ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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オスティア襲撃事件の翌日、シャニーはロイに報告をあげていた。
その功績にロイは大きなサプライズを用意する。
喜ぶシャニーだが、その笑顔は悲しさに引きずられるように快晴とはいかない。
またいなくなってしまったからだ。あの人が。


最高の再会

「それでね、それでね!」

 

 部屋の外まで聞こえそうなハツラツした声は、一つでは口が足りないくらいにあれもこれも喋ってまるでガトリングのよう。

 

「部隊のみんなと一緒に盗賊団を追い払ったんだよ! それでー、えっとねー。それでね!」

 

 オスティア襲撃の翌日、フェレ城へ戻ったシャニーはいの一番にロイから呼ばれて報告をあげていた。

 一面赤いじゅうたんが敷かれた応接間。金色の調度品やゲージュツを感じさせる絵画は恐ろしくて触る気にもならないが、駆け回って声を響かせてみたいくらい広々している。

 そんな場所に呼ばれて何事かと不安になったのは最初だけ。彼は身を乗り出して時折うなずきながら続きを急かしてくるよう。

 

 次はなにを報告しようか。忘れないうちに全部一番に伝えたい。昨日の奮闘を思い出したら我先にと一気に言葉が湧き上がってきて、口の中でケンカしてなかなか出てこない。

 

「うん、シャニーたちの活躍は聞いていた以上みたいだ。本当にありがとう」

 

 オスティアの市民から、心にスッと風が吹くような言葉を街から出るまでかけてもらえた上に、こうしてロイに直接褒めてもらえたら飛び上がってしまいそうだ。

 

「すごい人数だったけど、ほとんどあたし達がやっつけたようなもんなんだから!」

「シャニーたちのおかげだ。リキア同盟としても心から感謝しているよ」

「えへへ……」

 

 昨日は久しぶりに戦闘らしい戦闘になった。盗賊団とは言え傭兵崩れと思しき人間も多く、それなりの練度の組織相手でアドレナリンが出た。戦(セチ)狂は物足りないと言った感じだが。

 それでも成果は大きかった。今までより深く融合して太刀を振るえたからか、また距離が近くなったように感じるのはきっと気のせいではない。

 

「ほとんどってのは盛りすぎかもですけど、市中にいた賊連中、かなりの数で大変でしたよ」

 

 ルシャナの横目が嘘をつくなと突っついてくる。彼女によると、賊の殲滅より市民の避難を重点に行動していたらしい。強固な守備隊があるオスティアなら当然そうなるか。

 それでも、開かれた戦端の最前線に立ち、絶体絶命を切り拓いたのだから盛り足りないくらいと言ってもいい。

 

「そうか。民にほぼ被害が出ず済んだのは初期の対応が適切だったからだよ。しっかり訓練されてるね」

 

 報告に安心してくれたようで、ロイはほうっと荷が下りたように笑みを浮かべている。

 イリアでの賊討伐の日々がこんな形で役に立つとは。それだけでなく、市民の誘導や避難経路の確保……ベルン動乱での経験も活きたと言えるだろう。

 

「シャニー、そして天馬隊の皆、改めて礼を言うよ。ありがとう。君たちのような騎士がフェレにいるのを誇りに思う」

「わあ! うん、嬉しい! これからも頑張るからね!」

 

 思わずバンザイしてしまった。リキアの騎士として民に名前を覚えてもらえ、感謝の言葉をかけられただけでも心はヤル気スイッチ全開に次を求めている。さらにロイの期待に応えられたと思うと、もっともっと褒めてもらいたくなるではないか。

 

「頑張ればスイーツもらえるもんねー」

「ん。手癖悪かった」

「あ、あれは成り行きだよ! 成り行き! ねだったんじゃないし!」

 

 ルシャナとレンがわざとらしく蔑む目を向けて、そんな気持ちにさっそく冷や水を浴びせてきた。

 高級老舗(デリス・アプリコ)ら市民から、お礼にとスイーツをプレゼントされたのだ。せっかくの気持ちを断るなど、騎士として礼に反するだろう。食べきれなかった分を袋いっぱい詰めてもらったし、あと二日くらいは堪能できそうだ。

 

「ま、部隊長は途中から師匠さんについて監視(デート)に行っちゃって、ちゃんと頑張ってたか知らないんですけどー」

「ル、ルシャナ! デートって!」

 

 ルシャナの攻勢は止まらない。彼女の横目はこれでもかと物言いたげで、ロイが突っ込むのを誘導しているに違いない。

 

「あの後大変だったんだよ! ディークさんは任せてくれないし、相手はラウス当主だし、ボディガードわんさか出てくるし!」

 

 至近距離でクロスボウを向けられたときは悪い汗が出たが、ロイには言わないでおく。

 憧れた高級ホテルのスイートルームが、まさかあんなことになるとは。これも、ディークが部屋に行く目的や交渉の作戦を教えてくれないからだ。後で文句を言ってやろうと思ったのに。

 

「無事に帰ってきてくれて何よりだよ。本当に大丈夫かい?」

「うん! へーき! かすり傷ひとつ無いよ!」

 

 同じ問いがこれで何回目だろうか。

 ディークが側にいてくれたから今こうしてロイとお喋り出来ているのは間違いない。

 相変わらず、すさまじい剣術だった。足の踏み場もないほど現れたボディガードを、大剣一閃で一撃のもとに片付けるとは。盛った話ではなく、瞬きしたら全部終わっていたと言ってもいい。

 

「元気で良かった。ディークに感謝しないとな」

「あの場だってあたしめちゃめちゃ頑張ったんだよ! 弓兵ぜーんぶ倒したし! ディークさんも守ったし!」

 

 なんだか、一気にディークに手柄を持って行かれたような空気になってしまった。

 ルシャナたちにもあの場面を見せてやりたかった。クロスボウからディークを救い、雨のような短針の嵐を跳ねのけて一網打尽にして。あきらかに、彼女たちは信用していない顔をしている。

 

「でも、『邪魔すんじゃねえ!』ってゲンコされてたじゃん?」

 

 ラウス当主が連行されるのを見送ってハイタッチしようとしたら、ディークから返ってきたのはルシャナが口にした言葉とグリグリだった。

 一番見られたくない、叱られる姿だけを目撃されたことになる。

 

「ぐっ……。あ、あれは連携ミス……じゃなくて! ディークさんの演技に騙されただけで!」

「味方が騙されてどうすんのよ」

「ぎぎぎ……。純真な乙女の心を弄んでディークさんは!」

「はいはい。純真、純真。毛もなんとか〜って言われるくらいだもんね」

「それ言わないで! 今度会ったらそれ謝らせなきゃ!」

 

 言えば言うほど首が絞まるのは分かっていても、言い返さずにはおれない。結果はお察しと言えるだろう。アンフェアすぎて泣けてくる。

 

「ははは……。それにしても、ディークに会えたんだね」

 

 ロイが無理やり話を戻してくれた。というより、ロイへ頑張りを報告していたはずが、なぜこんな自爆を繰り返しているのだろうか。

 このままでは、ディークを邪魔して叱られたけど、スイーツが美味しくて嬉しかったです──としかロイに伝わらない。

 

「うん。ラウス当主の捕縛作戦。ディークさんとペアでこなしたんだ」

 

 ホテルをディークと駆け上がり、最上階で首謀者らを制圧して襲撃を鎮圧させた。それをロイは真っ直ぐ顔を見て、ときおり活躍を褒めながら聞いてくれる。もっと教えてあげようと思い出すどのシーンにも、ディークが映っていた。

 

「だけど、気づいたらいなくて。ちょっとは……背負ってあげられたのかな」

 

 いくら戦神と恐れられた最強の一角であろうとも、あの数に独りでは無傷で済まなかったに違いない。彼は強がっていたけれど。

 幸い彼もケガは無かったようだが、はっきりとは確かめられなかった。ルシャナ達と状況報告しているうちに、風のように消えてしまったのだ。ありがとうも、ごめんねも、そしておかえりも、何も言わせてくれないまま。

 

「今度見つけたらタダじゃ済まさないんだから!」

「大丈夫。すぐに会えるさ(・・・・・・・)

 

 とにかく、言いたいことは山ほどあるけれど、これだけは絶対に聞きたかった。なぜ、知らないフリをしたのか。なぜ、村を襲っていたのか。

 貸し逃げなんてさせるものか。思わずワン・ツーパンチしているとロイが声をあげて笑い出した。

 

「リリーナもとても喜んでね。今度勲章を授与すると言っていた」

「ホント?! リリーナ様ってリキア同盟の盟主様だよね?! 嬉しいッ、ビックリだよ!」

 

 リリーナ女候と言えば、オスティアの領主でありロイの幼馴染と聞く。直接喋ったことはなく、動乱中に遠くから姿を見たくらいだ。

 よく民の声を聞く穏やかな雰囲気ながら一本芯が通った女傑で、魔法も天才的と名高い彼女から直に勲章を賜るなど夢のようだ。

 どんな言葉をかけてもらえるのだろうか。今からどう返そうか原稿が頭をあれこれ走る。

 

「ロイ様、例の者が来ております」

 

 そのときだ。ノックと共にマリナスが入ってきた。ロイは彼に来訪者を部屋へ通すように指示すると、振り向いた顔にはどこか企みの笑みがある。

 

「今日はもう一人の功労者も呼んでいてね」

 

 それだけでピンと来た。それにこの足音……ごくりと息を呑んでドアを見つめていると、意外に大人しくも慣れたノックが心を震わせる。

 

「あー!! ディークさんだ!」

「ん?!」

 

 大剣のように高い背、触れただけですっ飛ばされそうな太い腕に、相変わらず何も纏わない上半身。短く整えられたミント髪に、シュッとした顔……分かっていたとは言え、思わず指をさしてしまった。

 珍しく声を上げた彼は目をむき、巻き戻るように後ずさりしている。

 

「ロイ、あんた……ハメやがったな!」

「いや、僕は依頼の報告を受ける場を設けただけさ」

 

 ロイに視線をやり慌てる姿は、昨日ドライに交渉していたやり手とは思えない。

 それに涼しい顔でしてやったりと返すロイとクスッと笑いが漏れかけたが、それを飲み込んで頰を膨らせてみせた。

 

「ディークさん! 心配したじゃん! どこ行ってたのさ!」

「どこでもいいだろ。仕事だ、仕事。徘徊も仕事の内でな」

 

 今日こそは逃すわけにいかない。未だに部屋に入ってこようとしないディークに駆け寄り腕をつかむと、彼はボサボサ手ぐしを突っ込んであからさまに面倒そうな声をあげた。

 お構いなしに背後へ回り、ぐいぐい押して扉を閉める。

 

「ディーク。オスティアの件、無事解決してくれて感謝している」

「ハン。コイツの横槍が入らなきゃ、オスティアに手が回る前にもう少しスマートに済んだんだがな」

 

 肩を小突きながら、さも邪魔したみたいな言い方は呆れまで混じっていて、カチンと火山が噴火する。

 

「なにおう! あんだけの弓兵、一人じゃ相手出来なかったじゃん!」

「誰のせいでその弓兵を呼ばれるハメになったと思ってやがる。相変わらずのトラブルメーカーめ」

「まぁ! 今度からもう助けてあげないもん!」

「おう、それは重畳ってな。ぜひとも頼むぜ」

「──〜〜〜〜ッ!!」

 

 ぐうの音も出せないところに、今度はデコピンでトドメを刺された。やっぱり……──そんな声が聞こえてきそうな、横から浴びせられる仲間たちの視線が痛すぎる。

 反論しようにも、すでにディークの視線はロイに向いていた。

 

「リキア同盟から勲章を授与したい。ディークにはシャニーと式典に出席してもらいたい」

「あー、俺はパスだ。あくまで契約……受けた仕事を果たしただけで金はふんだくるつもりだしな」

 

 ロイが言い終わりもしないうちから、手を払うようにして拒否を秒で返すと「それより報酬はどうなんだ?」とさっそく話題を変えようとしている。

 それでも、ロイも引き下がらなかった。

 

「それは承知の上で、受けて欲しいんだ。誰が何を言おうと(・・・・・・・)、君は僕たちにとって大事な人だからさ」

「……! アンタ……」

 

 彼も同じ気持ちだったとは驚きだが、自分の言葉でちゃんと伝えたい。ディークの正面に回って、ごつごつしつつも温かい、顔くらいありそうな手を取る。

 

「えへへっ。ディークさん、あたしもそう思うよ。俺みたいな──なんて言わないで。あたしの大事な師匠(アニキ)なんだもん」

 

 縫い付けられたかのように口をきゅっと閉じて瞬きも無いくらい、ディークはじっと見下ろしてくる。それは束の間のことで、そっと目を閉じて口元が緩んだ。

 

「ったく、俺の答えなんか端から聞く気なしって感じだな」

 

 苦笑を含んだ声もそうだし、頭の裏に手をやってぼさぼさやるのは困った時と決まっている。どうやら観念したらしい。

 

「ま、こいつの監視がてら行くとすっか」

 

 カチンと目が噴火する。素直になればいいのに、わざわざみんなが誤解するようなことを言うのはどうしてなのか。

 

「なにさ! まるであたしが問題児みたいに!」

「問題児だろーが。放っておいたらどこ飛んでくか分かんねーような奴。どんだけ前科がありやがる」

「ぎぎぎ……」

 

 両手をバタバタさせて抗議しても、ディークにそう言われてしまうと、目に盛る炎もしおしお勢いが消し飛んでいく。これ以上、見習い時代の黒歴史を暴露されては堪らない。横からはずっと、それを期待する視線たちがケラケラやっているのだ。

 あの時に比べたらずいぶん頑張ってきたつもりなのに、いつまで経っても子ども扱いは悔しいというより、空しい。

 

「……ちょっとくらい、ホメてくれたっていいのにさ」

「ハッ……。十分に褒めただろうが」

 

 それだけ言って、また視線を外されてしまった。

 どう映ったのだろうか。2年間で掴んだものを、ディークの前でしっかり見せられたはずだ。戦闘力も、心も、流儀も。

 もっとはっきりした言葉が欲しい。彼の仕事を邪魔したかもしれないが、こうして二人で勲章をもらえるわけだし……そこまで心の中で拗ねていたとき、ふと引っかかった。

 

「って、あれ? ディークさん、オスティアの事、ロイに頼まれてたの??」

「まぁな。つか、今ごろ気づいたのかよ」

「言ってくれたら協力したのに」

 

 まるで朝の挨拶かくらい、ずいぶんサラッと言ってくれるものだ。最初から言ってくれさえすれば、刃を向ける必要だってなかったのに。いくら彼に届かなかったとは言え、向けたことそのもの、忘れられそうにない。

 口を尖らせて見せたら、その逞しい手でシャッターを閉めるように頭をグイッとやられた。

 

「人の仕事を横取りすんなっつうの」

「そう言う訳じゃ──」

「それに、おまえらにはできねえだろ。領主どもの後ろ昏い噂を嗅ぎ回ったり、山賊団に潜入して計画を探ったり……そういうグレーはよ」

 

 頭に手を置かれるのも、こんな形で言いくるめられるのも、なんだか懐かしい。

 見習いの時は言い返した。金で動く傭兵なら同じグレーだと。

 

──おまえが戦うのはてめぇのためじゃねえ。故郷の民のためだろ。なら、狭間にいちゃいけねえ。

 

 あのとき、そう叱ってくれたからこそ今があると言っていい。ぐっと反論を飲み込むと、彼は「ハッ……」と小さく笑ってわしわしと頭を撫でてくれた。

 

「ディーク、君の流儀に沿って新しい依頼を出したい。しばらく、僕を助けてくれないか?」

 

 しばらく待ってくれていたのだろうか。静かになったところで、ロイが振った話にディークの手が止まった。

 

「なんだと?」

「オスティアのような話がまだあるかもしれない。そうした調査や対応をお願いしたいんだ」

 

 思わずごくっと息を呑んだ。ロイと契約を結ぶと言うことは、ディークはしばらくリキアに滞在することになる。我慢しきれずに手を引くと、ディークは進まないような顔で見下ろしてきたがそれは束の間だった。

 

「まあ、そういう話なら金次第で受けるが、期間は?」

「そうだな。安心させてあげて欲しいかな(・・・・・・・・・・・・・)

「……ハン。そういう事かよ。あんたも曲げねえな」

 

 なにを驚いたのだろう。ロイの彼らしい柔らかな口ぶりに、強面が一瞬ビクッとした。

 それでも、ディークは悟られまいとしたのか、目を閉じ呆れたように鼻から笑いを抜いて、二人だけで会話が進んでいく。

 

「あんたは実績があるし、流儀も通してる。悪くねえ。だがな、俺は傭兵を止めてんだ」

「えっ……。そう……だったの?」

 

 戦神とさえ讃えられ、名を聞いただけで敵が逃げ出すほどなのに。

 さまざまな色がぐちゃぐちゃに混ざったみたいに複雑だ。せっかくまた逢えたのに、道を分けたまま、憧れた師匠の背をもう追えないなんて。いや、彼と斬り結ばなくていいなら……そちらのほうがいいのか。

 ループに詰まって破裂しそうな胸をぎゅっと握る。できるなら、このまま中に突っ込んで取り出してしまいたいくらい。

 そのとき、ふいにディークが見下ろしてきて、わざとらしい溜め息を浴びせられた。

 

「とは言え……不出来な弟子を、そのままあんたの下で働かせるのも不安だしな。お守りの期待値は低めにしといてくれよ」

 

 頭の先から太ももを伝ってゾクゾクが全身を抜けていく。男二人のよく分からない会話がようやく繋がった。胸に詰まっていたものが吹き抜けるように飛び出す。

 

「ディークさん! 一緒なの? これから一緒なんだね?!」

「だあっ、くっつくんじゃねえ! 暑苦しい!」

 

 雲ひとつない晴空のように突き抜ける。まるで、ずっと探していた宝物を見つけたような。

 ディークは頭を押さえつけてくるが、照れているだけに違いない。そうでないとしても、離してなんかやるものか。

 

いろいろ(・・・・)頼むよ。この前の村みたいな話も少なく無いようだし」

 

 契約が成立したからか、ただでさえ友だちに話しかけるようだったロイから、心なしか一層エネルギーを感じる。

 反面、また男同士だけで頷きあって、話に置いてきぼりにされている気がしてならない。

 

「この前の村って?」

「おまえが突っ込んできて勝手にぶっ倒れたヤツだ」

 

 額への指先のひと突きとともに、言葉以上にもの言いたげな視線で穴が空いた。

 

「え……ええ?! あれ、ディークさんが襲ってたんじゃ?!」

「ああ、襲ったぜ。盗賊団のアジトをな」

 

 体だけ別世界に行ったみたいに力が抜け、ペタンとディークの腕に吸いついたら動けなくなってしまった。

 ディークはもちろん、ロイも知っていてなにも言ってくれなかったことになる。

 

「な、なんで教えてくれなかったのさ! って言うか、何で嘘ついたの! あたし……あたし…………」

「おいおい。チッ、だからだっつうの」

 

 教えてもらえなかった驚きは、魔法でもかかったようにそれ以上の悔しさと悲しみを連れてくる。

 それさえ追い越して心を満たしたのは、ひたすらの安堵だった。大好きな人は、今も変わらず憧れた彼のままだったのだから。

 

「これからゆっくり教えてもらいなよ。しばらく一緒なんだし」

「ロイ、あんたな……。ったく、シャニー、いつまでくっついてやがる。部隊長ならシャキッとしろ」

 

 ロイの頭を撫でるような言葉に甘え、今は帰ってきた逞しさにありったけ頬ずりしておくことにした。今離れたら、またどこかへ行ってしまう気がしてならない。

 叱られたって、仲間たちの目があったってへっちゃらだ。取り戻したきずなを、力強さも優しさも、目で耳で確かめたい。

 

「ぐす……ッ。うん。よろしく、師匠!」

「ガラじゃねえ。止めろ」

「えへへ……」

 

 この返しを待っていた。やっぱり、変わっていない。もう今度は、嘘なんかではない。

 戦場でも、遠く離れていても、守り続けてくれた傷だらけの腕を両手で引き寄せ顔を埋めた。

 

「おかえり、ディークさん」

「ハッ……敵わねえな。まったくよ」

 

 ガキっぽい──ディークの顔はそう言っている。それでもいい。彼の前ではまるで子供だと自覚している。彼の背で学んで、一人前以上の大人(プロ)になると涙を拭って誓う。

 それこそが恩返しとなるに違いない。掴み取った流儀を、彼は認めてくれたのだから。

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