遊戯王Wings英雄伝「オーシャンズ」 作:shou9029
かつて、『竜の伝承』と呼ばれる戦いがあった。
それは『赤き竜神』…いや、最早その真なる名も忘れ去られてしまった、大いなる神が治める世界での戦いの一幕。
既に伝説の中でのみ語られるほどまでに過去のモノとなったその伝承は、かの神が寵愛を授けた一部の土地以外の、およそこの星の全土と呼べるほどの土地が凍てつき果てていたという。
…それはデュエリストと呼ばれる存在が、まだ極少数しか居なかったとされるほどに古き時代の物語。
少なくとも、この世界のほぼ全てが海となっているこの時代の、およそ300年以上は昔の伝承であり…
そして、その物語も今は昔。
『竜の英雄』と呼ばれる一人の少年によって、この世界全土を凍てつかせていたとされる『邪なる神』は撃ち倒された。
そう、邪なる神を打ち倒した一人の英雄の活躍により、融けぬ氷に覆われていた世界には数百年ぶりに太陽の光が降り注ぐようになったのだ。
…しかし、恩恵は時に災いをも齎すモノ。
陽が差し込むようになり、太陽が再びこの星を照らし始めたことにより…世界全土を覆っていた氷が溶け出したことで、かつて大地であった場所の悉くが上昇した水位に飲まれ世界のほとんどが『海』の底に沈んでしまった。
ソレがいくら急激な変化ではなく、緩やかな変化であったとしても…それでも、大地に住むほとんどの人間が大地を失い、住む場所を陸地から『海』へと移さなければならなくなったのは太古に海から生まれた人間にとっては何とも奇妙な因果とも言え…
そう…
『竜の伝承』と呼ばれる戦いが終結してから、実に300年が過ぎたこの時代。
今、世界の10分の9は水の底に…『海』の下に、沈んでしまっている。
海…海、海、見渡す限りの大海原。
どこもかしこも水が広がる、およそこの星全土が『海』と成り果てたここは誰が名付けたか『水世界』。
これは、そんな『水世界』と呼ばれる世界・時代にて繰り広げられた…
一人の少年と少女が織り成した、『海の英雄』の物語―
―…
『海』…
その言葉を聞いて、人間が連想するのは決まって皆同じモノになるだろう。
そう、潮風と波が溢れている、無限に広がる水世界…この世界の、『この時代』に生きる人であれば、『海』を知らない人間など居ないほどに―
それほどまでに、この世界の全ては『海』という水に飲み込まれていた。
…それはかつて起こったとされる、『竜の英雄』と『邪なる神』との戦いの後に起こった自然の摂理。
『竜の伝承』に語られる、氷に覆われていた過去の時代において…ある一体の邪なる神が打ち倒された事により、今この時代ではその時代より溶け出した氷が世界の全てを飲み込む水となりて、この星のおよそ全てと言える程の面積が『海』に変わってしまったのだ。
…しかし、そんな大規模な災害変動が起こっても人間は絶滅しなかった。
いや、寧ろ適応した―
世界が水の底に沈んでしまうのならば、水の上に生きればいい。最初にそう考えたのが誰なのかはもう定かではないものの、しかし『竜の伝承』から300年は経っているとされるこの現代においては、『人間』という生き物はコロニーと呼ばれる集落を『海』の上に形成し住んでいる者という常識がまかり通ってしまっている。
…そんな、世界の全てが海に覆われてしまっているどこかの時代の、そのどこかの場所…
いや、どこかの『海』でのこと。
とある海域、穏やかな海。
そんな、見渡す限り何も無い海の上に浮かんだ、小型のクルーザーのような『船』の上で…
鮫のように鋭い特徴的な八重歯を持ち、青みがかった長い黒髪をオールバックにし後ろにて釣り竿のように一本に束ねた髪をした『少年』が、その手に持った釣竿の先を見て…
そう、自らが『釣り上げたモノ』を見て、驚きのあまり固まってしまっていた―
「…女?」
そして、開口一番…
その、あまりのモノを釣り上げてしまった1人の少年…『遊和』は、自分が釣り上げてしまったモノを見て、思わずそう零してしまった。
…しかし、それも当然のこと。
何せ朝食を釣り上げるために垂らした釣り糸に引っかかったのが、あろうことか『女の子』であったのだから。
…しかも、ソレは死体などでは断じてない。
そう、生まれた時から海で生きてきた遊和にとっては、水死体とそうでない人間にどのような違いがあるのかなど一目見ただけで理解できてしまうのだろう。
何しろ釣り上げた『少女』の肌は水死体のような嫌な土色などしてはいないし、魚に食われているどころか腐敗すらしていないのだから、水死体というモノが『どういうモノ』なのかを知っている遊和の目には、その釣り上げた少女はまだ生きているようにも見えるに違いないのだから。
「生きてる…でも呼吸は止まってる…と。よし、まだ間に合うね。」
だからこそ、遊和は釣り上げた少女を急いで自分の船の上へと寝かせると…
急いで救命措置を行うために、慣れた手付きで船の中から救命セットを取り出しつつ。少女の気道を確保し、人工呼吸と胸骨圧迫を交互に繰り返しつつ急いで少女の蘇生を試み始めて。
…それはあまりに手馴れた手付き。
しかし海で生まれ、海で育ち、海の上で生活している者にとってはそれは極々自然な動きであるとも言えるのか。そう、この時代、この水世界においては、溺れた人間の蘇生措置など小さな子どもであっても行えるのが普通以前の常識であるとも言えるのだから、溺れていたのが誰であろうと…たとえソレが自分と年の近いであろう女の子であろうとも、遊和もまた自らが釣り上げたまだ息のある少女に人工呼吸や胸骨圧迫と言った救命行為を行うのに照れなど感じるわけもなく、ソレは極々自然な流れとも言えるのだろう。
…まぁ、世の中には海賊やシーギャングと言った、助けるよりも襲うことに重きを置いている悪党たちも居るとは言え。
それでも、何の迷いもなく救命措置を行った遊和の行動から見るに、少なくとも彼が溺れた人間を見捨てるような悪党ではないことは確かなこととも言えるに違いなく。
…規則正しいリズムを刻み、力を込めて肩を上下し。照れも恥も何もなく、見知らぬ少女に口から口で酸素を送り込む。
…すると、少しの後に。
少女は、その小さい口から勢いよく水を噴出したかと思うと―
ゴホゴホと苦しそうに咳き込みつつ、ゆっくりとその目を開け始めたのだった。
「…ェホッ…ケホッ………ここ、は…」
「目が覚めた?よかったね、死ぬ前に釣り上って。」
「ッ!?な、何者ですか!?」
しかし…
開口一番、命の恩人であるはずの遊和へと向かって…溺れていた少女は跳ねるように飛びおきたかと思うと、思い切り警戒心を顕にし始め、あろうことか後ずさりしながら遊和を思い切り睨みつけ始めたではないか。
…怯えた様子で後ずさりし、船の縁へとその背を付け。
濡れた髪と服が体に張り付いている、あまりにも弱々しい恰好であると言うのにも関わらず…どこまでも遊和を鋭く睨みつけているその姿は、助けてもらったと言うのにあまりに不遜な態度とも言えるに違いなく。
…普通、この水世界に住む水上コロニーの民ならば、自らの不注意で溺れたところを助けてもらったのならば感謝してもしきれないほどに相手に感謝を述べるのが礼儀のはず。
それも生まれた時から海と共に生き、海と共に育ち、海と共に命を終えるこの水世界においては、何においても『溺れる者が悪い』と言うのは常識以前の問題だと言うのに、だ。
そうだと言うのに、溺れた上に助けてもらった分際で、目を覚まして真っ先に警戒心を露わにするだなんてこの少女は一体どういう教育を受けてきたというのだろう。
しかし、その少女があまりに警戒心を露わに後ずさりするものだから…
その、あまりに怯えている様子の少女へと向かって。遊和もまた、下手に刺激をしないようにゆっくりと言葉を選びつつゆっくり語りかけるようにその口を開くしかなく…
「あ、えっと…その…君を釣り上げた者…です。」
「釣り…上げた?………あっ…そ、そういえば昨夜、酷い嵐が…」
「あー、明け方にちょっと荒れてたね。その嵐で船から投げ出されちゃった感じ?」
「投げ出され…ッ!?で、ではここは海なのですか!?み、水の上なのですか!?」
「え、あ、うん…そうだけど…なにをそんな当たり前の事を…」
「あ………そ、そうですよね…た、助けていただき感謝します…で、ですが、どうして私を助けて…」
「どうしてって…たまたまだよ。たまたま君を釣り上げて、まだ生きてたから救命措置をした…普通のことじゃないか。」
「普通…いえ…しかし…」
「…よくわからないけど、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。はいタオル。とりあえず体拭きなよ、風邪引くからね。」
そうして…
遊和が、あまりにもゆっくりと諭すように語りかけたおかげか。差し出したタオルを、これまた溺れていた少女はゆっくりと受け取ったかと思うと…
未だ警戒心は解かぬままではあるものの、しかし辺りをキョロキョロと見回しつつ。周囲に『何』も無いことを確認し、ホッとした吐息を漏らしたかと思ったその刹那…
鋭い視線のままではあったものの、遊和を見つつ顔と頭を拭きながらゆっくりとその口を開き始めて。
「…助けて下さり感謝します…あの…貴方のお名前は?」
「俺は遊和。ファミリーネームは捨てたからただの遊和だね。」
「ユーワ…ですか…」
「それで、君の名前は?」
「あ、私は…」
けれども、簡単に自己紹介をした遊和に反し。
名前を聞かれた少女は、誰も気付かないような一瞬に何やら少々困ったような表情を浮かべたかと思うと…
ただ名前を聞かれただけにも関わらず、すぐにその口から自身の名前を言うことなく口ごもり。
再び、一瞬だけ何やら考える素振りを見せながら…
「イノ…いえ、ノア…そう、私の名前は『ノア』…です。」
…と名乗ったのだった。
「ノア…そうか、ノアか。それで、ノアはどこから来たんだ?ここらへんは夜になると海流が酷くなる海域だから、滅多なことじゃ夜に船は通らないと思うんだけれど。」
「………ごめんなさい、覚えていません。」
「え、覚えてないって…」
「自分の名前はわかるのですが…それ以上のことは何も…自分がなぜ船ではなく海の中に居たのかも…どうして、遭難していたのかも…」
「ふーん…記憶喪失って奴かもね。」
そんな、どこか怪しい素振りを続ける少女の言動に対してもなお。全く疑う素振りを見せず、ソレを信じた様子を見せる遊和。
…それはこんな広大な海を、たった一人で旅しつづけているが故の楽観さなのか。
それは広い広い海を旅していれば、記憶喪失になった少女を釣り上げる事もあるかもしれないと言う…到底ありえない可能性を目の当たりにしてもなお、ソレを素直に信じる辺り遊和という少年の人の良さが垣間見える事に違いないだろう。
…まぁ、明け方の嵐で海に投げ出され、衰弱し溺れたと思われる少女が息を吹き返したばかりでこんなにも会話を重ねられることは正直ありえないはずではあるのだが。
それでも、遊和は目の前の少女の、どこか怪しい素振りに対してもそれ以上首を突っ込むことはしないままに…
「ま、嵐と溺れたショックでそんな感じになっちゃったんでしょ。とりあえず、近くのコロニーまで送るよ。もしかしたら君の乗ってた船がそこに避難してるかもしれないからね。」
「え?こ、ころにー…?」
…と言って、とりあえず思い当たる節がソコしかない遊和は、船の燃料補給のために昨日立ち寄ったコロニーへと向かう旨を少女へと伝えたのだが…
「あの、遊和…『コロニー』とは、一体何でしょう?」
「え?………本気で言ってる?コロニーだよコロニー、海とか船とかと同じ、一般常識なんだけど…」
「…は、はい…す、すみません…き、聞きなれない単語だったもので…」
「…」
遊和の予想に反して。
『コロニー』という極々当たり前の一般常識の言葉に対し、ノアと名乗った謎の少女は疑問と言うにもおこがましい問いを遊和へと投げかけてきたではないか。
『コロニー』を知らない…そんな人間が存在するモノなのだろうか。
…だって、『コロニー』、だ。
水世界に住む、およそ全てと言っていい程の人間が住む水上の生活圏…それが、『コロニー』という言葉。
そんな、この水世界に住む者であれば常識以前の言葉、最早『コロニー』とは『コロニー』の事であると言っていいまでに常識化したただの単語を知らない、覚えていないという者などこの世界には存在すらしていないはずだと言うのに。
そう…いくらノアと名乗ったこの少女が、本当に『記憶喪失』なのだとしても。それでも、『コロニー』というあまりに日常的な言葉まで忘れてしまうものなのか。
何しろ、遊和も昔ある人物から教えてもらった事がある。『記憶喪失』の者と言うのは、自身の名前や素性や関係性を忘れてしまっていても…言語や身振り手振りと言った、体に染み付いた極々当たり前な一般常識・反射的運動と言うのは忘れたくても忘れられないモノなのだ…と。
それは自分の名前や、『船』や『海』と言った単語を少女が理解していたことから分かる通り。
記憶喪失であっても、ある程度の『常識』と言うのは記憶ではなく体が覚えているのが普通であるはずなのだ。
それ故、『船』や『海』と言ったこの世界では極々当たり前な常識を覚えていると言うのに。同じ一般常識である『コロニー』を忘れてしまっている少女へと向かって、遊和は不思議そうに更に言葉を続けるのみ。
「ホントに覚えて無いの?だってコロニーって…『コロニー』だよ?」
「は、はい…申し訳ありません…コロニーとは…何なのでしょう…」
「えー…なんて説明したらいいんだろ…コロニーって言うのは、えーと…つまり、人間が海の上に形成した…『集落』…って感じの意味、でいいのかな?」
「海の上に集落………え、海の上に、ですか?で、でもそんなことどうやって…」
「どうやってって…色々じゃないか。パーツを深海からサルベージしたり、海底遺跡の部品使ったり…あとデュエルエネルギー使って生成した部品を溶接したり交易したりして維持させたり発展させたりして…」
「ま、待ってください…あの、サルベージとかデュエルエネルギーとか…その、理解出来ない単語が多くて…」
「…そんなことも忘れちゃったの?ま、すぐに思い出すでしょ。だって、君だってどこかのコロニーで生まれ育ってるんだし。」
「…そ、そうなのですか?」
「そうなのですかって…なに当たり前のこと言ってるんだよ。まさか陸地で生まれ育ったって言うんじゃないよね?」
「………」
「ま、そんなわけないか。陸地に人なんて住めるわけないんだし。じゃ、とりあえずここから一番近いコロニーに送るよ。って言うか、この近海にはそのコロニーしか無いから、君の乗ってた船の人も絶対そこに居ると思う。」
「そうですか…」
この水世界に生きる者であれば、極々当然の常識のどれもを分からないというノアと名乗った謎の少女。
一応、会話は成立しているために、ノアとて何もかも全てを忘れているわけでは断じてなさそうなのだが…
それでも、どこか歯切れ悪く視線を逸らすノアと名乗った溺れていた少女に対し…それ以上深く突っ込まないのは、遊和が楽観的な性格をしているが故なのだろう。
そうして…
遊和は操縦席へと座り、慣れた手つきで色々なレバーを動かし始めると。
船のエンジンが動いたそのすぐあとに…
船が旋回し、勢いよく動き始めるのだった―
―…
遊和がノアを釣り上げた海域から、およそ1時間ほど船を走らせた頃。
「あれがコロニー…ですか…本当に海の上に集落が…」
大海原の真ん中、およそ周囲には海以外の何もないような穏やかな海の上に、ある小さな集落コロニーがあった。
…小規模水上コロニー、『さざなみ村』。
この広い広い水世界に多々存在している集落コロニーの、その中でも小規模の部類に入るこの『さざなみ村』は…行商人か旅人でもなければ、滅多に人が立ち寄ることもないとてもとても小さな集落の1つである。
…それはさながら、海の上に浮いた大きな『イカダ』とも例えられるだろうか。
海の上に浮いた金属板の上に、人々が住居を作りそこで暮らしている。
またその金属板は一枚ではなく、様々な大きさの板が糸か紐みたいなモノで繋がれ…
ソレはさながら金属板で出来た『イカダ』のようなモノとなりて、大海原のど真ん中に集落を形成している。
…海の上に浮かんでいるだけあって、常に波に揺られ独特なリズムがコロニー全体を揺らしている。
けれども、ソコに住んでいる人たちは誰一人としてそんな揺れなど気にすることもなく…子ども達は元気に走り回り、大人達はまるで揺れなど感じていないように忙しなく仕事に勤しんでおり…また、軒先のベンチに座っている老人に至っては、まるでソコが初めか揺れていないかのような見事な体重移動を反射レベルで行いつつ、のんびりと日向ぼっこをしているようではないか。
これがもう少し大規模なコロニーであれば…それこそ『村』ではなく、『街』規模のコロニーにもなれば、海底にしっかりと土台が固定され海上でも敷地が動かず揺れる事も無いのだが…
まぁ、この広い広い水世界においても、そんな大規模なコロニーなど数えるほどしか存在せず。それこそ『七海王』が治める拠点でもなければ、人々はこの海の揺れの中で生きるのが普通なのだ。
「ひゃっ!?ゆ、揺れが…お、思った以上に、揺れがす、凄いですね…」
「別にこれくらい普通だよ。…あ、でもさ、もしかしてノアの居たコロニーって相当大規模なコロニーだったのかもね。」
「え?」
「波揺れに慣れてないなんて絶対にそうだよ。だって大規模コロニーの方が揺れが少ないんだし、最大規模のコロニーになれば揺れなんて自動調節されてるじゃないか。波揺れに慣れてないってことはきっとそうなんだよ、きっと。」
「…そ、そうですね…そうかも…しれないです。」
だからこそ、そんな水世界に生きる者であれば極々ありふれたその光景を、まるで初めて見たかのような反応を見せるノアを横目に。
遊和は、昨日も燃料補給の為に立ち寄ったさざなみ村の船着場に、慣れた手付きで船を寄せると…
先んじてコロニーに降り立ったノアに続いて、エンジンを切り船を固定し。上陸の準備を整えると、ノアに続いて村に降り立つだけ。
すると…
船を止め、さざなみ村という小さなコロニーへと降り立った遊和へと向かって―
すぐさま、声をかけてきた人物が居た―
「おぅ遊和ぁ!お早いお帰りだべなぁ!昨日の返事でも考えてきだだべかぁ?」
「…またアンタか。その話は断ったはずだろ。それより、今日は別の用で来たんだ。そこを通してくれ。」
遊和の前に立ち塞がった人物…
それは恰幅のいい、それでいて荒波に揉まれてそだったかのような、少々言葉の訛った日焼けした若い大男であった。
そんな大男は、船着場に着いたばかりの遊和へと向かってそう言葉を投げかけると。昨日も遊和に『何か』話を持ちかけたのだろうか、一度断った話を持ち出され少々うんざりしているかのような遊和の表情など意に介さず…
更に、言葉を続けるのみ。
「そうはいがないべ!オメェぐれぇ腕の立つ奴ばオラのチーム入ってくんば百人力なんだべさ!昨日は逃げられたけんども、今日こそは腕ずくでも良い返事もらうべよぉ?それに、『この台詞』一度言ってみたかったんだべさ!」
「…なに?」
「ふふふ…ここを通りたけんば、オラに勝ってからにするべさぁ!」
「…」
船着場から村へと続く、ひとつしか無い通り道の真ん中に陣取って。
まるで通せんぼするかのようにして、堂々とそう言い放った恰幅のいい日焼けの男。
その訛った口調と、典型的な噛ませ犬のような台詞から小物のような匂いがプンプンしていると言うのにも関わらず。自信満々にそこに立つ男は、自らの放った言葉に酔いしているかのようにしているだけであり…
「…親分、そのセリフ小物臭いべさ。」
「んだ。大体、昨日も遊和にボゴボゴにされだのにまーだ懲りないんだべか?」
「ま、諦めの悪いとこが親分の良いどこだけんど。でも無駄だと思うべよぉ。遊和と親分じゃ、実力が違いすぎだべ。」
「んだんだ。」
「う、うるさいべオメェら、一体どっちの味方なんだべさ!それにオラの事ば『親分』じゃなくて、偉大なる『ボス』と呼べと何度言えばわかるんだべ!と、とにかく!なんべんやられてもオラは諦めないべ!さざなみ村の不死身の男とはオラのこと!遊和、意地でもオメェに勝って、オメェのことば子分にしてやるべさ!オメェにもオラの事、ボスって呼ばせるべよぉ!」
「はぁ…ホント人の話を聞かないよね、アンタも。」
だからこそ、彼の後ろから現れた、彼の子分たちのような男が憐れみの目で自分達のボスをそう酷評している事はともかくとして。
それでも、何やら遊和に対し引くに引けない事情があるらしい『ボス』と呼ばれた男性は、呆れている子分たちやうんざりしている顔をしている遊和を意に介さずに意気揚々とその言葉を続けるだけなのか。
そして、そんなボスからの言葉に対し…
遊和もまた、『昨日』絡まれたばかりの為か。溜息を吐き、更に面倒くさそうにそう呟いてしまったのは『昨日』の事を考えたらある意味しかたのないことと言えば仕方の無いことなのだろう。
…そう、遊和もまた、『昨日』に散々このボスに絡まれたが故に、彼ののしつこさにはうんざりしている様子。
けれども、遊和のそんな気持ちを悟らずか、はたまた悟っているのにあえて無視してか。鼻息荒く息巻いて、遊和の前に立ち塞がるボスもまた…遊和に向かって、本気で『何か』要求を飲ませたいという態度を崩さぬままではないか。
それ故、恰幅のいい男の、そんな小物染みた立ち塞がりを前にして。遊和は再度大きく…大きく、それでいて、深い溜息を吐きながら。
観念したかのようにして、ボスへと向かって再度立ち向かう。
「…わかったわかった。仕方ないから相手してあげるよ。ノア、下がっててくれ。」
「あ、あの、遊和…な、何をするおつもりなのですか?」
「何って…デュエルに決まってるじゃないか。………え、まさかデュエルまで忘れたわけじゃ…」
「デュエル…は、はい、デュエルはわかります…そうですか…喧嘩ではなく、デュエルを…」
「何当たり前のことを言ってるんだよ。何かをするのもデュエルが基本、そんなこと、コロニーとかと同じで常識じゃないか。」
「…そ、そうですよね…す、すみません。へ、変ですよね…デュエルの事はわかると言うのに…」
「…」
しかし、そんな遊和の言葉に対して…
歯切れ悪く、それでいて戸惑いながらもそう言葉を漏らした記憶喪失の少女、ノア。
先ほどからのノアの反応…その反応から察するに、記憶喪失だと語る彼女が『何か』を隠しながら遊和に言葉を返しているというのは最早明確とも言えるのだが…
…一体、彼女は『何』を隠しているのだろうか。
この水世界における常識まで忘れている様子を見せつつも、かといってデュエルと言ったごく当たり前のことは忘れていないその様子は、明らかに彼女が『何か』を隠していることを自ら自白しているとも取れる態度だというのに。
「…まぁいいや。まだ記憶が混乱してるみたいだね。だから早く、ノアの事を知ってる人を見つけないと。ノアも、記憶がないままだと不安だろ?」
「…は、はい…」
とは言え、戦いの直前という事もあり。遊和も、ノアのソレに対しここで深く突っ込むことなどするつもりもないのだろう。
…誰にだって、言いたくない『事情』や言えない『事情』なんて一つや二つ持っているモノ。
遊和から感じられるスタンスは、別にノアが記憶喪失だろうが何かを隠しているのだろうがどっちで良いと思っている代物。そう、自分が釣り上げた少女が本当に『記憶喪失』なのかどうかだって、たった数時間前にノアと出会ったばかりの遊和からすれば深入りするつもりもなければ問いただすつもりもないただの些事に違いないこととも言えるのだろうから。
そうして…
「お喋りは終わっただべかぁ?んだら昨日のリベンジ、させてもらうべよぉ!」
「…はいはい、さっさと片付けさせてもらうよ。」
『昨日』に引き続き、性懲りもなく突っかかってきた自称『さざなみ村最強のデュエリスト』であるボスと遊和が、デュエルディスクを展開させ構えながら向かい合う。
そのまま、いまだ戸惑いを見せているノアを背に隠した遊和が…
デッキから手札を引きつつも、今高らかにボスと共に戦いのための宣言を行い―
―デュエル!!
それは、始まる。
先攻は、ボス。
「オラのターン!オラは【ツルプルン】を召喚!」
【ツルプルン】レベル2
ATK/ 450 DEF/ 500
「よし!これでオラはターンエンドだべ!」
ボス LP:4000
手札:5→4枚
場:【ツルプルン】
伏せ:なし
デュエルが始まってすぐ…
自称『さざなみ村最強のデュエリスト』であるボスは、お世辞にも強いとは言いがたい攻撃力をした全身が青く染まった水属性の通常モンスターを召喚したのみでそのターンを終えてしまった。
…普通、こんな攻撃力の低いモンスターを攻撃表示で棒立ちは出来ない。
しかも、ソレが何の効果も持たぬ通常モンスターと来れば―こんなにも堂々と、かつ自信満々にターンエンドなど宣言できるはずも無いと言うのに。
そう。もしも、この『水世界』よりも未来の時代の者が、今のボスのターンの終わり方を見れば、少なくともこんなにも堂々とターンエンドを宣言したボスに何かしら言いたい事が溢れ出るはずで…
…けれども、そんな『未来』の常識をこの場に持ちこんではいけない。
何しろこの時代…この『水世界』と呼ばれる時代においては、このボスの取った行動はある意味『当たり前』とも呼べる戦法でもあるのだから。
それ故―
「そぉら来るべ、遊和ぁ!」
「俺のターン、ドロー!【ガガギゴ】を召喚!」
―!
【ガガギゴ】レベル4
ATK/1850 DEF/1000
ターンが移り変わってすぐ。
ボスのターンに対し何も言うこともなく、かつ何も感じることのない遊和は、『昨日』と同じく自らが最も信頼するエースモンスターを手早く戦場へと送り出す。
…それは人型なるもどこか和邇にも似た雰囲気を感じさせる、レベル4というラインに置いても破格の攻撃力を持っていると言っていい程の存在感を放つ鋭き水の者であり…
その攻撃力は、ボスの召喚したレベル2の通常モンスターとは雲泥の差。
そんな、いきなりレベルの違うモンスターを召喚した遊和に対し…『昨日』と同じく、ボスは戦意たっぷりに遊和へと言葉を返すだけで―
「出やがったべ!レベル4の癖して、攻撃力1850なんて馬鹿げたモンスター!」
「…悪いけど、今日はゆっくり相手してる暇ないんだ。バトル!【ガガギゴ】で【ツルプルン】に攻撃!パワー・スマッシュ!」
―!
「ぐぅっ!?」
ボス LP:4000→2600
そして…
遊和のモンスターの攻撃を受けて。
徐に、かつ朧げにその足でタタラを踏みつつ…苦しそうな呼吸を漏らした自称『さざなみ村最強のデュエリスト』を名乗る、割腹のいい日焼けしたボス。
モンスターの攻撃を喰らい後ずさりするその様子は、実際に衝撃を食らっているかのよう。
…いや、実際に『そう』なのだろう。
何しろ、今の攻撃の余波によって実際にボスの立つ地面…海の上に浮かんだ金属板が波の揺れ以上に揺れ、ボスの立っている場のみ周囲よりも激しく揺れているのだ。
それに加え、攻撃を喰らったボスもまたいきなり半分近く削られたLPそのままに少々その呼吸を乱しており…
それは紛れもなく、このデュエルのルールが実際に衝撃を発生させる『リアル・ダメージルール』であるという証明に違いない。
そう、波を伝い、金属板のイカダ全体にビリビリと伝わるその衝撃は微かなれども現実そのモノ。
何しろ、この水世界におけるデュエルの基本、『デュエルエネルギー』を得るために必須となるリアル・ダメージルールは、この世界においては基本的なルールであるとも言えるのだから。
「ひゃっ!?ゆ、遊和!い、今ボス様が大変苦しそうに…」
「…当たり前じゃないか。リアル・ダメージルールなんだから。」
「り、りある…だめーじ?」
「…ごめんノア、ちょっと終わるまで黙っててくれるかな。とりあえず、こんなの大したことじゃないから大丈夫。」
「そ、そうなのですか…」
それゆえ、実際にダメージを喰らい苦しそうに後ずさりしたボスに驚いたような声をノアが漏らしたものの。
この水世界における常識を知る遊和は、それどころではないのだとして…
「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ。」
遊和 LP:4000
手札:6→4枚
場:【ガガギゴ】
伏せ:1枚
悠々自適、余裕綽々。
まるで相手にもならないボスを前に、『昨日』のように毅然とした態度でその場に立ち続ける遊和が静かにそのターンを終えるだけ。
果たして…
何の備えもなく、何の容易もせずただモンスターを破壊されたボスは今の攻防に何を感じているのだろう。
「いよっしゃぁ!オラのターン!ドロー!」
先ほどのダメージなど気にした様子もなく、勢いよくカードをドローするその姿はある意味確かに自らが名乗った『不死身の男』に相応しい立ち振る舞いであると言えるのだろうが…
「どうすんべや親分の奴。昨日も遊和の【ガガギゴ】に手も足も出さずにブッ飛ばされだのもう忘れだんだべか?」
「仕方ないべ。何せレベル4なのに攻撃力1850もある超超激つよモンスターが相手ずら。ボスと遊和じゃあ、最初から力の差がありまくりだべ。」
「ま、親分がExモンスターの1体でも持っでれば話は変わるんだろけんども。」
「んだんだ。」
「ぐ…オメーら好き勝手言い過ぎだべ…そ、それに無茶言うモンじゃないべよぉ!Exモンスターなんて『七海王』くらいにならないと手に入らないカードだべ!ンな幻のカード、オラが手に入れられるわけねーべさ!」
「確がに。親分には一生かかっても無理だべな。」
「大体Exモンスター操れる器じゃないべさ、ウチの親分は。」
「自分のEx適正すら知らない親分なんて話になんないべ。」
「んだんだ。」
「…オメーら、子分の癖に敬意ってモンがまるで無いべ…つーか自分のEx適正知らないの全員一緒じゃねーべか…」
…しかし、その出鼻をくじくような子分たちの、冷静かつ冷徹な言葉を背中に受けて。
ずっこける様な素振りを見せつつ肩を落とす、自称さざなみ村最強のデュエリストであるボスと名乗る日焼けした恰幅のいい大男。
子分たちからこれだけ辛辣な言葉を向けられるのは、ある意味で彼と子分たちの仲が極めて良好が故なのだろうが…
そう、どこまでも自分達のボスが遊和に勝てると微塵も思っていない様子を子分たちが見せるのも、それだけ昨日の遊和とボスのデュエルが一方的な展開であったからに違いない。
「け、けんどオラだって、昨日のオラとは一味も二味も違うべ!何せ、たった今いいカード引いだんだがらなぁ!遊和、オラの切り札の前に、おしっこチビってもしらないべよぉ!」
けれども、そんな『昨日』のボスと遊和のデュエルを知っている子分たちの、辛辣なる言葉を一身にその背中に受けつつも。
子分たちとは違って、ただ一人このデュエルを全く諦めていないボスが…
勢いよく、あまりに、勢いよく。その手札から、一枚のカードを高らかに掲げ始めて―
「魔法カード、【古のルール】発動だべぇ!」
「【古のルール】…へぇ、上級モンスターを手札から呼び出す良い魔法だね。」
「んだ!昨日オメェが逃げた後、行商人から仕入れたばっかのホヤホヤのカードだべ!ちっと高かったけんど、この効果で昨日は呼べなかったオラの切り札をオメーに見せ付けてやるべよぉ!来るべ、レベル6!」
…そして、親分の叫びに呼応するように。
静かに…しかしハッキリと。一陣の強き潮風が、さざなみ村の船着場を音を立てて通り抜ける。
そして、その一瞬の突風は穏やかなこの近海の波を、ほんの…ほんの僅かだけ、微かに荒れさせたかと思うと。
一揺れ…ほんの、一揺れだけ。
さざなみ村を、ほんの一揺れだけ大きく揺らしつつ…そして、その揺れと共に。波間からは、親分が誇る『切り札』だというモンスターが雄々しく飛び立ち―
「これがオラの最大最強、スーパーグレートな超めちゃつよ切り札ぁ!現れろぉ、【タートル・バード】!」
―!
【タートル・バード】レベル6
ATK/1900 DEF/1700
…現れたのは、亀ではあるがそれでいて鳥のような羽を持った、世にも珍しい姿をした空飛ぶ亀。
特別な効果など何もない、至って普通の何の変哲もない通常モンスターではあるものの…
…しかし、このモンスターを自らの切り札と呼んだボスは、このモンスターが通常モンスターで何の効果も持っていないことなど全くもって気にしていないかのように。
自らの呼び出した、それでいて自らが呼び出せる最強の攻撃力を持ったモンスターを前に。ただただ自身満々に、胸を張って遊和へと立ち向かうだけ。
「どうだべぇ!コレがオラの切り札、オメェの【ガガギゴ】よりも攻撃力高いモンスターだべ!」
「へぇ…攻撃力1900…」
「ふっふっふ…この村でコイツに勝てる奴ぁ居ないべよぉ!オヤジから受け継いだオラの最強モンスター!これでオメェ自慢の【ガガギゴ】も敵じゃないべぇ!バトル!【タートル・バード】で【ガガギゴ】を攻撃ぃ!スーパーグレート亀ボンバースーパータートルアターックッ!」
―!
遊和 LP:4000→3950
そうして…
勢いよく現れたボスの切り札と呼ばれた、空に浮かぶ大亀のようなモンスターの一撃によって。
遊和のガガギゴが破壊され、たった50のダメージとはいえその衝撃は波を伝って遊和へと実際に襲い掛かる。
…それはたった50のダメージ、されど50もの大ダメージ。
昨日、全くもって遊和の相手にもならず、1ポイントのダメージも与えられなかったボスにとってこのダメージは快挙も快挙。そして、昨日のあまりに一方的なデュエルを子分たちも見ていたからか…
たった今ボスが遊和に与えた、50のダメージに対して子分たちも思わず声を上げて―
「おぉ!親分、遊和の奴にダメージ与えたべ!」
「さっすがオラたちの親分!やるときはやる男だべ!」
「素潜り以外で初めて見直したべさ!」
「んだんだ!」
「ぶはははは!見たべ遊和、これがオラば実力!いつまでもオメーの好き勝手にぁあさせないべよぉ!」
「…なるほどね、昨日より気合は充分ってわけか。」
「当たり前だべぇ?オラが勝ったら、オメェは今日からオラの子分になるだがらなぁ!オラはこれでターンエンドだべ!」
親分 LP:2600
手札:5→3枚
場:【タートル・バード】
伏せ:なし
形勢逆転…自らの切り札を場に呼び出し、遊和のガガギゴを倒した事にこれ以上なく満足気な顔をしてそのターンを終えたさざなみ村のギャングのボス。
…昨日の、遊和に手も足も出せなかったデュエルとは違い、戦況をひっくり返した事で彼もまた波に乗っているに違いない。
その勢いが彼にはある。その振る舞いを彼は見せる。自らの切り札である、鳥を模した亀のようなモンスターと共に…自信満々にその場に佇み、そのまま遊和へと向かって高らかに声を飛ばすだけ。
「ぶふふふふ…こっがら近海最強のシーギャング、『スーパーグレートさざなみ団』の伝説が始まるんだべ!遊和!オメェという、新戦力のおかげでなぁ!」
「…だからシーギャングになんて入らないって言っただろ。俺のターン、ドロー。手札からフィールド魔法、【伝説の都アトランティス】を発動。」
「ア、アドランディス!?」
「あぁ、アトランティスの効果により、俺は手札からレベル4となった【ギガ・ガガギゴ】を通常召喚する!来い、【ギガ・ガガギゴ】!」
―!
【ギガ・ガガギゴ】レベル5→4
ATK/2450→2650 DEF/1500→1700
けれども、そんなボスを意に介さず―
淡々と…
まるで、ボスの抵抗など初めから気にもなっていないかのようにして。遊和の発動したフィールド魔法が、そのエフェクトを伴いさざなみ村全体を海の底のような光景へと変えたかと思われたその刹那…
海底に沈んだ伝説の都より、先ほど倒された『ガガギゴ』が機械の力によってパワーアップを果たした姿を伴い、再び遊和の場へと現れたではないか。
「リ、リリース無じで攻撃力2650ぅ!?な、なんて奴だべ…や、やっぱとんでもない奴だべオメェ…」
「言っただろ?時間をかけてる暇は無いんだって!バトルだ!【ギガ・ガガギゴ】で【タートル・バード】に攻撃!ネオ・パワー・スマッシュ!」
―!
親分 LP:2600→2050
そのまま…
一撃…まさに、怒涛の力を得た和邇の一撃によって―
その、あまりの力の差のままに…あまりにも簡単に破壊されてしまった、さざなみ村のボスの切り札である【タートル・バード】。
その衝撃は先ほどの攻撃の比ではない。お互いの切り札級のモンスター同士の衝突は、先ほどの攻防よりも更に大きなデュエルエネルギーを生み出しつつ…
その衝撃を、再び強いモノへと変えボスへと襲いかかるだけであり…
「ぐぅっ!?…や、やっぱオラの見込んだ通り、オメェとんでもない奴だったんだべ…だ、だけんど、オメェの攻撃じゃまだオラのLPは0にならねぇ!次のターン、オラのスーパーグレートめちゃすごコンボをみぜてや…」
「…だから何回言わせるんだよ、今日は時間をかけてる暇なんてないんだ!リバースカードオープン、罠カード、【リビングデッドの呼び声】発動。墓地から【ガガギゴ】を特殊召喚する!」
「なぁっ!?」
【ガガギゴ】レベル4
ATK/1850→2050 DEF/1000→1200
そうして…
「これで終わりだ!【ガガギゴ】でダイレクトアタック!パワー・スマッシュ!」
―!
「べさぁぁぁぁぁ!」
親分 LP:2050→0
ピー…
昨日と同じく、軽くあしらうかのような遊和の怒涛の展開にて。
さざなみ村に、ボスの断末魔と無機質な機械音が響き渡ったのだった―
―…
デュエルが終わってすぐ―
「くぅー!相変わらず良い腕してやがんべなぁオメェ、本当にまだ15のガキなんだべかぁ!?やっぱオラのチーム、『スーパーグレートさざなみ団』に入ってくれべよぉ!」
「断る。昨日も言ったはずだよ。シーギャングは…嫌いなんだって。」
リアル・ダメージルールによって、盛大に吹っ飛ばされたというのにも関わらず。
さざなみ村のギャングのボスは、負けたと言うのにも関わらず気分良さ気に遊和へと話かけていた。
…大の大人でも、下手をすれば気絶するほどのダメージが発生することもあるリアル・ダメージを4000も受けてなおすぐに立ち上がれるその頑丈さは流石は大海原の真ん中に生きる水の民か。
しかし、そんな遊和の強さを再確認し気分を良くしているボスを他所に…
当の遊和はボスの誘いの言葉に対し、少々気分を害しているかのような表情をしているだけで…
「遊和は…彼らが嫌いなのですか?」
「え?」
だからこそ、そんな遊和の表情を見たノアが、不思議そうに遊和へと向かってそう言葉を漏らしたものの…
「…いや、彼らが嫌いなんじゃない。ただ…シーギャングが、嫌いなだけだよ。」
「シー…ギャング?」
「『海のならず者』って意味。弱者を襲ったり、無抵抗の人々から食料や財産を奪い去る…この海の、最低な奴等さ。海賊とはまた違った…ね。」
…と、遊和はどこか遠い目を水平線の彼方へと向けながら。
少々の憎しみが篭った声を、東の方へとポツリと零すだけではないか。
…すると、遊和とノアの会話に割って入る様にして。
自称シーギャングたちが、不意に遊和とノアへと向かって言葉を発し始めて。
「おいおいぃ!オラたちをそんじょそこらのシーギャングと一緒にしないで欲しいべさぁ!」
「んだんだぁ!」
「そうそう、オイラ達『スーパーグレートさざなみ団』は正々堂々戦う正義のシーギャング!デュエルで勝利し、正等に金品とエネルギーを奪う正しいシーギャングだべ!」
「『
「そう!正義とジャスティスために戦うシーギャング!よーく耳かっぽじって聞くがいいべさ!これがオラたち…」
―『スーパーグレートさざなみ団!!!!』
…見せられたのは、5人の日焼けした男達による、全員がバラバラかつ独特なポーズで静止した奇妙な間。
ボスが中央にて両手を挙げ、片足を上げ鳥のようなポーズを取る。そして子分たちはその両脇と前後にて、ボスのポーズをアシストするかのように手を広げ…
それぞれが見事なバランスにて、独特の姿を披露しており…
「き、決まったべ…ひそかに練習してた決めポーズ…」
…その感動しているボスの様子から、おそらくこれは彼らなりに盛大にカッコつけたつもりなのだろう。
この波の揺れの上で、これ程までに不動のポーズでバランスを取っているのはある意味賞賛に値するとも言えるのだろうが…
しかし、スーパーグレートさざなみ団が感動に浸っている反面…冷たい潮風が吹きぬけるその『間』に、遊和とノアは明らかにどう反応したらいいのか困っている表情を浮かべているのはある意味仕方のないことでもあるのか。
「正義とジャスティスって…じゃあなんでシーギャングなんて名乗るんだよ。悪の代名詞だよね、シーギャングって。」
「そんなの決まってるべ!その方がカッコい…んだなくて、箔が付くからだべさ!」
「そうそう!シーギャングが拠点にしでるコロニーってだけで、近海の海賊たちも遠巻ぎにする!」
「んでもってシーギャングたちも同族の縄張りば荒さねぇ!」
「その証拠に、結成からこれまで7年間もこの村は襲われてねぇんだべさ!」
「んだんだ!」
「ふっふっふ!コレぞまさに一石二魚、海老で鯛を釣るってヤツだべさぁ!」
「…いや、海老で鯛を釣るは違うよね…」
けれども、そんな遊和の正論など何処吹く風で。
根底からしてどこかズレているボスたちは、どこまでもズレた自論に酔いしれながら…村への道を塞ぎ続け、更に遊和を困らせ続けるだけではないか。
…すると、船着場で馬鹿騒ぎしている声を聞きつけたのだろう。
ボスたちの後ろ、村の中央の方から…どこかしわがれた、年老いた海亀のような老人の声が聞こえてきた。
「何を馬鹿騒ぎしとるんじゃこん馬鹿共。」
「ゲッ、長老!?」
「揃いも揃って飽きもせずギャングごっこしおってからに…この村が襲われんのは小さすぎるからに決まっておるじゃろうが。7年どころか儂が生まれた頃から一度も襲われた事などありゃせんわい。」
「う…長老、痛いトコをつくべさ…」
「大体、お客人を困らせてどうするんじゃ全く。…遊和、今日もこの馬鹿共の相手をすまんのぅ。昨日に引き続き、良いエネルギーを提供してくれて感謝しきれんわぃ。」
「長老…昨日の今日でまたお邪魔してすみません。」
「いんや、寧ろ大助かりじゃ。昨日今日と、お主がこの馬鹿とデュエルしてくれたおかげで向こう3か月分の生活エネルギーが補充されたんじゃからのぅ。やっぱり良い腕しとるわいお主…馬鹿の負担も減ることじゃし、何ならずっとここに住んでくれると助かるんじゃが…」
「…昨日も言いましたが、急ぎの旅の途中でして。」
「ほっほ、わかっておる。人の流れは潮と同じ…回遊魚の道程が誰にも邪魔できんように、旅人の旅路に無理強いなどできんわい。この馬鹿と違って、そのくらいの事はわきまえておる。」
「はい、ありがとうございます。」
遊和たちへと語りかけてきたのは、この小さなコロニー、さざなみ村を治める長老であった。
…海亀のように落ち着いたその声は、これまでの人生を荒波に揉まれてきたが故の貫禄。
そう、まさに永き時を生きてきたかのようなこの海亀のような長老は、さざなみ村のボスを戒めつつも遊和へとどこまでも優しく語りかけるだけであり…
そんな長老は、一声でこの場を収めたかと思うと。
ふと、『昨日』は見かけなかった人物…遊和の連れている見知らぬ少女へと視線を向けたかと思うと、再びその口を開き始める。
「おや?…その子はどうしたんじゃ?確か、昨日立ち寄ったときには連れていかなったと思うが…」
「はい…実は今朝、溺れているところを釣り上げ…いえ、遭難しているところを救助しまして。彼女はノア。どうやら溺れたショックで記憶を失っているようなんです。」
「ほぅ…それは難儀な…」
「それで、この辺りのコロニーはここだけですし、船の残骸も見かけなかったので、もしかしたらノアの乗っていた船の乗組員がここに非難してきてないかと思って…それで立ち寄らせていただきました。」
「ふむ…」
そんな長老は、遊和からの言葉を聞いて何を思い何を考えるのか。
…その年老いた海亀のような雰囲気にて、静かに何か物思いに耽る姿を見せたかと思ったその刹那。
徐に、どこか憐れむような視線をノアへと向けると…
「遊和、そしてノア…残念じゃが、昨日からこの村にはお主と行商人しか立ち寄っておらん。…のぅお前たち、行商人は一人じゃったか?」
「んだ。間違いなく一人だけだっただ。」
「ツレなんて居なさそうだったべ。」
「うむ。とすれば…可哀想じゃが、もう…」
「…」
「え?あ、あの、遊和…可哀想とはどういう事なのでしょう…」
何やら頭に疑問符が浮かんでいるノアを他所に。
憐れみの視線にて言葉を詰まらせる長老の、その先の『2つ』の言葉を…遊和は、言われるまでもなく理解できている。
…この近海のコロニーはこの小さな村だけ。そしてノアの他にこのコロニーに立ち寄った他所者は居ない。
そう、つまりは、考えられる可能性は『2つ』。
1つは、ノア以外にその船の生き残りは居らず…乗組員は、船ごと『沈没』してしまったか…
もしくは、海に投げ出されたノアが『見捨てられた』か―
…考えられる可能性はその2つ。
そのどちらが正解なのかはさておき、長老が『可哀想』と言ってノアに憐れみの視線を送ったのは、そのどちらが正解なのだとしてもノアにとってはあまりに酷な顛末が待っているからに他ならない。
…いや、せめてもの救いは、ノアが記憶を失っている事か。そう、例えどちらが正解なのだとしても、その真相をノア自身が忘れていると言うことは、悲しい結末を一先ず彼女自身は受け止めなくてもいいと言う事なのだから。
だからこそ、一縷の望みを賭けて訪れたこの『さざなみ村』にノアを知っている者が訪れていないという、その確認が取れたが故か。
一人事情を全く理解していない様子のノアを除いて、長老やシーギャングたち、そして遊和の間に少々重い気が立ち込め始め…
そうして…
少々の沈黙のそのすぐ後に、遊和はふと何かの結論に到った様子で。
ゆっくりと、長老へと向かって一つ…静かに、まるでお願い事をするかのようにして言葉を漏らす。
「でしたら長老…ノアを、しばらくこの村に置いてくれませんか?」
「え!?」
「…え?」
しかし…
そんな遊和の提案に、何故か驚いた様子で思わず声を上げた記憶喪失だという少女、ノア。
…また、遊和の方も。
この提案にノアが驚きを見せるとは思ってもいなかったのか、思わずノアの方に振り返り疑問の声を漏らしてしまっており…
…そう、もし乗っていた船が『沈没』してしまったのなら、故郷の方から救援なり捜索なりの船が出てくるはず。
また、もしノアが見捨てられたのだとしても…それでも、ノアの故郷からの船がこの近海のルートを通っているのならば、いずれこの近海を通って行った船の中にノアを知っている者がきっと現れるはずだ…と。
そう遊和は考えたからこそ、この近海唯一のこのコロニーで救援を待つのが普通であると思い長老へとそう頼んだのだが…
「ノア、君はここに留まるべきだよ。せっかく命が助かったんだ、事故にあった近くで待った方が、救援と合流できる可能性も高くなるんだから。」
「え、で、でも…」
「それに君は記憶を失っているんだし、なおさらここに留まった方が良いと思う。」
「そうですか………そ、そうですね…わかりました…」
だからこそ、静かに…そして、諭すように。
そう語りかけた遊和の声は、どこまでもノアの身を案じているかのような語りとなりて、右も左もわからない様子のノアへと確かに届けられるのか。
だからこそ、遊和のそのゆっくりとした諭しに納得したのか…
ノアもまた、不本意ながらもソレを静かに理解した様子を見せるだけで…
そして…
「ほっほ、ではノアよ、しばらくの間かもしれんが、お主をさざなみ村の新たな一員として迎えるとしよう。おい、誰か、ノアに村を案内してやっておくれ。一室用意するのも忘れずにのぅ。」
長老が呼んだ案内人に連れられて…
ノアは、村の方へと通されたのだった。
「遊和、お主はまた船の燃料補給、していくかのぅ?」
「はい、お願いします。」
―…
―夕刻。
燦々と白く輝いていた太陽も、水平線に差し掛かりすっかりと紅く染まった頃。
「長老、何度も寄ってしまいすみませんでした。」
「いんや、こっちこそ持て成しも何も出来ずすまんかったのぅ。もっとゆっくりしていっても良いんじゃが…」
「いえ…先を急ぐ旅ですので。」
「うむ。じゃが無理をするでないぞ?また何時でも寄るといい…困ったら、いつでも返ってくるたよい。お主に、海の加護があらんことを。」
「…はい、ありがとうございます。この村の事は忘れません。」
「おい遊和ぁ!今度こそオメェを負かしてオラの子分にしてやるからなぁ!」
「はいはい、アンタも元気でな。」
「んだ!」
さざなみ村の船着場にて、船のエネルギー補給を済ませた遊和はボスと長老に見送られ、今まさに船を出そうとしていた。
…しかし、村からの好意を悉く断り続ける遊和の態度は、まるで村に長居することを彼自身が拒んでいるかのよう。
そう、このような年端も行かない少年が、一人でこの広大な海を船で旅するという行為は、広い広い水世界においても異質も異質。
さざなみ村のような穏やかな人々が住まうコロニーと言うのは水世界の上でも少数の安息地。この広大な海の上には、海賊やシーギャングと言った荒くれ者達が大勢闊歩しているのだから…
コロニー近くに船を出す猟師や護衛者に守られた商船などと違って、こんな年端も行かない少年が小型のクルーザーで海を旅するというのは、自ら命を捨てにいっているようなモノに違いないのだ。
だからこそ、そんな海の厳しさを知っているさざなみ村の長老も、小型船で一人旅をしているという遊和の身を案じ迎え入れようとして優しい言葉をかけてくれているのだろう。
とは言え、別に遊和とてこの村が嫌いというわけでは断じてなく。そんな嫌々な態度を取っているわけでもないのだし、何より長老やボスに対しても気遣いのような雰囲気すら感じさせているのだから、遊和もまた長老の気遣いを悟ってなおその申し出を断るのにも彼なりの理由がありそうでもあり…
そんな、そそくさと先を急ごうとする遊和の姿は、この村が気に入らないだとか言うよりも…どこか、『自分』と言う存在がこのような平和な村に居てはいけないといったモノを感じさせるのだ。
それ故、遊和のそんな姿を見れば…彼もまた、何か『事情』があるのだろうと言う事をこの村の長老に悟らせるには充分過ぎる雰囲気を醸し出しつつ、そのまま遊和は村に寝泊りするわけでもなく、すぐにでも船を出そうとしている様子で…
…そして、遊和の船のエンジン音が大きくなると共に。
ゆっくりと動き出した遊和の小型のクルーザーは、さざなみ村の船着場から徐々にそのスピードを増していき。
村がみるみる小さくなっていくほどの速度にて、大海原を進み始める。
「…予定よりだいぶ遅くなったな。また姉さんに叱られそうだ。」
夕日に染まる赤き海を眼前に。暗くなっていくさざなみ村を背に。
船で一人、大海原を進む遊和は潮風にその髪を揺らしながら…見渡す限り何も無い大海原を、ただただ真っ直ぐにひた走る遊和。
一体、彼の旅の目的とは何なのか。ファミリーネームを捨て、この広く厳しい水世界を一人旅している遊和の旅路は、きっと生易しいモノでは断じてないはずだと言うのに。
そうして…
しばらく船を走らせ、完全にさざなみ村が見えなくなった頃。
すっかり夕日も水平線の向こうに沈み、辺り一面が月明かりのみの夜に包まれてしばらくしたその後に…
「…あの、遊和…」
「ッ!?」
遊和の耳に、突然ノアの声が聞こえてきた。
「ノア!?え、なんで!?」
「あの…えっと…こっそり乗っちゃいました。」
「いや、こっそりって…」
積荷の影から、ゆっくりと立ち上がり。心の底から申し訳なさそうに、しかしどこか開き直ったかのようにして出てきたノア。
その表情は、月明かりしかないこの暗い夜の海の上でもハッキリと分かるほどに申し訳なさそうな顔をしているのが遊和にはハッキリと見えており…
…また、そんな突然姿を現したノアに対し。
驚きを禁じえない様子の遊和の方も、ノアが船に乗っていたと言うのはあまりに予想外だったのだろう。
思わず操縦桿からその手を離してしまい、驚きにその鼓動を早める遊和の心臓に反して遊和の船は徐々にそのスピードを緩めていくだけで…
「何で来たのさ!俺言ったよね?あの村で待ってた方が、救援が来る可能性が高いって…」
「はい…それはわかっているのですが…でも、あのままじっとしているより、私は海に出てみたかったのです。」
「いや、出てみたかったって…ノア…君、記憶無いんでしょ?大体、溺れ死ぬところだったのに何で海にまた出たいって…」
「あ、えっと……そ、そんな気がしたのです!私の記憶が戻る為には、あの村にじっとしているだけではいけないと…名前以外、何も覚えていない私ですが、海に出ることがきっと私の記憶のためにはいいのだと…そ、そう思ったのです!この海の事を何も知らないままで居たくなかったのです。遊和、お願いします!私を貴方の船に乗せてください!私はもっと、海の世界を事を知りたいのです!」
「そう言われてもなぁ…こっちも色々と急ぎの旅で…早く行かないと絶対に姉さんうるさいし…」
そんな、何やら苦しい言い訳にも似た言葉を漏らすノアに対し。
遊和の方はその勢いに押されつつも、ふとその思考の奥で何かを考え始めているのか。
…そう、普通、この広くも厳しい海においては、気の許せない者と船を同じにすることなど出来はしない。
何しろ、大多数の人間が住むコロニーと違って…逃げ場のない船という閉鎖空間の上においては、気の置けない他人と席を同じくすると言うのはいつ寝首をかかれるか分からない危険性が常に付きまとっていると言っても過言ではないのだ。
だからこそ、多少この海の厳しさを知っている者であればある程…本当に信頼の置ける者以外を自分の船に乗せると言う事は誰だってしたくはないはず。
それ故、海の常識を知らず、またソレを破って船に乗ってきたノアと言う少女に対して…遊和が少々の警戒心を抱いているのも、それは極々当たり前の事とも言えるのだから。
しかし…
「…遊和…私、邪魔ですか?」
「えっ!?あ…いや、そういうわけじゃないけど…」
遊和が怪訝な顔をして、何かを考え込んでしまっているその姿がノアには痛く感じたのだろうか。
口を噤んで、何かを考えている様子の遊和へと向かって…今にも泣き出しそうな顔をしてそう零したノアの表情は、淡い月明かりの下でより一層悲痛かつ悲壮を感じさせる代物となりて遊和の目へと映ってしまい…
…それはあまりに嫣然とした、儚くも美しい少女の泣き顔。
およそ、この世に比類するモノなの無いのではないかと錯覚するほどの薄幸を感じさせる…それこそ、これまで遊和が見た事も聞いた事もない程に絵になる表情であったのだから、そんなノアの顔を見てしまった遊和の方も思わず焦りと共に、自分の言葉を無意識のうちに否定してしまったのは当然と言えば当然で。
だからこそ…
つい先ほどまで、ノアを疑っていたと言うのにも関わらず。
自らが零してしまった、『そういうわけじゃないけど…』という言葉に遊和は何を思ったのか。
完全に止まった船の上、夜の静かな波に揺られる中で…どこか怪しいこの少女、記憶喪失だという、しかして海に出たがっている目の前の少女を前に…
遊和は、何やら観念したかのようにして―
「はぁ………わかった、わかったよ。乗りかかった船だ、こうなったらノア、君の記憶が戻るか、君の事を知っている人がいるコロニーが見つかるまで…とことん、付き合ってあげるよ。」
「遊和…」
そう、確かにこのノアという少女はどこか怪しい。
…記憶喪失だという事もそう。海の常識やデュエルに対する向かい方もそう。彼女の言葉、態度、そしてその立ち振る舞いや雰囲気の何もかもから、『何か』を隠しているのではないかという様子が遊和には嫌と言うほど感じ取れてしまうのだ。
けれども、すでに日も落ち、夜の闇に包まれた海の上では…遊和も、今からノアを村に連れ帰るような事はしないと決めたのか。
…この広大な海、水世界においては、釣り上げた魚は自分で面倒を見るのがルール。
だからこそ、そんなノアの懇願に対し…
どこか観念したかのようにソレ許した遊和の声は、自らの『急ぎ』の旅を天秤にかけてでもこの面倒事を引き受けるようになった様子を見せ始めているだけであり…
「…ま、姉さんも分かってくれるだろ。君の願いを無碍にして会いに行ったところで、姉さんにどやされるに決まってるからね。…っていうか、もしかしたら姉さんなら君の事も知ってるかもしれないし。」
「え…遊和のお姉様が…私を…ですか?」
「うん。俺が言うのも何だけど、姉さんは『何でも』知っている。冗談じゃなくてホントに世界中を巡ったらしいから、どこかで君の事を見かけてるかもしれないね。…いや、あの姉さんのことだから絶対に知ってると思うよ。」
「な…それは…一体、何者なのでしょう、遊和のお姉様は…」
「さぁね。姉さんって言っても、別に血は繋がってないんだ。昔、色々とお世話になった人で…神出鬼没で自由奔放、それに加えて、こっちが何を隠しても全部筒抜けで隠すつもりもない事までいつの間にか全部バレてるんだ。本人は『人生経験が違うからだよ』って言うけど…多分、今こうして俺が君を連れて会いに行こうとしてることも…あの人なら、察知していると思うんだよね。」
「そ、そうなのですか…」
「だからノア、まずは君を姉さんのところまで連れて行く。それで、もし姉さんが君の事を知らなかったら…うん、その時はその時だ。姉さんに会えた時点で俺の旅は一先ず終わりなんだし。後は、君にゆっくり付き合ってあげるとするよ。あの姉さんなら、『釣った魚は自分でなんとかしろ』って言いそうだからね。」
「魚…私、魚なのでしょうか…でも遊和に釣られたのですし、確かに魚と言えば魚なのかも…いえ、でも…」
「ははっ、どこに引っかかってるのさ。…ホント、よくわからないよねノアって。」
そう、いくらノアが『何か』を隠しているのであろうとも、そしてノアが『何者』であろうとも。
一度引き受けたのだから、こうなっては仕方がないのだとして…
どこかズレた返事をしたノアに苦笑いしながら、思わぬ荷物を背負った…いや、思わぬ魚を釣り上げた遊和は、記憶が有るのだか無いのだかよく分からないノアを船に置く決意を固めつつ。
「じゃ、船を出すからこっちの席に座って。君、甲板じゃ目を離したらまた海に落ちちゃいそうだし。」
「あ、は、はい…」
再度、船を進めようと操縦席へと座り直し…
「あ、そ、そういえば遊和…」
「ん?」
いや…
遊和の隣の席へと促されたノアが、その席へと座りながら再び遊和へと1つ言葉を漏らして。
「あの…ずっと気になっていたのですが…私、溺れていたと言っていましたよね?あの…私、ど、どうやって息を吹き返したのでしょう…」
「どうやってって…普通に救命措置しただけだよ。心臓マッサージと人口呼吸で…」
「じ、人口呼吸!?」
「…なに驚いてんのさ。溺れてたんだし、これぐらい普通じゃないか。」
「普通…普通の、こと…」
自分で質問したにも関わらず、遊和からの返答を聞いて思わず驚いた声を上げたノア。
それは彼女にとっては、あまりに予想外で想像もしていなかった返答であったが故の驚きなのか。
口を…唇を、いや、恥ずかしさからか、顔全体を両手で押さえ、大げさにも見える程にノアはうつむいて何やら悶えており…
しかし、そんな身悶えているノアを横目で見ている遊和の様子は、この位の事で何を恥ずかしがっているのかと明らかに疑問を感じている表情をしているではないか。
…まぁ、それも当然か。何しろ、遊和からすれば溺れていた要救助者に手順どおりに蘇生措置を行っただけ。そこに下心もなければ、邪な思いを抱いて処置を行ったわけでは断じてないのだから、命がかかっていたあの場のあの行動に対し、遊和が変な思いを抱くわけもないのだから。
とは言え、当のノアからすれば『そう』とはならなかった様子。
顔を手で覆い隠し、俯き悶えているノアの耳が月明かりでもハッキリと分かるほどに真っ赤になっているだけで…
「…よくわからないけど、とりあえず船動かすから転げ落ちないようにね。」
「は、はい…」
…そんな、奇妙な感性を持った、『記憶喪失』だという少女を船に乗せ。
遊和とノアの乗った船は、月明かりに照らされた夜の海を…
再び、進み始めたのだった―
―…
…これは歴史の1ページ。
…『竜の伝承』と呼ばれる戦いから、実に300年あまりが経過した世界での出来事。
世界のほとんどが海の底に沈み、人々が海の上で生きていたという…歴史上にて確かに存在した、『水世界』と呼ばれる時代にて巻き起こったある一つの大きな戦いの記録。
記憶をなくしたという謎多き少女と、一人で広大な海を旅する少年が出会った事で始まった…広大な海にて繰り広げられた、壮絶な戦いのこれは始まり。
これは、遥か未来にて『海の英雄』と呼ばれる事となる少年の…
…一人の少女を救った、ある一つの『英雄譚』。
―…