ホシヒナ小説集   作:1D100面相

9 / 9
第5話「否定」

──第5話「否定」──

 

 アビドス旧校舎を後にして。

 

「残された別館、となるとやはりここ(・・)でしたか」

「うん」

 

 ヒナは今のホシノたちが通う、アビドス本校へと足を踏み入れた。ホシノたちが対策委員会の部室に向かって進んでいくので、ヒナもそれに追いていく。

 ゲヘナと違い、壁も窓も壊れていない綺麗な廊下を眺めて。

 思えば他所の学園の校舎の中に入るのは、中々無い経験である事にヒナは気づく。初めてかもしれない。ヒナでなくとも学外の人間が──自治区内に訪れるのはともかく──その学校の校舎にまで踏み入るのは珍しいことだ。

 心ともなく、きょろきょろと色々な部分を観察してしまうが──それをホシノに横目で見つめられている事にも気づく。

 

「うへへ、そういやヒナちゃん、こっちの学校の中に入るのは初めてだっけね」

「特に学園交流といった行事もないので、誰かを招き入れるというのは先生以外だと初めてかもしれませんね~」

「私も他所の学園に出向くことは無いから、新鮮な気分」

「そうなんだ。ヒナちゃん、アクティブ仕事人だから結構色んな学校見に行ったりするのかと思ったけど」

「そういうのは万魔殿(うえ)がやる事ね。私は自治区内の治安維持に奔走しているから……」

 

 頓にヒナの目が遠くなる。

 

「本当に……ゲヘナ(うち)の子たちは奔放が過ぎる。破壊が常態だから校舎の中なんて、致命的な部分を除いてボロボロだし……こんな綺麗な廊下が羨ましい。窓から見える風景も長閑だし、事務仕事に集中できそうな環境よね……」

「ああ、ヒナちゃんがシナシナになってる……」

「あはは……やっぱり三大校の一角ともなると、管理面は大変そうですね」

「三大校だから、というよりゲヘナだから、な気もするけど」

 

 そんな話をしている内に、「アビドス廃校対策委員会」の札が掲げられた部室に到着する。

 

「まぁ、うちも使ってない教室とか廊下は大分放置してるから、砂が溜まってたりしてほこりで汚くなってるけどね……さ~て、ただいま~!」

 

 がらり、と開けた扉の先に誰がいる訳でもないが、ホシノは元気よく挨拶した。

 ホシナ以外の他のメンバーも明らかにリラックスして、教室の中に入る。きっと彼女たちにとって、この教室は自宅の居間のように寛げる場所なのだろう。

 全員が入って、ヒナが最後尾だったので、当然の礼儀としてドアを閉めて。

 

「廃校対策委員会、ですか」

 

 ホシナは後ろ手を組みながら、部屋全体をじっくり観察して部屋を一周する。

 

「生徒会、ではないのですね」

「あ、はい、そうですね。今は対策委員会がアビドス生徒会としての役割も担っています」

「まま、立ち話もなんだし、座りながら話をしようよ~。ほら、おじさんの隣の席譲ってあげるから」

 

 ぽんぽんと、ホシノは自分が座っている席の、隣の椅子の座面を二度ほど軽く叩く。

 

「……」

 

 そんなホシノを感情の灯っていない眼差しで、少し見つめて。

 ホシナはホシノとはほぼ対角に位置する椅子へと座った。

 ホシノは肩を竦める。

 

「ツンデレだなあ」

「ん。いや、これはクーデレ」

「人を変な属性で括らないでください」

 

 ホシナは唸って。

 

 

 ──ぐう~っ……。

 

 

「……あ」

 

 誰かの腹の虫が鳴いた。いや、誰かとぼかす必要もなく自明なのだが。

 何故なら、一人思わず声を上げてしまい、ゆで蛸のように顔を真っ赤っ赤にしている人物がいるから。

 セリカだった。

 

「──っ!!」

「おやおや~? セリカちゃん、随分とまあ、可愛らしいお腹の虫を飼っているんだね~?」

 

 急いで腹を抑えるセリカをここぞとばかりに弄るホシノ。口元に手を当てて実に嫌らしい笑みだった。

 

「うっさい! そろそろお昼も良い時間なんだから仕方ないでしょっ!」

 

 セリカは吠える。

 その言葉にノノミは追従した。

 

「でも確かにそうですねえ。お昼ご飯、どうしましょうか?」

「ふっふっふっ……」

 

 変わらず顔を赤くしたまま、何やら怪しげに笑うセリカ。一同の注目を集める。

 妙にテンションが高い。というよりこれは、腹が鳴った事に対する照れ隠しか。

 

「最近、柴関ラーメンが出前をやるようになったのよ。だから今や電話で一本、どこでも柴関のラーメンが味わえるわ」

 

 柴関ラーメン。その名前にヒナは微かな聞き覚えがあった。

 記憶を辿れば……確か、便利屋が爆破させた店がそんな名前であったように思う。

 

「出前ですか? 大将さんの店ってまだ屋台ですよね?」

「固定電話は無いし、注文配達サービスと契約してる訳でもないから、大将個人の携帯電話にかけるわ」

「それって大丈夫なの……?」

「細かい事は気にしないでヒナ先輩! 大将も色々と頑張ってるのよ!」

「柴関ラーメンですか……今でもちゃんとあるんですね」

 

 ホシナのその声音は今までと比べると、随分と穏やかだ。

 変わってしまった事ばかりの未来の世界。それでも変わらず在り続けるものもある事に、彼女は安堵しているのだろう。

 セリカもそれは察したのか、少し優しい調子になる。

 

「ええ、大将も現役でバリバリ働いてるわ。あれはまだあと数十年は退かないわね」

「しかし、柴関ラーメンはちゃんとした店舗を持ったお店だったはず。それが何故、屋台に?」

「あー、ええと……」

 

 痛い所を突かれた、という風にセリカが目を回す。

 ホシノが助け舟を出した。

 

「そこら辺話し出すとどんどん込み入ってくるから、後で後で~。今は取り敢えず、お昼ご飯を頼もう……おじさんは特製味噌ラーメン! トッピングはバターコーンで!」

「あ、はいはい」

 

 セリカが当意即妙と、スマホを取り出して各々の注文を聞き取る態勢に入る。堂に入った看板娘ぶりであった。

 

「そうですね~、今日の私は豚骨ラーメンでお願いします~!」

「塩」

「私はいつも通り味噌ラーメンで……」

「私も普通の味噌ラーメンでお願いします」

「ラーメン……なら、醤油でお願いするわ」

「は~い、ご注文伺いました~。ちょっと待ってね~」

 

 たっぷたっぷ。注文をスマホに取り終わったセリカは、そのまま電話をかけ始める。

 

「あ、大将。ちょっと出前良い? うん。今日は普通に客として……うん、アビドス高校に。じゃあ今から注文言ってくから。ええと、醤油一丁、塩一丁、豚骨一丁、味噌二丁に特製味噌トッピングバターコーンで一丁……あ、私の分入れてなかった。それじゃあ醤油もう一丁追加で──」

 

 


 

 

 それからそれから。

 ラーメンが届くのを待つ間、対策委員会のメンバーはホシナに、この二年でアビドスがどんな道のりを辿ってきたかを語って聞かせた。

 後輩たちの入学時の出来事から──対策委員会が生徒会としての公式な承認を得るまで。その過程を詳らかに。

 無論、合間に語り尽くせるほどの内容ではなかった。ラーメンが届いてからも話は続き、ちょうど全員が食べ終わった所だった。話の種が尽きる。

 ホシナは対策委員会の口から語られる、自身が。そしてアビドスが辿るであろう未来の出来事にじっと耳を傾けていた。横槍を挟まず、相槌すら打たず。ただ黙然として──聞き入っていた。

 だから、これは話が始まってから最初にホシナが放った一言になる。

 

「カイザーPMC、ですか」

 

 ホシナはまるで敵を眼前にしているかのごとく、鋭い視線を放つ。

 

「カイザー系列は、やはり油断なりませんね」

 

 その視線がふいとホシノに向けられた。

 

「と、いうことは今のアビドスの生徒会長はホシノさんだという事ですか」

「いやー、私は生徒会長なんて器じゃないから~。そこは辞退させてもらっているよ」

「……」

 

 一層ホシナの顔色が険しくなる。

 

「……生徒会長の席が空席だと? 貴方は対策委員会の委員長ではないのですか?」

「あー、そこら辺ややこしいんだけど……今の私は皆を背負っていくので精一杯でさ」

 

 と、ホシノは俯く。

 

「まだ、学校を一人で背負っていくには……足りてないものが多いから。だから今は、皆の背も借りたままでいようかなー……って」

 

 何か、自分にも言い聞かせているような口調。少なくともヒナにはそう聞こえた。

 それでも、ホシナはそれを是とはしなかった。もしくは、適当な理由をつけてぼかされたとでも思ったのかもしれない。

 

「何を甘えた事を……貴方は今の自分の立場を理解しているのですか? 窮地を乗り越え、正式な委員会だと認められた今こそ大事な局面であるというのに……とても未来の自分だとは思えない、呆れた呑気さだ。そんなだから敵の口車に乗せられて捕まるんです」

 

 苛立ちを隠さず、眉間に皺を寄せる。

 見かねて他のメンバーが慌ててフォローを入れた。

 

「ま、まあまあ。私たちもホシノ先輩には色々と助けられていますから」

「私たち対策委員会の支柱ですね~。精神的にも、戦力的にも!」

「そうだね。いつも最前線で私たちを率いて、敵を引き付けてくれる。感謝してる」

「普段は寝てばっかりだけど、やるときはやる人だし!」

「……寝てばっかり?」

「あ……」

 

 フォローどころか、火に油を注いでしまった。

 ホシナはセリカに詰め寄る。

 

「セリカさん。寝てばっかり、とはどういうことですか?」

「いや、その……あはは、思い返せばそんなに寝てなかったかも──」

「正直に」

「う……はい……」

 

 そのあまりの剣幕に、猫耳を震え上がらせながらセリカは観念して白状する。

 ちらちらと、ホシノの方に度々目を遣って。恐ろしさのあまり、敬語だった。

 

「まぁ……日頃結構ぐうたらはしているかもしれないです……朝、寝過ごして学校に遅刻してきたり、会議をすっぽかしてどこかにお昼寝をしに行ったり……そんなホシノ先輩を探して起こして、教室に連れてくるのが割と日常茶飯事ではあります……」

「……」

「で、でも本当に、任務とか、皆で身体を張って何かに挑む時とかは、ホシノ先輩も真剣で頼もしくて……!」

 

 セリカの釈明はしかし。ホシナの耳には届いていなかった。

 ホシノは今にも暴れかねない気迫でホシナに睨みつけられ、思わず委縮してしまう。

 

「……」

「う、うへ~」

 

 無言で、ホシナは席を立つ。

 そのまま窓際に設置されているテーブルへと移動すると。

 

「ここに、興味深いものがあります」

 

 置かれている一つのファイルを手に取った。

 あっ、とアヤネが声を上げる。

 

「それは……」

「“対策委員会借金返済案集”……」

 

 日々使い込んでいるのだろう。多くの書類や付箋が綴じられ、それなりに厚く膨らんでいる。重要書類であるだろうに誰の目にもつきやすい場所にあったのは、単なるしまい忘れか、それとも委員会以外の人間が読むことはないだろうという気の緩みか。

 その中身にホシナは目を通し始めた。

 ぱら、ぱら、ぱら。ページを捲る音だけが部室内を支配する。

 緊張の面持ちで、対策委員会メンバーはホシナの動向を見守った。まるで脱税疑いで学税局に査察に入られたかのような張り詰め様だ。

 

「……銀行強盗にスクールアイドル、マルチ商法と……却下されているとはいえ他の方々の意見にも物申したい事は多いですが……」

 

 青筋を立てて、ファイルの中身をホシノの目前へと突き付け。

 

「スクールバス襲撃に全資金を宝くじに投入……これが、学校の存亡を担う委員会の委員長が出す意見ですかっ!!」

 

 

 ──ガンッ!!

 

 

 ホシナの持つショットガンの銃床が机に叩きつけられる。

 そこから、堰は切られて。

 

「ふざけるなっ!! なんなんだこれは!! お前は本当に委員長だという自覚があるのか!? 全校生徒五人、一人ひとりの行動が趨勢を左右する学校の委員長だという自覚が!!」

 

「態勢を少しは持ち直したとはいえ、状況が悪い事には何ら変わりがないんだぞ! 砂漠化は依然として進行する一方! 借金は膨らみ、利息を払うのが精一杯! おまけに土地は殆どをカイザーが所有したままだ! 寧ろどんどん悪化してるじゃないか!!」

 

「そんな中で眠ってばかりだ、くだらない茶々を入れるなどと……! お前は自らが持つ責務を何一つ果たしていない! こんなの、居ても居なくても同じだ! いや、邪魔になるだけ居ない方がマシだ! とっととアビドスを退学してしまえばいい!!」

 

「気の抜けたヤツだとは感じていたが……こんなに度の越した腑抜けだなんて思ってなかった! 大体なんだその口調は!? 阿呆みたいに“うへー”だの“おじさん”だのと!! それで、それで“あの人”と同じ人間にでもなったつもりか!!」

 

 怒涛だった。

 ホシナは言いたい事を一気にぶちまけ、その勢いにこの場の誰も口を出す事が出来ない。

 ただひたすらに激しい怒りを言葉に乗せ、全てを吐き切った。

 

「はぁーっ、はぁーっ……」

 

 肩で息をして、改めてホシノと相対する。

 怨敵にでも出会ったのかと見紛うばかりの形相で。

 だが、悔し気に──彼女は言い放った。

 

「お前なんて──お前なんて“私”じゃないっ!!!」

 

 

 ──ダッ!

 ──バァンッ!!

 

 

「ホシナちゃん!」

「ホシナ!」

 

 勢いのまま教室を出ていくホシナ。

 それを、追いかけようとするノノミやシロコだったが。

 

「待って!!」

 

 ホシノが呼び止める。彼女らしくもない、切実な声で。

 

「……そっとしておこう。私たちが追っても、ホシナちゃんは怒りの矛を収めてくれないよ」

「ホシノ先輩……でも」

「それに今回ばかりは、私に非があるしね。いつもアヤネちゃんやセリカちゃんに怒られてばっかなのに、それを直そうとしないツケが回って来たんだ」

「「「「……」」」」

「まぁ、そっとしておいてどうなるかっていうのは……私にも見えてないんだけど」

 

 そう述べる彼女の姿は普段と、違った。

 昼行燈に見えて、その実に強かさを持つ“小鳥遊ホシノ”とは真逆──至極、弱々しい姿だった。

 流石に堪えた、のだろうか。

 いや、何を言っている。当たり前だ。誰だって堪えるに違いない。糾弾もそうであるが、過去の自分から面と向かって、「お前は“私”じゃない」と言われてしまえば──。

 ホシノの肩はほんの少しだけ、震えていた。

 

(ホシノ……)

 

 翻って、ヒナの方を向くホシノ。

 その顔は明らかにそれと分かる作り笑顔だった。

 

「ヒナちゃん、ごめんね。せっかく来てもらったのに、こんな事になっちゃって……」

「──私が」

 

 おもむろに、ヒナは座っていた椅子から立ち上がった。

 

「私が、ホシナを追うわ」

「えっ、ヒナちゃんが……?」

「ええ」

 

 脱いでいたコートを羽織り、粛々と出で立つ準備を始める。

 

「ホシノの言う通り、貴女たちが追っても恐らく門前払いを食うと思う。彼女はきっと今のアビドスには戻りたくないはずだから。でも部外者の私なら、まだ幾らか話をしてくれるかもしれない」

「えっ、ええっ、でも……」

「大丈夫」

 

 ぽん、と。

 ヒナはホシノの頭に手を置いた。

 

「彼女を決して、独りにはさせないから」

「ヒナちゃん……」

「貴女もそこまで気を落とさないで。私は……今の貴女が好きよ」

 

 感極まったように、ホシノは声を震わせる。

 涙は出ていなかったはずだが、彼女はごしごしと目元を腕で擦ると。

 

「ありがとう」

 

 と、笑顔で感謝の言葉を口にした。

 ほんのり朱が差した、陽だまりを思わせる笑顔だった。

 

「……でも今から追いかけるにしても、ホシナちゃんの足の速さのことです。もうとっくに、探さないと姿が見えない所まで走り抜けちゃってるかもしれません」

「……それは問題ないよ。“私”がどこに行くか、おおよその見当は付いてる──」

 

 


 

 

 ──ザッ。

 

 

 砂を強く踏みしめて。

 ヒナは悠然と、“ある建物”を前にして、それを見上げた。

 “ある建物”──アビドス旧校舎。

 壊れかけの、それでも確かにそこに存在する──二年前の残滓。

 考えてみれば必然ではあった。ここは本来彼女が帰るはずだった場所なのだから。未来の世界で頼れるものも無い──厳密に言えばシャーレという選択肢もあっただろうが、“大人”を嫌う彼女が頼りにするとは考えづらい──彼女が行く当てなどここしかない。

 そして、その予想は見事に当たっていたようだ。

 旧校舎へと向かう足跡。それが、くっきりと一人分。

 まさか、この廃墟の他に何もない場所に、物見遊山でやってくる人間などいるはずもなく。ヒナがホシノたちと一緒に訪れた際の足跡など疾うの昔に消え去っている。となると、この足跡の主は一人しかいない。

 足跡は、半ば砂に埋まりかけた教室の窓の方へと続いていた。ヒナもそれを追って、窓から校舎内へと侵入を果たす。

 中の教室はしんと、静まり返っていた。誰もいない。足跡は更に廊下の方へと続いている。

 ヒナがまた一歩を踏み出そうとすると、ぱらぱらと。損傷(はなは)だしい天井から僅かに小石の雨が降って来た。

 

(変に動き回るのは良くないわね)

 

 別に校舎が崩れた所で、身の安全という意味ではヒナにとって問題にはならない。恐らく中にいるホシナ──ホシノもそうであろう。

 だが、それは余計なリスクを背負う理由にはならない。何よりどちらのホシノにとってもここは重要な建物だ。無暗に動いて、彼女たちの“想い”が詰まっているこの場所を壊したくはない。

 ヒナは慎重に、ゆっくりと教室内を移動する。

 廊下に出ると、朽ち果ての具合は殊更に悪化していた。あちらこちらから鉄筋が飛び出し、砂の山は天井まで到達している部分もある。その天井も、一部は剥がれ落ち上の階の廊下が見えてしまっているという有様だ。

 足跡は剥がれ落ちた天井の真下で途切れ、無くなっていた。

 

(上の階にいるのか)

 

 注意深く羽を広げて、ヒナは音もなく一気に上の階へと飛び上がる。

 衝撃で飛び乗った床が、ギシギシと軋んで悲鳴を上げるが。辛うじて崩壊には至らなかった。

 上階は比較的、砂漠化の影響が及んでいないように見えた。それでも薄っすらと、床の表面には砂の膜が張ってある。

 だからやはり、歩けば足跡は残る。

 

(この教室の中へと、足跡が続いている)

 

 薄汚れながらも掲げられている札から、ヒナはその教室が以前はどんな用途で使われていたのかを知る事が出来た。

 ──生徒会室。

 

「……」

 

 恐る恐る、中へと入ってみる。

 内部には雑然と、業務用ラックやらキャビネットやら──がそこかしこに置かれていた。が、それらの中に何一つ物は残されていない。伽藍洞だ。本部機能の移転に伴い、重要な書類等は全て新校舎へと移されたからであろう。それでも妙にラックの数が多く感じられて、生徒会室というより倉庫のような印象がヒナには拭えなかったが。テーブルやホワイトボードといった物も一応あるにはあるが、生徒会室に置くにはどうにもお粗末なものだった。

 少し辺りを見回せば。

 果たして、ホシノはそこに居た。部屋の隅の方だ。顔を膝に埋めて、体育座りしている。この様子だと、ヒナが部屋に足を踏み入れた事にも気付いていなさそうだ。

 

「……ホシノ?」

 

 呼びかけられて、ホシノはのそりと顔を上げた。

 酷い顔だ。目に光が無く、まるで生気が感じられない。

 

「……ヒナさん」

 

 か細い声だった。今に死んでしまうのではないかと思う程に。

 

「隣……いい?」

「……」

 

 ホシノは答えなかったが。

 数秒程、時を置いて少しだけ、脇にズレる。

 

「……」

 

 ヒナはホシノと同じように、体育座りで腰を下ろした。

 

「……」

「……」

 

 しばし、無言。

 互いに何も言わない。

 ……先に口を開いたのは、ホシノだった。

 

「……ここは危ないですよ。早く、出て行った方が良いです」

「それを言うなら、貴女もでしょう? ホシノ」

「私は……」

 

 ぎゅっと握りしめられる拳。

 

「私は別に、いいです。ここが崩れて、生き埋めになったって……どうせ行く先もあても無いので」

「っ、駄目、ホシノ。それは──」

 

 それは。

 それでは(・・・・)

 ヘイローがもたない(・・・・・・・・・)

 

「何故ですか? 私がいなくなったとしても、この世界は何も変わらない。元より私は、ここに居る筈のない存在なのですから」

「そんなことはない。貴女がいなくなったら、アビドスの皆が悲しむ。勿論私だって──」

「……ヒナさんは、優しいですね」

 

 ホシノはヒナと顔を合わせて、ゆるりと──薄ら笑った。

 

「それは、貴方が“小鳥遊ホシノ”の友達だからですか?」

「……!」

「そうですか。なるほど……でも、勘違いしないでほしいです。私はアイツ(・・・)じゃない。貴方とアイツは友達かもしれないけど、貴方と私は友達じゃない。そこだけは、履き違えないでください」

 

 ヒナは息を呑んだ。

 背筋が粟立(あわだ)った

 言葉も──無かった。

 

「……」

 

 再び顔を膝へと埋めて、沈黙するホシノ。

 ヒナは何を言えばいいか、分からない。言葉の宇宙で迷子になって。

 何を言っても、きっと彼女の心にまでは届かない。そんな気がしてならなかった。

 

「嫌だったんです」

 

 ホシノがくぐもった声で、溢す。

 

「だから未来に来るのなんて嫌だったんです。どうせ辛い現実に苛まれるだけだから……そして現実というものは大抵、私の想像を超えて悪い方にばかり転がっていく。“あの人”の時だってそうだった……」

「……」

 

 ……“あの人”。

 ヒナはこれまでの、ホシノの所作を全て思い返して。

 

「“あの人”というのは、もしかして……アビドスの前生徒会長の事?」

「……知っているのですか」

 

 顔を上げると、驚きを湛えてホシノはヒナを見つめる。

 が、すぐに懐疑いっぱいの眼差し。不審者に会ったみたいな。

 

「そういえば、私と初めて会った時も貴方だけやたら私の事に詳しかったですね。こんな所まで追いかけてくるし……もしかして、ストーカーの類ですか?」

「待って。違う。断じて、違う」

 

 あらぬ疑いをかけられ、ヒナは全力で否定に回る。

 

「私が一年生だった頃。つまり二年前。私は風紀委員ではなく情報部という、いわゆるゲヘナの諜報機関に在籍していた」

「情報部……ああ、なるほど」

 

 それだけで、ホシノは納得したようだった。

 だが、ヒナは構わず続ける。

 

「その頃、貴女は“暁のホルス”として、ゲヘナの潜在脅威の一つにマークされていた。必然的に貴女に関する情報を耳にする機会も多くて──貴女の先輩の身に起こった“例の事件”についても、私はある程度承知している」

「……」

「貴女は既に、“事件”を経験した後なのね」

「……ははっ」

 

 乾いた笑みを漏らして。

 

「大変ですよ」

 

 ホシノは壁に背を預けた。

 

「ユメ先輩がいなくなって、アビドスの生徒は私一人だけになりました。先輩の死を悼む暇もなく、私は学校を一人で運営していかなければならなくなって……ここぞとばかりに学校を脅かすヤツらも、湧いて出てくるんです。正直、参りましたよ。参ったなんて弱音を吐く隙さえ、与えてくれないんですけどね」

「……」

「そんな心を殺していく毎日を過ごしていたら、私はここに来ました。ただでさえ私はいっぱいいっぱいだというのに、見たくもない未来なんかに飛ばされて、自分があんな情けの無い末路を辿っている様をまざまざと見せつけられて──」

 

 

 

「──もう、私は疲れた。どうせこの世界に私の居場所はない。それならば、このまま消え入ってしまう事の何が、悪い事なのか」

 

 

 

「──」

(私は、大馬鹿者だ)

 

 ヒナは無意識に、“小鳥遊ホシノ”という存在を誇大に捉えていた。神格化していたと言ってもいいかもしれない。

 どんな困難に直面しようと、不撓不屈で立ち向かっていく。自分とは違う、“強い”人間の一人なのだと。

 実際、常人と比べたら遥かに“強い”人間であることに間違いはないのだろう。

 でも。

 それにだって限度がある。

 何のことは無い。ホシノだって一人の、自分と同年代の少女なのだから。

 

「……」

 

 ここで、自分が何もせずこの場を立ち去れば。

 彼女とはもう二度と、会えなくなるのだろう。

 例えこの校舎が崩れ落ちること無くても、彼女は言葉通りにどこかへ消え入ってしまう予感がした。

 だから──必要なのだ。

 彼女を繋ぎとめる場所が。

 寄る辺となる所が。

 翼を休める止まり木が、必要だ。

 

「ホシノ」

 

 それは、半ば反射だった。

 明朗に、ヒナは言った。

 

「ゲヘナに──風紀委員会(私たち)の下に来てみない?」

「……はい?」

 

 ホシノは何を言われているのか分からないといった風に、首を傾げる。

 

「私がゲヘナの風紀委員会に、ですか? 何故」

「今の貴女は精神が疲弊している。心を休める時と場所が必要──ここで腐っているよりは、まともな日常生活を送った方が何倍も健全でしょう。でも貴女の気持ち的にアビドスには戻りづらいかな、と思って。私たちの仕事を必ずしも手伝わなくていいから」

「……余計なお世話です。今のあそこに戻る気はありませんが、ゲヘナにだって行くつもりはありません」

「そう」

 

 とそこで、意地悪く笑うヒナ。

 

「……なんですか」

「貴女には、この怪我の件で借りがあったわね」

「う……」

 

 顎を引っ込め、ホシノが呻く。

 

「気にしていない、と言っていたのに」

「ごめんなさい。でも、こうでもしないと貴女はきっと梃子でも動かないだろうから」

 

 ついとヒナが立ち上がって、伸びをした。

 ばさり。羽が広がって、滞留した空気に流れが生じる。

 

「貴女は言った。貴女と私は友達じゃないと。確かに、勘違いしていたかもしれない」

 

 なら、と言ってホシノに手を差し伸べた。

 キョトンとホシノはヒナを見上げる。

 

 

「これから友達になればいい。それでもきっと、お互いを知るのに遅すぎるという事は無いと思うよ」

 

 

 ヒナは笑った。

 そよ風が、ホシノの桃色の髪を柔らかく揺らした。

 

 

「……」

 

 ヒナの白皙(はくせき)なる細やかな手を見つめて。

 

「こんな私と、友達になりたいと?」

「ええ……それとも貴女の方は嫌だったりするのかしら」

「そうは言ってません」

 

 ホシノの目に少しばかり、生気が灯った。

 

「でも、変わり者ですよ。貴方は」

 

 そう言って、ホシノはヒナの手を取ったのだった。

 

 


 

 

 ──ポロン。

 

 

>>ヒナ

『という訳だからホシノ』

『彼女は一旦ウチで預かる』

『独断の事後報告になっちゃったけど、それでも良い?』

 

>>ホシノ

『うん』

『構わないよ』

『構わないとか言える立場じゃないか』

『ぜひ、よろしくお願いします』

 

>>ヒナ

『了解したわ』

 

>>ホシノ

『ありがとう、ヒナちゃん』

『昨日の件といい、本当に恩に切るよ』

 

>>ヒナ

『気にしないで』

 

>>ホシノ

『いやいや、そういう訳にも』

『今度、何かしらでお礼するよ』

『要望があったら言ってね』

 

 

────

 

 

「お礼……また今度お昼寝にでも連れてってもらおうかな……」

 

 

 ──ポロン。

 

 

「……ん」

 

 

────

 

 

>>ホシノ

『ヒナちゃん』

『私間違ってたのかな』

『過去の私と初めて対面したとき、本当は私もどうしたらいいか分からなかった』

『どんな顔して私に向き合えばいいんだろうって』

『悩んで……でも短い時間で答えなんて出なかったから』

『結局いつも通りでいく事にしちゃったけど』

『やっぱり、こんな展開になっちゃった』

『過去の私は私の事をどうしても許せなかった』

『ヒナちゃんはこんな私も好きって言ってくれたけど』

『いやあそれでも少しは取り繕った方が良かったかなあ』

『今度過去の私と会った時、どんな顔をして会えばいいか、私には分からないや』

 

 

────

 

 

「……」

 

 

────

 

 

>>ヒナ

『ごめんなさい。私にも分からない』

 

>>ホシノ

『だよねぇ』

 

>>ヒナ

『でも』

『私は今のままのあなたで良かったと思う』

『過去のあなたの望む姿では無かったかもしれないけど』

『それでも、ホシノはホシノだから』

 

 

────

 

 

「……う」

 

 

────

 

 

>>ヒナ

『ごめんなさい』

『くさい言葉になってしまった』

『でも』

『人間は誰しも中々思い通りの自分にはなれないというか』

『私だってもし過去の自分が目の前にやってきたとしたら、一体どんな反応を示すのか……』

 

>>ホシノ

『ううん』

『全然くさくないよ』

『ありがとうヒナちゃん』

『そう言ってもらえると救われるよ』

 

 

 

『ありがとう』

 




過去ホシノの詳細が開示されたら、この話も大幅に加筆修正・改稿する可能性が高いですね。

2023/11/5,11/6追記:一部描写等を変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

転生したので前世の知識で生徒達と遊ぶことにする(作者:popoponpon)(原作:ブルーアーカイブ)

いろんな娯楽はあるけど前世の娯楽もこの世界で楽しみたい!ということでTS転生したけど諦めずに自分の好きなものを作っては皆で遊んだり、本編に絡んだりしてくる女の子、夢見モルフォのお話。


総合評価:14125/評価:8.79/連載:228話/更新日時:2026年07月11日(土) 12:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>