ストーリーのvol3.エデン条約編、第3章19話までのネタバレを含みます。
2023/02/04追記
最後の2人のモモトークを、モモトーク風トークジェネレーター「YuzuTalk」を利用して作成した挿し絵から、単なるテキストへと変更いたしました。
コツ、コツ、コツ、コツ——。
シャーレ居住区の廊下に、小気味の良い足音が響き渡る。
足音の主は、凜然とした空気を纏いながら、その端正な顔から放たれる眼差しは研ぎ澄まされた刃物のように鋭く。ウェーブがかった白髪の上に戴く、禍々しささえ感じるヘイローは、そんな彼女の厳格な雰囲気に、より一層の拍車をかけている。
「風紀」の腕章を袖に留めた濃紫のコートとその小さな体躯に見合わぬ長大なマシンガン、それと蝙蝠の如き大きな羽を揺らしながら、彼女は「休憩室」と書かれた部屋の中へと足を踏み入れた。
「ん」
「⋯⋯お?」
休憩室には、桃色の先客の姿。
部屋に置かれたソファにその身を投げ出しているせいか、若干撓んでいる白のワイシャツと黒のスカートに、緩めに締められている水色のネクタイ。
明滅する三重のヘイローは彼女が今まさに夢の中の世界へとダイブしかけていた事を表していて、その眠たげなオッドアイの双眸は、この部屋への闖入者へと向けられていた。
「⋯⋯小鳥遊ホシノ」
「⋯⋯あー、久しぶりだねー、風紀委員長ちゃん」
その日、ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナはアビドスの対策委員会が委員長、小鳥遊ホシノと邂逅したのであった。
「⋯⋯貴女は何故ここにいるの?」
「何故って、今日のシャーレの当番は私だからだよ? 今はちょっと休憩ちゅー。そっちこそ、なんでここにいるのかな?」
「先生に渡さなきゃいけない書類があって。それで書類を渡しに行ったら、私の顔を見た先生がちょっと休んでいきなさいって⋯⋯」
寝っ転がっているホシノを横目に、ヒナはその奥のテーブルに置かれているコーヒーメーカーへと歩を進める。
「別に私は全然大丈夫なのに⋯⋯」
「どうかな? 案外疲れってものは本人が知らないうちに溜まっていくものだよ。とりわけ、先生なんかは生徒のそういう部分を見逃したりしないだろうし」
「貴女も先生に言われてここで休んでいるの?」
「うへー、おじさんはもう身体中あちこちにガタがきているって自分で分かっちゃってるからねぇ。自主的に休憩させてもらってるよ」
「貴女、私と同い年でしょう⋯⋯?」
やや声に呆れた感情を乗せるヒナ。
彼女は水とテーブルの上に常備されているコーヒー粉をメーカーへとセットすると、そのスイッチを入れた。
こぽこぽ。くぐもった、けれどどこか心地の良い抽出の音がメーカーから聞こえてくる。
「それで? その当の先生はどうしてるの? 『今手を付けてるヤツが終わったら、私も休むよ』って言ってたけれど」
「私が書類を手渡した後、誰かから連絡が入って、声をかける間もなく慌てた様子で部屋を出ていった」
「ありゃりゃ。こりゃまたどこかで、厄介ごとでも起きたのかな? ⋯⋯当番として、連絡した方が良いかぁ」
ホシノは身体を起こすと、スマホを手に取り、液晶の画面にその細い指を走らせる。
かちっ。抽出が終わって、電源が切れたメーカーから、ヒナはコーヒーの溜まった容器を取り出し、手近の紙コップへと中身を注ぐ。そして彼女は、ホシノが座っているソファ近くの椅子へと腰を下ろし、ついでに肩にかけていた愛銃も地面へと下ろした。
「⋯⋯ふぅ」
手にしたコーヒーを一口飲んで、まずは人心地。
それからスマホを手に、何故か微妙そうな、あるいは不服そうな顔をしているホシノを見て、ヒナは口を開く。
「⋯⋯先生はなんて?」
「んー⋯⋯やっぱり、何かあったみたいだけど、助けはいらないって。自分だけで何とかするってさ。つまりおじさんの休憩時間は続行というわけだね」
「その割には、随分と不服そうな顔ね」
はぁ、とホシノはため息を一つ。
「⋯⋯私は一応当番で、シャーレの仕事を手伝いに来てる訳だしさ。何かしらあった時には頼ってもらいたいよねぇ、やっぱり」
「⋯⋯あの人は、そういう人。自分だけ重荷を背負いこんで、その癖に中々私たちにそれを手放そうとはしない。そのままだと自分が潰れてしまうって、分かっていたとしても」
「
そう言うと、拗ねたようにホシノは再びソファへと身を横たえる。どうやらもう一度夢の中へのダイブを敢行するようだ。
ずず⋯⋯とコーヒーを嗜みながら、そんなホシノを見つめるヒナ。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
かち、かち、と時計の秒針のみが室内に鳴り響く中。
「⋯⋯小鳥遊ホシノ、貴女に一つ聞きたい事がある」
俄かにヒナが、ホシノに対してそう切り出した。
「⋯⋯なに?」
片目だけを薄く開けてヒナの顔を視界に入れるホシノ。
ヒナは少しばかり目を伏せて、数拍の間、何事かを逡巡する。やがて、真っ直ぐにホシノの顔を見据えると、彼女は次のように問いかけた。
「⋯⋯貴女は何故、そんなに強いの?」
ぱちくり。
予想外の質問だったのか、やや呆け気味になるホシノ。
「⋯⋯強い? いやいや何を言ってるのさ。風紀委員長ちゃんの方がおじさんなんかよりよっぽど強いじゃない」
「戦闘能力的な強さではなく⋯⋯いや、戦闘能力的にもそこまで乖離してる様には思えないけど⋯⋯何というか、精神的な、そう、心の強さのような意味で」
「うーん?」
どこか歯切れの悪いヒナに、ホシノは言葉に疑問符を浮かべながら、その身を起こして、改めて彼女と相対する。
「や、別に精神的にも、おじさんもそこまで強いって訳ではないけれども? 普通だと思うよ? 普通」
「⋯⋯いや、小鳥遊ホシノ。貴女は強い。少なくとも私よりは、確実に」
「うへ、そこまでおじさんの事を買ってくれているのは、嬉しいけども」
妙に自分への評価が高いヒナに、にへらと笑ったホシノは、照れ隠しか軽く自分の頭を掻く。それに併せて頭のアホ毛も跳ねる。みょんみょんと。
「んー⋯⋯というか、何でそんな事私に訊くの?」
「それは⋯⋯ちょっと、色々思う所があって」
「ふーん?」
ヒナの顔が曇り出す。
彼女の脳裏に過ぎるのは、エデン条約のあの日のこと。
ユスティナ聖徒会の
そして、
(⋯⋯あの時、先生が部屋に来てくれたおかげで私は持ち直す事が出来たけれども)
もし、あの時先生が部屋に来てくれなかったならば。
もし、あのまま先生が死んでしまったならば。
きっと私は立ち直る事なく、部屋で惨めに泣き続け、あの時の言葉その通りに、私は風紀委員長の座を辞していただろう。膝を屈したまま、再び立ち上がる事なんて考えもしなかったに違いない。
そんな確信が、ヒナの中にはあった。
(でも小鳥遊ホシノ⋯⋯貴女は⋯⋯)
アビドス生徒会長⋯⋯ホシノにとって、大切であっただろう人を亡くし、孤立必至の絶望的な状況に置かれてもなお、彼女は全てを背負って戦い続けた。
一体どんな紆余曲折があったのか。今の彼女は性格が丸180度、すっかりと変わってしまっているけれど。
それでも、心の底まで挫ける事は無く⋯⋯彼女は今、目の前にいる。
(知りたい⋯⋯どうしてそこまで強く在れるのかを⋯⋯)
ホシノを捉えるヒナの瞳には、強い希求と羨望、そして僅かな焦燥の念が込められていた。
「⋯⋯ーい、風紀委員長ちゃん? 聞いてる?⋯⋯ヒナちゃーん?」
「っ、あっ、ええと、ごめんなさい、何?」
「いやー、悪いんだけども、私もどう答えたらいいか分からないなーって。毎日好きなようにして生きてるだけのおじさんだからね、私は」
「⋯⋯そう」
「やっぱりそういうのは先生に訊いてみるべきじゃないかな。ほら、先生は真のおじさんだし。精神的な頑強さで言えば、偽物のおじさんなんて及びもつかないよ〜。的確な返答とかもしてくれそうだし」
「⋯⋯いや、先生にはちょっと⋯⋯。小鳥遊ホシノ、私は貴女から話を聞きたいの」
「う、うへー、そんなに熱烈に求められるなんて、おじさん照れちゃうなぁ」
などと、朱を差した頬を両手で包んで、うへうへ言い出すホシノ。どこかわざとらしくもある。
そんな彼女を尻目に、ヒナはまたコーヒーを一口。然る後に、目を閉じて、やや肩を落とす。
「でも⋯⋯そうね、確かに抽象的過ぎる問いだったわ。ごめんなさい、小鳥遊ホシノ、考えてもらって悪いのだけれど、この質問は無かったことに⋯⋯」
「ちょーっと待ちなよ、風紀委員長ちゃん」
「⋯⋯?」
んむむーっと、顎に手を当てて、頓に考え込むホシノ。そしてぴんっ、と何かを思いついたように人差し指を立てると。
「風紀委員長ちゃん、スマホかして」
「え⋯⋯何をするの⋯⋯?」
「うへ、悪いようにはしないよ、仕事とかのじゃなく、プライベート用のでいいから」
「⋯⋯」
不審がりつつも、ホシノに自らのスマホを渡すヒナ。
ホシノは自分のスマホも一緒にちょちょいっと簡単な操作を済ませると、大した時間もかけずにスマホをヒナへと返却した。
「⋯⋯これは」
返されたスマホの画面を見てみると、そこにはモモトークの友だちリストの画面が表示されていて、その中には「小鳥遊ホシノ」の名前が。
「うへー、つまり風紀委員長ちゃんはおじさんのおじさん自身も知らないヒミツを見つけたいワケでしょ?」
「⋯⋯まぁ、そうね」
「だったら、やっぱりまずはおじさんとお友達から始めてみるのが一番だと思うなー。日ごろから接していれば、本人が気づいていないような内面の事情を他の人が理解してる、なんてのは良くある話だし」
「⋯⋯」
「ま、取り敢えずはそんな感じでここは一つどうかな、風紀委員長ちゃん?」
ホシノはヒナの顔を窺う。
対するヒナ。彼女は思う。
(中々、悪くはない提案。小鳥遊ホシノの言う事も一理あるし、三年生でまとめ役という似た立場にいる者どうし、色々相談しあえる事があるかもしれない⋯⋯。学校単位で見ても、隆盛が久しくはあれど、実力者揃いのアビドスの一員と交流を深めておくメリットは小さくない。それに⋯⋯)
ヒナは無意識のうちに上がっている口角に手を触れる。同時に、胸の奥底から、何かぽかぽかした暖かいものが湧き上がってくるのも感じていた。それは、一般的には喜びに類する感情により起因される内的感覚の一つであり——。
なんやかんやあって、結局のところ、彼女の思考の終着点としては。
(うん、単純に私、小鳥遊ホシノと友達になりたかったんだ)
その一点に尽きるのであった。
「⋯⋯風紀委員長ちゃんじゃなくて、ヒナ」
「え?」
「さっき呼んでくれてたけど⋯⋯風紀委員長ちゃんじゃなくて、普通にヒナって呼んで欲しい」
それを聞いたホシノはニヤリとした笑みをこぼす。
「うへ、勿論だよ、ヒナちゃん。じゃあ、おじさんの事もフルネームじゃなくて、単にホシノって呼んでほしいなー?」
「うん、分かった、ホシノ」
満足げにうんうんと首を縦に振るホシノ。
ヒナも再びモモトークの友だちリストに視線を移して、たった今追加された名前を眺めては柔らかな笑みを湛える。
こうして、キヴォトスでも屈指の実力を持つ二人は、友誼を結ぶに至ったのであった。
——ポロン。
>>ホシノ:
『やあやあ』
『あの後、急いで部屋を出て行ったけど、大丈夫だったかい?』
>>ヒナ:
『ええ』
『美食研究会がまた訳の分からない事を言って暴れていただけで⋯⋯』
『鎮圧するのに特に問題は無かったわ』
>>ホシノ:
『流石、風紀委員長は格が違うねぇ』
>>ヒナ:
『これくらい、大した事はない』
『⋯⋯』
『ホシノ、今日はその』
『ありがとう』
>>ホシノ:
『それこそ、大した事はしてないよ〜』
『おじさんはモモトークの交換をしただけで』
『肝心のヒナちゃんの疑問は解決していないしね』
>>ヒナ:
『それでも、ありがとう』
>>ホシノ:
『いやー、照れちゃうなぁ』
『おじさん、今日は照れまくってばっかだよ』
『まぁ、何というか⋯⋯』
『これからどうぞ、よろしくね?』
>>ヒナ:
『うん、よろしく、ホシノ』