懐いていた幼女をさらわれて助けに行かないわけがない 作:みそすうぷ
深くうなるような汽笛。俺はハッとして起き上がった。
「目が覚めたか。ロディ」
ベッドの横にいるのは、二つ年上のサンタのハンスだった。やつは俺を不憫そうに眺めると、立ち上がって言った。
「元気そうだな、なら俺はもう行くぞ。医者は三日休むように伝えろとのことだ。腹の傷は浅い」
俺はそう言われて、自分の腹をなでる。ズキリと痛みが走る。窓の外では子供たちが縄跳びをしている様子が見えた。確かあれはエミリーと同級生だったか。今は真昼のようだ。
「クリスマスは終わったよ。俺は次の街に行く準備をする。お前も早めに済ませておけよ」
ぼんやりとする思考の中で、俺は彼女のことを思い出す。
「エミリーは?!」
「わからない」
ハンスは言いにくそうい短く告げた。
「わからない?」
「消えたんだ。直前まで、お前と一緒にいたことはわかってる。クリスマスイブの日、お前が彼女といたところを数人が見ている。だが、夜中に道の真ん中で発見されたのはお前だけだったんだ。エミリーは今も行方不明だよ」
「エミリーは悪魔に刺されていた。おそらくあいつらは、人さらいだ」
「間違いないだろうな」
「なんで知ってる?」
「今年、この街で子供が十人もさらわれた。一人さらわれるだけでも珍しいのに、十人だ」
「そんな……!」
「人さらいから子供を奪還した例は少ない。なんせ悪魔の街に行かないきゃならないわけだからな」
「そんなこと関係ない……」
俺は声を荒げて主張する。
「俺のせいだ。サンタでありながら俺の目の前で、エミリーはさらわれた。俺が彼女をこの街に返さなきゃ!」
「馬鹿言うな。お前はまだ十六だろ。悪魔からしちゃお前も子供だ。格好の餌食だぞ」
「でも……」
「夏になれば焦土作戦が行われる。お前が下手に動かなくても、運が良けりゃそれでエミリーは帰ってこれるさ」
「でも、半年も悪魔の街で生きていられる保証はないだろ?!」
「それはお前も同じさ」
俺はベッドのシーツを握り締める。
「とにかく、お前は今は傷を治せ。欠員が出ると、それこそ次の犠牲者が増えることに繋がりかねない。わかったな?」
「ああ……」
ハンスはじゃあな、とだけ加えると、俺の寝室から出ていった。
俺は外を眺めて思う。
本当なら、エミリーも今頃、あの子たちと縄跳びをしていたのだろうか。情けない。思わず悔し涙で視界がうるんだ。
彼女はもう、この街にはいない。
三日後、俺は朝から市場に来ていた。港のすぐそばにある、街で一番大きな市場だ。魚や肉、野菜に雑貨までなんでも売っている。
俺はオレンジを一つ買って、朝ごはん代わりに食べながら見て回ることにした。
ひときわ目を引くのは、油牛の丸焼きだ。この地方では有名な料理で、魚がよく取れるこの街でも、人々は好んで食べる。成牛でも豚くらいの大きさで、赤身が多くて万人受けする。何も処理をしないで焼くと油が多く滴り落ちて、あっという間に丸焼けになってしまう。
だからたいていは事前に背中の筋から油を抜いておいて、それは燃料にすることが多い。熟成させると、質のいい食用油にもなる。それを用いて鉄板で焼くと、少し贅沢な料理として食卓に出る。火加減が難しく、時間がかかるのだ。
丸焼きはまだ焼き始めたばかりのようで、頭を取られた油牛はまだ生きていたころの色に近かった。皮を取り除いた肉の部分に、うっすらとした黄色いまだらがある。それが油の多い部分ということだ。
肉に練り込まれたハーブが一層香りを引き立たせていた。
「油蛙は売っていますか?」
俺が店主の親父にそう尋ねると、彼はうなずいた。
「今日は多めに入っていてな。緑から赤まであるぜ」
店主は自分の後ろから蛙の並んだ平たい器を持ってきて、俺に見せる。
俺は少し思案すると、指で示して言った。
「一番赤いのから順に三つください。それと黄緑を一つ」
「あいよ。赤三つと黄緑ね」
「どうも」
俺は金を払って、蛙の入った革製の袋を受け取り店主に礼を言う。
「火には気をつけてな、毎度」
「ええ、また来ます」
次は木材だ。
魚屋をいくつか通り過ぎ、船着き場の方へ歩いていく。たばこ屋の裏から路地に進むと、木皮を売る店がある。
「いらっしゃい」
椅子に座って本を読む老人の男は、顔を上げずに言った。
「シラカバの皮をください。俺の身長くらいの長さで」
「幅はどうする? 用途は?」
「杖用です」
「ふん……」
老人はやっと本を置き、立ち上がる。
「シラカバで杖用となると、あんたひょっとしてサンタクロースか」
「はい」
俺はボソリとつぶやくように答える。エミリーの件で、そう名乗るのに自信がなかった。
「そうか」
不愛想な男は店の棚を雑に漁る。人さらいのことは町中が知っているはずだ。サンタとして、何か責められてもおかしくはない。
「子供はプレゼントを喜んでたか?」
「いえ……俺は街の警備を担当していたので……」
「そうか」
質問で俺の責任をはかろうとしているのだろうか。ドキドキした。
「俺が十三のときにもらったプレゼントはな。ひどかったんだよ」
「え?」
「なんだったと思う?」
「さあ?」
「釣り道具だよ。親父が漁師でな。家業を継ぎたがらない俺をその気にさせるために、当時のサンタの一人に頼んだらしい。俺は魚が嫌いなのにな」
「はあ……」
「釣り道具はな、弟にやったよ。俺は漁師の長男だったけど、森が好きだったんだ。ほら、一つ隣の町に行く途中、山側にいくつか森があるだろ?」
「ありますね」
「そこでよく虫を集めたり、木の実を取ったりしたもんさ。森はいい。木があるから、もし森に他の人間がいても、その一帯ではまるで自分一人だけみたいな気分になれる」
老人は巻いた皮を筒に入れて、机に置く。
「シラカバだ。あんた、森は好きか?」
「どちらかと言えば、好きかもしれないです」
「ふん……まけてやる。半額でいい」
「そんなに?」
「ああ、俺は親不孝だからな。どこかで徳を積んどかなきゃいけねえのさ。だから遠慮はしなくていい」
「ありがとうございます」
「その代わり、うちの性格の悪い漁師の弟に会っても、多少目をつむってくれや」
老人はそう言い終えると、急に豪快に笑った。