ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート 作:木野下ねっこ
「くそっ、なんでこんな事に……!」
俺は火急の勢いで装備と準備を整えながら、己への
そこには既にアスナ達の三人が、俺の出発を部屋の前で待っていた。
急いで階段に向かう途中、ユミルの部屋の前にも立ち寄ったがドアノブをタップすると【空き部屋】の文字が浮かび上がった。つまり、システム的にもこの中にはプレイヤーは存在しない事を意味していた。
「マーブルさんまで居なくなったのか!? 居場所のサーチは!?」
揃って早足で階段を降りながら、この中で唯一彼女とフレンド登録していたリズベットが沈んだ表情で首を振った。
「ダメ。フレンド登録も知らない内に消されてたわ……。それから、アスナが急いでNPC宿屋でも確認を取ってきたけど……」
「ハーラインさんとデイドさんも既にいなくなってたよ。ユニコーンの情報を聞いてから失踪したかどうかは、分からなかったけど……」
「なら、まだ二人が死神である可能性もまだ残っているのか……くそっ」
ユニコーン発見の情報を聞いても慌てずに俺達を待ってさえいれば、その時点で容疑が晴れたのかもしれなかったのだが……これでは、今日のユニコーン第一発見者が情報をばら撒く前から二人のどちらかがその場にいた可能性を否定できない。
俺は思わず舌打ちをしながらカウンターを抜け、ドアを開けて村の外へと出る。
ここからはダッシュで村の出口へ向かいながら、リズベットの口からライバルパーティがばら撒いた情報を頭に詰め込み、アスナがその情報から割り出した発見位置を俺のマップデータにも転送してくれた。
その発見位置は、俺やライバルパーティが昨日探索した方向とはまた別方向だったが、村から意外と離れていない位置だった。しかし離れていないとは言っても、ダッシュでもここから数十分はかかる距離だ。ライバルパーティは今日この方向へとユニコーン探索を進め、その途中に死神に襲われたということか。
「急いでその場所に向かうぞ!」
背から彼女達の返事を聞きながら、俺は歩を緩めずに村の出口の門をくぐった。
チラリと振り返ると、アスナは緊張した面持ちながらも涼しい顔で付いてくるが、リズベットとシリカは全力疾走で走っているのが見受けられる。
正直、これ以上のスピードですぐに現場へ向かいたいところだったが……俺やアスナは、彼女らがついてこられるだけのスピードにとどめて走らなければならない。ついてくる彼女らを引き離して行くことなど出来ないし、かと言って村で待っていてくれと言い聞かせても、きっと耳も貸してくれないであろうことも、もう目に見えていたからだ。
俺は彼女らが出し得るスピードの限りで、地を飛び蹴りつつユニコーンと……そして、死神が発見されたという地点へと向かった。
◆
しかし、その道中……俺達は不運にもモンスターの群れに襲われていた。
相手は俺達にとってはザコばかりだが、今ばかりは群れを成して襲ってくるアルゴリズムが恨めしい。
しかも、アルゴリズムの影響か、もしくはただの偶然か……そいつらは安全マージンを確保しきれていないシリカを重点的に群れて攻めていた。俺達は彼女を庇いながら、その群れを薙ぎ払う形で戦うことになったが、彼女のHPはほぼ5割の注意域付近まで削られ、HPバーがイエローに変わるギリギリ一歩手前にまで減っていた。
だが幸いにも無事にシリカ自身が最後の一匹のトドメを刺した瞬間のことだった。
彼女を中心に短いファンファーレが鳴った。シリカのレベルが上がったのだ。
しかし今は急ぎの場なので、悪いがとても悠長に祝うことは出来ない。だが、アスナはポーチの中に手を突っ込み、そこから回復結晶を何個か摘み出してシリカに渡していた。
「レベルアップおめでとう、シリカちゃん。すぐ出発するから、お祝い代わりと言っちゃなんだけど、これですぐにHPを回復してくれるかな?」
「わあ、ありがとうございますっ。あたし、ポーションは充分にありますけど、回復結晶はまだ緊急用の分しか持ってなくって……」
笑顔でそれを受け取るシリカ。
その時だった。
俺は気付いた。
……彼女のHPは、先程よりもごくわずかに減少しており、イエローになっていたのだ。
なぜ――
――ジリリッ
なぜかは分からない。だがこの時、俺の頭の中で小さなスパークを起こり、無意識の内に脳内HDDをフル回転させていた。
――ここだ。
――考えろ。
――答えを導くヒントが、今、目の前にある。
――閃け。推理しろ。
そう言ってくる俺の直感が、俺自身に猛烈に訴えかける。
「ちょっと待ってくれ!」
「「え?」」
俺の制止の声に、二人がきょとんとこちらを振り返った。
「ど、どうしたんですか? いきなり……」
「今、シリカのHPがイエローに……」
「あー、あれね」
俺の切羽詰った声に答えたのは、隣に立つリズベットだった。
「さっきシリカのレベルが上がったでしょ? それでHP最大値が上がったから、残りHPの割合がわずかに下がっただけ。今回はたまたま、それがグリーンからイエローへの境界を越えただけよ」
「えっ……? あ、ああ……なるほど。そういう、ことか」
俺はシリカのHPバーを凝視する。それにシリカが戸惑いつつも結晶を使用してHPをフル回復させる。バーの右半分の空白が急速に埋まっていき、やがて一瞬だけバー全体が淡く光って最大値まで回復したことをプレイヤーに知らせる。
「ていうか、こういうシステム関係の事をあんたから訊かれるなんて珍しいわね。それがどうかしたの?」
「いや……」
考えろ。
今の現象を忘れるな。それを踏まえてよく考えろ。
SAOでは、レベルアップと同時にHPが全回復するという特典は無い。他のMMORPGでは全回復システムが存在する場合もよくあるが、このゲームではレベルアップ時に負っていたダメージはそのままだ。
レベルアップによるHP最大値の上昇。それによる割合の減少。それはつまり、ダメージを負って空白だった分の値に、レベルアップで増えた最大値分が、さらに加算される……ということだ。
分かりやすく、実際に数字で書くとこうなる。
例えば、現HPが【600/1000】のプレイヤーが居たとする。このプレイヤーがレベルアップし、最大HP値が上昇して【600/1200】になったと仮定しよう。すると残りHPの割合は6割から5割となり、ダメージを追わずともイエロー域に突入することになる訳だ。
これが、今回シリカのHPが
――そうだ、これだ。
考えろ、考えろ、桐ヶ谷和人。
これが……《大鎌》の正体のカギの一つだ。
その一つのカギをもとに、同時に《
――バグや呪いとさえ言われている謎のスキル。
――習得者の怪死。
――ステータス上昇とHP回復。
――その
――HP最大値の上昇と、その割合の減少。
――4人の容疑者。
――ハーライン。デイド。ユミル。マーブル。
――容疑者らの、これまでの全ての行動、言動、仕草、表情。
――彼らが俺達に見せてくれた、ありとあらゆる情報。
――レベル、装備、
――《大鎌》。
――――――《死神》。
「――――あ」
俺は喘いだ。低くひび割れた声が漏れる。
「ああ、あああ……そうか、そういうことなのかっ……?」
伏せた頭を抱え、左右に振る。
「……なんで俺はもっと早く気付かなかったんだっ……! どうして、こんなっ……」
「ど、どうしたのキリト君っ?」
回復を終えたアスナ達が駆け寄ってくる。
「…………みんなっ」
やや頭痛の残る、重くなった頭を上げる。奥歯を強く噛んで、気を引き締めなおす。
「……俺は、今から転移結晶で《アルゲード》に戻る」
「え、ええっ!?」
真っ先に驚いたのはリズベットだ。シリカも目を丸くしている。
「ど、どうしたのよ、いきなりっ……」
「今すぐに確認したいことがあるんだ! すぐ戻るからアスナ達はここで待機を――」
「キリト君」
凛と張った声が俺の声を上書きした。
真剣な顔のアスナが、俺の前へと一歩進み出ていた。
「死神の事……分かったの?」
「…………っ」
俺は少し、逡巡してから頷く。
「誰が犯人かは……まだ、確証が無いから言えない……。けど、大鎌の謎は、アルゲードに戻って確認さえ取れれば……」
「――なら、その間、わたしが死神を押さえる」
「アスナ……!?」
表情を変えず、彼女はハッキリと言った。
「キリト君がアルケードに行って戻ってくるまでの間、わたしが死神を探して惹きつけておく。今この瞬間も、死神に襲われているプレイヤーが居るかもしれない。その人達を、このまま待機して放っておけないよ」
「危険だ! 殺されるかも知れな――っ!?」
その時、チカッと何かが煌いた。…………かと思った次の瞬間。
不適に微笑む、アスナのレイピアの切先が、俺の喉元でピタリと止まっていた。
「――なんでわたしが負ける前提で話を進めてるのかな? ……わたしはこれでも、SAO最強のギルド《血盟騎士団》の副団長、《閃光》のアスナだよ? ――死神なんかに、わたしは負けない」
「アスナ……」
俺が情けない声を上げると、それにアスナは微笑みを優しげなそれに変え、レイピアを鞘に収めた。
「どうしても心配なら、すぐに確認を済ませて、すぐ戻って来ればいいんだよ。――誰よりも
「…………分かった。すぐに戻る。だから、くれぐれも気をつけてな……」
「うんっ!」
こちらもが勇気付けられるような、輝く笑顔で頷いたアスナは、リズベットとシリカの方へと向いた。
「……こういう訳だから、二人は村に退避しててくれないかな? わたし達は大丈夫だから、ね?」
「「……………」」
しかし、二人の返事はなかった。
「……二人共?」
二人は
突然、互いにそのまま目を合わせたかと思うと、シリカがリズベットに頷いた。
そして、リズベットは……右手に持つ戦鎚をそのまま持ち上げ、アスナの眼前までグイッと突きつけた。
「リズ……?」
しかし、リズベットはアスナの言葉を無視した。
「シリカ」
「はい」
隣のシリカが表情を変えず答えた。
「このニブチン達に……あたし達の本音、言ってやりなさい」
「はい!」
シリカは俺達の前に進み出て、言った。
「――……あなた達が、心配なんですっ!」
「「……………」」
今度は俺とアスナが黙り込み、あんぐりと口を開ける。
それにシリカは微笑み、リズベットもにかっと笑った。そして持ち上げていた戦鎚を降ろして、
「わっ……リズ……?」
リズベットは……アスナの首にそっと腕を回して、その肩の上に自分の顎を置いて抱き締めていた。
「同じ事を言わせないでよ、アスナ……。このまま戻って、もしも、もしもあんた達に何かあったら……あたし達は、一生後悔する」
そう湿った声をあげ、それからぎゅ、と少しだけ抱き締める腕に力が込められる。
「あたし達が足手まといになるかもしれないことくらい、あたし達が一番よく分かってる……。だけどっ、自分が許せなくて一生後悔するよりも、あたしはあたしの友達の為に一緒に行く事を選びたい」
「リズ……」
アスナが呟き、リズベットの肩に手を置いていた。
「……あーあ、言いたかった事、リズさんに全部言われてしまいました」
肩をすくめながら、半分剣呑に半分おどけた器用な声色でシリカが言った。
「シリカ……リズ……」
俺の声に反応したシリカは此方を向き、にこりとはにかんだ笑顔を浮かべた。
「お願いします、キリトさん。あたしにとって……今こそが、あなたへの恩返しの時だと思うんです」
きゅうーっ! とピナの士気万端の声が上がる。
俺はアスナと目配せをし、アスナがリズベットをあやすように軽く抱き締め返しながら頷くのを見て、俺もシリカに頷いた。
「……分かった。じゃあ、アスナを頼むぜ、シリカ」
「はいっ!」
胸の前でぎゅっと両手を握りながら答えた。
そして再びアスナを見る。
「アスナも……少しの間、二人を頼む」
「うん。任せて、キリト君。だから……」
アスナはそこで言葉を区切り……じっと見つめてくる。リズベットとシリカも同様に。
俺はポーチから転移結晶を取り出し、空叩く掲げながら言った。
「ああ、すぐに戻ってくる。それまで頼むぞ、みんな……! ――転移! アルゲード!」
直後、強い光に包まれながら霞みゆく視界で……三人と一匹が、力強い笑みでしっかりと頷いてくれていたのを、俺は確かに見届けていた。