ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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おのれぇぇぇ!!
ぜったいに、ぜったいに、ずぅぇ~ったいに許さ~ん!!!


想いは、きっと伝わる

「ロイ様、お急ぎください! もう時間がありませんぞ!」

 

 朝からなにやら騒がしい声が聞こえてくる。

 それがマリナスだとわかるより先に、回廊のむこうにつるつる頭が見えてきた。早口になにかを訴える彼の視線は正面を向いていない。

 

(あはっ、いたいたー!)

 

 彼の横にはロイがおり、シャニーは花に惹かれるように駆けだした。

 マリナスにガーガーやられ、時計を見下ろすロイの顔には半分諦めが滲んでいる。なんだか忙しそう。声をかけるだけにしておいた方がいいかもしれない。

 

「ロイ、おはよ! どこかにお出かけ?」

「おっ。おはよう、シャニー」

 

 ロイは手をあげてこっちに歩いてくる。なのに、初老の文官とは思えない身のこなしで彼の前に立ちはだかったマリナスが、道を空けろと手で払ってきた。

「こりゃ! ロイ様の邪魔を──」

「今から急いでオスティアに行かなきゃいけないんだ」

 

 それでも、ロイはお構いなしにマリナスの横を抜けてきた。

 

「珍しいね。そんなに慌てるの」

「急な来客が重なってしまってね」

 

 せっかく朝から顔を合わせられたのに、喋っていられる時間はさそうだ。ジリジリと時計を見下ろすマリナスの視線がずっと突いてくる。

 

「たいへんそうだなぁ。……そうだよね。ロイは忙しいもんね」

 

 ロイは手を振りながら早歩きに庭を抜けていく。いってらっしゃいも言えないまま、彼らの残した風に置いてきぼりにされてしまった。

 

「そうだ!」

 

 また今度にしようか……振り向きかけたとき、ピンとひらめいて指を弾いた。手に持った袋をぎゅっと握りなおし、ビュンと駆けだして後を追う。

 

「ねえ! そんなに急いでるなら乗せていこうか?」

「その手があったね!」

 

 ポンと手を打ったロイに、ニッと笑ってみせて親指を立てる。

 天馬で飛んでいけば、現地でゆっくりする余裕さえできるはず。

 さっそくロイをぐいぐい引っ張ろうしたら、背後から槍で突かれたかのような大声が飛んできた。

 

「ロイ様、いけませんぞ! 危険すぎます。この娘が落馬したらどうするのですか!」

 

 こいつならやらかしかねない──マリナスの目はまるで信用していない。頬を膨らせて目を三角しながらシャニーは地団太を踏む。

 

「ムゥー! 上級天馬騎士の腕をナメてもらっちゃ困るよ!」

 

 天馬騎士団でも馬術で後れを取ったことは一度だってないのに。それでもマリナスの視線は変わらない。ダンと地を踏みつけて肩を怒らせると、ムッと見せつけて彼へにじり寄る。

 しばらく睨み合いが続く。ついにロイが苦笑いしながらなだめ始めた。

 

「マリナス、気遣ってくれてありがとう。君たちも急いで来てくれ」

(へへーん、見たか! 見たか!)

 

 ニコっとしてみせたら、マリナスは鼻からため息して呆れ顔をするだけ。ぐうの音も出ないに違いない。

 そのままロイの手を引いて厩舎へ向かい、青空へ天馬で飛び出して一気に西の空をめざす。

 今日もリキアの空は頬をなぞる風が優しい。天馬で飛ぶとふんわり包まれるようで、思わず目を閉じて全身に陽と風を浴びる。

 

「いつもすまない」

 

 リラックスしていると、後ろからふいにロイの声がした。

 

「お安い御用だよ! あたしにできるなら、なんでもしちゃうよー」

 

 二人きりになれるこの時間は大好きだった。忙しくて遊びに行けなくても、お喋りしながら過ごせるデートのようなもの。

 本当はゆっくり楽しみたいけれど、今日は大特急だ。

 ふんふんと鼻歌をうたって、コンパスを見ながら方向を調整していたときだった。

 

「なら、このまま側にいてくれると嬉しいかな」

 

 ふいにかけられた言葉に、ドキっと胸が破裂しそうになった。今にも目が飛び出しそうでドギマギして乾いてくる。

 

(あたしだって……傍にいられるなら……)

 

 ──シャニーは大事な人

 最近そう言ってくれたばかり。かけられた言葉の意味が分からないはずがない。

 もし、それが許されたなら……ずっと憧れてきた夢だ。

 

 今は空の上。二人きりの誰にも邪魔されない時間……今なら、なにも気にしなくていい。恐怖は湧いてこなかった。

 ごくりと息を呑むと、前を向いて手綱をぎゅっと握りなおした。

 

「傍にいるし……今ならどこにも行かないよ」

 

 今なら許されるかもしれない。そっと座りなおして、体をロイへ近づけた。

 

(────ッ!!)

 

 彼は躊躇う感じもなく静かに、そして、しっかり腕を回してきた。肩が触れてゾクっと緊張が走る。前だけを見つめて、為すがままにされていた。

 

(いい匂い……)

 

 背中を包む温かい感触が、こわばった体を優しく解いてくれる。横を見たら、ロイの横顔が世界中に映って心がパチンと弾けてしまった。

 ずっと欲しかった温もりに包まれ、まるでロイの中を飛んでいるような気分。高度を上げる。今は、誰にも邪魔されたくない。

 

(このままずっと飛んでいけたら……)

 

 しばらく無言で飛ぶ。なにも要らない。こうしていられる時間が続けば、ただそれでよかった。

 夢だった、憧れの人の温もり。触れられただけで心が溶けてしまいそうな時間。今だけ許された特別なものだと思うと、ますます愛おしくなって強く包む腕にそっと手をやる。

 

「そうだ、なにか用があったんじゃないのか?」

 

 現実は突然やってきて引き戻されてしまった。見えないように前を向いてぶうっと頬を膨らせる。

 自分から誘っておいてワガママだと知っていても、今は仕事の話はしたくなかった。出来ればずっと、味わったことのない幸福感の中に浮かんでいたかったのに。

 

 それでも、仕事は仕事だし、傭兵に変わりない。甘える心にそう気合を入れる。もう十分、許されないはずの幸せを味わったはずだ。

 

「あのね、また報告したい企画がいっぱいあるんだ。時間欲しいなって」

「そうか。今週は日中ずっと埋まってるから……今日の夜じゃダメかい? 時間外になってしまうけど」

「オッケー! へーきだよ。夜、別にすることないし」

 

 夜なんて本を読むか、仲間とつるんで夕飯やトランプにダーツくらいしかない。むしろロイの傍に行ってお喋りする口実ができて嬉しいくらいだった。

 

 

 意地悪すぎる。楽しい時間だけ倍のスピードで過ぎているのかと思うほど。

 オスティアまであっという間に到着してしまい、ロイはもうあんなに遠くから手を振っている。巨大な施設に吸い込まれていくロイに手を振り返した。

 

「ロイ……あったかかったなぁ……」

 

 彼の姿がすっかり見えなくなると、ふいに切なくなって自身に腕を巻き付ける。

 思い出されるあの感触。優しくも、力強く抱きしめてくれたあの感触が忘れられなかった。

 

(いつでもくっつけたらいいのなぁ……)

 

 そこまで考えて、目の前の光景を見上げる。

 会議へ向かう人の流れは貴族だらけだ。そこにポツンと白の騎士が一人。短い白昼夢だった。

 

 ふと、鞄を見下ろす。朝から用意していた袋も、結局渡せないまま。俯いた勢いに任せて気持ちをぐっと飲み込み、来たついでと連絡所へ向かった。

 

 

 

◆◆◆

 ほおづえを突いて、シャニーは部屋から正門あたりを見つめていた。

 もう陽が沈んでからずっと、ここで置物のように固まっている。ランプに明かりを入れもせず、真っ暗になってもそのまま。

 

 どれだけそうしていただろう、麓から灯が上がって来るのが見えてきた。

 この時をどれだけ待ちわびたことだろう。机に置いていた袋をばっと掴みとって部屋を飛びだした。

 

「悪いね、シャニー。こんな時間まで待たせちゃって」

 

 部屋へと戻ってきたロイは、さっそく優しい言葉をかけてくれた。きっと今日も大変な会合をこなして、ずっと彼の方が忙しかったに違いないのに。

 時計を見上げればもう21時を超えている。

 

「ううん。ロイ元気ないよ? マッサージでもしようか? あたし得意だよ!」

 

 ロイがらしくなく暗い顔をしているのが気になっていた。

 少しでも癒してあげようと、鎧を外して身軽になった。疲れて帰って来るユーノ達にずっとしてきたおかげで、マッサージには自信があるというもの。

 

「じゃあ、ちょっとだけお願いしようかな」

「まかせてー!」

 

 ソファに座ったロイの後ろから肩に手を伸ばす。

 自分と一つしか年は違わないのに、ロイは世界を相手に戦っている。そう思うと自然にマッサージにも熱が入る。気持ちが良いのか、ロイはふうっとしばらく上を向いていた。

 

 しばらくして、ロイはようやく気付いてくれたようだ。テーブルに置かれた焼き菓子へ手を伸ばしたのが見えて、ゴクッと固唾をのむ。

 素朴で不揃いなそれは、侍女が用意するような見た目もきれいな品とは、別世界のものに見えたかもしれない。彼が喜んでくれるかドキドキするが、彼は二つ、三つと口に運んでいる。

 

「このクッキー、シャニーが焼いたの?」

「うん。イリアじゃみんな、全部作るよ。外、雪だしね」

 

 いつ雪で外に出られなくなるか分からないイリアでは、保存食を含め自炊が自然に染みつく。なにより、買っていたら高くついて痛いというのが本音だ。

 

「とてもおいしいよ。全部食べちゃっていいかな?」

 

 ロイはそう言って、ポイポイ口に放り込む手が止まらない。心の中でガッツポーズしながら、自然に声のトーンが上がった。

 

「ロイのために焼いてきたんだよ。好きに食べちゃってー」

 

 口に運ぶペースが上がった気がする。彼の肩を揉みながら、その横顔を見つめているだけで幸せだった。きっと疲れて帰ってくる。そう思って昨日の夜に焼いたものだ。

 

(また焼いてあげよっと。今度はもっとたくさん作らなきゃ)

 

 朝渡して、疲れたときに摘まんでもらおうと思ったが、やっぱり目の前で食べてくれた方が嬉しい。自分にできることはこんなくらいだが、それで喜んでもらえて心は小躍りしていた。

 

「どう? 気持ちいい?」

 

 なにも食べずに帰ってきたのだろうか。あれだけ山盛りだった皿はもう空っぽ。戻ってきた静かな時間の中で、ソファにうつ伏せになったロイにマッサージを施していく。

 あまりに静かすぎて、のぞき込んだらロイは目をつぶっていた。もしかして寝ているのか……少し力を込めてみる。跳ね返してくる彼の背中は、やはりがっちりしていて姉とは違う。

 

「ああ……。シャニーと一緒にいるだけで疲れがとれるよ」

 

 心地よさそうな声でかけられた癒しの言葉は、心を撫でるようで静かに目をとじて何度も繰り返す。どんどん心がふんわり浮かんで、霞が晴れていくような想いに自身の疲れも解けていくよう。

 そのまま、他愛もない会話を途切れ途切れに過ごす。

 

(このままお喋りしてたいなぁ……)

 

 こんな静かでなにもない時間のはずなのに、嬉しくて楽しくて仕方ない。ずっとロイと一緒にいたい……その気持ちが、どんどん大きくなってくる。

 ふと時計に目をやったのが間違いだった。もう一時間過ぎていて、目がギンとなって飛びあがる。

 

「ロイ、その格好のままでいいからさ、報告聞いて欲しいな」

 

 ここには仕事で来た。遊びじゃないと頭の中で自分をポカリと叱る。

 鞄から資料を取り出している間に、ロイは身を起こしていた。彼の隣に身を置いて報告を始めると、彼はじっと耳を傾け、真剣な眼差しで目を見て話を聞いてくれる。

 なんだか不思議な気持ちだ。提案を通すために戦うと言うより、もっと聞いて欲しくて吸い込まれそうになる。

 

「今回はどれもフェレの中の案件なんだね」

「前回はスペシャルバージョン! いつもはこうやって、小さなことの積み重ねだよ」

 

 イリアでやっていたことをふと思い出した。

 毎回、毎回、あれもこれも報告しては、小さい案件など村人たちで解決してもらえと、イドゥヴァから却下を喰らってきた。通せなくて謝りに行くときの悔しさや無力感が蘇ってくる。

 

「小さいけど、小さいことが出来なきゃ、大きなことって成功しないと思うんだ」

 

 いつの間にか、イドゥヴァに対するように、先手を取って想いが口を突いて出ていた。

 小さな目標を一つずつクリアしてきて今がある。それはイリアで噛みしめてきた。あの嘆願書はその積み重ねの象徴と言えるだろう。彼らの想いさえ踏みにじられた気がして、今でも団長の顔を思い出すとギリっと拳が悲鳴を上げる。

 

「全然小さくないよ。きっと皆、喜ぶはずだ」

 

 どの案を優先して守ろうか……そう無意識に考え始めていたところへかけられた言葉は、考えもしていないものだった。驚きを隠せずロイを見つめる。

 

「え! じゃあ」

「ああ、全部やろうよ」

 

 ロイは笑みを浮かべて力強くうなずいた。

 

「ありがとう、シャニーがいてくれて本当に良かった」

 

 民の言葉に、大きいも小さいもない。彼らにとってはどれも大きいはずで、託してくれた想いはどれも大事だ。それをロイは分かってくれたみたいで、とても嬉しそう。

 

(こんなに喜んでもらえたの……初めてだ……)

 

 資質を疑う──そうイドゥヴァに言われた記憶が蘇る。

 企画がみんな通るなんて、今まで記憶にない。悔しい思いもいっぱいしてきたけれど、心の底から温かい気持ちが湧き上がる。

 なにより、彼に言ってもらえたのだ。いてくれて良かった……なんと心に響く言葉だろうか。

 

「えへへっ、これからもがんばるね!」

 

 これからリキアでたくさん軌跡を残そう。そう誓ってロイに笑顔を見せたつもりだったのだが、ロイは驚いて眉を下げている。

 

「どうしたんだ、シャニー。なんで泣くんだ?」

 

 彼に聞かれて初めて気づいた。目元に指を当てて啜ったら、どんどんあふれてきた。

 

「みんなと喋ってるとさ、なんとかしてあげたいって思うんだ。だけどイリアにいたときは、お金が無いってかなり却下されてきたから」

 

 今でも部隊長会議を思い出す。

 皆の気持ちを一身に背負って戦場に赴き、抗いようのない力に叩き伏せられる。いつも悔しかった。幸せにしてあげたいのに、なにもできない。ずっとその想いを抱いてきた。

 ロイが全部認めてくれて、必要だと言ってもらえて……。天国にでも来たのかと思うほどだった。

 

「ここでもいっぱい、お話聞かせてもらってるんだ。信じてもらったから、リキアのみんなも助けてあげたい」

 

 信じてくれる人のために戦い、笑顔にしたい。その気持ちはイリアでもリキアでも変わらない。変わらないはずなのに、返ってきた温もりはどうしてこんなに違うのだろう。

 

「それをロイがこんなに喜んでくれるなんてさ……。うれしくて」

 

 報われた気がして涙が止まらない。

 伏し目でいると、ふいにロイが腕をソファに突いて身を乗り出すのが見え、直後ふわっとした感触が顔を包む。彼はハンカチで目元をなぞってくれていた。

 

「僕もうれしいさ。民をそこまで熱心に考えてくれて。シャニーを見ていると勇気が湧いてくるよ」

「えへへ。ホント?」

「ああ。今日の会議は散々だったんだ」

 

 珍しい。ロイが上を向いて弱音を口にした。ふうっと溜めこんでいたものを吐きだす姿は風船がしぼむよう。

 

「いくら復興のためとはいえ、皆にも事情があってなかなか動けなくてね。ちょっと会議の後はささくれだってたんだ」

 

 やっぱり、想像以上に大変な立場のようだ。なんとか癒してあげたい……そう思っていると、ロイは視線を戻して続けた。

 

「でも、シャニーを見てたら元気が出たよ」

「あたしもね、ロイの傍で仕事ができて、こんなに喜んでもらえて夢みたいだよ! 騎士団の中じゃ……あんまり喜んでもらえなかったし」

 

 ロイを勇気づけられるなら、もっと頑張れる気がしてトーンが上がる。

 部隊長会議が終わると、燃やした心が全部灰になって動けなくなることも多かった。それが、ロイが相手だと、ますます希望が燃えてくるのがはっきり分かる。

 

「それがなぜか分からない。シャニーはもう、無くてはならない存在だよ」

「ホント?!」

 

 ロイは涙をすっかり拭ってくれ、その手はそのまま肩に乗った。憧れの人にこんな風に言われて、あふれる幸せが止まらない。

 

(ロイにさえそう言ってもらえたら……あたし、もう満足だよ)

 

 どれだけ周りが敵だらけになろうとも、ロイさえ認めてくれれば戦える気がした。憧れの人の役に立ちたい、そう思って頑張ってきたことを信じてもらえるなら。

 それに、右も左も分からないリキアではイリアより孤独になると思っていたのに、むしろ逆だ。リキアの方が味方は多い気さえしてくる。

 

「大変そうだから、ロイを助けてあげたいって12月に別れてからもずっと思ってたんだ」

 

 過酷なイリアに帰れば、毎日戦いが待っている。あのときは、リキアに行くことはもう出来ないと覚悟を決めていた。

 それが今、夢は叶った。もっともっと近くで全部知りたい。そう心がロイを呼ぶ。気づかないうちに心が体を突き抜けていた。

 

「そう言ってもらえるとうれしい。頼りにしているよ。これからも支えてくれないか?」

 

 気づかないうちに身を乗り出していた。その手にロイがそっと手を重ね、そう言って迎え入れてくれる。触れる温かい手ざわり。手先が絡んでいるだけなのに全身が炎に包まれるようで、ドキッと心が弾ける。

 

(ロイが望むなら……あたしは全てを捧げたい)

 

 彼のもとへ行きたい。行けるなら、許されるなら、全てを彼に捧げたい。なのに、今も駆け出そうとする首を、絡んだ鎖が締めつけてくる。

 

(でも……!)

 

 心はもう、彼だけを見つめていた。もうこんな近いのに、触れているのに。気持ちだけは伝えたい。怖くても、今なら誰もいない。

 

「うん! ロイを支えるのはあたしの夢だったから、がんばっちゃうよ!」

 

 重なった手を握り返したら視界が揺れた。

 

(──ッ?!)

 

気づいたらロイに腕を引き込まれ、抱き寄せられていた。とても……力強い。まるで絡みつく鎖を引き千切り、悪夢の先へと救い出してくれるよう。

 

(あ……なにか、……近い……)

 

 世界中にロイの顔が真正面に映る。

 いつだったかを思い出す。そう……ベルン動乱で、死ぬなと言って手を取られたときだ。あのときよりもっと近く、そしてなんと優しく、吸い込まれそうな顔をしているのだろう。

 

(あたしは傭兵……)

 

 一瞬それが脳裏をかすめた。だけど、視界にいっぱいに映る憧れの人が何度も呼んでくる。もっと傍で支えてくれと言ってくれている気がする。

 

(今は………………。今は、ロイの中にいたい。……支えてあげたい)

 

 今は視線を逸らしたくない。怖い。けれど、今逃げ出すのはもっと怖い。もう、この前みたいに逃げ出して、廊下で泣くのはイヤだ。

 勇気を振り絞って、そっと目を閉じてロイの肩に手を置く。近づく温もり。二人の鼓動が重なり合おうと互いをたぐり寄せていく。

 世界は許さないかもしれない。ならせめて、この夜だけでも誓おう…………

 

「ロイ様、明日のスケジュールについてですが────!」

 

 そのときだった。

 ノックと共にガチャッと扉が開き、資料に目を落としながら入ってくる声。

 とんでもない奇襲に髪が針のように逆立ち、心臓が破裂しそうになって手足をバタバタとフル回転。なんとかロイの胸から飛び出したが勢いあまって蹴つまずき、視界が宙に放り出され──

 

「────ッ!! ──あ゙……ふがぁ……」

 

 おでこをテーブルの端にぶつけて目から星が出た。床にぺたんと座ってたまらず呻く。

 

「こりゃ! お前、こんな時間にぬぁにをしとるッ!」

「まぁまぁマリナス! 彼女は仕事の報告をしてたんだよ!」

 

 それでもマリナスは容赦してくれない。

 おでこを押さえる手を掴み、シャニーを摘まみ出そうとするのをロイが慌てて止める。二人でマリナスのご機嫌取りに必死だ。

 

 この反応からするに、きっと彼はなにも見ていないはず……それを信じて、ロイへ手を振りながら部屋を出ていく。彼と目が合うと、二人の視線はまっすぐ一点を突いていた。

 

────マリナスのバカ!!

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