ホシヒナ小説集   作:1D100面相

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時系列としては物語の都合上、最終編以前を想定しております。
とはいえ、ネタとしてぶっこめそうな所があったら最終編で明かされた設定でも話に組み込みますので、
メインストーリーvol.1「対策委員会編」等、諸々のストーリーのネタバレにご注意ください。


ヒナたちが過去のホシノと邂逅する話
第1話「邂逅」


 

 始まりは、ある任務での出来事だった。

 

「スランピアで謎のドールたちが大量発生……?」

 

 嘗ては歓喜の賑わいに包まれていたはずの遊園地“スランピア”。経営不振により閉鎖され、永らく放置されたその廃墟は現在、隆盛忘れられぬ亡霊とも言うべき者共たちが跳梁跋扈を成す危険な土地となっている。

 今宵シャーレに課された新たな任務は、そんな亡霊一団の掃討に類するモノだった。今は人も寄り付かない辺鄙(へんぴ)の場所であるとはいえ、放置すれば周辺にまで被害を及ぼす可能性がある以上、無視する事はできない。

 至急先生は招集出来るだけの戦力を率いて、スランピアへと急行。

 電気が絶たれて久しいはずなのに何故か極彩色のネオンイルミネーションにライトアップされている遊園地の中で。

 一団は青き神秘に包まれたドール軍団と一戦を交える事と相成った。

 

 

 ──ダラララララララッ!

 ──ドオゥン!

 ──ダダダダダダッ!

 ──バァンッ!

 

 

 作戦に参加したのは六人。ヒナ、ホシノ、イオリ、シロコ、チナツ、アヤネ。いわばアビドス-ゲヘナ連合軍といった構成となっている。

 ドールたちは内蔵されている銃と爪、双方を織り交ぜて駆使するトリッキーな戦法を用いて部隊を翻弄させにかかったが、そこは流石に歴戦の生徒たちと指揮に長けた先生である。緒戦こそ少々の戸惑いが見られたものの、その後は危なげなく順調にドールたちを処理する事に成功していった。

 やがて、ドールたちは殲滅され、周囲は元の不気味な静寂を取り戻す。

 

 


 

 

「ふあぁ、勝利勝利〜。皆お疲れ様〜」

「はぁ、疲れた……」

「委員長、それと先生。私は残党がいないかどうか、付近を見て回ってくる」

「ん、それなら私も」

「ありがとう二人とも、それじゃあよろしく。アヤネとチナツは帰りのヘリの用意をお願い」

「はい」

「分かりました」

 

 各々がそれぞれ役割を持って散開するのを見届ける中。

 空崎ヒナもまた、己の役割を果たそうと周囲に警戒の網を張った。つまり、先生の護衛だ。

 彼はこの場を総括する指揮官であり、責任者であり──そして、キヴォトスに欠けてはならない”大人”の一人である。弾丸一つでも受ければ致命傷になりうるその身も相俟って、このように危険な地では誰か一人は護衛につくというのは、もはや不文律だ。

 その先生は園内に残されていた近くのベンチへと座り、手にしていた端末を操作し始める。恐らくは任務の事後処理に取り掛かり始めたのだろう。

 そしてこの場に残った生徒のもう一人。ホシノは呑気にはわわぁなんて大欠伸をしながら、手持ち無沙汰気味にその辺をぶらぶらと練り歩いていて……しかし、その歩き姿には微塵の油断も隙も無かった。普段のんびり屋の彼女でも、こんな薄気味の悪い場所では落ち着くものも落ち着かないらしい。

 そんな中でふと、ホシノはこんなことをぽつりと呟いた。

 

「結局、私たちが相手したあのドールたちって一体何なんだろうね」

 

 先ほどまでドールたちが大挙していた場所に目を向けて、ホシノは続ける。

 

「なんかいくら相手しても倒した気がしないというか手ごたえがないというか……倒してもすぐに消えちゃうからかな。中に誰か入ってる訳でも無さそうだし。先生とかは何か知ってたりするの?」

「んー、夢の中で誰かが色々と解説してくれたような……」

 

 端末を弄りながら、先生はやや上の空にそう返す。

 元々暇をつぶすための会話で、返事には大して期待していなかったのだろう。ホシノもそこからさしたる追究はせず。

 

「うへー、何それ。メルヘンチックだね。まぁ、私もたまに夢の中でクジラとお喋りしたりするけど……」

「……私は少し心当たりがある」

「ヒナちゃんも夢の中で誰かと会ったりするの?」

「そっちじゃなくて」

「ああ、ドールの正体の方?」

 

 こくんと一つ頷く。

 自身の未熟を晒した出来事だったのであまり、深くは思い出したくなかったが。

 

「私だけじゃなくて、貴女も身に覚え自体はあるはずよ。これは、エデン条約の時と同じ。あの“ユスティナ聖徒会”の──」

 

 

 ──ギィ。

 

 

 何かが軋むような音。

 ヒナとホシノは会話を中断して、音の出所と思われる方向へ咄嗟に銃を向ける。

 

「まだ生き残りがいたのね」

 

 内部構造に何か不備でも生じているのだろうか。体の中からギィギィ音を鳴らしながら、ゆっくりとこちらへと近づいてくるドールが一体、姿を現していた。動きもどこかぎこちなく、また、他のドールよりやや深い青みを持った個体である。

 何はともあれ、先手必勝。

 ヒナは、相手が行動を起こす前に終わらせてしまおうと、有無を言わさずマシンガンをドールへと向けて発砲した。

 

 

 ──ダラララッ!

 

 

 だが。

 

「……ギギッ!」

 

 

 ──ダダッ!

 

 

「「!」」

 

 先ほどまでのぎこちなさから一転。ドールはいきなりの俊敏な身のこなしでヒナの銃弾を躱し、それからとてつもないスピードでこちらへ迫ってくる。

 それはまるで、ドール自身が模している猛獣を想起させるような動きだった。

 

 

 ──ダラララッ!

 ──ドオゥン!

 

 

 ヒナは冷静に銃で応戦する。ホシノも同様だ。

 しかし、予想以上のスピード。攻撃をうまく当てられないまま、間近へのドールの接近を許してしまった。

 

「ホシノ──」

 

 ドールは二人のうち、ホシノの方へと方向を転換。彼女の目の前でその強靭な爪を振りかぶり、命丸ごとを刈り取らんと首の方へ勢いよくそれを振り下ろす。

 ヒナはホシノに呼び掛けた。だが、その身を案じて、ではない。ドールの相手は任せた事を伝えるために、だ。今更ホシノの実力は疑うまでもなく。

 そして、実際。

 

 

 ──ガキンッ!

 

 

 ドールの爪先が(つい)ぞホシノの玉肌に触れる事は叶わなかった。ホシノは体に掛けていた盾を、未展開のままで即座に首元へと掲げて、攻撃をガードする事に成功したからだ。

 思わず蹈鞴(たたら)を踏むドール。

 当然、ホシノが明らかなその隙を逃すはずもない。

 

「ま、一度足を止めさえすればコッチのもんだよね」

 

 

 ──ドオゥン!

 

 

 ゼロ距離からの頭部へのショットガンの発砲。

 これにより、ドールの頭部は完全に破壊され──。

 

 ──ばしゃあっ。

 

 ──中から何か青い液体のような物が大量に周囲へと飛び散った。

 

「うぷっ!?」

「ホシノっ!?」

 

 至近にいたホシノに、もれなくその液体のほとんどが降りかかる。全身が青くずぶ濡れの状態。

 流石にこれにはヒナも、心配の色を濃くした。どう見ても体に良い影響を与えるとは思えない。

 

「ホシノ! 大丈夫!?」

「うえぇ〜、何この青いヤツ〜、気持ち悪〜」

 

 ヒナは急いでホシノへと駆け寄る。遅れながら、先生も。

 当の本人は口から舌をぺっぺっとしながら、本気で気持ち悪がってはいる一方、割と余裕のある口調でそう悪態を述べた。

 ヒナと先生は青く染まったホシノを、頭からつま先まで、じろじろと観察する。

 

「これは……何? 血液?」

 

 言っていて、ヒナは気色が悪くなった。一番気色悪く感じているのは、ホシノだろうが。

 先生は頭を振る。

 

「分からない。今まで倒したドールはこんな液体一度も出さなかったはずだけど……」

「いやー、おじさん汚されちゃったよー。とにかく何か拭くものとか持ってきてくれると嬉しいん、だけど、ぁあ──」

 

 

 ──バタンッ。

 

 

「……え?」

 

 

 倒れた。ホシノが。ヘイローを消失させて。

 

 

「え、な、ホシノ!?」

 

 ヒナは驚愕に目を剥いた。

 予兆は一切無かった。彼女が不調を隠していつも通りの昼行燈(ひるあんどん)を演じている様子も。それとも、こちらが見抜けなかっただけなのか。いや、今はそんな事どうでもいい。ともかく一刻を争う事態だ。ホシノを救わなくては。

 青い液体のことなど気にも留めない。矢も(たて)もたまらず、ヒナはホシノを抱き上げようと手を伸ばした。

 

「ヒナッ! ダメだっ!!」

 

 ビクッとヒナは肩を震わせてそのまま硬直する。狂騒に支配された思考が、一気に白色へと染め上げられて静まり返った。

 らしくもない大声──声の出所は勿論、先生だ。

 親に叱られた子供のように恐る恐る、ヒナは先生の方へ振り返った。

 

「せ、先生。どうして……」

「いきなり大声を出してごめん、ヒナ。でも今ホシノに触れるのは危険だ。液体が付着すれば、ヒナまで意識を失ってしまうかもしれない」

 

 厳しい表情の中に沈痛を溶け込ませて、先生は言う。

 それから通信端末を取り出して、彼がやる事には。

 

「……今いいかな、チナツ、アヤネ。すぐにこっちに来てほしい。ホシノが倒れた」

『──!?』

「詳しくは後で話すから。取り敢えずあるだけいっぱいの水とタオル等拭ける物、救護用具一式も持ってきて。大至急」

『──!』

 

 端末ごしからも伝わる明らかな驚愕と動揺。

 それとは対照的に、既に平生の冷静さを幾分か取り戻して、ヒナは今の先生の指示からその意図を汲み取った。

 

「あの液体を水で洗い流してしまうのね」

「うん。私たちの常識が通用するかも分からない物質に対して、正しい対応であるかは分からないけど……ともかく付着した液体を取り除かないと、安全にホシノを運ぶことさえ出来ないから」

「……軽薄な行動だった。ごめんなさい」

「ううん、ヒナが謝る事ではないよ。寧ろ落ち度は私にある。あのドールの様子が異常だと気づいた時点で、慎重を期した立ち回りをするよう私が指揮すべきだった」

 

 後悔の色も隠さず──隠せない、と言った方が正しいのか──先生の手は岩塊のように固く握られ、形作られた拳が僅かに震えている。

 その様に思わず、そんなことは、と否定の言を述べようとして。

 それを知ってか知らずか。開いたヒナの口から言葉が飛び出す前に先生は先を続けた。

 

「あとは、見回りの二人にも連絡をしないといけない。ヒナはさっきのドールがまた現れないかどうか、ここで警戒していて欲しい。現れた時には十分距離を取って撃破して」

「……分かった」

「……シロコ? 今大丈夫?……うん、こっちでは非常事態が発生してて──」

 

 再び端末で連絡を取り始めた先生を横目に。

 ヒナは元々張っていた警戒の網を更に広範囲に拡げる。感覚を研ぎ澄まし、少しの異常も見逃さない。すぐさまに動けるように、愛銃を構えてグリップを強く握りしめた。今度姿を現せば、こちらに気付く暇をも与えるつもりはない。

 胸の奥底から滾々(こんこん)と湧き上がってくる負の感情は意識して無視する。兎にも角にも、今はホシノの救出が最優先だ。不安やら後悔やら。今はそんなものに押しつぶされている場合ではない。泣き言なら、後でいくらでも吐き出せばいいのだから。ぎりりとヒナは、無意識に歯を噛み締める。

 緊迫した空気が二人の間で張り詰める中。

 俄かにそれ(・・)は起こった。

 

「……ん?」

「え……?」

 

 ヒナの目に飛び込んできたのは、青い光だった。

 出所は未だ目を覚まさぬままのホシノ。厳密にはその少し上あたりからだ。

 ホシノの体より煙を思わせる青いゆらぎが立ち昇り、霧状の塊となって空中に漂っている。蠢くような流動で。しかし、その曖昧さが故に内奥まで見通すことは叶わず。そんなあやふや全体が燦然(さんぜん)と光り輝いて、立ち尽くすヒナと先生を照らしていた。周囲のイルミネーションの中にあって、なお際立つ光量である。

 ヒナは呆気にとられた。先生もだろう。不可解不可思議極まりない。だが、どこか幻想的な風景だからだろうか。ヒナにはこれが危険なものであるようには思えなかった。見続けていると夢現(ゆめうつつ)の狭間に囚われている錯覚に陥るほど、茫洋とした神秘の群青──。

 やがて光は、直視できないほどにその強さを増した。目を細めて小手を(かざ)す二人。

 

「うぐ……眩しいっ」

「ホシノ……ッ!」

 

 少しの間、その状態が続いた。

 が、最後には呆気も無く。光は急激に力を失い、音も何もないままにそっと消え入ってしまった。

 二人は恐る恐る(かざ)した手を退かす。

 目の前からはすっかりそれ(・・)は消え失せ、跡形も無い。

 全ては事が起こる前に元通り──いや。

 

「「ッ!?」」

 

 二つ、変化した点があった。

 一つ目、ホシノに付着していた液体が一切無くなっていた事。これも不思議ではあるが、まだ理解は容易いようにヒナは思えた。先刻の事象から、蒸発のような現象が起こったとでも考える事が出来るから。道理が先駆ければ、納得は後から追いてくるものだ。

 しかし、問題は二つ目。これにはヒナも我が目を疑う他無かった。

 

「……こ、こは……?」

 

 倒れたままのホシノの傍に立ち尽くす、もう一人(・・・・)

 桃色の頭髪を持った小柄な生徒。その容貌はホシノと瓜二つ(・・・)ではあるが、醸し出す雰囲気はホシノとは正反対に鋭く、威圧的なものだ。髪型もロングではなくショートヘアー。ハーネスベルトの代わりに防弾ベストを着用し、首元にはネクタイがしっかりと締め付けられている。手に持つ銃も、ホシノの駆使する愛銃、Eye of Horusに間違いない。少なくとも、外見上は。

 ヒナはそんな彼女の姿に見覚えがあった。脳裏に過ぎるは、情報部のアビドス調査報告に添付されていた1つの写真。もう(まみ)える事は無いと思っていた“暁のホルス”の姿。だが、どういう訳かその彼女(・・)が確かに今、自分の目の前に存在していて。

 つまるところ、彼女は過去の──アビドス生徒会副会長1年の頃の、小鳥遊ホシノであるに相違は無かった。

 

 

──過去のホシノにヒナたちが邂逅する話──

──第1話「邂逅」──

 

 

(ホシノが二人……これは一体どういう事なの……!?)

 

 双子? そんな話をホシノから聞いた事は無い。情報部の調査でも、彼女と姉妹関係にある人物の存在は記録されていなかった。

 クローン? その技術自体はミレニアムで確立されていたはずだ。だが、やはり倫理上の問題から人間に適用した例は無いし、機密としても扱われているから技術が漏洩した線も薄い。

 ロボット? 金と設備さえあれば、本物と見紛うほどの精巧さで作ることは可能だろう。 これが一番あり得る選択肢ではある。

 だが、頭を(よぎ)るのは先ほどの不可解な“現象”だ。いずれの選択肢の場合も、それとの関連性を見出すのは容易ではない。あえて表現するならば、“現象”からホシノが生じた(・・・)と考えるのが状況的に最も自然で妥当なように思える。

 もっと視野を広げるべきか。超常的な可能性まで考慮に入れるとするならば……一つ、思い浮かぶことには。

 タイムスリップ。

 まさか、とは思うが。しかし──。

 ヒナの自己問答は尽きる事なく。

 そして当惑ともなれば、それは尚更のことだった。

 あまりにも考えるのに窮したので、縋るように先生の方の様子を窺ってみる。が、駄目。正しく鳩に豆鉄砲。信じられないといった表情で口をあんぐり開けたまま固まっていた。いかに経験豊富な大人であるといっても、同一と思われる人物がもう一人出現した時の対応方法は流石に持ち合わせていないらしい。

 そんな二人を余所にして、新たに現れたホシノもいまいち現在の状況に理解が入ってない様子だった。キョロキョロと(しき)りに辺りを見回しては首を傾げている。

 

「……派手な光……遊園地……? でも何故私はこんな所に……記憶が不明瞭──っ!」

 

 と、どうやら自分を見つめるヒナと先生の姿に気がついたようだ。ホシノは一気に警戒心を露わにさせ、銃を構えて二人を牽制する。

 ハッとしたヒナは、すかさず先生の前方へと躍り出て、いざという時の為に備えた。二回目(・・・)が……ましてやホシノの手によって引き起こされてしまうなど、あってはならないのだ。

 

「……お前たちは誰だ」

「え? あ、ええっと、その」

 

 ホシノの誰何(すいか)に、呆けた声を返す先生。

 

「君はホシノ、で良いんだよね?」

「……誰か、と聞いているのはこっちの方だ」

「あ、ご、ごめん」

 

 自らの名前が出て、更に警戒レベルを上げたホシノが、そう不機嫌そうに言い放った。普段の彼女からは想像もつかないほどの剣呑さが、痛いほど肌に突き刺さってくる。自然とヒナは大きく羽を広げて、防衛態勢を整えていた。

 先生も、下手な返答は自らの寿命を縮める結果となるのを五感で感じ取ったのだろう。ゴクリと生唾を呑む音が聞こえて、その声は大変な慎重さを孕んだものになった。

 

「私は連邦捜査部S.C.H.A.L.E(シャーレ)の先生を担当している“──”」

「シャーレ?」

「……うん。最近発足した、連邦生徒会公認の部活動。いわゆる、何でも屋のような役割を担っている組織になるかな。ほら、私の首に掛かってるこれが、その公式エンブレム」

「……そっちは」

「私はゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナ。現在、シャーレは風紀委員会と協力関係にあって……そうね、今はその活動の一環であると言ってもいい」

「ゲヘナの……」

 

 ホシノの視線がヒナの腕の“風紀”の腕章へと留められ、少しの間を置いてふいと外された。

 取り敢えず所属は信じてもらえたのか。引き続き銃を構えたまま、ホシノは質問を続ける。

 

「ここは一体何処なんだ。私は、何故この場所にいる? 私の事も知っているようだし、貴方たちがこの場所に私を連れてきたのか?」

「ここはスランピアという廃棄された遊園地で、君がここにいる理由は、その……」

 

 次第に声は窄み、先生は答えあぐねた。それはそうだろう。寧ろ自分たちが知りたいぐらいなのだから。

 とはいえ、このまま押し黙っていれば当然不審がられる。

 かといって、下手な誤魔化しは(かえ)って逆鱗に触れかねない。

 そうはいっても、正直に分からないと言った所でホシノがそれをどう受け取るかは全くの未知数で。

 ヒナは悩んだ。正解が分からない。正直に話すのが次善なのだろうとは思うが。

 

(あのホシノはまだ気が付いていないようだけど、まだ倒れたままのホシノの事も気になる。だからここは何とか穏便に済ませて、話を進ませたい所だけど──)

「お待たせしましたっ! ホシノ先輩の容態は!?」

 

 そこへ飛び込んできたのは、焦燥を含んだアヤネのホシノを案ずる声。

 救護用品やバケツいっぱいの水などを抱えながら、アヤネとチナツの救護班ペアがヒナたちの背後から現場へと駆け込んできた。

 それとほぼ同時に。

 

「先生! 言われた通りにチナツたちの護衛はしたけど、アビドスの委員長が倒れたっていうのは一体何があったんだ? 通信の内容だけじゃ、詳しいことは何も……」

 

 イオリも追従して駆け込んできた所で。

 目の前に広がる光景を見て、彼女は動揺した声を上げた。

 

「なっ、何でアイツはコッチに向けて銃を構えてるんだ!?」

「えっ、ホシノ……先輩!? でもさっき意識が無くなったって……それに何だか雰囲気が違うような……!?」

「……あのホシノさんの足元、誰か倒れていませんか?」

 

 チナツの指摘に、アヤネとイオリは言われるがままにホシノの足元を見て、仰天する。

 

「あ、あれもホシノ先輩じゃありませんか!?」

「えぇ!? いや、そんな筈無いだろう!? なんで同じ人間が二人も……双子か!」

「ホシノ先輩の双子とか聞いたことありませんよ!?」

「じゃああれは一体誰なんだ!?」

「誰なんでしょう!? 隠し子!?」

「先生!!」

「先生!?」

「……先生、委員長。これは一体、どういう事なんです?」

「あー、いや、これはね……」

「色々あって……」

「足元……?」

 

 イオリやアヤネ、チナツのやりとりに反応して、自分の足元を見下ろすホシノ。

 そこで初めて、ホシノは誰かがそこに倒れている事に気づき。

 

「は……? 私……!?」

 

 更にはその倒れている誰かが自分であるという事にも気づいて、流石に狼狽(うろた)えたようだった。目をごしごしと何度も擦る動作をしては、銃先でつつくようにして倒れたホシノの様子を窺っている。

 それから、やや声を荒げて。

 

「なんなんだ、これは……! お前たちは、私に何を……!?」

「ちょ、ちょっと待って。今、説明するから」

 

 混迷を呈す状況に、先生は目を白黒させる。説明といっても、まずは誰に。そして何から説明すればよいのか。判断に迷う場面だが。

 一先ず、ホシノとの会話を優先するべきだ。と、ヒナは思った。彼女は今、冷静さを失いかけている。放っておけば何をするか分からない。

 その為には一旦イオリたちに静かにしていてもらった方が良さそうなので、ヒナはホシノから視線を外さぬまま、彼女たちを抑える言葉を発しようとした。

 のだが。 

 

「……いや、もういい」

 

 悪寒すら感じるほど酷薄さを増したホシノの声。いっそうの鋭さを携えて自分たちを見つめるその双眸(そうぼう)

 ヒナは、ホシノと自分たちとの間に巨大な壁が出来たような錯覚に襲われた。

 そして。

 

 ──ゾクッ。

 

 

「っ……!?」

 

 戦慄。全身が総毛立ち、背筋に冷たいものが走る。

 この感覚、ヒナには身に覚えがあった。

 それは殺気。何よりも雄弁なホシノの拒絶の意だ。

 

「“大人”など、案の定最初から信用ならなかった」

「っ、いや待って待って待って!」

 

 何を勘違いしたのか。ホシノは倒れている自らをその背に背負い、この場を立ち去ろうとする。

 急いで先生は誤解を解く為に、ホシノを引き留めようとするが。

 

「ホシノっ、お願い! 話を聞いて!」

「お前たちとすべき話はもうない。追ってくるな」

「ホシノ!」

「ホシノ先輩!」

 

 けんもほろろに、ホシノは先生を一睨み。

 ヒナとアヤネの呼びかけも虚しく、遂に彼女は走り出した。

 

「あっ! おい!」

 

 

 ──バァンッ!

 

 

 咄嗟にイオリはホシノを側方からスナイパーライフルで射撃。

 だが、迫る弾丸をホシノはいとも容易く回避し、そのまま逃げ続ける。

 

「くそっ、待てっ!」

「あっ、イオリっ!」

 

 追って駆け出すイオリ。

 追従しかける先生を。

 

「いや、待って、先生」

 

 鋭い声音でヒナは引き留めた。

 二の足を踏む先生。

 ヒナは泰然と述べる。

 

「申し訳ないけど、今の先生が行っても、事態が悪化するだけ。あのホシノの大人嫌いは筋金入りみたいだから」

「ヒナ……でも……」

「だから、代わりに私が行く。先生はここで待っていて」

「……」

 

 語調は変わらず、あまり多くも語らない。

 けれども確かに、ヒナの言葉には熱が込められていた。彼女をよく知る者なればこそ感じ取れる、ほんの少しの強情さの発露。それを証明するかのようにヒナの瞳には、強い意志の光が揺るがぬ炎の如く熱烈に灯って煌めいている。

 分からない事だらけの現況。それでもやるべき事ははっきりしていた。このままホシノを逃がしてはならない事だけは、確かだと。

 あのホシノが本当に過去の人間であるかどうか。確たる事は言えないが、仮にそうであるとすれば……ホシノは実力者だ。能力が過去のそれに遡行していても、本物のエリートである彼女を相手取るのは困難が伴うだろう。イオリでは厳しい。まだここに姿を見せていないシロコを戦力として含めても、怪しいかもしれない。

 だから行くべきなのは自分だ。それで、ホシノを止めて見せるのだ。それが風紀委員会の委員長としての。そして何よりホシノの友としての、ヒナの決意だった。

 先生は、ゆっくりと。しかし、ヒナの熱意に負けないぐらいの信頼を感じさせる調子で、応える。

 

「……分かった、お願い」

「うん」

 

 話は、それで十分だった。

 ヒナは残る二人へと体を転じて言う。

 

「貴方たち二人はここで待機して、先生を護衛していて。あの二人を連れて、すぐにここに戻ってくるから。ただ、普通よりも青みがかかったドールの個体には注意して。逃げるにしても倒すにしても、決してそれに近づいてはならない」

「わ、分かりました。状況はよく理解出来ませんが、私もあのホシノ先輩相手では足手まといになりそうですし……ホシノ先輩を、よろしくお願いします」

「任せて。それと、チナツ。これを預かっていて」

 

 チナツへと愛銃、終幕:デストロイヤーを差し出す。

 驚くチナツ。

 

「え? ヒナ委員長、これは……」

「私が行くのはホシノと話し合いをするためにであって、戦いをしに行く訳ではない。だからこれはいらない」

「しかし……」

「いらない」

 

 チナツは苦笑を浮かべる。しょうがないな、といった風に。

 そしてただ一言。「わかりました」とだけ言って、チナツはデストロイヤーを受け取った。

 

「行ってくる」

 

 しかして、ヒナはホシノとイオリを追って、走り出した。

 

 

 




2023/10/22追記:大幅に改稿しました
2023/10/25追記:誤字報告ありがとうございます。修正しました。
2023/10/30追記:一部修正しました。
2023/11/5追記:ホシノの台詞に変更を加えました。
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