あまりにぎこちなかったか、彼はフォローしてくれた。

 

「誰もいないんだし、好きに食べればいいよ。そのために個室にしたんだ」

 

 そう言ってロイがとった行動に、目が飛び出しかけた。

 

「わぁ?! そ、そんなことしなくてへーきだよ!」

 

 それまでフォークで美しく食べていたのに、手で摘まんで食べて見せてきたのだ。

 びっくりして止めさせようとしたら、やってみろとジェスチャーされてしまった。

 言われるまま口に運ぶ……やっぱり、昇天しそうなほど美味しくて顔がとろける。

 

「ごめんねロイ。なんだか、気を遣わせちゃって」

 

 無作法な女だとバレてしまった。いまさら後悔しても遅い。ロイにまで手を汚させてしまうとは。

 

「気にしなくていいよ。いきなり連れてきたんだし」

 

 今もロイは、エビから手で身を外して口に放り込んでいる。こっちの方が気楽でいいと言わんばかりの顔をするから、申し訳なくて視線が下をむく。

 

(ちゃんと勉強しよ……ランスさんに教えてもらおうかな)

 

 これではロイとデートできない……そう思うと気合が入る気がした。

 気を取りなおして、今日のところは甘えようと顔をあげたら、ロイは手を拭いて身を乗り出し見つめてきた。

 

「それに、今日は特別な日なんだしね」

 

 そんな思わせぶりなことを言われたら、ウズウズするに決まっている。

 顔にワクワクが躍り、彼女も身を乗り出した。

 

「なにかあったっけ?」

 

 五月の下旬……特になにも思い当たることはない。ロイの誕生日……いや、違う。

 口をキュッとして上を向きながら考えてみるが、なにも浮かんでこない。今度は夜景に視線を向けてみる……。窓にロイの顔が映っていて、窓越しでも感じるまっすぐな視線に胸が火照ってくる。

 

そのときふと、彼がなにか差し出しているのが見えた。

 

「はい、誕生日おめでとう」

 

 振り向いた先には、ロイの笑みがあった。

 凛々しい笑顔でかけてくれた言葉と共に伸ばされた手。その先にある小さな箱でようやく気付いた。祝われているのは、自分。

 心と一緒にふるると目が震え、口元は喜びいっぱいに広がっていく。

 

「覚えててくれたの?!」

 

 それが一番嬉しかった。誕生日なんて彼に話したのは……それこそベルン動乱時に、雑談の中でぽろっと出したくらい。

 二年間、忘れずにいてくれたことが何より幸せを感じさせてくれた。

 

「当たり前じゃないか。一番大事な日だろ? ちょっと遅れたけど、受け取ってくれ」

「腕時計だ! わぁい、ちょうど探してたんだよね! あぁ……すごいキレイでオシャレ……」

 

 さっそく開けた箱の中から出てきた腕時計に、シャニーは鈴のような声で歓喜を上げる。

 こんなものをもらって良いのか……一瞬頭をよぎったが、ロイの視線に負けた。さっそく身につけてロイに見せてみる。なんだか、彼も顔がじんわり綻んでいる。

 

「似合う?」

「ああすごい似合うよ。ボロボロだったから、欲しいかなと思ってね」

 

 テーブルに置いた、さっきまでつけていた腕時計を見下ろす。

 見習い時代から付き合ってきた相棒。ベルトこそ何度も換えているが、あちこち傷だらけでガラス面にも線が入っている。これは……矢に狙われて落馬したときに出来た傷だ。

 

「一年、一緒の時を刻んで行こうってことでさ」

(一年……か)

 

 本当はずうっとそうしたい。でも、イリアに残してきた者達がいる。

 一年という言葉がずしっとくる。この言葉を跳ね除けて、何のためらいも無く飛び込めたら、どれだけ幸せだろう。

 

 だけど、夢から醒めたら────このドレスを解き、軍服に身を包んで傭兵へ戻った瞬間、それは許されなくなる。ロイの気持ちだって、こんなにも特別扱いされなくても薄々気づいているつもりだ。

 

 ……だからこそ、軍服のままその先へ踏み出すことが、ロイの気持ちに気づけば気づくほど……怖くなってくる。

 

「本当は、この前のときに一緒に探そうと思ってたんだけど」

 

 そんな答えの出ない悩みを巡らせていると、ロイの声が意識を引き戻す。

 まさか職人街へ行くとは思わなかった。そう言われ、前のデートを思い出して思わず心の中で顔をしかめた。

 

(あいつらー……)

 

 それ以上に、頭へ浮かんできたイタズラ好きな顔にジリジリする。

 しゃべる石ころがいなければ、お誘いのまま向かったに違いない。

 次は何があっても追い返してやると目に火が入りかけるが、今は手首で黄金に輝く腕時計を見つめ、そしてロイの手を取った。

 

「ありがとう! 毎日使わせてもらうよ!」

「ああ、是非そうしてくれると嬉しいよ」

 

 こんなに良くしてもらえたら、毎日バリバリ頑張ってもっと喜ばせてあげたい。

 座りなおして、もう一度時計へ目を落とす──うっとりするほど綺麗。なにより、ロイがプレゼントしてくれたのが嬉しくて、心が浮かんで躍っている。

 

 そんな幸せに、ふと騎士としての声が冷や水を浴びせてきた。

 

(雇ってもらってるあたしが、こんなにしてもらってて良いのかな……)

 

 ロイには口にするなと言われているけれど、どうしても心に刺さったまま抜けない不安。

 

 相手が自分で、本当に良いのだろうか?

 傭兵なんかと付き合っていると知ったら、周りはどう思うだろう。ただでさえ、イリア傭兵はハイエナ呼ばわりされていて、好く思われていないとも聞く。

 

 生きていくため仕方ない──傭兵としては、そう割り切ってきた。でも……。

 

「なんか、してもらってばっかりだなぁ。なにかお返ししたいんだけどな」

 

 そんな自分に一体何が出来るだろう。

 12月の時はセーターを編んでみたが、お返しにピアスをもらってしまった。今も耳に揺れる青いピアスと比べたら、まるで釣り合いは取れていない。

 とは言うものの、思いつかない。返せるもの……気持ちくらいしか。

 

「いいって。むしろ、僕がお返しをしたんだと思ってくれれば」

 

 ロイの意外な一言で、シャニーは目をしばしばさせるときょとんとし始めた。

 

「へ? あたし、なにかロイにしてあげたっけ?」

 

 リキアに来てまだ一週間。出来たことと言えば賊討伐くらいだし、それは仕事だ。こんな、ピカピカの時計をもらうような話ではない。

 思わず指をあごに添えて考え込んでしまう。

 

「いつも明るく笑って元気をくれるじゃないか。支えてもらってるお返しだ」

 

 傭兵の自分では飛んでも届かない、あまりにも高いところにいる人。そう思っていた彼からかけられた言葉はとても近くて、すっと心に溶け込むように包み込んでくれた。

 

 一番にしてあげたいと願ってきたことで、憧れの彼に労ってもらえたと思うと、あっという間に視界が滲んできてしまう。

 

「えへへ……ロイは優しいなぁ……」

 

 あんな仕打ちをする人がいる。けれど、これ程までに優しくしてくれる人もいる。こんなに温かくされたら、帰れなくなってしまいそう。

 

 なぜだろう、2年前はなんとも思わなかったのに。どうして、こんなに優しくされているのに飛び込めないのだろう。

 もどかしくて、切なくて、けれど恐ろしくて……涙が止まらない。

 

「大げさだよ。泣かなくてもいいだろ?」

「だって……分かんないよ、出ちゃうんだもん…………」

 

 嗚咽を漏らしていると、ロイが席を立ったのが見えた。

 めそめそして目元を擦っていたら、ふいに手を取られ、びっくりしている内に目元をそっとハンカチで拭われていた。

 

 やっぱり、ロイは優しい。今だけは、思いきり甘えよう……自分で涙を拭うと息を整えて、騎士も弱虫も追い出した。

 

「聞いてよ! 異動辞令を渡されたの、あたしの誕生日だったんだよ。最悪のプレゼントだったよ!」

 

 あれが絶望なのだと、人を信じられなくなりかけた瞬間だった。

 その一か月遅れでもらえた希望が、今も右手首で輝いている。視線を移せば、今も横で屈みこんで見上げてくるロイの顔があった。

 

「でも……こんな嬉しい思いができたし、最高の誕生日だよ。ありがと」

 

 飛び跳ねたいくらい、プレゼントはもちろん嬉しい。憧れの人がこんな近くで祝ってくれること、それが何よりも尊い。

 心が解けて、目を瞑って全てを預けたくなるこの気持ち。今この瞬間を、宝箱にしまっておきたいくらいだった。

 

 イドゥヴァは今でも許せない。けれど、出向辞令があったから、こうしてロイと最高の一日を過ごせることになった。

 無駄なことは、なにも無い。そう思うことにして、彼にしてあげられる一番で感謝を捧げる。

 

「君にそんな辛い思いはさせないさ。困ったら言ってくれ。隠しごとは無しだよ」

 

 頼もしい言葉とともに伝う温もり。握った手をそのままロイに引かれ、窓辺に身を移す。

 広がる夜景を前に二人で並び、彼の横顔をじっと見上げていた。

 

(あたしに出来ることなら、なんだってするよ。ありがとね、ロイ)

 

 繋いだ手を祈るように握り返す。

 許される限り支え、共に時を刻みたい。そう心から願い、夢心地の中で繰り返すのだった。

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