トレセン学園の料理長   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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前回のあとがきで、次回は天皇賞春と言ったな。あれは嘘だ(投稿した後に話の流れ的に、今回のお話を差し込んだ方が良いことに気づいたので、今回は見送って天皇賞は次回に回します)




休日の料理長、チームリギルに訪問す

 

 

 

 

 昼のカフェテリア厨房内。

 今日も今日とて、トレセン学園の料理人たちは厨房内を奔走していた。

 

「次、A班はオーダーをとって、手が空いたら肉料理と魚料理を! B班はスイーツの追加急いで! C班はこの間に皿と調理器具の洗浄! D班は……まあ、適宜動いて!」

 

「「「YES! 料理長!!!」」」

「NO! 料理長! 我がD班だけ指示が雑すぎます!」

 

「何のために君たち器用貧乏の集まりであるD班を構成したと思ってるの?」

 

 料理長の問いに、D班の構成員のうち一人がおずおずと答えた。

 

「その……期待しているから、とか」

 

 対して、料理長はブンブンと首を横に振る。

 

「ううん、全然。調理で手が足らないところに回すためだよ」

 

 そのあんまりな物言いに、D班はこぞって喚きだした。

 

「なんて酷い! 料理長はご乱心かっ!」

「きっと彼には人の心がないんだわっ!」

「この鬼! 悪魔! 料理長!」

 

 そんな自身に向けられた程度の低い悪口にハイハイといった調子で料理長は場を収める。

 

「ほら、分かったら肉料理と魚料理、あと野菜料理も早く作っていって。厨房前でスペちゃんとオグリちゃんがお腹空かせて待ってるから」

 

「ちくしょ〜っ!」

 

 料理長の慈悲のない言葉により、悔しがりながらもD班は次々と持ち場につく。

 

 このように厨房内はいつものごとく大忙し。

 普段通りに食欲無限大のウマ娘の腹を満たすかのように思えたが——

 

「さて、俺も調理に移ら……な、きゃ」

 

 料理長は突然バタリと力なく倒れた。

 

「!? 料理長! 大丈夫ですか! 料理長っーー!!」

 

 倒れた料理長は近くに居たD班の調理スタッフに介抱されることになった。

 

 

 

 

 

 

「「「料理長! いい加減、休んでくださいっ!」」」

 

 修羅場である昼のランチタイムを終えた後、しばらくして目を覚ました料理長は調理スタッフ全員から叫ぶようにそう言われた。

 しかし、調理スタッフ達に休暇を取れと言われても、彼としては休む気など全く起きなかった。

 それどころか。

 

「いやいや、まだ全然働けるよ〜! だって、手の震えとか激しい頭痛とかは起こってないし、気絶は何度かしてるけど、きっと大丈夫さ!」

 

 と、のたまうのだ。

 それを聞いた瞬間、調理スタッフたちは戦慄を覚えた。

 

 それも当然である。

 現場のトップとしてハードな仕事をこなし、休みなく30連勤。

 更には、料理の研究のために夜遅くまで厨房に残る彼。

 なのに、その疲れをおくびにも出さない。

 

 対して、シフト制で十分な休暇を貰っている調理スタッフ達。

 彼らはそのことに罪悪感を覚え、遂に決意した。

 

(((かの勤労奉仕の料理長を休ませなければならぬ)))

 

 と。

 

「「「すみません、料理長!!!」」」

 

 彼らは料理長を担ぎ上げた。

 

「えっ、ちょっ!? なになにっ!?!?」

 

 事態が把握できていない料理長に構わず、彼を持ち上げたまま厨房の出入り口へと向かい、そして

 

「「「今日は休めや、オラァッ!!!」」」

 

「口悪ぅっ!」

 

 料理長を厨房の外に放り出した。

 間髪入れずに【今日一日、料理長は厨房内に入ることを禁ずる】という張り紙を貼る。

 彼は完全に締め出されたのだ。

 

「えぇぇぇ……」

 

 料理長は部下達の突然の暴挙にひたすら呆然とした。

 彼は調理スタッフ達の信頼に報いなければならぬ。

 休め! 料理長。

 

 

 

 

 

 

 「どうしたものか……」

 

 彼は肩を落とし、学内の廊下をトボトボと歩く。

 これまで料理長はウマ娘たちに料理を作ることが生きがいであった。

 それ以外に趣味もない。

 ゆえに厨房内を追い出された彼にすることなどなく、途方に暮れていた。

 

 が、ふと頭に閃きが。

 

「そうだ! この機会に中央のトレーニングを見学してみようっ! そこに、もっとウマ娘の子達が喜ぶような美味しい料理のヒントがあるかもしれない!」

 

 と。

 

 彼は生粋の料理バカであり、ウマ娘のことを想うウマ娘バカでもあった。

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園の誇る長大な芝コースにやって来た料理長。

 彼は観客席に座り、トレーニング風景を眺めてみることにした。

 

「うん、やっぱり中央のウマ娘は凄いや……」

 

 見ていたのは、学園トップクラスのチームである、チームリギルのトレーニングである。

 その内のとある二人は現在、模擬レースを行なっていた。

 

「タイマンだあ〜っ! アタシの追い込みとアンタの差し、どっちが上か勝負だ!」

「ふっ、いいぞ……! 血がたぎってくる! 私はこんな勝負を望んでいた……!」

「……ラップタイムは以前よりも、1秒ほど速くなっているな……早いペースだが、疲れた様子はない。やはり、闘争心の強い二人にはレースをさせて競わせるのが良いか」

 

 芝コースを駆けるのは、ヒシアマ姐さんことヒシアマゾンと『怪物』ナリタブライアン。

 その横で冷静に彼女達の走りを分析する、チームリギルのトレーナーである東条ハナ。

 

 

 ウマ娘もトレーナーも全てがハイレベルであり、料理長はそのトレーニング風景に夢中であった。

 だが、そんな彼のもとに突然一人の輝かしい栗毛のウマ娘が優雅に登場した。

 

「嗚呼、なんということだ……! トレーニング中だというのに、ボクのファンがこんなところまで!」

 

 金細工の施されたヴァイオレット色の王冠が頭上で煌めく。

 彼女のみにスポットライトが照らされ、周囲には赤いバラの花弁が舞っている。

 

(えっ? 俺がファン? この子の?)

 

 料理長が呆気に取られている内にも物語は進む。

 

「でも、君は悪くない。その衝動もすべてこのボクの美しさのせいさ! 嗚呼、ボクはなんて罪深いウマ娘なんだっ……!」

 

 彼女は自分だけには見えるマントを翻して、声高らかに宣言した。

 

「ボクの名はテイエムオペラオー! 栄光あるヴィクトリーロードを華麗に駆ける、世紀末覇王さっ!」

 

 そしてオペラオーは揚々と観客に手を差し伸べる。

 

「さあ、君が満足して帰れるように、演目を始めようじゃないか!」

「いやいや、ここにはトレーニングを見に来ただけだよ?」

「なに、恥ずかしがることないよ。本当はボクの素晴らしい演技を見に来たんだろう?」

「は、話が通じない……」

 

 やんわり断ろうとしてもグイグイ来る、オペラオーの押しの強さに料理長は困り果てていた。

 このままでは、彼はオペラ漬けにされてしまうだろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 救いの声が掛かったのだ。

 

 

「? オペラオー君と料理長。一体どうしたんだい?」

 

 その声はルドルフのものであった。

 彼女はやけに声を張るオペラオーと困り顔の料理長の存在に気付き、大体の事情を察して彼を助けることにしたのだ。

 

 料理長という単語を聞き取り、オペラオーは耳をピンと立てて驚く。

 

「!? なんと! 君があの料理長だったのかいっ! いつもボクの輝きを増す料理を作ってくれて感謝しているよ! ほら、君のおかげでボクの肌の調子は最高だ!」

「そ、それは良かった……」

 

 オペラオーの大きな声とルドルフの存在感により、他のチームリギルも何だ何だと視線を向け、料理長に気づいた。

 

「料理長? 何故、奴が……まだカフェテリアは営業時間のはず……」

「……さあな。案外、働きすぎで厨房から追い出されたのかもしれん」

「料理長さんならあり得るね……いつも夜遅くまで残っているし……」

「へ〜、あれが料理長かい。思っていたよりも、ヘナヘナしているねぇ」

「ブエノー! だけど、料理長さんの料理は美味しいデェス!」

「料理長さんは見学に来たのでしょうか? トレーナーさん、どういたしますか?」

「私は料理長と少し話してくる。お前達はその間、休憩をとれ。トレーニングも中程に差し掛かったからな」

 

 東条トレーナーはチームのメンバーが皆頷いたのを確認し、料理長とルドルフ、オペラオーの居る観客席まで階段を登り、そして着いた。

 

「料理長。あまり、無断の見学はウチの方針に則さないだが」

「そう、ですね……すみませんでした。まるでトレーニングの秘訣を探ろうとしてるスパイみたいですもんね。本当にすみませんでした。それじゃあ、俺はこれで」

 

 彼はションボリと気持ちを沈ませ、踵を返し、自身の寮へと帰ろうとする。その背中には哀愁が漂っていた。

 

(はは……今日の俺はどこ行っても邪魔者か〜……気晴らしに、寮の中で料理でもしよっと)

 

 今日の料理長は厨房からお払い箱にされ、ややセンチメンタルになっていた。

 しかし、その背中に静止の声が。

 

「待て。私は〈無断〉での見学は、と言ったはずだ」

 

「えっと、それはつまり……」

 

「私かチームの誰かに許可をとれば見学しても良い。心配せずともトレーニング風景を少し見られたところで秘訣が分かるほど易しいトレーニングはしていない。それにだ、料理長。以前から私はアナタと話をしたいと思っていた」

 

「っ! はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 

 こうして料理長はチームリギルの見学を認められることになった。

 

 

 

 

 

「低カロリースイーツの進捗はどうだ?」

 

「ええ、上手くいっています。最近は、おからと豆乳のショコラケーキとか、ノンオイルラムレーズンケーキとかがカフェテリアで盛況ですよ」

 

 料理長と東条トレーナーは二人並んで話しながら、トレーニングを見ていた。

 並行で物事を行うと人間の脳の構造上、効率が70パーセントほど下がると言うが、激務を普段からこなす二人にとっては何て事のないことである。

 話にもトレーニングの監督にも十分に集中できている。

 

 視線は芝コースに向けたまま、彼女は深く頷いた。

 

「なるほど。おからは満腹感が得られやすく、代謝も上がる。他のスイーツも油分が少ない。それに加えて味も申し分ないと?」

 

「もちろん、味にもこだわっています。トレーニングを頑張るウマ娘のみんなには食事の時ぐらいリラックスして欲しいですからね……」

 

 

 どこか遠い目で、そう言う料理長。

 その目線の先には何が映っているのだろうか。

 東条トレーナーには分からなかった。

 

 

 やがて、料理長は遠くにやった目を再び芝コースに向け、とある事に気づいた。

 一人だけずっとベンチに座り、他のメンバーの応援をする栗毛のウマ娘がいたのだ。

 

 そのウマ娘をよく見てみると、右足にギプスをハメ、すぐ隣には松葉杖が。明らかに右足に骨折を負っていた。

 

「あの、すみません東条トレーナー。少し、あの栗毛の子の所に行ってきても良いでしょうか?」

 

「グラスのことか……。構わないが、何かあるのか?」

 

「ええ、少し気になることがあって……」

 

「そうか、それなら私もついて行こう」

 

 すぐに二人はグラスの居るベンチまで近づき、寂しそうに耳を垂れさせて他ウマ娘のトレーニングを眺める彼女に声をかけた。

 

「すまない、グラス。今いいか?」

 

「? はい、何でしょうか。トレーナーさん?」

 

「料理長がお前と話したいそうだ」

 

「ええ、構いませんよ。料理長さん、私に何か御用でしょうか?」

 

 料理長は前に出て、その言葉を放った。

 

「少し足を見せてもらっても、良いですか?」

 

 ——瞬間、東条トレーナーとグラスの目が冷ややかなものとなった。

 どこまでも凍て付くその目に、料理長は肌を粟立たせる。

 

「料理長さん、それはちょっと……」

 

「料理長。そういう目的ならば、すぐに締め出すぞ」

 

「ち、違いますよ! ただ、足を診るだけです! それに、ジャージ姿のまま立ってもらうだけで良いので!」

 

 

 必死に弁明する料理長に二人は彼に邪な気持ちはないと判断した。

 

「まあ、それなら……」

 

 グラスはまだ少しだけ眉を顰めていたが、隣に立て掛けておいた松葉杖を手に取り、それで右足を支え、ベンチから立ち上がって前に出る。

 オーケー、ということだ。

 

「それじゃあ、少し診させてもらますね……」

 

 

 料理長はそんなグラスの足を体をじっくり見つめる。

 グラスの周囲をグルグルと周り、入念に。

 その目は真剣そのもの。

 ジャージ越しに浮き出た筋肉、関節、骨、姿勢。そういった部分を全体的に俯瞰するのだ。

 

 しばらくして、料理長は見終わったのか、足を止めて、頭に浮かんだとある可能性を何度も反芻する。

 そして、ポツリと言った。

 

「やっぱり……アレかもしれない……」

 

 彼の深刻そうで意味深な言葉に、二人は不安を駆られ、早くと急かすことにした。

 

「どうでしょう? 何かわかりましたか?」

 

「料理長、アレとはなんだ? 詳しく」

 

「ええ、もしかするとグラスさんはー-左足に〈骨膜炎〉を患っているかもしれません」

 

「「!?」」

 

 二人は衝撃を受けた。

 

「それは本当か! 料理長っ! どうして分かった!?」

 

 東条トレーナーは自身の担当ウマ娘が骨折だけでなく、新たに病気を発症したと聞き、気が気ではなかった。それはグラスも同様で、不安げに眉尻を下げて料理長の返答を待った。

 

 彼は一息つき、続けて言う。

 

 

「無意識でしょうか……若干、立っている時に左足の脛骨ー-脛の部分を庇う形で左手側の松葉杖に体重を預けていますよね? 今はまだ軽度ですが、これから本格的にレースを走るとなると、悪化します。早いうちに病院に行って検査してもらった方がいいと思います」

 

「っ、グラス、左足に違和感はあるのか!」

 

「はい、たまに少し動きが鈍くなったり、痛みが走ることがあります。ですが、それほど気にすることではないかと考えていました……」

 

「……すまない、料理長。今日のトレーニングは早めに切り上げることにした。アナタの言う通り、私はこれからグラスと一緒に病院に行く」

 

「いえ、俺のことなど気にせず。お大事になさってください」

 

 チームリギルの他メンバーに早上がりだと伝え、東条トレーナーとグラスの二人は病院に直行した。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……確かに〈骨膜炎〉ですね」

 

 病院構内。

 二人は精密検査のあと医師に対面し、そう告げられたのである。

 

「料理長の言っていることは本当だったのか……」

「その、私の左足は治るのにどれぐらい掛かるのでしょうか」

 

 医者は何とも軽い調子の声で答えた。

 

「ええ、軽度の——それも初期段階の骨膜炎ですので、そうですね……一週間は安静にしていれば治りますよ」

 

「そうですか……良かったな、グラス」

 

「はいっ……!」

 

 そうして喜ぶ二人に対して、医者も気が緩み快活に笑い感嘆の息を吐く。

 

「それにしても、よく発見できましたね。中々この初期の段階で早期発見は非常に難しいのですが……余程の観察力とトレーナーとしての力がなければ、こんな芸当できませんよ。ははっ、流石はチームリギルのトレーナーさんだ!」

 

「いえ、私が見つけたのではなく……」

 

「そうご謙遜なさらず、さすが流石っ!」

 

 否定しても尚、医者は快活に笑う。

 

 だから、東条トレーナーは思うのである。

 

(料理長、アナタは何者なんだ……)

 

 と。

 

 

 料理長。

 彼はウマ娘にとっての支えとなる杖かその身を守る靴か、あるいはそれとも——

 

 

 

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