ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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シャニーは朝からオスティアへと向かった。
別に老舗のスイーツを食べに行くためでも、市場を物色しに行くわけでもない。
オスティア旧市街に向かったものの、当然連絡所など軽くスルーだ。
この町にあるらしいのだ。ディークの事務所が。
彼が何と言おうとも、少しでも側にいてあげたい。だって、彼もきっと同じ気持ちなのだから。


伝えたい祈り

 七月の終わり。ピーマンみたいな深緑が元気に輝く山々を眼下に、はるか先まで青く澄みわたり白く輝く空を突き抜ける。

 故郷では味わえない爽やかさに、シャニーは天馬の上で両手を広げていた。加速する翼に青のショートレイヤーが走る。

 リキアの夏は雪国イリアと比べ物にならないくらい暑い。ちょっと稽古するだけですぐ汗だらけだが、悪いことだけではない。

 個性派揃いの豊富な冷たいスイーツが次々挑戦を待っていて体がひとつでは足りないし、この暑さが彼らの魅力を倍々と膨らませてくれる。そして、こうして切る風の清々しさは天馬騎士のためにあると言ってもいい。

 今日も風光る空を独り占めにしながら西の空を目指す。

 

 

「ん〜! このレモンの爽やかさは、まさに夏の空を吹き抜ける風ですなぁ~! あたし的には~、もう少し皮も使って──」

 

 到着したオスティアでさっそく市場に直行し、その足でデリス・アプリコへ。勝ち取った限定ジェラートを堪能しながら旧市街に向かう。

 天馬騎士団の連絡所は郵便ポストを確認するだけ。素通りしてポシェットから取り出した名刺に目を落とす。

 

「ふむふむ……。どうやらこの通りみたいだね」

 

 目当ては緩やかなカーブになって見えないさらに先らしい。記された住所を目指して天馬と歩き出す。

 風雨に耐えた勲章のように、ひび割れて黒ずむ石レンガ造りが並び、見上げれば高く伸びた家々をロープが走り洗濯物が泳ぐ。

 静かな、それでいて濃すぎるほど生活臭に溢れた街並みや、割れた石畳の隙間からヒメジョオンが逞しく咲くのどかさは、とてもここがリキアの中心地とは思えない郷愁を誘う薫りさえある。

 それにしても、同じ旧市街だったとは。もう少しマジメにオスティアで仕事をしていれば違ったのだろうか。

 

「おっ、きっとここだね。……ホントに?」

 

 連絡所で慣れていたとは言え、目の前にあるアジトはあまりにもボロい。

 ドアガラスはひび割れ、郵便ポストに張った蜘蛛の巣もそのまんま。事務所のわりに表札もないし、本当に使われているのかも怪しい。

 雨水の流れのまま茶色く汚れた窓から中を覗いてみる。がらんとしていて誰も……どころか何もない。

 

「んー。教えてもらった住所はここだし、ドアノブだけはキレイなんだよねえ……」

 

 顎に手を添えて考えるモードに切り替えてみる──ピンときた。

 天馬で二階の窓をのぞいてみて正解。目が合うやニヤニヤしてやった。今回もかくれんぼはこちらの勝ちだ。

 

「おーす! アニキ!」

 

 あからさまに口元がひきつった苦笑いを浮かべたディークが固まっている。

 下を指さし先に降りて待つ。中から階段を降りる音が聞こえ、観念したようにドアが渋々開いた。

 

「何の用──って、オイ!」

 

 ドアからヤドカリのように顔を出して防衛線を張るディークの脇の下から、スルッと半身を差し込んで難なく突破。彼が振り返った隙にお尻でドアを閉めて鍵もかけた。もうこれで逃げ場はあるまい。

 

「……一体何の吹き回しだ」

「そんな怖い顔しないでよ、ディークさん。ちゃんと食べてるかなって心配して来たんだぞ!」

 

 連絡所はオマケだ。ましてスイーツは、たまたま市場からの帰り道だったから寄っただけ。そう、たまたまなのである。

 酔い潰れた日も翌朝気づいたらホテルのベッドで、ディークはどこにも居なかった。普段は仕事柄、フラフラして居場所を掴めないような人だから、ロイから彼の事務所を教えてもらったのだった。

 人の心配をよそに、ディークはまた頭をボサボサやって目が迷惑だと言っている気がする。

 

「おまえは俺のカーチャンかよ……」

「えへへ、傭兵団ではお世話になったし、恩返し恩返し」

「ハン、おまえにそんな風に言われる日が来るとはな」

 

 ようやくディークも追い出すのを諦めたらしく、奥へと案内された。

 声が響くほど無表情な部屋に、そのうち牙をむいて暴れ出しそうなほど不気味におかれたテーブルがポツンと一卓。いちおう椅子もあるが、見るからに座面は真っ白。

 

「ぬあああ?! ディークさん! ちゃんと掃除くらいしてよぉ!!」

「おまえにだけは、そのセリフを言われたくなかったぜ」

 

 息を吹きかけたら後悔した。口の中にまで埃が入って堪らず咳き込む。

 

「あたしだってそこら辺ちゃんとするようになったの! アップデートしてよね」

 

 もう二度とすっぽんぽん事件は御免だし、いつロイが部屋に来るか分からないから気が抜けない。環境が人を変えるとよく聞いたが、まさか自分で経験するとは。

 経緯はともかく、ディークにはこの2年間で成長した新生シャニーをとくと見てもらいたい……はずだった。

 なのに、彼の言葉が心臓を容赦なく撃ち抜いた。

 

「おまえとは、二度と会わないつもりでいたからな」

 

 一瞬、時が止まった。

 動乱が終わってすぐ、あの腕前でそんな訳ないのに免許皆伝を与えて無理やりイリアに帰らせたし、ようやく再会できたと思ったら他人の振りをして。挙句、何も告げずにいなくなって。

 気付いてはいた。彼がそのつもりだったのは。

 

「なんでそんな悲しい事言うの?」

 

 だからと言って、納得できるはずも、受け止めることもできなかった。まして、ストレートな言葉を浴びせられてしまっては聞かずにはおれない。

 

「ま、俺はいいんだぜ? 錆が一つ増えるだけだしな」

 

 言われてすぐは理解できなかった。いや、理解するのを避けたのかもしれない。ダンマリを決め込んで視線を逸らしたはずが、ディークは許してくれなかった。

 

「……おまえは会いたかったのか? 戦場で」

「それは……」

 

 ディークはあくまでも現実を投げつけてきた。傭兵同士、会うとなればそれしかないだろう。

 同時にほっとした自分もいた。ディークは傭兵を辞めて便利屋となっている。仕事の進め方に裁量が認められる今なら、きっと刃を突き向けあわず済むに違いない。

 とは言え、彼はまだ隠している。それが本当の理由とは思えない。

 

「でも、それならあのまま連れてってくれたって」

「それは、おまえの流儀に嘘をつくことになる。分かってたから、おまえも帰ったんだろ?」

「ッ……」

 

 別れる直前まで直訴していたのだ。もっと側で学びたいと。だけどディークは「教えることはねえ」の一点張りだった。

 その理由は分かっている。剣を教えてもらったのは誰のためだったか……帰る以外に無いではないか。

 

「それに、そうなってたら、おまえは今ここにいないかもしれねえぜ? ロイが抱くのも別の女だったかもな?」

 

 今日のディークは意地悪だ。もう十分だったのに、とってつけたようなことを含みのある口調で言うから頭がカァっとなった。

 

「や、やめてよ」

「ハン……まだんなこと言ってんのかよ」

 

 彼は鼻で笑って階段を上がっていく。後についていくと、2階にはそれなりモノがあるのか窓辺に机が見えてきた。

 とは言え、それ以外にあったのは座らされた接客用のソファとテーブルだけ。

 ソファは水仕事で荒れた手のようにガザガサで、革が切れてところどころ白く擦れているし、テーブルにいたっては輪切りの丸太に鍛冶屋からパクってきたような鉄板が乗っているだけだ。

 あまりの殺風景に落ち着かずにいるとコーヒーの香りがしてきた。こんな無の世界に訪れた突然の癒しを探せば、ディークが小さなキッチンで淹れていた。

 

「おまえなら分かるはずだ。大事だからこそ離れるしかねえ気持ちがよ」

 

 その背中から独り言のように放たれた理由に一瞬息を飲む。

 

(やっぱり……同じ(・・)だったんだ)

 

 この師にしてこの弟子ありというわけか。

 彼の優しさは寄りかかって目をつぶれる安らぎをくれる。この逞しさにどれだけ頼り、守ってもらっただろう。

 同時に、初めて覚える何かが湧いた。悶々として、腹の中でゾワゾワと湧き立つ……感情。抑えられないそれに押されて首を振った。

 

「……でも、あたしはその先も知ったんだ。本当に相手もそれを喜んでくれるのか、自分以外の声を聞かなきゃダメなんだって」

「……」

「愛してるからこそ伝えられない事だってあるけど、伝えないままじゃお互いの心って繋がらないと思うんだ」

 

 思いやるつもりが、爪を突き立ててえぐり、引き裂いてじゅくじゅくに傷つけていた。もう、あんな思いはさせたくないし、したくもない。

 同じだからこそ分かる、苦しい気持ち。伝えてあげなくてはならない。彼に求めている想い、きっと本当は彼も求めている言葉を。

 

「あのね──」

「ハン……。ガキに説教されるとはな。俺もヤキが回ったか」

 

 先を越されて喉の奥に引っ込んだ。彼は湯気の立つマグカップを持ってくるとテーブルに置き、とんぼ返りにキッチンへと背を向ける。

 

「そこ座ってろ。なんかさっと作ってやる」

 

 仕切り直そうとするのを読んでいたように、被されてタイミングを逃してしまった。

 なんだか、はぐらかされた感じ。

 ぼうっとディークの背中を眺めていたら、彼の右手にナイフが見えてパチンと意識を引き戻された。

 

「えっ! ダメじゃん! あたしが作りに来たのにぃ」

 

 久しぶりにご飯を作ってあげようと材料も調達してきたというのに。手癖が悪いことにディークはいつの間にか持ってきた紙袋を物色している。

 とっさに飛び出したはずが、がっしり肩を掴まれるとそのまま一回転。ポンと背中を押されて秒のうちにボールのように戻ってきた。

 

「作れるところを見せとかねえとな。毎日来られちゃ仕事になんねえ」

 

 キッチンは聖域と言うことか。ちょっぴり残念だが、ご相伴に預かることにした。不摂生していそうな食生活の一端を垣間見えるし、どんな料理が出てくるか楽しみでもある。

 

 図らずも時間ができてしまった。手すさびできるようなものもなく、ぐるっと部屋を見渡してみる。

 ……何もない。本当に何もない。ハードボイルドなどキャラメルくらいに思えるほど、カッチンカッチンの石レンガと鉄板しかない部屋。唯一ある彩といえば、ディークが軽快に回すフライパンの中の野菜くらい。

 

(ディークさん……もうどこにも行かないでね)

 

 シンプルな男の部屋……などであるはずがない。いつでも姿をくらませられるようにしているに決まっている。

 やはり、いろいろな意味で毎日でも顔を出さないといけないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、無意識に見つめてしまっていたらしい。調味料に手を伸ばすディークとふと目が合い、彼は鼻で笑って見せてきた。

 

「? なに? 人の顔見て笑ってさ」

「ん? いや、てめぇに笑っただけだ」

 

 またからかうつもりかと頬を膨らせてやると、ディークはふっと視線を外した。自虐しているのか、笑いの混じった声はいつもよりトーンが高い。

 

「あの時よりそれなりツヤが出てきたが、相変わらずの性格でホッとしちまってな」

 

 その顔は本当に安心しているような、今まで見たどのディークより〝お父さん〟っぽい顔をしていた。

 いつも厳しい顔ばかりだったディークが見せた一面にどこかホッとしながらも、目が勝手に侮蔑を送り出した。またオジサンっぽいことを言っているし、サラっとディスっているし。

 

「……バカにされてるよーな……」

「細けえことは気にすんな。ほれ、焼き飯だ、喰え喰え」

「ありがとう! わぁい、ディークさんのごはん久しぶりだ〜」

 

 皿から猛アピールして食欲を刺激する香りが、机の上を払い除けるように頭を戦闘モードへ切り替えさせる。

 大きさも不揃いな野菜がゴロゴロ飛び出し、天辺には切ってもいない肉がドンと乗る。捻りのない素直なチャーハンだが、それだけで済まない力を持っているのを知っている。

 ディークは包丁を持つと魔法使いになるのだ。

 

「……美味しい。うん! おいしいよ!」

 

 あの頃と変わらない、豪快な見た目と負けそうになるくらいの食べ応え。それでいてムラのない味は強くもなく、食欲の渦に飲まれそうだ。

 いつも大剣を振るう腕力なら、フライパンの煽りなど綿菓子くらいのものか。やはり今でも、炒め物だけは彼に勝てそうにない。

 

「油が上手にまわったピカピカのお米ッ、シャキシャキのまんま甘味だけ引き出した野菜に、これぞ肉! って感じの山賊焼き! うん! やっぱりディークさん天才だね!」

「ハッ。そりゃそうだろうよ。男メシってヤツだな」

 

 食えればいいが口癖のわりにディークも一家言あるのか、剣技を褒めた時とまるでトーンが違う。コーヒーを啜る顔は、闘技場でガッツリ稼いだ後のように満足げだ。

 彼に目で促されずとも、加速する欲求はもう止まらない。黄金色の海をバタフライで突き進む。

 

「相変わらずの食いっぷりだな」

「だって、リキアで、食べたどの、焼き飯より、おいしいんだもん!」

「食うか喋るかどっちかにしやがれ。ま、何よりだぜ」

「うんうん! 半裸のおじさんが作ったって言わなきゃ流行るかも!」

 

 ツルッと口が滑った次の瞬間、ディークが盛大に咽せた。ギラリとその目が光り、たまらず腕の中で皿を守る。

 

「つまみ出すぞ、このガキ……」

 

 口は災いの元とはこのことか。

 殺気立つ眼光から視線を外して、焼飯をしずしず運び口に栓しておいた。

 

 

 さすがに大満足だ。これ以上は、スイーツ以外は入りそうにない。

 満腹を融かすような窓からの陽射しは春先のポカポカとは違うものの、心地よい風も吹きこんで眠気を誘ってくる。空にはもくもくと高く伸びる雲が、青空に膨らんでゆっくり流れていく。寝るなというほうが無理だ。

 

「さて、喰ったなら腹ごなしでもすっか」

 

 それでもディークは容赦してくれない。

 立てかけておいた太刀をポンとお腹の上に放られ、半ば無理やり起こされた。

 

(ふふっ、ディークさんと稽古かあ。……懐かしいな)

 

 見習い時代にタイムスリップしたような気分だ。あの頃はディークとの稽古は日課だったし、こうして昼寝を取り上げられては膨れていた。

 時が移ったのは、制服は士官着へ、そして鉄の剣は白銀の太刀へと変わったことが示している。変わらないのは、ディークの背中が頼もしいことだけ。

 

 屋上に出て、さっそく打ち合い稽古で火花を散らす。どれだけ電光石火に翻弄し無間の嵐を浴びせても、一太刀たりともディークの大剣を抜けない。

 一体どこに底があるのかまるで見えない戦神ぶりは健在のようだが、彼は「へえ?」と感心したような声をあげて剣を肩に担ぎ直した。

 

「なかなかサマになってんじゃねえか? まさか、おまえが太刀使いになってるとはな」

「って言っても、まだ三か月くらいだよ?」

「太刀は分からねえし、俺が教えられることはやっぱり無さそうだな」

 

 少しは認めてもらえたのだろうか。

 

──テメェの流儀はどこにある? その剣に、筋は通ってたのか? 名が立ちゃ何でも良いのか?

 

 そうやって、2年前はどんなに活躍しても心が足りないと叱られてばかりだった。

 今は少なくとも、誓いを立て、流儀に問いながら剣を握っているつもりだ。その流儀で切り拓き、紡いできた絆の結晶が、今握る太刀と言える。

 でも同時に、ちょっぴり後悔した。せっかく剣技を教えてもらえるところまで来たかもしれないのに、もうそれが叶わないとは。

 もし、騎士剣のままだったなら……同じ気がする。たとえ騎士剣であったとしても、一緒のことを言ったに違いない。

 それに、ディークに今教えてもらいたいのは剣技ではない。ずっとはぐらかされてきたが、もう今日こそは逃がすものか。

 

「……ねえ、ディークさん。いろいろ聞きたいことがあるんだ」

 

 なぜかバクバクする胸へ手を当ててぎゅっと握り、意を決して吐き出した。

 

「何で剣技を教えてくれなかったの? それにあの時連れてってくれなかった本当の理由は何? それだけじゃない。なんで忘れたフリなんかしたの?」

 

 何度か同じことを聞いてきたが、いつも腹に落ちなかった。

 いちいち矛盾しているではないか。心が足りないと言って剣技も教えないくせに免許皆伝を投げつけたり、同じロイからの依頼のはずなのに、あくまで赤の他人と信じ込ませ、拒絶させようとしたり。

 ディークは一瞬驚いたように眉をぴくっとさせたが、逃げるように視線を切って頭へ手ぐしを突っ込んだ。

 

「これから商売敵になる人間に教えるかっつの。俺はそんなお人よしじゃねえよ。それに、見習い修行が終わったなら放り出すのは当然だろ?」

「なんで……。何で本当のこと……、言ってくれないの?」

 

 ウソに決まっている。そんな理由では絶対にない。

 彼の言うような話なら、あんなことをする必要は無いはずだ。あんな……嫌われようとでもしているかのように、わざと距離を置いて近寄らせないような。

 

「あたし、本当にディークさんに憧れて、いつかきっとディークさんに追いついて、追い越してやるんだって思ってたのに」

「……」

「なのに……なのに……──あたしのこと、忘れたふりしてさ。どんなに……悲しかったか……」

 

 こんなはずじゃなかった。どこからともなく込み上げてきた想いが溢れてくる。

 言わずにはおれなかったのは確かだ。彼の心が分からない。信じてくれないのも、記憶から消そうとしたのも。そんな酷いはずの人を、放っておけない自分の心さえも。

 

「あー……。その、なんだ、すまん。俺が悪かった」

 

 初めてな気がする。謝ったことなら今まで食べたパンの数くらいだが、ディークに謝らせたことなど記憶にない。

 困らせてしまったが、不思議と罪悪感が湧かない。それどころか涙に隠れていた気持ちが浮かんできて、ディークに顔を埋め心のまま囁いた。

 

「そうだよ。全部、全部全部、全部ぜんぶぜんぶ……ディークさんが悪いんだ」

「……そうだな」

「ううん……ウソ」

 

 ちょっとだけでいい。聞けただけでもう十分だった。

 

「ディークさんは悪くない。あたしなりに、答えは見つけてたんだ。あたしこそ、イジワルなこと聞いてごめんなさい。分かってたのに……背負ってあげられなくて」

 

 ディーク本人から語らせたら意味がない話だと分かっていたのに、それでも知りたかった本当の気持ち。

 それは彼を苦しめたに違いない。背負わせろと言っておいて、やっていることは真逆な自分に嫌気が差す。

 

「勝手に憧れて、勝手に追いかけて。勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで。ぜーんぶ、あたしのためにディークさんは考えてくれてたのにさ」

 

 吐き出せば吐き出すほど、未熟ばかりが見えてくる。

 ひと通り剥がれ落ちた屈託が雪崩のように感情を押し流すと、最後に乾いた笑いだけが残った。

 

「はは……。ガキだね、あたし」

 

 結局、何も成長していないことを晒すだけになってしまった。

 人に独りよがりをやめさせようとしたクセに、一番の独りよがりは相変わらず自分ではないか。手を伸ばしてくれないと勝手に拗ねて、困らそうとしただけに他ならない。

 

「ま、いいんじゃねえか? それで」

 

 そんな言葉とともに、頭に手が降りてきた。大きくて、剣を握り続けてきたゴワゴワした手。全てを壊せそうなくらい強いのに、優しくて温かい。

 

「まっすぐ、素直に。それがおまえの持ち味だ。失敗もそりゃあるだろ。でも、やんなきゃ失敗だって分かんねえ事もある」

 

 見上げると、ディークは撫でながら涙を拭ってくれた。その顔は、戦神とも、白でも黒でもない世界に住むアウトローとも違う。見守り導いてきてくれた師父の微笑みが沁みる。

 

「迷わず先陣切って、過ちは受け入れて正す ──そういう背中の方が、部下は頼りになるんじゃねえのか?」

「あ……」

 

 思わず、言葉にならない衝撃が漏れた。

 ディークに憧れたのは、まさにそれだ。流儀を言外に語る彼の背中が、右も左も分からないくせに手柄ばかり求めたガキにとってどれだけ頼りになったことか。

 

「それが出来てるなら、ガキじゃねえさ」

 

 頭に置いた手をモシャモシャ撫でられるのも懐かしい。

 どこまで鍛えても、まるで届きそうにないくらい大きく見える。それでも、少しだけ認めてもらえた気がする──そう思ったのを読まれたようだった。

 

「ま、おまえはまだまだ色々足りねえ部分も多いが」

 

 分かっているとは言え、「調子に乗るんじゃねえ」と声まで頭の中で再生されそうなくらいドンピシャに牽制されるとポキっと首も折れる。

 

「えっと、たとえば?」

「何も考えずに突っ込む。ヘルメスでの一件とかな」

「う……」

 

 あまりにもつい最近すぎてぐうの音もでない。

 その隙を突くように、肩を押されて後ろによろけたところにデコピンが飛んできた。

 あの選択は、いろいろな意味で誤っていたのだろう。それでも、筋まで違っていたとは言いたくない。

 

「おまえには帰りを待つ者がいる。それを忘れんじゃねえぜ?」

 

 それまで見透かしていたのだろうか。いろいろな人から同じように言われているし、ディークの言葉はすっと水が染み込むように胸に入ってくる。

 とは言え、引っかかる。再会してからずっと、心の奥に打ち込まれた杭がうずいてきた。

 これだけは言わなければなるまい。そうだ、待っていたものが、今ここに居る(・・・・・・)ではないか。

 

「それはディークさんだって同じだよ?」

「あん?」

「あたし、ディークさんが死んじゃったら絶対嫌なんだからね!」

 

 薄々気づいていても、どんな過去があるかは知らない。そこまで踏み込んではいけないかもしれないが、そんな簡単に断ち切れるわけがない。

 一度繋いだ絆が、たったそれだけの理由でなくなるなど。

 

「生憎しぶとさには自信があってな。大丈夫だ」

 

 本気にしていないのか、ディークは剣の構えを作ってこちらを見ようともしない。

 ここまで来たら根比べだ。並んで太刀を構え、彼が向きを変えれば一緒に動いて逃さない。

 そのうち、ディークは苦茶でも飲んだような渋い顔になって剣をとめた。

 

「……なんのマネだ」

「これから一緒なんだし、あたしもディークさんを守るからね!」

「ま、てめえを第一にな」

 

 たった、それだけ。

 相変わらず子供としてしか扱ってくれないと言うのか。

 叙任を受けて曲がりなりにも部隊長として引っ張ってきた。流儀も確かとして……そうだ、流儀を貫けと言ったのは他でもないディークではないか。

 

「あたしね、恩返ししたいの」

 

 再びディークが構えた剣を太刀で払い、正面を陣取ってついに捕まえた。

 

「ガキじゃないなら、少しは……背負わせてくれたっていいじゃない」

 

 またかよ──そう言いたげな目はすぐに逃げるように閉じて、それでも足りないのか顔を手で覆ってガードを固め出した。

 

「……おまえはもっと背負わなきゃなんねえもんがあんだろ。俺みたいな──」

 

 ディークのため息を、感情に任せた剣戟の高い叫びが振り払う。

 

「それ、絶対言わないでって、言ったよね?」

 

 彼の剣に太刀をぶち当て、そのまま首筋へ滑らせる。もちろん峰側だが、それでもこれが覚悟だ。もう背中を追うだけの子供ではないと見せつけ、流儀を貫かせてもらうだけ。

 

「みんな大事だよ。中でもディークさんはね、特別なんだよ」

「ハッ、そりゃどーも。剣を向けたくなるほどってか?」

「無視するから悪いんじゃないかな」

「おいおい……ルトガーみたいになるなよ?」

 

 鞘に納めても、まだ逃すわけにはいかない。

 ディークから感じる流れは遠い向こう側を見つめているし、それ以上に逸らした目が言っている。まだ、彼はそのつもり(・・・・・)でいるというのか。

 

「与えられるだけ与えてもらって、背負わせるだけ背負わして……そんなのヤダよ。大事なものはみんな背負う。それがね、あたしの流儀なんだ。いなくなろうとしたって、あたしはあたしの流儀を貫かせてもらうよ」

 

 たとえ、ただの傭兵でおれなくなっても、彼と結んだ絆がどうなるものでもないではないか。

 ディークには違うように映っているに違いないが、だからこそ伝えなければならない。どんなに想いあっていたって、言葉にしなければ後悔する。もう、そんなことはしたくない。

 

「理由があたしと同じなら許さない。……だって、あたしと同じだからね」

 

 腕を回して鍵をかけるように捕まえる。引きちぎるなど朝飯前だろう逞しい体の震えが伝わってきた。

 なら、もっともっと、抱き寄せるだけだ。それが、彼に伝えたい一番の気持ち。

 

「……ここに居ていいんだよ。ディークさん」

「──ッ?!」

 

 夢から覚めたように目を見張り、ディークはしばらく動かなかった。

 透き通った夏の風だけが聞こえる屋上で、ふたたび時を動かしたのはディークの弱った笑い声だった。

 

「ったく、諦めのわりぃヤツに目をつけられたもんだぜ」

「じゃあ! じゃあ、どこにも行かないんだね?!」

「わーったよ。精々、アテにさせてもらうぜ」

 

 何よりも聞きたかった一番の言葉。頭の中でずっとずっと繰り返した。広がる紺碧の空のように、爽やかに吹き抜ける心のまま抱きしめる。

 

「えへへ……だ〜い好きだよ、ディークさん。指切りしよ!」

「ちっ、めんどくせぇな……」

「いいからするの! ウソついたらデリス・アプリコのスイーツ10年分ね!」

「なんつーか……ブレないねえ、色んな意味でよ」

「異論は認めないんだから。……指切った!!」

 

 どんな過去があろうと、何を背負っていようと、ディークだから側にいて欲しいのだ。

 今、ようやく伝わったに違いない。約束は必ず果たす。それが、彼の流儀だと知っている。

 流儀を貫く代償に手放した、大切な宝物をようやく取り戻した気分だった。師と交わした約束──流儀を貫き続けることで。

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