ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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未だ縛られ死に場所を探す英雄とその片翼よ。久しいな。
何を驚いている? おまえたちの行動など、最初から織り込み済みだ。
俺が今()()()()()ことこそ、その明証と言えるだろう。
さぁ、次は俺を“認識”してもらうぞ。
早くおまえたちの長に知らせるといい。俺が()()に興じているうちにな……。


燦然のコロージョン

 喧騒の酒場。国は違えど、そこにある活気は、人が栄えていればなにも変わるものはない。違うのはただ……そこに置かれている酒と、そのスタイルだけというところか。

 

 極寒の地イリアにある酒場はしっかりと締め切られ、暖炉の灯と熱で濃厚な酒を楽しむ場所といえる。

 だが、ここリキアは違う。ガレージのような屋根だけの解放感に吹かれながら、爽やかな喉ごしのビールを水がわりに飲む。

 

 陽射しあふれる酒場は、外を走る馬車の音まで入り放題で、音の洪水にひっかきまわされてなにも聞こえてこない。

 

 にもかかわらず。その賑わいの中で一角だけ別世界が包み、すべての音を遮断している。

 

「……感じる。あの娘の流れが近い……」

 

 黒きソフトの下でぎらりと目が光る。

 風の契約者のエーギルがリキアの風に吹かれて流れているのを、彼は感じとったらしい。

 その風の色は、イリアにいたときに見せたブリザードのごとき殺気とは別人のよう。清らかな流れは、どこか薫り立つ。

 

「ええ。しかも、これは……」

 

 横で酒に口をつけていた仮面の魔術師も、エーギルの匂いを感じとっていたらしい。視線だけ彼の主──黒の紳士へ向ける。

 

「ああ。……気づいたな。まだ、混ざるだけで溶け込んではいないようだが」

 

 ビールを呷った紳士の口元に、ひとつ笑みが浮かぶ。

 彼は脇から取りだした愛刀を愛でるように見つめ。それを待っていたかのように、仮面の男が肩を揺らし始めた。

 

「これは最終チェックも近いですね? ククク……ッ」

 

 仮面の魔術師──ウェスカーの口元が、仮面の下で不気味に吊り上がっていく。

 

「やれやれ、諦めていなかったのか」

「ようやくセチを燃やしてやれるのですよ? ずっと待ったをかけられて来たぶん、最高のショーを演出するつもりです」

 

 高く掲げたグラスを傾けた彼は、したたり落ちた酒を炎と昇華させて白のペルソナを真っ赤に染める。

 去年の8月以来の再戦にウェスカーは興奮を隠せないようで、手先に紫電を召喚して今にも予行演習をはじめそうだ。

 

「ふふふ……颯閃一刀流か。心技体……揃うのはいつぶりだ」

 

 セチの魔力を乗せた風の波動、そしてそれを扱う剣技。紳士はまるで当時を懐かしむようにこぼし、ビールを口にする。

 その口元が、ふっと普段を取りもどす。ふいに横へ現れた気配に、ソフト帽から視線が切れあがった。

 

「お隣よろしいですかな? レリウス殿」

 

 紳士が見上げた先にいた金髪の男は、なんとも穏やかそうで親しげだが、紳士たちに面識はなさそうだ。

 いつも飄々としているウェスカーでさえ、眉をひそめて警戒感をあらわにしているところからも、この接触は想定外に違いない。

 

「……なぜ、私の名前を知っている?」

 

 この世界で、彼らが名乗ったことはない。それを悟られぬよう、隠密に行動してきたわけで当然と言えよう。

 レリウスと呼ばれた黒の紳士は、返事も待たぬまま隣へ座ってきた金髪の男へ、帽子の下から鋒のごとき眼光を浴びせ続けている。

 だが、男はさも意外そうにふっと鼻で笑った。

 

「イリアを以前徘徊しておられましたよね? ならば調べて当然でしょう」

 

────あれだけ動いていて、気づかないとでも思ったか?

 柔和な笑みの下からギロっと飛びだした紫紺の目が、そう突き刺す。

 なにも答えず、レリウスは微動だにしなかった。

 

 答えられるはずもなかろう。そう言いたげに不敵な笑みを浮かべた金髪の男は、そこへふっと聖書者らしい笑みを乗せ、一枚の名刺をテーブルへ滑らせた。

 

「名乗るほどでもありませんが、お見知り置きを」

 

 清楚なる白の法衣に包まれる穏やかな姿は、名乗らずともすぐ聖職者と分かる。

 問題は、なぜこのような聖職者が接触を試みてきたか、だろう。おまけにここはリキアだ。彼が寄越した名刺に書かれているのは、明らか他国の地名だ。

 それでも、レリウスの声は冷然なものだった。

 

「坊主と話すことはない。去れ」

 

 彼らは蚊帳の外にいる組織。エレブ大陸の人間と無用の接触を図れば、組織の掟に反する。この世界の歴史に、直接干渉することはタブーであるからだ。

 だからこそ、顔も、行動も、名前も、なにもかもを闇の中に潜めて背中を押してきた。たまにこうして嗅ぎつけられても、彼らは視線を切るだけ。

 

「はは。死にぞこないの英雄サマも、僧侶の説法なら召していただけるかと思いましたがね」

 

 それでも、身じろぎもせずレリウスへ視線を送る聖職者は、なにが楽しいのか笑いだした。

 ぴくりと、仮面のふちが動く。

 

「マスターへのそれ以上の無礼は、命を捨てることになりますよ?」

 

 ウェスカーの手先には既に紫電が走っていて、今にも男を貫きそう。それをレリウスが腕で遮ろうとしたときだった。

 

「ほう……? ずいぶんと尻を捲るのが早いな、『閃電』?」

 

 声は間違いなく、この坊主から聞こえた。それまでの柔和な声とは、まったく別人の重厚な声。聖職者とは対局にいるような、野心と自信に満ちた笑みが見下ろしている。

 

「たしか、お前たちは手を出せないはずだな? 〝こちらの世界〟の人間には、な。……クフフフッ」

 

 それを聞くや、レリウスが妖刀に手をかけ、目線で牽制を浴びせた。

 

「……去れ。返答次第では容赦せぬ」

 

 彼は親指でミュートの柄を押し上げる。血を求める白銀の剣がぎらついて、獲物を見つめるように刃へ顔を映す。

 そこまでされても、聖職者を名乗る男は好戦的な笑みを止めようとはしない。それどころか、まわりさえ振りむくほどの哄笑で天を突いた。

 

「ずいぶんヤキが回ったものだな。いまだに、そいつ(・・・)が忘れられないとはな?」

 

 ふたたびレリウスを睨み据えた紫紺の眼は、肩を揺らして侮蔑で舐めまわす。彼は席を立つと、ポケットに手を突っ込んだまま目をじろっと見開いた。

 

「フッ、その尊い犠牲も、すっかり無駄──」

「黙れ、『A』」

 

 口をもう開くなと言わんばかりにレリウスが遮り、一度目を瞑った金髪の男は、フッと鼻で笑うと拍手しはじめた。

 

「ククク……──ご名答だ。さすが『氷刻』と言うべきか?」

 

 場が凍りつく。すっかり生を抜かれたかのように、震えるウェスカーの口元はぽっかりしたまま。

 思惑どおりだったか、『A』と呼ばれた男は傲慢な笑みを浮かべたものの、それはレリウスのひとことによって一瞬で歪む。

 

「おかしいとは思っていた。我らの長が倒したと聞いた後も、ミュートは収まらなかったからな」

「ハッ、どこまでも執念深い女だ。で? いつから気づいていた」

「この世界に、ふたたび足を踏み入れたときからだ。……答えろ、どうしてお前がここにいる(・・・・・・・・)?」

 

 レリウスの眼光が一層に鋭くなる。今にも抜刀一閃、時をも切り裂きそうな威圧感を醸す。

 居合にはおあつらえ向きな間合いでも、男の傲慢な目は変わらない。「知れたことを」そう言って、彼は続けた。

 

「たしかに、俺は死んだ。アルヴァネスカではな。おかげで、邪魔な檻から解放されて助かった。お前たちのリーダーには感謝している」

 

 アルヴァネスカ──それは、このエレブとどこかにある門で繋がると言われる別世界。独立しているようでどこか繋がる、光と闇の大陸の片割といったところ。

 

 千年前に勃きた、人間族と竜族が争った人竜戦役。そこで二つの世界を繋ぐ門は封じられたはずだが、二十余年前に何者かに解放されて以来、それに気づいたアルヴァネスカ側の者が足を踏み入れるようになっている。

 この男も……いや、この男は特殊なのか、レリウスもウェスカーも警戒を解かない。

 

「私はこの世界ではしがない聖職者です。世界の救済に努めております。以後、お見知りおきを(・・・・・・・)

 

 もう既に、彼は〝本来〟を光の中に隠し、先ほどまでの清楚な顔を浮かべ始めている。違うのは……彫りの濃い悪意が陰影を描き、人ではないことを示すように、顔中へ赤い紋様が浮かび上がっていること。

 

 二人の焦りを確かめたかのようにニッと吊った笑みは、彼を包んで燃え上がった白き眩耀に溶け、姿を消した。

 

「……マスター、リーダーに報告しますか?」

「無論だ。急がねばならん」

 

 ウェスカーからの問いに、レリウスは答えながらに席を立つ。

 

「奴がこちらの世界で企てることなど、一つしかない。この、竜の消えた大陸ならたやすかろう」

「では、我々の前に現れたのは……」

「ああ……認識させるためだろう。炎と風はすでに接触済みとなれば、奴は定着したことになる」

 

 レリウスは店を出ると空を見上げた。のどかな春の日差しに、柔らかな雲が風に流れていく。

 戦争から復興し、立ち直った世界には平和があふれていた。

 

「……近いうちに見せてもらうぞ。颯閃一刀流……」

 

 黎明の剣は未だ目醒めぬまま。

 彼は愛刀ミュートを握る手を一層強くした。

 黎の下から突き刺す眼光は、今までにないほど鋭く東の空を睨み、今も薫る風の妖精を見据えていた。

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