ホシヒナ小説集   作:1D100面相

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第2話「お願い」

 

 

 

──第2話「お願い」──

 

 

「人一人背負ってるくせして、足早いなアイツ……!」

 

 走って。走って。走って。

 逃げるホシノに、追うイオリ。

 二人の距離の差は一向に縮まらず。寧ろ徐々に離れつつあった。

 イオリの褐色の肌に、玉のような汗がつたう。

 

 

 ——バァンッ! バァンッ!

 

 

 脚では適わないと悟ったのだろう。イオリはライフルで妨害を試み始めた。

 頭を狙ったり、足を狙ったり。

 背中のホシノには中らないよう、しっかりと狙いをつけて撃っている。

 流石委員会で規則違反者を制圧するために東奔西走の毎日を送っているだけの事はあって、その射撃は中々に精密なもの。普段は風紀委員長(ヒナ)のお飾りだとして揶揄されることがあろうとも、彼女も紛れもない一人の“スペシャリスト”ではあるのだ。

 が、それでもやはり。その一歩上を行くのがホシノという“エリート”だった。

 

 

 ——バァンッ! バァンッ! バァンッ!

 

 

 中らない。かすりもしない。

 ホシノは後方を一瞥(いちべつ)すらすることもなく、軽々と放たれた弾を回避していく。それこそ背中に目でも付いているのかあるいは未来予知か、というぐらいには危なげのない所作で。走るスピードを落とすこともなく、逃走を続けていく。

 あまりにも相手にされないので、イオリはやや青筋を浮かべながら。

 

「はぁっ、おい! お前! 待てって! 少しぐらいはこっちの話を聞いてみたらどうなんだ!」

「……」

「おいっ!!」

「……」

「はあっ、無視かよ……っ!」

「……」

 

 やがて2人の行く手には遊園地の定番、メリーゴーランドが見えてきた。

 ホシノはメリーゴーランドの周上に沿うように走り続け、そのまま反対側の方へと姿を消す。

 やや遅れて、イオリもそれに追従した。

 

「あれ? いない!?」

 

 反対側に回った時、イオリの前から忽然とホシノは姿を消した。

 困惑する一方、イオリは考えるように頭に人差し指を当てる。

 

(ここは多少は開けていて、いくらか見通しも良い場所。あの短い時間で見えなくなるまで遠い場所に移動するなど不可能に近いはずだ。だけど隠れ潜めるような場所も、見渡した限りにはどこにもなくて……いや……)

 

 目を大きく見開いた。

 

「遊園地……メリーゴーランド……っ!!」

 

 バッ、と後ろを振り向いたイオリに飛び込んできたものは、()

 

 

 ——バキッ!

 

 

「がっ……!」

 

 イオリはホシノの飛び蹴りを顔面に直に喰らい、数メートルほど飛ばされて仰向けに倒れ込んでしまう。愛用のスナイパーライフルが無機質な音を立てて、地面へと転がった。

 ホシノが現れたのは、メリーゴーランドの人形の馬たちの陰から。その小さい体躯のおかげで、彼女は容易に馬たちの中に身を潜ませることができたのだった。

 更に言えばホシノの背中からは既に、今の(・・)ホシノの姿は無くなっている。隠れるついでに身柄を一度、メリーゴーランドの中に置いてきていた。

 

「ぐっ……」

 

 衝撃に呻き、未だ鈍い反応のまま立ち上がれもしないイオリに、ホシノはショットガンを構えてゆっくりと近づいていく。

 ようやく、焦点の合ったイオリの眼が手放した己のスナイパーライフルを真っ先に捉えた時。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 ホシノのショットガンが火を噴き、ライフルはイオリの手が届かないような遠くへと弾き飛ばされてしまった。

 そうして、イオリの間近まで接近を果たしたホシノは胸の上へと足を乗せ、強く力を込める。

 イオリの顔が苦痛に歪み、踏みしめられた胸元からはぎりぎりと軋むような音が。

 

「ゔえぇ……お、まえ……」

「……」

 

 ホシノの冷徹な眼差しがイオリを貫く。

 ショットガンの銃口をイオリの顔面へと向けて。

 トリガーは今、引──。

 

 


 

 

「!!」

 

 寸前だった。だが、間に合った。そして、追いつけた。

 ヒナはイオリにトドメを刺そうとしているホシノに向かって、単なる突進を敢行した。

 単なる、と言ってもキヴォトス人が。それも最高峰の実力者たるヒナが行えば、それはもはや立派な技の一つ。砲丸、と形容するに遜色なきスピードと威力を以てホシノへと肉迫する。

 ホシノは突然の襲撃にも慌てず、即座にその場から飛び退いてそれを回避。二、三。地を蹴ってヒナとイオリから距離を取っては、体勢を立て直す。

 ヒナも難なく回避されるだろう事は予見していた。今の突進はホシノを倒すつもりで行ったものではない。あくまでイオリを助けるための行動だ。

 足を止めてイオリを背に、ヒナはホシノから視線を外さない。背後で呻くような咳と立ち上がる音が聞こえた。前を向いたまま、気遣いの声をかける。

 

「大丈夫?」

「げほっ……ああ。何とか。ありがとう、委員長」

「……」

 

 相変わらず、ホシノは溢れ出る敵意を隠そうともしない。近づく者は皆抹殺するといった様相だ。

 

「くそっ、アイツ、絶対にとっちめてやる。委員長、ここは一緒に……って、委員長。銃は?」

「置いてきた」

「えっ、何で!?」

「私はホシノと戦うためにここに来た訳じゃないから。彼女の説得を試みる」

「説得、って言ったって委員長。アイツは見ての通り、話が通じる相手じゃ……」

「まずは彼女(・・)と会ってみてホシノがどう出るか」

「彼女?」

 

 ヒナはある(・・)暗がりの道──先ほど、自分が通ってきた道──に視線を向ける。

 そこから一人の少女が歩み出て、その姿をメリーゴーランドの彩光の下に晒した。

 

「ん……」

 

 砂狼シロコ。

 ホシノとイオリの間に介入する直前のことだ。ヒナは二人を追って遊園地内を疾駆する中で、同じように爆走するシロコと合流を果たしていた。

 果たして彼女も困惑の極みに在り。出会うや否や、捲し立てるようにヒナへと現在の状況について問い質してきたのだった。

 シロコはその時、二人目のホシノが現れて逃げ出したことは既に知っていた。どうやら先生があの後、シロコに再び連絡を取ったらしい。

 「ホシノ先輩が二人現れたとか、言ってる意味が真面目に分からなくて、頭でもぶつけたのかと思った」とは、彼女の言だが。

 ともかくシロコは先生の指示に従い、訳が分からないながらも逃げたホシノの捜索に加わったという。

 そんな風にシロコと情報を共有している最中だった。すぐ近くからホシノのショットガンの音が聞こえたのは。

 すぐに二人は会話を中断して音の出所に向かって走りだし、ホシノに追い詰められているイオリを見つけて……そして現在に至る。

 

「……」

 

 こちらへの警戒も怠らず、シロコを見やるホシノ。を、ヒナは注意深く観察した。

 シロコを目にしたホシノが一体どういう反応を示すのか。一度、見守るに徹する。

 というのも、砂狼シロコ。彼女は実に謎の多い人物だった。

 便利屋の一件で対策委員会と少し揉めて以来、ヒナは情報部に今のアビドスの調査を依頼していたのだが。その結果、他のアビドス生の素性はしっかり判明した一方、シロコだけはその経歴が判然としなかった。

 本当に、アビドスに入学する以前の情報が一切出てこないのだ。

 ──まるでポッと、そこに急に生まれ出でたかのように。

 “アビドス生のシロコ”としてしか、ヒナは彼女を知り得なかった。

 情報部は名ばかりな組織ではない。それは元部員としてよく理解している。だからこそこの不思議は、アビドス生の中でホシノの次に彼女の存在を際立たせているのだが……それはひとまず置いておくとして。

 情報の掴めないその空白の過去の中で、シロコが二年前のホシノと何か接点を持っていたとしても何ら、おかしくはなく。

 と、するならば。

 

(自分が出る幕もなく、その縁でシロコがホシノをどうにか宥めすかせられるかもしれない)

 

 それならそれで、良い。

 先生たちに見得を切った格好はつかないが、そんなものに拘泥するほどヒナはプライドの高い人間ではなかった。

 が、シロコを前にしても何ら様子の変わりようもないホシノを見るに、やはりあのホシノにとってはこれがシロコとの初対面なのか。それとも、会ったことがあるにしてもその関係は敵対的なものであったのか──。

 シロコが険しい顔で、ヒナたちへと話しかけてきた。

 

「……ホシノ先輩が二人いると聞いたけど、もう一人は一体どこ。このホシノ先輩は何だか、雰囲気が違うけど」

「……イオリ?」

「え、あ、さっきまではちゃんと背中に背負ってたんだけど」

「……彼女なら、一度降ろした。場所を言うつもりはないが」

 

 ホシノは続ける。

 

「それで、お前もあいつらの味方か。三対一となると……また面倒な」

「……本当に別人みたいな話し方。私のことも知らない?」

「知らない」

「後輩だってことも?」

「……後輩」

 

 僅かに眉を動かすホシノ。

 だが。

 

「知る訳がない。私に後輩なんてものはいない。それどころか同級生さえ。いるのは私と──」

 

 口をつぐむ。

 顔色が変わった、ように見えた。

 

「いえ、とにかく、お前とはこれが初対面だ」

 

 それは一瞬の事で。

 すぐにホシノは鉄仮面を被りなおした。

 

「先ほども私のことを“先輩”と呼んだヤツがいた。そんな学生証まで着けて。何が目的かは知らないが、そんな風に騙られてもはっきり言って迷惑だ」

「……」

 

 さしものシロコも、この言葉には少なからずショックを受けたようだ。

 顔の筋肉がこわばり、面差しは伏し目がちに影が生じた。

 目を(つむ)って、首元のマフラーに手で触れる。

 それから、すぐに目を開いた。吹っ切れたような気色だ。

 

「初対面……何が何だか分からないけど、つまりあの時とは逆の立場って事だね」

 

 銃を構えるシロコ。

 

「悪いけどホシノ先輩。貴方には大人しくしていてもらう。貴方が私にしてくれたように」

 

 たちどころに纏う戦士の気風。

 シロコとホシノの視線が交錯する。

 

「そんな寂しい目のまま、一人になんて絶対させないから」

「……」

 

 どうやらシロコはかなりやる気らしい。場の緊張度も少しばかり、増した。

 ヒナの背後からイオリが耳打ちしてくる。

 

「委員長。あの狼の(・・)も普通に戦うつもりでいるっぽいけど……どうするの?」

「……」

 

 ヒナの思惑は外れた。寧ろ逆効果でさえあったといえる。

 かつてのホシノとシロコ。両者の出会いの(きわ)に何があったのか、ヒナは知らない。穏便なものではなかった事だけは察するに易いが。その出来事もあって、シロコはホシノと戦う道を選んだ。よもや、ホシノの強さを知らぬ訳でもないだろうに。

 これで相手が、単に暴れたいだけの不良生徒や理屈の通らない凶悪犯罪者だったならばそれでも良かっただろう。言葉が意味を成さない者に行う説得ほど無駄なものはない。ゲヘナ生ならばそれは尚更の事で、風紀委員会とはその為にある治安維持組織だ。

 しかし、今回は違う。相手も、そして敵対に至った事情も。

 

「砂狼シロコ。待って」

「……ゲヘナの風紀委員長……ヒナ先輩。止めないで。このままホシノ先輩を放っておくわけにはいかない」

「それは私も同じ意見だけど、無駄な衝突をする必要は無いと言っているのよ。ホシノは何かを誤解している。その誤解が解ければ、貴女たち二人……というより私たちが戦う理由も無くなる」

「誤解」

 

 ホシノは嘲るような調子で言った。まさに何も知らないヒナたちを、といった風に。

 

「私がここにいる理由として、私の“神秘”を利用した研究や兵器開発の他に、納得に足るものがあるというのならば、是非教えてほしいぐらいだ」

「兵器開発?」

「知らなかったか? 私の“神秘”なる物は、その手の界隈の者たちにとっては非常に価値が高いものであるという。それこそ、喉から手が出るほどに」

 

 ホシノは今にも唾棄(だき)しそうな程に嫌悪感を(あらわ)にする。

 

「実際、これまで幾度も私を狙った胡乱(うろん)気な人物たちから襲撃を受けた。尽く返り討ちにしてやったが……全くもって自分勝手で気色が悪い。非常に、不愉快だ」

 

 はぁ、と吐いたその溜息にさえ、侮蔑の念が込められているようだった。

 

「今回は如何なる手口を使ったものか、見事にしてやられたが……あのもう一人の“私”も、私の意識が無い間に創り出された一種の成果物なんだろう」

「はぁ? 何言ってるんだ、そんな訳が」

「ない、というのなら、あの“大人”の方に聞いてみれば良いんじゃないか? すげなく言い含められるのは目に見えているが。それに違うと言うのなら、他に説明できるか? 私がここにいる理由を。もう一人の“私”が存在する理由を」

「……」

 

 イオリは黙った。シロコも何を言うともなく、ただ黙して狼耳を傾けている。

 ホシノの“神秘”。

 先のカイザーPMCのアビドス襲撃事件も、背景にはそれがあった。

 胡乱気な人物(・・・・・・)から持ち掛けられた一つの取引も──結局はただの奸計に過ぎず。

 ホシノは騙され、あわや一巻の終わりかという(きわ)(きわ)にまで追い込まれて。

 しかし、彼女は救われた。対策委員会と──先生の手によって。アビドスは廃校の憂き目をどうにか免れた。

 目の前のホシノにはそんな仲間となる人物は、いない。後輩も同級生も頼りとなる“大人”も。

 先輩でさえも、例の事件(・・・・)で──。

 

「……」

 

 ヒナは、静かに。なおも滔々(とうとう)と語り始めた。

 

「貴女の認識は理解した。でもその上で、私は違う(・・)とはっきり否定する。第一、貴女の説が正しかったとして、貴女が今いるこの場所が研究所や軍事施設などではなく、遊園地なのは何故? それに私たちが貴女を陥れるつもりでいたのなら、装備を預けたまま拘束も何もしていなかったのも不自然だと思わない?」

「……」

 

 ホシノは反論しない。

 続ける。

 

「私たちはある任務を遂行するため、この遊園地に来た。内容は、狂暴化したドールの討伐。そして、任務の過程で不可解な“事故”が起き、私たちの仲間がそれに巻き込まれた。その仲間というのが、小鳥遊ホシノだった」

「……私には一切、身に覚えがないが」

「ええ、ここで言うホシノは貴女のことじゃない。もう一人のホシノのことよ」

「……!」

「私たちも何がどうしてこうなっているかは分からない。でも事実としてその事故の結果、ホシノは倒れ、貴女が現れた……つまり私たちにとっては、貴女がもう一人の(・・・・・)ホシノなのよ」

「すると何か? イレギュラーであるのは彼女(・・)ではなく、()であると?」

「私たちにとっては、少なくとも。加えて言えば、こっちのホシノは三年生。そして今ここにいる貴女は……一年生、よね?」

 

 はっ、とホシノは馬鹿にしたように吐き捨てた。

 

「突飛な発想だ。つまりお前たちは、私が過去からタイムスリップしてここに来たとでも言いたいわけか」

「確実なことは、まだ何も言えない。情報が少なすぎるから。ただ、それも可能性の一つではあると私は思う。とかく、ここが貴女にとって未来であるのは事実」

「それを私に信じろと?」

「出来れば」

 

 真剣な顔でヒナは頷く。

 それを見て、ホシノはほんの僅かながら、考える素振りを見せるが。

 だが。

 

「……論外。これまでにも私たちを煙に巻こうと、あることないことを囃し立てる奴らは絶えなかったけど、そこまでの与太話を持ち掛けてきたのはお前たちが初めてだよ」

「……そうね。中々信じられない話であるのは、私たちだってそう。でも、信じてもらわないと話は進まない。私たちが敵ではない事も──」

 

 そして。

 

 

 ──ザッ

 

 

 ヒナはホシノへ向けて、一歩踏み出した。

 

「「!」」

「ちょ、委員長!?」

 

 ホシノは即座にヒナへと向けて、ショットガンを構える。

 

「近づくな」

 

 琥珀と蒼白。そしてどこまでも暗い深淵のような銃口を携えたホルスの目が、ヒナの身体正中を眼差す。

 ここで彼女の言を無視すれば、即ち情け容赦の無い散弾を身に浴びる事となるだろう。

 それでも。

 

 

 ——ザッ。

 

 

 ヒナはまた一歩、前へ踏み出した。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

「!!」

「ヒナ委員長っ!」

 

 響く銃声。全身に走る衝撃。

 ヒナが受けたホシノの散弾は、今まで受けてきたどの銃弾よりも強烈で、重いものであった。余人であれば、意識を繋ぎとめる事すら(あた)わぬ凄絶(はなは)だしいエネルギーとの激突。

 だが、倒れない。しっかりと踏ん張り、耐え凌ぐ。

 ヒナは、更に一歩、前へと進む。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 2発目。少し身体が、重くなったような気がする。しかし、倒れない。前へと進む。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 3発目。服がボロになってきた。所々出血も確認できる。倒れない。前へと進む。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 4発目。出血箇所が多くなってきた。身体のあちこちに鈍痛が走り、益々重みを増していく。倒れない。前へと進む。

 

「……っ」

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 5発目。倒れない。前へと進む。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 6発目。倒れない。前へと進む。

 

 

 ——ドオゥン!

 

 

 7発目。倒れない。前へと、進む。

 

 

 ——カチッカチッ。

 

 

「!」

 

 ショットガンに装填されていた弾丸を遂に撃ち切ったようだ。

 真正面から一切を受け切り、ヒナは正しく満身創痍といった有様だった。全身からの無視できない程の出血。ぜぇぜぇと自然に息は上がり、この極限状態に頭の片隅からは黒い睡魔が意識を手放せと甘言を囁きかけてくる。

 それでも、ヒナは倒れない。しっかりと両の足を地に踏み締めて立つ。

 約束が。矜持が。信念が。倒れることを許しはしない。

 その目にはしっかりと、抑える事の出来ない生気が滾っていた。

 

「ちっ……!」

 

 ホシノは小さい舌打ちを一つ。すぐさまに銃のリロードを行いながら、後退を敢行した。

 その動きは実にスムーズだ──ショットガンを放つ最中で、薄々察してはいたのだろう。このままでは仕留め切ることはできない、と。だから、彼女は四発目かそこらで片足を半歩後ろに。身体の重心をゆっくりと後方へと下げて、退がるような構えを見せていたのだ。

 とはいえ、この結果はホシノにとってまさか(・・・)の付く予想外だったのには違いない。何か策に動くこともせず真っ向から迎え撃ったのも、無手で馬鹿正直に近づいてくるヒナを討つに、本来はそれで十分と考えていたからだろう。ひとえに、己の火力に信を置いているがゆえの行動であった。

 後退し、再び距離を開けた──ヒナのその強靭さを警戒してか、先ほどよりも随分と遠く離れている──ホシノはそのまま、メリーゴーランドの中に侵入しようとしている。

 再び逃げるのか。はたまた奇策を講じるつもりなのか。

 ヒナにとっては、別にどちらでもよかった。やる事は変わらない。

 

 

 ──ダァンッ!!

 

 

 ヒナは地を蹴り、駆けた。

 ただそれだけで、爆発と聞き紛うほどの轟音が辺りに響き渡り、蹴られた地面は粉々に破砕されて陥没する。

 

 

「なっ!」

 

 ホシノは驚きに声を上げ、瞠目した。

 それはソニックブームすら巻き起こりそうなほどのヒナの超人的移動速度に対してか。それともいくら強靭とはいえ半死半生でここまでの身のこなしを発揮するとは思わなかったためか。あるいは、その両方かもしれないが。

 何にせよ、ただ結果としては。

 それは、ヒナに対して一瞬の隙を生んだ。

 

 

 ──がしっ!

 

 

 ホシノの目と鼻の先。開けられた距離は、もはや0に等しく。

 間髪入れず、ヒナはホシノのショットガンの銃口を掴み。

 ホシノがそれを認識して、己の迂闊さを悔やむ暇もなく、次の行動に移るよりも速く──。

 

「「「!?」」」

 

 

 ──銃口を自身の、心臓部へと移動させた。

 

 

「何やってるんだ委員長!? そんな、自分から死にに行くような真似!」

「……」

「な、にを……!?」

「──だから、“お願い”する」

 

 事も無げに、ヒナは言った。

 

「ホシノ、どうか私たちについてきてほしい。私たちは貴女に一切の情報の開示と安全の確保を約束する。貴女が今、立たされているこの状況がどういったものであるのか。真に納得がいくまでは、せめて──その間、私は貴女に私のヘイローを預けたいと思う」

「……!」

「いっ」

 

 イオリは今にもずっこけそうな勢いで、思いっきり溜めてから。

 

「いやいやいやいや! ヒナ委員長! 流石にそれは看過できないって! あなたはゲヘナの風紀委員会の委員長なんだから! 立場ってものを考えて!」

「イオリ、これもまた任務の一環。立場はちゃんと考えているよ。だからこそ、この“お願い”には私が適任。貴女なら私の言いたい事が分かるでしょう?」

「……」

「もしも、風紀委員長である私の身に万が一(・・・)があった場合、それは組織間の大きな問題へと発展する。だから、私を盾とすれば安易に手出しはできない膠着状態になる。それこそ、ゲヘナと真正面からやり合うつもりでもなければ……先生──さっきいた、あの“大人”の人も迂闊には動けなくなるでしょう」

「つまりはお前が、人質となるという事」

「まぁ、平たく言えばそうなるわね。あぁ、私が本当にゲヘナの風紀委員長なのかどうか。信じられない時には私の懐に生徒手帳が入っているから、それを見て確認すればいい。私は貴女に対して一切の抵抗をしない」

「本気なのか」

「本気よ」

「それなら」

 

 ホシノは非情が渦巻く目でヒナの顔を見据えると、銃口をヒナの胸元に強く押し当てた。

 

「お前の手足を折って、身動きを取れないようにしても全く問題は無いという事だ」

「ええ。構わないわ」

「……」

 

 あまりにも淀みのないヒナの返答に、(かえ)ってホシノの方が面を食らったようだった。

 次にヒナが何を言い出すか、一語一句に肝を冷やしているイオリの方が、まだしも自然ではあるのかもしれない。

 

「ヒ、ヒナいいんちょう~!?」

「イオリ、落ち着いて。シャーレに戻って適切な情報媒体にでも触れれば、ホシノは理解してくれるはずだから。私が人質でいる時間は短いはず。骨折程度なら、二日もあれば回復する」

「そういう問題じゃない……っ! あー! もう~!!」

「理解できない」

 

 いつの間にか、ホシノの表情からはその剣呑さが身を潜めていた。

 代わりに発露したものは……困惑、混乱だろうか。

 

「任務、任務の一環であるとお前は言った。それはお前がその身を(なげう)ってまで、成功させる価値のあるものか?」

「ええ、そうね。ここで貴女が──貴女たち二人が孤立するのは貴女たちにとっても、私たちにとっても良くないこと。一体貴女たちに何が起こっているのかは、私も知りたい所だし。それに先生とも貴女を連れ戻すと、約束した」

「先生……あの“大人”との約束がそれほどまでに大事か」

「……いや、先生との約束が無くてもこうしているというか……何というか、私情が入っていないとなればそれは嘘となるというか……」

「私情?」

 

 それまでとは打って変わって、急にもごつき始めるヒナ。

 顔もやや赤らめて。

 

 

 

「私は、その……ホシノの、友達だから。あまり、貴女が困っている姿は見たくない……」

「……」

 

 

 

 心底拍子抜けした。そんな顔つきで、ホシノはヒナを見つめた。

 数舜の沈黙。ホシノは再び何かを考えるように、眉根を寄せて、瞳を揺らして。

 それから吐き出された彼女のため息は、先ほどのような暗い意味を孕むものではなかった。

 観念したかのような、呆れたような。

 普通の人が普通にするような、ため息だった。

 

「……分か、った。一先ず、お前の……貴方のその覚悟は信じよう。その“お願い”とやらを聞き入れたいと思う」

「……そう。良かった」

 

 返事は端的。しかし語調は明るく。ヒナはホッと安堵していた。

 それで、緊張の糸が切れた。膝が笑って、不意に倒れそうになって──。

 ホシノがそれを支えた。

 ちょっとばつが悪そうだった。

 

「大丈夫……ですか」

「ええ。少し、気が抜けただけ。ありがとう。でも私は一人で歩けるから」

「いや、流石にこれを見て放っておくわけにも……そこのツインテールの人。運ぶのを手伝ってください」

「っ! お前に言われなくたって!」

「それと、その……狼耳の人。シロコさん、と言いましたか。もう一人の私……ヒナ、さんに言わせてみれば未来の私だそうですが、彼女をメリーゴーランドの中に隠してあるので、探して運んできてもらえますか?」

「……ん。分かった」

 

 ホシノとイオリ。両肩を二人に支えられながら。

 ヒナはようやっと、この長い長い夜の任務が終わりを迎えた事を察していた。

 

「……ところで、折らないの? 手足」

「……折らない。あれはただの脅しです」

 

 


 

 

「……あ! 戻ってきました!」

 

 自分たちの下へと歩いてくる四人の姿を捉え、アヤネが嬉しそうに先生とチナツへ報告する。

 先生は気もそぞろな様子でありながらも、ホシノが倒れた場所を調査している最中だった。急いで、アヤネとチナツの方へと走る。

 

「良かった……皆、無事に戻って……」

「……きた訳ではないようですね」

 

 先生はほっとした顔でヒナたちを迎えようとするが、彼女らが段々と近づいてくるにつれ、徐々にその顔を青くしていく。

 

「ヒナ!? その怪我は……!」

「何でもないの、先生。私の怪我についてはあまり深く聞かないで。色々あったから」

 

 ヒナはホシノとイオリに肩を貸してもらいながら、本当になんでもないといった調子で先生にそう告げる。

 先生も、詮索してほしくはなさそうなホシノの雰囲気などから、諸々を察したのだろう。ヒナに言われた通り、そこから先は何も聞かなかった。

 

「分かった。とにかくヒナは早く治療をしないと」

「応急ですが処置いたしますので、ヒナ委員長をこちらへ。アヤネさんは意識を失った方のホシノさんを診てあげてください」

「はい!」

 

 チナツは道具一式を持ってヒナへと駆け寄り、ホシノとイオリから彼女を受け取ると、最寄りの遊園地のベンチへとヒナを連れて歩いて行く。アヤネもシロコがおぶっている、依然として意識の無いままのホシノを診察する。

 先生は意識のある方のホシノへ向かって、何と言ってよいか迷った風に彼女へと話しかけた。

 

「それで、ええと……ホシノ、君は……」

「……ヒナさんと少しお話をしました。シャーレと言いましたか? 取り敢えず、私は貴方たちについていきたいと思います。ですが、勘違いはしないでください」

 

 ホシノは、ギロリと。眼光鋭く先生を射抜いた。

 

「別に味方となったわけでも、貴方たちを信用したわけでも、ない。何かあれば私は容赦なく暴れるし、それこそ怪我をしているヒナさんの命も保障はしない。彼女もそれは認めてくれた」

「う、うん。大丈夫だよ、ホシノ。私たちは君に何もしないし、ついてきてくれるだけでも私たちは助かるから」

「……ふん」

 

 そっぽを向くホシノ。

 先生は苦笑して、それから診察中のホシノへと視線を転じた。

 

「……ホシノの容態はどう?」

「意識はないですけど、息も脈拍も正常。外傷も見当たらなくて、本当にただ眠っているだけのようです」

「そっか……」

「ん……」

 

 シロコも心配そうに、肩に乗ったホシノの顔を見遣る。

 その表情は実に安らかなものだ。いつもの昼寝をしている時と全く、変わりはない。

 

「取り敢えずシャーレに戻ったら医務室に運んで安静にさせよう。今日は夜も大分遅いし……皆泊まっていくかい?」

「ん、そうする」

「あぁ。もう色々今日は疲れた。ヒナ委員長の件もあるし、ゲヘナに戻る気力はない……」

「「「……」」」

 

 そんなイオリの言葉に口に出して同意する者はいなかったが。

 その場の全員がイオリと同様に草臥(くたび)れて、もはや目に入る遊園地の彩光さえ厭わしく思うような雰囲気すら醸し出しているとなれば。

 口に出さずとも同じような考えでいるのは明白だった。

 

「ともかく、帰る準備をしてくるよ。イオリ、疲れている所悪いけど、護衛をお願いしてもいいかな」

「ああ」

「他の皆はここで休んでいて」

 

 先生とイオリはシャーレヘリが停めてある場所を目指し、アトラクションの林の中へと紛れて消えた。

 

「……」

 

 と、不意にシロコがホシノに対して話しかける。

 

「ホシノ先輩」

「……なにか」

「改めて、自己紹介しておく。私は砂狼シロコ。アビドス高等学校二年生、対策委員会所属行動班長。それと、こっちは一年生のアヤネ」

「あ……はい! 私は会計担当の奥空アヤネです!」

「……」

「貴方が本当に一年生の頃のホシノ先輩なら、果たして後輩という表現が正しいのかどうかは分からないけど……他にもあと二人、ここには来ていないホシノ先輩の後輩がいる。それで、今のアビドスの全校生徒は五人。借金とか砂漠化とか、まぁ色々あるけど。それでも私たちは私たちなりに楽しくやってる」

「……そうですか」

 

 今度こそ、ホシノは否定しなかった。

 シロコはそれで満足したようだった。

 

「あ、あの、シロコ先輩。未来とか過去とかっていうのは、どういう……?」

「ん。説明してなかったね。まぁ、全部ヒナ先輩の受け売りになるんだけど──」

 

 アヤネにシロコが解説を始めるのをよそに。

 ホシノはただ、虚空を見つめた。

 

 

 


 

 

 

「……」

 

 

 

『ねえ、ホシノちゃん』

 

 

 

「……」

 

 

 

『いつかホシノちゃんにも可愛い後輩ができたら、その時は……』

 

 

 

「……」

 

 

 

「……後輩、ですか」

 

 

 

 




2023/10/22追記:大幅に改稿しました。
2023/10/24追記:一部台詞等の変更を行いました。
2023/10/25追記:誤字報告ありがとうございます。修正しました。
2023/10/30追記:一部修正しました。
2023/11/5追記:ホシノの台詞に変更を加えました。
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