ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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この心に宿し続けてきた教えは
この手が握り続けてきた剣は
この身に通し続けてきた流儀は……

握り締めてきたものが、砂のようにこぼれ落ちていく。


霞む背中

 鋭く繰り返される太刀の風。それは稽古場を離れた時とまるで変わっていない。同じ場にいるにはあまりに重い空気は、一度離れたらますます近寄り辛い。

 

「シャニー、少し休んだ方がいいっスよ」

 

 それでも、ミリアはリーダーの太刀に割込むように声を掛けた。

 

「ん、ドーナツ買ってきた。休憩しよ」

「ありがと。後でもらうよ」

 

 レンも手に下げた袋を見せて誘うが、返ってきたのは流すような声。お菓子なら釣れると思っていたのか、二人は顔を見合わせて眉を下げた。

 

「やっぱり、昨日の師匠さんの事──」

「許せないよ。何もかも許せない」

 

 ミリアから聞かれたシャニーは食い気味に返した。

 鋭かった太刀は一度下を向いたが、一緒に彼女の視線まで引っ張られていた。ぎゅっと唇を噛む姿は、普段の朗らかさが吹き飛んでいる。

 

「で、でも本当に人違いかもしれないっスよ?」

「ありがとミリア」

 

 仲間の心配に感謝しながらもシャニーは続けた。「許せないのは、それだけじゃないんだ」

 ずっと頭の中は昨日の出来事が何度も繰り返されている。そのどのシーンも、納得など出来なかった。左手に握られた太刀をじっと見下ろし、崩れた落胆が漏れ出した。

 

「あんなことしてたのも、あたしを忘れちゃってたのも。そんなあの人に、啖呵切ったクセにあっさり返り討ちにあってさ。なーんも成長してない自分の弱さもさ。……全部だよ」

 

 見下ろす刀身に自身の顔が映る。歪んだその顔が、まるで今の自分の心そのもののように見えてシャニーは放り出すように零す。

 

「あたしの剣って、いったい何だったのかって思ったら……悔しくてさ」

 

 傭兵として、剣使いとして、そして一人の人間として。ディークは基礎を教えてくれた師父と言える。その基礎を打ち砕かれたような気がして、朝から振る剣もすっかり乾いて何も感じなかった。

 

「それに……人違いなんかじゃない」

 

 認めたくない瞳は震えるが、シャニーは確信を持って言った。

 

「あの技は、ディークさんのだった」

「うん。あの人、只者じゃないと思う。知らないはずの私を一発で副将だと見抜いてたみたいだし」

 

 ルシャナも雰囲気を感じ取っていたようだ。彼女の言葉に止めを刺された気がして、シャニーはがっくりうな垂れた。

 

「なのにさ……あたしのアレ(・・)を忘れてるなんて」

「アレ?」

 

 ミリアのきょとんとした問いに、シャニーは太刀を掲げて見せた。

 

「槍は右、剣は左で扱ってるでしょ? 覚えてれば、あんな動きするわけない」

 

 試したつもりだった。左の太刀から右の槍に持ち替えても、ディークなら対応してくる。

 だが、あの人(・・・)は槍の動線にそのまま入ってきて、仰天したように眼を見開いた。もう少しで直撃してしまいそうで、あの時は心臓が止まるかと思った。

 

「ディークさんはあたしの師匠で、命の恩人で……いつか超えたいとずっと追ってきた人。──見間違うわけあるもんかッ」

 

 あれはディークだと証明し不安を吹き飛ばすためだった。なのに、まさかその逆を証明し、不安が絶望に変わってしまうとは。

 なにより勘違いなどありえない。顔の傷も、声も、大好きな人のもの。ただ一つ違ったのは、あまりにも白々しい態度、それだけだった。

 

「そう言えばずっと聞きたかったんスけど」

 

 重く動けなくなりそうな空気を払うようにミリアは話題を変えた。

 

「なんで槍は右で扱ってるんスか? シャニーって左利きっスよね?」

「見習いになる前に、ティトお姉ちゃんに矯正されたんだ。集団で戦うとき、一人だけ動線が違うと危ないって」

「じゃあ、剣は?」

 

 入団の時からシャニーは剣を左で、槍を右腕で扱っていた。シャニーにとってはそれがふつーで、とくに考えたこともなく、なぜ……あらためて聞かれると眉をひそめるしかない。

 

「えーとぉ……ディークさんに何も言われなかったから……かな?」

「な〜んか……ゆるーい理由っスね」

「どんなのを期待してたのさ」

 

 大きな秘密でも隠していると思ったのか、ミリアのガッカリした顔にシャニーは苦笑いした。

 姉の理屈は尤もと言える。なぜディークは右で扱わせなかったのだろう。今さらながらに気になるが、もうそれも聞けないのだろうか。

 

「ははっ……罪作りな人だよ。こんな扱いにくい剣残して……忘れちゃうなんてさ」

「左って扱いにくいんスか?」

「左はやりにくいよぉ、今さらだけど。剣も全部左用に打ち直さないと使えないし」

 

 ミリアの質問にシャニーは泣き言を漏らし、ミリアに槍を持たせて自身も構えを取る。

 

「右の槍使いの懐にホント入り辛いんだよね。動線に入っちゃうから。うまくやれば外側から攻撃しやすいんだけど、強い人はなかなか隙見せないからさー」

 

 実演して見せてミリアが理解したのを確認すると彼女は続けた。「ま、そう言う相手はわざわざ剣使わずに天馬に乗って槍で挑むからへーきへーき!」

 とは言っても、以前も同じことを言っていて、騎兵のロングスピア相手に剣で戦うしかない場面に遭遇し死闘となった。

 

 リキアも多い槍使い。幸い、稽古大好きな熱血騎士がフェレにいるので大分対策を練られているが。

 とにかく左の剣は相手の経験が乏しく対策されにくい反面、不安な部分も少なくなかった。その克服への助言も、もうあの人には聞けない。

 

「左右で扱えるなんて器用っスね。なんなら二刀流にすればいいのに」

 

 槍を返し、左右に武器を持つシャニーを指して、ミリアが大発見と言わんばかりに手を叩いた。でも、シャニーは笑いながらも無い無いと手を振る。

 

「考えたこと、無くはないけどムリだったよ。精度もキレも落ちるしさ、重くて腕取れちゃう」

 

 太刀一本が片手で扱えるギリギリだ。シャニーは試しに両手に一振りずつ刀を握り振って見せる。

 ミリアには美しい剣舞にでも見えたか拍手しだしたが、へーへーと息があがってシャニーはすぐに止めた。スタミナ不足はアレンの言う通り弱点だ。

 

「ミリアこそ二丁持てばいいじゃん」

 

 その点、ミリアの持つクロスボウは軽そうでうってつけに見えた。思いつきの半分冗談だったのに、ミリアは指を弾いて大はしゃぎ。

 

「確かに! 考えた事なかったっス! さっそくパーツ調達に行って来るっス!」

「あたしも気分転換に付き合うよ」

「嬉しいっス! ついでに稽古にも──」

 

 そこまでミリアが流れるように口にしたところで先は読めた。釘を刺して予防線を張る。

 

「試射は的にお願いしますね?」

「えー、動く的なんてそうそう無いっすよ」

「だから的じゃないっての!」

 

 大方、セチの魔力をアテにしているに決まっている。理屈は分かっても、毎度クロスボウの的にされては堪らない。

 口を尖らせてつまらなさそうにするミリアの額を指で弾き、彼女たちを連れて稽古場を後にした。

 

 

 

◆◆◆

「ディークさん……」

 

 黄昏時。どうしても心が傾いてしまう時間。シャニーは外回廊の端に腰掛け、あの面影を思い出していた。

 ミント色の短髪、シュッとした顔に乗る大人の余裕。歴戦を生き抜いてきた傷をあちこちに残す逞しい長躯。心も体も、大人と子供ほど違うと思い知らされた記憶はまだ新しい。

 何もかもが懐かしくて、切なくて、だからこそ悔しい。結局、何もできないまま終わってしまいそうだ。

 

 シャニーの師匠──ディークはベルン動乱でロイを初期から助けていた傭兵団の長。

 とにかくその剣技は強力で、なによりどんな修羅場でも肚が据わっていた。冷静で、それでいて大胆で。「傭兵ならてめえの命はてめえで守れ。お守りはしねえぜ」と口調やトーンまで完全再現できるほど浴びせられたものの、彼は常に目をかけてくれていた。彼がいなければ、何十回死んでいたか分からない。

 強くて、頼もしくて、背中について行けば絶対に大丈夫──そう思える人。シャニーにとって、あるべき姿の原点ともいえる存在だった。

 

 彼の存在感は、ロイ軍に各国の主要人物が集結しても変わらなかった。戦神──そう呼ばれるくらい。

 なのに、周りの声など気にしていなかったのか、本人は汚れ仕事へ率先して赴いていた。白い者たちが黎く染まらないように。きっとそうだ。俺のような傭兵(アウトロー)に気安くかかわるな──彼はいつもまわりにそう言っていた。そのぶん、同じ傭兵の自分なら、少しは……そうシャニーは思った。

 それでも、彼はシャニーに対してもそうだった。いつも背負わせてくれなかった。与えるだけ与えてもらって、背負わせるだけ背負わせて──結局……何も恩返し出来ないまま、師匠はどこかへ行ってしまった。

 

 ずっと再会を望んできた。

 いつかきっと肩を並べ、超えて、それで恩返しするのだと誓って。まさか……その再会があんな形だったとは。

 

「シャニーか。どうした、こんなところで」

 

 ふいの声に顔を上げる。気づけば周りは真っ暗になっていた。回廊に目を向ければ、声の主──緑の騎士ランスと赤の騎士アレンが見える。

 

「稽古相手に困っているならいつでも言えよ」

 

 静かに話しかけてくれたランスとは対照的に、アレンはニカっと笑って誘って来た。

 

「困ってないよ……。というか、あんだけやってまだやるつもりなの?!」

 

 アレンには昼間に散々付き合わされた。延々空中から投槍を放って、それでは満足してくれず、降りて太刀で相手もして。それでも、バテバテになったのはシャニーだけ。今もアレンは忘れたかのように首を傾げている。

 

「? なにを言っている? あんなのは軽いウォーミングアップではないか」

「どんだけスタミナバカなのさ……」

「ん? なにか言ったか?」

「う、ううん?! アレンさんはスタミナ抜群で羨ましいなって!」

 

 適当なことを言ってやり過ごす。このままだとまた引っ張られそう。直感がそう叫び、ランスに視線をやって先手に話題を切り出した。

 

「ディークって知ってる? 動乱であたしがお世話になってた傭兵団の」

「ああ。何度か話したことはある。戦神と称された御仁だな」

 

 動乱を思い出したか、遠くを眺めるようにランスは言った。どうやらそこまで深い関係はなかったらしい。

 

「昨日、ディークさんと会ったんだ。でも……──忘れてた。あたしのこと」

「……」

 

 ランスはアレンを目だけで見て、同じようにしていたアレンと共に渋い顔をしはじめた。慰めて欲しいわけではなくとも、こんな腫れ物に触るような反応は辛い。しょんぼり沈み込むと見下ろす視線を感じる。

 

「それはショックだったな」

 

心配してくれたのか、ランスは慰めてくれた。

 

「だが、傭兵はそう言うものだと聞くがな」

「ああ。今日の敵も明日の味方。戦闘が終われば後腐りなく酒を飲みに行く者もいるそうだ」

 

 ランスの目はアレンを見ているが、シャニーには分かった。これは自分に言われているのだと。

 

「……世間はそうかもしれない。あたしには……──出来ないよ。ディークさんだもん」

 

 見習い修行に出る前の騎士団教育からそれは叩きこまれてきた。あくまで互いに仕事であり、個や情に左右されてはならないと。

 それ故、戦場から去れば交友するものも居れば、すっぱり忘れる者もいる。ディークは後者なのだろう。アレンの言う通り、傭兵とはそうでなければやっていけないかもしれない。

 でも、シャニーにはそれが出来なかった。ただの傭兵ではない、人生に一つの道を作る支えとなってくれた恩師を……忘れるなど。

 

「それだけじゃない」

 

 甘いと言われるかもしれない。それでもシャニーは続けた。「ううん……忘れてるだけなら……──諦めもついた(・・・・・・)

 

 両膝に乗った手をぎゅっと握りしめ、今にも零れそうな嗚咽を飲み込みながら、自身に言い聞かせるように焼き付いた映像を口にする。

 

「村を襲撃してたんだ。おまけに、村人に太刀まで浴びせて」

「なるほど、昨日君がやられた相手はディーク殿だったか」

「理由はともかく、傭兵ならそう言う仕事も──」

 

 アレンがそこまで口にした途端だった。夜を引裂く様な悲鳴にも似た叫び声でシャニーが遮った。

 

「ディークさんはそんな人じゃないはずだった! 流儀は通す人だったんだ!」

 

 ハイエナとさえ言って蔑む人までいるのだ。金さえもらえれば何でもする──傭兵とはそんなものだと世間から見られているのは疑いようもない。

 でもディークは違った。自身の物差しが明確になっていて、外れる仕事は一切引き受けなかった。力ないものを蹂躙する──まさにそれは、彼の流儀の中で〝ナシ〟の類の仕事のはずだった。

 その彼があの村で何をしていた? 武器も持たない者へ太刀を浴びせ、縄で縛って連れ去ろうとしていたのだ。

 あり得ない、なにかの間違い……そんな風に首を振ろうとする自分をシャニーはぐっと堪えた。事実を事実と認識せず、逃げてもなにも変えられない。もう、いや、今回は絶対に間違えたくない。

 

「弟子として……目を醒まさせたい。でも……──あたしじゃダメだった」

 

 なにも変わってはいなかった。成長できたと思っていたその自信を打ち砕かれた。

 あのとき……確実に屠れたはずだ。ディークのあの反応なら、そのまま槍で突き倒せるはずだった。

 だけど、出来なかった。とっさに体は避けて、槍を遠くへ外していた。気づいたら……ベッドにいた。

 シャニーは乾いた声で自身を笑った。目を醒まさせるどころか、醒まされたのは自分だ。

 

「何をしめっぽい顔をしている。ならやる事は一つだろう!」

 

 そこに飛んできたのはアレンの激励だった。彼は室内稽古場を指差して手を伸ばしてくる。

 シャニーはふっと笑みを浮かべると立ち上がって彼の手を取った。

 

「そうだね。ディークさんに弟子として恩返ししたい。やれるだけやらなきゃね! よぉし、相手してよ、アレンさん」

 

 先に駆け出したシャニーを見送るランスは、彼女を追いかけるアレンに声を掛けた。

 

「アレン、シャニーを頼む。俺はロイ様と話をしてくる」

「ハッ、任せておけ」

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