ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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今までなんで気付かなかったんだろう、お仕事なんて目の前にあちこちあったじゃない!
あとは、承認をもらうだけ。きっと、ロイなら分かってくれるはず。
と、思ったらまたラスボスかー!


これこそ、あたしたちの仕事!

 空を飛んでいるだけで、今日も見回りは終わってしまった。

 地上に降りないままでは、どうにも心がざわついてウズウズする。シャニーは騎士団へは戻らず、歩いてフェレの城下町へ行ってみることにした。

 

「リキアはいいなぁ。もう、ぜーんぶがのんびりだよ。あ~、平和が沁みる~」

 

 空を見上げれば今日も穏やかな青空が広がっており、なにも心配いらないと言ってくれているみたいだ。

 私服を着ていれば心が弾むけれど、今日はどうにもそんな気分になれない。一度は大きく伸びをして顔をくしゃくしゃにしてみたものの、その後が続かなかった。

 

「はぁ……こうも仕事がないとなぁ」

 

 イリアにいたときは、時間を持て余すなんて考えもしなかった。

 日が昇る前から剣の稽古で、皆が揃ったら朝食兼ミーティング……ここまでは一緒だ。そのあと天馬で飛び立ったら、次に城へ帰って来るのは、故郷なら真っ赤に燃える時間。

 

 それが、リキアではたった一時間ほどで戻ってきてしまう。守備範囲も、治安の良さも、広大な途上国と先進国の一都市では比べ物にならない。

 

(やっぱり、ロイは無理してあたしたちを雇ってくれたのかな)

 

 こんなに高い青空が、頭の上から全部乗っかってくるようで背中が丸まる。

 天馬隊がずっと空席だったのは、自分たちに空けておいてくれた……なんて考えたのが恥ずかしい。腹にぞわぞわと湧いてくる嫌な感じ。なにも生み出さないまま小麦を食べてばかりだ。

 

────君にしか出来ないことはたくさんあるはずだ

 

 ふと、ランスの言葉が丸まる背中を突っつく。

 

(……そっちは落ち着いて考えよ)

 

 これだけ時間があるなら、ちょっとは考えればいいのに。自分でもそう思うのだが、どうしてもそれを避けていた。

 

 どうしても……怖い。傭兵がそちらへ踏み出せば、なにが起きるのか考えたら……ぶんぶん首を振った。自分だけの問題でなくなってしまった以上、下手に動けない。

 どうすれば……ぼんやり歩いていると、視界にゆらゆら動くものが入ってきてハッと立ち止まった。

 

 好き放題に白髪があちこち飛ぶ老婆が見えた。

 持っている桶は空だが、その状態でも転んでしまいそう。よろよろと前を歩く彼女に、瞬きより先に小走りして声をかけていた。

 

「おばあちゃん、こんにちは! どうしたの?」

 

 知らない騎士に突然話かけられたからだろうか。最初こそ老婆は驚いたようだが、笑って見せたら彼女も目元が緩んだ。

 

「そこまで井戸に水を汲み行くんだけどね、遠くて」

 

 老婆の指さす先を見ても、水汲み場なんか見えてこない。タッタと路地から出て、きょろきょろ見渡してみるものの、やっぱりどこにもない。額に手で庇を作って、さらに先を眺めたら口があっと開いた。踵でターンして老婆のもとへ駆け戻る。

 

「あんな遠くまで? 腰痛めちゃうよ」

 

 ちょっとそこまで、などと言えるような距離ではなかった。これを毎日、何回もなんて自分でも大変だ。路地から出る前にもう老婆は腰を擦っている。

 

「よおし、おばあちゃん、あたしに任せて!」

 

 答えはすぐに出た。

 困っている人がいるなら、することは一つに決まっている。老婆の持っている桶を貸してもらうと、水汲み場まで一緒に歩いていく。

 

「すまないねえ。騎士様にこんなことさせてしまって」

 

 経典を唱えるように、何度も感謝の言葉を掛けられる。

 騎士様なんて呼ばれるとむず痒くて仕方なかった。イリアでそんな風に呼ばれたことなど一度も無い。そういえば、リキアでの騎士は市民より上位の身分だった。

 

(本当だったら、アレンさん達も“アレン様”なのか。……アレン様かぁ……)

 

 ロイを呼び捨てにしたり、アレンも“さん”で呼んだり、今思うとずいぶんな無礼者と言える。アレンが気さくで話し易い人で良かった。

 

「ううん、へーき。みんなを守るのがあたし達の誓いだしね」

 

 それに比べたら、民に近い視線と立場でイリアでは彼らに接していた。

 身分なんか意識したこともないし、どんな立場でも、こうして喜んでもらえたら心は舞い上がる。最近ぜんぜん貢献できていない中で、ささやかなことでも喜びはひとしおだ。

 

「ありがたいねえ。騎士様が側にいてくれると安心だよ」

 

 老婆の顔はにこやかで、感謝の言葉が止まらない。

 春風のような穏やかな笑みが、シャニーの顔に一層爽やかに映える。

 

 彼女にとっては、誓いを果たせた久々の実感に心がじんわり温かかった。もっと皆の傍で……そう思ったとき、シャニーはピンと来て、電撃でも走ったかのように目がパチッと開く。

 

(あれ……民の傍にあれ……そうかっ、そうだよ!)

 

 なぜ、こんな簡単なことを思いつかなかったのだろうか。

 傭兵の自分では、契約以上は何もできないと勝手に思い込んでいたが、仕事が無いなら創ればいいだけだった。

 空色の瞳に輝きを取り戻したシャニーは、その活き活きを老婆へ向けて快活な声を上げた。

 

「ねえ、おばあちゃん、なにか困ってることとか無い? あたし、ロイ様にお仕えしてる天馬騎士のシャニーって言うんだ」

 

 どれだけ平和なリキアだって、人々の目線まで落とせば困りごとはきっとあるに違いない。

 彼らの悩みを解決してあげることが、自分たちに出来る仕事なのかもしれない。そう考えたら、周りに映るものが全て仕事のネタに見えて、色が鮮明に浮かび上がってくるから不思議だ。

 

「もし困ってることがあったら言ってよ。解決できないか考えて、ロイ様にお伝えしてみるからさ」

 

 一応身分証を見せてみるが、それよりもロイと言う名前に老婆は反応したように見えた。

 

「おお、ロイ様に? それはありがたいねえ」

 

 やはりロイは凄い人だ。名前を聞くだけで、相手の心の開き方がまるで違う。

 天馬騎士団が敵国に付いていてマイナススタートだったとは言え、イリアでこの仕事を始めたときは本当に苦労したのに。

 これなら、最初からもっと踏み込んでいけるかもしれない。

 

「ねえねえ、町長さんのお家を教えて。みんなの困りごとも聞いてみたいんだ」

 

 聞いてみて正解だった。

 老婆は笑顔であれもこれも、聞かないことまで教えてくれる親切ぶり。その全てをメモすると、お返しにと彼女の家と水汲み場を何回も往復する。新しい仕事を見つけて、軽やな心だけスキップして行きそう。

 

「決めた! そうだよ、これが、あたしたちにしかできない仕事なんだ!」

 

 久しぶりの重労働で腕に感覚がない。その手で腰をポンポンと叩きながら空を見上げた。さっきまで何も無くてつまらなかったはずの空が、どれだけ見つめていても飽きない気がしてくる。

 

 湧き上がる希望に、城へ戻る彼女の足取りは妖精のように軽やか。

 リキアを知ることが出来て、ロイに貢献できる。それに異国にいても民を守る誓いを果たせる。完璧な仕事と言えるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 仕事を見つけたとはいえ、すぐ行動には移せない。なにせ傭兵騎士だ。行動は契約に縛られる。そうなれば……直接交渉するしかない。

 

 フェレ城に戻ったシャニーは、休みもせずロイの姿を探し始めた。

 エントランスを抜け、居住区へすっすと入っていく。廊下の角をひとつ抜けただけで、奥へと歩く赤い髪の青年を見つけた。これはラッキー。

 にもかかわらず、声をかけようと大きく開きかけた口へ、自分の手で蓋をするハメになった。

 

(わっ、マリナスさんと一緒か……)

 

 なんとも手ごわいボディガードが脇を固めていて、なにやら手帳を見下ろしながらロイにかじりついている。

 

(でも……!)

 

 一度は緩んだが、強く踏みこみスピードを上げて二人に近づいていく。ロイを支える覚悟、それを見せるにはちょうどいい相手だ。

 

「お~い! ロイ!(お願い、上手くいきますように!)」

 

 叫びながら心の中で祈る。ロイが嬉しそうな顔で振り向いてくれた。でも、今はそちらではない。

 彼の横では予想どおり、ぎょっとした目でこちらへ視線をむけるマリナスがいる。何者か気づいた彼は明らかにわなわなして、肩を怒らせて踏み砕くように寄ってきた。

 

「なっ、なんじゃお前は! この無礼者めっ」

(うわー、やっぱり……)

 

 傭兵の分際で──マリナスの顔にはそう書いてある。目を三角にしてツルツルの頭まで真っ赤の彼は、反りあがるくらい指でさしてきた。

 一度はロイに助けを求めて視線を向けようとしたが、すぐにマリナスへ戻す。

 

(あたしがどうしたいかなんだ。そんなの……決まってるじゃん!)

 

 覚悟を決めろとランスには言われた。

 一歩を踏みだすのは怖い。だけど、少しずつ出来ることからやってやろうと気合を入れる。こんな大勝負はエネルギー満タンでなければ挑めない。

 

「だって、ロイがいいって言うんだもん。ねー?」

 

 敢えて、二人きりでいるときと同じように呼びかける。

 マリナスの顔にますます朱が差したのは言うまでもない。今にも衛兵を呼びそうなくらい目じりを吊りあげ、口元が怒りに震えている。

 その後ろからロイがウインクで合図したのが見えた。彼はマリナスの肩に手を置く。

 

「まあまあマリナス。彼女には、なんでも話せる友達でいて欲しいんだよ」

「は、はあ……」

 

 ロイにこう言われては、マリナスも退くしかないとみえる。ロイに先に行くよう言われた彼は、首を傾げながら怪訝そうな眼差しを通り過ぎがてら浴びせていった。

 

 彼を試すようで申し訳なく思いながらも、これでマリナスの前でもいつも通りにできると思うとほっとした。顔を合わせる度に説教を浴びせてくるマリナスは、シャニーにとってはラスボスだった。

 

「えへへ、けっこー頑張ってみた! すっごいドキドキしたよ」

 

 ロイの肩に手を置き、緊張から解き放たれた笑みを弾けさせる。

 とりあえずラスボスを最初に倒したが、あと何回こんなにドキドキすればいいのだろうか。道はまだまだ険しそう。やはり……あれが普通の反応なのだ。

 

「嬉しいよ。やっぱりシャニーはそうじゃないと」

 

 こうやってロイが言ってくれると、どれだけでも勇気が湧く気がする。彼を支える第一歩を踏み出せた気がして清々しい。

 

 ニコニコのまま、ロイと一緒に歩いていこうとしてはっとした。

 思いがけずラスボスと遭遇し、大分エネルギーを使ってしまったが、本題はようやくこれからだったと思い出したのだ。

 

「あのね、ロイ。ちょっとお願いがあるんだ。時間もらえない?」

 

 ロイは少し驚いたような顔をした。あれだけマリナスがスケジュール帳を片手に話していたし、忙しいかもしれない。

 彼は時計を見下ろし、その視線は磁石が引くように戻ってきた。

 

「分かった。じゃあ僕の部屋に行こう」

 

 彼は柔らかく笑うと、部屋へと続く廊下を指さした。

 

「うん。ありがと、ロイ」

 

 この場で名前を呼べるだけでも嬉しい。今日はこれだけでも大進歩といえる。

 彼は喜んでくれるだろうか。きっと上手くいくことだけを信じて、歩きだした彼の後ろについていく。

 

 

◆◆

「あっ、いーよ! お仕事の話だよ」

 

 部屋について一息つく間もなく、シャニーはロイのもとへ駆け出していた。

 彼は席に着かず、侍女を呼んでお茶の用意を命じている。

 そんなつもりで来たわけではないし、なにより今は任務時間だ。

 ところが、振り向いたロイは意地悪そうに笑って見せてきた。こんな顔をされたのは初めてで面食らう。

 

「なんだ、せっかくおいしい焼き菓子を用意しようと思ったのに」

「えー! ……どんなの?」

 

 任務中だから……そんなマジメは、「お菓子」というフレーズを前に速攻で引っ込んだ。

 

「ガトー・アンジュ・デ・シトロンって言えば分かるかな?」

 

 ロイが口にしたお菓子の名前に、頭がビリビリして第三の目が開いた。

 

「それって! デリス・アプリコの新作?! 発酵バターをぜいたくに使った香り高い生地と、オスティア産レモンの爽やかさがビターチョコの濃厚さとフュージョンして絶妙と噂の、夏季限定のアレ?!」

「おっ、さすがに食いつきがいいね。まさにそれだよ」

 

 彼が目の前にぶら下げてきた言葉は、あまりに攻撃力が高かった。スイーツを前にすると空に飛び上がってしまう自信がある。

 頭の中で騎士と菓子狂が戦っている。意識の遠い顔は思わずごくりと唾を飲む。

 

「……そっちはまた時間外に来ちゃダメ?」

 

 結局、勝負はつかず妥協した。

 デリス・アプリコとはオスティアの老舗。天使のおやつと讃えられるほど超美味だが、お値段は悪魔級で貴族御用達の菓子店だ。

 

 目はつけていたが貧乏騎士には高嶺の花。そこのお菓子なんて食べてみたいに決まっている。いったい、彼は弱点を誰から聞いたのだろう。

 スイーツを頭上に釣って嬉しそうなロイは、笑いながら背後にまわる。

 

「今でいいよ。べつに仕事の話だからってくつろいじゃダメってわけじゃないだろ?」

(ロイは優しいなぁ)

 

 びくっと身体が反った。また彼は勝手に鎧を脱がし始めている。

 仕方ないと自分に言い聞かせ、彼の言葉に身を預けた。せっかく二人だけの時間を許されるなら、甘えたいに決まっている。

 でも、彼女はポンポンと顔を両手で叩いた。

 

(喜んでくれるといいな!)

 

 今は仕事でここに来た。自分なりの支え方を示して、承諾をもらうために。

 彼がマントを脱ぐのを手伝いながら、侍女が用意を終えるのを待つ。

 

 しばらくすると良い香りが広がってきて、夕焼けみたいに透き通ったお茶と、ダークブラウンのカーテンをまとった黄金色のケーキがテーブルに置かれた。

 

「仕事の話だったね。なにか困ったことでもあるのかい?」

 

 さっそくケーキを一口して、言い表せないくらいの感激に足をピコピコさせていたらロイが切りだした。

 困っていること……毎朝アレンに追いかけ回されるけれど、それは後だ。

 

「ううん、新しい仕事のご提案~ってね」

 

 ニコッと笑ってみせ、両手を広げて大げさに前振りしてみた。ロイは興味津々と顔を向けてくる。

 

「今日ね、町でおばあさんとお話してさ。みんなの困りごとを、なんとかしてあげたいなって」

 

 シャニーは町での手伝いを報告していく。

 ロイは驚きもせず、老婆が喜んでくれたと嬉しそうに語るシャニーをじっと見つめている。

 

「へえ、シャニーらしいね。民を気にかけてくれて、ありがとう」

「ううん、『民の傍にあれ』があたしたちの誓いだから。民ってなにも、イリアだけじゃないなって思ったんだ」

 

 治安でいえば数段先をいくリキアでも、あんな想いをしている人はきっといっぱいいる。思い返しても、今まで素通りしてしまったことがたくさんあるはず。

 誰と話してもイリアの人と同じように優しくて、守ってあげたい気持ちがどんどん強くなってくる。

 

「だからさ、ここでさせてもらえないかなって。イリアでやってたこと」

 

 傭兵が他国の政治に口だしするなど、恐れ多いとは分かっている。

 それでも、この仕事こそ、この生き方こそが、第十八部隊の『三誓』そのもの。自分たちにしかできない、ロイの支え方と言えるだろう。

 珍しく目をびっくりさせている彼は、はたして認めてくれるだろうか……振り絞った覚悟を。

 

「国力向上活動? それは嬉しいよ。もちろん歓迎する、ぜひやってくれないか!」

 

 彼の顔から驚きを吹き飛ばしたのは喜々とした笑顔だった。両手でシャニーの手をとったロイは、しっかり握って引き寄せる。

 

「ありがとう! 部隊のみんなも喜ぶよ!」

 

 認めてもらえた喜びに、シャニーも顔じゅうで笑って白い歯を見せる。

 早く部隊のみんなに伝えてあげたくて窓から飛び出したいくらいだ。夢の続きをこのリキアで繋ぐだけでなく、自分たちの軌跡を残せる仕事。その背中をロイが押してくれたのだ。

 

「僕たちもまだ基盤の復興に手いっぱいで、なかなか民の声を聞いてあげられなくて困っていたんだ。今一番欲しい力だよ」

「そうなの? やりがいがあるよ!」

 

 声をあげてはしゃいでしまった。こんなことなら、もっと早く気づけば良かった。ようやく、皆の力になれそうだ。

 求められているのは一番の得意分野。これなら、イリアをもっと知ってもらえるかもしれない。死肉を食らうハイエナ──そのイメージを払いたい。

 

「やっぱり、僕にはシャニーが必要だよ。リキアにとって大事なピースになる気がする」

「えっ、そこまで?!」

「ああ。あらためて、よろしく頼む」

 

 シャニーの口元がますますぱっと明るくなる。

 必要だ──その言葉だけで嬉しいのに、ロイから重要なピースと期待されている。心にふわっと軽くて明るい色が広がっていく。

 

「がんばっちゃうよ! ロイにそう言ってもらえるとホント! 嬉しい!」

 

 やっと憧れの人に貢献できる。もう胸の高鳴りを抑えきれず、小躍りして声が自然に高くなる。

 青髪を揺らしていきいきする爽やかな顔を、じっとロイは見つめていた。

 

「シャニー」

「なぁに?」

「シャニーは頼りにしてる。だから約束してくれ」

 

 いきなり畏まって名前を呼ばれて、シャニーはきょとんとした顔を向けた。今もロイは優しい顔をしているが、先ほどまでとは明らかに色合いが違う。

 その彼が口にした言葉は、彼女の瞳を興味で輝かせた。

 

「また約束?」

 

 もうどれだけ彼と約束しているだろうか。今度はどんな無茶を言いだすのか、怖いもの見たさにワクワクしていると、彼は意外なことを口にした。

 

「本当はあと三つくらいお願いがあるけど、今日は一つだけ」

 

 意外にロイは欲張りなのかもしれない。ぎょっとしていると、彼はしっかり手を握って顔を近づけてくる。

 

「シャニーは大事な人だ。無茶だけはしないでくれよ」

「ロイ……」

 

 思わず言葉に詰まった。彼は今、はっきりと言った。

 ────大事な人

 大事な部下とか、親友……そう言われてきた。

 今までと明らかに違う言いまわしに心臓がバクバクして、今にも飛びだしてきそう。

 

「分かってるって! へーきへーき! 今までだって約束守ってきたでしょ?」

 

 ニコニコしてみるが、あらためて彼の視線に気づく。……近い。いつのまにか、目の前にいた。

 

「──ごめん! 急用!」

 

 彼と見つめ合っていたら、なんだか怖くなってきて部屋を飛び出してしまっていた。

 立ち止まり、ぎゅっと胸元のロケットを握る。

 

(どうして、どうしてなの……)

 

 彼との約束を守ろうとすれば、もっともっと先へ踏み込まなければならない。傭兵の自分が──分かった。ずっと腹に渦巻くものがなにか。

 だから、堪らなく、恐ろしかった。

 

 

 

◆◆◆

「と言うわけで、明日から忙しくなるぞ!」

 

 仲間のもとへ戻ったシャニーは、新しく掴みとった仕事をハツラツと伝え、やってやろうと拳を突きあげていた。

 十八部隊が出発した去年の10月を思い出してワクワク、ゾクゾクする。

 

 気持ちが抑えられないのか、ミリアもガッツポーズで返してレンと飛び跳ねだした。

 

「いつもの十八部隊に戻るんスね! よっしゃー!」

「ん、がんばろ」

 

 二人の目にも気合が入っている。数か月間ぽっかり穴が空いた感じだったが、ようやく心に火が戻ってきたと言ったところだ。

 

「よかったね。ロイ様喜んでくれて」

 

 仲間たちの喜ぶ姿を見てほっとしていると、ルシャナがポンと肩に手を置いた。静かにうなずいて窓辺へ歩いていく。

 

「大事な人……かぁ」

 

 窓辺でほおづえを突きながら、シャニーは空を見上げて吐息のように漏らした。

 今でもはっきりと耳で響いているように思えるロイの言葉。その直後に見つめ合ったあの僅かな時間。

 なぜ逃げ出してしまったのか、悔しくて下唇を噛む。きっとあれは、気持ちをはっきり伝えてくれたに違いないのに。

 

(うれしい……。あたしだって……。でも、どうしたらいいの? あぁ、あたしが傭兵じゃなければ……)

 

 傭兵でなければロイとは出会えてすらいなかった。もどかしい。逃げ出したことへの後悔と、あのまま身を預けた後に起こる恐怖と。

 気持ちはもう、彼を向いている。けれど、そのまま踏み出して本当にロイを支えることになるのだろうか……。

 考えれば、考えるほどに答えが遠のく気がして、漏れ出すのはため息ばかりだった。

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