ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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ロイに呼ばれて下された命はなんと……リキア副同盟主付きの特命部隊就任だった。
さっそくのオーダーは、いきなりハードルの高い連続変死事件の調査。
民に事件の噂が広がる前に、迅速にかつ隠密のうちに解決せねばならない。
彼の期待に応えるべく、シャニーはオスティアの老舗銘菓店を目指す。


特命捜査

 吸い込まれそうなほど高く突き抜け、朝から白光する世界に霞む目を細める。

 胸を燃え上がらせる隆々とした青に万緑の飛沫が噴き上がる空。ついに、日常に帰ってきた。

 

(なんだか……懐かしい感じ。ふふっ、ヘンなの)

 

 フェレに戻ったシャニーは、光る空をありったけ伸ばした体に浴びせながら南薫に髪をなびかせていた。

 イリアに戻っていたのは移動含めたった5日なのに、だいぶ久しぶりの感覚がくすぐったい。だいいち、イリアが故郷で日常はそちらのはずなのに、まるで旅行から帰ってきたような気分だ。

 日常が戻って来たなら、さっそく仕事だ。気合を入れなおし、ランス達に帰還を報告しようと歩き出すと、おりしも背後からの声に呼び止められた。

 

「シャニー!」

 

 シャニーの顔にも、空に負けないくらい眩しく輝く向日葵のような元気が咲く。

 この声は、誰よりも一番に聞きたかった人のもの。振り向いた先に見えてきたのは、会いたくて会いたくて仕方なかった、頬ずりしたいほどの愛おしい笑顔。

 

「あー! ロイ! おはよう!」

 

 手を振りながら夏の風を切って、特等席に吸い込まれるように辿り着く。そのまま身を寄せて腕を絡めるとぴったりくっついた。

 やっぱり、帰ってきた。ただでさえ明るく眩しい夏の景色へ、さらに鮮やかな輝きが広がっていくよう。リキアで生きている実感が体中にパチパチ弾けて、今なら空だって飛べそうだ。

 

「朝から嬉しそうだね」

「そりゃそうだよ! 朝からロイに会えたんだし」

 

 イリア出張で1週間弱空けていたのもあり、やむを得ない部分もあるのだが、最近はロイと日すがら会えない方が多かった。仕事が忙しくて帰城が夜になることが多いのもあるし、ロイが城を空けたまま帰らない日もしょっちゅうなのだ。

 こうして朝から会えるなど、それこそオスティアの事件を報告した日以来かもしれない。

 

「最近忙しいの?」

「ああ。リキア同盟の活動が活発でね」

「そうなんだ……」

 

 ランス達から教えてもらって事情は知っていた。リキアにとって今が大きな山場の時期らしく、今日もロイはどこかへ出発するのか正装を纏っている。

 いろいろお喋りしたい事が喉元まで飛び出しかけていたが、ぐっと飲み込んで絡めていた腕を解く。

 

「うん……そうだよね。ロイは中心で頑張ってるんだもんね」

 

 最後にデートしたのはいつだろう。それこそ、6月の舞踏会以降、7月にちょっとお茶したくらいしか記憶にない。

 寂しくないと言えば嘘になるが、つとめて口に出さないようにしていた。彼を支える事が、リキアで生きる一番の意味だ。こうした大変な時期こそ、どんな形でも彼を一番に考えようと決めていた。

 

「すまない。顔合わせたのも一週間ぶりか」

「うん。だからさ! こうやってお喋りできるから嬉しいんだ」

 

 同じ城にいて駆けていけば10分もかからず、いや天馬で窓まで乗りつければもっと早いはず。手を伸ばせば届く距離が、まるでリキアとイリアくらい遠く感じる。

 それは同じなのか、今度はロイから腕を回してきた。これなら、少しくらい甘えてもいいだろうか。ロイについて中庭を歩いてみる。

 

「それにしてもさ、リキアの夏ってホント暑いんだね……」

 

 歩き出して秒だった。息するだけでむせ返りそうな熱波で肺が焼けそうだ。風があれば違うのだが、さっきまで吹いていた風は止んでしまい、手で扇ぐくらいではちっとも効かない。

 ギンギン照りつける太陽は容赦なく、露出した太ももがパリパリに炙られパチンといきそうだ。網の上のウインナーはこんな気持ちなのかもしれない。

 

「そうか、シャニーはリキアの夏は初めてか」

「まさかこんな暑いとは思ってなかったよ。溶けそう……」

 

 生まれも育ちも生粋のイリアっ子にとって、夏は過ごしやすい季節のはずだった。

 リキアでも南海に近いフェレは、イリアと比べ物にならないくらい空や緑が油絵のように濃い。とにかく暑くて脳みそが沸騰してくる。遠くがモヤるのも暑いからなのか、頭がヤラれてきたからか、それすら分からなくなってくる。

 そんなトロけた顔でへーへー言うシャニーをロイは笑っている。

 

「はは、じゃあ今度海に行こうか」

「海?! わあ、海なんて初めてだよ! 行く行く!」

 

 久しぶりのお誘いに歓喜の風が吹き抜け、暑さなど忘れて飛び跳ねてしまった。雪国で海水浴など、即に氷のオブジェで機会がなかったが、旅行雑誌で見てやりたいことは山とある。

 

(夕日をバックにロイと〜……うふふふふ〜!)

 

 今から作戦を練らなければなるまい。まずは水着の調達からスタートになりそうだ。喋る石ころを撒くのはなかなか骨が折れそうだが、失敗は許されないだろう。

 

(何色にしよっかなあ。情熱の赤かあ……)

「よおし! あと千本だ!! 続けッ、お前たち!」

 

 ふいに視界へ入った赤に傾いたのもつかの間、直後にすっ飛んできた熱すぎる声で現実に引き戻されてしまった。

 

「アレンさんとか、暑くないのかなあ」

 

 朝から猛烈な稽古で燃えるアレンからすかさず視線を外す。ただでさえ暑いのに、金属製のあんな重厚な鎧を着込んで槍を振り回す姿は、見るだけで体温が上がる。

 アレンに聞いてもどうせ、「汗をかいただけ強くなれる!」だとか根性論しか返ってこないだろうし、近寄ったら最後、身体中の水分が蒸発するまで付き合わされるに違いない。触らぬアレンに祟りなしだ。

 

「シャニーは慣れてないんだし気をつけてくれよ。多めに休みを取るんだよ」

「ありがと。あたしは軽装備だしね。下、革鎧だけだし。おかげで空飛ぶと涼しいんだよ」

 

 ロイは心配してくれるが、空にいる間は案外快適なのだ。肩当てと胸当て以外には、制服の下に革鎧を着込んでいるだけ。腕こそアームスリーブで覆っているものの、足もサイハイブーツだけであり、天馬騎士は騎士としてはかなりの軽装備だ。

 それでも干からびそうになるのだから、リキアは冷たいスイーツなしには生きられない。ディークはサボりだと怒るけれど、哨戒任務(パティスリー巡り)はライフラインと言えるだろう。

 

「えっと、前から気になってたんだけど」

 

 今日はどこの店に行こうか……そう考えているとぼそっとした声に呼ばれた。

 ロイの声に違いないが、どこかいつもと違う口ごもる感じで、視線を合わせようとしたら彼らしくもなくもじもじし始めた。

 

「うん?」

「その格好って、その、イリアでは寒くないの?」

 

 そわそわ、ちらちらするロイの視線を追ってみて、ははんときた。

 もうとっくに〝ぜんぶ〟見られている以上どうこうも無いのだが、ロイにしては珍しい。こんな隙を見逃すわけには行くまい。いたずら心がニシニシ止まらない。

 

「あーっ、エッチな目で見たなー?」

「い、いや。べ、別にそんなつもりじゃないよ」

「ふーん? じゃあ、どんなつもりなの?」

 

 三角にした目をずいっと近づけてぷりぷりしてみたら、面白いようにロイが目を白黒させ始めたではないか。もっともっと顔を近づけて、追及の眼差しを送りながら逃げ出そうとする腕に自身の腕を絡める。

 

「イリアは雪国だろ? その、そんなふうに露出してたら、冷えるんじゃないかって」

 

 ついに観念したか、ロイはそう言って視線を逸らした。それでもずっとジト目で見上げて放してやらない。横目にちらちら見下ろしてくるロイの目は弱々しくて、普段見られない姿にクスクス笑いが漏れた。

 せっかく心配してくれているのに、これ以上イタズラするのはかわいそうか。

 

「そりゃ、寒いよ」

「じゃあ、どうしてそんな軽装備を?」

「んー。あたしたちはスピードが命だしね。それに、空にいればそうそう攻撃を受けることはないし」

 

 鋼のボディでもあるまいし、寒いものは寒いに決まっている。何度凍てつく空に叫んだことか。

 それとは裏腹に、少しでも軽装にできないかばかり追求してきたのは天馬騎士の悲しい性だ。このリキアでは、別の意味でももっと身軽にならないと生死に関わるだろうが。

 

「それにさー」

 

 そんな実務的な話はオマケでしかない。今日は実にいい情報を仕入れられたものだ。

 ロイに顔を近づけてニヤッとして見せた。

 

「じゃあ、このヒラヒラやめて、アレンさんみたいにゴツゴツがいい?」

「……」

「そう言うことじゃーん?」

 

 ロイが見せた一瞬の隙を見逃してなるものか。彼の肩をツンツンすればするほど、ニヤニヤが止まらない。

 

「あ、あまりからかわないでくれよ。そうじゃなくて、シャニーの安全を考えたら……」

「真面目だなぁ、ロイは」

 

 こう言うのは慣れていないのか、ロイは照れてしどろもどろな様子で、いつもの凛々しさはどこへやら。

 こんな顔を眺められるなんて、まだまだイジってみなくてはウズウズが収まらない。普段、誰も見たことがない彼が目の前にいるのだ。どんどん知りたくなるというもの。

 

「ワイルドなロイもたまには見たいなぁ?」

「ワイルド?」

「荒くれみたいにさ、力ずくで。きゃー! 助けてーみたいな?」

 

 ところが、早くも耐性がついたのかロイは乗ってこないばかりか、すっかり笑顔が消えてしまった。

 ガラスを扱うかのような手つきで彼はそっと肩を包み、沈んだトーンで見つめる。

 

「シャニー……そんな目に遭ったことあるの?」

 

 この真顔はどうやら本気で心配しているらしい。

 これはこれで、包んでもらえるのは悪くないけれど、ロイの笑顔を見られないのでは本末転倒だ。

 

「え? そう言う目は賊討伐してればしょっちゅうだけど、そんなの返り討ちだよ! 返り討ち!」

「ははっ、返り討ちにあったらたまらないかな」

 

 脇に差した太刀の柄をポンポン叩いて見せると、待っていたようにロイの顔に少しだけ笑みが戻った。

 何だか、上手くかわされたような気がしてきた。ロイだって荒くれの女への態度などベルン動乱で知っているだろうに。

 たしかに見習い修行を始めてすぐの時は、何倍も体格差のある連中が怖かったが、動乱を経てイリアに帰っても日課のように討伐任務をこなしてきた今では、もう稽古台にすらならない。

 だいいち、彼相手なら返り討ちになんかしないに決まっているではないか。きっと。

 

(ちょっと惜しいことをしたなぁ)

 

 内心、惜敗に指を弾いていると、「そうだ、シャニー」そうロイは言って続けた。

 

「お願い聞いてもらえないかな?」

「もちろんだよ。ロイのお願いなら何でも聞いちゃうよー!」

「何でも?」

「大丈夫だよ、返り討ちになんかしないから!」

「はは……。残念ながらプライベートな話ではないんだ」

 

 別に言われなくとも声や表情で分かってはいたけれど、あらためて否定されると、また悪いシャニーがつまらなさそうに心の中で口を尖らせ始めた。

 とは言え、仕事の話ならなおさらイタズラなどできまい。奥に押し込んで仕事モードに切り替える。

 

「これからは、フェレの騎士としてだけでなく、僕の配下として動いて欲しいんだ」

「えーと。……ごめん、わかんない」

 

 頭のキレる人が羨ましい瞬間。

 ここで「フッ、なるほど。了解した」とでもスマートに返せればかっこいいのだろうが、実際はロイの言葉が頭の中をぐるぐるして眉が下がるだけ。

 

「僕はリキア同盟の副盟主でもある。だから、リキア同盟としての仕事もお願いしたいなって」

 

 また頭が一瞬固まった。でも今度はちゃんと理解している。跳ね上がりそうな驚きと、叫びたくなるような喜びが頭を駆け回り、一緒になって口から飛び出してきた。

 

「ええ?! それ、すっごい嬉しい! もちろん、むしろありがとう!」

 

 今までに無いくらい大きな仕事だ。

 一領主との仕事と、複数の領主を束ねる副同盟主付きでは、それこそ部屋の中と天空くらい、広さも高さも別世界に違いない。

 

「仕事の範囲が一気に広がるけど、期待してることは今までと同じだよ」

「嬉しいなあ。本当にありがとう」

 

 何段も高い仕事ができるのはもちろん嬉しい。とりわけ、またひとつロイが認めて任せてくれたことが、何より心をビビットトーンに彩って弾けさせてくれる。

 それもつかの間、ひと通りはしゃぎ終わると疑問がふと湧いてきた。

 

「でもいいの? あたしって一応、傭兵で部外者じゃ」

 

 リキア同盟と言えば、領主同士が意見を交わし意思決定する、リキアでも最重要機構と聞く。造詣が深い学者や著名な賢者ならいざ知らず、そんなところに外国人が名を連ねる事自体が本来あり得ないと言えるだろう。

 今さら傭兵なんか……と言う気はさらさら無いにしても、傭兵部隊が入れるような敷居の低い場所とは思えない。

 それでも、ロイは静かに首を振った。

 

「シャニーはそんな気持ちで仕事してないだろ?」

「そりゃ、骨埋めるつもりでいるよ。リキアは第二の故郷だし」

「じゃあ、それで十分じゃないか」

 

 ロイは動乱の時から、やる気のある者への支援を惜しまなかった。

 当時、戦場での功績が低い者を整理する動きがあったのをロイが止めたらしい。志を持って集まってくれた者には、チャンスを与えたい──そう言って。

 あのとき、見習いでまともな戦力になっていなかったはずなのに、ロイは頼りにしてくれた。だから必死に頑張れた、怖くてもついて行こうと前を向けた。もっと、頼られたい、支えたいと焦がれるくらい思うようになった。

 

「それに、リリーナもこの前の一件でそれを期待していてね。誰も部外者だなんて思ってないさ」

 

 その心を押すように、ロイはそう言って今回もチャンスをくれた。

 感激と、絶対に彼の期待に応えたい気持ちが泉のように湧きあがってきて、言葉が思いつかないまま何度も頷いて見せた。

 

「で、さっそくなんだけど、オスティアへの街道沿いに孤児院があるんだ」

 

 時計をちらっと一瞥した彼は話をとっとと進め始める。どうやら、くっついていられる時間はもうおしまいのようだ。

 

「孤児院?」

「覚えてないかな? 動乱のとき、オスティアに向かう道中で立ち寄った場所だ」

 

 孤児院、孤児院……ぱっと浮かんでこない。というのも、転戦中あちこちの孤児院に慰問で訪れていたから、記憶がごちゃごちゃになって糸が絡まったようにうまく思い出せなかったのだ。

 もう少し、頭の中に手を突っ込めたら掴めそうなのに、引っかかって出てこない。

 

「ほら、シャニーが東の村で杖をもらって来てくれた」

「あー! あの魔道士の子たちがいた孤児院だね。えっと、ルゥくんだったっけ」

 

 ようやく指先に引っかかった記憶を引きずり出せた。村を助けようと一人で突っ込んで、敵の増援に追いかけ回されてヒドイ目にあった場所だ。

 幸いディークが駆けつけてくれて事なきを得たあと、負傷を癒してもらったのが、くだんの孤児院だ。

 その孤児院から参戦した魔道士兄弟がすぐに浮かんできた。

 

「ああ、覚えてくれたなら話が早いな」

「ま、まあね。いろいろあったから」

 

 前段の苦い経験も含め、あまりいい思い出がない場所だ。魔道士兄弟の兄──ルゥ自身はとてもいい子だった記憶があるが。

 

「でさ、孤児院でなにかあったの?」

「実はね」

 

 そこまで言うと、ロイは警戒してか目だけで辺りをぐるっと見ると、覆いかぶさるようにして耳打ちしてきた。

 

「最近その近辺で変死体が見つかる事件が複数起きててね」

「複数?!」

「声、大きいよ。まだ同盟の中でもオフィシャルにしていないんだ」

 

 口にたて指するロイにつられて反射的に手が口に行く。

 賊同士の抗争が茶飯事のイリアなら珍しくもないが、リキアは平和に映っていたからショックが大きかった。

 

「おっかないなあ。やられた人の職業とか、犯人の特徴……って、変死体って言うなら分からないのかな。うーん、賊の仕業?」

 

 ロイから聞く感じ、ただの殺しではなさそうな空気だ。何かは分からないが、かすかに〝流れ〟を乱す妙な揺らぎを感じさせる。

 あの近辺は孤児院以外には砦があったが、今は廃墟となっているらしい。そんなところで、誰かも分からない人間を襲う手合い……動機どころか犯人像もまるでイメージがつかない。

 

「少なくとも市民ではなさそうだけど、それも含めて調査して欲しいんだ。リキア同盟が動く準備としてね」

 

 聞けば聞くほど、妙に勘が騒ぐ。市民でないならそれなり戦闘をこなせるはずだ。被害者のやられ方を見てみないと得物や練度は測れないにしても、一定以上の手練れに違いない。

 民に被害が出る前に、いや、噂になって要らない不安がまわる前に、犯人を突き止めてお縄にかけなければ。

 

「もちろん、解決しちゃっても良いんだよね?」

「さすが話がしやすいよ。リキア同盟も今繁忙を極めててなかなか手を割けなくてね。信頼できる人の手を借りたいところなんだ」

「そういうことなら任せてよ! バッチリやってくるからさ!」

 

 リキア同盟付きでの記念すべき初任務。絶対に成功を収めると誓ってハイタッチすると、ロイの顔からそれまでの穏やかさが消え、彼は凛とした風を場に残して馬車へと乗り込んだ。

 

「行っちゃった……」

 

 正門まで追いかけて、姿がすっかり見えなくなるまで手を振って見送った。

 次に会話できるのはいつになるのだろう。合議が長引けば、いつフェレに戻って来られるか分からない──そうロイは去り際に零していた。

 仲間がいるとはいえ、寝静まる真っ暗な夜に一人星空を見上げるのは、千切れそうなくらい心細い。難航する会合で疲れ果てたロイが星空の向こうにいる。それが分かっているのに、何も出来ないやるせなさが襲ってきて、涙が出るくらい胸が握り締められるのだ。

 

「よおっし! あたしも負けないくらい頑張るぞっと」

 

 とは言え、帰ってきた彼の気持ちを少しでも軽くしてあげることが、果たすべき役割に違いない。

 被害者のひとりをオスティア城に安置している……そうロイは言っていた。

 まずはオスティアに向かうことにした。敵を知るためにも、こういう仕事が得意な援軍を呼ぶためにも。

 

 

◆◆

「ん~、おいしいぃ! このレモンとミントの爽やかさが、あたしの火照りを吹き飛ばす! まさに夏のクイーン・オブ・ジェラートだよ!」

 

 事務所のソファに座り、一口したジェラートでたまらず足をピコピコさせてしまった。

 それにしても酷い事務所だ。座っているソファにしても革がバリバリだし、壁は石レンガむき出し。廃墟かと思うくらいあちこち抉れて、崩れた欠片が床の隅に積もっている。

 そんな不精な空間に舞い降りた天使のごとくキラキラ輝くジェラートが、灰色の殺風景の中で淡い希望のようにひときわ煌めく。

 

「うるせえよ、ここは喫茶店じゃねえんだぞ」

 

 もう一口して余韻を楽しんでいると、それを押しのけるような声がキッチンから小突いてきた。

 

「わざわざ買って来てまでここで広げやがって。せめて黙って食いやがれ」

「いいじゃん。こんな監獄みたいな部屋でも、花があれば気分もアガるでしょ?」

「あーそうだな。で、さっさと要件を言え」

 

 ブウっと口を尖らせても知らん顔で背を向けるディークに、思い切り舌を出しておいた。せっかく彼の分も買ってお茶しながら話そうと思ったのに、蛇のように一口でポンとは、まるで嗜み方がなっていない。

 仕方なく、得物の手入れをするディークの背中にロイの依頼を説明していく。

 

「って話なんだ。ディークさん、聞いてる?」

「ああ、名誉なことじゃねーか。よかったな」

 

 彼は相槌も適当に振り返ることさえしないで、せっせと大剣に投げ斧にと磨いては構えを取っていて、恐らく話の半分も聞いていないに違いない。

 しまいには、やっと振り向いたと思ったら「それで?」とでも続けてきそうな顔をしはじめた。

 

「? なんでそんな他人事なの?」

 

 聞いた途端だ。ディークの目の色が変わり、ピクリと動いた眉と共に口元が苦笑に歪む。

 

「あん……? ま、まさか」

 

 どうやらまったくそんなつもりは無かったらしい。今まで一度でも、ディークをそんな除け者にしたことなどないだろうに。

 おまけにロイのお墨付きなのだから、拒否権などあるものか。

 

「だって、ディークさんはあたしのお守り役なんでしょ?」

「なっ、てめ!」

「と言うわけで、一緒にがんばろー、おー!」

「このやろ、思ってもいねえことを。つか、勝手に了承してんじゃねえ!」

 

 逆らえないと分かっても言わずにはおれないのか、ディークのああたらこうたらが飛んでくるが鼻歌でかき消す。さっきのお返しだ。

 そのまま皿を持って窓辺に移り、街並みを眺めながらジェラートを一口。こんな平和な時間が続いてくれれば良いのだが、自然に視線はオスティア城を捉えていた。

 まずはディークとともに、殺人犯の特徴を掴むところからスタートだ。

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