ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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止まらない破壊衝動がついに精霊魔法を現界させ、あたりは昼のように白く染まる。
一気に追い詰められたシャニーは鬼札を仕掛けるも、それは最悪のトリガーを引くことになる。
現れたのは、もう二度と遭遇することなど無いはずだったあの怪物。
万事休すと思われた戦場に舞い降りたのは勝利の女神だった。


光芒のアステリア

 男の手の甲に浮かんだ幾重にも蛇が絡むような複雑な紋章がさらに輝きを増す。あたりに吹き荒れる吐き気を催すほどマナがどんどん濃くなり、誰もが危機感に身構えていた。

 

「そうはいかないっスよ! エレメンタル・スティンガー!」

 

 その中でも咄嗟に動いたミリアがレンの魔法との混成攻撃で瞬く間に撃ち抜く。毒沼そのもののように紫に染まり上がる世界を、エルファイアと融合した火焔砲が引き裂き、男に直撃し……

 

「だ、ダメっス!」

「物魔複合弾を跳ね飛ばすなんて……」

「ハハハッ、ワタクシの絶対遮断障壁を穿つなど不可能ですよ!」

 

 まるで壁にボールをぶつけたように。いや、回転する刃に触れたように魔法弾は弾かれて地面を大きく抉っていた。

 撃ったミリアはもちろん、レンも計算を超えた事象にただただ、ぽかんと口を開けて言葉を失うばかり。

 

「さて……終わりにしましょうか! チリ一つ残さずにネェ!! 第十三番拘束解除!」

 

 絶句する世界で一人だけ、まさに破壊神と言わんばかりの衝動を吠えた仮面の男が両手を頭上掲げた瞬間だった。

 重く、深く、先を見通せない青紫の球体が黎の空からゆっくり雲を突き破って降りてくるではないか。

 

「雷精トォルよ! すべてを押し潰す天槌となり現界せよ!!」

 

 ただの球体ではない。もはや空を食い尽くすほどに巨大で、まさに空が降ってくるとはこのことか。これこそが彼の最上級魔法──トールハンマーだった。

 

「いけねえ! あんなもん放られたらどこまで消し炭になるか分からねえぞ!」

 

 眼下からのディークの叫び声よりも、天に生まれた究極の破壊衝動の唸りともとれる重低音に腹が震え耳が麻痺してくる。何度ディークが投げ斧を浴びせようとも、乾いた音を立てて跳ね返されるばかり。

 とっさにシャニーはセチの風を纏って天馬で突っ込んだ。

 

「させるか! ネビュラス・グレイヴ!」

「ぐあっ?!」

 

 あれだけ固かった防御を、紙を断つように切り裂いて男に槍が突き刺さっていた。

 やはり、精霊の力同士なら何とかなるかもしれない。そんな期待を浮かべたシャニーだったが、「……なーんてね?」とニタニタ声を弾ませながら、男が仮面の奥から視線を合わせてきて堪らず槍を退いた。

 

「アナタはご存知のはずだ。ワタクシにそんな攻撃は無意味だと」

 

 肩口にできたはずの傷口がみるみる塞がっていく。斬ったそばから次々再生していった去年の残像が走る。

 それでも、今回は絶望することはなかった。仲間がいる。新しい力がある。そして、一度敗北するまで食い下がったからこそ分かる変化点がある。

 頭上の超魔法への準備のためか、男は両手を掲げたまま転移どころか回避行動すらとらなかった。これならば、仮説(・・)さえ当たってくれればチャンスはある。

 

「意味があるかはあたしたちが決めること! 上に意識が行ってる分、ずいぶん回復が鈍いみたいだけど?」

「……ッ。不死身と解っていながら、懲りもせず我々に刃を向けるとは。相変わらず、品性のかけらも無い生き物ですね」

「何とでも言え! ここにいる人たちには指一本触れさせないぞ!」

 

 怒りの咆哮と共に渾身に放たれた手槍は、纏った風のマナで螺旋を描きながら糸を引くように吸い込まれて男に突き刺さった。

 しかし、男の言うとおり何度やっても同じだ。非力な天馬騎士の投槍では、魔人の回復力には到底敵わないのは明らかだった。

 

「……やっぱり」

 

 それでも、シャニーは確信したように零すと相棒を呼んだ。

 

「ねえセチ。あいつ、なんか弱点とかないの?」

「日光」

 

 何やら因縁の相手のようだし、何か知っているかもしれないと一縷の望みをかけたつもりだったが、まさかの秒で返ってきたではないか。最初から言って欲しいと反射的に浮かんだが、それよりも彼女はなんと言った? まさかの答えに思わず聞き返さずにはおれない。

 

「日光って?!」

「あいつは陽を浴びれない体質でね。それまで粘る?」

 

 そう言えば、去年戦った時も突然去ったのを思い出した。騎士団の援軍を見て逃亡したのではなく、陽を避けての撤退だったとは。

 とは言え、今日は陽が落ちたばかり。そんなことをしていたらルゥたちへの被害は避けられないだろう。こうなれば、もはや賭けるしかない。

 

「ミリア、レン! 必殺技の威力を今度こそ見せてもらうよ」

「で、でもあの壁に阻まれて!」

 

 急な指示に狼狽するミリアの横に天馬をつけたシャニーはそのまま耳打ちを始めた。

 最初こそ目をまん丸にして彼女を見返したミリアだったが、シャニーにポンと肩に手を置かれて鼓舞されると、覚悟を決めたらしく強く頷いた。

 

「わかったっス! やってやるっス!」

「セチも、頼むよ!」

「承知! ただ、ホントに数秒だけだよ。うまくやんなよ、相棒!」

 

 一度きりのチャンスなのは疑いようもない。それでも部下を、相棒を信じて飛び出すしか悪夢を切り開く術がないなら腹を括るしかないだろう。

 悪魔の眼差しを送り続けてくる仮面の男を皆で見据える中、ミリアとレンが魔道衝撃砲の準備に入った。

 

「ヒヒヒッ、ナイショ話は終わりましたか? あと10……あと10でオワリですよ!」

 

 準備を着々進めているのは、何もシャニーたちだけでは無かったようだ。男がこれでもかと興奮に跳ねる声で終焉を叫ぶと、天井の黎く重い彗星が鼓動を昂らせるように膨れ上がったではないか。

 

「トールハンマー……カウントダウン開始……」

「エネルギー充填20%……40%…………60%」

 

 両陣が最終兵器発動に向けて、静かに、そして確実に時を刻んでいく。

 破壊力で言えば、精霊魔法トールハンマーが圧倒的なのは言うまでもない。あれを発動された時点で敗北は決定的と言えるだろう。

 何とかあの防御壁を打ち破って、一撃で仕留めなければ。

 

「発射15秒前! 衝撃に備えて! 15……14……」

「8……7……ヒヒッ、そんな魔法はワタクシの障壁の前には無力だ……ッ」

「エネルギー充填90%……110%…………120%フルチャージ! シャニー、早く!!」

 

 わずかにミリアたちが先手を取った。数秒でも、それは勝利を呼び込む流れを掴むにはあまりにも大きな差。

 待っていたシャニーは、手にした槍をグッと握り直してセチのマナを一気に流し込む。

 

「フルブーストッ! いっけえ! フレスヴェルグ!!」

 

 投げ放たれた槍が風に渦巻き男へ一直線。近づく絶対防御の魔法障壁。黎が迸る破壊の空へ、青の軌跡が吸い込まれていく。

 槍が障壁に触れた途端だった。乾いた音の代わりに、セチのマナが切り裂き障壁に風穴を開けたでは無いか。

 その瞬間を照準越しに確かめたミリアが、思い切り引き金を引いた。

 

「フェニクス・ブリンガー、発射ぁ!!」

 

 クロスボウに魔道圧力調整装置を組み込んで、レンの魔力を限界まで圧縮して一方向へ放つ大技だ。

 高温にたぎり青白く膨らむ究極の一撃が闇夜に伸び、風穴を正確に通り抜けて男に直撃したか世界を揺らす。

 

「ぐお?!」

「効いた! セチッ!」

「ああっ。今だよ、飛べ! 相棒!!」

 

 天空の雷槌が大きく揺れる。間違いない、今こそがチャンスだ。

 太刀を引き抜いたシャニーが取った行動に誰もが息を呑む。セチと呼吸を合わせ、空を駆る天馬から飛び出したのだ。

 

「らああああ!」

 

 それでも彼女は落下することなかった。吸い込まれるように仮面の男の元へと飛んで行く。セチのマナを限界まで放出し、生まれた烈風で空を滑っているのだ。

 

「我が剣は……あぁもう! セチ、これやっぱパス!」

「恥ずかしがるようじゃまだまだだね」

 

 恥ずかしがってお約束を省くシャニーにセチはため息混じりだが、それはわずかな間のこと。その翠緑の瞳は、仮面の男を冷然に見つめてマナを高め始める。

 

「夏夜に戦ぐ颯爽の風にして、瞬きの間も与えぬ星雨の煌めき……我らの剣、見せてやるといいさ!」

「颯閃一刀流秘技! 星影ノ颯!!(ジリオン・ミーティア)

 

 ありったけの魔力をこの瞬間に賭け、空を弾け飛びながら青と白銀の軌跡を残す様は、まさに妖精の剣舞(シルフィードダンス)。自ら放つ光に反射するように、不規則に全方位から男を狙う。

 あれだけ絶対的だったトォルのマナで作られた絶対遮断障壁が、光に触れる度に削られ砕けて切り裂かれていく。

 

「なあああぁああ?!」

 

 一度守りを打ち砕かれてしまえば、あれだけ優勢だった仮面の男もただの脆い魔導士でしかなかった。

 嵐に巻き込まれた木立のように為す術なく斬り刻まれ、太刀がぶちあたった仮面には大きくヒビが入り、ついに男は真っ逆さまに墜落していく。

 

「うわあぁ?!」

 

 どうやら限界が来てしまったようだ。男を追いかけるようにシャニーも浮力を失って宙に放り出されてしまった。

 でも、落馬した時のような腹に浮くような感覚を覚えたのは一瞬のこと。むしろ、身構えていたよりかなり早く地面との激突がやって来て、お尻からごつんと響いてきた衝撃が脳天へと駆け上っていく。

 

「よっと! 危ない危ない」

「ルシャナ! ありがとー! 命の恩人だよ!」

 

 こうなることを先読みしていたのか、ルシャナが落下するシャニーを天馬で救出していたのだった。

 命の恩人に今できる精いっぱいの感謝を伝えたものの、ルシャナは怪訝な目で呆れたように返してきた。

 

「まさか、あんた飛び出したあとのこと考えてなかったわけ?」

「えへへ……。って、まだだよ! ルシャナ!」

 

 勝利の余韻は、地上から突き上げてくる殺気であっという間に吹き飛ぶ。見下ろせば男が膝を突き立ち上がろうとしているではないか。それでも、背中にのしかかる瓦礫に負け、四つん這いのまま固まっている。

 

「お……のれぇぇ!」

 

 あれだけスマートだったスーツは見るも無惨にあちこち切り裂かれてしまい、潰れた金管楽器のように掠れ掠れの声にはもはや先程までの威勢はない……はずだった。

 

「劣悪種があ! 消し炭にしてくれる!」

 

 男の体が一閃輝いた途端、衝撃波が空中にいたシャニーたちをも襲う。いななく天馬を抑えつつ目をやった眼下では、魔力が暴走しているのか男を光が包み、まるで野獣の唸り声のような吐息が聞こえてくる。

 

(くそッ、このままじゃまた回復されちゃう)

 

 シャニーは内心焦っていた。一発で仕留めきれなかったのでは次の手がない。同じ手は食わないだろうし、何より連発できるような技ではないのだ。

 去年の記憶が蘇る。決死の覚悟で男に挑んだ末の絶望感。あの時、男はほくそ笑んでいた。長く苦しむ顔を見たいと言って。

 また、悪夢に引き摺り込まれるのか? 

 

「神の剣よ! 光さす道となりて、穢れし魂へ雨と降らせん!!」

「どあぁ?!」

 

 朝は突然やってきた。まばゆい陽が天を一瞬で包んだと気づいた時には、男めがけて一条の光がさしており、その光は一気に逆鱗のごとく巨大な光柱となって激流が男を飲み込んだのだ。

 

「こ、この魔法って……」

「つーか、おいおい……この声」

 

 ミリアたちの放った魔道直撃砲が霞んで見えるほどの超魔法が、シャニーには見覚えがあった。この、破壊的ながらもどこか見入ってしまう神々しい光を。

 それはディークも同じだったようだが、彼はもっと違うところに気づいたらしく瞠目していた。

 視線を送った先にいた人物が信じられずに、二人とも一瞬固まってしまった。

 

「ギネヴィア様?! ご無事ですか?! どうしてこんなところに!!」

「巨大な紫電が見えましたので、戻ってまいりました。あなた達こそご無事ですか?!」

 

 なんと帰国の途についたはずのギネヴィアが加勢してくれたのだ。

 でも、彼女は大国ベルンを統べる女王だ。こんなところで万が一が起きればとんでも無いことになるのはゆうに想像できる。あまつさえ、万が一で済まないであろうこの死合場で。

 すぐに避難させようと天馬を向けたシャニーだったが、それを止めるようにディークがギネヴィアの前を守り始める。

 

「ハッ、光の女神様(アーリアル)の加護をもらって負けちゃ、絵にならねえってな! おかげで百人力ですよ」

 

 彼の前では、再び地に臥した仮面の男が呻き声を漏らしてる。頭を抱え、幻影でも見たように時折悲鳴を上げながら。

 

「消える……ワタクシの……魔力が……あ、ああああぁ?!」

 

 まるで頭から猛毒を浴びたようになりふり構わない絶叫は、一度は収まった白夜の死闘に新たな死の領域を呼び込むようだ。

 現に、男からは何かが溶け出すように白い湯気のようなものが立ち上っている。

 

「セチ、どうなってんの? アレ」

「アイツは不死を司る地竜の魔力を纏った男。反魔法を喰らって、構成する魔構成が崩壊したみたいだね」

「え?! ちょ、そ、それって」

 

 動揺をそのままセチにぶつけてしまったが、彼女は落ち着き払って男の末路を見つめている。

 だが、彼女がさらりと言ってくれた話は、ますますシャニーを仰天させるものだった。あまりにも異質な流れを持った男だったのは、もしや──

 

「キ……サマ…………らあぁぁぁ!」

「?! 危ない、あなた達! 離れてください!」

 

 その仮説を証明するように、男が白光に包まれるやみるみる光が肥大化し始めたではないか。

 背後からギネヴィアの悲鳴にも似た声が飛んでくる。それでも、目の前で現実に起きた悪夢に、誰もが立ち尽くし見上げるしかできずにいた。

 

「コウナレバ……シナバモロトモォ!!」

 

 ようやく収まった光を突き破って出てきたのは化け物──竜族だ。しかし、こんな茶褐色の竜など見たことがない。ベルン動乱でみたことがあるのは、赤に燃え盛る火竜と彼らを生み出していた黒紫色の魔竜だけ。

 それでも、この圧倒的で空を塗りつぶすほどの巨体は間違いない。

 

「なっ……こ、これって?!」

「ああ。おまえが拾った欠片。やはりこいつだったみてえだな。……っと」

 

 男の襲撃の直前に起きた事件の現場は異常なまでに焼け焦げていたが、竜のブレスだったとなれば辻褄も合う。ディークも頷いているあたり、現場に落ちていたガラスのように光り、金属のように固い破片も予想通り竜の鱗だったようだ。

 思いがけず、二度と戦いたくない相手と対峙することになってしまった。動転するまま太刀を握りなおそうとした時だ。突然竜が光りはじめたではないか。

 

「自爆するつもりです! みなさん、避難を!」

 

 背後からギネヴィアの声が引っ張ってくる。

 でも、不思議とさっきまでの動揺は収まって、自分でも驚くほど頭は冷静だった。竜を見上げてぎゅっと太刀を握って一歩踏み出す。

 

「避難なんか……できないよ! 絶対に、絶対止めてみんなを守るんだ! ディークさん!!」

 

 ベルン動乱で駆け抜けた激戦の記憶が蘇る。あれほどの破壊力を持った巨体が自爆したら──まるで想像を超えた世界だ。

 この場にいるのは自分たちだけ。逃げれば孤児院はもちろん、多くの犠牲が出るのは疑いようも無い。

 

「そう来なくっちゃ、準備した甲斐がねえってもんだ。なあッ? 女王様!」

 

 今こそ踏み出す時。ディークの勇ましい声は待っていたかのようだ。

 彼はこの時のためにとっておきの土産をルゥを通じてギネヴィアに要求していたのだった。

 腰の後ろでクロスに挿していた一振りを掴むと、シャニーの足元へと滑らせた。

 

「受け取れ! シャニー!」

「これ?! どうしたの??」

「いいから合わせろ! 今のおまえの得物とは違うかもしれねえが、何とかしてみせろ!」

 

 鞘に収まる剣は引き抜かずとも身に覚えのあるフォルム。動乱後半で嫌というほど握った破竜魔剣(ドラゴンキラー)だ。

 たしかに両刃剣で太刀とは扱いは違うが、すでに飛び出し先陣を切るディークに改めて言われずとも、腹は括っているに決まっているではないか。

 

「やってやるさ! セチッ、フルブーストだ!」

 

 体の奥から噴火するような爆発的なマナが湧き起こる。今までとまるで違う、人では無いその感覚はセチと溶け合っているからか。

 いや、それだけではない。間違いなく、意識がもうろうとしている。レンの警告が脳裏をよぎる──これは、一発しか持ちそうにない。

 

「行こう! ディークさん!」

「私も加勢します!」

 

 ギネヴィアから賢者の祝福を受けたシャニーはマナに乗って宙へと飛び出していく。

 すでに最前線ではディークが竜を駆け上りジャンプ一番、頭上を取っていた。ドラゴンキラーを両手に握りしめ、渾身を叩き落とすその頭上から差し込むのは神々しい白き清光。

 

「うおおおっ! 終いだぜ!! 砕け散れ!!」

「神の剣よ! 光さす道となりて、穢れし魂へ雨と降らせん!!」

「ぐおあああ?!」

 

 破竜の武器、くわえて片方は神将器の攻撃を脳天から浴びて地竜が叫ぶ。それはもはや轟音で、世界が割れたかと思うほどの絶叫だ。

 聖光に縛り上げられ、魔力を抑え込まれて身動きが取れない竜は仰け反り天を衝く。

 

「我が剣は流星をも超える青嵐にして、悪夢を斬り払う月光の一閃──ッ」

 

 見えた──空に飛び出したシャニーの眼下に、仰け反る竜の額がはっきりと映る。眼が核心を捉えた途端、マナが極限まで昂って自然に体が動き、闇夜に青き軌跡が次元を切り裂くように突き抜けた。

 

「ヴァンダルヴ・オズ・アステリア!!」

 

 青の閃光が天から一刀両断に貫いて大地へ突き刺さるや、竜は元の姿へと戻っていく。

 すっかり人の形になった瞬間、それまで顔を覆っていた仮面はついに限界を迎えたか高い音を立てて砕け飛ぶ。素顔を隠す力も残っていないのか、男はそのまま地表へと吸い込まれていった。

 

 終わった……皆が倒れた男の周りへ集まった時だった。

 

「ハ……ハハハ……」

 

 ふいに男が笑い出したではないか。おまけに、むくりと上体を起こすものだから誰もが武器を構えて距離を取る。

 

「まだやるのか?!」

 

 鋒を男へ向けて霞の構えをとったシャニーが叫ぶが、帰ってくるのはあの猟奇的な衝動ではなく、「いえ、参りました」などと、どこか別人のようにさっぱりしたものだった。

 

「もう、スッキリしましたヨ……。ワタクシの役目は終わりです」

 

 頭のネジが何本もぶっ飛んだ男だから、もっともっと恐ろしい顔をしているものだとシャニーは思っていた。意外にも普通……いや、むしろ優しげな雰囲気さえ纏って彼は見上げてくる。先ほどまでの気性は嘘みたいに、毒気を抜かれたような静けさだ。

 

「ウェスカー、あとは任せてよ」

 

 彼に向けてセチはそれだけ声をかけた。その声もまた、死闘を前に切った啖呵とは違う穏やかそのもの。

 どこか納得したように、ウェスカーと呼ばれた男は静かに目を閉じてふっと小さく笑った。

 

「ええ。ああ、報告だけはしておきましょうかね」

 

 彼は膝に手をつきながら立ち上がり、ぼろぼろになったスーツについた埃を払うと、ずいと手を差し出してきた。

 

「合格です、セチさん」

 

 ウェスカーはシャニーの目を確かに見て、セチとはっきり言った。

 相変わらず、いちいち言っていることがよく分からないが、それより差し出された彼の手先が気になっていた。手のひらの上には、不思議な輝きを放つ黄色の宝玉がある。

 しかし、それが何かと聞く時間さえ、ウェスカーは許してくれなかった。

 

「アナタが真の鍵となるのを楽しみにさせていただきますよ、セチさん?」

 

 最後まで一方的なまま、彼は光となって砂が崩れるように消えてしまったのだ。分解され風に溶けたように、その存在がそもそも無かったように。

 それでも、確かに居たことは地面に転がる黄金の宝玉が無言に主張してくる。

 

「やったか!」

「敵反応消えました。ミッションクリアー!」

 

 あたりを見渡すディークにほどなくレンも呼応して、女子3人は抱き合って互いの無事を喜び歓喜をあげている。

 戦神の眼光を解き、その様子を遠巻きに見下ろしていたディークだったが、聞こえるはずの声がない違和感に視線を移した直後、新たな危機にその目を見張る。

 

「やった……やったよセチ……」

「おい! 大丈夫か?!」

 

 まるで糸が切れたように、シャニーが地面に吸い込まれていくではないか。

 地を踏み砕きながら飛び出し間一髪でシャニーを抱き抱えたディークは、変わり果てた彼女の言葉に息を呑む。鮮やかだったはずの青髪が、一本すら残らず燃え尽きていたのだ。

 恐ろしいほどの真っ白。その白は爽やかさを醸す明るい白ではなく、誰もが死を直感する力尽きた白だった。

 

「……ロイ……見ててくれ……た?」

 

  シャニーはそれだけ遺言のように溢すとがっくり首を崩して動かなくなってしまった。

 

「チィ、おい! シャニーを運べ!」

 

 ディークの危機感に満ちた声に勝利の余韻は吹き飛び、新たな緊張が場を覆い尽くしていった。

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