ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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契約外業務の追加報酬でホクホクのディークと共に、シャニーはランチタイムのオスティアへ。
念願の食べ放題でニコニコだったが、待っていたのはディークの厳しい眼差しだった。


白夜千年を越え~Buster the Ghost of Dragon~
リスタート


 

【挿絵表示】

 

 真夏の太陽が空を白く塗りつぶす。

 窓から滝のように降り注ぐ熱波で肌が焼けてしまいそうだが、爽やかな風がからりと吹き流してくれて心地よい。

 今日はとりわけ気分も明るく、皆の顔にはどれも柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

 シャニーたちは、孤児院の園長室で勝利の余韻に浸っていた。

 頭領テレーザをはじめ、略奪団シュヴァルツァー・ブリッツの面々を、オスティアにあるリキア同盟の犯罪捜査管理局に引渡して一息ついていたのだった。

 

「本当にありがとう! みんなも喜んでるよ」

 

 明るいトーンを弾ませるルゥに光る笑顔は、いつにも増してふんわり優しい。

 子供たちを脅かすならず者がいなくなって、きっと安心しているのだろう。今日からは枕を高くして寝られるに違いない。

 

「そう言ってもらえると、あたしたちも嬉しいよー!」

 

 彼の声につられ、シャニーも花が咲くように爽やかに返してハイタッチしあう。

 7月に続いての勝利。シャニーにとっては勝利そのものより、守りたかった者たちの元気な声にじんと来た。平和を勝ち取った証が、何より心を満たしてくれるのだ。

 

「ま、まだ全部終わったわけじゃねえけどな」

「うん、ちょっと後で状況確認に行かなきゃね」

 

 そんな浮かれる気持ちへ、ディークは釘を刺すようだった。

 シャニーも忘れているわけでは無かった。いや、むしろこれからが本腰を入れるステップとも言えるだろう。

 もともとの任務内容からすれば、まだ何も解決していないわけだ。

 

「これで安心してお客さんを招待できるよ」

「そういや、確かイベントがあるとか言ってたよな」

 

 ディークが聞いたおかげで、シャニーも孤児院に来た初日にルゥが教えてくれた話を思い出していた。

 略奪団を何とかして欲しいという依頼も、お客さんに安心してもらうためだったはず。そこまでして準備する客人……考えるまでもなくシャニーは歓喜をあげた。

 

「もしかして、有名パティシエが来るとか?!」

「おまえは少し黙ってろな」

「ちぇー。これだから夢のないオジサンは〜」

 

 ディークからの露骨なジリジリが刺さる。

 それだけで済まず、頭を掴まれて椅子に放り出されてしまい、お尻がすっぽりソファにズドン。

 ぶうぶう膨れていると、そんなささやかな夢など軽く吹き飛ばして余りある名前をルゥが口にした。

 

「もうすぐギネヴィア様がお越しになるんだ」

「はあ?! ギ、ギネヴィア様って、あのベルンの?!」

 

 心臓が止まるかと思った。

 ギネヴィアと言えば、現ベルン女王だ。動乱では兄である先王と、真っ向から対立する形でロイと行動していたらしい。

 そんな高貴の最高峰と一傭兵に面識などあるはずもない。どんな人かよりも、どう接すればいいかばかりで、今から口が乾いてくる。

 

「おいおい……。んなもん、ゴロツキに毛が生えた程度の俺らには荷が勝ちすぎてんだろ」

「あのね、ディークさんの見た目はともかく、あたしたちは叙任を受けた正騎士ですからね?」

「誰が山賊だ!」

「いや、そこまでは言ってないし……」

 

 海千山千のディークですら、どこか及び腰な口調になるくらいだ。

 彼を軽くいなしたシャニーだったが、内心は同感だった。むしろ、彼女たちには更に責任が重い話と言える。リキア同盟として、そしてイリア騎士団の代表として対応することになるのだから。

 それを感じていたのはシャニーだけでは無かったらしい。ルシャナも眉を下げて合点がいかない様子だ。

 

「どっちにしても、荷が重いってのは確かじゃない? そんな偉い人なら、近衛兵がつくんじゃ?」

「ああ。リキア同盟の主力で護衛するのが筋ってもんだろ」

 

 腕組みしながら渋い顔をするディークも、どう見ても腹落ちしている感じではない。

 彼らの疑問はもっともなものだろう。一国の長、あまつさえエトルリアと肩を並べる大陸双頭のひとつベルンの女王だ。どんな大軍を引き連れていてもおかしくないではないか。

 

 とは言え、もしそうであれば、あのような手合いなどすぐ摘まみだされて終わりだろう。それができない事情があるということになる。

 

「ここはお忍びだって聞いてるんだ。ほんとは、エレンさんってシスターさんが、ギネヴィア様の公務中の時間で会いに来てくれるって話だったんだけど」

 

 聞くところによると、ギネヴィア付きのシスター──エレンとルゥに交流があったようだ。

 女王が公務で訪れる機会に旧交を温めようとしたのが、どうやら違う方向に行ったらしい。

 尻すぼみになって視線を逸らすルゥに、ディークが呆れ混じりの深い息を吐いている。

 

「女王様が知って、目をつけられたってところか」

「うん。みんなのことも手紙に書いたら、是非にって」

「おいおい」

 

 ところが、一転ルゥが目元を綻ばせ語りだすや、ディークの目にギンと力が籠る。

 両手をテーブルに突いて身を乗り出した彼は、凄むようにルゥを見下ろし始めたではないか。

 

「なに勝手に紹介してくれてやがる。要人、なかんずく他国の女王の警備なんざ、完全な契約外じゃねえか」

「え、ご、ごめんなさい」

 

 もはや、いたいけな少年を脅す裏社会の怪物にしか見えない。

 ルゥは目を白黒させ、必死に詫びの言葉を絞っているではないか。無性に心を引き絞られたシャニーは、堪らずディークの腰を引っ張った。

 

「だ、大丈夫だよ、ルゥくん。あたしたちの力を見てもらえるなんて光栄だし、このオジサンも喜んでるから!」

 

 彼のお尻にグーパンチを浴びせてやるものの、今回も痛いのは自分だけ。

 グキッと負けて手首をぶらぶらさせていると、ディークはルゥから顔を離し、シャニーのお尻が浮くくらいドッカリとソファにふんぞり返った。

 

「はっ、やぶさかでもねえ。リキア同盟のメンツを守ってやんねえとなあ」

 

 頭の裏で手を組みながら、ディークはさも使命感に満ちたように口にしているが、その顔は見るからにホクホクだ。

 おおかた、契約外業務でいくら積めるか皮算用しているに違いない。青褪めながら計算器片手に口角泡を飛ばすマリナスの姿が今から想像できる。

 

「まーたそう言う悪い顔を」

「副同盟主の嫁としても、外せねえ話だろ?」

 

 横目に牽制しながら肘で突っついて自重を促すものの、間もないくらい反射的に返ってきた言葉に頭を撃ち抜かれていた。頭だけ風船にでもなったようにふわふわする。

 

「よ、嫁にって! もぉ〜ん! ディークさんたら〜」

 

 バンバンとディークの肩を叩いて歓声をあげるシャニーは、一人紅潮してうっとり別の世界に行ってしまっている。

 あっさりと彼女を籠絡したディークは、催眠から覚ますようにシャニーの頭に手を置いた。

 

「そうと決まったら、明日オスティアにいったん戻るか」

「そうだね。まだ終わってない(・・・・・・・・)しね」

 

◆◆

──翌日

 ディークを連れてシャニーが朝一に天馬を飛ばした先は、オスティアの犯罪捜査管(CID)理局だった。

 昨日引き渡したテレーザらの取り調べが執り行われており、捜査状況を確認したかったのだ。お互いの違和感と推測の答え合わせと、新たな可能性を探すために。

 

「ふぃ~、終わった終わったぁ~」

 

 管理局から出てきたシャニーは、夏雲を吹き飛ばすような清み声を残暑の空に放った。頭の後ろで手を組んで、鼻唄混じりに歩きだす。

 

「ご苦労さんだった。今回は頑張ったな。お手柄だったぜ」

 

 横に並んだディークに頭をポンポンされた。

 テレーザ一味は裏の世界では賞金首になるほどのようで、表の世界(CID)でも手を焼く存在だったらしい。

 たしかに、あんな迅雷の魔法は無効化する手立てがなければ、近づくことも出来なかっただろう。

 

「えへへ~! ありがとう!」

 

 CIDやリキア同盟主からお褒めの言葉を貰って、ただでさえルンルンだった気持ちは、ディークの一言で天に突き抜けた。

 なにせ、ディークが褒めてくれるなど初めてなのだから。

 

「なんかご褒美欲しいなぁ〜?」

 

 気分のまま猫撫で声でおねだりしてみる。

 今まで上手くいった試しなど無い。「バカ言うな」と毎回真っ二つにされてきた、もはや掛け合いのようなものだ。

 

「バカ言うな」

 

 やはり、今回も問答無用の袈裟斬りを喰らった。

 ところが、お約束にがっかり肩を落としていると「と言いたいところだが……」どうやら続きがあるらしい。

 

「今回はがっぽり儲けたし、昼飯ぐらい奢ってやるぜ」

 

 一瞬、時が止まった。

 まさか、あの鬼師匠ディークが、褒めた上にご褒美までくれるなんて。

 まるで福引の一等でも当てたように、シャニーはぴょんぴょん跳ねながら黄色い声ではしゃぎだした。

 

「ヤッター!! じゃあ、食べ放題に行こう!!」

 

 もう頭の中は戦闘モード。

 限られた時間の中でいかに多くを見つけ、その中に主役を見出すか。食べ放題とは即ち、研ぎ澄ました五感を全身全霊に捧げて挑む、幸せを掴む戦いなのだ。

 

「……待て、おまえの言う食い放題って言うのはって……オイ!」

「と言うわけで~、いったん着替えて行こう!」

 

 鼻息荒く飛び出したシャニーの耳には、もはやディークの声など聞こえていない。

 一度振り返った彼女は、手首が取れそうな勢いでディークに手招きし、事務所のある旧市街に向け出力全開で土煙をあげた。

 

「あの暴走具合……嫌な予感しかしねえ」

 

 今更どうにもならないボヤキを口にしながら、ディークは重そうな足取りできゃっきゃと跳ねる背中を追った。

 

◆◆

 コーヒーの芳醇な香りが幸せな時をふんわり包む贅沢な空間。

 白塗りの壁は木の温もりが柔らかく、格式高い調度品で整った部屋の角張りを和らげ調和している。

 

 シャニーがディークを引っ張って行ったのは、リキアに生きるスイーツ好きの聖地だった。今日も広いはずの喫茶室は満員で、四方から弾む満足が波のように押し寄せてくる。

 

「チッ、居心地わりいぜ」

 

 その一角でコーヒーを一口したディークが、テーブルを見下ろして深い息を吐いている。

 カップル用しか空いていなかったとは言え、カップを置く場所にすら困るほど皿が敷き詰められている。

 どの皿も、それ自体がキャンパスのように彩り豊かなスイーツがぎっしり、それでいて互いに干渉しないよう敷き詰められており、まるで花畑だ。

 

 花園の主は、手を合わせながら今もそれを見下ろしてうっとりしている。

 

「んんん〜〜──ッ! はぁ〜、幸せぇ」

 

 ついに記念すべき最初の一個を口にしたシャニーは、目をギュッとしながら足をばたつかせて幸せの絶頂へ駆け上がった。

 デリス・アプリコのスイーツの素晴らしさは言わずもがな、これが他ならぬディークからのご褒美だなんて。一生忘れられない時間となりそうだ。

 それなのに、ディークは相変わらず。サングラスに視線を溶かしても、下がった眉や渋い口元までは隠せていない。

 

「ったく。育ち盛りが、んな甘いもんで飯を済ますなんざ体に悪いぞ」

 

 どうやら心配してくれているようだ。

 しかし、育ち盛りの食欲を舐めてもらっては困ると言うもの。ただでさえ、2人分食べないと体がもたないのだから、このくらいただのおやつに過ぎない。

 

「え? 何言ってるのさ!」

「あん?」

「スイーツは別腹……ううんッ、魂の渇きを癒す、言わば生命の水と呼んでもいいってもんさ!」

 

 こんなの普通だと力説しても、ちっともディークには響かないらしい。

 あたかもバケモノでも見たように、彼は大げさにも口元をひきつらせて額へ手をやっている。

 

「頭いてえ……。っつか、もしかして、おまえ……」

「もっちろん、お昼ご飯はこのあと別に食べるから大丈夫だよ!」

「どこから突っ込みゃいいか分かんねえが……そっちはおごんねえからな?」

「えー?!」

「えー、じゃねえだろ!!」

 

 そこを何とかと続けようとしたものの、ディークに頭をグイッと押し下げられてしまい、ペロッと舌を出しておく。

 呆れたように鼻から息を抜いた彼は、ソファの背に腕を任せてくつろぎ始めた。完全に身を預けて上を向いてしまい、どうにもテーブルの上にはさっぱり興味無さげ。

 

「ディークさんは食べないの?」

「はっ、オジサンには若者向けの甘ったるいのは重くてな」

 

 自虐のつもりか。ディークは鼻で笑いながら、ハードボイルドを決め込むようにコーヒーを啜りだした。

 なんと冷めて乾き切ったことを言うのだろうか。これを偏見と言わずして何と言う。

 

「そりゃいけないね」

 

 体内のスイッチが入ったようだった。

 それまで幸せの海に浮かんでいたシャニーの目が、ギッとまなじりを裂く。それは戦場で太刀を構えるにも似て、鋭い眼光がディークを突く。

 

「スイーツがただ甘いなんて認識ッ、それそのものが甘すぎるッ!!」

「ヤベッ……」

「大人の疲れを癒す、甘くないスイーツだってあるってのを見せてやる!」

 

 立ち上がったシャニーはビシッと指をつき向け、まるで敵を前にしたように啖呵を切った。

 鋒を向けるようなその迫力に、後ろ手を突いてディークは固まっている。顔を見ただけで敵が逃げ出したとの逸話を持つ、手負の虎でさえ魔人には勝てないらしい。

 その間にも、シャニーはウェイターを呼び手際良く注文を始めている。

 

「あっ、こら! 勝手に頼んでんじゃねえ!」

「騙されたと思って〜。ふっ、これはあたしをオゴリだぜ。ってね」

「ったく。甘いもんの話はマジで地雷だぜ」

 

 頭をボサボサやったディークは、ボヤキながら徐にカップに口をつけた。まるで首根っこを摘ままれた猫のように大人しい。

 虎が小さくなる姿に、シャニーはスイーツを頬張りながら目でクスッとした。

 

 再会してからお世話になりっぱなしの彼に、お返ししたいとずっと機会を探してきた。スイーツ一個で済むわけなど無いのだが、それでも無性にそうしたかったのだ。

 正騎士として働いて得たお金で出来た、大事な人への初めてのプレゼント。心は晴れやかで、スイーツがまた一段と沁み渡る。

 

 しばらく心地よい喧騒の中で休息を楽しみつつ、足を組んでソファにどっかり座るディークを眺める。天井を見上げる彼は、サングラスで起きているのかさえ分からない。

 

「それにしてもさ、ちゃんとした服持ってんじゃん」

「TPOはわきまえねえとな」

 

 今日のディークは一味違う。

 ドレスシャツとスキニーズボン、それにローファーを黒でキメ、グレーのテーラードジャケットで締めたオシャレなオジサン。上半身半裸で、くたびれたボロボロのズボンを履いた戦神とは別人のようだ。

 褒めるとまんざらでもないのか、鋭いカットが厳ついサングラスが少し緩む。

 

「うん、カッコいいよ! どっかのマフィアみたい!」

「……おまえもなかなかネジがぶっ飛んでんな」

 

 思わず口走ってから、「あっ」と口に栓をしても遅い。

 案の定、ディークの眉は下がってしまっており、心なしか背も丸まってせっかくのイケオジも台無しだ。

 

 しばらくスイーツを頬張ってディークの眉が元に戻るのを待つ。

 彼はお替わりした熱々のコーヒーを口しつつ、天井を見上げていたと思ったら、「しかし、どうするよシャニー」そう唐突に言って視線を向けてきた。

 

「おまえも流れとやらで気づいてんだろ?」

 

 いきなり真面目な話をするなど反則だ。

 スイーツが詰まりかけ、危うく喉が破裂するところ。とっさに紅茶を口にするも、湯気立つそれは新たな凶器でしかない。「ん〜〜ッ?!」と声にできない悲鳴をあげても、ディークは他人のフリを決め込んでまるで心配してくれない。

 

「へーへー……。ふはぁ、死ぬかと」

「……おまえはどこでも死ねそうだな」

「なにさ、どこでも寝られそうみたいに。あっ。でも、スイーツで死ぬるなら、スイーツ好きとしちゃ本望かあ」

「……」

 

 ディークと喋りながら呼吸を整え、落ち着いたところで頭を整理する。

 元はと言えば、作戦を練るために落ち着けるここに来たのを忘れかけていた。

 

「……話を戻すぞ」

「うん。テレーザを倒しても、あの気持ち悪い〝流れ〟は消えてない」

 

 彼女の魔道書を真っ二つにした時から、違和感は拭えないまま。いや、むしろ膨れ上がったと言える。

 場を観測するような黒い眼差しは消えるどころか、まるでほくそ笑むような流れを呼んで場を揺らしたのだ。

 つまり、テレーザがその主でないのは疑いようもない。

 

「分かっていたとは言え、これでまた振り出しだな」

「ディークさん気付いてたの?」

 

 どうやらディークは、もっと前から標的に気づいていたらしい。

 勝利にはしゃぐミリアたちに弄られていた時も、ディークはどこか考え事をするように、鋭い視線は外を向いていた。

 

「まぁな」

 

 そう言ってコーヒーを啜った彼は、姿勢を正すと腕組みし始めた。

 

「裏で情報を探ってた時にもそうした情報はあったが、あいつ自体にあれほどの臭いはなかった」

「え? でも、賞金首になってたんだよね?」

「あんな魔導書がありゃあ誰でもそうなる。単に力を手に入れていい気になっていただけだろう。実力自体は素人そのもので拍子抜けってな」

「は、はは……。あらためて、ディークさんが味方で良かったよ……」

 

 テレーザが戦闘慣れしていないのを、ディークは即見抜いていたらしい。

 転移魔法を使われても、彼はまるで転移先を知っているかのように先回りしていた。あのときは何か奥の手があるのかと思ったが、テレーザの手を先読みして動いていたと言うことか。

 

 そうなると、ますます魔導書がひっかかる。施されていた細工も含め。

 

「魔導書に毒が仕込まれてたんだよね」

 

 毒を盛られた……それだけなら、この界隈では良く聞く話であり、シャニーも特段驚きはしない。

 問題は、その毒と、その盛り方だ。

 魔導書に魔力によって毒が封じられ、術者が魔力を共有した瞬間、全身へと取り込まれる特殊なもの。

 つまり、魔法使いにとっては、魔道書自体が毒と言うことになる。

 

 特に気味が悪いのは、魔力によって魔道書へ毒を込める技術など、前代未聞らしいことだ。

 シャニーも腕を組んで頭を捻ってみるものの、魔法なんかサッパリだった。闇魔法の(ニイメ)大家なら何か知っているかもしれないが、イリアに帰れない今では頼りようもない。

 

「ああ。テレーザは、あの魔導書は譲り受けたと供述したらしいな」

「テレーザに孤児院で暴れた記憶はないって言うし、操られてた……のかな?」

「その線もあるだろうが、ますますその目的が読めなくなったわけだ」

 

 事情聴取を受ける略奪団員たちは揃って落胆し、信じられないと口にしたと言う。彼らいわく、テレーザがあんな仲間を巻き込むようなことをしたのは、魔導書を手に入れてからのようだ。

 テレーザの供述や検出された毒と照らし合わせても、毒による凶暴化(バサーク)が原因なのは疑いようもない。

 

 ここまで明らかになったところで、ディークの言うとおり振り出しに戻っただけと言うわけだ。犯人像も、その目的も、これからの標的も。何もかもが根拠もない推測でしか進まない。

 シャニーも体や首を捻りながら、目がひっくり返りそうになるくらい天井を見上げて絞ろうとするものの、結局1つしか浮かばなかった。

 

「違うよねぇ……。ギネヴィア様が来るのを狙ってっていうのは」

「だな。それだと孤児院をテレーザに襲わせる理由が分からん」

 

 それさえも、ディークがもやを払うように振った手に秒で崩されてしまった。

 とは言え、それはシャニーも同意だった。暗殺目的なら騒ぎ立てないし、目立ちたいなら孤児院は今ごろ吹き飛んでいたに違いない。

 兎にも角にも、目的が何も浮かばないのだ。「となると……」呟いてみたものの、シャニーにはもうネタがなかった。ただ、一つを除いては。

 

「……何か本題に向けた実験か何か……かな」

「あれ自体が目的ってか。ハッ、冴えてんじゃねえか。可能性は低くないと思うぜ」

 

 見たこともない魔道書といい、知られていない魔術含めて、それらの効果検証(バトル・プルーフ)を得るためだったなら。

 ディークも指を弾いて身を乗り出してくるあたり、盲点だったのかもしれない。

 

「だとしたらさ、もっと別の大掛かりなものを想定してるってことかな」

「いずれにせよ、女王が来るとなれば警戒は解けねえな。毒まで使うとなると尚更だ。この際、こちらの綻びは繕っておかねえと」

 

 そこまで言ってディークは黙ってしまった。

 口元は戦場にいるかのように固く閉ざされ、視線は突き刺さるよう。

 サングラスで隠れていても、視線が頭に注がれているのがはっきり分かる。真剣な顔というより、睨んでいるという方が近い。

 それから逃れるようにスイーツにフォークを通した、まさにその瞬間だった。

 

「おい、シャニー。なんだ、その髪は」

 

 ビクッと肩が跳ね、危うくフォークを落としかけた。

 見えないように気をつけてはいたものの、やはりこの距離で凌ぎ切るには無理があったか。

 ただでさえ、目の前にいるのはディークだ。小手先の言い訳で誤魔化せるような相手ではない。

 

「え? ナ、ナンノコトー?」

 

 それでも、咄嗟に出たのはすっとぼけた声だった。

 自分でも笑ってしまいそうになるくらい、誤魔化すつもりがあるのか分からないほど下手な芝居だ。

 それでも不思議なことに、ディークは歯を見せてからかうようにはっはと笑いだした。

 

「ヤンチャになったもんだな。はっ、若いねえ」

「そ、そうだよ! ちょっとイメチェンしてみようかと思って!」

 

 ノリに合わせつつ、頭に湧き上がってきた言葉を巧みに繋げて言い訳してみる。

 一緒になって笑っていたつもりが、気づくとへらへらしているのは自分だけ。まるで、錆びた風車が力尽きるように、軋んだ笑いは急に勢いを失い、そのうち止まった。

 

「シャニー、冗談はここまでだ」

 

 ディークの鬼のように固く結ばれた口が開いた瞬間、決定的となった。

 やはり、彼相手に口先で勝とうなど無理な話か。

 逃げ場を無くしたシャニーは、ディークが顔を近づけるほどに磁石のように視線を逸らす。

 

 テレーザとの一戦でエーギルを使いすぎた自覚はある。そのせいで、雪のような真白ではないにしろ、髪先の色が抜け落ちてしまったのだ。

 ところが、ディークが続けて問うたのは、そんな見た目ではなかった。

 

「孤児院でのアレはおまえか、それとも、例の憑き物か」

「……」

 

 シャニーは俯いて押し黙るしかできなかった。

 ディークと斬り結んだ時にセチの具現は見せているから、彼が存在自体を知っているのは当然だ。以前には、セチと会話しているのを勘付かれたこともある。

 おそらく、彼が聞いているのはそんな話ではない。身に覚えがあるからこそ、いざ突かれると後ろめたさを隠せない。

 

「だいたいの話はルシャナから聞いている。答えろ」

 

 しばらく唇を噛んで流れに預けてみたが、どうやら逃してはくれないらしい。

 ディークの重く静かな口調は、やはり怒っているに違いない。見習い時代、毎日聞いたこの声を当てるクイズなら、優勝できる自信だってある。

 シャニーはふうっと小さくも深い息を吐き出すと、ついに白状した。

 

「う~ん、なんて言うか……。半分あたしで、半分セチって感じで……」

 

 どうにも味わったことのない不思議な感覚だった。

 意識は自分、体を動かしているのも自分。なのに、戦場を駆ける五感や体中から湧きあがる力は、まさに人外そのものだった。

 

 それこそ、理の外に身を置いたような、自分が自分でなくなる感覚……そこにセチの意識が溶け込んで、膨らむ高揚感のままに挑発的な言葉を発した自覚はある。

 

「飲まれてたのか?」

「ううん。あれは、あたしに主導権があった」

 

 それを言った途端だった。ディークのゲンコツがそっと頭に乗った。

 

「ヤンチャし過ぎだぞ。おまえ、力に酔ってただろ」

 

 思ったとおり、ディークには完全に見透かされていた。逃げようのないストレートな言葉が、胸にまっすぐ吸い込まれていく。

 

(あれは……あたしの剣……あたしの求める剣だったの?)

 

 あのときは、混ざりあうのではなく、セチと解けあっていた。

 セチの力を使いこなせてきた自覚が、少しずつ自信を呼んできた。とは言うものの、問いかける自分の声にイエスと言えない自分がいる。

 何も言い返せずに俯いていると、ディークの手が肩に乗った。

 

「おまえの剣は守るための剣だったはずだ。たしかに、おまえはすべてを守ったとも言える。だが、あそこまでやる必要があったか?」

 

 手が乗るだけでも、心にこびりつき絡まる矛盾がなんだか解けていくよう。直後に投げかけられた問いが、渦巻く葛藤に風穴を開けた。

 

「……ごめんなさい。やっぱ、そうだよね。ありがとう、言ってもらえてすっきりしたよ」

「てめぇの流儀は見失うな。おまえが鍛えるべきは──」

 

 ディークはシャニーの肩に置いた手を降ろし、そのまま胸元に……。

 

「……ッ!」

「──コおぉっ?! こ、ココだ」

 

 反射的に叩く準備を始めたところで、ディークも今日は鎧が無いと気づいたらしい。

 目をむいたと思ったら、糸で引くようにすっと手を引っ込め、バツ悪そうな顔で自身の胸を叩き出すからまるで締まらない。

 

「ちぇ、もう少しで昼ごはんもオゴリのトコだったのにぃ」

「……なんつーか。そんなんでいいのか……おまえ」

「あっ。ははーん。ディークさん……エッチなこと考えたなー?」

「~~~~っ。誰がおまえみたいなガキを相手するかっつの。だいたい、おまえはな──」

 

 軽くからかったのが間違いだった。

 タガが外れたようにディークの説教が始まってしまい、小言のめった突きで体中穴だらけになった。

 

「とにかく! 力をきちんと〝操れる〟ようになれ、いいな」

「はぁ~い。永遠のテーマって感じだよ。はぁ……」

 

 コーヒーを一気飲みしておかわりを呼ぶディークを尻目に、仕切り直しでスイーツを一口したシャニーは自身の胸に手を置いて青息吐息だった。




表紙は以下の方々のイラストをお借りしています。

{【PCB】毒どく} © DHA 『pixiv41750』
{素マイルドマスク} © てんぐさ 『pixiv572736』
{【フリー素材】大昔に描いた背景} © 巌棺 『pixiv39614』
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