ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

51 / 69
孤児院に到着したシャニーたちは院長のルゥとコンタクトをとり、情報収集を図る。
依頼内容や孤児院まわりで起きる事件を聞き、彼らは困惑することになる。

連続変死事件──ロイの依頼事項解決するには、なかなか複雑な事実関係を解いていく必要がありそうだ。


楽園と影

 ギンギラ歌う太陽の匂いをこれでもかと纏った風を全身に浴びながら、天馬にまたがり西の空を目指す。まるでサウナにいるかのように、飛んでくる風はもはや温風でちっとも涼しくはないが、カラッとしていて心地よい。

 ディークと合流した翌日、シャニーはフェレに戻ってルシャナたちに説明したのち、あらためて孤児院に向けて出発していた。

 

「ルゥくんかあー」

 

 昨日は記憶がおぼろげだったが、ようやくぼんやりする輪郭が線となって、滲む色に彩りが戻ってきた。

 あの頃は戦況が激化する前で、とにかく手柄を上げるのに必死となり、怖いもの知らずに槍を振り回していたか。なんとも若かったものだ。

 それが今では部隊を率いて、こうして他所の国の中枢で特殊任務を担うとは。

 

「シャニー、知ってるんスか?」

 

 ひとりしみじみと浸っていると、不思議そうな口調でミリアに呼ばれた。

 

「うん、動乱中に同じ軍でね。ホント、少し喋っただけだけど」

 

 とにかく突っ走っていたのもあって、軍を後方から援護していた魔道士のルゥとはそこまで深い交友はない。それでも、残っている印象は彼の弟を含めてなかなか強いものがある。

 

「ディークさん、山賊と間違われてたよね」

 

 背後にいるディークにニヤリと視線を送ってやる。

 

「うるせえっつの」

 

 彼は短くそう言うだけで、さっさと話を切りたいらしい。それでも、今日は天馬の後ろに乗せており、彼も逃げ場はあるまい。

 

「ちゃんとオシャレに気を使わないからだぞー?」

「へいへいっと。かーちゃんかよって何度言わせんだ」

「今度一緒に見に行く?」

「ヤメロつってもついてくるだろうが。確かにへたってきたし、替えが欲しいかもな」

「違うって! オシャレ着を買うんだよ! みんなもそうした方がいいって思うでしょ?」

 

 どうにもディークは、自分の価値に気づいていなくてもどかしい。キチンとした服装にすればなかなかイケオジのところ、適当でいるから山賊扱いなのに。

 それを証明するように、話を振ったミリアとルシャナが顔を見合わせて苦笑いを始めた。

 

「どこでも間違われてるんスねえ」

「まあ、こんなデカいオジサンがあんな剣持って歩いてきたらビビるわ」

 

 まさしく初見で山賊と間違えた二人の言葉だ。

 呆れたような口振りでじろじろディークを眺めるミリアの横から、ルシャナの容赦ない口撃が飛んできて、さすがの戦神もお手上げとみえる。

 

「だぁ! お前ら、シャニーの言うことを真に受けるんじゃねえ! あと、オジサンはやめろ!」

 

 いつになくディークが大きな声で追撃を払い除けだした。こんなふうにディークがいろめき立つなんて、動乱中はまるで見たことはなかった。

 それでも、言葉のわりに怒っているようには聞こえない。むしろ楽しんでいるのかトーンは明るいし、ルシャナたちも慣れたのかニヤニヤしている。これを活かさない手はない。

 

「気にしてたんだ〜? じゃあ、オシャレしないとね!」

「シャニー、あとで覚えてやがれ」

 

 ディークのじりじりした顔がなんだか嬉しい。

 見習いのときは教えてもらうばかりで、大きい代わりに遠い背中だった。それが今は仲間として迎えてグッと近くなったのだ。

 ただ、それはディークも同じだったらしい。

 

「おまえこそ、次はポンコツ晒すなよ? 部下もいるんだしよ」

「ぐっ……。ナイショね、それ……」

 

 周りへとはまるで当たりが違うと言うか、容赦なくあっさり言い負かされてしまった。それだけで済まず、彼の横目がミリアたちをさしていて堪らず話題を元に戻す。

 

「ルゥくんはすっごくいい子だよ。素直でさー」

 

 ルゥは優しいし、年下と思えないくらい強かった。魔法のクオリティだけでも異次元だったし、何より穏やかながら炎のような強さを持った少年だった。ディークを前に「お姉さんは僕が守るからね」と魔道士なのに前に出たくらいだ。

 

「ハン、お姉さんさせてくれてたもんな。上手く乗せられてニヨニヨしやがって。ホスト帰りの姉ちゃんかって感じだったぜ」

「言い方!」

 

 仲間たちの絡みつくような視線に息が詰まる。今までも部隊の連中から弄られてきたが、まさかディークがそれに燃料を投げ込む役にまわるとは想定外だ。

 

「ルゥくんは優しかったもん。それに比べてその弟はー!」

 

 あんな弟がいたら優しいお姉ちゃんになれたかもしれない。もっとも、一緒についてくるもう一人とは毎日ケンカしていそうだが。そちらも思い出したらギリギリとムカッ腹が立ってきた。

 

「はは、ウザいって言われてたな。ま、向こうのほうが中はオトナだったししゃーねえ」

 

 弟の方は、兄とは違う意味でストレートな性格だった。せっかくお世話してあげようと思ったのに邪険され、あげくあれこれダメ出ししてくる始末。まるで(ティト)の口が悪いバージョンみたいでうんざりした記憶が、ディークのせいで蘇ってしまった。

 

「ぎぎぎ……ぼろくそ言ったな!」

「ま、おあいこってとこだろ」

 

 まさか今度はこちらがジリジリするハメになるとは。したり顔で涼しく人の怒りをかわして見せるディークが恨めしい。

 おまけに、どこがおあいこなのだろう。さっき黒歴史を引っ張り出されてやっつけられたばかりなのに、オーバーキル……いや死体斬りではないか。

 言い返せずに口をクチバシのように尖らせていると、背後からさらなる口撃が飛んできた。

 

「それにしても、見ないうちに随分デカくなったもんだな」

 

 ポンと頭へ置かれた手にジリジリが吸い上げられ、代わりにまるで火炎瓶でも放り込まれたようにドカンと頭が吹き飛んだ。

 背後から感じるこの生暖かい視線は、間違いなく胸元を見下ろしている。まさかディークがそんな目で見ていたとは。目が今にも飛び出しそうなくらいバクバクだ。

 

「どっ、どこ見てんのさ! スケベ! あたしにはロイっていう大事な人が!」

「……前言撤回だ。やっぱり、おまえはおまえだったわ」

 

 ところが、謝るどころかディークのますます生暖かい視線が伝わってくるし、ため息まで聞こえてきた。周りも援護してくれるどころか、クスクスと黒い笑いを浴びせてくるではないか。これは……間違いない。

 

(ぐええ……っ、また自爆ぅ?!)

 

 ジンジン血が噴き上がってくる。今にも顔が風船みたいに弾け飛んでしまいそう。

 これ以上自爆したら空の上では逃げ場がない。チンチンになった頭を冷やすには夏の風は暑すぎて、今でさえもうオーバーヒートしているのに。

 

「で? 孤児院にはどっちもいるのか?」

 

 俯いていたら頭を呼び鈴のようにポンポンやられ、ハッと現実に引き戻された。

 

「ううん、ロイの話だとルゥくんだけみたいだよ」

 

 どうやら弟の方は魔道を極める旅に出ており、兄のルゥが元々あった孤児院の跡地に孤児院を兼ねた魔道学校を設立したらしい。

 

(ルゥくんたち、大丈夫かな……。あんなやり口……ただものじゃないよ。それに……)

 

 そんな場所で起きた事件。

 それだけで心配なのに、どんどん大きくなる〝流れ〟の揺らぎは吐き気すら覚えるほど。

 手綱を握りなおしたシャニーは、スピードをさらに上げて西の空へ吸い込まれていった。

 

◆◆

 夏の日差しとは思えない、穏やかな木漏れ日の香りに包まれ心地良い。

 案内されたのは、木の優しさが広がるこぢんまりとした部屋だった。多くに囲まれてはいないが、たくさんの魔道書が四方の書棚に聳えており、きっと院長室なのだろう。

 

「応援に来てくれてありがとうございます」

「敬語なんてよしてよ。お久しぶり、ルゥくん」

 

 魔道学校兼孤児院を切り盛りする院長ルゥの、混じり気を感じさせない声に心がすっと温かくなる。

 何も変わっていない。新芽を思わせるアップルグリーンの髪に、相手を人懐っこくまっすぐ見つめる青い瞳。何より、この気にかけたくなる健気な口調こそ、部屋の優しさを作り出しているのだろう。

 

「うんうん! お久しぶり、シャニーお姉さん! 元気そうで良かったよ」

「ルゥくんもね。えへへ、バッチリ守ってあげるからね!」

「うん。きっと子供たちも喜ぶと思う」

 

 こんな弟がいたら毎日おせっかいしていそうだ。今でさえ、キュンキュンする心を放っておいたら頭を撫でてしまいそうなのに。

 それでも、子供扱いは失礼だろう。

 後進を守り育てる立派な立場に彼がいるのは、外からしきりに聞こえてくる子ども達のはしゃぎ声が教えてくれる。自分だって毎回ディークに同じ気持ちをぶつけているから、同士の気持ちは解るつもりだ。

 

「あー……。少年、念のため聞くが、俺らの仕事ってのはガキのお守りか?」

 

 相変わらず座ろうともせず、壁にもたれるディークが怪訝そうな声をあげた。親子くらい離れた相手との接し方に慣れていないのか、また彼は子ども呼ばわりしている。

 

「お願いしたいです。いろいろイベントが重なって、人手が足らなくて。……だめ……でしょうか?」

 

 悪気はないのが伝わっているのか、ルゥはニコッと澄んだ笑みで見回して、その後に見せた上目遣いは天使のよう。

 さすがの戦神もイチコロか。いつものように舌打ちしたり、頭をボサボサやったりする余裕もないらしい。

 なんだか、ずいぶん扱いが違う。自分のときは最初から荒っぽい感じだったし、叱るときも容赦なく怒鳴って頭グリグリだってされたのに。

 

(なーんだ。ディークさん、あたしのことは子供じゃないってちゃんと認めてくれてたんじゃーん。素直じゃないんだから〜)

 

 剣を教わるようになってからは何をしても叱られた記憶しかないが、それが期待の裏返しだったとは。

 ひとつ謎が解けて軽い気持ちがスキップしかけていると、もうひとつの疑問が後ろから引っ張ると同時に、横から肩を小突かれた。

 

「おい、シャニー。話が違うじゃねえか?」

「ね……」

 

 明らかにロイの依頼……契約内容と求められている役目は違う。困っている人を放ってはおけない。とは言え、ディークにはキチンと筋を通さないといけないだろう。

 

「でもね、孤児院を守るって意味なら、そうじゃない?」

「チッ。便利屋の範疇じゃねえんだがな」

「え? 便利屋ってそういう──」

「分かってて言いやがって。俺はオモテの世界は相手してねえんだよ。ま、とは言え、流儀的には悪くねえか。一度受けちまった仕事だしな」

 

 頭をボサボサやってボヤきながらも、ディークはようやくシャニーの隣でルゥと膝を突き合わせた。

 足並みが揃ったところでようやく本題だ。ルゥたちを守るのは当然としても、主命はもっと深いところにある。この孤児院は、その元凶の脅威に今も晒されているのだ。

 

「もう少しお話聞かせて? あたしたち、ロイ様から孤児院周辺で起きた変死事件の調査をお願いされたんだ」

「変死事件? ひょっとして……」

 

 鏡に光を当てるように、間を置かずにルゥはあごへ手を添えて視線は天井へ。

 それは長く続かず、すぐ、「でも……」と言って今度はテーブルを見下ろす彼に、ディークがすかさず切り込んだ。

 

「なにか心当たりがあるんだな?」

 

 しばらく耽っていたルゥは、自分を言い聞かせるように静かに首を振って正面に視線を戻す。

 

「最近、略奪団がたまに襲ってきて困っているんだ」

「えっ?! ルゥくんたち大丈夫なの??」

 

 一瞬、聞き間違いと勝手に理解したが、それより先に口から思ったままが飛び出していた。

 ディークが聞くまであんなに考えていたのに。もっと些細な情報だろうと軽く構えていた心は、投げやりが突っ込んできたよう。蜂の巣を突いたらこんな風なのかもしれない。

 

「うん、襲ってくるのは少数だし、子ども達には手を出さないんだ。でも、みんな怖がっているから、お姉さんたちも来てくれて心強いよ」

 

 最初は道中で〝流れ〟を乱した犯人に違いないと思った。

 しかし聞く感じ、彼らは食料をぶん取りにくるようで、金品を要求してくることは稀という。どうにも略奪団と言うにはショボいと言うか、ただの飢えた物盗りレベルにしか聞こえない。

 とは言うものの、暴れてあちこち破壊する事もあるようだし、放っておけるはずもない。同盟付き騎士として、しっかりお灸を据えてやらねばなるまい。

 

「へへへっ、大船に乗ったつもりで安心してよ」

 

 とんと胸を叩いてみせるとルゥは嬉しそうに綻ばせ、彼のつぶらな瞳にノックアウトされそうだ。

 

(かわいいなぁ。もっとこの子を喜ばせてあげたいな〜。……ん?)

 

 ところが、ルゥの眼差しとは対照的な周りの視線が気になって、振り返ってみるとぎょっと髪の毛が逆立ちかけた。

 

「大船……ねえ」

「泥舟なんて言えないっス」

「シャニー、年下もゾーン内……っと」

「ミリア!! 人聞きの悪いこと言わない! レンも何メモしてんの!」

 

 一斉に降り注ぐもの言いたげな視線と共に、ルシャナを皮切りにミリアやレンから総攻撃を浴びて蜂の巣になった。

 たまらず咳払いして無理やり先に進める。

 

「となると、その略奪団の犠牲者なのかな」

 

 隣で腕組みするディークに話を振ってみる。

 こんなにのどかで人の往来が限られる場所での事件など、犯人を絞るのは難しくないだろう。

 そう考えたのは甘かったのか。彼は聞いてもなかなか返事せず、ようやく腕組みを解いても渋い顔のまま。

 

「その線も否定は出来んが、どうにも臭うな」

「におう?」

 

 長年積み重ねたベテランの経験が生み出す勘なのか、こうやってディークが怪しむときはたいてい当たる。〝流れ〟のような漠然としたものではなく理屈が通っていて、ついつい唸ってしまうことばかりだ。

 

「考えてみろ、やられた連中はオモテの人間じゃねえ。略奪団が襲うにはターゲットが違うだろ」

「たしかに……商人とかだよね。うーん」

 

 オスティア城で事前に確認したものの、被害者の身元は全員不明。つまり、市民証を持たない人間であり、俗に言う〝裏の人間〟と言うことになる。

 同業者間の抗争でないのは、被害者の発見現場に戦闘痕が一切なかったことから分かる。孤児院で暴れるくらいの連中では、あんなやり方など出来ないだろう。あのやり口は、それこそ暗殺の類だ。

 

「ま、そこらも含めてお出迎えしてやろうじゃねえか」

「ディークさん……悪人の顔してるよ?」

「あん? ウラの人間なら情け無用でやりやすいだろ」

 

 歩き回るより、襲ってきた連中をシメたほうが手っ取り早いと言うわけだ。ご説ごもっともだが、ディークが拳を打ち鳴らして不敵な笑みを浮かべながら言うと、どちらが悪者か分からないから困る。

 やり方はともかく、まずはルゥを安心させてあげるのが先決だろう。

 

「ルゥくん、あたしたちが略奪団から守るから、襲撃してきたら教えてね」

「ありがとう! お姉さん達も無理しないでね。ぼくも戦うから!」

「おっしゃ! がんばろーね!」

「やれやれ……ピクニックかなんかみてえなノリだな」

 

 ハイタッチは契約成立の証。

 ディークは呆れたように顔を手で覆っているが、事態があまり芳しくないのは理解しているつもりだ。

 警備しながら情報収集となると、果たしてどのくらいで解決するだろうか。

 時間はかかっても、きちんと根元を断たなければなるまい。根拠はなくとも〝流れ〟が教えてくれる。その乱れは、感じたこともない気持ち悪さを今も運んでくるのだ。ディークの勘と合わせても、やはり何かがある。

 さっそく警備の段取りを決めようと仲間で集まっていると、後ろからルゥに呼ばれた。

 

「ここは教会も兼ねてて子供たちもいるから、着替えてもらっていい?」

 

 彼の指さす窓の外に視線を移してみると、たくさんの子どもに囲まれるシスターの姿が見える。

 落ち着いた黒のトゥニカに、純白のウィンプルが清楚さを際立たせ、腰から下げた金ぴかのロザリオが子供と踊るたび陽に光る。

 戒律の中で輝く慎ましさが、優しい横顔をさらに美しく輝かせて女神のよう。

 いきなりで略奪団の話と同じくらい目がまん丸になった。服自体には興味を惹かれるとは言え、まさか、あれに着替えろだなんて。

 

「えぇ?! この格好じゃダメなの?」

「ごめんなさい。でも、子供たちもきっと安心すると思うから。みんなの不安は少しでも減らしてあげたくて」

 

 不可解な変死事件に略奪団……子供たちを案じてのことならやむを得ないか。かと言って、あの格好では天馬に乗り辛そうだし、帯剣していたら妙な気もする。どうしたものか。

 

「いいじゃねえか。バリバリ騎士の格好した人間がいない方が、連中も警戒しねえだろうし」

 

 これはどうしたことだろう。一番嫌がると思ったディークが手を挙げるとは。

 

「へ? ディークさん、じゃあ──」

「もちろん、俺はガラじゃねえしパスだ」

(あぁっ、ズルい!!)

 

 やっぱりそう言うことだった。

 怖いもの見たさのようなものはあるにせよ、ディークはパスしてくれた方が嬉しい気もする。こんなムキムキの神父さんなど、むしろ悪人にしか見えずに子供たちは怖がりそうだ。

 最初こそしぶしぶルゥについていったものの、いざ服を渡されると更衣室に着くのが待ち遠しくなってきた。

 

◆◆

 慣れない服を互いに整え合いながら、悪戦苦闘の末に何とか纏って更衣室から出た。庭を目指して廊下を歩いていると、なんだか魔法学校の生徒になったような気分になってくる。

 お互いの格好にはしゃぐ女子たち。ディークが蚊帳の外になっているのに気づいたシャニーは、哀れになって声をかけてみた。

 

「ね? ルゥくん、ホントにいい子でしょ?」

 

 これできっとお互い誤解も解けたに違いない。特にディークは、山賊と間違われてファイアーを撃たれてそれっきりだったはず。

 

「あれでおまえより年下だったか? 立派なもんだねえ」

 

 誤解が解けたのは良いのだが、おちょくるような口調で言いながら浴びせてくる眼差しはあまりに露骨。

 悪意のある笑みに堪らずバタバタ地団太を踏む。

 

「な、なによぉ、その顔! どーせあたしは子供っぽいですよーだ!」

「やれやれ、なんのことやら」

「~~~~ッ!!」

 

 歯ぎしりするくらいジリジリをぶつけても、ディークはそよ風が吹いたくらいにしか思っていないのか両手を広げている。

 そのまま歩き出した背中に思い切り舌を出してあかんべえしていると、見透かされたかのように鼻から抜いた笑いが飛んできた。

 

「ハッ、それにしても、おまえのそんな格好を見ることになるとは」

 

 まじまじ見られてしまうと、ディークであってもちょっぴり恥ずかしい。

 ふと俯いて、映った修道服を見下ろしてゾクゾク来た。着ているのは、まさか本当に自分なのだ。

 

「えへへ〜。一度着てみたかったんだよね。ロイにも見せてあげたいなー」

 

 騎士の立場で、こんな修道服を着るなんて夢でも見ているよう。

 教会といえば真っ先に浮かぶ象徴であり、なんとなく別世界から舞い降りた清廉な人たちが纏うイメージだった。

 それを着ている。思わず引っ張ってみたり、ぽんぽん触ってみるほどに、返ってくるすべすべの感触がくすぐったい。

 まるで生まれ変わったような気分……今は天使か、女神か。

 

「どう?」

 

 ディークの前でくるりと舞ってみせたが、彼は眉間にしわを寄せて首を傾げている。よそ事を考えていてちゃんと聞いていなかったのだろうか。

 サービスでもう一回りして答えを期待し待っていると、彼は引きつったような不自然な笑みを浮かべて聞き返してきた。

 

「あん? どうってのは?」

「似合う?」

「アー……」

 

 ディークは頭をボサボサやりながら一度目を合わせてきたものの、すぐ目を閉じてうんざりと言いたげ。

 それだけでもムッとするのに、直後ため息混じりに吐き出した一撃が、膨らみかけの火山に火をつけた。

 

「マジで……需要ねえわ、きっと」

「なあ?!」

「ロイだけに独り占めにしてもらえ」

「う、ウルサイな! くうう! 今日のディークさん意地悪すぎ!」

 

 社交辞令というものを知らないのだろうか。これだからオジサン呼ばわりなのだ。

 たしかに聖女とは縁遠い生き方をしてきたかも知れないが、ちょっとくらい褒めてくれてもいいのに。収まりきらずにブーブー後ろから突いても、ディークはまるで聞こえていないかのよう。

 

「そっちのちっこいのはなかなか似合ってるぜ」

「レンです。覚えて」

 

 露骨な話題逸らしで恨めしい。おまけに褒められたレンは淡白な言葉と裏腹になんと嬉しそうなことか。思わずディークのお尻にパンチを浴びせてみても、筋肉の塊に弾かれて痛い目を見たのは自分だけ。

 ますます癇癪を起こすシャニーを、ディークは面倒くさそうに横目で見下ろしている。

 

「院長さん、魔法使いさんだった。授業受けに行こうかな」

 

 レンのトーンはどこかウキウキ楽しそうで、珍しく先頭を歩いて生き生きしている。きっと師匠(ニイメ)と離れて独学になっていたぶん、心細かったに違いない。

 レンの新たな知識との出会いを祈っていた時だった。

 

「シャニー、おまえも受けてきたらどうだ。ちったあ賢くなれるかもしれねえぜ」

 

 ゾワゾワと身体中を撫でられたように震えが走った。ようやく褒めてくれるのかと思いきや勉強しろとは、今日はどこまでイジり倒すつもりなのだろう。

 おまけに、それを煽る声が頭の中で跳ね回る。

 

「キャハハッ、愛されてて羨ましい限りだよ」

「うるさい、うるさい! 相棒なら少しは同情してよぉ〜!」

「ああ、同情ならしてるよ。数字への弱さにさ?」

「ぬううう……!」

 

 セチの顔はシャニーとそっくり。そのくせ同じとは思えない、見透かすような悪人の笑みを浮かべて煽られると黙っておれない。

 彼女には一方的に心を読まれていて、勝ち目などないのは分かっていてもダメだ。いや、人の心を覗きながらケラケラ煽るとは、悪魔の所業とはこのことか。

 

「そっちに弱い分、頑張って剣の道を極めようじゃないか!」

「なんでもそっちに持ってくの禁止!」

「つれないなぁ。略奪団とか言うので暇つぶしくらいにはなるかなあ?」

 

 この戦闘狂は、やはり精霊と言うより悪魔。今さら善人のようにニッコリされても、ますますゾッとするだけだ。

 ツンと視線を切り、シャニーはぼうっと空を見つめるディークの手を取る。

 

「あたしは魔法使わないから賢くなくていいの! ほら、見回り行くよ、ついてきて!」

「へいへいっと」

 

 一度はシャニーに引っ張られて歩き出したディークだったが、彼はすぐに止まり横目で貫く。

 

「……どうにも、妙な予感がするな」

 

 鋭い視線の先には、中庭の向こうにのどかな深緑の山々が広がるばかりだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。