ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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たとえ団長が相手だろうと、言うべきことは言うべきだ。
託された信頼を胸に、アルマは団長室へと向かう。


※今回はアルマを主役で進めています


果たすべき役割

────アルマを部屋に呼びなさい!

 いきなり、そう怒鳴りつけられたらしい。

 目をあたふたさせ、足をバタバタ空回りさせて走ってくるから何事かと思ったが。

 

「ア、アルマ、いったいなにしたんだよ! おかげでボクが怒鳴られたじゃないか!」

 

 相変わらず余裕のない先輩だ。先輩と呼ぶ必要も、今となっては無いのだが。

 

「先輩、呼び捨ては止めてもらえますか? 私は副団長ですよ?」

「ぐっ……」

 

 それまでの威勢がウソのように、マリッサの口元がギリっとしている。

 実力も無いのに、年上と言うだけで威張り散らす典型例のような女だ。そのくせ、イドゥヴァの腰巾着で擦り寄る姿はへどが出る。

 

「──で、副団長。イドゥヴァ団長が呼んでたぞ。こぉんな角生えてたから覚悟するんだね!」

(やれやれ、お守タイムの始まりか)

 

 狼狽するマリッサにとにかく来いと引っ張られて廊下を歩くなか、アルマは目を閉じて呆れを顔に出さないようにしていた。なにを言われるかは想定の範囲内だが、そんな烈火のごとく怒り狂う理由が分からない。

 

(どいつもこいつも、もう少し賢くなれよ)

 

 団長然り、その団長の考えをなにも飲み込まず、こうしてあたふたする者も。本当に下らなく思えてくる。

 だが、今からのこの一番は、何が何でも勝たなければならない。脳裏に親友が浮かんだ。いつ思い浮かべても明るく笑って自分を励ましてくれるあの顔が。

 

「じゃあな。お大事に!」

 

 もう自分の仕事はここまでと、団長室の前まで来るとそそくさ退散していくマリッサなど眼中にない。むしろ消えてくれて清々するくらいだ。ああいう、自分の意志がないヤツが一番気に障る。

 

「第二部隊長、アルマです」

 

 重く閉じる扉の前で名乗ると、大槌で殴りつけるような怒声が飛んできた。

 

「入りなさい!」

 

 普通の隊員であれば、これを聞いただけで腰を抜かして、もうノブに手を伸ばすことさえ震えてしまうだろう。

 

(おお、お怒りだな)

 

 アルマにとってはただのそよ風でしかなかった。

 私憤をぶつけられるだけなら、黙って聞いていればいい。少なくとも、今回ぶつけられる怒りに、背負った者の想いが無いのは間違いない。ただ、このことになると妙に神経質になるのが気になるくらいだ。

 

「アルマ、これは一体どういうことですか?」

 

 部屋に入るなり、イドゥヴァは手招きして視線で引っ張ってくる。彼女は机上の紙を指さし、尖った目をさらに槍のように鋭くしはじめた。

 アルマが資料に視線を下ろしてみると、それは騎士団全体に展開し、団外にも公式文書として案内済みとなった職制表だった。

 イドゥヴァは左側の枠で囲った出向者欄を、穴が開きそうなほど爪でトントン叩いている。

 

「理由は色々ありますが、総合して独断いたしました。申し訳ございません」

 

 淡々と事実を説明し、いつも以上に強くイドゥヴァを見据える。

 これでも十分忖度したつもりだ。本当なら、出向辞令自体を取り消したいくらいだった。親友は、イリアの中にいなければならない人物。それを、あろうことか西方三島など、どう考えても納得できなかった。

 

「良いから説明しなさい」

 

 イドゥヴァは感情のまま、早口に牙を突き立てている。

 何をこんなに火を噴くのか、理解に苦しむ。イドゥヴァにしてみれば、西方三島だろうがリキアだろうが、どちらでも良いだろうに。とにかく、イリアの外に出せたのなら、最低限の目的は果たせはずだ。

 となれば、団長を差し置いて独断したことくらいか。……外にいて内のことを何もしないなら、むしろ口出ししないで欲しいくらいなのだが。

 

(シャニー、今度は私が守ろう)

 

 これからの説明一つで彼女の運命を決めてしまう。アルマは一度目をつぶり、親友の笑顔を思い浮かべると勇気を鼓舞して目を開く。

 彼女は故郷の村を助けてくれた。その恩を今、少しでも返さねばなるまい。

 

「一番の理由は、西方への出向に合理性がないからです。ゼロット様に説明ができません」

 

 第一手から、ばっさりと切り捨てた。

 イリア連合からも勲章を賜るほど、功績を残している者へ発令するような辞令ではない。おまけに、連合会議で今後は注力せよと指示を受けたにもかかわらず。誰であっても分かる話と言えよう。

 

 だが、頬杖しながらアルマを睨み上げるように話を聞いていたイドゥヴァは、まっすぐ振り下ろされた反目の槍をあっさり払って見せた。

 

「ですから、エトルリアとの関係強化という形にしたでしょう」

 

 建前さえあれば何でも良いというのは相変わらずか。

 西方三島は、領土的にはエトルリア領だ。彼らは無法地帯の管理にほとほと手を焼いていると聞く。その場所を天馬騎士団が何とかできれば、エトルリアから得られる信頼は大きい────理屈は分からないでもない。

 

 もっとも、主眼はそこではあるまい。仮に失敗したとしても……それはそれで都合がよいというわけだ。

 切り返してきた槍はさすがに抜け目がない。それでも、アルマは一歩前に出た。

 

「それなら、エトルリア本国への出向と皆理解するはずです。実際、何人かの騎士団長にお話を伺いましたが、皆首をかしげておられました」

 

 エトルリアにはティトという新しいパイプがある。それに一番強い繋がりを持つ妹をなぜエトルリアに置かないのか。どの騎士団長からも逆質問を受けたくらいだ。

 それは、イリア三大騎士団の一つ──聖天騎士団の筆頭司祭フェリーズも例外ではなく、全くの同意見だったアルマには返す言葉が無かった。

 

 ぴくっとイドゥヴァの眉が動く。

 

「それは、他の騎士団に内輪の人事を公式発表前に漏らしたということですか?」

「ええ、申し訳ありません」

「貴女、もしかしてゼロット殿まで」

「いえ。あくまで顔の利く(・・・・)範囲だけです」

 

 ゼロットが再び遠征に出てから公式発表する──その意図は分かる。だから十分忖度したはずだ。外からの批判をぎりぎりまで抑え、公式発表も済ませた今、これ以上執着する必要がどこにある。

 

「まったく。貴女のシャニーへの執着には困ったものですよ」

 

 イドゥヴァは不機嫌そうに両手を机に突くと、じっと職制表を見下ろしはじめた。

 

(お前が言うな)

 

 喉元まで出かけた言葉を飲み込んでいるとイドゥヴァが続けた。

 

「そんな理由で出向先を変えたのですか?」

 

 今からでも再度辞令を出すべきか──そうイドゥヴァが考え始めていることが、職制表を叩く爪の位置から伝わってくる。ここまで説明して、外部の声まで拾って投げてやったというのに。

 

(一体、何故ここまでして彼女を)

 

 どうしても、これが分からなかった。親友だからと肩と持つ訳ではない。いや、彼女の考えに自分も賛同し、共に歩もうと誓ったからこその友なのだ。

 イリアを創っていこうとするとき、その大きな片翼になれる人材をわざわざイリアの外に置いて、あわよくば消えてもらおうと行きつく理由が、どう絞ったって浮かんでこない。

 

 今が……その時か。

 

「団長、一つお聞かせください。何故、そこまでしてシャニーをイリアから遠ざけようとするのですか」

 

 以前からずっと気になっていたことであり、フェリーズもいつも首を傾げながら、同じことを口にしていた。

────扱いきれない魔剣なら、是非私どもに譲ってください

 あれだけの武勲と、国内での功績を持った騎士ならどこだって同じ反応だろう。天馬騎士団……いや、イドゥヴァだけが全く違うのだ。

 

 ところが、それを聞いた途端、ありあり眉間にしわが寄ったイドゥヴァはアルマに落胆を吐きかけた。

 

「アルマ……失望しましたよ。いまさら何を言っているんですか? 背後から刺されたような気分ですよ」

「申し訳ございません。しかし、良い機会だと考えています。しっかり理解し、穂先を合わせたく」

 

 頭を下げるなり、鼻からため息をつくような声が降りかかってまた絡みついてくる。

 

「……そうですね。去年後れを取った分、今年一年は勝負の年ですから。しっかりしてくださいよ」

(お前の私情など知ったことか)

 

 吐き捨てられた落胆に、アルマも内心は毒づいていた。

 合理的な理由など全く見当たらない私情に、騎士団全体を巻き込んでいる。そうに違いないが、せっかく理由を口にしてくれるなら、今は黙って聞くことにする。今後のアイツの身の振り方にも関わる話のはずだ。

 

「春陽計画実現に向けて、これから大量の資金が必要となるのです。ただでさえ、我が騎士団は彼女のせいで、昨年度の計画に対して大幅な未達なのですから」

 

 国力向上の任をあずかる十八部隊には度々、イリア内の声を実現するため資金が割り当てられたとアルマも聞いていた。

 資金調達の遅れは即、計画全体の遅延ととん挫を招く。これ以上、袋の端を齧るような真似をされるわけにはいかないというわけか。

 

 それでも納得できなかった。それだけ聞けば分からないでもないが、一つだけが強烈に喉に引っかかったままとなり、不快感ばかりが残る。

 団長席に手を突き、身を乗り出して核心を突く問いを浴びせた。

 

「本当にそれだけの理由ですか? それなら、リキアで十分ではありませんか」

 

 絶対にこの理由が第一目的ではない。アルマはそう確信していた。

 この異常なまでの殺意が、どうしても理解できない。西方三島に飛ばすということは、そう言うことだ。

 

「彼女は我々の計画にとっていずれ障害となりますからね。ここまで言えば分かりますね?」

 

 イドゥヴァは恐れているのだろうか。風の魔人(セチの化身)の振るう剣が、自身へ向くことを。聖天騎士団の筆頭騎士と、シャニーが互角にやり合った情報が上がってからというもの、それは露骨だ。

 

(もし、彼女と槍を交えることがあるなら、それは本望だ)

 

 理想を求めあう中で対立するなら、アルマにとっては望むところだった。多くの信を背負う彼女がノーと言って剣を握るなら、そこには私情ではないイリアの想いがあるに違いない。それは是非聞いておきたかった。

 イドゥヴァは強面を見せているが、最後まで聞いても、アルマにとっては〝くだらない〟理由でしかなかった。

 

「〝イリアに春を〟。これはシャニーも常々口にしているものです。共闘できると思っています」

 

 その強面も、アルマが口にした共闘という言葉ではっきりと歪んだ。

 

「彼女を味方につけることは、民を味方につけるも同意です」

 

 止めを刺すべくアルマが浴びせた言葉に、イドゥヴァは腹の底から大きく落胆を吐き出している。その顔には、辟易する気持ちがべったり滲む。

 

「やはり……まだ若いですね。そうはならなかった経験をしているから、こうして今回は警戒しているのです」

「……? 経験?」

「奇しくも、彼女の娘と同じこと(・・・・)で神経をすり減らすことになるとは、これも運命の悪戯でしょうか……」

 

 真相は掴めないままだが、イドゥヴァも何かしら根拠があって判断したと言うのか。

 それでも、そんなことはどうでもいい話。とにかく、この部屋から持ち帰るのは勝利だけだ。とはいえ、あまり戦況は芳しくない。

 

(……あまり、このカードは切りたくなかったが……)

 

 まるで納得していないことは、団長席から貫くように睨み上げてくる視線ではっきり分かる。それ自体はどうでもよいが、勝たねばならないのだ。引き分けは負けも同然。

 親友に詫びながら、最後のカードを切る。

 

「それに、リキアには英雄ロイ様がおられます。シャニーはロイ様と親交が深いですから、良いパイプ役になると思います」

 

 この前も、こうした発言が引き金になったから、アルマも賭けだった。

 最初からそれを要求したくはなかったが、今はこの場を乗り切るためには止むをえまい。この関係を知ったときは驚いたものだが、イドゥヴァも知らなかったらしい。目を真ん丸にしている。

 ようやく分かったと見える。下手なことはできない相手。消すなど……ありえない人間だと。

 

「しかしですね、それでは──」

「あの関係なら、彼女は遠くない内に騎士団を退団しますよ。消すより、消えてくれる方が良いのでは?」

 

 言った自分にへどが出る。人の恋愛までこんなことに利用するとは。

 

(消えてくれた方が良いだと……?)

 

 本心がどこにあるのか、自分でさえ分からなくなってくる。自分の血は、結局こちら側(・・・・)なのか。

 

「なるほど……。その手がありますか」

「リキアに身を置けば、今までとは比べ物にならないくらい、接点は増えるでしょう」

 

 しばらく腕を組みながら、イドゥヴァは天井を睨んで考えを巡らせている。

 答えを急かし、前のめりになって攻め込むと、そっと腕を解いた彼女は顔を近づけてきた。

 

「……貴女がそこまで言うなら、彼女の管理は貴女に任せます」

 

 内心、拳を握って声を上げた。

 この一言さえ聞き出せれば後はどうとでもなる。この喜びを、誰でもなく親友に伝えてやりたかった。彼女を本来いるべき場所に戻してやることはできなくとも、最悪は避けられた。

 

「イエス、マム」

「ただし、有事のときは責任を取ってもらいますから、そのつもりで」

 

────もし妙なことをシャニーが企てるのであれば、その槍で貫け

 そう伝えるように、イドゥヴァはアルマの右手を握る。それに静かにアルマは頷いた。

 

(少々、先に進むのが早くなるだけのこと。そのときは────こちらも肚を括るだけだ)

 

 志を同じにする者へ、槍を向けるわけにはいかない。信を託して背中を見せる、あの青の騎士へ槍を向けるなど。その心をポーカーフェイスに隠し、静かに一礼してアルマは戦いの場から身を退いた。

 

「シャニー、うまくやれよ」

 

 今も脳裏には爽やかな声で笑う親友の顔が浮かぶ。

 ふっと笑って見せた。つくづく、お人よしになってしまった自分に。

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