ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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繋いできた絆が、背中を押してくれる。
希望と言って信じてくれる人がいるから、前を向いて戦える。
お終いなんてとんでもない。これは十八部隊のスタートラインだったんだ。


イリアを頼むよ

 エデッサ城を天馬で飛び出したシャニーは、ユーノから授かった金言を頭の中で何度も復唱しながら城下町にあるバーへと向かう。

 徒歩なら30分以上かかる道も天馬ならわずか数分。バーの前に天馬を下すと、店の横で暇そうにするルシャナの天馬が顔をのそっともたげてきた。

 

「おっ、お酒飲んでないね。関心、関心!」

 

 店に顔を突っ込むと、ルシャナはお茶を手にマスターと談笑していた。手を振って中へ入り、暖炉の前を陣取る。

 

「あのね……私は仕事中に飲み食いはしないよ。ユルイ部隊長と違って」

「あたしだってお昼の時間までちゃんと待つし! あっ、おやつはもちろんノーカンだから、そこんとこヨロシク!」

「なにがよろしくよ。ホントあんた、スイーツへの執着すごいよね……」

 

 マスターに挨拶を済ませ、凸凹な会話をしながら城下町を南下していく。

 賑わう中央通りから一歩入ると、あっという間に静寂が包んだ。生活臭漂う狭い裏路地は、窓伝いに通されたロープへ洗濯物が干され、凹んだトタンのゴミ箱が口を開けたまま寝転がっていて、石段もところどころ割れている。

 

 その道は進むほどますます荒れはじめた。建物の間から入る日差しが遠く、夕暮れと見紛うほど暗くなって、次第には廃墟のように青白い不気味な光景が広がり始めた。

 

「あんたって……こんなところもうろついてたの?」

 

 イメージしていた行き先と違ったのだろうか。ルシャナはきょろきょろと辺りを不安げに見渡しながら、シャニーの腕を掴んでおっかなびっくり歩いている。

 

「そりゃあもう! あたしだったら顔パスだよ」

「やっぱり、あんたの〝へーき〟なんか信じずに槍を持ってくるんだったよ」

 

 なんでルシャナがこんなにおどおどしているのか分からない。任せろと、トンと自分の胸を叩いてずんずん進む。

 

「んー、たしかに、今日はなんか妙な〝流れ〟を感じるかなぁ」

 

 ふと独り言を漏らしたら、ルシャナがうえっとあからさまに嫌そうな顔をする。

 

「あーでたでた。あんたの〝流れ〟。勘弁してよね。そういうところだけ鋭いの」

「〝だけ〟はよけいでしょ?!」

 

 なにか……どこからか常に見られているような暗い雰囲気に、崩れた壁のところどころに描かれた意味不明の落書き。

 初めて来たときは、不気味で不安が神経を掻きむしる場所だった。今ではすっかり慣れて、もはや庭の一部だ。

 

(へー……ルシャナでもビビることあるんだ。おもしろー)

 

 いつも豪胆で、彼女に叱られっぱなしだから内心クスクスしていた。いくらスラム街に来たと言っても、もう今となってはただの散歩道。ルシャナが意外と怖がりだと分かって、今度お化け屋敷辺りを試してみようとあれこれ考えていたときだ。

 視界の左端に触れた“流れ”の乱れ。一気にスイッチが入り、標的をピンと捉えて刹那振り向く。

 

「させるか!」

 

 左手を剣に添え、抜刀一閃。鋭く高い音をまとって宙へ舞ったナイフが陽に映えて閃光を放つと、遥か遠くで乾いた音を立てて滑っていく。

 襲ってきた盗賊を見据えてそのまま霞に構えると、両手の空いた盗賊は舌打ちを残し、元来た路地の闇へと姿を消す。

 火花が爆ぜるような、あっという間の出来事だった。

 

「あー、びっくりしたあ」

 

 手を胸元にあて、ふうっと息を吐きだした。まさか襲ってくる者がいるとは思っていなかった。鞘に納めてルシャナに目を移すと、彼女は唖然としたまま突っ立っている。ツンツン突っついてみた。

 

「ルシャナー、怪我ない?」

「なーにが顔パスよ、ホントに能天気と言うか、まったく……」

「えへへ、ごめんごめん」

 

 どうやら本気で驚いたらしい。魂の抜けたような顔は見ていて面白い。クスクスやっていたらギッと睨まれ堪らず呑み込む。スラムの盗賊なんかより、ルシャナに生える角のほうがよっぽど怖い。

 

「あんた、ホント剣持つと人が変わるね。なに、さっきの超反応」

「んー、〝流れ〟が乱れたから? ほら、蜘蛛の巣つっつくと揺れるでしょ、あんな感じ」

「へえ、蜘蛛女か」

「だから言い方!」

 

 元々直感には自信があったが、セチと相棒になってからさらに揺らぎに敏感になった。

 なにか壁が取り払われたように、剣の腕が一段も二段も上がった気がするのは、剣のことになると異常にうるさい戦闘狂のおかげかもしれない。その分、自身の動きと騎士剣が持つ性質との間にできたひっかかり(・・・・・)が、以前より増した気もするけれど。

 

「とりあえず、あんたの言うことはやっぱり信用できないってのは分かった」

「あのくらい全然へーきだよ、へーき!」

「それ、顔パスって言わないから」

(うー、もう少し心配してくれたって良いのに)

 

 ルシャナは怒ってしまったのだろうか。視線を合わせてくれないし、なにも返してくれなくなった。

 なにより、さっきから「大丈夫?」の一言だってない。いくらあのくらいちっとも怖くなくても、声ぐらいはかけて欲しいのに。

 ようやく振り向いたと思ったら、心配どころか痛い言葉が飛んでくる。

 

「用心棒よろしく。女郎蜘蛛のへーきに付き合ってたらこっちの命が足らないって」

「ちぇ。絶対へーきなのに。……んっ?」

 

 ぜんぜん信じてもらえなくてぶうっと頬を膨らせていたら、再び感じた“流れ”。今度はさっきのとはまるで違う強さだ。とっさにルシャナの前に出る。

 

「すまねえな。しばらく顔出さねえから、皆忘れたんじゃねえか?」

 

 一度は剣に手がかかったが、路地から出てきた男性の顔を見つけると手は降り、自然に笑みが浮かんだ。

 

「あ、ゲベル。なに? あたしに会いたくて待ってたの?」

「ばっ、バカ言うんじゃねえ! お前なんかいい思い出ねえよ」

 

 彼はこのスラムで自警団のリーダーをしている男だ。このスラムに住んでいて、物盗り時代はよく追いかけ回してコテンパンにしてやったもの。

 それがレイサの説得で、十八部隊の特殊枠に属することになったはつい半年前。あんなに最初は嫌がっていた潜入服も今はすっかり着こなして、がっちりした体格と身体に密着する黒の服が異様に似合って格好が良い。

 

「丁度良く現れてくれるなんてラッキーだよ。ゲベルに会いに来たんだよ」

「ったく、お前こそ俺に会いたかったんじゃねえかよ。当たり前みたいに行動パターン読みやがって」

「だって単純だし〜?」

「お前にだけは言われたくなかったわ」

「言ったわね!?」

 

 彼とこんな会話ができる関係になるとは、1年前は夢にも思わなかった。

 知った風な口を利くなら、もっと地元の状況を知ってからにしやがれ! ──彼を捕まえたとき、そう怒鳴られたのが懐かしい。

 

 あの悔しさから、イリアの人々に信じてもらえる騎士になると誓って必死に頑張ってきた。それが一時でもできなくなると思うと、どうしてもトーンが重い。

 

「話聞いてると思うけど……ごめん、あたし、イリアを」

「それ以上言うな」

 

 侘びの言葉を口にしたらゲベルは目線で止めた。

 

「お前は約束を果たした。イリアの民に信用される騎士になる……なったじゃねえか。あの嘆願書の量……ブルっちまったぜ」

 

 ゲベルもレイサを手伝って嘆願書を集めてくれたのは知っている。おまけに、このスラム街で、だ。騎士を嫌っていた彼が、同じ思いをしているであろう住人を説得してくれたおかげで今がある。

 

(ゲベルにこんな風に言って貰えるなんて……嬉しい)

 

 騎士を憎んで怒声ばかり浴びせてきたゲベルの言葉とは思えなくて、なんだか夢でも見ているようだった。

 周りを見渡しても、このスラムが大分警備されているのが伝わってくる。おそらく、彼だけでなく他にも自警団員がいるに違いない。

 約束は守る。彼はやはり、子供達が憧れる漢のままのようだ。

 

「もっと信用されるように外の世界を見に行く……そうなんだろ?」

 

 もう泣かないと決めたはずなのに、さっそく目が潤み始めたところへゲベルの声が飛んできてハッとする。彼はユーノと同じことを口にして、じっと見下ろしてくる。

 

(ゲベルも……信じてくれてるんだ)

 

 さっきまでの受け身の心だったら、ゲベルからなんと言われていたか分からない。

 でも、もう心に誓った。この異動がどんな意味を持っているかは自分たちで決めて、己の意志のままに未来へ軌跡を刻めば良いと。

 全ては、新しく創りあげる唯一無二を、希望と信じてくれる人たちのために。その中に、あれだけ嫌われていたはずのゲベルがいると思うと、どこか心強い。

 

「もっちろん! イリアの唯一無二になるチャンスだし、頑張っちゃうよ!」

「へっ……半年前はガキの顔してたくせに、どんどん大きくなっていきやがる」

「ふうん? そのガキに毎回捕まってお尻叩かれてたくせにー?」

「なっ! てめっ、褒めてやったのに茶化しやがって!」

 

 予想通りに反応してくれるから、ついつい弄ってしまう。でも、彼は最初こそ反応したが、いつものように顔を真っ赤にしなかった。代わりに、その腕をずいっと突き出してきた。

 

「お前がいない間、カルラエは任せろ。約束を守ったお前との、約束だ。絶対に果たす」

 

 決意を握った腕同士で約束を交わすと、ゲベルはシャニーの肩にしっかりと手を置いて力強く声をかけた。もう、今は騎士と市民などと言う関係ではない。守る者と支える者。きっと今は、それが逆になるだけだ。

 

(ゲベル……ありがとう。背中を任せられる人がたくさんいて嬉しいよ)

 

 今までずっと女だらけの世界に身を置いてきたから、より一層に強く感じるゲベルの声。

 村の人々、ユーノのような家族、そして戦ってきた中で見つけた戦友。それらが皆背中を押してくれると思うと、左遷だなんて言って打ちひしがれていたのが恥ずかしく思えてくる。

 

「だからこのくらいで折れるんじゃねえぞ! 俺達がしっかりしなきゃ、あいつらは生きていけないんだからな」

 

 彼の指さす方を見れば、今日も元気な子供たちの顔があり、彼らは大きく手を振ってくれていた。会って最初は、アニキの敵と石を投げつけてきた彼らが。

 ゲベルの背中には、さらに多くの戦友たちがいる。皆そうだ。守ってきた以上に、大きく守られている。

 

「ありがとう。安心して出発できるよ」

 

 もう、心残りはない。これだけ進むべき道を鮮明とさせてくれ、背中を守ってもらえると信じられる声がたくさんに聞けたなら、なにも。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 シャニーは大きくゲベルに手を振ると、スラムを後にして天馬で蒼穹へと戻って行った。

 

 

 

◆◆◆

 カルラエ城に戻ってきたシャニーは、西棟をルシャナと噛みしめるように歩いていく。独りで歩くと軍服はとても浮く西棟だが、二人ならへっちゃらだ。

 食堂から漂ってくる良い香りに鼻をひくひくさせていたら、首根っこを捕まえられて引きずられていく。思わず振り向いて名残を惜しんでも、ルシャナはお構いなしで厳しい。

 

「なんだかんだで最後になったね、ココ」

 

 辿り着いたのは廊下の突きあたり。西棟の中でも食堂の次にお世話になった場所だ。それだけ傷ついて、毎度のように敗北してきたと言うことか。思えば、賊のような訓練されていないものはともかく、騎士団に入ってから一度も勝利できていない気がする。

 

(まさかウッディと離れ離れになるなんてな)

 

 シャニーたちが見つめていたのは医務室だった。ここには幼馴染で軍医のウッディがいる。

 彼の顔を見れなくなる日が来るなんて思ってもこなかったから、なんだか変な気持ち。寂しいと言うより……不安と言うか、心配と言うか。なにもできない彼にずっと夕飯を作ってきたから、自分がいなくなったらどうするのか心配だ。

 

「ウッディ、やっほー」

「十八部隊の健やかな花がお出ましだよ」

 

 それでも、そんな心配などしても仕方ない。元気な挨拶と共に自身から重い気持ちを振り払う。

 ルシャナと医務室に入ると、やはり今日も隅の研究室にいるウッディが映った。蚊帳で仕切られるだけだった場所にはまずまず立派な個室がこしらえてあり、かなり投資してもらったみたいだ。

 

「ああ、それだけ元気そうなら赴任前の健康チェックも要らなそうだな」

 

 騒がしいのが来た……そんな気持ちがありあり眼鏡の奥に浮かぶウッディから、素っ気ない反応が返ってくる。

 すぐに膨れ面を作り、部屋から出てきたウッディにノシノシと詰め寄るが、それがますますウッディの顔を呆れさせる。

 

「なによー、もう少し心配してよ~。知ってるんでしょ?」

 

 肩をパシッと叩いて心配を要求してみる。ウッディのことだからもっと飛び出してくるかと思っていたのに、なんだか拍子抜けだ。

 彼はメガネをずり上げながら、ふっと優しい笑みを浮かべている。

 

「心配してたさ。でも、もう吹っ切れた顔してるから、大丈夫かなって」

(そんなにあたしって分かりやすいのかなぁ?)

 

 ど真ん中を言い当てられて、思わず目が点になって口をすぼめた。そんなに違うものかと、きょろきょろと部屋を見渡してみる。

 

(確かに……数日前とはあたし、全然違う顔してる)

 

 傍にあった鏡へ顔を映してみて、自分でも驚いた。

 辞令を渡されたあの日、鏡に映した顔は凍てつく剣のように真っ白だった。それが今はどうだ、自分だってびっくりするくらい目がニコニコしている。

 楽しみでしかたない。リキアでどんなことが待っているのか。

 

「落ち込んでても、なんにもならないもん。リキアで出来ることを考えて、頑張っちゃおーってね!」

 

 あたしはもう大丈夫! ────それを親友に伝えようと、心に決めたことをそのまま口にする。

 昨日までも同じように言葉にしていたが、なにか心に刺さったものが引っかかって気持ちが悪かった。その棘さえもユーノと喋ってすっかり取れたから、今はとても清々しい。

 

「あたしたちのスローガンは、笑って、前を向いて、未来を切り拓こうだもの!」

 

 姉や皆が求めるものをしっかり手に入れてこよう。スローガンを口にしたらその想いは一層に強くなった。未来を切り拓くための大事な礎。それが手に入ると思うとワクワクさえしてくる。

 白い歯の零れるシャニーの太陽みたいな笑顔に、ウッディも笑みを浮かべてうなずいている。

 

「その心の強さがあれば、きっと大丈夫だよ」

「心の強さかぁ。ううん、皆が支えてくれるから、前を向いていられるんだよ」

 

 以前もウッディに同じことを言われた。あれは去年の五月か。自分を見失って、道から外れそうになったところを彼に助けてもらった。独りではなにも出来ないと教えてもらえたから仲間は家族となり、部隊だけに留まらず、今や村々までもが家族になった。

 

「お前は笑っているだけで周りを明るくできる。リキアでもきっと活躍できるさ」

 

 ポンと肩に手をやってウッディは励ましてくれた。ロイにも言ってもらえた言葉だ。

 

「みんな同じこと言うなぁ。うん、皆が喜ぶなら、いくらでも笑えるよ、あたし」

 

 みんな笑えと言う。でも、意識しないことにしていた。自分で意識して笑顔を“作って”いるのは、大抵ロクでもないことを考えているときだと分かったからだ。

 一生懸命頑張っていれば皆が喜んでくれる。今までの経験で知っているから、これからもそうするだけ。

 

「ウッディもイリア風邪の研究……必ず成功させてね」

 

 目の前に、そうして頑張ってきた青年がいるから、一層にそう思える。

 理解されずとも、認められずともコツコツと研究を重ねてきて、新聞にも載るほど大きな功績を残したウッディが称賛されているのは、真新しい研究室を見ても分かる。

 今はただ彼の成功を祈るだけ。自然に彼の両手を取っていた。

 

「ああ、きっとものにしておくから、お前が帰ってくるのとどっちが先か競争だぞ」

 

 絶対帰ってこい────そう言われた気がした。

 シャニーは目を細めてニコっと頷き、しっかりと指切りをする。

 そのときだ、どこからともなく久しぶりに聞く声が飛んでくる。

 

「新人時代の恩師に、声をかけずに行くつもりかい?」

 

 天上から吹き下ろした黒い風。ぞくっとして思わず剣に手をかける。

 背後を一瞥すると、短剣を持って舌打ちをするレイサの姿があった。毎度、毎度、こうして試されるのは本当に心臓に悪い。

 

「あー! 良かった! よーやく見つけたよ」

 

 駆け寄っていき、ぶーぶーと文句を垂れる。声をかけずに行くのかなんて、神出鬼没の癖によく言うものだ。

 あれこれ喋ろうとすると、レイサは速攻で口に栓をした。

 

「皆まで言わなくて良いよ、知ってるから」

 

 やっぱり、レイサは大人に見えた。三月の時も、そして今回も。きっと、内心はすごい怒っているに違いないのに、それをまるで表に出さない。

 ずいぶん、この人にもお世話になった。次会う時は、もっと安心させてあげたい。今できるのは、誓うことだけしかないけれど。

 

「あたし、イリアのためにいっぱい勉強して、すっごい騎士になって帰ってくるよ。待っててね、レイサさん!」

 

 レイサは一瞬、驚いたように目を見開いて固まったが、すぐに声を上げて笑いだした。

 

「思い出すねえ。ちょうど1年前……あんたが入団してきて、尖った自信で周りを振り回してさ」

「は、恥ずかしいよ。レイサさん」

 

 忘れるはずもない。怒鳴り合ったこともあった。涙を受け止めてもらうことなどしょっちゅうだった。もちろん、共に喜び跳ねてきた……。

 ふいにレイサの手が伸びる。

 

「1年で本当に大きくなったね、あんたは。今でも十分、イリアを代表できる騎士だよ」

 

 びくっと瞳が震えたのが自分でも分かって、何もできず金縛りにあったよう。

 こんなにも真正面からレイサに褒められた記憶はかつて無い。おまけに、頭を撫でながら強く抱きしめられるなんて、初めての感触だ。

 親しくとも、常にどこか距離を置いている感じのレイサが、こんなに近い。

 

「今のままじゃ、あたし満足できないから。外を知って、もっともっと、たっくさんの人を救えるようになりたいんだ。イリアに……春を呼ぶために」

 

 イリアの人々を救いたい、姉のように、人を救える人になりたい……憧れの心は自然に夢を語り、己の進むべき道を示す。

 リキア出向と言う非情なピンチはもう、もっと別の意味へと変わっていた。

 

「ハッ……。これが……──希望ってもん……か」

 

 独り言のようにそう零したレイサは、両手を強くシャニーの肩に乗せて白い歯を見せた。

 

「ああ、行っといで。もうあんたに教えることはなにも無いさ。胸張って、リキアで活躍しといで!」

 

 ぱっと明るく咲いた健やかな花。

 ディークにも、そしてレイサにも言ってもらえた。もう一人前なのだと。ようやく一人前になれた気がして、ポンと背中を叩かれた勢いのまま飛び出す。両手で窓を開け放ち、イリアの空に向かって手でメガホンを作りながらありったけ叫んだ。

 

「みんなー! イリアをお願いねーッ!!」

 

 一人前になれた。今度はリキアで、三人前になってやる。

 背中を守ってくれる全ての人々に伝えるように叫んだ声は、蒼穹へと吸い込まれて空じゅうに広がっていった。

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