ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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ディークのまさかの裏切りによる傷心から立ち直れないシャニーを案じ、仲間たちがオスティアに連れ出す。
老舗スイーツでさっそく元気を取り戻した矢先、事件は起きた──


譲れない一線

 高い天井に広い空間をふんだんに使い、ゆったりとした間を贅沢に配置した喫茶室。天使でも現れそうな、モノトーンで整えられた清楚な世界を紅茶の深い香りが包み、彩り豊かなスイーツが艶やかに映える。

 

「う〜んッ! 最ッ高!」

 

 そんな高級店──デリス・アプリコの喫茶室に、そのまま天に召されそうな感激が飛びだした。

 顔をくしゃくしゃにしながら、今にも感涙をこぼしそうなシャニーが足をピコピコさせている。

 

「いやー、噂には聞いてたけど、おいしいっスね!」

 

 シャニー以外は一見さんで、一口したミリアが驚いたような顔をしている。それを見て、シャニーはうんうんと頷いてテーブルを見下ろした。

 皆を叩き起こして朝6時から並んだ甲斐があると言うもの。とくにこの夏季限定スイーツは、一日限定20個の代物だ。そんなスイーツ好きにとっても至高の一品を食べられるなど、彼らにとっても記念すべき一日となったに違いない。

 

「創業300年。定番のタルトケーキはもちろん、季節ごとの限定スイーツはふんだんに四季のフルーツを使って、甘すぎず食感も楽しい──」

「シャニーが壊れた」

「ほんと……あんたは食べ物のことになると魔人化するよね」

 

 噛むこともなくツラツラと興奮して語るシャニーを前に、ケーキを頬張りながらレンが目を点する。ルシャナはもう慣れているのか、ウンザリを吐き出したと思うと肘でつつく。

 

「こんなおいしいのを毎日ロイ様におねだりなんて、悪女だねえ」

「人聞き悪いぞ! と言うか、毎日じゃないから!」

 

 さすがにロイも毎日オスティアに行ったりはしないし、おみやげを都度ねだるなんてはしたないではないか。なにより、このような飛び切りは、たまに食べるからこそ堪能できるというもの。そうした一線を弁えてこそ、スイーツ愛と言えよう。

 

 

 

「ふぃ〜! おいしかったぁ」

 

 店を出たシャニーは、お腹をさすりながら満足を朝日に教えるように天へと叫ぶ。

 時計に目を下せばまだ10時だ。この後は、各自で好きにぶらつくことにしている。

 

「この後どこ行く予定なんスか?」

「決まってるじゃん! 食べ歩き、食べ歩き!」

 

 よくぞ聞いてくれた。ミリアに今日のターゲットをずいっと見せつけてやる。

 オスティアと言ったら、食の宝箱の異名を持つグルメの街。今日こそガイドブックを研究し尽くしてきた成果を活用せずしていつ活かすというのか。

 

「うえっぷ。見てるだけで胃もたれしそうっス」

 

 ガイドブックにつけた印──気になるグルメをどんどん見せていたら、ミリアは青い顔をしてそそくさ退散していった。グルメでないとしたら、いったいみんなどこに行くのだろう。

 

「みんなはどうするの?」

「私は魔法書店に。ランクAの魔導書を置いてるみたいだから」

「ウチはパーツ屋っス。二丁化の改造部品を仕入れるっス」

 

 レンとミリアはまだ見ぬ獲物を思い描いているのか、やたらと気合の入った顔をしている。意外とみんな真面目だった。遊びに行こうと誘ってくれた割に、休みの日にまで仕事の絡みとは。なんだか、ひとりはしゃいでいるのが恥ずかしくなってしまうではないか。

 

「ま、私はあんたに付き合ってあげるよ。見てるだけだろうけどさ」

 

 背後からポンポン背中を叩かれた。さすが幼馴染……と言いたいところだが、幼馴染なのだからルシャナの魂胆は知れている。

 

「そんなこと言って。介抱役でしょ?」

 

 食べ歩き先で飲んだくれて、もしぶっ倒れてもお守りしてもらおうとしているに違いない。

 

「さすが幼馴染! まあウィン・ウィンてことでよろしく」

「ウィン……ウィンかあ?」

 

 まるで隠すそぶりも見せないところがまたルシャナらしいというか。イリアにいた頃からで慣れてはいるものの、今日はいったい何酒だろう。絡み酒でないことを祈るしかない。

 

「もう……。ホントうわばみさんなんだから────」

 

 せめて繰り言を浴びせておこうと思ったその瞬間だった。強烈な衝撃──なにか、揺れという殴りつけられたような〝流れ〟の狂い。はっとして振りむいた刹那、耳をつらぬき全身を芯から震わせる爆音に吹き飛ばされそうになった。

 

「な、なに?!」

 

 まるで火山でも噴火したような火柱が上がっており、それだけで目が乾きそうなくらい空を赤と黒に染めて膨らんでいく。往来でごった返していた中央街は蜘蛛の子を散らすようなパニックで、耳をつんざく悲鳴が折り重なり、黒煙から逃げる爆発にも似た激流と化した。

 

「みんな! スクランブル! このまま作戦開始!」

「イエス! リーダー!」

 

 あの爆発はとても事故とは思えない。戦場でさえめったに経験することもない規模と言える。

 

(なにが起きたっていうの? お膝元とは言え……いや、だからこそ、だよね)

 

 いくら管轄地域外であっても、この場を放ってなどおけないだろう。なにより、オスティアゆえに、だ。それが分かっての襲撃となれば、一刻を争うに違いない。叱責など、後から考えればいい。仲間たちの先頭を走り、激しく揺らめく〝流れ〟の源流へと急ぐ。

 

(この複数の〝流れ〟の乱れ……)

 

 いったい何があったというのか。鉄壁を誇るリキア最大の都市オスティアで、夜を狙うこともなく白昼堂々の攻撃とは。ドミノ倒しのごとき人の流れを逆走して掻き分けた先で、すぐに答えが見つかった。

 

「かわい子ちゃんじゃねえか! ちょっとカラダ貸せや!」

 

 人ごみを狩るように駆けてくるのは屈強な男たちだった。クスリでもキメているのか、その視線は嫌らしく絡みついてくるよう。飢えた獣のごとき彼らは、巨体でそのままのしかかってやろうとばかりに、斧を振り上げて突っ込んでくる。

 

「隙だらけだ!」

「ぬお?!」

 

 電光石火に飛びだして刃が鋭く鞘を擦った刹那、抜刀一閃に突き抜けたシャニーの背後で、崩れた男が音を立てて石畳に沈む。

 

「リーダー、直進方向に敵多数。武器、戦斧」

 

 次のターゲットへむけて太刀を霞に構えると、背後からレンの分析が飛んできた。どうやら、視界に映る手合以外にも、かなりの数が控えているらしい。

 

「これだけの賊って……──も、もしかして」

「ああ。こいつらきっと、新聞に出てた盗賊団だね!」

 

 横にならんで槍を構えるルシャナも同意見のようだ。以前のレンの見立てでは、盗賊団は西進してオスティアに向かっていた。

 どこかそれも楽観視していたところがあった。なにせ、ここはリキアの中心地オスティアだ。難攻不落と世界的にも誉れ高い場所を攻めるには、一介の盗賊団では荷が勝ちすぎている……はずだった。

 

「まさか侯女様のお膝元を攻めるなんて?!」

「名前を挙げようってんだろ? リキアにこれ以上の場所は無いしさ!」

 

 あろうことか、リキア同盟の盟主にホンキでケンカを売るとは思ってもいなかった。むしろ、だからこそだったということになる。先見の明の無さに、ギリっと奥歯を噛んだ。

 

「許さない! 守備隊が着くまで、あたしたちで足止めするよ!」

 

 今となっては、起きてしまった事件を一刻も早く収束させるしかない。相手がどれだけの規模かは分からない。とは言え、ここは鼻面が刃に触れるほどの最前線。民を守れるのがこの四人だけなら、為すべきは一つに決まっている。

 

「天馬を呼んでる時間が惜しい。このまま突撃する!」

 

 規則から言えば、オスティアの守備隊と合流するべきだろう。端からそんな選択肢はなかった。左手に己の流儀を握り締め、火の手が上がる街を敵陣へと駆け抜ける。

 

(それにしても……あの斧)

 

 道すがら、倒した賊が引っかかっていた。賊にしては、やたら質の高い武器だった気がする。おまけにピカピカでかなり手入れが行きわたった……と言うより、まるで使ったことがないような。……この襲撃に合わせて調達したとすれば不自然でもないか。

 この不穏な〝流れ〟の中で嫌な予感ばかりがよぎるが、それ以上詮索する時間はなさそうだ。

 

「バカめ! 身の程知らずめが!」

 

 盗賊団の本隊がついに進撃を開始して、真正面から向かってくるシャニーたちを見つけて物色し始めている。

 

「捕まえて食っちまっていいか?」

「たりめえだ! キレイに仕留めろよ!」

 

 口走って嬉々とする姿は獣そのもので、あまりに飢えて舌なめずりしているものまでいる。

 やはり賊か、陣形もなくただ突っ込んでくるあたり、練度としてはそこまで高くはなさそうだ。とは言うものの、傭兵崩れのような者まで混じっていて気は抜けない。

 

「セチ! 行くよ! 二の颯!」

 

 予想はしていたものの、とにかく数が多すぎる。囲まれて押し込まれたら一瞬で終わってしまうだろう。最初からセチを開放し、紫電一閃に敵陣の中へ突っ込んで飛びまわる。青い軌跡を先頭に、賊たちが渦を作り出した。

 

「ミリア! あたしに構わずぶっ放して!」

「もとからそのつもりっス! いっけえ! バラージショット!!」

 

 好機に照準を合わせていたミリアが吼えるや、無数のボルトが炸裂して賊を引裂いていく。ガトリング式に改造したクロスボウは、全てを弾き飛ばした青の風を残して霹靂(へきれき)閃電に戦端へ風穴を開けた。

 

「へっ、どんなもんだい!」

「ナイス! どんどん行くよ!」

 

 さすが四人の中で最高の攻撃範囲を誇る十八部隊の弾幕だ。剣を突き上げてミリアに合図すると自ら一番槍として敵陣に突っ込んでいく。

 道を塞ぐほどの盗賊たちに青の軌跡が突っ込むさまは、まるでそれそのものが矢じりのよう。割り行った最前線にボルトや魔法が雨のごとく降り注ぎ、突破口をこじ開けるまで時間はかからなかった。

 

 

 

 

 あらかた戦闘員が出撃して静かになった通り。オスティア城の方角では戦闘が始まったか、荒々しい応酬が響いてくる。

 そんなすでに終わった場所へ、ひとりの男が現れた。

 

「ようやく見つけたぜ」

 

 ミント髪の男はそれだけ言うと、頭上を見上げて不敵な笑みを浮かべた。だが、それも一瞬のこと。感情を潜めると一歩踏み出す。

 

「……ん? ──チッ!」

 

 その足はすぐに止まった。振りむいた彼の視線の先には、駆けてくる四人の乙女たちがいる。

 

「ディ、ディークさん?!」

 

 シャニーはやむなく距離をあけて仲間にストップをかけた。

 遠くにぼんやり見えてきたときから、嫌な予感はしていた。いや、それこそ、〝流れ〟の揺らぎのなかに最初からいた。信じたくなかったけれど、目の前に立ちはだかられては……。

 

「ったく、またお前かよ。もう一度言うが、俺はお前みてえな毛も生え揃わねえようなガキは知らねえぞ?」

 

 ミント髪の男は話をやめたがっているのを見せつけるように、頭の裏に手ぐしを突っ込んでボサボサやりだした。その背にはずっしりと重そうな大剣をかついでいる。大剣……それはディークの得物であり、象徴と言ってもいい。あんな巨大な剣を軽々振りまわせる傭兵など、彼以外にそういるものか。

 

「とぼけないで! ディークさんなんでしょ? なんでそんなこと言うの?!」

「ごちゃごちゃウルセぇよ。とりあえず、そこを退け」

「退かないよ。ここで何をしてるの? 誰に頼まれたの?!」

 

 構わず歩きだそうとする男の前に立ちはだかると、彼は手で払って睨んできた。それでも一歩踏みだす。これ以上はあの剣の射程に入ってしまうが、ここで退いたら二度と会えないかもしれないし、何よりこんな場所に現れる理由がどうしても気になる。

 

「守秘義務がある。わりぃがノーコメントだ」

 

 それだけしか言ってくれなかった。退け──彼の目からは、もうそれしか伝わってこない。

 そのときだ。さっき無力化した連中が戻ってきて、彼らはシャニーたちを指さして呼びかけた。

 

「おいッ、そ、そいつらは仲間をやった奴だ!」

 

 彼らの視線の先を追っていく……信じられない。けれど、彼らが見ているのはディークに間違いない。

 

「な、仲間?! ディークさん……まさか、まさか……」

「こことボスは俺が守る。お前らは攻め上がれ」

 

 シャニーの言葉など聞こえていないかのように、ミント髪の男は賊たちに指示している。

 応を返した連中は街中へと消えていく。なんとかしようにも、目の前には立ちはだかる男。セチの魔力で飛び出せば間に合うか──足先に力をこめ、追撃しようとしたときだった。

 おもむろに背中に手を伸ばし、ミント髪の男は大剣を握りしめた。彼は賊たちの姿が消えたのを待っていたかのように、静かに目を閉じ一つ大きく息を吐き出す。

 

「てめぇらの相手は、この俺だ 」

 

 開かれたのは、よく知るあの目だった。迎え入れるような間がありながら、捉えられたら絶対に逃れる術のない鋭さ。あまたの戦場で逆境を切り拓き続けてきた、底知れぬ──戦神の眼光。

 

「ディークさんッ。許せない……ッ。許さない!! あたし……あたしはディークさんを……信じてたのに!」

 

 はっきりしてしまった。オスティアに攻め上がり、罪もない民を巻きこんだ組織に与しているミント髪の男……それが、ディークだったのだと。賊と通じるなど、彼の流儀からしたら絶対に〝ナシ〟のはずなのに。

 堪らず太刀を構えてその鋒に捉える。標的──ディークの額を。

 

「御託は結構だ。さっさとかかって来い。じゃなきゃ……死ぬぜ?」

 

 それでも踏み込めない。ディークの言うとおり、待っていたら死ぬだけだ。かと言って、仁王立ちして待ち構えているのに突っ込めば、一発で首を持っていかれるだろう。

 

「みんな! 街中に入ってったヤツらを追って! ディークさんは、この人は……あたしが引き受ける!」

 

 弟子として、この人だけは絶対に自分の手で止めて、目を覚まさせなければならない。相手は動乱を鎮めた最強の一角。全力でなければ立ち回りさえできないだろう。その意味(・・・・)でも、部下たちには荷が重すぎる状況と言える。

 ところが、仲間たちは返事もせずに武器を構えなおしているではないか。

 

「何してんの?! 早く!」

 

 ディークがいつまでも待ってくれるわけがない。やむなく一歩踏み出してありったけ叫ぶ。

 

「シャニー一人にはさせない」

 

 返ってきたのは、守りを高める魔法とレンの小さくも胸に響く声。

 

「師匠が師匠なら弟子も弟子だね。一人で抱え込んでさ」

「あ……」

「師匠の目、醒させるんだろ? 全力ぶつけなよ! 暴走したら、私らが止めてやるさ!」

 

 横に並んで槍を構えるルシャナが鼻で笑いながら飛ばしてきた激励に、知らないうちに言葉にならない声が漏れていた。

 セチの力が暴走してしまえば止められない。少しでも離れて欲しかったが、仲間たちは静かにうなずいている。

 

「みんな……。セチ! オーバードライブ!」

 

 今は仲間を、信を託して背中を守ってくれる者たちを信じてさらに踏み出す。精霊の待つ、意識の向こう側へ。

 

「これは……すごい満たされて……。ふふ、いいよ相棒、やっちゃいなよ!」

 

 はっきりと、いつも以上に鮮明な声が背中を押してくれる。まるでセチとひとつになったような軽さは、重く押し潰されそうな鈍い鎖のごとき感覚が嘘のよう。

 

「ほぉ……こりゃあすげえな」

 

 ミント髪の男は肩に大剣をかついだまま感嘆を漏らしている。とは言え、慄くわけでもないその口元はわずかに上向いて、精霊の風を物ともせず仁王立ちを崩さない。

 

「フェレ侯爵家天馬隊シャニー、行くぞ!」

 

 風の魔力に乗り、音速に地を滑って男のもとへ辿りつく。矢のごとく突っ込んで流れのままに斬り上げても、その鋒は見切られて掠りもしない。そのまま疾風怒濤に攻め続けたのに、一太刀さえ触れられないどころか、彼は大剣を肩にかついだまま。

 剣筋はすべてお見通しとでも言うのか。フェイントをかけた一閃も、ようやく動いた大剣に受け止められて鈍い音をあげた。

 

「おっと! すげえ速さだな。どんな剣だ?」

「颯閃一刀流……だけど、ベースはディークさんに教えてもらったものだよ!」

 

 ばっと後ろに退き、近距離からセチの魔力で急加速して空から振り下ろす。この空中からの袈裟斬りだって、ディークに仕込んでもらったものだ。

 

「ハン。そのディークとやらの剣は、忘れたほうが引き出せそうな型だがな!」

 

 渾身の一撃もあっさり大剣で受け止められ、刃の上を滑らせるように火花を散らして流されてしまった。大きく体勢が崩れ、やむなく距離を取る。

 

「なんで?! なんでそんなこと言うの!」

 

 どこまで突き落とせば気が済むのだろう。傭兵としての流儀を、人生の支えとしてきた教えの刻まれた剣を、忘れられるわけないに決まっている。悩んだとき、どれだけこの剣を振っては、教えを頭で繰り返してきたことか。

 それでも、再び肩に剣をかついだ男は何も答えてくれなかった。

 

「それだけじゃない! ディークさん! なんでこんな民に被害が出ることに加担してるの?!」

俺は(・・)、傭兵だからだが? いい加減、喋ってると──舌噛むぜ!」

「くぅっ?!」

 

 見えなかった。走った〝流れ〟の揺らぎを頼りに、なんとか身をよじり太刀を出して斬撃の軌道を変えたが、あまりの衝撃で体が宙に弾かれた。

 

「決めるとすっか!」

 

 宙を錐もみする中で見えてしまった。ディークが剣を頭上へ放り投げている。あれは……──戦慄が走る。飛び上がったディークは剣を掴み、そのまま渾身に振り下ろしてきた。その目は……優しかったあの目ではなく、敵へ向けていた鬼神そのもの。

 

「終いだ。恨むなよ──!」

 

 空中からの渾身の一撃は、大剣の自重と男の剛腕でまさに鬼の一振り。石畳を粉々に砕いてそれでも足りず、背丈ほどの幅までえぐって飛び散った。

 

「へえ? さすがにすばしっこいな?」

 

 それでも、砕けたのは地面だけ。男は正面を見上げると大剣を引き抜き、また肩に担ぐ。シャニーは宙を飛ばされながらも、セチの魔力で風を操り態勢を整えて退避していた。

 

「……今のではっきりしたよ。やっぱり、あなたはディークさんだ!」

 

 間違いない。あの技は、あの一撃必殺の剣はディークの奥義だ。いつも傍で見てきた。絶体絶命になった自分の前に現れてその逆境を振り払ってくれた、憧れの背中が揮った技に相違ない。

 

「俺が誰かなんぞ、どうでもいいだろ」

「よくない!! 目を覚まさせてやるんだから!!」

 

 なのに、ディークはそれしか言わない。これしかない……ふたたび空中に飛びだして渾身を振り下ろす。見上げる彼と視線が近くなる……そのときだった。彼はふいに視線を外した。

 

「…………ッ、あいつ!」

 

 舌打ちするや、男はそう口走り背後から何か取り出し──投げ斧だ!

 

「いけない! 」

「ちっ──」

 

 空を裂く音と分かるころには高い金属音が響き、斧が宙に飛び出して陽が飛び散る。瞬きする間も与えないミリアの早撃ちが、ディークの手にした手斧を弾き飛ばしていた。これには焦ったようだが、再びシャニーに視線を合わせた男が怒声を飛ばすまで秒とかからなかった。

 

「シャニー! 退け!!」

「えっ?!」

 

 今、彼はなんと言った? 名前を呼んでくれなかったか? 呼んだ、たしかに呼んだ。シャニーとはっきり呼んでくれた。間違いない、彼はディークだ。やっぱり彼は覚えてくれていた。忘れてなんかない。でも、彼は……。

 

「くそったれがあ!!」

 

 堪らず身をよじる。あろうことか、怒声をあげたディークは隙を突いて持っていた大剣を投げつけてきたではないか! あんなデタラメ、動乱でさえ見せたことなどない。なんとか剣を避け、どんどん距離が縮まる。彼は丸腰。セチの魔力で加速すれば、今なら……──斬れる。

 

「くっ……」

 

 賊に加担する悪は倒さなければならない。でも……。彼は忘れてなどいなかった。自分を大事にしてくれた、師父のような憧れの人をこの手で斬るなど……。彼との思い出が、走馬灯のように走って周りの景色が遠ざかる。

 

「うおお!」

「かはっ……」

 

 スピードが落ちた隙をディークが逃すことはなく、飛び込んできたシャニーを白刃どりで引き寄せ、みぞおちに一発突き込んだ。

 するりと手先から太刀がすり抜け、乾いた音が石畳に響く。吹き荒れていた旋風は一瞬で止まり、ディークの腕の中にすっぽりと収まった。

 

「ったく。甘さが抜けねえな、おまえは」

「ディークさん……やっぱり覚えてくれてたんだね。……──嬉しい」

 

 ディークの腕の中でシャニーは涙を隠さず声を震わせていた。

 激痛に悶える視界に見えたのは、大剣が貫き倒れた弓兵。彼はまた守ってくれた……そう思うと、溢れる気持ちが泉のようにとめどなく流れてくる。

 

「ったく、相変わらずガキみたいなこと言いやがって」

 

 頭の裏に手ぐしを突っ込んでボサボサやりながらも、ディークの口元には安堵が広がっていた。

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