ホシヒナ小説集   作:1D100面相

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第3話「これからの事」

 

 

 ヒナが目を覚ますと、そこにあったのは見慣れぬ天井だった。

 

「……?」

 

 何やら重く感じる身体をベッドから起こし、ボーっと辺りを見渡す。

 目に入るのはベッドを丸々囲む無地のカーテン。その隙間の向こう側には、薬などが入っている棚があるのも見える。ベッドのすぐ横にはシンプルな丸型の椅子と正方形のテーブルがこぢんまりと設置されており、テーブルの上にはデジタル表記の無骨な時計が置かれていた。AM、6:12。辺りには何か、病院などで嗅ぐような消毒の匂いも立ち込めている。

 明らかに自分の寝室ではない。何でこんなとこにいるんだっけ……。

 

「……あぁ」

 

 記憶の混濁も、時間とともに解消されてきた。

 任務。そう、スランピアでの任務明けだった。ここはシャーレの医務室だ。

 数時間前。任務を終えてシャーレに帰投した際、ヒナは強制的に医務室に連行された。

 チナツから救急医学部仕込みの手厚い治療を施され、元々包帯ぐるぐる巻きだった身体は、更に包帯ぐるぐる巻きに。もはや何かの妖怪の一種かという有様で、ヒナはベッドへと寝転がされたのだった。

 おかげで身体が少し動かしづらい。率直に言って包帯が煩わしいのだ。ここまで巻きに巻く必要はあったのかとヒナは思う。それを直接チナツに述べたら、無言の笑顔で押し切られてしまったが。

 ヒナはベッドから降りて、カーテンを開ける。すぐそこに、医務室備え付けのソファで横になって眠っているチナツが見えた。有事に備えて、ここで一夜を明かすことにしたのだろう。重傷のヒナや……意識不明のホシノのために。

 

(ホシノは今……どうなっているだろう)

 

 自分が寝かされたベッドの、また隣のベッドに彼女も寝かされていたはずだ。

 と、ヒナは左手に閉ざされているカーテンを僅かに開け、中の様子をそっと窺った。

 そこには。

 

「すーっ……すーっ……」

「……むにゃ……」

 

 ベッドの掛け布団の脇の方に突っ伏す形で眠っているシロコ。

 その反対側で椅子に座ったまま首を傾げて眠っているアヤネ。

 そして。

 

「あっ、ヒナちゃん。おはよう、いたんだ。えっと、今、どういう……あれ、なんかすごい怪我してない?」

 

 普通にベッドから上半身を起こして、シロコの頭を撫でながら、やや困った表情でそんなことを言うホシノの姿があった。

 ヒナは、絶句した。

 

 

──第3話「これからの事」──

 

 

「……相変わらず、回復力は指折りですね。もう既に殆どの傷が塞がりかかっています」

「それじゃあ、この包帯も」

「必要な箇所だけは残します。塞がりかかっているといっても、また傷が開けば元も子もないので、あまり下手に動き回らないでくださいね」

「善処する」

「本当ですよ?」

「うん」

 

 チナツに包帯を取り換えてもらい、その量は取り換える前と比べれば明らかに減った。

 これならばたとえ今、襲撃があったとしても活動するに支障はないだろう。

 

「本当ですからね?」

「う、うん……何で二回」

「何か、良からぬ事を考えているような気がしたので……」

 

 読心術の類だろうか。救急医学部ではそんなものも習うのか。げに恐るべし。

 そんなやり取りをヒナとチナツがしている一方。

 

「やっぱり、この人は一年生の時のホシノ先輩なんだ」

「いや~……俄かには信じられないけどね。でも……うん、見れば見るほど、これは“私”だよ。間違いない」

「は~……一年生のホシノ先輩は、その、随分と雰囲気が違っていらしたんですね」

「おじさんも若い時はやんちゃだったから~」

「たった二年しか違いませんよ……?」

 

 隣のホシノの居るベッド周辺では、他のアビドス組も集結して、遂に二人のホシノが対面を果たした所だった。

 ようやく意識を取り戻したホシノも過去の自分を初めて目にした時には、いつもの昼行燈はどこへやら。青天の霹靂に打たれたかの如き驚愕で、もう一人の己を迎えていたものだが。

 今はもう平静を取り戻している。

 そして、たとえ過去の自分を目の前にしようと、彼女は普段通りの調子を貫き通すつもりであるらしい。

 

「……」

 

 先ほどから、過去の方のホシノは、未来の自分を観察したまま一言も喋ろうとしない。

 まるで値踏みをするかのような厳しい視線を向けて、腕を組み、壁に背を預けて佇んでいる。

 未来の自分との邂逅。とはいえ、今しがたアヤネの述べた通り、未来といってもその差は僅か二年だ。だが、変貌とさえ言って良いほど──“自分”は何もかも違っていて。

 果たして彼女は、一体これをどう受け取り、どんな思いを抱くのだろう。

 ……なんとなく。というかもう雰囲気として。どうにもあまり良くは思っていない気配をひしひしと、ヒナは感じ取っていたが。

 と。

 

「ごめん、皆。遅れた」

 

 先生とイオリが連れ立って、医務室へと入ってきた。

 

「はい。これ、ホシノのスマートフォン。昨日の夜は持ってないって言ってたから」

「……」

 

 過去のホシノは先生から、差し出されたスマートフォンを受け取った。その動きはどこかぎこちない。礼を言う事も無かった。

 ホシノの先生への──“大人”への態度は昨日からずっと、冷たいままだ。

 

「ヒナ、ホシノ。二人はもう大丈夫なのかい?」

「ええ、大丈夫。心配はいらない」

「うへ~、世話かけるねぇ、先生。おじさんも全然大丈夫だよ。体調も全くいつも通り」

「チナツ」

「私から見ても、ホシノさんの体調面に異常は無いように思えます。まだ経過を観察する必要はあるでしょうが、普段通り動いても問題は無いでしょう。ヒナ委員長も……まぁ、委員長は委員長です。傷も塞がりかかっていますし、激しく動き回らなければ大丈夫でしょう」

「そっか」

 

 先生は安心したように溜息を吐く。

 それからホシノが、神妙な表情と声音で、ヒナに向かって話しかける。

 

「世話といえば……ヒナちゃんも、本当にありがとうね」

「……何のことかしら」

 

 傷の事を言っているのは明白だが、ヒナは空(とぼ)ける。

 しかし、ホシノには昨日起きた出来事は粗方話したものの、自分がどのように過去のホシノを留めたのかについては詳しく話していなかったはずだが。

 

(とぼ)けなくてもいいよ。そのキズ、きっとこっちの私を止めるのに付けたキズでしょ。見ての通り、持ち手の無いナイフみたいに扱いづらい人間だから。さっき聞いた話ではうまくぼかしていたけど……ひと悶着があった事ぐらいは、すぐに分かる」

「……」

 

 ちらりと、ヒナは過去の方のホシノを一瞥(いちべつ)した。

 過剰な庇い立ては、(かえ)って庇い立てられた人自身を傷つけることもある。

 ヒナの視線を受けて、ホシノは申し訳の無さそうな表情で、こくりと一つ頷いた。

 

「……ええ、まぁ、そうね」

「やっぱり。ありがとう、ヒナちゃん……そして、ごめ──」

「待ってください」

 

 開口一番、となるのだろう。過去のホシノは、そこで初めて口を開いた。

 

「この件は私に責任があります。貴方がここで謝るのは……筋違いというものでしょう」

 

 そう言うと彼女はヒナの前へと進み出て、姿勢を正し、極めて慇懃(いんぎん)な態度で。

 

「ヒナさん。昨日は申し訳ありませんでした。私の不徳の致す所であったと、猛省します」

「そんな改まって……私は別に気にしていない」

「それでもです……シロコさんと、イオリさんも」

「ん? 私?」

「私もか」

 

 呼ばれるとは思っていなかったのだろう。両者とも意外そうな表情だ。

 

「シロコさんに私は暴言を言い放ってしまい、イオリさんには蹴りや踏み付けなどの狼藉を働いてしまいました。その事に対する謝罪です。申し訳ありませんでした」

「ん。特に気にしてない」

「私もだ。そりゃあ、昨日は気が立ってイラつきもしたが……いちいち敵対した相手の行動に根を持ってちゃ、風紀委員は務まらないしな」

 

 悪名高い規則違反者どもが相手だったら話は別だが、と最後にイオリは付け足す。

 決まりが悪そうに今のホシノは言った。

 

「優しいね、皆。筋違いだって言われちゃったけどやっぱり……過去の自分が仕出かした事だから、私からも謝罪させてもらうよ。ごめんなさい」

「……ありがとうございます」

 

 それだけ言い残すと、過去のホシノは定位置に戻り、再び口を閉ざす。

 沈黙。

 えー、と先生が音頭を取るように話し始めた。

 

「とにかく、皆が昨日の任務を潜り抜けられて良かった。全員無事にとはいかなかったかもしれないけど、そこは素直に喜ばしい事だと思う……それで、ホシノの今後について、なんだけれど」

 

 先生はベッドの上にいるホシノに向けて、問いかける。

 

「ヒナから詳しく話は聞いた。ええと、何て言えばいいかな。そっちのホシノは一年生の頃のホシノに瓜二つだと。今のホシノから見ても、意見は同じって事で良いかな」

「瓜二つというか、その頃の私そのものって感じだね。何でヒナちゃんが一年生の頃の私を知っているのか、そこはちょっと疑問だけど……まぁ、間違いはないと思うよ」

「……」

 

 そういえば情報部云々の話は、ホシノに話した事は無かった気がする。今まで特にそんな機会も巡ってこなかったゆえに。ヒナは何だか少し気まずくなった。

 続けて先生は、壁に寄りかかるホシノに向けて、問いかける。

 

「ホシノは一晩中、シャーレオフィスで情報収集を行っていたけれど……どうかな。これも表現が難しいけど、今ここにいる世界がホシノにとっての未来(・・)であると、確認は取れたかな」

「……」

 

 昨日はここにいるメンバー各々が、疲れに疲れ果てていた。身を清めるのも簡易的なシャワーで済ませ、大半がそのまま流れるように眠りについていく中。

 ホシノだけは、一人、事の真偽を確かめるための作業を黙々と行っていた。

 ヒナの“お願い”の内容も既に先生は聞き及んでいる。その上で先生は、ホシノにシャーレの持つ情報を開示する権限を与えてくれた。とはいえ、その開示範囲には“一定の”の枕詞が付いている。つまり、シャーレの“当番”がアクセスできる範囲までだ。

 流石に、“一切の情報の開示”とは越権した物言いであった、とヒナは反省している。これでホシノにシャーレの機密にあたる情報が欲しいと言われれば、先生も困り果てていただろう。まぁ、実際にはそんな事は起こらなかった。確認作業には不必要であるので当たり前ではあるのだが。

 ついでに自身を人質として扱った件についても、先生からはそれとなく戒められた。「もっと自分の事を大切に扱って」と。昨日やたらと取り乱していたイオリも、同じような思いを抱いていたのだろう。

 こんな自分の身を案じてくれるひとたち──嬉しくもあり、そして同時に心苦しくもあるものの。

 いざ、となれば。大切なその人たちの為ならば──自分はきっとまた同じような行動を起こしてしまうのだろうなと。

 そう、ヒナは考えずにはいられなかった。

 閑話休題。

 ホシノが一晩の情報収集の内に出した、最終的な結論。ヒナには察しが付いていた。先ほどの謝罪は、この世界の時間軸が自分にとっては未来に位置すると、ホシノ自身が認めていなければ出ない発言だ。

 ホシノはゆっくりと、先生の質問に答える。

 

「認めざるを得ません。見聞きする時事等の情報全てが私の記憶には無く、その時系列はいずれも二年後のものです。ここ、シャーレにある情報の他にも、テレビや新聞。日が昇ってから、道行く人々にも数回聞き取りを行いました」

「そんなに細かく確認したのか……」

「ここの情報は偽装されている恐れがありましたからね。鵜呑みにはできません。客観的な裏を取らなければ」

「ん。でも問題は無かった訳だよね」

「総合的に判断すれば、そうなります。流石に一般市民にまで箝口令(かんこうれい)を布いているというのは、考えづらいですから」

 

 そこでホシノは一拍、間をおいて。

 

「本当に未来に来てしまったのですね、私は。タイムスリップですか。数奇なものです。神やら奇跡やら、そんな耳触りの良い言葉は大嫌いですが、思わず信じてしまいそうになります。さぞ悪趣味で、悪辣な存在なのでしょう」

 

 痛烈な皮肉だ。

 だがそれには、どこか諦念めいたものが宿っているようにもヒナには感じられた。

 

「それで? 私はこの後一体どうなるのですか。先ほど、貴方が挙げた話題も私の今後について、でしたよね」

「あ、ああ、うん」

 

 少し気圧されたように返事をする先生。

 普段接しているホシノとのギャップに、調子を狂わせられているのかもしれない。

 

「えっと、やっぱり一番はホシノを元いた場所に帰す(・・・・・・・・)事なんだけど、昨日も言ったように私たちはホシノが何故、どうやってこの世界に現れたのかがよく分かってなくて。まずは件の“青い液体”や、私とヒナが見た“現象”の解明をしないと、ホシノを帰してあげられないと思う。だから申し訳ないんだけど、しばらくはこっちの世界に留まる事になるかな」

「そうですか」

 

 大して期待もしていなかった、という風にホシノが答える。

 それから先生は。

 

「ホシノはこの後どうしたい?」

「……はい?」

「確認も取れた所で、ホシノの希望を聞きたいと思って」

「先生と呼ばれていましたよね。貴方は無いのですか。私をどうこう(・・・・)したいと」

「無いかな。出来るだけ、生徒の要望には応えてあげたいから」

「そうでなくとも、時空間を跳躍したモデルケースとして私は稀有な事例であるはずです。自由に行動させて良いのですか」

「その辺り、諸々の調査は私が独自に済ませておくよ。何か協力してほしい事があったら、その時は都度よろしくお願いしようかな」

「……」

 

 調子を狂わせられているのは、あるいはホシノも同じであるようだった。

 腑に落ちないような顔で、「そうですか……ありがとうございます」と素っ気ないながらも──先ほどは述べなかった──礼を述べて。

 そうとくれば、次に出る言葉は。

 

「では、私は一度アビドスに戻りたいと思います。アビドスが一体どんな未来を辿っているのか。やはり私も気になりはしますから」

「そっか」

 

 やはり。ヒナの予想していた通りであった。恐らくこの場の全員が同じ予想を抱いてはいただろう。

 そうはいっても、改めて本人の口からそれを聞けば彼女たちは嬉しく感じたに違いない。シロコとアヤネは破顔して、それぞれ歓迎の言葉を口にした。

 

「ん。良かった。歓迎する」

「はい! きっと、セリカちゃんやノノミ先輩も喜びます!……あっ、二人にも連絡を取らなきゃですね」

「口頭で信じてくれるかは謎だけど」

「あはは……それは確かにそうですね。まあ、なんとか説明してみます」

 

 言ってアヤネはそのまま医務室の外へと、スマートフォンを片手に飛び出していく。

 ベッドの上のホシノはやや顔を赤らめつつ過去の己に向かって、告げた。

 

「うへ~、なんだか気恥ずかしい感じもするねー。でもまぁ、私も歓迎するよ。“私”」

「……」

 

 相変わらず過去の方のホシノは仏頂面だ。

 しかし、心なしか顔つきが少し緩んでいるようにも見える。

 きっと昨日から愁眉(しゅうび)の開きようもなかっただろう。これで少しでも気が休まってくれれば良いのだが。

 

「さて、ホシノたちはアビドスに帰るとして……ヒナたちもゲヘナに帰るのかな?」

「うん、そうだな。アコちゃんも首を長くして待っているだろうし……」

「やるべき仕事もありますからね」

「……その事だけど」

 

 ヒナは過去のホシノを見据えながら、言った。

 

「私もアビドスに……貴女たちについていってもいい?」

「「「え?」」」

 

 声が重なった。シロコやホシノ、イオリが発した驚きだ。

 チナツは冷静にヒナへと問うた。

 

「……委員長。それはまたどうしてですか?」

「そっちのホシノの事はまだちょっと私も気になるし……それに、この怪我のままゲヘナに帰っても、アコが仕事をさせてくれないと思う」

「それは……あ~、うん。確かに。アコちゃんなら発狂とかしてもおかしくない」

 

 天雨アコ。風紀委員会の行政官。ヒナの秘書的な役割を受け持っている人物でもある。

 とにかくヒナに対して忠に篤く、それはヒナ本人も認める所ではあるのだが……いかんせん、忠義の余りに過保護が暴走しがちであるのも否めない事実である。

 あまりにもヒナを休ませたいがため、わざわざ夏季合宿訓練を利用しヒナをリゾートのホテルに押し込めようと画策したのは風紀委員と、ついでに先生の記憶にも新しい。

 そんな彼女が怪我だらけになって帰ってきたヒナを見て一体何を思うのか。想像するに難くはない。少なくともパトロール等、外行きの仕事は一つもヒナには回してもらえないだろう。まぁこれはチナツからもドクターストップをかけられそうだが、アコの場合は事務仕事すら取り上げてきそうな気配がある。

 そんな訳で。

 

「どうせ明日には怪我も完治しているだろうし、それなら最初から今日はゲヘナに帰らない。休暇や療治にアビドスに遊びに行ったとでも言えば、アコも納得する事でしょう」

「んー、そうか。まぁ、実際委員長怪我してるしな」

 

 うんうん、とイオリは頷いてツインテールを揺らした。

 だが、直後に苦い顔。

 

「ただそうなると……ただでさえ委員長の事にはうるさいアコちゃんに誰がこの事を説明するのかという話に……」

「イオリ、お願いします」

「早いよ!? いや、なんとなく流れで私になりそうな気はしてたけど、それでも少しは話し合おう!?」

「そこは可愛い後輩からの頼みです。よろしくお願いします、イオリ先輩」

「都合のいい時だけ後輩面するのやめない!? 自分で可愛いとか言われちゃうと、こっちは可愛く思えなくなっちゃうって!!」

 

 二人の漫才はさておき。

 

「心配しないで、二人とも。後でアコには私から連絡しておく」

「それでもアコちゃん、細かい所から詰めてきそうで……」

「その時は、まぁ……よろしく。ああ、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)が何か言ってきたら連絡して。すぐに対応するから」

「承知しました。ヒナ委員長」

「うん……しょうがない」

 

 チナツは整然とした調子で返答し、イオリは不承不承といった様子で後頭部を掻く。

 ヒナは改めて、ホシノたちに向けて身体を転じた。

 

「貴女たちも、それで構わないかしら?」

「もちのろんだよヒナちゃん。こっちの私もヒナちゃんには心許してる感じあるし、むしろこっちからお願いしたいぐらい」

「別に……心を許しているわけでは……」

 

 言いかけて、ホシノは気まずそうに目線だけをヒナの方へ寄越すと、それから顔ごと明後日の方向へ向ける。

 確かにこれは心を許しているというより、単に怪我の件で負い目を感じているだけな気がするが。

 ……負い目を感じているのは、自分も同じであったりはするのだが(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 まぁ、それは置いておくとして。

 ヒナの予定は決まった。

 ぱん、と先生が場を締めるように拍手を一つ打ち鳴らす。

 

「うん。話はまとまったかな。さっきも言ったけど、私──シャーレは今回のホシノの件については全力を上げて調査して、解決策を模索していきたいと思う。だからホシノにはしばらく待っていてもらう事になるけれど」

「……はい、大丈夫です」

 

 そこでホシノは、逡巡しながらも。

 はっきりとした声で。

 

「よろしく、お願いします」

 

 と、軽くではあるが、先生に向かって頭を下げた。

 

「……うん、任せて」

「うへ~、本当に世話になっちゃうねぇ、先生。でも本当に、私たちは何も手伝わなくてもいいの?」

「大丈夫大丈夫。よく分かってないとは言ったけど、実は何の手がかりもないという訳でもないんだ。ホシノたちは気にしないで、一年生のホシノについてあげて」

「おお、流石先生。やり手だねー……ありがとう。遠慮なく、任せちゃうよ」

 

 信頼を感じさせる声音で、ホシノは言った。

 

「……」

 

 何の手がかりもないという訳でも、ない。

 ヒナは数時間前、この医務室で先生と交わしたやり取りを思い返していた。

 

 


 

 

「──一年生の頃のホシノ、か」

 

 疲れたようにぐったりと、椅子の背もたれに身を預けながら。

 身を預けすぎてもはや天井の方を茫然と眺めながら、ぽつりと先生はそう呟いた。

 ここに居るのはヒナと先生、その二人のみである。他のメンバーは皆、シャワーを浴びに行ったり、オフィスで作業をしていたり……厳密に言えば、ホシノが隣のベッドで寝てはいるのだが、それは数に含めなくてもいいだろう。

 早めに情報は共有しておくべきだと、ヒナの方から先生に話を持ち掛けた。勿論、ホシノの過去の話だ。

 

「……仮に本人だとして、随分と今のホシノとは印象が違うんだね」

「だから私も、今のホシノと最初に会った時は驚いた。かなり好戦的なタイプと聞いていたから……でもあの(・・)ホシノだったら、確かにそのイメージとは合致する」

「う~む……」

 

 先生は唸る。

 顎を撫でながら少し考えて。

 

「本当に、タイムスリップが起きたのかなあ。あの妙ちくりんな“現象”の件もあるし……しかし、何だろうか、この違和感は。見落としている物があるような気分だ」

「……先生が何を見落としているか。もしかしたら、なのだけれど」

「ん?」

「ホシノの話を聞いていて、思いついた事なのだけれど」

 

 ヒナがどうにかホシノの誤解を晴らそうと尽力していた時だ。

 ホシノはこう言っていた。

 

『私の“神秘”なる物は、その手の界隈の者たちにとっては非常に価値が高いものであるらしい──』

 

 と。

 “神秘”。

 その手の界隈。

 “青い液体”。

 スランピア、そしてドール。

 ……ユスティナ聖徒会(・・・・・・・・)

 

「それってまさか……」

「ええ、つまり──」

 

 

 

 ──複製(ミメシス)

 

 

 

「……」

「……」

 

 ヒナがその単語を呟くと、先生は複雑そうな表情をして、しばし押し黙る。

 それから重い口を開いて、彼が言うことには。

 

「どうやら一筋縄ではいかなそうな話になってきた」

 

 

───

──

 

 

 果たしてホシノの帰る先とは。

 二年前のアビドスであるのか。それとも──

 

 

 




2023/10/22追記:大幅に改稿しました。
2023/10/24追記:一部台詞の変更を行いました
2023/10/25追記:誤字報告ありがとうございます。修正しました。
2023/10/30追記:一部修正しました。
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