オグリキャップ視点です。
「フッ!‥‥‥」
私は地面に足をめりこませる勢いで踏み込み、他に走る子達を視界の端に吹っ飛ばす。
そして、誰よりも早くゴールテープを駆け抜けた。
「オグリちゃんが一着!よく頑張りました!」
アナウンスが入ると、トメさん、シゲさん、観客席のみんなが立ち上がって拍手してくれる。
「一着おめでとう!」
「よっ!オグリちゃん日本一ッ!」
「今日もオグリちゃんの走りで元気もらえたよー!」
私のことを応援してくれたみんなは私がかけっこ大会で一着を取ったことを喜んでくれた。
私が走るとみんなが喜んでくれる。
だから、私は走るのが好きだ。
私は応援してくれたみんなに感謝の気持ちを込めて大きく手を振った。
「はあっ……はぁっ……オグリちゃんってば、やっぱり早いな〜」
「同い年の中では一番だもんね」
「一着おめでとう!」
「ありがとう、みんな!」
かけっこ大会で競い合った子達も私が一着になったのを祝ってくれた。
私は同じくらいの年の子達と走って、競い合うのが好きだ。
競い合っていると、ワクワクして心臓の鼓動が速くなる。
やっぱり、ここは私にとってかけがえのない場所だ。
たくさんの好きで溢れかえっている場所なんだ。
そのあと家に帰ると、お母さんがニンジンケーキを作り終えて、私の帰りを待ってくれていた。
「わー! 美味しそうー!」
「そうでしょう、お母さん特製なんだから!」
「そうだ! お母さん! 私、一着取ったよ!」
「あら! やったじゃない!」
お母さんは口に手を当てて、私が一着になったことを喜んでくれた。
「膝の悪かったアンタが一着を取るなんて、よく頑張ったわね」
お母さんは私の頭を手で優しく撫でてくれた。
その手は温かく、すごく居心地良く感じる。
「ううん!お母さんのマッサージのおかげだよ!」
私は生まれつき、立つことも難しいほど膝が悪かった。
お母さんは膝の悪かった私に、毎日マッサージをして、膝を良くしてくれた。
私はそんなお母さんの事が大好きだ。
「いいえ、アンタが頑張ったからこそよ。
さ、頑張ったご褒美にお食べ」
「うん!」
お母さん特製ニンジンケーキは甘く、どこか優しい味がした。
私は決してこの味を忘れないだろう——
♦︎
「あ……」
私は目を覚ました。
部屋の中が薄暗くても、天井が笠松にある家のものではないとすぐにわかった。
それが、さっきのは昔の夢であったことを強く自覚させてくる。
「夢‥‥‥か。お母さん、故郷のみんなは元気にやっているだろうか‥‥‥……」
思わず、着ていたパジャマの胸元を強く握りしめた。
いけない、起きたら早朝のトレーニングに向かわなくては。
膝の悪かった私にとって、走れることは奇跡なのだから。
気怠い体をベットから起こし、部屋の中を見回すと、横のベッドにはいつも通りタマが居て、スゥスゥと寝息を立てていた。
「待てやぁ〜‥‥‥姉ちゃんがすぐに捕まえたるぅ‥‥‥姉ちゃんから逃げ切れたら、夕飯ははんぺんステーキやぁ〜」
と小さくタマの寝言が耳に聞こえる。
どうやら、タマは夢の中で大阪にいる兄弟とかけっこをしているようだ。
「タマも私と同じく、故郷の夢を見ているのか‥‥‥……」
故郷が恋しいのは、私だけではない。
一人だけうずくまっている訳にはいかないんだ。
私はベッドから降りて、身支度をし、トレーニングのために部屋を出た。
♦︎
「フッ‥‥‥ハッ‥‥‥」
例年より一足早く咲いた桜は地面に花びらの多くを落としていた。
私はその桜の下で走った。
いいかげん春だというのに、早朝の空気は冷たく、空気を体で切る度に寒く感じる。
早く体を温めなければ‥‥‥。
「くっ!……お母さん‥‥‥故郷のみんな‥‥‥……!」
先ほど見た夢を思いだし、胸が締め付けられた。
それでもなお、走り続ける。
大丈夫、私の心臓は強い。
この程度の胸の締め付けなら問題なく走れる筈だ。
かぶりを振り、トレーニングに集中した。
朝のトレーニングを終え、部屋に戻ると、寝ていたタマが起きていて、朝の身支度をしていた。
「おっ、帰ってきたんか」
「ああ、おはようタマ」
「おはようさん、オグリ」
タマはいつも通り、早朝トレーニングをしてきた私に朝の挨拶をしてくれた。
(タマも私と同じく故郷の夢を見ていたのに胸が苦しくならないのか?)
そう疑問に思った私はタマに尋ねてみることにした。
「タマは、故郷が恋しくないのか?」
「なんや? 急に」
タマは身支度する手を止めず、特に表情も変えずに返事をした。
「いや、タマが寝言で故郷のことを言っていたのが今朝聞こえてな‥‥…」
「ちょっ! ウチの寝言聞いてたんかい! ごっつ恥ずかしいわ‥‥‥」
身支度をちょうど終えたタマは、赤らめた顔を両手で覆う。
寝言を聞いてしまってすまないと思うが、今は答えを早く聞きたい。
「で、どうなんだ、タマ」
「‥‥‥そうやな、家族のことが恋しくあらへん言うたら嘘になる」
「だったら!」
私の言おうとしたことを察したのか、タマは私が次に言おうとした言葉を手で制して、言葉を続ける。
「せやけどな、オグリ。ウチはレースで勝って、家族に楽させてやりたいんや。それを果たすまでこのトレセン学園で走り続けると決めとる」
「‥‥‥……」
「オグリもそうやろ? 故郷のみんなの期待に応える為に走っとんのやろ?」
「私は‥‥‥笠松のみんなの期待に応えたい。だが、たまに笠松がやけに恋しくなるんだ」
「電話で話すんじゃ足らへんのか?」
「‥‥‥足らないと思う。そういうのとは違うんだ」
故郷の夢を見てからずっと満たされない寂しさが胸の中にある。
「タマ、お願いだ。私のこの寂しさをなんとかできないだろうか」
「わかった、同室のよしみや! ウチがなんとかしたる! 任せとき!」
タマは胸をドンと叩き、自信ありげにそう言った。
実に頼もしい。
「ありがとう、タマ!」
本当に、私はタマに世話になりっぱなしだな。
♦︎
その後、私とタマは全校朝会で理事長の話を聞いた。
理事長によると、今の料理長が定年を迎え、今日をもって料理長を辞めるらしい。
あの豪快な料理がもう食べられなくなるのか………。
とても残念だ………。
タマも「あのおばちゃん辞めるんか、寂しくなるわぁ」と、眉尻を下げていた。
教室で授業を受け、昼になった。
私とタマは昼食をとるため、カフェテリアに向かう。
その間にタマが話を振ってくれた。
「それにしても、新しく入ってくる料理長はどんな奴なんや?今の料理長が認めたってことは相当腕が立つんやろな」
そうだ………。理事長は代わりの料理長が来るとも言っていたんだった。
「そうなんだろうな‥‥‥今までの料理の味が好みなのだが‥‥‥」
「まあ、不味かったら、文句言うたろ?」
「ああ‥‥‥」
話しながら歩いてカフェテリアに着いた。
「ご飯を貰いに行こう、タマ」
「今日が料理長の料理を食べられる最後の日やからな、たらふく食べるで〜!」
タマは私を元気づけようとワザと明るく振る舞う。
今はその心遣いが私には辛い。
だが、タマのせっかくの心遣いを無駄にするわけにはいかない。
私は料理を注文することにした。
「そうだな、タマ。すまない、ニンジンハンb‥‥‥」
ドンッ!!!
私が言い切る前に、既に私の前にはニンジンハンバーグが置いてあった。
「相変わらず人が言い切る前に料理を出すおばちゃんやな〜」
「ああ、いつも助かっている」
出されたのは茹でられて柔らかくなったニンジンをたっぷりとソースのかかったハンバーグに突き刺さした豪快な料理だ。
私はその豪快さを好ましく思う。
「今までお世話になった、ありがとう」
私が、次の料理に取り掛かった料理長に感謝の言葉をかけると、僅かに料理長が頷いた気がした。
またこうして、私はお世話になった人と離れることになるのか………。
料理を受け取った後、席に座って食べていると、寂しさが少し紛れている気がした。
だが、少しだけだ。
この寂しさは消えないのではなかろうか。
そう思うと、より胸の締め付けがきつくなった。
私は食事の手を止めた。
「オグリ‥‥‥‥」
タマは食事の手を止めた私のことを心配そうに呼んだ。
「大丈夫だタマ。私は大丈夫」
「なら、どないしてずっとそんな寂しそうな顔してんのや‥‥‥」
私は寂しそうな顔をしているか?
すぐに自分の顔を触ってみても、今、自分がどんな表情をしているかわからない。
「食べていると、寂しさが少し紛れるのだが‥‥‥」
「‥‥‥電話で話すでもなく、料理を食べると寂しさが紛れる‥‥‥もしかしたら、笠松の料理を食べれば治るかもしれへんな」
「そうだとしても、笠松に行かなければ故郷の料理を食べられない。私はみんなの期待に応えるまで帰る訳にはいかないんだ‥‥‥…」
私がそう言うと、タマは顎に手をあてて、何かを考えるそぶりをとった。
しばらくして、タマは口を開いた。
「オグリ。ウチ、ちょっとばかし席外すわ」
そう言って、厨房の方に向かって行った。
きっとタマはおかわりを取りに行ったのだろうな。
私は食事をしながらタマの帰りを待っていると、やがてタマが私のいる席まで戻ってきた。
「オグリ。明日楽しみにしとくとええで」
すると突然、タマがそんなことを言ってきた。
明日? 明日なにか祭りでもやるのか?
私は疑問を残したままその日を終えた。
♦︎
翌日、また昨日と同じ夢を見た。
昨日よりも胸の中の寂しさが増して、今日は早朝トレーニングにも身が入らなかった。
授業を受け、昼になってタマと一緒にカフェテリアに向かう。
「はよカフェテリアに行こうで、オグリ!」
「そんなに急がなくても食べ物は無くならないぞタマ」
今日はやけにタマがカフェテリアへと私を急かしてくる。
タマはそんなにお腹が空いているのか?
カフェテリア内に入って、席に着く。
すると、背の高い男性が料理を運んできた。
いつもは自分で料理を取りに行かなくてはいけないのに、何故だ?
「はじめましてオグリキャップ。俺は今日からここの料理長を任されることになった藤坂っていうんだ。よろしく」
その男性は私に挨拶をしてきた。
そうか………。この男性が理事長の言っていた新しい料理長か………。
「あ、ああ、よろしく頼む」
「自己紹介も済んだところで、どうぞ」
私は何がなんだかわからない内にフードカバーがついた料理皿を料理長から受け取っていた。
「カバーとってみぃ、オグリ」
「ああ、どうして料理が運ばれて来たのかわからないが、その料理はありがたくいただこう」
私はカバーを外した。
「‥‥‥!?」
そこにあったのは、かつてお母さんが私に作ってくれた特製ニンジンケーキだった。
故郷に帰らなければ食べられない筈なのに、どうしてだ?
「これは一体‥‥‥」
私は説明を求めて二人に視線を向けた。
「前の料理長と料理長研修中の俺が理事長に頼んでオグリちゃんのお母さんに連絡をとってもらったんだ」
「そこで、レシピを教えてもらったってわけやな」
「いや〜ここにいるタマちゃんが前の料理長と俺に必死に頭を下げて、『オグリに故郷の料理を食べさせてあげれへんか!』と頼み込んで来た時は、なんて友達思いなんだって思ったね〜」
「そこまで言わなくても良いねん!またごっつ恥ずかしいやろ!」
タマはビシッ!と手を横にやり、料理長にツッコミを入れていた。
「タマ、私のために‥‥‥。ありがとう、タマ、料理長達。ありがたくいただくよ」
「どうぞ、召し上がれ」
私はケーキをフォークで割いて、口の中に入れた。
その味はよくお母さんが作ってくれたケーキの味と同じだった。
甘くて、どこか優しい味。
「‥‥‥美味しい」
涙が出てきた。
「っ………、ぅ………」
視界が歪む。だが、涙を拭う手間も惜しい。今はこの手を止めたくない。
私はこみ上げてくる嗚咽を漏らしながら、構わず食べた。
それだけ私にとって大切なものだから。
涙で歪む視界の中で料理長がこちらに口を開こうとしているのがわずかに見えた。
「実は、オグリちゃんのお母さんや笠松の方々から伝言をもらっているんだ。みんな揃って、『レースで元気な晴れ姿を見せてくれ!』だってさ」
私はもう堪えきれなかった。
「うっ、うあああぁぁーーーーん!!」
私は大きな声をあげて泣いた。
♦︎
「うっ、…………、ずっ…………」
二人は私が泣き止むのを静かに待ってくれていた。
「どや? 寂しさは消えたんか?」
タマに言われて気づく、胸の中の寂しさが消えていることに。
「ああ、消えているぞ」
「おー、良かったなー! オグリ!」
タマが笑顔で私の背中を軽く叩いてくれる。
タマには感謝してもしきれないな‥‥‥。
「改めて、タマ、料理長。ありがとう。私はこれでまた前を向いて進める」
「ウチは料理長に頼んだだけで、オグリをあんまし助けられへんかったけど………」
「いいや、タマのおかげだ」
「そんなに言われると照れるやん」
タマは照れ臭そうに頬を掻いた。
「郷愁が晴れたのなら、良かったよ」
料理長はウンウンと頷き、厨房に戻ろうとした。
その前に私は料理長に空になった皿を手に持ち、言う。
「まだ味わいたいので、もう100皿分おかわりいただけるだろうか」
すると、料理長の顔がみるみる青褪めていく。
体調が悪いのか? 頑張って料理を作ってくれるのは助かるが、あまり無理をしないでほしい。
再び、私は心に誓った。
これからも私は笠松のみんなの期待に応えるために、走り続けることを。
まあ、故郷が恋しい時はこのケーキをまた食べることになるが………。
♦︎
この一部始終を見ていたカフェテリア内のとあるウマ娘達は‥‥‥。
「う、うわぁああーーーーんッ!!!がんどうじだぁあああああーーー!!!」
「うっさ、ハヤヒデこれなんとかしてよ」
「母の手料理の思い出は故郷の思い出と深い繋がりがあるそうだ。オグリ先輩は母親の料理を食べたことによって故郷に想いを馳せたことだろう」
「うぉおおおおおおーーーーーんッ!!!!」
「悪化してるし‥‥‥」
その後厨房では‥‥‥。
「A班はニンジンハンバーグを!B班はスイーツを担当!C班はできた料理をトレーに配膳!D班は俺と一緒にオグリちゃんの為にケーキを作る!」
「「はい、料理長! 健闘を祈ります!」」
「イエス、料理長! 骨は拾っておきます!」
「ノー! 料理長! 私達D班が死んでしまいます!」
「うおおぉ! 根性おぉぉ!」
藤坂は料理長就任初日から濃密な時間を過ごすことになった。
こんな感じでウマ娘のお悩みを料理で解決していきます
なるべくコミカルになるよう努めるのだ。
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