ホシヒナ小説集   作:1D100面相

8 / 9
やっと3話目以降が出せました。
1~3話を2023/10/22に大幅改稿いたしましたので、そちらをまだお読みになっていない方は先に目を通していただけると、この話をスムーズに読み進められると思います。


第4話「帰り道」

 ──ガララッ。

 

「みんなおはよー……あれ?」

 

 部室の扉を開いた先にいたのは、一人寂しくちょこんと椅子に座っているノノミのみ。

 

「ノノミ先輩だけ? 他のみんなは?」

 

 セリカは訝しむ。

 いつも昼なのに夜みたいな顔してるホシノはともかく、誰よりも早く登校してくるアヤネや、色々とマイペースながらもきっちり登校はするシロコがいないのは中々珍しい事だ。

 

「おはようございます、セリカちゃん。ホシノ先輩たちはシャーレの任務が長引いて、向こうに泊まったままで、まだ帰ってきてないみたいなんです」

「あぁ……そういえば、モモトークになんか書いてあったっけ」

 

 ひとまず、合点がいく。

 手持ちの鞄をテーブルの上に置き、セリカもまた椅子に座った。

 

「でも泊まり込みになるほどのシャーレの任務って、普段滅多にないような……」

「そうですね……何か問題が起きてなければ良いんですけど……」

 

 心配そうにため息を吐いて、頬に手を当てるノノミ。

 と、そこへ。

 

 

 ──ポロンポロン、ポロンポロン

 

 

 ノノミのスマホに着信。

 

「ん?」

「あら、噂をすればアヤネちゃんからみたいです」

 

 タッタッ、と液晶をスライドさせ、電話に応答する。

 

「はい、おはようございますーアヤネちゃん。ノノミです♧」

『おはようございます、ノノミ先輩。今ちょっとお時間よろしいですか? あ、あとそこにセリカちゃんもいます?』

「はいー、勿論大丈夫ですよ。セリカちゃんもいます」

『それではちょっとこの通話をスピーカーにしてもらって……お二人にお伝えしたい事があるんです』

「?」

 

 取り敢えず言われた通りに、ノノミは通話の設定をスピーカー状態にして、セリカも話せるようにテーブルの中心へと自身のスマホを置く。

 

『おはようございます、セリカちゃん。聞こえていますか?』

「おはよう、聞こえてるわよ。なに? そっちでなんかあった?」

『えぇまぁ何かあったというか……ちょっと大事件が起こりまして』

「……もしかしてシロコ先輩がまた……」

「覆面、被っちゃいました?」

『あ、いや、シロコ先輩は特に問題は無かったんですけど……ホシノ先輩が……』

「ホシノ先輩が?」

 

 セリカは怪訝に思う。

 普段は常に寝てばかりで、先輩としての威厳もへったくれもないようなホシノではあるが──任務となれば途端にその背中が大きく、頼りがいのあるものになるのをセリカは知っている。

 そんなホシノにまつわるトラブル。それもわざわざ”大”だなんて強調するぐらいの事件など。

 それは余程の事であるのではないだろうか。

 流石のノノミも不安げな様子だ。

 

『ええっと、お二人とも、信じられない話かもしれませんが落ち着いて聞いて下さいね』

「勿体ぶってないで早く教えてよ。ホシノ先輩がどうかしたの?」

『はい、単的に言いますと……ホシノ先輩が二人に増えちゃいまして』

「……は?」

『一年生の頃のホシノ先輩が、今日アビドスにいらっしゃいます』

「……え?」

『この件について、まずはお二人に知っておいてもらいたくて……』

「「……???」」

 

 セリカとノノミは、アヤネが何を言っているのか、全く以て理解不能だった。

 

 

──第4話「帰り道」──

 

 

 区外からアビドスへと向かう際の交通の便ははっきりと言って、悪い。

 昔はアビドス行きの電車も各地からかなりの高頻度で出ていたという話を聞くが、諸行は無常。今はD.U.から一時間に二、三本、普通列車や地下鉄の便がある程度に留まっている。勿論新幹線なんて気の利いたものは通っていない。

 バスも無い。そもそも道路が砂漠化により砂で埋まっていたりするので、車両での移動が困難だ。現地住民はそれでも砂漠で走る術を知っている──例えば、タイヤの空気を少し抜いておく。砂にタイヤを取られにくくなるらしい──ので問題ないのだが、それを知らない区外の人間が車で砂に埋まった道路を走破しようとしてスタックする事もあるという。

 徒歩で移動する、というのも出来なくはない。しかしその場合は厳しい気候環境下に加え、自治区自体が広大で、常に遭難の危険が付きまとう。噂では街の中心に居ても遭難する可能性があるらしく、実際シャーレに赴任して間もない先生がそれでやらかしてしまったらしい。初心者には勧められない選択肢だとは、ホシノの談だ。

 とどのつまり。

 アビドスに行くのならば、慣れないうちは電車で。地理に明るい人間を随伴させて行くべきだという話だ。

 

 

 ──ガタンゴトン

 

 

 ヒナとホシノたちはシャーレを出て、アビドス行きへの列車に揺られている最中だった。

 ヒナ以外のゲヘナ組は勿論、先生もいない。途中までは一緒だったのだが、「早速調査に移るよ」と言って一人別方向へと。そのまま街の喧騒の中へと消えていった。向かった方角は確か、ミレニアム方面だっただろうか。

 大して人も居ない車内。ヒナの目の前にはシロコとアヤネの後輩ペアに挟まれて座る一年生のホシノの姿がある。

 最初、ホシノはヒナたちよりやや離れた場所に座ろうとしていた。が、二人になんだか有無を言わせない形で両隣を陣取られ、それから彼女はちょっと緊張したように身を縮こまらせている。

 ヒナの隣の三年生の方のホシノは、それを何やら面白そうな目で見ているが。

 

「セリカちゃんとノノミちゃん、駅で待っていてくれてるんだっけ?」

「はい。かなり怪訝そうにはしていましたが、その筈です」

「……先ほども名前を聞きましたが、その二人が残りのアビドス生の方ですか」

「そう。一年生の黒見セリカと二年生の十六夜ノノミ」

「二人とも良い娘だよ~。セリカちゃんはつんけんしてるけどよく観察してみると猫耳が正直で可愛いし、ノノミちゃんはおっぱいが大きい」

「……」

 

 未来の自分の下心が見える発言に、ホシノはあからさまに端正な顔を顰めて。

 それを見たアヤネは少し慌てたように付け足した。

 

「き、きっとホシノ、さんを見たら二人とも驚きますよ! その、色々と!」

「二人にはなんて伝えたの?」

「ありのままを、と言いますか。タイムスリップの事を伝えたら、お二人とも混乱しきりでしたけど」

「ん。それはまぁそうだろうね」

「あ、ヒナ先輩が来ることも先ほどモモトークで伝えておきました」

「ありがとう」

 

 ヒナは礼を述べる。

 ──ホシノたちに、複製(ミメシス)の可能性については伝えていない。伝えた所で(いたずら)に不安を煽るだけになるだろうと、ヒナと、それと先生は考えたからだ。今は余計な懸念材料を彼女たちに与える必要はない。だから、これは今の所二人の間のみで共有されるのみの仮説となっている。

 実際、あくまでも推測の域を出てはいなかった。そもそも複製(ミメシス)そのものが得体の知れない存在なのだから。推測以上の詳しい話が出来ようはずもないのだ。

 ゆえにタイムスリップも、依然として可能性の一つではある──どころか、新たに他の可能性だって考えられるかもしれなかった。超常とは人の考える及びもつかない事をしてくるので、至極厄介である。

 いずれにせよ──複製(ミメシス)であるにしろ、タイムスリップであるにしろ、事の解決は容易ではあるまいが。

 果たして先生はこの難題にどのように立ち向かっていくつもりなのか。

 ふと、ヒナは気になった事を過去のホシノへと問いかけた。

 

「ホシノは、ここに来る直前の事は覚えていないの?」

「……記憶が曖昧ですね。普通に学校で過ごしていたようにも思いますが、どうやって未来に飛ばされたかとなると、全く」

「不思議だね。ホシノ先輩の身体に“青い液体”がかかって、なんか、変な感じの事が起こった後に気付いたらいたんでしょ?」

 

 狼耳をひくひくとヒナへと傾けて、シロコ。

 ヒナは頷いて続ける。

 

「そうね。形容し難いのだけれど……青い煙のようなものが立ち込めて、それらが光り輝いたかと思えば、そこにはホシノが立ち尽くしていた」

「いやあ、あの時は参っちゃったよね。へんなのが体にかかって、気持ち悪いな~なんて考えているうちに急に目の前が暗くなっていくんだもん。気が付いたら朝で、ベッドの上だったけど」

 

 頬を搔きながら、ホシノは述懐する。

 アヤネが眉を顰めながら、低い天井を見上げた。

 

「聞いた限りでは、ホシノさんご本人以外に手がかりとなる物は残されていないように思われますが……先生はどうやって調査を進めるつもりでしょう」

「でも先生は手がかりがあるって言っていた。既に何か掴めているモノはあるんだと思う」

「もしかして、もう核心に近い所までは迫っていたりして。案外過去の“私”がここに滞在している時間は短いかもよ~?」

「いざとなれば先生の“大人のカード”もある。あれでなんとかできちゃったりするのかもしれない」

「あれってそんなに便利な物なんですか?」

「ん、いや、私も良くは知らないけど……」

「確かに先生の奥の手って感じだし、あれを使うと何でも解決できちゃうような気もするけどさ……でも、使った後に先生、やたら疲れてるからね。自分の身を削るようなら、おじさん、あんまり使ってほしくはないかなー……」

 

 と、現今(げんこん)アビドス三人組が先生の話題で盛り上がりを見せるなか。

 過去のホシノがぽつり。

 

「皆さんは、あの“大人”の方と仲が深いようですが……皆さんから見て、やはりあの方は良い“大人(ひと)”なのですか」

 

 と、やや俯いて、問う。

 すると、ぱっとアヤネとシロコは顔を輝かせて。

 

「それはもう、とても頼りになる方です! 色んな事でお世話になってます!」

「あの人には何度も、私たちは助けられた。特に戦闘面で。全然そんな風には見えないかもしれないけど、指揮系統を任せれば先生は抜群の指示を出してくれる」

 

 そんな二人の顔を交互にホシノは覗いて、それからヒナにも視線を投げかけた。

 

「……うん。指揮能力もさることながら、私たち一人ひとりの心に寄り添いながら接してくれる。まぁ、私たちは実際に付き合いが深いから、その印象にバイアスがかかっていることは否めないけれど、あの人のキヴォトスにおける功績は実際類を見ないモノ」

「そうだね~、うちの学校の窮地も救ってもらっちゃったし……あの人がいなければ私だって、今ここに居ないだろうし」

 

 二人のホシノが顔を見交わす。

 一方は何かを見極めるような、真剣な眼力を備えて。

 一方はゆるりゆるりと、しかるに全てを見通すかのような眼差しを添えて。

 

「私から見ても、先生は良い“大人”だよ。常に私たち、生徒の事を想って行動してくれてる。ちょっといきすぎかな、って思っちゃう時もあるくらい……あなたの気持ちは分かるけど、あんまり、あの人について心配する必要はないんじゃないかな」

「……」

「当然、だからといって甘えすぎるのも良くないけどね」

 

 にへら、とホシノは破顔一笑した。

 それでもまだ、疑念を目に宿していた過去のホシノだったが。

 はぁ、とため息を一つつくと、目を(つむ)りながら席の背もたれへと身体を預けた。

 きりが無い話であるとでも思ったのか。話題を変える。

 

「アビドスの窮地を救ってもらったと言いましたか。この二年の間に一体アビドスにはどんな事が起こったのですか」

「それはもう聞くも涙、語るも涙の大スペクタクルが……」

「そういうのはいいですので」

 

 ぴしゃりと一蹴されてホシノはありゃ、と梯子を外されたかのような塩梅だったが。

 

「……まぁ、片手間で話し尽くせないぐらいには色々とあったよ。電車が駅に着くまでだと、ちょっと時間が足りなさそう」

「アビドスに戻ったら、皆で思い出話に花を咲かせようか。あんまり楽しくない話も多いかもしれないけど」

 

 シロコがそう述べた所で、ぱちくりぱちぱちとアヤネは数回素早く瞬く。

 

「……思ったんですけど、ホシノさんが過去に帰るという話になるのなら、未来の話なんて聞かせちゃっても大丈夫なんでしょうか?」

「あー、それは……」

(……確かに)

 

 複製(ミメシス)にばかり気を取られていたが。

 仮にタイムスリップだとした場合。そういう話にもなる、だろうか。

 

「……でもかなり今更じゃない? それ」

「今更といえば、今更なんですが……」

「……仕方のない話。現に未来に来ている以上、知り得ない情報を知ってしまうのはしょうがない。まさか一切を忘れさせて、どこかに監禁してしまう訳にもいかないし。取り敢えず、実際にその段階になってから考えるしかないでしょう」

「そ、そうですよね、ヒナ先輩」

「なんだっけ、そういうの。タイム、パ、パ……パラ()ックス?」

「……シロコさん。タイムパラ()ックスです」

 

 と。

 

 

 ──ガタンゴトン。ガタンゴトン。

 

 

 そろそろ、列車はアビドス自治区内へと差し掛かる。自治区自体の広大さも相俟って、降車駅に着くまではまだ時間がかかりそうだ。

 移り行く窓の景色は、閑散とした砂の住宅街を映し出し始め。

 遠くにはそれとは場違いにも思えるような高層ビルがぽつぽつと聳え立っている様を臨む事が出来る。

 そこで過去のホシノは静かに目を見張り、身体の方向を転換して、外の景色へと釘付けになった。

 

「私の記憶が確かなら、この辺りは砂漠化がまだ及んでいなかった地域の筈。なのに、もうこんなにも砂が……!」

「……そっか。そうだね。二年前は、そうだったかもね」

 

 ホシノは僅かに声を震わせた。

 当たり前であった事が──当たり前でなかった事に気づいたように。

 哀愁を含んだ声で、続けた。

 

「シロコちゃんの言う通り、楽しくない話、多いかもね」

 

 


 

 

 ヒナたちは駅に着くと、ホームへと降り、改札口へと向かう。

 過去のホシノは表情こそ変わらないものの、電車に乗る前と比べるとその足取りは若干、重くなっているようにもヒナには感じられる。

 

(仕方のない事か)

 

 アビドスに牙剥く脅威──砂漠化。

 それが二年経ってもなお健在であることに少なからずショックを受けるのは……仕方のない事だろう。

 勿論、ホシノも承知はしていた筈だ。相手は自然現象。人の手の及ばぬ運命に程近い存在。二年やそこらで解決するほど生易しい問題ではないということは。

 しかしそれでも、理性による理解と感情での受容はまた別の話なのだ。分かっていても。理解していても。厳然たる現実としてそれを突き付けられれば、やはり落胆は避けられないものだ。

 それでいて、まだ“楽しくない話”が控えているとなれば──。

 

(いけない。あまり暗い考えでいるのは、良くない。別にそういう話ばっかりな訳では無いだろうし)

 

 ヒナは周りに気付かれないよう小さく(かぶり)を振った。意識して思考を切り替える。

 殊の外広いアビドス駅構内。ようやく改札口が見えてきた。セリカとノノミの二人は、改札口付近で待っているという話だったが。

 

「さ~て、セリカちゃんとノノミちゃんは~っと──」

「あ、来た来た。こっちこっちっ!」

 

 セリカの快活なその声は良く響いた。おかげですんなり目的の二人を見つけ出す事に成功する。

 ホシノたちが改札を通って近づけば、彼女たちは笑って──しかしその笑みはすぐに立ち消えて。やがて表情は困惑へと、連続的な変遷を辿る。

 

「やぁやぁ、セリカちゃん、ノノミちゃん、お出迎えごくろー」

「えっと、シャーレでの任務を終えてただいま帰還しました」

「ん。一仕事してきた」

「はい、お疲れ様です……?」

「え、あの、そっちの娘は……?」

 

 セリカの僅かに震える人差し指が過去のホシノの姿を捉える。その瞳は言外に「まさかでしょ?」という意想外を語っていた。

 

「朝に伝えた通りです。一年生の頃のホシノ先輩、ですね」

「……そっちは?」

 

 人差し指がうへうへ鳴くホシノへと移る。

 

「三年生のホシノ先輩……私たちが知るいつものホシノ先輩です」

「……は?」

「やっぱり信じてなかったかぁ~」

「そのですね、セリカちゃん。朝話した事は、どれも本当なんです。こちらに居る方は本当に過去からやって来たホシノ先輩なんです」

「「……」」

 

 二人は数舜、思考の間隙を経て──。

 

「え、え……えええぇぇぇーーーっ!?」

「まぁ……!」

 

 セリカ、面白いほどにびっくり仰天。口をぱくぱく、猫耳ぴくぴく。ヘイローすら衝撃で震えているような有様だ。ホシノの言う通り、猫耳が正直……というより身体全体が正直なのかもしれない。

 他方ノノミも、セリカほどではないとは言え驚愕に目を剥いて、口元を手で覆い隠している。どこか気品を感じさせるような驚き方だった。

 

「いやいやいや噓でしょっ!! 流石にそんな筈がないっ!! 他人の空似じゃあ──」

「電話口でアヤネちゃんが言っていたこと、本当にそのままだったんですねー……」

 

 ばっとセリカがノノミの方を振り向く。

 

「ノノミ先輩!? 信じるの!? これを!?」

「はい。確かに、驚きはしましたが……」

 

 ノノミはにっこりと、包容力のある笑みを浮かべると。

 ちょっと屈んで、真正面から過去のホシノの顔を見据えるようにして、その手を取った。

 びくりと、ホシノの肩が震える。

 

「私が初めてホシノ先輩と会った時と、雰囲気がとてもよく似ています。こうやって見れば見るほど、ホシノ先輩なんだなーって……まぁ、時には自分の想像を超えた出来事も起きるものでしょう。自己紹介が遅れました。私は十六夜ノノミです、よろしくお願いします☆」

「よ、よろしくお願いします」

「~~ッ!!」

 

 声なき呻きを上げて、セリカが悶える。

 それを見た過去のホシノが、セリカへと身体の向きを転じて、言った。

 

「セリカさん」

「えっ、な、なに?」

「貴方の信じられない気持ちは、十二分に理解できます。ましてや比較対象がこんな(・・・)だと尚の事信じられないでしょう」

「こんなて」

「ですから無理に信じる必要はありません。私の事は彼女とは無関係な──それこそ新たにアビドスへと入学してきた、一介の新入生とでも認識してもらえれば良いでしょう」

「うへ~、無関係かあ。いやはや手厳しいね~」

 

 たはーっとホシノが顔を手で押さえて空を仰ぐ。

 

「……くない」

「え?」

 

 有るか無きかのか細いセリカの呟きに、シロコは狼耳をそばだてた。

 セリカのその目は、益々の困惑に渦巻き逆巻きぐるぐるぐる。

 

「真面目……丁寧……やっぱりホシノ先輩ではない……ホシノ先輩ってのはもっとのんびりほんわかで……かなりダメダメの……」

「んー? セリカちゃーん?」

「……一先ず、ここは移動しない? 周りの注目を浴びてしまっている」

 

 セリカが一通り騒いだからなのだろう。周辺を見渡せば、こちらに好奇の視線を向けている駅の利用者たちの姿が目に入る。中には「あれはアビドス高校の……?」などと、素性まで把握し始めている者まで。

 ヒナの言葉に、一同は各々賛同の意を示した。

 

「うへぇ~、おじさんたち見られちゃってるよぉ~」

「ん。取り敢えず、歩きながら話そう」

「そうですね。お二人にはこうなった経緯について、電話で話せなかった所も詳しく話をしたいですし」

「そ、そうね。私たちもそれが一番気になってる所よ」

「それじゃあ、行きましょうかー♧」

 

 


 

 

 駅を出て。

 ヒナたちはアビドス中央駅前の歓楽街を歩きつつ、セリカとノノミに事の経緯を話していった。

 歓楽街、といっても殆どの店は閉まってシャッターを下ろしており、人気も(まば)らに閑古鳥が鳴いている様はヒナに侘しさの感情を誘起させる。

 

「はぁー、そんな事があったのね……」

「結構大変な任務だったんですねー、お疲れ様です……それでホシノ先輩、今はお身体の方は大丈夫なんですか?」

「うへー、大丈Vだよ、ノノミちゃん」

 

 ピースマークを作って、ノノミに突き付けるホシノ。

 

「さて、これで信じてくれる気になったかな。セリカちゃん」

「……ここまで大真面目に話されると、流石にね。ゲヘナの風紀委員会、特にヒナ先輩までグルになって……そんな包帯まで巻いて、騙そうとしてるとも考えづらいし」

「身体の事を言うなら、ヒナ先輩もそうですよね……大丈夫なんでしょうか、その、怪我の具合は?」

「心配してくれてありがとう、十六夜ノノミ。でも大丈夫。これぐらいなら明日には完治している。今日ここに来たのは、仕事から距離を置いて、怪我を治す為でもあるから」

「傍目からすると結構な怪我のようにも見えるんだけど、明日には完治ってスゴイわね……」

 

 感心しきりといった風に、セリカが唸った。

 

「それにしても、一年生のホシノ先輩ね……」

 

 セリカは遠慮がちにも繁々と、過去のホシノを足元からつま先まで観察する。

 その視線を受けても、ホシノは特に意に介する素振りを見せなかったが。

 

「うへ~、あんまり見ないで~、そこまでじろじろと見られるとおじさんの方が結構恥ずかしい~」

 

 些か紅潮してセリカの目の前でぴょんぴょんと飛び跳ねるのは、もう一方のホシノだ。

 

「あ、ごめんなさい。いや、本当に今とは違うんだなって思っちゃって」

「まぁね、過ぎる年月は人を変えていっちゃうものなのさ。老いとは恐ろしい物だよ」

「私たちと一年二年しか変わらないでしょ……」

「でもそうですね~、こうしてお二人が並んでいるのを見ると、同一人物というより双子の姉妹って感じがします~」

 

 ノノミの言葉に、ホシノは何かを思いついたように手を叩く。

 

「そっかー、じゃあもうそういう事にしちゃおう!」

「はい?」

 

 過去のホシノが怪訝さマックスで未来の自分の顔を捉えた。ありありと「何言ってんだコイツ」みたいな表情だ。

 

「これから私たちは姉妹だよ。私が姉で、そっちが妹。これからよろしくね、妹ちゃん(・・・・)

「……」

 

 うへへとしたり顔で笑う“姉”を見て。

 心底嫌そうに眉と頬を歪める“妹”だった。

 

「何が、妹ちゃん(・・・・)ですか。私は嫌ですよ」

「だってそうした方が、何も知らない人に対しても説明が楽でしょ?」

「……それはそうかもしれませんが」

「じゃあ、そういう事で決まりね♪」

「……はぁ」

 

 苦虫を噛み潰した顔で、未来の自分の提案をホシノは渋々承諾する。まだアビドスに付いて間もないというのに、何だかもう困憊している様子である。

 そこで不意にノノミが、その豊かな胸の下にすっぽりと収める形で、過去のホシノに後ろから抱きついてきた。

 ギョッとして足を止めるホシノ。

 

「えっ、ノノミさんっ?」

「それじゃあ私はこっちの妹ちゃんの方の先輩を“ホシノちゃん”って呼びますね! どちらも“ホシノ先輩”だと紛らわしいので!」

「っ!」

 

 ホシノは面を喰らって、もぞもぞとノノミの腕の中で抵抗とも呼べない抵抗を行う。

 

「あっ、あの、ノノミさん」

「“さん”なんて他人行儀な呼び方じゃなくて良いですよ。ホシノちゃんも、呼び捨てとか“ちゃん”付けで結構です!」

「いや、そういう訳には……」

「あ、もしかして嫌でした? ならこの呼び方はやめておきますが……」

「嫌、という訳でも無くてですね……」

 

 過去のホシノは抵抗を止めて俯き、そのまま無言で佇む。

 「ホ、ホシノ先輩?」とノノミは抱きつきを解除して、心配げにホシノに対して声をかけた。

 佇んだのは、ほんの数秒の間の事で。

 

「……申し訳ありません。何でもないです。ノノミさんも、その呼び方で結構ですよ」

「本当に大丈夫ですか? 嫌なようなら正直に言ってくれても……」

「全然嫌ではありません。心配しないでください。少し、考え事をしていただけです」

 

 すぐにホシノは顔を上げて、いつも通りの調子でそう答えた。

 

「……」

「ん、紛らわしいという話なら偽名とかニックネームを作った方が良いかもしれない。対外的にも同名で呼ぶよりは自然になる」

「なるほど、では私はホシナで良いですよ」

「ホシナ……捻りがないね」

五月蠅(うるさ)いです」

「ホシナちゃん、良いですね! それでいきましょう〜!」

「改めてホシナ、よろしく」

「よろしくお願いします、ホシナさん」

「ちゃん、で良いんじゃない? 一応は同級生って事になるんだし。えーと、それでホシナちゃん、その……まぁ、よ、よろしくっ」

「はい、皆さんよろしくお願いします……ヒナさんも」

「……んっ、ええ、よろしくホシナ」

 

 


 

 

「……あれ、ホシノ先輩、どこに行くの? そっちは学校に向かう道じゃない……」

「うん。でもホシナちゃんが行く先としては、やっぱりこっち(・・・)の方が最初だから」

「? こっちに何があるの?」

「……ホシノ先輩、確かこっちの方向は……」

 

 セリカの疑問と、何かを察したようなノノミの言葉に応じて、ホシノは頷く。

 

「こっちには、一年生の頃に私が通っていた旧校舎がある。つまり、ホシナちゃんにとっての本校舎だね」

「え。でも──」

 

 目の前に広がる光景を睥睨するホシナに、一瞬目を遣って。

 

「──先には砂漠しか無さそうだけど……」

 

 セリカは言った。恐る恐ると。

 

「放棄して大分経ってるからねぇ。たまに私もそっちに足を踏み入れてみたりはするけど、ぶっちゃけほとんど砂に埋まってるから……」

「なるほど……」

「……」

 

 目の前を()め付けたまま。

 ホシナは一歩を踏み出し、砂場を強く踏みつけた。

 それは言葉無き報復のようにもヒナには感じられた。

 

「この変わりようだと、流石に校舎の場所は分かりません。ホシノさん、案内してください」

「分かってるよ、ホシナちゃん……それにしても、自分に自分の名前を呼ばれるって、何だか変な感じだねぇ」

 

 こうして一同は、太陽が燦々(さんさん)と照りつける砂漠へと足を踏み入れ──。

 

 

───

──

 

 

「──ああ」

 

 到着したのは、学校の校舎──とはとても思えないような、ほとんど倒壊して砂に埋まった廃墟であった。

 下層部分は完全に砂に埋没し、見えている部分は上の方に位置する階層のみ。それだって吹きすさぶ砂嵐と灼熱の太陽光線によって劣化し、辛うじて形を保っている状態である。今に、全てが崩れてきても不思議ではない所見だ。

 これでは中に入るどころか、付近に近づく事さえ危険だろう。

 それでも、ここがただの廃墟などではなく、かつては歴とした学校であったと判別できるのは──壁面に顕然と、アビドス校章が描かれているからだ。それだけがここがどんな場所であったかを示す、唯一のしるしであった。

 

「ここが……旧校舎?」

「本当だ……校章が描いてある……ここは本館だった向こうの校舎とはまた別の?」

「うん。ここもまた“別館”だよ。マンモス校だった頃の名残で、結構色んな所にアビドスの別館はあるからね。うへ、前にも話した事あったかなー。私がホシナちゃんだった頃って、砂漠化を避けて校舎の移転を繰り返してる時期だったからさ。あっちこっちの別館を転々としてたんだよ。最終的に私たちが使ってるとこ以外は全部砂に埋まっちゃったけど……ここは一番長く、最後の方まで使えた所かな」

「……さっき、この校舎に足を踏み入れてるって、ホシノ先輩言いました?」

「え、あ、うん。まぁその……色々と思い出が……」

「思い出よりまず自分の身の安全です。こんな有様じゃいつ崩れてもおかしくないじゃないですか!」

「ご、ごめんよアヤネちゃん……」

「本当に、こんな有様(・・・・・)、ですね」

「あっ……!」

 

 ホシナのその反復に。

 失言だったと気づいたのだろう。アヤネは口元を抑えると、青ざめてホシナに謝罪する。

 

「すみません……私、そんなつもりじゃ……」

「いえ、気になさらないでください。こちらこそ申し訳ありません。気を遣わせてしまいました」

 

 そう言ってホシナはじっと、己の学び舎だった場所を眺め始めた。

 

「……」

 

 沈黙が続く。誰も何も言わない。言えない。

 照り付ける日差しも。鬱陶しい砂塵も。この空気感と比べてみると全く大したものではない。

 ホシナが今、何を考え、何を感じているのか──それを推察するのは、なんだか不躾に過ぎるような気がした。ヒナは、努めてホシナから視線を外す。ただ茫然と、かつての学び舎の残骸を見つめ続けた。

 数十秒、あるいはもっとか。変わり映えのない砂漠の景色はヒナの時間感覚を大いに狂わせたが。

 

「──はぁ」

 

 不意にホシナは嘆息して、肩を落とす。

 校舎から視線を外して、ヒナたちの方へと向き直ると。

 

「行きましょう」

「もういいの?」

「はい。ここで突っ立っていても何かが変わる訳でもないですから」

 

 そう言って、一人、ここまで来た道を引き返し始めた。

 やや遅れて、ヒナたちもそれに続く。

 皆、どこか浮かない顔をしていた。ヒナだってそれは同じだった。

 前を行くホシナの背中は体躯以上に小さく、そして寂しいものに見えた。

 

 




アビドス関連の描写は後ほど加筆修正する可能性大です。(特に旧校舎周りの設定がよく分かっていない)

2023/10/31,11/5:一部描写・台詞を修正しました。
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