略奪団──シュヴァルツァーブリッツの騎馬兵たちが大挙して押し寄せる。
多勢に無勢の拠点防衛戦をなんとか凌ぎ続けるシャニー達に、降り注いだのは神の裁きのごとき閃光だった。
──AM4:27
未だ目覚め前の
それでも、温かな風がシャニーの髪を揺らし、その瞳は松明の赤に燃える。
孤児院の鐘撞台に陣取って、迷彩柄の毛布の下でレーションを食む。かれこれ1時間くらい経ったか。双眼鏡を覗き込むのも、もう何十回目だろう。
今まで真っ暗だったはずの世界が黒く、狭く縁取られている。
その世界にふと、朝鳥のシルエットが走った。あたりにアーアーと甲高く鳴くさまは、戦端が開くのを知らせるかのようだ。
まさにそれが歯車を動かしたように、黎かった空の下にぼんやりオレンジが滲み混じりだす。夜明けまで、もう四半刻もないはず。
「いよいよだね」
横で彼方へじっと睨みを利かせるディークに声をかけ、シャニーは立ちあがった。太刀を差しなおし、槍をグッと握って穂先を天と向ける。
「ああ。シャニー、そろそろ動くぞ」
ディークもそれを待っていたようだった。山が起き上がるようにどっしり構えたディークは、大剣を担ぎ彼女へ目配せして歩き出す。
「ラジャ! みんな、行くよ。ルシャナ、そっちのチームはお願いね」
「オッケー。うまく連れていくわ」
ルシャナとハグして互いの武運を祈る。
ディークを最終防衛線に残して、シャニーとルシャナたちは別行動の作戦となっていた。
多勢に無勢は避けられない中でうまく流れを引き寄せるには、最初の遊撃と撹乱こそが肝と言える。南側からルシャナの隊が、北側からシャニーが敵の隊列を分断することで、あらかじめ兵数を減らした上で本体を一気に叩く。それしかない。
「ばっちりオトリ、頼むっスよ!」
「任せといて……じゃなくて! オトリじゃないから!」
もう出撃前のルーティンのようになってしまっている。
毎度のようにミリアに訂正を迫るものの、彼女は期待していると言わんばかり。白い歯を見せながらクロスボウを突きあげてきた。
おまけに今日は、彼女にとってまさかの助っ人までいた。
「ったく、囮だろうが遊撃だろうがどっちでもいいだろ。ともかく、単騎で任すんだ。おまえ自体がひっかかるなよ」
「くっそお〜、みんな見てろよ!」
信頼されているのかいないのか、ディークに額を突かれてしまい地団駄を踏む。
おかげで周りが笑いだし、緊張も解れたようだ。──時は来た。
「第十八部隊、これよりシュヴァルツァーブリッツ討伐作戦を開始する!」
「イエス、リーダー!」
互いの武器を頭上で掲げ、誓いの号令をかける。
勇ましい声が曙の空に響くや、ルシャナたちが颯爽と天馬に乗って南天へと消えていく。シャニーも出撃しようとディークを乗せて天馬に跨ったとき、ふと思い出してディークをつついた。
「ところでディークさん。調べてたこと、なにか分かったの?」
裏の人間から確かに情報を仕入れたらしいが、彼は特に何も共有していない。相変わらず吐き気がするほどに舐めまわしてくる、黒いまなざしが今から迫ると言うのに。
でも、ディークはシャニーの頭を掴むと、グイッと前を向けさせた。
「それは後にしろ。もう時間がねえ」
──AM4:59…… 5:00
ルシャナが見下ろす時計が、あけぼのに輝き眩しい。
長い1日の始まりを告げたのは、時計だけではなかった。
響き始めた地鳴り。慌てて双眼鏡をのぞいたルシャナが息を詰まらせる。
「──ッ! 来た!」
テーブルクロスを引き払うように、夜空を払った太陽が呼んだのは、朝だけではなく招かれざる客。ゆらゆら昇りはじめた黄金の光芒を後光にまとって、彼らは約束通りやってきた。
人影と馬の蹄の音は確実に大きく膨れ、土煙をあげて猛進してくる。
「東から騎馬兵多数。剣、斧、弓の混成部隊と推定。距離……300」
「よしっ。ミリア、レン! 手はずどおりA地点まで急行ののち、フォーメーション
「ラジャ!」
レンの報告を受けたルシャナが槍を掲げて先陣を切る。
突っ込んでくる略奪団を孤児院の敷地外で迎撃し、そのまま目指すは孤児院の北区画の外れ。
「そらそら、コッチッスよ!」
「ミリア、相手の弓に注意して! 目的は殲滅じゃないからね!」
「分かってるッス!」
ルシャナの指示にミリアも掃射を抑えつつ、高度を保って追手を狭い通路に誘い込む。
目的地は中庭の袋小路。倉庫や厩舎など建物が多く、入り組んだエリアだ。物量を無効化するにはこれ以上ないだろう。
飛んでくる矢の有効射程から外れつつ、魔法や投げ槍で応戦してポイントを目指す。
「戦術地帯に突入。最深部まで距離20、18……12」
敵陣が通路になだれ込んできた。レンの示す数字が小さくなるほどに、狭い場所で馬たちがにっちもさっちも行かず怒号が袋小路に噴きあがる。
「今だ! レンッ、行くぞ! Λ─I!」
「反転します。右ロー」
地上の硬直を確かめるや、合図とともに左へ旋回したミリアは、右に旋回したレンと合流してクロスボウを構える。照準にはすでに、敵陣のど真ん中をすっぽり囲いこむ。
その横では、レンが一筋の線を走らせるがごとく、あっという間に高位魔法を詠唱して紫電が迸り重い音をたてる。
「一網打尽ッスよ! クロスサンダー!」
クロスボウと魔法による混錬攻撃が、空で一点閃光して弾け飛んだ瞬間だった。
空から電撃をまとったボルトが、地上からは剣のごとく突き上げるサンダーがすべてを無慈悲に貫いたではないか。サメが大顎を開けるように空へ広がる閃電の牙を前に、騎馬隊はなす術なく噛み砕かれていく。
「よしっ、こっちは上手くいったっスね!」
鬼札一枚で大勢を反転させたのち、撃ち漏らしを処理しつつミリアは北の空に目をやった。
◆◆
「──ッ、あの稲光は!」
南の空を真っ白に塗りつぶす閃光に、シャニーは思わず目を細めて腕でひさしを作る。
再び空が黄金色に戻ると、不穏な静寂が心を掻きむしりはじめた。ジワリとにじむ手汗に、ぎゅっと槍を握りなおして胸元のロケットに善戦を祈る。
「そろそろか……。セチっ、準備はいい?」
「いつでもオッケーさ。なんなら、こっちから迎えにいく?」
「ダメです」
「なんだ、つまらないなあ。あのくらい、まとめて相手できるじゃないか」
相変わらず、セチの戦闘狂ぶりにはどうにも調子が狂うと言うものだ。
今回は討伐だけが目的ではないし、もとより皆殺しにするつもりなどない。命まで奪わずとも、敵の戦闘継続力を断てば済むだろう。
とは言え、加減ができるような状況でもないのは間違いない。
「なに言ってんのさ! トォルとか言う精霊も来るんでしょ? 慎重にやんなきゃ!」
「キミから慎重なんて言葉を聞くとは殊勝だね」
今もどこからか感じる黒のまなざし。
全身を刺して侵食してくるような、尋常でない力の持ち主と今から対峙することになるのだ。それなのに、セチの口調はなんと呑気なものか。
そのうち地響きのような疾駆と土煙が見えてきて、セチはそちらへ見透かすような視線を向けつつ、ニヤリと悪人ヅラをしはじめた。
「まぁ……いっか。そうだね、キミの本気を見せてよ。じゃなきゃ……
「言わずもがな、だよ! 行くぞ! オーバードライブ!」
セチの魔力と融合した蒼焔が、全身から彗星のように噴き出し揺らめく。みるみる巨大に膨らむ敵の前線目がけ、シャニーは天馬に鞭を入れた。
「いたぞ!! 打てえ!!」
騎兵の怒声が響く。秒で先鋒の鼻面にぶつかると、待っていたのは突き上がる矢の嵐だった。
風に舞う柳にも似た、わずかなローリングで矢の間をすり抜け、隕石が突っ込むように敵陣を突き抜ける。
「鈍いよ! こっちだよ、こっち!」
流星が青光の軌跡を残して、騎馬隊をど真ん中で引き裂く。秒も与えぬ間に急上昇したのち、去りぎわに投げ槍を放って牽制しつつ誘導を図る。
その揺動に騎馬隊の列がどんどん蛇行しはじめ、それが大きく北側へ逸れたとたんだった。
「どわっ?!」
馬が踏み抜いた瞬間に地面から火柱があがり、まわりも巻き込んで人馬が宙に跳ね出され一個小隊が半壊している。魔法を特殊なカートリッジに封入した
「罠だ! 態勢を整えろ!」
フレイボムを避けようにも、あちこち張り巡らせたロープや、夫婦喧嘩の跡地のように散乱する木箱が隊列をみるみる乱していく。
蛇のようにうねり、間伸びした敵戦線を見下ろしたシャニーは、槍を握りなおしてギアを上げた。
「セチ、とっておき行くぞ!」
「いつでもおいでよ。さらなる極みへ……さあ、風を纏うがいいさ!」
(お願い、〝飲まれ〟ないで……!)
黎い心の奥。セチのいるその先に手を伸ばす。
以前はある程度まで行くと、意識と体が切り離されて〝飲まれ〟そうになっていた。
7月にディークと戦ったときでも、それまでの限界を超えて踏み込んだ世界だ。今回はその領域のさらに奥へと踏み込む。
(この感じ……。ッ──いける!)
あのときよりも、はるかに深く踏み込んでいるはず。
飲まれる不安や、自分が自分でなくなる恐怖に散々悩まされてきたはずが、今日はなぜかどうして心地よい。
「行こうッ、セチ! 今日のあたしたちは、一味違うぞ!」
魔力で翠緑に輝く眼が見開き、ハヤブサが獲物を狩るように眼下を掴む。
直感がまたたく間に起点を捉え、シャニーは槍を振りあげた。全身から噴きあがる蒼焔が、意思を持つように掲げた槍へ走り、包み込む。
「いっけえ! 嵐の目になれ! フレスヴェルグ!」
生まれた嵐を渾身に振り下ろせば、彗星のごとく気流うず巻く波動が地面に突き刺さった。
「な、なんだ、この嵐は?!」
「脱出不能!」
口々に重なる略奪団員たちの尖った叫びさえも飲み込まれていく。
槍を目にして生まれた風の渦が、触れるだけで粉砕されそうな螺旋を描く。その圧に、まわりに茂る木々さえもが千切れそうなほどなびいている。
身動きが取れないものたちの前に、シャニーが飛び降りた。
「我が剣は舞い飛ぶ一陣の春風にして、氷結の逢魔時へと誘うブリザード……」
シャニーが嵐の目に触れると、その風は突如として冷気を帯び、あたりは一瞬にして凍てついていく。
動かなくなった者たちへ向けて、シャニーは太刀を霞に構えた。
「颯閃一刀流秘技!
霞から繰り出した音速の突き。生み出された風の矢が、あたりに立ちつくす氷の柱を抉り貫く。砕かれた者たちは、風に倒れる看板のごとくその場に崩れ落ちていった。
「よしっ、先鋒は崩した……ッ?!」
夏風が戻ってきた中庭で、敵が戦意を失っているのを確認した瞬間だった。
〝流れ〟を突き破る、火花が散るような感覚。はっと見上げた先でまぶしく燦めく白光が、裁きの剣のように降ってくるではないか。
「──?!」
体中についた天性のバネでその場を跳ね飛ぶ。
直後、空を轟音とともに引裂き大地へ突き刺さった紫電が、まるでナイフで切り裂くように直線を広範囲にわたって抉っていった。あの長さは……天馬3体くらいはすっぽり入ってしまう。
真っ黒に焦げた地面に残された、パチパチと生草の赤熱する音が強烈さを胸に刻んでくる。
「さ、サンダーストーム?! やっぱり略奪団に魔法使い?! くっ!」
考える間も与えてくれず、次の一撃が飛んできて再び風に乗り宙を翔ける。
「詠唱も早いし、硬直も短すぎない?!」
サンダーストームと言えば、はるか遠方の敵を攻撃する最高位の長距離魔法だ。いくら高位魔導士と言えどその扱いは非常にデリケートで、詠唱時間が長ければ反動や消耗も大きく、連発はできないと聞いていた。
なにより、強力ゆえに魔導書自体が負荷に耐えられず、わずか数回で魔力を失ってしまうという。
「……こんな使い手初めてだ。うわっと!」
まだ群青も残る空に、流れ星のように光ったと思ったらまた降ってきた。もうかれこれ十発以上飛んできており、あたりは焦土と化してしまっている。
動乱で伝え聞いていたサンダーストームとは、まるで似て非なる攻撃。詠唱も反動も、ほぼ無い状態で撃ってきていると言っていいだろう。
(これが……トォルってやつなの?)
ふとよぎる、あの黒いまなざしの名。
ところが、その名を教えてくれたはずのセチは、相変わらず飄々としている。
「うん、なかなかいい体のキレだ。これはいい稽古になりそうだね」
相手は精霊か、自分と同じ精霊使いか。それは分からない。
ともかく敵は雷の精霊なのだか
「ノンキなこと言ってないで集中して! 合流ポイントに急がなきゃ!」
「頑張るのはキミだしね〜。ほらほら、ちゃんと避けないと死んじゃうよ〜?」
「んもう! どっちの味方なのよーっ!」
風の魔力で緑の中庭を滑空するように駆けながら先を急ぐ。
剣をかたどった紫電が、天から
「右20。次は左30。その次の手は正面かな」
ケラケラ笑いながらも、彼女の直感が働くより先に発射体の方角を教えてくれるあたりは、セチもさすが精霊か。
「よしよし、連続正解記録はどこまで伸びるかな?」
「いや、外さないでくださいね?」
「んー。にしても、少しひねりが欲しいかな。反射魔法を使って角度変えるとかさ」
(本当に信じてて大丈夫かな……)
読み当てゲームでもしているように、セチは相変わらずキャッキャやっている。
まるで本気を出しているようには見えないニコニコ顔は、底が見えないというより考えが見えなさすぎて、心がぞわぞわ落ち着かない。
それでも、吸い込まれるように後方へ流れていく庭園の向こうに、ついに見えてきた。合流ポイント──孤児院の本館入り口と、ディークの姿だ。
「ディークさん!」
「おう、どうやら上手くいったみてえだな」
手を挙げたディークは、大剣を担ぎなおして臨戦態勢を整えている。
彼の様子やまわりの状況からして、まだこの場までは電撃剣の空襲は及んでいないらしい。
逆に──危険だ。
「でも気をつけて! 相手に高練度の魔法使いが──!!」
そこまで言ったときには、すでに空が一点光っていた。
直後、暁光を引き裂く紫電の大剣が、天から突き刺さり視界を真っ白に塗り潰す。
「ディークさん!!」
爆風に耳がもがれてしまいそう。
爆心地にうっすら見えていたディークの影さえも、溶けるように掻き消えた。あの剣で撃ち抜かれたように、胸が引きつる。
(まさかそんな?! ディークさん! 嘘だよね?!)
もうもうとあがる土煙に駆け出しかけた、シャニーの足が止まる。
「ひゅー、レンに付き合ってもらっといて正解だぜ」
剣の構えを解いたディークの安堵した声が、痺れるほど肩にのしかかった絶望を吹き飛ばしてくれた。
どうやら、彼は防御技で受け流していたらしい。パッと見では負傷した様子はない。
「大丈夫?!」
「なんのことはねえ。対応は練ってある。おまえにも教えたはずなんだがな?」
「う……」
動乱が終わってイリアに帰る道すがら、ディークに教えてもらった唯一の剣技。
その実、実戦で使ったことなど片手で数えるほども無かった。不慣れな技で受けるより、避けたほうが確実だからだ。
おかげで技の精度どころか、存在自体を忘れていた。
(……なんてディークさんに言ったら、ゲンコツものだろうなあ)
せがんでようやく教えてもらった剣だ。
あらためて今度稽古してもらおうと決めたが、それすらディークにはお見通しらしかった。
「ハッ、その太刀に防御は野暮ってか」
ひとつふっと笑ったのは瞬きする間くらいのこと。
その目にギッとギアが入り、戦神の睥睨が場を緊張に包む。
「──っと、そろそろおいでなすったようだぜ」
続々集結してきたのは、この無勢からすれば未だ無数とも言える騎馬兵隊。
(あれが……この略奪団の頭……?!)
ひしめく蹄の音が軍歌のように湧き立つ中、海を割るように彼らは道を開け、後ろから白馬がやってくる。
その上にいたのは、誘惑するように挑発的な紅蓮で全身を包むダークブロンドの女性だった。