ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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略奪団員を追い払い、シャニーたちは改めて連続殺人の犯人像と行動パターンの洗い出しを始める。
考えれば考えるほどに不可解さが際立ち、犯人像は絞られながらもますます輪郭が霞んでいくのだった。
同じイカれた戦闘狂のセチなら、何かヒントになるかと思ったのだが……


相棒はサイコキラー?

 戦いを忘れさせてくれる、穏やかな静寂に心が洗われる。

 木漏れ日が優しい院長室は、先ほどまでの緊張が嘘のよう。用意されたシナモンティを一口すれば、安らぎ自然に幸せな吐息が漏れる。

 孤児院に戻ったシャニーたちは、ルゥに略奪団員と接触したことや、引き出せた情報を共有していた。

 

「略奪団から守ってくれてありがとう!」

「なあに、礼は要らねえぜ。契約主からたっぷり絞ってやるからよ」

 

 弾む声で目を綻ばせるルゥの澄んだ笑顔が、犠牲者を防げなかった1週間への罪悪感を癒してくれる。

 そんな天使のような優しさと対峙しているのが、ホクホク顔で皮算用を始めるディークとはギャップが激しい。無骨な手で滑るように計算器をいじる目元はほくそ笑むよう。舌なめずりする様は、とても動乱を鎮めた八英雄には見えない。

 

「ディークさん、また悪い人みたいな顔してる」

「あん? 契約外のことしてんだ。当然だろ。おまえもいい加減、少しは銭勘定できねえと食っていけねえぜ。さすがに穴掘ってねえだろうな?」

「してないッ、してないから!」

「ハン……数字にからっきしなのは相変わらずのようだが?」

 

 見習い時代から、よく同じように言って躾けられた記憶が蘇る。

 戦場には銭が落ちている……ディークにそう言われたあの頃は、意味が分からず穴を掘って叱られたのも今なら笑い話だ。

 あの教えを自分なりの流儀にアレンジしたからこそ、国力向上活動につながった。本当に、ディークに出会っていなかったら、今頃どんな騎士になっていたかゾッとする。

 

「あはは、みんなに言われるよ。部隊には数字に強いのもいるし、適材適所ってね?」

「適材適所ねえ……」

 

 誰でも得手不得手はあるだろう。

 特に妙なことを言った覚えはないのだが、ディークは言葉尻を捉えて含みのある目で見下ろしてくる。彼には見習い時代の黒歴史を、アレもコレも握られているぶん気が気でない。

 

「な、なによぉ? その目……」

「ルシャナが前衛、ミリアとレンが火力担当で。おまえは……ボケ担当か?」

「なあ?!」

「分かってないっスね、ディークのオジサン、もといお兄さんは。シャニーは大事な囮担当っスよ!」

「お前わざと間違えやがったな!」

 

 いつも褒めてくれないディークも酷いが、まさか部下(ミリア)に背中から刺されるとは。

 どいつもこいつも、ずいぶんな扱いでリーダーをなんだと思っているのだろう。さっきだって、略奪団を追い払ったのは自分なのに。

 シャニーは腕で目元を覆って呻きだした。

 

「うぅぅ……。いいもん、いいもん。もう後ろから槍投げてるもん……」

「そう拗ねるなって。ムードメーカーやらモチベーターやら、精神的な支柱ってのは、そうなれるもんじゃないぜ」

 

 ディークには完全にバレている。さっぱりした口調で、彼はまるで心配する気もなさそうだ。チラッと腕の隙間から様子をうかがってみても、反応していたのはルゥだけ。部下たちに至ってはクスクスやっているではないか。

 

(ちぇっ。でも、精神的支柱かあ。……カッコいいヒビキじゃん)

 

 案外、悪くないかもしれない。

 とりあえずゴシゴシ目元を拭い、こほんと咳払いして場を戻す。

 

「と、とにかく安心してよ。もうきっと来ないよ」

「あいつには二度と近づかないと誓約書も書かせた。しばらく大丈夫だろ」

「えっ?! いつ書かせたの? ディークさん?」

「やれやれ、これだから素人は。ま、騎士の範疇じゃねえか」

 

 略奪団員が逃げようとしたどさくさに、ディークがあの男に書かせたのが誓約書だったとは。どこまでも抜かりのない仕事には舌を巻くばかり。破ったときの脅し内容までは真似られそうにないが。

 傭兵をやめても、かなりグレーな世界にいるのはやはり間違いなく、どうしても身を案じてしまう。

 それでも、今はそれ以上詮索している暇はなさそうだ。

 

「ありがとう。ぼくも何かお礼をしなくちゃね! えーと……」

 

 この部屋唯一の良心とも言えるルゥが、みんなの手をとってまわりながら目をキラキラさせている。

 その気持ちは、頑張って良かったと思わせてくれるけれど、細々と運営している孤児院に余裕があるとは思えない。なにより、リキア同盟からの依頼でルゥが対応するのは筋が違う。

 思わずディークのズボンに手を伸ばす。

 

「お前は気にすんな。っても、気が済まなさそうだな」

 

 心配は無用だった。

 どんなに見た目は怖くても、流儀を通す師匠の横顔は、いつまでも見ていたいと思わせてくれる優しさがある。

 それでも、ディークの言うとおりルゥの顔に納得はない。依頼人の気持ちを無下にするのも、どこか違うのではないか。

 

(……おっ、おっ! よおし、これで行ってみよう!)

 

 しばらく考えを巡らせていたシャニーは、頭に走った名案に反射的に指を弾いた。

 

「ねえルゥくん、良ければ魔法教室をうちの部隊の子に見せてあげてもらえない?」

「喜んで! お姉さんも見ていく?」

(げっ?! そ、そう来たかぁ~~~。ベンキョー……うっ……)

 

 一瞬でも、自分は発想の天才と思ったのが恥ずかしいくらい、まさかの返しに言葉が詰まった。ルゥの性格からしたら、ちょっと考えれば予想できたはずが、二手先など頭にあるはずもない。

 とは言うものの、無下に断るわけにも行かないし、ルゥの純粋な瞳が今は痛い。

 

「あっ、あたしはちょっと……見回りを強化しないといけないからいいや」

 

 今さら机に座って勉強なんかパスしたいのがホンネ。おまけに〝センスない〟認定を受けているから余計に腰が重い。

 うまく断れたと思ったが、その認定を下した張本人には考えが筒抜けなのを忘れていた。いいネタと言わんばかりに、すぐにケラケラした声が頭の中から聞こえてきた。

 

「子供と一緒に初歩からやれば、ファイアーなら何とかなるんじゃない? 射程5センチくらいかな?」

 

 いつも分かっていていちいち煽って来るから性質が悪い。そのうえ今日は輪をかけて的確で、頭を投槍が貫通したようにぐわんぐわんする。

 セチは学問所に通っていた時代も見ていたというのだろうか。当時も魔道の授業でファイアーの実技があったが、まさに5センチくらいで消えたのは覚えている。

 構うとドツボに嵌るのは目に見えている。さっさと話を切ってしまおうとしても、セチもなかなか離してくれない。毒のある笑みを浮かべた目でセチがニヤッとすればするほど、シャニーの口元がどんどん引きつっていく。

 

「うっ、ウルサイな! 魔法なんか使えなくたって生きていけるからいいの!」

「そんな拗ねなくてもいいじゃないか。私の化身である以上、キミ自身が魔法の塊みたいなもんなんだし」

「む……」

 

 でも、セチが口にした言葉を再生してみると、飛び出しかけていたやけっぱち第二弾が引っ込んだ。

 

「そ、そういう言い方もできるよね」

 

 存在自体が魔法なんて、魔導書なんかよりずっとカッコイイ。たまにはセチもいいことを言うものだ。

 まんざらでもないシャニーにセチが呆れていると、ふいにディークが歩き出しドアに手をかけた。

 

「こいつはまだ仕事が残ってるんでな。ボサっとしてねえで行くぞ、シャニー」

「えっ?! あ、待ってよ!」

 

 有無も言わせない感じの背中は、返事を待つこともなく出ていってしまった。

 魔法教室をパスするのにアシストしてくれたのかと思ったが、それにしては歩調が早い。小走りで追いつくころには、ディークはもう外に出てしまっており、前を塞いで無理やり止める。

 

「もう、仕事ってなに? あたしには待たせてるイチジクのケーキと再会する大事な仕事があるんだけど!」

「あん? どこから焼き菓子を仕入れたかは聞かんとして。あんな雑魚ひとりじゃまだ動き足らねえだろ? 稽古だ稽古」

 

 稽古の二文字を重しのようにずしんと放り込まれて、甘くふわふわだった心がぺしゃんこになった。

 こんなの奇襲でしかないではないか。うげっと口元が歪んで、言葉にならない声まで漏れてしまうほどの喪失感を誰も理解できまい。

 おまけに、内から突いてくる今にも鼻歌を歌いだしそうにご機嫌な声が、重しを揺さぶってきて千切れそう。

 

「そうだよ、相棒。まだまだ極みと程遠いんだから、寝る間を惜しんで稽古しないと。魔法も使えないんだし?」

 

 人の痛いところをグサグサと。

 稽古稽古と、日がな一日囁かれ続ける気持ちを、半分ディークにお裾分けしてやりたいくらいだ。

 そんな相棒のぼやきなどどこ吹く風で、セチはまた何か思いついたらしい。「あっ、そうだ」と、ぽんと両手を合わせて見せた爽やかさに、嫌な予感ばかり湧きあがる。

 

「私が認めるまでケーキ禁止にしようか! そしたら、キミも死ぬ気になるよね?」

「そうなったら死ぬ気じゃなくて死ぬよ! 絶対死ぬ。生きれないッ! あああ……世界は絶望に包まれたのだぁ!」

「軟弱だなあ。いっぺん死んでみるのも悪くないかもよ?」

(こっ、殺される……!)

 

 罪悪感の欠片もない、透き通るようなセチの笑顔が悪魔に見えて仕方ない。ここまで無邪気が残酷で、恐怖を覚えたことがあっただろうか。

 このままケーキを食べずに死んでなるものか。

 

「ディークさん、はやく構えて」

「おっ、やる気じゃねえか。ちょっと待て──」

「はやく! 世界の平和のために!」

「……? おっ、おう?」

 

 お尻を叩いても、牛のようにのんびり準備を続けるディークの手を取って引っ張っていく。

 そのまま庭園端に流れ着き、広い芝生で剣を打ち合いながら彼と情報整理が始まった。

 

「しっかし、そこまで期待してたわけじゃねえにしろ、これでふりだしってわけだな」

 

 これと言った策がないのは、いつもの勢いが消えたディークの口調から伝わってくる。

 成果がないとは言わないが、1週間かけた仕込みの結果としては空振りと言ってもいい。白とグレーではまるで意味が違うとはいえ、唯一の手がかりだった略奪団が白では、この先どうすればいいのやら。

 

「ディークさんの予想が当たっちゃったね。スゴイ! ……なんて言ってられないけどさ」

「まあな。あれほどの魔法を扱えるのに略奪団なんぞ、どうにも妙だ」

「たしかに……あんな魔法の傷跡見たことない」

 

 何度思い出しても、ゾワッと悪寒が走り息が詰まる。すべてを灰と化す魔法痕に、慈悲など欠片もなかった。あんな魔法、直撃せずとも、いや避けたとしても無事でおれるか分からない。高位の雷撃魔法の場合、着弾点から津波のように側撃雷が走るのは、動乱でリキア同(リリーナ)盟主が見せたサンダーストームで思い知っている。

 

「……ッ。ヤダヤダ、考えるのよそっと……」

 

 ふと、自分に降り注ぐ光景が脳裏に浮かんでしまい腰が抜けかけた。

 

「ハン……? 『天馬騎士だから魔法はへーき』じゃなかったのか? いざとなったら盾、頼むぜ?」

「てっ、程度ってもんがあるでしょ! 程度ってもんがっ」

 

 ディークには考えが筒抜けか、他人事のように笑っているが冗談でない話だ。

 かつて八英雄が竜との戦いで手にとった『神将器』と呼ばれる聖遺物。そのひとつである業火の焔(フォルブレイズ)を扱うほどで、稀代の魔術師と名高いリリーナでさえ、あんな敵が灰になるような魔力は見せなかった。

 おそらく必要以上は抑えていたに違いないが、いずれにしてもそれを超える魔力(・・・・・・・・)が牙をむくことになる。

 ディークも分かっていて言うから人が悪い。彼は「……ま。たしかに……な」とつぶやき、大剣を地に突き刺して腕組みを始めた。

 

「魔法は詳しくねえが、お偉い方のとこに収まるには事欠かねえはずだ」

 

 ディークの言うとおり、そんな異次元の魔力の持ち主がふらふらしていること自体がそもそも謎だ。おまけに、こんなドが付くほどの田舎で。

 くわえて、わざわざウラの人間ばかりを狙うあたり金目当てでもないとなると……。

 両頬に手を添えて可能性をあれこれ考えてみたが、結局思い浮かぶ犯人像はひとつしか無かった。

 

「ってことは、他に目的があるんじゃなくて、それ自体が目的ってこと?」

「その線が強いだろう。それだと謎が増えるがな」

「うん……。誰がもだし、なんでここで……だよね」

 

 世界の著名人には魔法使いが多い。それだけ魔法は貴重な存在ということ。魔法使いというだけでも食いぶちには困らないところ、強力な使い手なら引く手あまたのはず。なのに、こんなへんぴな場所で〝殺し〟を目的にする。

 誰かに仕えていて、指示を受けての行動にしても目的がサッパリ掴めない。ならば、もし単独犯だったとすれば、その目的は……。

 

「ああ。殺しがしてえなら、獲物も、観衆も少ねえこんな街道のはずれでコソコソやらねえはずだ」

 

 消去法的に行き着いてはいたものの、あらためてディークに言われると犯人像を想像したくもない。

 孤児院を狙わないあたり、それなり練度のある敵をねじ伏せて悦に浸るような人間か。そんな値踏みするような狂気が自分に向くと思うと震えがきた。

 

「うへ……そういう人の気がしれないよ」

「イカれたサイコ野郎ってのはそういうもんだ。あれ(・・)見たら、分かるだろ」

 

 詰めていくほどに、とんでもない相手を追っていることに気づいていく。別に犯人を前にしたわけでもないのに、心臓がバクバクして止まらないのだ。

 犯人はただ惨殺しただけではない。現場は野外にもかかわらず、犯人が用意したと思われるベッドに誰もが寝かされていたのだ。極めつきは、そのうちのひとりは周りを花で飾られていたのである。そんな狂人が存在するのは恐怖だし、犯行を止めるにも、行動がイカれすぎて作戦の立てようが無い。

 

「なんか、そこのオジサンにディスられたんだけど。気に入らないなあ」

 

 そう言えば、信じられないくらい身近にいたのを思い出した。あまりに考えを読めない戦闘狂が。

 頭の中から聞こえてくるセチの声は珍しく不満そうで、彼女は腕組みしながら眉をひそめて睨んでいる。

 

「えっと、セチは見せたい派……ってか、辻斬りとかしてたんじゃないよね?!」

 

 人を見れば一言目は「暇つぶしできるかな?」だとか恐ろしいことを言う精霊だ。あのソルバーンをして常識が無いと言わしめる彼女なら、何をしても不思議ではないだろう。

 今は絶対させないが、前の宿主の時代が無性に心配になってきた。

 

「えっ! してもいいならするけど……」

「…………」

 

 少しでも期待したのがバカだったかもしれない。さも当然のように返してくるセチの顔は、なんと嬉しそうなことだろう。

 とんでもない精霊に取り憑かれてしまった現実に、今さらながら後悔と恐怖が湧きあがって体がカチコチになる。

 それを待っていたようだった。してやったりの顔になったセチは、ケラケラ腹を抱えだしたではないか。

 

「はははッ、ジョーダンだよ?」

「冗談に聞こえないよ!!」

 

 絶対に冗談ではなかった。

 許可を乞うてきたときの目は爛々と輝いていたし、口元は今にも舌なめずりしそうほど期待に上向いていた。

 

(もう過去を聞くのやめよっと……)

 

 まさに伏魔殿に顔を突っ込むようなもの。付き合ったらガリガリ寿命が縮むだろうし、下手したらそっちの世界に引き込まれかねない。いや……もう、片足を突っ込んでいるのかもしれない。

 

「そこらの有象無象を斬ってもね。強い相手だからアガるってもんさ。そこのところ、オジサンにちゃんと言っといて欲しいかな」

「いや、それ、あたしがヤバい奴って思われるだけじゃん……」

「え? キミは私だし、私はキミだし、一緒(・・)じゃないか」

 

 なにか、ザクッと貫かれたようで、考えるより先に口から願望が飛び出していた。

 

「絶対違いますぅ!」

「じゃあ、私が言おうか?」

「絶対絶対ダメ!」

「ワガママだなあ」

 

 最近、事あるごとに乗っ取ろうとするから気が抜けない。彼女が顕在化したら、それこそ世界ごとぶった斬りそうで、件の連続殺人犯どころではない。

 そんな心配をよそに、セチはまたご機嫌に戻って笑っている。

 

「ま、でも観衆が多い方がいいってのはオジサン分かってるね〜。剣舞は見てもらってこそだよ」

「そんなとこで共感しないで!」

「ねえ、相棒! 今度闘技場とやらに連れてってよ! 気になってるんだよね、好きにしていい場所なんだろう?!」

「人の話を聞いてよね……はあ」

 

 もう、どう返して良いか分からなくなってきた。同じイカれた感覚なら犯人の動きにもピンと来ているかと思ったが、どうにもセチのイカれ方はベクトルが違いそうだ。

 とにかく、追っている犯人も、きっとこんな感じの話が通じない相手に違いない。おまけに底の知れない魔法使いとなると、少しでも鍛えなければ苦戦は必至だろう。ただでさえ、まだまだ未熟なのだ。

 セチからドヤされながら、ディークと打ち合い稽古を続けていく。

 

「颯閃一刀流だったか? いい剣だな」

 

 しばらくして、突然ディークがそんなふうに言って笑うから面食らってしまった。

 稽古中に笑みを見たことは無かったし、なにより、剣を褒められるなど、一度たりとも無いと断言できる。

 

「えへへっ、ありがとう。師匠たちが稽古稽古って朝から晩までうるさくてさー」

「ま、俺でもそうする」

「はは、経験者は語るってね……」

 

 ついつい苦労が口をついて出たが、同情してくれないのは師父ゆえか。

 見習い時代のスパルタが、嫌でも閃光のように頭を走る。進軍前の朝ぼらけも、更けゆく夜の帷の向こうでも。晴れの日も雨の日も、嬉しい日も悲しい日も、頭に包帯を巻いていたって。

 振って、振って振って、振って振って振って振って、それでも振って……。

 ディークに厳しく指導されながら、とにかく剣を振った。

 戦場で活躍しても、流儀に反した動きをしていれば容赦なく叱られ、不貞腐れたり反抗したら、徹底的に剣で未熟を思い知らされる。

 そんな日々は、歯が擦り切れるかと思うくらい自分に腹が立ったし、夜空を見上げては星の数以上に涙を流したもの。

 でも、ディークを憎いと思ったことなど一度もない。

 ディークに抱くのはむしろ感謝、そして憧れだけ。槍しか知らなかった〝ガキ〟に、つきっきりで剣を教えてくれたのだから。

 

「そういう星の下に生まれたと思って、諦めて精進するこった。おまえらしい剣とも言えるしな」

「あたしらしい?」

 

 これ以上ないほどに、心地よく耳をくすぐる言葉。

 シャニーをシャニーたらしめる唯一無二とすると誓い、騎士剣を握り変え退路を断って振ってきた。

 それを、他でもないディークに認めてもらえたと思うと、オスティアでもらった勲章以上のもっと大事なものを手に入れた気がして、真っ暗な道に突然陽が差したよう。

 

「人を斬るより、人を守れるいい剣だ。敵の攻撃を流星の閃きのごとくかわし、あるいは旋風のように弾き、迫る逆境を払う颯の剣……ってな」

「そう言ってもらえるとなんかテレちゃうよ」

 

 今日のディークはなんだか変だ。こんなに褒められると気味が悪い……けれど、やっぱり嬉しい。

 なのに、心から喜べなかった。そんな自分らしい剣を見つけたと言うのに。

 

「でも──」

「今は殺意で握っている……ってなところか?」

 

 まだ何も喋っていないはずだ。

 自分とはまるで違う声に乗って、言おうとしたことそのままが流れてきた。まるで、神が心をのぞいて囁いたように。

 そんなわけがない。はっと顔を上げるとすぐ、腕組みするディークとかちあった。厳しい師の目はまっすぐ見据えてくる。

 

「ど、どうして?!」

 

 無意識に駆け出していたらしく、気づいたらディークの手を取っていた。

 懇願から視線を逸らすように目を閉じた彼は、呆れるようなため息にも似た笑いを絡め、頭をボサボサやりながら白状するように切り出した。

 

「自覚ねえみたいだが、分かりやすいんだよ、おまえは。顔も、それ以上に太刀筋のキレや色がな」

「……はは……敵わないなぁ。ディークさんは何でもお見通しか」

 

 彼にだって何も話してはいない。

 いやむしろ、去年から苦労してきたセチのことだって、ディークはほとんど知らないはずなのに。

 嘘をついたり、ポーカーフェイスを貫いたり、そういう表裏の使い分けが苦手な自覚はある。でも、いくらディークとは言えここまで見抜かれるとなると、周りにもきっと伝わってしまっているに違いない。

 

「だいぶコントロールできるようにはなったけど、たまにあるんだよね。支配されちゃう時が。どうしても、団長のことを思い出すと……さ」

 

 ふと、手のひらを見下ろす。この手に握ってきたのだ。民と希望を守る剣を。そして……逃れられない殺意を。

 ソルバーンはかつて同類と呼んだ。それを今、否定できない自分が悔しく、それ以上に恐ろしい。

 

「へへっ。変……だよね?」

 

 ほんの、ほんのわずかな瞬間だけだったはずなのだ。鋒が届く距離までマリッサへにじり寄った、あの瞬間だけ。

 それを見抜くディークにはこれ以上隠しても無駄だ。いや、ディークだからこそ知って欲しかったし、聞いて欲しかった。

 そして何より、どう思うか聞きたい。

 ところが、ディークはふっと笑うと両手を広げだしたではないか。

 

「はっ、俺には分からねえな。金にもならねえ感情で剣を取ることはしねえからよ」

 

 これが本物のプロというものなのだろうか。

 いや、それだけではない。ずっとずっと、口酸っぱく言われ続けてきたことを、言葉を変えただけに過ぎない。

 

「感情で戦場に立つな……だよね。うん、分かってる」

 

 結局……何も成長できていないのだろうか。

 民の為なのか、騎士の誓いや己の流儀に反していないか。必ず自問してから剣を抜くことを自らに課してきた。

 でも、ぽっかり抜け落ちてしまうのだ。激情に心が熔かされ、ドロドロの飛沫を噴き上げると、まるで誰かに忘れさせられ、戒める自分を消されたように。

 

「おまえがどうしたいかだけだろう。憎しみをぶつけてスッキリしたいのか、それ以外か」

「そりゃ、イリアのために動いて欲しいし、あたしもそのための行動を取りたいって考えてるよ」

 

 自分でも驚くくらい、ディークに食い気味なくらい即答していた。

 

(本当……なのかな)

 

 憎いと思ったことが無いなんて嘘だ。事ある毎に怒りを噛み砕いてここまで来た。

 最近ようやく、イドゥヴァたちの顔を思い浮かべることが無くなっていたのに、まるで思い出させるようにマリッサが来た。その途端にこれだ。

 やり返すなんて民は望んでいないだろうし、そんな事をしても何も解決しない。分かっている。分かっていても釈然としないし、この怒りや憎しみをどこにぶつければ良いのだろう。自分の中に溜め込んでいれば、それで良いのだろうか。

 もう、自分でもよく分からなくなってきてしまった。

 

「ま、俺もおまえも聖人じゃねえんだ。感情にフタするのも良くないぜ」

 

 またしてもディークに感情を観られてしまったようだ。

 厚く、重く包まれた心に風穴を開ける彼の言葉は、あまりにも想定外で何度も首を振る。背中を押されようとも、誰かが許してくれようとも、絶対に踏み込んではならない修羅の道。

 

「?! そ、そんなの!」

「勘違いするな。おまえはもう解決法を知ってるだろってだけだ。今も実践してるじゃねえか?」

 

 ポンとシャニーの頭の上に手を乗せて、ディークはふっと笑って見せた。

 分からないから相談しているのに……シャニーはそう思いかけたが、彼の言葉をもう一度心の中で唱えてみた。

 そうだ、もう実践して、踏み入らないために戦っているではないか。皆の力を借りて、抱え込まずに。

 

「……そうだね。独りじゃないもんね。えへへ、ありがと」

「分かったら構えろ。妙な気が起きなくなるまで付き合ってやる」

 

 大剣を構えるディークがなんと頼もしく見えるのだろう。

 悩み塞がるとき、正面から受け止めて一緒に前を向いてくれる。ただ優しくしてくれるわけでも、腫れ物を触るようにするでもなく、包みながらも厳しさを忘れず向き合ってくれる。

 一人前に自分はなったかもしれない。それでも、いつまで経ってもディークはもっともっと大きな師父だった。

 

「はい! シショー!」

「気味わりぃっつの、やめろ」

 

 相変わらずそうは呼ばせてくれないが、止めるつもりはない。

 再び黙々と剣を打ち合い、技だけでなく心を研ぎ澄ませていく。

 相手の剣は変えられない──もう一人の師匠の教えが心に響く。そうだ、彼らが何と言おうとも、剣を握っているのは自分だ。この剣が誰の為か。ただそれだけを心に問い、ひたすら振って誓いと刻む。

 

(それにしても、マリッサのあの言葉……)

 

 それでも、どうしても〝無〟にはなれなかった。

 困惑させて楽しんでいたに違いない。ひとり笑うマリッサの顔が、昏い頭の中に浮かぶ。

 まるで毒針でも仕込まれたように、心が腫れあがってまるで集中できなかった。

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