だけど、ユーノお姉ちゃんには見抜かれていたみたい。
大切なことを忘れてるよって。
今日はあいにくの雨。雨粒がしとしとと静かに花をなぞる。
雨の日でも、シャニーは朝から元気全開でじっとしていられない。早くから室内稽古場に明かりを点け、今日も黙々と剣を振るう。
型を確かめるようにゆっくりとしたテンポで振られる剣に激しさはない。軌跡を描く度に髪は静かに揺れて、空を裂く風も澄んだもの。
(リキアに行ったら何しよっかなぁ。うーん)
少しずつ間隔が長くなっていく。
リキアなんて全く未知の世界。旅行ならともかく、仕事で定住となると、なにから手を付けて良いのかまるでイメージが湧かない。
剣を振りながら考えれば良い案が浮かぶかと思ったが、残念ながらさっぱり。
その内、視線は剣から外れていく。
(移動の挨拶しなきゃいけないでしょ? 営業早くできるようにもしなきゃ)
まず、仕事自体があるのかさえよく分からなかった。
ようやく憧れの営業を出来ると言っても、リキアは第二部隊の担当地域だ。イドゥヴァの息のかかった部隊が契約を持って行ってしまう中で、新規に開拓できる場所は果たしてあるのだろうか。
天井と睨めっこをしても、ちっとも答えなんか出てこない。
(どこらへんを拠点にしたら動きやすいかなぁ。おうちと近い方がいいよね、連絡所。でもなぁ、大都市は高いもんなぁ……)
そもそも、連絡所自体だって自分たちで見繕う必要があった。連絡所勤務は今までずっと一名で、部隊で利用できるような広さではないらしい。
(むう……なんでさ、傭兵騎士が連絡所の立地とか資金なんかで悩まなくちゃいけないのさ~)
萎む心に新天地での暮らしを思い浮かばせ、今は希望だけをまず挙げていくことにする。できれば、カルラエ城と自宅位の距離感だと、朝困らなくて済む……そこまで考えて、剣がピタリと止まる。
(あれ……ってか、もしかして、まずおうち探さないとあたしたちって……────野宿?!)
家がどこにあるのかと考えていったとき、さっぱりイメージが湧かないことに気づいてしまった。連絡所だって騎士団は面倒を見てくれないのに、家なんかもっとあるはずがない。
みるみるうちに顔が青ざめていき、あんぐりと口が開いていく。
「そんなのイヤだああぁああ」
するりと剣が手から抜け落ちてガシャンと音を立てた瞬間、糸が切れたように情けない声が稽古場に響く。
打ち捨てられた街の隅っこ……いや、もしかしたら、どことも分からない森の木陰かも知れない。寒くひもじい思いに打ちひしがれながら、肩を寄せ合って眠る自分たちを想像したら、急に虚しく思えてきた。
へなへな両足をぺたんと地面につけて、頭を抱えながら喚きだす。
「どうしたの、シャニー?!」
稽古場にルシャナが飛び込んできた。彼女はなにやら慌てた様子で走ってくる。
よく分からないが、実に良いタイミングに映った。もしかして、困っているのを聞きつけてくれたのだろうか。彼女がいれば、苦手分野はパパッとやっつけてくれるに違いない。
「おっ、ヤッホー! おはよ、ルシャナ」
手を振りながら、ニカっと笑ってみせる。
ところが、いつもなら笑顔で返してくれるルシャナは、急ブレーキをかけて今にも転びそう。心配になって声をかけようと思ったのに、彼女は怪訝な視線を送ってきた。
「あれ、元気だった。変だな」
「なによー、人を病人みたいに。変ってなにさ、変って」
立ち上がり、頬を膨らせてルシャナの肩口を指先で突っつく。相変わらずなにか言いたそうだが、とりあえず元気を伝えておけば安心してくれるかもしれない。ぴょんぴょんと飛び跳ねて見せてみた。
「あたしはいっつも元気だよ。元気、元気、うん、絶好調だよ!」
声が稽古場の中を跳ねまわる。
これだけ見せれば大丈夫かと思ったのに、ルシャナはなぜか呆れだしている。
「朝からそこまでハイなのも凄いけどね……」
「そうかな? ふつーだよ、ふつー。調子が良かったらもっとスゴイんだから!」
「絶対あんただけだよ……。あんたの〝ふつー〟だとか〝へーき〟に付き合うと、大抵ロクでも無いことになるし」
朝からどうにもルシャナはテンションが低い。おまけに、すごい人聞きの悪いことを言っている。なにがあったのか気にはなるが、それより言われっぱなしもシャクだ。
「なにおう! あたしのどこがふつーじゃないって言うのさ!」
「……。じゃ、さっきの絶叫はなに? 外まで響いてたぞ」
そこまで言われて、シャニーもぎょっと口を手で覆う。
いつも声が大きいと言われるし、つい騒いでしまうおかげで、以前も夜勤の騎士が何事かと槍を持って急行してきた。
でも、肝心なことを思い出せない。額を突っつかれても眉がしゅんと下がるだけだ。
「えっとね。なんだっけ……」
朝食のおかずでもう頭が一杯だったなんて、怖くて言えない。天井を見上げて難しい顔をしてみる。目を逸らしてもお構いなしに刺さる視線が痛い。
「はぁ。つい10分くらい前のはずでしょ? 一度の頭の中、見てみたいよ」
「えへへ……それほどでも」
自分も気になる。頭の中を見れたら、今探しているものだって、きっとすぐ見つけられる。そう見つからないのだ。
(なにが見つからなかったんだっけ……。───キタキター! ピンと来たぁ!)
中から爆発でも起きたかのように、思いきり口が「あっ!」と開いて、ポンと打った手でそのままルシャナを指さす。
「そうそう! リキア行ったら家なき子になっちゃうなって! ピンチだよー」
「ああ、そう言えばそこから始めないとなんだね」
頭を抱えて見せたのに、ルシャナから返ってきたのは案外さっぱりした物言いだった。でも、その語尾はなんだか強くて、ちらっと見てみたら角が生えていてぎょっとする。
「え、な、なんで怒ってんの?」
「だって、放り出すだけで一切手配してくれないとか随分な扱いじゃない。これもあの団長の指示でしょ? あーっイライラマックスだわ」
「そうだよね。夜放り出されちゃうんだよね。うわぁぁ……」
ルシャナの眼光がわなわなと真っ赤になって突き刺しても、あわあわと蒼くなっているシャニーは全然違う世界を彷徨っていた。
「野宿なんかしたら、あんなことやこんなことになっちゃうよ! ああ……薄幸の天馬騎士とかって本が出ちゃうよ」
「ならない、ならない。あんたみたいなオッカない奴を襲うのなんぞいないって」
人が本気で心配しているのに、ヒドイ言われようだ。恐ろしさで言ったらルシャナに勝てるはずないのに。口をこれ以上ムリなくらい尖らせて怒ってみせた。
「ぶー! どーいう意味? あたし、おっかなくないんですけどぉー?」
「夜な夜な目を光らせながら剣持って彷徨って、案山子を真っ二つにするような奴のどこが?」
「言い方!! 稽古してただけじゃん!」
ルシャナたちはこうしていつも茶化してくる。剣に絡む話はたいていセチのせい。リキアで妙なことを言わないか心配になってきた。特に……ロイに。彼には、セチのことはなにも伝えていない。
「ま、でも、皆が来るまでに、やらなきゃいけないことは絞っておこうか」
話を逸らすようにルシャナは背を向けた。
なんだか腑に落ちないが、思いがけないチャンスを逃す手はない。とにかく、ルシャナがいてくれると百人力なのだ。
「おっけー! やろう、やろう! ついでに必要経費も計算してくれると嬉しいんだけどなぁ……?」
「それか……さっきの目は」
突き上げた手で賛成を示して笑って見せたとたん、ルシャナの顔が一段と物言いたげに歪む。
肩揉みだけでは足らないらしい。お茶を淹れて、隠しておいた木イチゴのタルトも投入すればイチコロに違いない。稽古場の隅にあるテーブルへとルシャナを連れていく。
「あんたに数字は任せないから大丈夫だよ」
なんとかルシャナを乗せようとあれこれやっていたのだが、鼻を押されピシャリと言われてしまった。
「予算なら多少間違えても始末書で済むけど、リキアでの初期資金でしくじったら、本当に野宿だからね。全幅の信頼を置くリーダー様であっても、これだけは絶対に任せられないね」
「ははっ、信用されていないなぁ……」
苦笑いしか返すものがない。数字は大嫌いだ。出来るわけないだろうと呆れ顔をされても、数字と睨めっこするくらいならこっちのほうがマシ。
「ところでさ」
彼女の気分が変わらないうちにミーティングを始めようと資料に目を落としたら、ふいにルシャナが顔を上げた。
「うん?」
「野宿でなんか嫌な思い出でもあるの?」
ヤバい流れ。世の中、知らない方がいいことはたくさんある。とくに、茶化して針を棒のように言う人は。
「さ、さぁ~ねえ? マンガの読み過ぎはダメだよね!」
怪しむ目が刺さるが、気づかないふりをして計算を始めた。指が10本では足りない。どうしよう。
◆◆◆
それから一時間くらい、半分以上雑談で進行したミーティングを終えて稽古場を出た。雨はもう止んで、雲の隙間から日差しが零れ始めている。きっと外に行ってこいと言ってくれているに違いない。
詰所に戻ると、手を挙げていつも通りの元気を見せるミリアたちの顔が飛び込んできた。
普段ならこの後すぐ食堂へ行って、朝食がてら一日の作戦内容を打ち合わせする流れ。今日はそんな時間もない。
「んじゃ、準備ができた人から、みんな好きに行っておいでよ」
村々への挨拶を終えるのに二日使ってしまったから、もう準備期間として許されているのは今日だけ。最後の一日は自由時間にして、会いたい人と過ごす時間にあてるとみんなで決めていた。
とは言え、昨日も忙しくて帰ったらすぐベッドにゴロンだった。
(よおし、どこへ行こうかなあ……)
小さいころからお世話になった、大好きな顔が真っ先に浮かぶ。
思い立ったら即行動。一歩を踏み出したら、待っていたようにルシャナが呼んだ。
「私はカルラエ城下に行くけど、シャニー、あんたはどこ行くの?」
「うーん……」
行きたい場所は山ほどあった。下唇に指を引っかけながら考えてみる。一番は考えるまでもなく、すぐに口から出てきた。
「ユーノお姉ちゃんかな。もちろん、カルラエの街の人とか……子供のころからお世話になった人たち……それから、それから!」
後から後から、どんどん出てくる。おまけに一人ひとりとの思い出までくっついてくるから、あっという間に口が足らなくなる。そのうち栓された。
「んじゃさ、エデッサの城下町で待ってるから、ユーノさんのとこ行ったあと一緒に行こうよ」
「さんせーい! 待ってる間、お酒飲んじゃダメなんだからね」
独りで行くより、やっぱり二人のほうが楽しい。昔からこうだから二つ返事で手を挙げた。
エデッサにいるルシャナとか、酒を飲んでいる姿しかイメージできない。酔い潰れた彼女を天馬に乗せて帰った日々が蘇る。
懐かしい記憶に一度は緩んだ口元も、今から会いに行く姉の顔を思い浮かべたらきゅっと厳しくなった。
◆◆◆
天馬を飛ばすシャニーの青髪や純白の袖口が花のように揺れる。雨がすっかり止んで、混じり気のない澄んだ空気は、遥か先までイリアの大地を鮮明に映し出してくれる。
東の空に高くなっていく太陽に照らされながらの航路。いつもなら心をワクワク躍らせてくれるのに、今日はそうもいかなかった。
(あーあ、こんな気分でエデッサを飛ぶなんて思わなかったな)
エデッサ城下町の上空に着いても、いつものように心が弾まない。
ルシャナと別れた後、そのままじっと眼下を見つめながら飛んでいたら、あっという間に貴族街まで辿り着く。
(お姉ちゃん……なんて言うだろう。もう知ってるよね、きっと)
貴族街を抜けたら、最奥にエデッサ城がある。姉に会える、それだけを楽しみに風を切って先を目指す。
イリア連合の代表でもあるエデッサ城主ゼロットは、この四月からまた傭兵で城を空けている。この街の実質の統治者はその妻、そして姉であるユーノだ。その姉に、管轄地を隣に持つ天馬騎士団の新人事が伝わっていないはずがない。まして、95代目団長だった姉に。
どんな顔をするだろうか……そう考える間もなく、天馬は正門を突破する。
「お姉ちゃーん! おーい!」
いつものように天馬でそのまま姉の部屋まで乗りつけ、窓越しに大きな声で呼んでみた。……──返事がない。
のぞき込んでみても、中はがらんとして誰もいなかった。仕事だろうか。まだ小さい姪が泣いているのかもしれない。
(お姉ちゃんも忙しいし、仕方ないか……)
天馬を降りて探そうとしたときだ。
「降りてこい! 完全に包囲したぞ!」
「はひ?!」
窓の奥をジロジロしているうちに集まってきたのだろうか。あっという間に四方から弓を向けられてしまった。
「ぎょええ?! な、なんでえ?!」
「動くな! 撃ち落とすぞ!」
戦慄が走り、思わず手を挙げながら見下ろしてみて、さらにすうっと血の気が退いた。威嚇射撃でもしてやろうかという構えがずらり。いくら身ごなしに自信があっても、こんな至近距離では蜂の巣だ。
「天馬騎士団の上級天馬騎士シャニーです! 敵襲じゃないですから!」
「また君か!! いいから降りてきなさい!」
衛兵たちは相変わらず構えを解いてくれず、仕方なく言われたとおりにしたらそのまま引っ張り下ろされた。
首元へ武器を突き付けられて、ごくりと息を呑んで両手を上げたまま固まる。
(いい加減慣れてよ~。毎回これじゃ命足らないよ!)
いつもエデッサ城に来るときは、こんな感じで姉を直接呼んでいる。衛兵たちも知った顔ばかりだし、自分が何者かなんか彼らは分かっているはずなのに。
心の中で泣きながら怒るシャニーだが、隊長と思しき人からたっぷり絞られる。
「まったく、いい加減に正門から入ることを覚えなさい」
「はぁ~い……」
そのときだった。よく知る声が小走りに近づいてくる。
「まぁ、シャニー。あなた、どうしたの? そんなところで」
救われた気持ちになったが、目の前に武器があるから顔は動かせない。
駆けてきたユーノは、包囲された妹が武器を向けられて両手を上げる光景に、口元へ手を当てて驚いている。
◆◆◆
ようやく解放されて部屋へと案内された。首をさすりながら大きく安堵を吐き出す。へなっと目を瞑って胸へ手をやっていたら、姉の優しい笑い声が聞こえてきた。この香り……ジンジャーティーを淹れてくれているみたい。
「聞いているわよ、シャニー。リキアでお仕事することになったのね」
「そうなんだ。しばらく会えないからさ、挨拶にって」
やっぱり知っていた。姉にしばらく会えないと思うと寂しくて、自然に顔を追ってしまう。
焼き菓子と紅茶を持ってきて隣に座った姉は、すぐに頭を撫でてくれた。見下ろす眼差しは本当に優しくて、ついつい甘えてしまう。
「ふふっ、随分と逞しくなったわね。士官服も様になっているわ。外でも立派にやれそうね」
「えへへ……。ありがと。お姉ちゃんに褒めてもらえると、自信出るよ」
言葉は嘘ではない。でも、それよりも違和感が心に湧いた。思ったより、とりわけ驚いているようには見えない。
(お姉ちゃんは今回の人事、どう思ってるのかな……)
静かに流れる時間。この沈黙ならちっとも嫌な気分にはならないが、ふと姉の考えが気になった。姉だって団長だったなら、リキアへの派遣人事を下したことはあるはずだ。どんな気持ちで配下をリキアに出すのか、聞いてみたくなった。
「正直、まだ飲み込みきれていないんだ」
ぽつりと絞るように零れたシャニーの声は、普段とは別人のように沈む。
姉はなにも言ってくれない。じっと見つめて、頭を撫でてくれるだけ。なぜだろう。人事が発令されたのは、ゼロットが新たな傭兵契約に向けてイリアを発った翌日だったと聞く。姉だって思うところはあるに違いない。
「やっぱり……左遷だよね。これって」
「あら、そうかしら? 良い機会じゃない。羨ましいわ」
ところが、ユーノは全く違うことを口にした。びっくりして思わず顔を見上げる。
「羨ましい?」
「だって、イリア以外を勉強できる時間なんて、めったにもらえないわよ」
(お姉ちゃん……またあたしを励ますために、ムリ言ってるのかな……)
本当のことを教えて欲しかった。知ったところで……どうにもならないことは分かっていても。みんなそうだ。自分のことを気遣って、本当のことを言ってくれない。それが辛抱ならない。
「教育なんて、建前じゃん」
元々西方三島への出向だったのに、教育もなにもない。あんなの、後付けの適当な理由に決まっている。追い出されて、仕事も、居場所もないところに放り出されたのに。
やけっぱちを口にしたら、姉は首を振った。
「それは、考え方一つよ。いきなり時間を与えられて戸惑うかもしれない。けれど、使い方はあなたたちに委ねられているのよ?」
姉から言われた言葉に、なにか頭の中にずっと引っかかってきたことが外れて、詰まっていたものが一気に流れだしたかのような衝撃が走る。
「目指す先をあなたたちで決めて、自分たちで進んでいけるのですもの。あなた達にとって、これ以上の自由はないんじゃないかしら?」
「あ……」
出向という言葉に縛られて、あまりにも受け身になっていたことに気づく。ぽかんと開いた口から、驚きとも、歓喜とも言えない声が漏れた。
「見習い時代の転戦とは違って、一か所に根を下ろすのもいい勉強になる……そう思うわ」
もっと大きく育って────姉の声が聞こえてくるようだ。
開いたままだった口をキュッと閉じると、胸元のロケットをしっかりと握って、もう一度頭の中を整理することにした。
(そうだよ。この時間を、あたしたちがどう上手く使うか、考えればいいだけじゃん)
去年の十八部隊だってそうだった。当時の部隊長レイサはなにも指示してくれず、時間だけを与えてくれた。その中で、なにをすべきか自分で考え、それを行動に移してきた。この礎があったから、今の自分たちがあると言える。
未来をこの手で切り拓くと誓ったのなら、その礎の上に、さらに新しい礎を築くのがリキアでの仕事かもしれない。時間の使い方だって、自分たちで決めれば良いだけではないか。
なぜ、こんなことを思いつけなかったのか不思議……いや、悔しくてたまらない。
「だってリキアでしょう? 繁栄の先駆者がいる地なら、あなたが欲しい知識がたくさんあるはずよ」
姉にそう言われると、どうしてこんなにも心にすっと沁みるのだろう。
「そうだよね……。イリアの中だけで仕事するより、ずっと良いはずだよね」
こくこくとうなずくシャニーの両肩に手を置いて、ユーノは明るい声で若い心を鼓舞する。
「イリアの叫びをずっと聞いてきたあなたが、外の世界でイリアの誰も知らないものや声を聞いて種を蒔けば、きっと素晴らしい未来が咲く。イリアの唯一無二になるんだって、全部吸収するつもりで、いっぱい勉強していらっしゃい」
姉から金言を授かったシャニーは、そっと目を閉じて自問してみた。唯一無二となることが、なにを意味するのかを。
(みんなの希望になるためには、必要な道だったんだ)
自然にそんな答えが心から返ってきた。
イリアのため──そう自身に言い聞かせて無理やり押し込んでいた重い気持ち。完全に受け身になって拒絶ばかりが心を渦巻いていたが、それを突き破って大空に飛び上がったような気持ちだ。
いま心の中に流れる風は、あるべき道を知って以前より穏やかになった気さえする。
「分かったよ、お姉ちゃん。へへっ、やっぱりお姉ちゃんは凄いや。悩みが吹き飛んじゃった」
再び開いたシャニーの瞳は、雨上がりの空かと思うほどはっきりと澄みわたる。輝く瞳が映える顔は濁りを全て払って、春陽の如く柔らかい笑みが咲いた。
「辛かったでしょう? シャニー、私はいつでも、あなたの味方だからね」
それを待っていたかのようだった。ユーノはしっかりとシャニーを抱き寄せた。
「お姉ちゃん……」
「まとう服が立派になっても、勲章がどんなに増えても、あなたは私の自慢の妹よ」
「うん……大好きだよ、お姉ちゃん」
大好きな匂いに包まれて、シャニーは傷ついた翼を癒すように姉の胸へ顔を埋め、しばらく動かなかった。帰る場所がある──その幸せをただ、噛みしめて。独りではないと包んでもらえ、前に進んでいける気がした。
(あたしも成長して、お姉ちゃんみたいに人を救える人になりたい……)
いつかきっと、姉にも恩返しができるように、新たな目標を心に刻む。
遠まわりかもしれない。けれど、リキアは第二の修行の地。未来を切り拓くための大事な時間──そう心に決め、今は許される限り、温もりの中に甘えることにした。