ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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ついにミント髪の男がディークだと白状したものの、まだ何も終わっていない。
早く止めなければなるまい。オスティア襲撃の〝元凶〟を。
今度こそディークと一緒に戦える。そう意気込むシャニーに、彼はとある条件を突きつけた。


憧れの背中

 状況が状況だとは分かってはいる。せめて、あと少しだけでもこのままにして欲しかった。

 みぞおちの痺れが退いてきたのを察されたのだろうか。ディークは包んでいた腕を解くと肩を持って立ち上がらせた。

 

「とりあえず話は後だ。俺はボスを討つ」

 

 口調も、表情も、もうすっかり元のディークに戻ってくれた。喜びに膨らむ胸いっぱいに声をかけたったけれど、それ以上に彼が口にした話が気になった。

 

「ボスをって……。ボスに雇われてたんじゃ?」

 

 さっき彼はハッキリ言ったはずだ。〝こことボスは俺が守る〟と。それが一転してボスを討つときたもんだ。まるで理解が追いつかずに口元をぎゅっとさせて顎に手を添えていると、ディークは手を広げて舌打ちを始めた。

 

「ったく、これだから素人が首突っ込むんじゃねえってんだよ」

「ディークさん! 改心してくれたんだね!」

 

 ようやくピンときた。きっと、自分達との戦闘を通じてかつてを思い出してくれたに違いない。お帰りと言いたくて思わずディークの手を取った。また負けてしまったとは言え、これなら命がけで勝負を挑んだ意味もあった。

 

「あー……そうだな。おまえの清楚で純真な、子供みてぇな心に薫陶を受けてな」

 

 ところが、ディークは目をつぶるとあからさまに面倒くさそうに髪をぼさぼさやりだした。口調もどこか気だるそうで、ぜんぜん嬉しくなさそうだ。

 

「くんとう? よく分かんないけど……なーんか、バカにされてる気が……」

「……。とにかく、俺は行く。おまえは市街を頼む」

 

 追及の目を避けて、そのまま流れるように握っていた手をぱっと払われてしまった。

 どこへ行くとも、目的も何も告げずにディークは行ってしまおうとしている。また危険なことに身を染めているに違いない。

 今までだってそうだった。こうやって背負わせて(・・・・・)くれない時は、いつだって。遠ざかる背中に不安が募る。

 

「待って!」

 

 そんなのはもうイヤだ。あのときはぐっと堪えた。今なら、もういいに違いない。剣の腕では遥か届かないかもしれない。それでも、今はもう、並んだはずだ。思わず飛び出し彼の腕を取る。

 

「あん?」

「あたしもディークさんと一緒に行く!」

「だぁっ! なんでそうなる! おまえはロイのとこの騎士だろうが!」

 

 ああやって昔のように、なにも言わずに飛び出せば諦めるとでも思っていたのだろうか。ディークには珍しく慌てたように声を張り上げている。

 ちっとも怖くないどころか嬉しかった。彼はきっと、本気だと受け取ってくれたに違いない。でもなければ、また「ナマ言ってんじゃねえ」とでも言ってあしらわれたはずだ。

 

「え……。なんで知ってるの?」

 

 それ以上に、ロイに仕えていることをディークが知っているのが不思議だった。彼とは山間部で一度遭遇しただけで、それだけで分かるはずないだろう。

 

「ちょっとした便利屋(・・・)をやっててな。情報は命ってだけだ。分かったら退け、たがいの仕事があんだろ」

 

 便利屋がどんな仕事かはよく分からない。この混乱の中、単身で何をこなそうとしているのだろう。ますます不安が膨らみ、この前の村襲撃が嫌でも浮かぶ。

 

「あたしはディークさんが心配なの! それに、まだ許したわけじゃないんだから!」

「おまえに許されるような話はないはずだが」

 

 言い終わりもしないうちに、ハイハイとでも言いたげな目がまた背を向けてしまった。

 

「まぁ! もういいもん! 勝手についてくから!」

「ああっ、クソがっ!」

 

 がっしりとディークの腕を掴む。振り払われても平気なように彼のベルトも握ってしがみつく。苛立った声が飛んできて腕が硬くなるのを感じるが、構わず被せた。

 

「だって、いるんでしょ? この元凶が(・・・・・)

「! おまえ……」

 

 彼は観念したようにため息すると、力を抜いて振り向いた。

 

「……時間がねえ。足手まといなら置いて行く。いいな」

「へへっ……」

「まぁ、おまえなら地上戦でもデビルアクス並には信用できるか」

「言い方!」

 

 ちょっとは認めてくれてもいいのに相変わらずだ。

 デビルアクスとは、凄まじい攻撃力をほこる代わりに、運が悪いと使った本人が真っ二つになる、文字通り悪魔の武器のこと。なんだか、手に負えない悪魔が憑りついたとでも言われたようで、言い返さないと気が済まない。

 

「あたしだって……成長したんだから。颯閃一刀流、見せてあげるよ」

 

 すっと太刀を引き抜いてディークに見せつける。彼と一緒の団にいた時にはなかった新しい力。槍だってもちろん進化させてきたが、師の教えをさらに研ぎ澄ませた剣こそ一番に見せてあげたい。

 

「精々アテにさせてもらうぜ。デビルアクス──」

「もういいって!」

 

 ぜんぜん信用していない目で茶化された。相変わらず子供を見るような目が悔しい。

 まだ問答無用で「下がれ」と言われないだけマシかもしれない。あのときは見習い騎士というのもあったのか、めったに先行させてもらえなかった。

 

「みんな、市街をお願い!」

「オッケー、リーダー。そのオジサンの監視(・・)は任せたよ」

「誰がおじさんだッ!」

 

 去り際、ルシャナはポンと肩を叩いてきてウインクしていった。彼女を先頭に北進する仲間たちの先にはオスティア城がある。

 彼らが角に消えると、あらためてディークと肩を並べて彼の視線の先を一緒に見据える。

 

「で、ボスはどこに?」

「この天辺だ」

 

 彼が見上げたのは意外にも近場だった。ディークに気を取られて忘れていたが、たしか高い建物の前にいた覚えはある。さっきの戦いで頭上から弓兵が狙っていたのはこの建物からだったか。

 それにしても、かなり豪華な造り──見上げた先に目が飛び出しかけた。

 

「えぇ?! ここって!」

「ヘルメス・オスティア。各地の領主様御用達の、リキア一の高級ホテルだな」

 

 見習いの頃もディークと見上げた建物だった。滑って下りられるのではないかと思うくらい緩やかに傾斜する壁はそれだけで芸術品のよう。オスティア城とどちらが勝っているのか分からないくらい背の高いホテルは、泊まりたいとディークにねだったら「一か月タダ働きならいいぞ」と返ってきたくらいの高嶺の花だ。

 

「さぁて、大物狩りと行くぜ!」

 

 大剣を肩にかつぎ直したディークの口ぶり、目の前にそびえたつ摩天楼……。思っていたのとは全然違う〝ボス〟が待ち構えているようだ。

 

「ラジャ! へへっ、久しぶりにディークさんと一緒に仕事できるよ」

 

 駆け出したディークの背中についてホテルへと突入する。襲撃で避難したのだろうか、ロビーには人の気配は何もなく、ガランとして気味が悪い。さっさと上の階を目指すべく螺旋階段を駆けあがる。

 

「シャニー、これだけは守ってもらうぜ」

 

 途中の階などまるで眼中にない様子で登っていく背中から、突然に約束が降ってきた。

 

「おまえは喋るな。あくまで、おまえはフェレ家の騎士で、俺とは現場で鉢合わせただけ。いいな?」

「そ……そんな」

 

 階段を転げ落ちて行ってしまいそう。せっかくディークが背中を預けてくれたと思ったのに、今の一言に打ち砕かれた気がした。このままでは、見習いのときと何も変わらない。堪らず立ち止まった。

 

「またなの?」

「ん?」

「どうしてディークさんは、背負わせてくれないの(・・・・・・・・・・)?」

「……守れねえなら、おまえも敵だ」

「──ッ!!」

「行くぞ!」

 

 あの時からそうだった。自分に対してだけではない。ディークは動乱中で誰にも自身を任せることをしなかった。身分問わず多くの人が声をかけていたが、俺のような傭兵に、俺のような剣闘士上がりに……いつもそんな感じで一線引いていた。

 たくさん守ってくれたし、与えてくれた。だけど、肝心なところではいつも独りで行ってしまって、守らせてくれなかったし、恩返しもさせてくれなかった。

 二年前は、見習いでは足手まといだからかもしれないと思った。ならば今は、それでは……。

 

「ごめん、ディークさん。それは守れない」

 

 ふたたび駆け出して小さくなる背中を、大きな声で引っ張り戻す。

 

「何……?」

「騎士として、民を守るために最後まで寄り添わせてもらう。それがあたしの──流儀だよ」

 

 流儀などなにもない、ただ一人前になりたい見習い騎士だったころとは違う。なにより、傭兵(プロ)として己の流儀を見つけ、何があっても曲げるなと教えてくれたのは彼に他ならない。見せたかった、自分の成長を。そして、背負わせて欲しかった。

 肚をくくり怒鳴られ上等で生意気を言ったつもりが、振り返ったディークは驚いたのか目を見開いている。

 

「ハッ……。ナマ言ってんじゃねえと言いてえところだが……」

 

 彼は鼻から息を抜くように笑い、また前を向いて大剣を担ぎ直した。

 

「なら、好きにしなッ。行くぜ!」

 

 ひとつ言い放ってディークは飛び出した。力強く駆け上っていく彼の背中を見上げると、不思議なくらい意識とは無関係にわっと顔が綻んでくる。

 

「ラジャ!」

 

 好きにしろなんて、言われたことはなかった。今度は任せたと言ってもらいたい。そのためにも……。最上階を目指し、ひたすら背中を追う。

 

 

◆◆

 突き抜けるような空と街並みを一望できる最上階のコンサバトリーは、すべてを支配しているような錯覚させ覚える高揚感を掻き立てる。

 ところが、部屋の主──白髪交じりをオールバックで固めた老紳士は、彷徨うように窓辺でうろうろして落ち着かない。

 

「本当にうまく行くのだろうな」

 

 この部屋でつい数十分前に浴びせた疑念を、飲み込みきれない様子で吐き出した。

 

〝──大丈夫ですよ。あなた方なら分かるでしょう、穴がどこにあるのか〟

 

 部屋を訪れたあの男は、「心配性ですね」と笑ってそう言っていた。

 ただでさえ神経質そうに固く閉じていた口元が、ギリっと不安を噛み砕く。

 

「くそっ、あいつらどれだけ時間を要しておる!」

 

 街の様子を見ても、最初ほどの変化は見られない。火の手が上がり、逃げ惑う人の流れは彼にとって予想通どおりの勢いと方位だった。にもかかわらず、まるで坂を昇る球のように、今や勢いはなく侵攻は止まって見える。

 

「わりいが、どんだけ待っても知らせは来ねえぜ」

 

 そのときだ。逞しい声が扉越しに突っ込んできた次の瞬間、力任せに蹴破られた扉が部屋に飛び散った。

 

「邪魔するぜ」

「な、なんだ貴様は!」

 

 突っ込むディークのうしろについて入った部屋は日差しで眩しい。シャニーが霞む目を細めて見渡すと、仰天して目を見開く一人の老紳士が身構えていた。

 

「えっ……。ええ?! この人って?! どこかで……」

 

 頭の後ろに引っかかっているのに名前が出てこない。一度会っているのは間違いないし、酷いことを言われた気もする。現に、紳士はこちらの顔を見るや慌てだしていて、面識があるに違いない。

 

「ま、待ってくれ! 私は言われた通りにしただけなんだ!」

「誰ですか! それは」

「チィッ。おい!」

 

 自分から喋ってくれるとはラッキー……すかさず聞き返したらディークにベルトを掴まれ引っ込められてしまった。

 

「素人は引っ込んでなって。だから連れてきたくなかったんだっつの」

 

 彼の言いぐさに思わず膨れてみせたものの、紳士は自身のボロに気づいたのか口をぎゅっと閉ざしてしまっている。

 前に出るなと言わんばかりにシャニーを腕で遮りながら、ディークは一歩紳士に近づいた。

 

「今なら、あんたには選択肢がある」

「選択肢だと?」

「このまましょっ引かれるか、俺たちに協力するか」

 

 目が飛び出しそうになった。大物狩りとも言っていたし、侵攻の黒幕に違いない。その相手に拘束以外の交渉を持ちかけるなんて。止めようとするのを見切られていたように、ディークの腕に押し退けられる。

 

「あんた、確かラウスの現当主だったよな?」

「ああっ! って、ええ?!」

 

 ディークが口にしてようやく引っかかっていたものが飛び出した。

 ラウスといえば、リキアに来て間もないころ営業に出向いた中堅貴族だ。ひどい言葉を浴びせられた記憶が蘇ってきた。

 

「息子に孫にと、二代にわたって大罪犯したのに、あんたを当主代行に残すとはロイも器がでけえもんだぜ。ま、このままリキア同盟に引き渡しゃ、今度こそラウスも終わりってわけだ」

 

 老紳士は三代前の当主との事。この紳士の息子は反乱を企てた末に、ロイの父エリウッドたちに討たれたと聞く。さらにその息子は、先の動乱でベルン側につきロイ率いるリキア同盟軍に倒された……らしい。とは言っても、その時すでにロイと一緒に戦っていたはずなのだが。

 あのときは生きるのに必死で、どこのだれを倒したとかあまり覚えていないが、今ならラウスがどこかしっかり分かる。

 

「で、でもラウスも襲撃を受けてたよ?!」

 

 新聞で襲撃を知り、ロイに守備範囲を広げていいか聞いたのは記憶に新しい。

 なのに、ディークは呆れたように両手を広げるだけで意に介さずといった様子だ。

 

「くせえ芝居ってところだろ。それとも、そいつも指示されたってか?」

「ぐぐ……」

 

 反論材料を絞ろうとしているのが、紳士の逸らした目とギリギリ歯ぎしりが聞こえてきそうな口元から伝わってくる。

 

「ま、あんたの城を漁りゃ分かることだがな」

「なんで?」

 

 頭が追いつかない。よく分からないままディークのペースでトントン拍子に進んでいく。

 なんだか、これが同盟主のお膝元を狙ったドンとは思えないが、ディークには確信があるらしい。聞いたらまた面倒そうなため息が返ってきた。

 

「チィ、そのくらいピンと来やがれ。村の宝物がありゃ、クロだろ」

「おおー! 確かに! ディークさんすごい!」

「やれやれ……大丈夫かよ」

 

 頭のキレる人たちが本当に羨ましい。自分だって〝流れ〟の揺らぎでピンとくることもあるが、それが何かはいつも元凶まで近づかないと分からないし、この老紳士にはどうにも揺らぎさえない。

 それにしても、胆力にしても、そうした意味でも、この老紳士は本当に(・・・)首謀者なのだろうか。

 

「信用できるか。どこの馬の骨ともわからんお前らを」

 

 老狐のような顔つきそのままに、警戒して老紳士は口を割ろうとはしない。

 

「あたしは──」

「俺は騎士じゃねえ。金次第で何でもする便利屋ってところだ」

 

 身分さえ分かれば事態を動かせるかもしれない。とっさに口を開いたとたん、ディークの腕にまた押し退けられ被された。

 彼にギロっとひと睨みされて言葉を飲み込んでいるうちに、ディークはふたたび老紳士に目をやり毅然とした声で持ちかけ始めている。

 

「あんただって筋さえ通ってりゃ依頼は受けるぜ? あんたは最悪を免れる、俺はネタが手に入る。契約ったあ、そういうもんだろ?」

 

 老紳士は目をつぶり、歯が見えるくらい唸って葛藤を噛み潰そうとしているかのようだ。

 そのうち、あごに添えていた手を下ろすと、今までに無いほどまっすぐ見据えてきた。

 

「わ、分かった。手を貸そう」

「話が早くて助かるぜ。んじゃ、まずは襲撃をやめさせてもらおうか?」

 

 ディークが大剣を肩から下ろした瞬間だった。下ろしていた老紳士の手が〝流れ〟を揺らす。

 

「バカめ! 死ね!」

 

 金具同士が噛み合う軽そうな音をまとって突き出された老紳士の右腕。その先でディークに向けて握られている真っ黒で鳥のような形──クロスボウだ!

 

「ハッ、やっと馬脚を露し──」

「ディークさん! 危ない!!」

「ぬおっ?!」

 

 どうやってやったか覚えていないが、気づいたらディークに体当たりして吹き飛ばしていた。

 ハッとしたのはディークと目があったからだけではない。閃と感じた〝流れ〟の揺らぎが、まっすぐ突っ込んでくる。

 

「おのれハイエナめ! まず貴様から受け取れ! この機械弓の短針をな!!」

 

 振り向くとクロスボウの照準が陽にぎらついていた。あの軌道……不可避。

 

「クソがッ! 間に合わねえ……!」

 

 端にディークが立ち上がったのが見えた。引き金が引かれているのに、この間合いではもうムリだ──カチンと意識のなかに飛んだ稲光が、青焔に火を点けて噴き出した。

 

「なっ?!」

 

 打ち付けられたように止まるディーク。シャニーに浴びせられた短針の全てが、馬車の車輪に触れた石のようにあらぬ方向へ跳ね飛んでいく。

 老紳士も仰天して目を見開くや強く構えて連射したものの、そのうち引き金が乾いた音をたてはじめた。

 

「ま、魔人……」

 

 青焔を吹き上げ目を翠緑に光らせる乙女に、老紳士はかすれた声で恐怖を漏らし後ずさる。

 

「ディークさん! 大丈夫だった?!」

 

 今は彼など後回しだ。ディークのもとに駆け寄ったシャニーは、彼の髪に手を突っ込みさすってみた。コブはできていないし、どうやら無事に済んだらしい。

 ホッとする間もなく、グイッと腕を掴まれて無理やり視界に老紳士を映されるや、背中にバシンと衝撃が走った。

 

「バカ野郎! 状況を俯瞰しやがれ! あのくらい備えてるに決まってるだろうが!」

「エ゙ッ?! うわぁ! ごめん!!」

 

 まさか、ディークの作戦に水を差していたとは。

 たまらず手を結んで詫びながら、相変わらず駆け引きに頭が回らない自分の未熟さに嫌気がさす。せっかく……認めてくれたのに。

 

「ったく、俺みたいな人間に無茶すんじゃねえ!」

 

 それでも、ディークがそう口にした小言は、しょぼくれて萎みかけていた気持ちにカチンと火をつけた。

 

「何さ! 俺みたいって! 次言ったら絶対許さないんだから!!」

 

 まただ。また彼は言った、俺みたいな……と。

 いや、初めてか。同じ傭兵という立場の人間に使って見せたのは。憧れてきた背中の心が分からないのがもどかしく、歯痒くて語気を抑えられない。

 

「なんでディークさんは自分のことを悪く言うの? やめてよ! あたし、ディークさんのこと……すっごく尊敬してるのに……!!」

 

 なぜ、分かってくれない。大事だと思っているものを貶められる悔しさを。なぜ、もっと頼って背負わせてくれないんだ。……あんなふうに、作戦を邪魔する人間が言えたことではないか。勝手に涙があふれてきた。

 

「あーあー悪かったぜ! チッ、切り札がそんな形だったんなら先に言いやがれってんだ。それより前だ!」

 

 ディークはそれだけ言うと視線を外してしまった。

 

「ええい! こうなればどうなろうと同じだ!」

 

 パチンと密室に指を弾く音が響いた瞬間だった。別室やらテラスからやら、わらわらとなだれ込んできたのはラウスの騎士ではなく、身なりからして傭兵崩れの賊に違いない。

 

「おおっと、さすがに用心深いな?」

「きゃははっ。ねえっ、相棒。い〜っぱい出てきたよ! 一斉にぶっ潰したらキモチよさそーだねえ!」

 

 これもディークにとっては想定内と言うのだろうか。涼しく返す声には笑いさえ含んでいる気がする。頼むから、はしゃぎだした戦(セチ)狂とは違う理由だと信じたい。

 

「こいつらを生かして帰すな!」

 

 老紳士の一声に、無数の金属が擦れる音があちこちから宣戦布告を突きつけてくる。彼らは斧やクロスボウを構えていて突撃寸前。二対多数……勝負は瞬間で決まるだろう。

 

「シャニー、肚括れ!」

「言われなくても! ディークさん、機械弓は任せて! 残りお願い!」

「ハッ、了解だ、隊長さんよ!」

 

 いつものクセでつい指示を出してからハッとしたが、ディークは流れるように飛び出していった。

 大剣を肩にかついだディークは、自身より巨体な斧戦士の群れに立ちはだかっている。

 

「どぅりゃああ!」

「ぶっ潰してやらあッ」

 

 高級ホテルだろうがお構いなしに、斧が大理石をぶち破って火花が散り土煙があがる。

 

「どこ見てやがる! こっちだ!」

 

 後から後から、続々振り下ろされる即死の嵐をかい潜り、一箇所に集まった手合をディークは大剣で一撃のもとに薙ぎ払って見せた。軽々宙に放りだされた巨体は壁に穴を開けて戻ってこない。

 

「ランクBってとこか。ま、恨むなよ? っと……──相手が悪かったな」

 

 わずか数十秒。剣を払ったディークは次を定めて踏み出しかけたが、ひゅうッと口笛を吹いた。

 

「死ね! ぶち抜いてやる!」

 

 距離十分。複数のクロスボウがシャニーを一斉にとらえる。

 ミリアのガトリング式と違い、扇状に囲まれての一斉射撃はいくら身のこなしに自信があろうが避けきれないだろう。そう、それだけならば。

 

「消えた?!」

「隙だらけだよ!」

 

 部屋中を引き裂く短針をセチの風で跳弾しながら音速に駆け抜け、すれ違いざまの一閃でひとり、猫のように壁を走ってまたひとりと沈めていく。

 

「囲め! フルバーストだ!」

 

 さすが賊とは言え傭兵崩れか。戦況への対応は早く、彼らは扇状を崩さず壁側にシャニーを追い詰めた。半数が大型の金属弓に持ち替え、一斉に構えて押し込む作戦らしい。

 

「そっちがフルバーストならこっちもオーバードライブだ!」

「ふふ……キミたち、ツイてるよ。刮目するがいいさ。相棒、〝私たち〟の舞、派手に決めようじゃないか!」

「決めるさ。あたし達の譲れない一線、ここで守るよ!」

 

 満足げなセチの言う通りになるのは複雑だが、この状況を一発で逆転するにはこれしかない。魔力を爆発させれば、頭上へ掲げた太刀に旋風荒れ狂う。

 

「呑まれろ!」

「なっ、何だこの風は?!」

 

 賊たちの足元をさらって、渦が〝目〟に吸い込んでいく様は羽虫を弄ぶよう。

 

逢魔の月光(イクリプス・カレイド)!」

 

 巻きこまれ為す術ない者達への渾身の回転斬りが一閃。鋭く迸った弧は、月光のごとき軌跡を描いて絶体絶命を振り払った。

 残りは……あの老紳士だけだ。

 

「ぐっ……こんなはずでは……」

 

 部屋の隅に追いやられた老紳士の背が、ガラス張りのテラス窓に触れる。弾の切れたクロスボウを握ったまま、だらんと垂れ下がる腕は敗北を受け入れたように大人しくなった。

 

「……これでアンタはナシだ。しょっ引かせてもらうぜ」

 

 大剣を背にしまったディークは、後ろ手に老紳士を縛って部屋の外へと連れていく。

 陽を浴びるその背中を見つめたら、サンダーでも浴びたようにふいに胸がドキンとして「あ……」と声が漏れた。

 

「どうした? いくぜ」

 

 立ち尽くしているのを察したのかディークが振り返った。そこにあったのは、間違いなく大好きな顔だった。ずっと憧れてきた師の顔は頼もしく、懐かしい。

 

「はーい! たーいちょ!」

「な、なんだってんだ、おまえはよ。いきなり」

「えへへ、見習いの時を思い出しちゃって」

 

 かつての呼び方をしてみたくなった。駆けながら手を挙げて呼んでそのまま腕にくっつく。ようやく、帰ってきてくれたと実感できる温もり。ディークは照れたのか呆れたのか、じんましんでも出たような顔をして払い除けようとしているが、離れてなんかやるものか。嘘をついていたお返しだ。

 

「やっぱり……カッコ良かったよ。あたしの師匠(ディークさん)はやっぱり、世界一だよ」

「わけ分からねえこと言ってねえで行くぞ」

「あ、待ってよ、ディークさん!」

 

 縄抜けみたいにするっと腕を抜かれて、逃げるようにディークは歩調を早めて階段へと消えていく。

 一度窓から街を見下ろし、ディークの後を追う。

 戦火は鎮圧されたようだが、まだまだ終わりではない。彼から聞かなければいけないことはたくさんある。村を襲っていたのは、間違いないのだから。

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