トレセン学園の料理長   作:砂糖と蜂蜜の牛乳割り

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 一年ぶりですね。申し訳ない。
 最近はリアルが落ち着いてきたので、投稿再開します。
 良ければ、これからも料理長の忙しない怒涛の日々を読んでいただければと思いますm(_ _)m


カフェテリアの洗礼

 

 

 

 ——『ウマ娘』。

 

 それは、異世界からやって来た名馬たちの魂がヒトに宿った存在。

 その魂の入るタイミングが胚子の頃からか、それとも胎児の頃からかは、未だ明らかになっていない。

 いずれにせよ、母胎内での発達の最中にヒトの魂と名馬の魂が混ざり合うことで、通常のヒトとは異なった変化が肉体に訪れる。

 

 徐々にヒトとは異なる身体的な特徴——例えば、耳の代わりにウマ耳、ヒトでは既に退化しているはずの尻尾が現れていき、それらは感情によって揺れ動く。

 とりわけ特徴的なのは、生物学上でいうメス。

 皆、見目麗しい女性として生まれ落ちるのだ。

 

 また、生まれつき彼女らは優れた身体能力を持つ。

 その耳は数キロ先の声を聞き分け、その鼻は犬並み。

 空に拳を放てば、衝撃が辺り一帯へと轟音となって響き渡り。

 地を駆ければ道を走る車よりも速い。

 

 当然、消費するカロリーも多く、成人男性の数倍にもわたる莫大な食事が必要になる——

 

 

「——と、いうのが私たちウマ娘に関する常識だねぇ。なにか異論はないかい? カフェ〜」

 

 

 昼間にもかかわらず暗く閉め切られた窓。

 部屋の中は至る所に怪しい七色の光を放つ液体の入った試験管が陳列している。

 生徒間で不気味と称されるそこは、とある空き教室を改造した実験室。

 

 そこで栗毛のウマ娘——アグネスタキオンは怪しげな笑みを浮かべ、青影のウマ娘に迫っていた。

 

 

「……タキオンさん、もしかしてまた私を実験台にしようとしてませんか?」

 

 怪訝そうに眉を顰めるのは青鹿毛のウマ娘——マンハッタンカフェ。

 

 彼女はタキオンとこの実験室を共有しており、仕切りの向こうからはコーヒーの芳醇な香りが漂い、喫茶店と見紛う様相となっている。

 

 そんなカフェは警戒していた。

 

 タキオンはここトレセン学園では有名なウマ娘である。悪い意味で。

 事あるごとに実験と称しては、よそのトレーナーやウマ娘に実験薬を飲ませ、そのデータをとる。くわえて、哀れな被害者は皆一様に七色の怪しげな光を放つという。

 

 

 ゆえにカフェに鋭い指摘をされたタキオンは目をやや横に逸らし、その反応にさらに訝しげな視線は強くなる。

 どうやら図星であったようだ。

 

「いやいや、誓ってそんなことはないさ……あー、そうだカフェ〜。新作で美味しいコーヒー味の実験薬を作ってみたのだが、お一つどうだい?」

 

「もはや隠す気もなくなりましたね……もちろん、ダメです」

 

 開き直り試験管に詰めた薬剤を飲むように勧めるタキオンに、カフェはほとほと何度目かも分からない溜息をつく。

 ここまでが彼女達の普段の、もはやルーティンと化している——カフェは全くもって望んでいないが——やり取りである。

 

「待ちたまえ、カフェ。実はこれはとっても美味しいコーヒー味なんだ。一度口に含むだけでも」

 

「なんと言ってもダメです」

 

「ふぅン……相変わらずガードが硬いねぇ。これでまた一つウマ娘の可能性が広がるというのに」

 

 こうなったカフェが頑固であることをタキオンは知っているため、仕方ないかと渋々引き下がる。

 未だトレーナーとも担当契約を交わしていない彼女にとっては最も身近にいるカフェが実験対象として最適解。

 なおのこと残念に思う。

 別のウマ娘に新薬を飲ませてデータをとるのも、ひと苦労なのだ。

 

(このままでは些か効率に欠ける。実験体となる誰か——専属のモルモットでもいれば話は違うのだが……)

 

 新しい試験管を重たげな様子で手に取り、さきほどの新薬をチラチラと見つつ、惜しみながら別の実験へと渋々移ろうとした所でハッと。

 タキオンは自身のミスに気づいた。

 

(おっと……私としたことがいけない。実験薬を飲ませることに夢中で、最近の研究で得た知見を言い忘れていた……)

 

 今回の話の中で、タキオンはカフェにウマ娘に関する学術的興味を持たせたのちに実験に協力してもらうという目的の他に、もう一つ目的があった。

 それは、タキオンが世界各地にある大昔の文献を漁っている時に見つけたもの。

 

(——ごく稀に、ウマ娘の中でも、ずば抜けた脚をもった者が生まれるか……。しかし、文献によると大抵そのウマ娘はすぐに——)

 

 タキオンは自身の脚を見下ろし、やや眉をひそめる。

 ウマ娘にとって大地を駆ける脚は命にも等しい。

 程度は違うものの、自分も似たような境遇ゆえに思うところがあったのだ。

 

(あくまでも大昔の話であり、データの信憑性も怪しい。実際には居なかった可能性の方が高い。が、もしそんな存在がいれば、是非とも会って色々と調べさせて欲しいものだねぇ……)

 

 ——彼女の実験室は、いつも散乱している。

 幾重にも重ねた研究レポートと日々増えていく薬剤はいくら片付けたとしても、溜まるばかり。

 そのうち、整理するのをやめてしまった。その片付ける時間よりも研究に費やす時間を増やした方が有意義だと考えたからだ。

 

 

「ウマ娘の可能性か……私はつくづく大ボラ吹きだね」

 

 

 最後にそうどこか自重気味に呟いて、タキオンは気持ちを切り替え、ふたたび試験管を取り出して次の実験薬の調合に戻る。

 そうして今日も気が狂ったように何度も失敗と挑戦を繰り返す。

 いつの日かまたターフにて全力で駆け抜ける、そんな日々を渇望して。

 

 

「——と、見せかけて隙ありだよ! カフェ!」

 

「っ! させません!」

 

 ガシッ!

 ムリヤリ実験薬を飲ませようと襲いかかったタキオンを、見計らっていたように掴んで止めるカフェ。

 

 今日もトレセン学園ではウマ娘達がとても賑やかな日々を送るのであった。

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 一方、日の頂点に差し掛かりそうな昼前のこの時間。

 

 藤坂は広大なトレセン学園の敷地で迷わないように気をつけつつ、一人カフェテリアに向かっていた。

 長旅での疲れや手続きなどでバタバタと忙しかったことを考慮し、理事長からは昼頃から厨房に向かうようにと指示されたのだ。

 

 

(今日から研修か。厨房内の動きはよく把握しておかないとな……)

 

 

 厨房内で無駄は許されない。

 あらかじめ調理器具と調味料、食材がどこにあって、誰が何を担当しているのか頭に入れ、最適かつ最短で動く。

 そのことを、これまで地方のトレセン学園の料理長として働いてきた、彼はよく理解していた。

 だからこそ、十二分に気合いを入れて本日の研修——これから料理長になる人物が研修というのも変だが——に臨もうというのだ。

 

 

 

「さてと、もうすぐカフェテリアが見えてくるはず——

 

「すまない、すこし道を教えてもらえないだろうか?」

 

 

 カフェテリアまでもう少しというところで、藤坂に声が掛かった。

 

 藤坂が声のした方を振り向いてみれば、そこには困ったようにウマ耳を下に垂らさせている芦毛のウマ娘が。

 未だ4月前のこの時期。まだ新入生が入ってきておらず、在学生ならば初めの一年間のうちに道を覚えている。いまさら道を尋ねるウマ娘などいないはずだが……。

 

 そのことをやや不思議に思いつつも、藤坂の中で彼女を助けないという選択肢は始めからない。

 いつも通りの安心する柔和な笑みをもって、藤坂はそのウマ娘に向き直った。

 

 

「まあ、俺もここに来たばかりであんまり詳しくないんだけど……それでも良いなら。で、どこに向かってるの?」

 

 

 そう、藤坂が尋ねた瞬間。

 辺りに轟音が鳴り響いた。

 

 ——バキョッ、ベキッ、ガンッ、ボキキーッ!!!

 

 その鼓膜をつんざくような音に、藤坂は慌てふためく。

 

 

「え、なに、事故!?」

 

 

 彼はすわ車同士の衝突かと周囲に視線を向けたが、道路とかけ離れた学園の敷地内で事故など起こるはずもない。

 その事実に改めて彼が動揺していると、芦毛のウマ娘がお腹をさすり、すぐさま弁明した。

 

 

「驚かせてすまない、あまりの空腹でお腹が鳴ってしまったようだ」

「あっ、今のお腹の音なんだ……もしかして、行き先はカフェテリアだったり?」

「おお、君は私の心の中が読めるのか……!?」

「今の音を聞いたら誰でもわかると思うけどね……」

 

 

 苦笑いを浮かべつつ、藤坂は「俺もちょうどカフェテリアに向かっていたから、よければ一緒にいかない?」と誘えば、芦毛のウマ娘は「ああ……! 助かる、ありがとう!」と満面の笑みを浮かべ、了承した。

 

 そうして、二人は共にカフェテリアへと向かうことに。

 

 

「ところで、君の名前はなんて言うんだ? ぜひ、聞いておきたい」

「藤坂っていうんだ。これから厨房で料理することになるから、よろしくね」

「おお、そうなのか……! それは凄く楽しみだ! そうだ、まだ名乗っていなかった。私はオグリキャップ、これからよろしく頼むぞ、藤坂!」

「うん、よろしくね。オグリちゃん」

 

(地方からいきなり転属することになって緊張していたけれど、この調子なら案外大丈夫そうだ)

 

 暢気に藤坂はそんなことを考えつつ、ご機嫌な調子で歩を進める。

 このあとに訪れる地獄も知らずに——

 

 

 ♦︎

 

 

 

「はい、ここがカフェテリアだよ」

 

 料理長が足を止めて指差したのは、本校舎より離れた場所に佇む、円状に広がった建造物。

 学園が保有する広大な土地のうち一つの区画として占めており、ウマ娘全生徒2000人弱を十分収容できる大きさであった。

 

 ようやく見覚えのある場所に辿り着き、オグリはその空色の瞳を輝かせる。

 

「ここまで連れきてくれて、ありがとう……! 君が居なければ私は飢え死んでいたかもしれない」

「ははは、オーバーだなぁ」

 

 誇張された表現に微笑ましく感じた藤坂は、このとき知るよしもなかった。

 オグリというウマ娘を知れば、決してオーバーなどではないということを。

 

 

 

 

 

 その後、オグリとカフェテリア前で別れた藤坂は、厨房に入る前にカフェテリアと直結した専用の更衣室にて、自身の状態を念入りにチェックしていた。

 

 

「うん、服装よし。衛生状態よし。さて、そろそろ厨房に入るか」

 

 

 身だしなみは料理人の基本。

 少しでも気を抜き、怠れば、ただでさえ水場の多い厨房内に雑菌が増殖し、待っているのは食中毒の連鎖。

 

 アスリートであり、よく体調を崩しやすいウマ娘に、そのような事態を引き起こすなど到底許されることではない。ゆえに、URAはカフェテリアスタッフに対し、厳しい基準を設けている。

 すべてはウマ娘のために、と。

 

 普段は柔和な彼も、この時ばかりは思わず厳しく眉を寄せるほど、入念に不備がないか調べ、しばらくしたのち、ようやく合格を出すほどだ。

 

 

「こういうのは、最初の挨拶が肝心だよね」

 

 

 更衣室からカフェテリアの厨房入り口ドア前までやってきた藤坂は、足を止めて、独りごちる。

 これからは、ここの料理長として過ごすのだ。スタッフ達への印象はなるべく良いものでありたい。

 第一印象は人付き合いで重要なのである。

 さて、と藤坂は一つ息を入れて厨房入口のドアを開け、最初の一声をあげた。

 

 

「新しくここで働くことになった藤坂です! 数週間の研修を終えたのち、料理長として皆さんと共にウマ娘さんのお腹を満たしていきます! どうか、よろしくお願いし——

 

 そこまで言いかけて、藤坂は完全に固まった。

 あまりにも目の前に広がった光景が、現実離れしたものであったからだ。

 

「あ……うっ、ああ゛、あ゛ぁぁぁっ!」

「た、だ、ず、げ、でぇぇぇ……」

「があっ、ぁ……!」

 

 

 それを言葉で言い表すことは困難であったが、最も近い意味として藤坂が思い浮かべたのは、『屍山血河』という言葉だった。

 

 

 正気を失い、発狂をする者。

 うずくまって必死に助けを乞う者。

 横に倒れて腹を押さえ歯を食いしばり、額に脂汗を浮かべる者。

 場は混沌(カオス)狂気(バーサーク)に呑まれていた。

 

 そして、なによりも『紅い』。

 厨房の床、壁すべてが真っ赤に染め上げられ、もはや血溜まりである。

 その奥には、白の装束をこの厨房と同じく赤に彩られた人物が一人、怪しく光る凶器を携え、倒れ伏し苦しむ彼と彼女、藤坂の元へと一歩ずつ近づく。

 

 まずい、早く逃げなければ。

 

 藤坂は咄嗟にそう思い、翻って走れと自身の体に指令を送るも、それでも脚はまともに動かなかった。

 代わりに訪れたのは震え。手も足も、体全体が小刻みに揺れる。

 それは、目の前の存在への純然たる『恐怖』だった。

 

 そうこうしているうちに、凶悪な笑みは藤坂の手の届く範囲。

 否、目と鼻先まで接近を許してしまった。

 

 自然と辺りにはガチガチと硬質な何かが打ち合わされる音が響いた。

 一瞬、何の音かと思ったが、その音が自分の歯と歯が擦り合わされて鳴っていることに藤坂はすぐに気がついた。

 

「ひぃっ、どうか命だけは……」

 

 藤坂の命乞いも虚しく、凶器は振り上げられた。

 あとは振り下ろすだけで、彼の命は枯れる。

 無様な生き様を晒すまでもなく潔く、藤坂は静かに目を閉じた。

 

(ウマ娘のみんなが笑顔になる料理をもっと作りたかったな……)

 

 最後にそう思い、その時を待つ。

 その間、大丈夫辛いのは一瞬だけだ、と自身を励まし続けた。

 

 が、待てど暮らせどもその瞬間は訪れない。いや、実際はそれほど時も経っていないだろうが、獲物を振り抜くにはあまりにも遅すぎることに彼は疑問をもった。

 

 確認すべく、勇気を持って目を開くとそこには、いかにも腕っ節の強そうな壮年の女性が額に青筋を浮かべ、床に転がる者どもを睨んでいた。狂気に見えた包丁は、既に藤坂の隣にあったまな板の上に載せられている。

 

「っ、いい加減にしなっ! 何度もトマトケチャップを床にぶち撒けて! アンタら、学園の経費を舐めてんのかいっ!」

 

「「「すんませんでしたー! 料理主任!!!」」」

 

 どうやら、先ほどの恐怖体験は単なるドジであっただけで、学園に凄惨な事件が巻き起こった訳ではないらしい。

 

 料理主任と呼ばれた彼女に喝を入れられて正気に戻った三人は、そそくさと掃除用具を取りに戻り、自分たちの散らかした場所を清掃し始めた。

 その慌ただしい様子に、料理主任はハァーと深くため息をつく。

 

「このクソ忙しい中、まったく……」

 

 彼女は懐から飴玉——チュッパチャプスを取り出し、包装紙を剥いで口に放り込んだ。わずかに口から飛び出た小さい棒がワイルドに感じる。

 そのまま何事もなかったように背を向け、自身の持ち場へと向かおうとする料理主任にハッとし、藤坂は慌てて彼女を呼び止めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 無視して行かないで!」

「ん? なんだいアンタ、知らない顔だね」

「へ?」

 

 必死に声をかけてようやく振り返った料理主任は、不思議そうな顔で藤坂を見つめた。このことに、藤坂は違和感を覚える。

 

(あれ? 顔とかは写真だとかで割れているはずだよな? まだ覚えられていないだけか?)

 

 とある可能性が脳裏をよぎる。

 まさかな。そう思いつつも、嫌な予感が止まらず、藤坂は確かめてみることにした。

 

「えっと、ここで今日から働くことになった藤坂です。料理主任がもうすぐご退職なさるということで、代わりに料理長として研修をと……あの、一応確認しますが、理事長から話は通されてるんですよね?」

 

「いや、まったく。なんだいその話。初めて聞いたよ」

 

「えぇ……」

 

 うまく話が通っていないことに藤坂がしきりに戸惑う。

 まさか、こんなところで壁にぶつかるとは思わなんだ。

 が、その困惑した様子を見ていた料理主任は豪快に笑いだした。

 

「ぷ、あっはっはっ! やっぱりアンタは素直なヤツみたいだね! 安心しな、さっきのは冗談さね。ちょっとどんなヤツか試しただけさ」

 

「は、はあ……」

 

「理事長から話は聞いてるよ。アンタ、その若さで向こうで料理長をしていたそうじゃないか。まだ年は20代後半ってところかい?」

 

「あ、はい、今年で27になります」

 

「そうかい、そうかい。それはいいことだ」

 

(力仕事をするなら、若い方が良いってことなのかな……?)

 

 1人で納得する料理主任に藤坂は不思議に思ったが、彼女が手をパン! と叩くとすぐに意識を目の前に戻された。

 

「ま、なにはともあれ、ここは料理の実力がすべてだ。中央でも料理長になりたきゃ、料理でそれを示しな」

 

 とにかく今は猫の手でも借りたいぐらいだからね。

 最後にそれだけ言い残し、料理主任は今度こそ自分の持ち場に戻った。

 ちなみに、今日はどういった料理をするのかという説明も何もなかった。

 

「なんか腑に落ちないけど……まあ、しっかり仕事はしないとね」

 

 納得できないことは多々あるが、素早く藤坂は気分を仕事モードに切り替える。

 

(とにかく、今日の献立ぐらいは把握しなきゃ)

 

 ひと騒動を乗り越え、調理を再開したスタッフの面々を藤坂は観察する。

 その日の献立を把握すれば、あとはその調理の手伝いをすれば済む。

 と、考えていたが——

 

(まさか、注文(オーダー)に沿って料理を作っている……?)

 

 どうも先ほどから種類の異なる料理ばかりがウマ娘たちに提供されている。

 ハンバーグ、チャーハン、餃子、カレー、ラーメン、パスタ、うどん、寿司、スープ、サラダ、炒め物、丼物、粉物、デザート……和食洋食中華を問わないそのバリエーションには一貫性がない。

 

 それが指し示しているのは、『ウマ娘の好きなものを好きなだけ食わせる』ということ。

 

 観察を続けるほど、今日二度目になる驚きと共に藤坂は感嘆していた。

 

 

(最初はあの惨状で大丈夫かと不安になったけど、さすが中央……! ウマ娘へのケアが段違いだ!)

 

 ただでさえ、過酷なトレーニングとレースを駆け抜け、ボロボロになりやすいウマ娘たちの体。

 せめて食事の時ぐらいは好きなものを、と理事長の粋な計らいなのだろう。

 

 

(だけど、この調理システムで次々と来るウマ娘を本当に捌き切れているのか?)

 

 食べる人数に対して、本当に人手が足りていない。

 トレセン学園の生徒数は2000人弱。

 それに対して、この厨房内で働いているのは男女含めて20名ほど。

 外の飲食店に出向いている者も居るとはいえ、大半は本校舎と近く料金の発生しないカフェテリアで食事をとるため、食べるウマ娘よりも作る料理人の数の方が圧倒的に足りていないのだ。

 

(これだと、カフェテリア内を諦めて外食をしに行くウマ娘や、最悪お昼を食べられずに終えるウマ娘も出ているかも……これは今後の課題にしよう)

 

 藤坂は中央トレセン学園の抱える問題に気付きつつも、保留する。

 今はとにかく目の前の仕事に専念せねばならないからだ。

 

(……調理器具は天井から吊るされている形式、調味料は手元に届く範囲で完備。食材は横の巨大な冷蔵庫から取り出せる。人員の配置と得意な料理はおそらく……まだお昼は始まったばかりで、カフェテリアの生徒数は真昼時のピークで急激に増えることも加味すると……)

 

 

「良し、そうと決まったら溜まったオーダーを片付けていくか」

 

 

 

 調理開始だ。

 

 

 

「1番カレーライス調理済みで、手が空いてるなら2番のオムライスを手伝ってください。チキンライスは調理中なので、上に置くオムレツを作って」

 

 

「え、なんだなんだ。新人が急に仕切り始めたぞ」

 

「けっ、料理長になるからって偉そうに指示なんて出しやがって、誰だよアイツに指示して良いなんて言ったの」

 

 当然、突然の指示に困惑する者や、中には反発する者も出てきた。

 すると、横から料理主任が現れ……。

 

「アタシが許可した。何か文句でもあるのかい?」

 

 凄むと不満を垂らしていた男はすぐに縮み上がった。

 

「いえ、その……何も」

 

「なら、さっさと指示通り動きな」

 

「は、はいぃ!」

 

(料理主任、ありがとうございます)

 

 内心感謝しつつ、藤坂は次々と指示を飛ばしていく。

 

 

「3番お好み焼きは、まだ生地を作ってて時間が掛かる。オーダー自体は少ないからそのまま専念して欲しいです。

4番サバの塩焼き定食、サバは捌けていて焼くのみだけど、セットの味噌汁が無くなったから2番のオムライスを終えた人が新たに作り直して。

5番は激辛坦々麺で、まだ調理に取り掛かっていない状態で時間がかかるので、俺も手伝います。

6番のパフェは盛り付けとフルーツのカットの2人で分担してください」

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 指示を受けたスタッフがそれぞれの持ち場につく。

 藤坂もキビキビと手を動かし、1人前、2人前と料理を仕上げていく。

 

 自身の調理が終われば、他の忙しい所に率先して手伝いに入る。

 一度そういう雰囲気を作れば、後は時折指示を飛ばせばスタッフ同士が効率よく協力し合う。

 そうする事で、今までにない神がかった調理速度を実現することに成功していた。

 

 

「あれ、いつもより料理出てくるの早くない?」

 

「え、ラッキー! 混んでるし外食しようとか思ってたけど、これでわざわざ外食しなくて済むじゃん!」

 

 打てば響くように、ウマ娘達も注文を出せばすぐにその通りの料理が出されることを喜んでいるようだった。

 藤坂の思惑通りである。

 予想外のこともあったが……。

 

「7番オーダー! マグロ握り寿司と軍艦巻き入りました!」

 

(マグロ!?)

 

 途中、寿司屋のようなオーダーも入る。

 漁港でも寿司屋でもないここにマグロなんてあるのか。

 いや、そこはさすが中央トレセン学園と言うべきかマグロもきちんと解体されたものが冷凍室に完備してあった。

 噂によると、とある芦毛の生徒が今朝釣ってきた代物らしい。

 

 一波乱というより、意外なこともあったがなんとか昼のピークを終え、カフェテリア内のウマ娘の姿が(まばら)になってきていた。

 そこで今まで気を張っていた藤坂は一息入れていると、背後から肩をトンと軽く叩かれた。

 

「アンタ、やるじゃないか」

 

 振り返ると彼の肩を叩いたのは、料理主任だった。

 

「料理の味も見た目も合格点だし、何より指示も全て的確。調理スピードも悪くない。いくら料理が上手くてもこのスピードってのは一朝一夕では身につかない。アンタ一体どんな修羅場を潜り抜けてそれを身につけたんだい?」

 

 

「まあ、前の地方トレセン学園でよく食べる子が居まして……」

 

「たった1人の食事量でそのスキルを身につけたってのかい?

 そいつは、とんだ食いしん坊さね!」

 

 よほど面白かったのか、豪快に笑い出す料理主任に藤坂は苦笑いを浮かべていると、厨房のドアがバン! と強く開け放たれた。

 

「料理主任はどこや!」

 

 厨房にやや濁声の関西弁が響き渡る。

 その声の主は、小さな芦毛のウマ娘だった。

 

「アンタは確か……タマモクロス」

 

 その喋り方とレースでの活躍で、よく目立つ芦毛の少女を料理主任は覚えていた。

 それにお目当てのものを見つけたタマモクロスも反応する。

 

「おっ、アンタが料理主任やな。せや、『白い稲妻』とはウチのことや! って、せやないせやない」

 

 彼女は逸れた意識に首を振ってから、手を合わせて懇願する。

 

 

 

「頼む! オグリに故郷の料理を食べさせてあげれへんか!」

 

 

 

(オグリってさっき迷子になってた子……?)

 

 

 どうやら、藤坂の1日はまだまだ終わらないようだ。

 

 

 

 

 






 一般的な料理長は若くて30代前半なので、20代後半で料理長になる藤坂はどれだけ異例なのか分かりますね。
 なるべく長くならずに、フラットにネタを挟んで少しでも楽しんでもらえるようにするのが目標です。
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