よんじゅう
無事に地区予選を通過してから一週間が経ったある日。
何故かすみれは浮かない表情をしている。
嬉しいことがあったけど、それを素直に受け入れられないといったような。
「それじゃ、そろそろ練習始めよっか」
「いや聞きなさいよ」
「三日でギブ?」
「最初から気付いてたのなら声かけなさいったらかけなさい!」
仕方がないので屋上へと移動し、ストレッチをさせながら話を聞く事に。
どうせ大した事ではないだろうと思っていたけど、本当に大した事では無かった。
地区予選で披露してから手のひらを返したみんなの反応に納得がいっていない、というもの。
まあ、本人からしたら複雑な気持ちになるのも分かる。
かのんたちも『あー』と思い当たる節がある反応であった。
「人なんてそんなもんだよ」
「雑っ!?」
「実際によくある話だもの」
ちょっと前に野球選手でバッターとピッチャー両方できる二刀流が海外に行った時の話をしてあげた。
初めは出来るものかとブーイングも多かったが、確かな実力で今や賞賛の嵐である。
大なり小なりの違いはあるが、今回の件もそういった事。
「もっと大きなところで輝くんだから、今のうちにこういったのは慣れておけとしか」
「……そうね。ショービジネスの世界では当たり前のことだったわ」
「勝手に期待して、勝手に失望して離れていくような人たちよりは良いと思うよ」
「優……?」
何でもないとその場を流し、ストレッチを終えて今日のメニューをやる事に。
こう言ってはなんだが本番はサニパさんもいる次である。
地区予選を通って五人は少し気が緩んでいるように感じるため、ちょっと厳しめにいこう。
厳しめにした日の帰りはいつもかのんが無言でちょっかいをかけてくるのだが、今回はそれがない。
珍しいなと思いつつ、あまり良い予感がしないので放っておいたのだが。
「少し、寄り道していかない?」
「帰って風呂入ってご飯食べて寝たい」
「……こっち」
俺の返事はスルーされ、家からそう遠くない公園へと連れていかれる。
そこは小さい頃に千砂都と出会った場所で、昔はよく遊んでいた。
懐かしさを感じながらせっかくだからとブランコに腰掛け揺らし始めれば、かのんも隣に腰掛けて小さく揺らし始めた。
日も殆ど沈む中、高校生二人がブランコを漕いでいる姿は側から見てどう映るのだろう、なんてどうでもいいことを考えていたら。
「私、優が曲を作れるって知らなかった」
唐突にそんな事を話し始めたため、揺らすのを止めて横を見れば、どこか悲しそうにしているかのんと目が合う。
「……誰にも言ってないからね。父さんと母さんも知らないはずだよ」
「でも、すみれちゃんは気付いたんだよね」
「まあね」
「なんかムシャクシャする」
そう口にするや、俺の背後に立ったかのんは両方の頬を引っ張ってくる。
痛いとまではいかないが、どういった返しが正解なのか分からない。
「私の方がお姉さんなのに、これまでも、今も優に助けられてばかり」
「人には得手不得手があるもんだよ」
「それは分かっているけれど、そういう事じゃないの」
「なら、気の済むまで好きにしてくれ……」
本当に好き放題するようで。
頬を引っ張ったり潰したり、顔をペタペタと触ったかと思えば髪をクシャクシャにし始める。
「ねえ、優」
「何?」
「私のお願い、一つだけ聞いてくれる?」
「中身による」
後ろに立たれているため、今どんな様子なのか見ることは叶わないが。
頭に置かれたままである両手に少し力が込められたため、お願いとやらを口にするのに緊張しているのは分かった。
「私、やっぱり優にピアノをやって欲しいなって」
「え、ヤダ」
「…………やだ?」
「うん」
断られると思っていなかったのか、かのんの動きが止まる。
再起動を終え、少しして動き始めたと思ったら。
「なんで!? 私のお願い一つだけ聞いてくれるんじゃないのっ!?」
「中身によるって言った……」
もう日も沈んだというのにバカでかい声を出しながら頭を揺すってくる。
良い歳なのだからもう少し落ち着きってものを……あ、少し気持ち悪くなってきた。
「さっきまでシリアスな感じで私の方が姉だとか言ってたのに……え」
少し緩んだ隙に抜け出し、逃げられるよう距離を取って振り返り見れば。
何故か、かのんは泣いていた。
「何で泣いてるの……?」
「優がピアノをやってくれないからっ!」
「何度もピアニスト目指してないって言ってるのに……」
取り敢えず一度落ち着かせ、帰ろうと促す。
家でこの先どうしていきたいのかについて話そうと提案すれば。
明日、部室で全員に話すこととなった。