ファイアーエムブレム 紺碧のコントレイルⅢ   作:宵星アキ

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ぜったいに、あなたたちには負けないんだから!!
イリアのみんなの希望になるために、十八部隊は行くんだ!


はやく行こう! リキアへ!

────4月29日 カルラエ城

 

 時は来た。

 部隊長席に静かに座っていたシャニーは、そっと目を開くと周りを見渡す。暖かい日差しの眩しい石レンガの部屋には、空っぽの机以外にもう何も無い。

 目配せすると詰所を出て、真っ白に戻った部屋を皆で見つめて外から頭を下げる。

 

(必ずここへ……──帰ってきます!)

 

 リキアへの出発当日。一年間世話になった思い出の詰まった場所への想いをつぶやき、ついに背を向けた。

 手はずどおり、ミリアとレンには外門へ行くよう目で指示してルシャナと団長室を目指す。出発前の報告を行うためだ。

 

 まっすぐ前を見つめるシャニーの眼差しにはいつもの朗らかさは無い。その鋭さは、触れる風がそのまま斬れてしまいそうなほど。目指す先を貫く眼光は、さながら戦場の最前線へ赴くかのようだ。

 

「おや、栄転の十八部隊長じゃないか?」

 

 出撃前のピリピリした気持ちに横やりを入れて煽る声。

 思わず口元が歪む。立ち止まって振りむくと、あからさまな侮蔑の眼差しを浴びせる者の姿があった。彼女はニタニタしながら、カツカツとわざとらしく靴底で床を叩きながら近づいてくる。

 

(第五部隊長……イドゥヴァさんの腰巾着。……嫌な感じ)

 

 この顔を忘れるはずがない。第五部隊長マリッサだ。

 こんな風に顔を合わせれば嫌味を言ってくるのも、恐らくイドゥヴァに気に入られたいだけに決まっている。部隊長会議で企画提案するたびに、下らないことで噛みついてきた覚えしかない顔と声は、触れただけでウンザリする。

 

「なにが言いたいんですか?」

 

 ティト派、イドゥヴァ派問わず、騎士団のほとんどの人間とは、顔を合わせたら挨拶してそのまま雑談してしまうくらい関係は良好。みんな大好きな人たちだが、目の前でオレンジのショートボブを揺らすこの人だけは話が別だ。さっさと傍から離れたい。その心が口調にも滲み出る。

 

「部隊長会議も静かになるなって思ってね」

 

 いちいち神経を逆撫でる言葉を思いつくのも才能か。口元がぴくっと一瞬歪んで、せり上がる怒りを奥歯で噛み砕き押し殺す。誰のせいで、毎度戦わなければならなかったと思っているのか。

 

 第五部隊は別名『第一の予備』と言われており、イドゥヴァ直属だった者が失格の烙印を押されて落ちてくる部隊。それゆえに、第一部隊への復帰を目指してイドゥヴァのご機嫌とりで躍起になっている。マリッサにとっては格好の〝ネタ〟だったわけだ。

 

「ケンカ売るつもりなら止めてください。あたしたち、今から出発で忙しいので」

 

 第五部隊は暇なのかと思えてしまう。

 雑務は暇な十八部隊にさせろと、いつも会議で散々仕事を振ろうとしてきたが、自分たちの方が忙しかった自負はある。なにせ企画書をまとめる日以外は、朝から晩までイリア中を飛び回って、常に誰かの顔を見つめ続けてきた。

 今だって忙しいのに、能天気に嫌味を口にする姿にはもうウンザリだった。さっさと前に進みたい。

 

「十八部隊が忙しいって……?」

 

 そんな気持ちへ爪を立てるような、ケタケタした笑い声。冗談は止めてくれと目元が嘲りに揺れている。まじまじ見下ろす笑い声は少しずつ大きくなる。

 

(なんなのさ、この人。ほんっとムカつく)

 

 こんなに敵意を向けられる人も人生で初めてかもしれない。どれも謂れのないことで、ただ腹が立つばかり。

 シャニーの眉がみるみる吊り上がっていく姿を横目で一瞥したルシャナの顔にも、焦りが浮かびだしている。

 

「慌てなくても大丈夫だよ。リキア連絡所なんて、赴任が一週間遅れたって誰も困らないよ」

 

 いい気味────マリッサの目は口以上にべったりと侮蔑を浴びせてくる。言われるままではどうにも腹の虫がおさまらない。

 

「あたしたちは、もっとイリアをよく出来るようにリキアで勉強してくるつもりです」

 

 そんなことを言いに来たのかと、ふっと鼻で笑ってみせた。年上の人間にこんなことをするのは初めてかもしれないが、自然にそうなってしまった。

 数日前の自分なら怒りを露にしたかもしれないが、今はその逆。むしろ、つるっと心から為すべきと刻んだ誓いが出てきて清々しいくらい。仕事など、自分で創ればいいだけだ。

 

「強がりを」

 

 感情を突き向けたら同じように見下した声が返ってきた。さも呆れたような、嘲りをたっぷり含んだ強い口調でマリッサの声が絡みついてくる。

 

「戻って来れると思ってんの?」

「帰ってきますよ」

「はっ、ムリムリ」

 

 イリア外の常駐人事から戻ってきた者が未だかつていないのは調べた。現行の駐在者だって、もう何代も前の団長からずっと変わっていないらしい。聞けば騎士団の最年長でイドゥヴァより年上だという。

 マリッサも知っているのか、あしらうように手を振って彼女は続けてきた。

 

「あんなことしていれば当然の人事だよ。片道切符もお似合いってね」

 

 両手を広げて、バカにした笑いをケタケタ吐きつけて見下ろしてくる。

 

「あんなことってなんですか? 棄権のことですか?」

 

 掻きむしられた心が、真っ赤になって滲んでくる。

 去年の選挙での棄権なら、もうとっくに謝った。もちろん、今でも悪いことだったなんて欠片も思っていないが、部隊の、村々のために頭を下げて全て片付けた話だ。今さら言われる筋合いはない。

 

「それだけじゃないよ。全部だよ、全部。そんなことも分からないから、こうなってんだよ」

 

 また、泥水でも浴びせられるかのような感情に駆られる。引っ掻かれ続けた心はすでに裂けはじめ、真っ赤なマグマのように雫が飛び出し始めている。

 

「もう少し賢くならないといけなかったね。ま、手遅れだけどさ」

 

 今まではきゅっと口を閉ざしていたが、いつしか血が出そうなほどに下唇を噛み、拳が震えてくる。それでもマリッサは、残念でしたとありあり顔が浴びせかけてきた。

 とうとう、我慢の限界をぶち破ったマグマが、一気に心の中へ噴き出してきた。

 

(なにが賢いだ! イリアの人々から引き離しておいてよくも、よくもっ)

 

 イドゥヴァに取り入ることが賢いというなら、そんなものは自分から蹴飛ばすだけだ。愛する人々まで足蹴にされている気がして、スイッチが入ってしまった。

 カチンと火が点いてまなじりを裂いた次の瞬間には、鋭い金属音と共に神速の閃光が弧を描いていた。

 

「大きなお世話だ!!」

 

 ごくりと息を呑んでマリッサが固まった。鋭い鋒は寸分の狂いもなく鼻先を捉え、戦慄に震えるだけでその牙がえぐる。

 煮えたぎる鋭い銀光の奥で、千の剣で突き差すかのような眼がメラメラと青焔を燃やす。

 

「シャニー、ダメだッ。止めなよ!」

 

 焦って駆けだしたルシャナが羽交い絞めにしようとしたが、跳ね除けられて地面を転がった。

 

「あたしたちは間違ったことをした覚えはないよ! イリアの人々のために戦う! これからもだ!」

 

 鋒をマリッサの鼻先へぐっと押し付けた。周りから事務員と思しき者の悲鳴が聞こえる。それでも怒りを抑えられず、叫ばずにはおれなかった。

 

「今に見てなさいよ、絶対にあなたたちには負けないんだから!」

 

────絶対に返ってくる、絶対に!!

 怒りの咆哮と共に突き向けた銀の意志が鋒で春陽に輝く。

 しばらく息を詰まらせてその眼光を浴びていたマリッサだったが、目を閉じてふっと嘲笑が漏れた。

 

「ハッ、新進気鋭の十八部隊は違うね。アドバイスする時間がもったいなかったよ」

(よけいな説教だ!)

 

 激情一色の顔がさらに切れあがるが、もうマリッサも慣れたのか後ろにいた配下に声をかけている。

 

「あんたはああなっちゃダメだよ、セラ。なにか言っておやりよ」

 

 マリッサが口にした名前に、この場に幼馴染がいるのに気づいて怒りがすっと退いた。名前を呼ばれて顔をわっと震わせ始めたセラを見つめる。

 視線が合ったとたん、彼女は早足に場を抜けていこうとしている。

 

「セラ!!」

 

 思わず抜刀したまま駆けだしていた。背を向ける親友の肩へ手を置いて呼び止める。セラは一度だけ横目に一瞥しただけで、すぐ視線を切ってしまった。

 

「ごめん……シャニー。武運を祈ってるよ」

 

 絞り出すような、小さな声。聞きなれた威勢の良さとは別人かと思うほどの、死にそうな声だった。困惑している間に肩へ置いた手を払われて、だっと駆けだしたセラは廊下の奥へと吸い込まれていく。

 大事なものを失った気がして小さくなる背に手を伸ばすが、そのまま曲がり角へと消えてしまった。

 

「あんまりウチの部下をイジメないでもらえるかな? 嫌がってたじゃないか」

 

 クスクスとした笑い。悲痛が覆う心を再び噴きあがらせる声を背中から浴びせられて、剣を握る手が震える。

 

(セラ……身動き取れなくなってるんだ。よくも、あたしの親友をっ)

 

 セラまで毒牙にかけるなんて許せなかった。

 去年からずっと、彼女がその被害に遭ってきたことを知っている。あのときは疑念を零していたが、もう今ではなにも言えなくなってしまっている。

 

 一体どれだけのものを、自分から奪っていけば気が済むのか。じわっと周りに青焔が揺らぎだしている。いっそ、このまま……──気づいたらルシャナにがっちりと背後から羽交い絞めにされていた。

 

「親友にも見放されてるじゃない。身の振り方いい加減考えたら?」

 

 マリッサは気が済んだのかようやくに歩き出した。見下ろす眼差しは清々とでも言いたげ。その侮蔑に塗れた横目をじっとまなじりで弾く。

 

(なんでこんなこと言われなきゃいけないワケ?!)

 

 いくら相手が年上でも、こんな言われ方をする道理なんてない。向かっていこうとするが、やっぱりルシャナの力には勝てない。

 

「よけいなお世話だって言ってるでしょ?!」

 

 代わりに真っ赤なマグマを浴びせて牙を剥くが、マリッサの視線は別のところにあった。

 

「あ、団長!」

 

 ゾクっと背中に走る嫌悪感。下唇をぎゅっと噛んで怒りを押さえつける。マリッサが歩いていった先に体を向けると、見えてきたのはあの姿。会いたくなくとも、けじめをつけるべき相手。

 

「シャニーが出発を前に挨拶したいそうですよ」

 

 こちらを指さしながら、イドゥヴァに声をかけるマリッサのなんと嬉しそうなことか。

 あんなしっぽを振るような真似がどうしたらできるのだろう。見合わせたルシャナも顔は渋い。なんだか、騎士というより奴隷にさえ見えてきて、さっきまでの怒りがどこか哀れみに変わっていく。

 

「どうしたのですか、シャニー部隊長。こんなところで抜刀して」

 

 近寄ってきたイドゥヴァは、シャニーの左手に握られたままの真剣を見下ろして、はっきり分かるくらいのため息をついている。また問題を起こすつもりなのか……顔がありありそう言っている。

 

「いえ、なんでもないです」

 

 急いで剣を収めた。自分でもまさか抜いてしまうとは思っていなくて焦ってしまう。最近ちょっと……短気になったか。自身を戒めるようにイドゥヴァに一礼する。この人に顔を見せるために歩いてきたはずだったのに、なにをやっていたのだろうか。でも、団長室まで行く手間が省けたというもの。

 

(ホントは西方に飛ばそうとした理由を聞きたいトコだけど……)

 

 今が聞くには絶好のチャンスかもしれない。思わず喉元までせり上がってきたが、無理やりに飲み込んだ。

 自分は西方出向のことを知らないはずなのだ。それを口にした瞬間、アルマに迷惑をかけることになる。危険を冒して守ってくれた友に、これ以上負担を掛けたくない。なにより、どうせ聞いたところでまともな答えが返ってくるとは思えなかった。

 

「団長、赴任の前に挨拶へ伺おうと思っていたんです」

 

 そのまま疑念はぐっと腹の奥に押し込めて、頭を上げたシャニーは普段どおりの調子で赴任前報告を始めた。

 それを聞いたイドゥヴァは口をへの字に曲げている。

 

(こいつだけには絶対に負けないぞ……ッ)

 

 顔は平素を装っても、心の中には相変わらず真っ赤に飛沫を上げるマグマが吹き荒れていた。

 短気になったかもしれない。でも、この人に対してだけはそれでもいい。ずっと、ずっと、半年間ずっと我慢してきた。

 刃に訴えるなんてことはしない。だけど、絶対に、絶対にリキアで大きくなって、必ずこの人に認めさせてやる。

 

(命令だからじゃない! イリアのために、あたしたちは行くんだ!)

 

 その想いを込めて、シャニーは再び頭を下げた。

 

「団長、勉強の時間を与えていただいてありがとうございます」

 

 もう一年、新人のつもりでがんばろう。そう自身に言い聞かせながら、今は敵を前に刃も拳も、そして怒りも収めて部隊長然の態度で挑む。

 しばらくイドゥヴァからはなにも返ってこなかった。無音の時間。その間、前髪の影からじっと睨み続けていた。

 

「ええ。きっとたくさん学んで、今後のイリア発展に寄与してください」

 

 最後くらいは優しい言葉をかけてやろうとでも言うのか、下げた頭をなぞった柔らかい声に顔が歪む。あまりにも白々しくて辛抱ならない。

 

「あたしたち、きっともっと大っきくなって、必ず帰ってきますから」

 

 ばっと顔を上げたシャニーは宣戦布告を突き付けるように、鮮やかな青の瞳でキッとイドゥヴァを見据えてハッキリと断言して見せた。

 

(絶対に、返ってくる!)

 

 生きて、生きて生きて、そしてイリアの地を再び踏み、この地に暮らす人々を照らす希望となる。その誓いを胸に、一歩踏み込み団長の目をギッと睨んで離さない。

 

「その間、イリアの人々をお願いします」

 

 青き明眸は切れあがり、刃となって団長へ迫った。

 にもかかわらず、イドゥヴァはハッキリ顔に困惑と失笑を浮かべている。悔しい。どうあっても、今のままではこの人には勝てない。

 

「あなたに言われなくとも、団長の私が全責任をもって指揮していきますから、あなたは自分の任務にだけ集中しなさい」

(その言葉に嘘があったときは……ッ)

 

 それでも、シャニーの瞳に宿る焔が萎むことなどなかった。一歩退いて再度頭を下げると踵を返し、ルシャナを連れてエントランスに向けて歩きだす。

 背中にどんな侮蔑を浴びせられようとも、もう決心して誓いと胸に刻んだのだ。新たな礎を自らに築き、イリアに春を呼ぶための希望となると。

 

 それを掴むための旅路。エントランスを抜けた彼女は、扉を開けて城の外へ出てもまっすぐ歩いていく。様々な人々の笑顔を思い浮かべながら沸きあがった怒りを鎮め、春陽の風をまとって外門まで辿りつく。そこには、先に出発の準備を終えて待機していたミリアとレンの姿があった。二人にいつもの戯れあう様子はない。時を知らせるリーダーと副将が現れて、一層に顔が引き締まる。

 

「カルラエの城に、敬礼!」

 

 シャニーが先鋒となり、一年世話になったカルラエ城を全員で見上げ、凛々しい声が響く。

 こんなにも……大きくて白い城だったか……。次見られるのは、いつになるか分からない。そう思うと、今でもこれは夢ではないかと頭が揺さぶられる。

 

「みんな、しっかり焼き付けよう。あたしたちが帰る場所を」

 

 その気持ちを払って自身に言い聞かせるように、シャニーは皆に声をかけた。必ずここへ帰ってくると、互いに頷きあいながら。

 

(イリアのみんな、必ず帰ってくるから。イリアの希望になれるように、あたしがんばって行ってくるよ)

 

 この場に見送りに来てくれる人は誰もいない。だけど、心の中にはいつもある。どんな時でも、どんなところにいても、繋がっているのだと言ってくれた民の声が。自らの足で行く先を決め、自らの手で軌跡を刻んで、全てを手に入れて帰ってこいという姉の激励が。

 彼ら全てが手を振ってくれている気がして、城を見上げる顔は自然に笑顔が浮かんだ。

 

「みんな、もういいかな? いいよね」

 

 風の吹き抜ける音だけが聞こえてくる。どのくらいこうしていたか分からない。なのに、自分も、仲間もまるで動かず、シャニーは見渡しながら別れの時を告げる。

 

「早く行こうッス。動けなくなっちゃいそうッス……」

 

 皆も同じ気持ちのようだ。ミリアの震える声に仲間がうなずくと、シャニーは笑顔をそっと隠して再び凛と号令をかける。

 

「第十八部隊、これよりリキアへ向けて作戦を開始する!」

 

 もう戻らない時。リーダーの号令に、全員が天馬にまたがり城へ背を向けた。

 目指すは遥か南方の地、リキア。全くの未知が広がる世界へたった四人で飛び出す不安が、手綱を握る手にじわっと汗を滲ませる。それでも、時を知らせるように吹き込んできた暖かい春風に背中を押されて、シャニーは拳を突き上げた。

 

「それじゃ……、いっくよー!」

 

 一気に飛び出し、白い羽が舞う。高空へと翔けあがった天馬は、あっという間に蒼穹の彼方へと吸い込まれてカルラエの地から姿を消した。

 

(リキアでの仕事……どんなんだろう、ワクワクするよ!)

 

 あの空の向こうに、きっと新しい世界が広がり、そこに必ず大事なものがある。そんな予感に心が天馬を超えていきそう。

 夢を抱き、希望を映す青き明眸は、繋がれた鎖から解き放たれて大きく羽ばたいた。

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