よんじゅうなな
かのんが一皮向けたのに感化されてか、みんなのここ最近のやる気が漲っていた。
一ヶ月足らずじゃそこまで劇的な変化はないが、成長していないわけではない。
曲も出来上がり、振り付けも決まり、パフォーマンスも結構良い仕上がりになってきている。
そう、ここまではいい感じだったのだ。
──俺が体調を崩さなければ。
やらかしてしまった。と思った頃には手遅れで、ライブ三日前だというのに三十八度を越す熱。
原因としてステージ準備のため、ここ最近は睡眠時間を削っていたので免疫力が下がっていたのだろう。
幸いなことは、ただの風邪であること。
ライブ当日……いや、前日には体調も戻っているだろう。
昨夜までのうちに必要なことは終えているため、長引かせないよう安静に努めるのが最重要である。
災いなことは、ライブ本番を間近に控えるかのんたちのメンタルに大なり小なり響いたこと。
かのんには大丈夫だからしっかり練習してこいと伝えたが、顔を見た感じダメそうである。
学校で俺が体調を崩したことを伝えられ、放課後にはすみれからのお小言も多そうだ。
そんな未来にすこしゲンナリしながらも、スマホを開いて必要なものに不備がないか確認をしていく。
熱で苦しみながらだが、こんな真っ昼間にベッドで寝転びながらスマホを弄るのに背徳感というか優越感というか。
やっている事は事務作業なので辛い気持ちの方が先に出るが。
なにぶんここまでの大掛かりは初めてのことなので、当日になって出来ません。では困るのだ。
もしかしたら何とかなるかもしれないが、何とかならないかもしれない。
体調を崩しているためか、上手く考えがまとまらなくなってきた。
というか、こんな状態であるなら今確認をしたところでキチンと出来ているとも思えない。
やはりさっさと寝て治すしかないのか。
いつの間にやら眠っていたようで。
目が覚めて真っ先に感じたことは、汗による不快感であった。
髪が風呂上がりみたいな感じになっている……。
かけていた布団をはいで身体を起こすが、まだ熱が下がりきっていないのかフワフワとした感覚だ。
シャワーでも浴びてさっぱりしようかなと思っていたところ、少し控えめなノックの音が。
「優、起きてる?」
「母さん? 起きてるけど」
少ししてドアが開き、母さんが入ってくるけどなんだか変な表情をしている。
「起きてて大丈夫なの?」
「さっき目が覚めたとこ。これからシャワーでも浴びようかなって」
「言っても聞かないし、自己管理は任せるけど……」
「けど?」
「優に話があるって子がいま、下に居るのよね」
「え、誰だろ」
取り敢えず会うだけ会ってみることを伝えれば、俺の体調を心配そうにしながらも母さんは仕事へと戻っていった。
誰が来ているのか、階段を降りながら考えてみるも心当たりはない。
既に学校も終わっている時間だが、俺の友達は見舞いに来るなんて殊勝な心がけなど持ち合わせているはずもなく。
千砂都たちならば母さんも知っているし、かのんならズカズカ部屋に入ってくるし。
それが無いって事はキチンと練習している事だろう。
結局答えは浮かばぬまま、待っているというリビングへと向かえば。
「……あー、えっと」
「あ、かのんと同じクラスの七草ナナミって言います。こうしてお話しするのは初めて、ですよね」
「これはどうも、かのんの弟の優です」
何度かかのんと話している姿を見ているのでどこか見覚えのある顔だが、話すのは今回が初めてである。
接点もあまりなかったと思うのだが、俺に一体何のようだろうか。
「あの、体調が悪いのに無理言ってすみません。時間もあまりなかったので」
「いや、大丈夫大丈夫。それで用って?」
テーブルにある見覚えのないものは手土産だろうか。
わざわざご丁寧にありがたいことだ。
「実はかのんたちが練習しているところを見て、私たちも何か手伝いができたらなと思いまして。何かあったらマネージャーに、というのを前に聞いていて」
「なるほどね。個人的にはいいタイミングというか、助かったというか。……あ、あと敬語じゃなくてもいいよ。俺も使ってなかったし、同い年でしょ?」
「それじゃ、うん。……さっきの助かったっていうのは?」
「見ての通りこのザマだからね。危うく全部パァになるとこだったよ。ちょっと待ってて」
データの保存としてUSBにも入れていたので、それを取りに二階へと戻る。
ついでにスマホと、風呂に入るため着替えも用意しておこう。
「ごめんね、体調悪いのに……」
「一緒にステージ作りを頑張ってもらえるのなら充分」
「うん! 頑張るよ!」
「この中にデータ入ってるから。もし必要なものとか足りていなかったらよろしく。あと、何かあった時のために俺の連絡先。……最後に、かのんたちには当日まで秘密でお願いね」
「オッケー! 色々とありがとう! 今更だけど長居も悪しいそろそろお暇するね。これ、帰ったらすぐに確認するよ」
座ったままで悪いが、お店側へと出て行くのを見送り。
一息ついてから少し重くなった身体を何とか動かし、シャワーを浴びに向かう。
ずっと気を張り詰めていたのだろう。
任せられる相手ができたからか、それが緩み、ドッと疲れが押し寄せてきたため。
髪を乾かすのもそこそこに、ベッドへ倒れ込み朝まで泥のように眠るのであった。