強くなりたければオラリオに行けば良い   作:はんふんふ

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第15話

 

 アミッドは深い暗闇を見つめながら今日は本当に昔のことを思い出す日だと考えていた。

 それはデモポンとの出会いの日であったり、誓いを立てた日のことであったり、守ってもらった日のことであったり、……初めて救えなかった人を目の当たりにした日であったり。

 良き過去であったかと問われれば顔を顰めてしまいたくなるが、胸は張ることが出来る今を形作ってくれた誇りある過去だった。

 そう思えたのは、やはりデモポンの存在が大きいだろう。

 

 「俺は、死なないよ」

 

 そう言ってくれた。

 

 「俺が守ってやるからさ」

 

 そう言ってくれた。

 

 彼の後にもそう言ってくれる人はいたけれど、例え私が魔法を使えないただの町娘だったとしても、彼はそう言ってくれるだろうと、何故だか信じられた。

 ならば目覚めなくてはならない。

 暗闇から自力で抜け出さなくてはならない。

 何故ならば、私は治療師で戦場の聖女(デア・セイント)なのだから。

 

 アミッドは自力で重い瞼を抉じ開けるとそれを見た。

 周囲の大人の冒険者達が腰を抜かして倒れている誰よりも最前線で、巨石を思わせる拳を小さな体と紅い波で防ぐ、男の子の姿。

 何度も何度も、金槌を振るうかのように駄々っ子のように、叩きつけられる拳の雨。

 それを血塗れになりながらも、一歩も引くことなく受け止め続けるデモポンの姿。

 なぜだかその痛々しい背中を見たときに、アミッドの中を支配したのは、溢れんばかりの激怒だった。

 

 「なにを……やっているの……ですか?」

 

 アミッドの呟きはゴライアスの打ち付ける拳の音で誰にも届かない。

 だから叫んだ。

 喉が切れ、口内から鮮血が飛び散っても気にも留めずに力の限り。

 

 「なにをやっているのですかッ!?」

 

 それは果たして誰に対しての怒りだったのか。

 逃げずにたった一人で立ち向かっているデモポンに対してなのか。

 子供一人に任せて腰を抜かしている冒険者達に対してなのか。

 いいや違う。

 なにも出来ずにいた足手纏いの自分に対してだ。

 いつも無茶をする冒険者を救う存在の自分が、一番見たくない人物の鮮血を浴びながらのうのうとしている。

 許される筈がない。

 怒りで視界が染まったアミッドは轟音と振動が続く道を踏みしめて進む。

 

 道は鮮血で塗装されている。

 道は苦痛で補装されている。

 ならば自分の為すべきことは―――。

 

 アミッドは無言でデモポンを背後から抱きしめた。

 デモポンの腹部に回された腕には、ゴライアスが振るう拳の振動が伝わってくる。

 それだけで腕が吹き飛びそうになる。

 だが、アミッドは意識を集中していく。

 彼女はデモポンの専属の治療師だ。

 デモポンの体のことは、デモポン以上に熟知していると言っても良い。

 アミッドの足元から魔法陣が姿を現す。

 その光の暖かさに気が付いたのか、今まで意識がなかったのかもしれないが、デモポンが掠れた声で呼んだ。

 

 「……アミッド?」

 

 その声にアミッドは溜息で返す。

 本当にどうしようもない人だと思ったからだ。

 

 「あなただけでも、逃げればよかったのに……」

 

 アミッドのその言葉にデモポンは「へへへ……」と力なく笑って誤魔化した。

 アミッドはデモポンを抱く力を強める。

 この難局を乗り越えるために、生きて帰るために、デモポンを治療するために。

 アミッドはその祈りを言葉にした。

 

 「癒しの滴、光の涙、永久の聖域」

 

 アミッドとデモポンを包む光に命が吹き込まれる。

 

薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う」

 

 伝えるは世界に刻む歌。

 事象の上書きを行う魔法の力。

 

「そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ」

 

 アミッドは詠唱を一分の狂いもなく読み上げる。

 目の前に薄い紅い波の壁に打ち付けられる巨石のような拳を見ながら、そこに恐怖はない。

 

聖想(かみ)の名をもって——私が癒す」

 

 抱きしめる腕に込められた想いを乗せて解き放った。

 

 「ディア・フラーテル!」

 

 白銀がデモポンを包み込む。

 アミッドの意思が想いが込められたその魔法は、聖女の名を穢しはしない。

 ゴライアスは何かを感じ取ったのだろう。

 肘を大きく引き絞り、必殺の一撃を白銀の輝きに叩きつけた。

 そして気が付いた。

 拳がまるで割れた風船のように消えたことを。

 ゴライアスが痛みに叫ぶ。

 腕を押さえ、まるで人間かのように苦しんでいる。

 ゴライアスは睨みつける。

 

 白銀の壁を、その光を―――。

 

 「ありがとうアミッド、助かった」

 「当然です。あなたを癒すのは私の仕事なんですから」

 

 光の先から現れたのは無傷のデモポンとアミッドの姿だった。

 本来ならばありえない光景、あと一撃でもゴライアスが拳を振るっていれば容易く潰せたはずの存在が始まりに戻ったかのように平然としている。

 それがアミッドの魔法ディア・フラーテルの効果。

 その力は、死にさえしなければ全てを癒すとまで言われた最上位の治癒魔法。

 アミッドが魔法を発動さえすれば、味方は常に万全の体制でいられる反則級の力だ。

 その力を前にしてもゴライアスは止まらない。

 まだ片方の腕が残っている。

 ゴライアスが拳を握りしめたと同時、剣の刃がゴライアスを襲った。

 

 「すまない、本当にすまない。俺は冒険者なのに、大人なのに」

 

 それはリーダーの冒険者だった。

 ゴライアスの威圧に恐怖し膝を屈していた彼は、デモポンとアミッドの背中を見て立ち上がっていた。

 それに続くようにして冒険者達が立ち上がる。

 

 「勇気をみさせてもらった」

 「情けなくてすまない」

 「ここからはゴライアスの攻撃はすべて防いでみせる」

 

 冒険者達は次々に言葉を発し己が武器を手に取り立ち向かう。

 デモポンはそれを見て瞳を輝かせていた。

 まるで物語のワンシーンのような光景だったからだ。

 それに気が付いたのか、アミッドは抱きしめる腕の力をさらに増してデモポンを軽く締め上げる。

 

 「喜ばないで下さい。まだ、終わっていないのですから」

 

 アミッドに注意されてもデモポンは喜びが隠せないようで笑顔のままだ。

 

 「ねぇ、アミッド」

 「はい」

 「そのまま俺に魔法を掛け続けていて欲しいんだ」

 「なにか手があると?」

 「あぁ、出来るかどうかわからないけど確信しているんだ。俺なら出来るって」

 「はぁ……、よくわかりませんが、また無茶なことをするんですね?」

 「ダメかな?」

 「いいえ、それが必要なら私のことは気にせずに……、全て癒しますから」

 

 アミッドのその言葉にデモポンは笑った。

 そして意識を集中させていく。

 デモポンは考えていた。

 自身の魔法のことを。

 アイトーンは、紫電を纏った紅い波動だ。

 それは魔力を放出するだけで出来ていた。

 今まではそれしかやってこなかった。

 だがヴェンデッタとの戦闘の中で気が付き、ゴライアスの戦闘で実践出来た。

 そこに形を持たせるということを。

 イメージしたのは一つの塊。

 波動をただ垂れ流すだけでなく留めるという一つの工程を加える。

 それを対象に叩きつけることで波動の塊は振れた箇所から弾けるように衝撃を加えることが出来た。

 それはまるで水を詰め込んだ風船に針を差し込めば、そこから水が飛び出すのと同じだった。

 魔法に容を用意して、力の向きを整える。

 本来その役目を担うのは詠唱であるが、それを無理矢理行う。

 デモポンはゴライアスに向けて掌を上下に向け合わせる。

 まるで子供の影遊びのように、大きな獣の口のように向けられた手の中に、紅い波動が重なりあう。

 波動と波動が重なり共鳴し、四散する前にさらに波動を加え練り込んでいく。

 イメージしたのは、アイズと共に倒した黒いワイヴァーン。

 放たれた劫火は一撃でダンジョンの環境を塗り替えた。

 その力が今、必要だった。

 重なり暴発してしまいそうになる熱の塊。

 魔法の使用者であるデモポンですら蒸発させてしまうその熱量をデモポンは全身で受け止め、瞬時にアミッドが癒す。

 それは儀式だ。

 デモポンのスキル、エレウシス・アムブロシア。

 その効果反逆進化(リベリアスイボルブ)、ダメージを負うごとに強制的に進化を促すそのスキルが、デモポンの格を上げていく。

 それは魔法の使用者として相応しい位置にまで押し上げる。

 そして実った。

 

 「アミッド!」

 

 デモポンが名を呼ぶと、アイッドは前線で戦う冒険者達に指示を出す。

 冒険者達がゴライアスから離脱したと同時、手の中で暴れる熱球を解き放った。

 

 「枯れ果てろ(アイトーン)ッ!」

 

 放たれたモノはまさしくドラゴンの一撃と言って良いだろう。

 一直線に進むドラゴンブレスが、ゴライアスの魔石が宿る腹部に突き刺さる。

 

 「グゥオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 だがゴライアスはそれすら耐える。

 紅い閃光となって突き刺さり続けるアイトーンのシャワーをその強靭な皮膚で耐え忍ぶ。

 ゴライアスを中心に温度が急上昇し、瑞々しかった周囲の岩を風化した砂のように吹き飛ばしていく。

 それでもゴライアスは耐えていた。

 

 ―――これでもダメなのか。

 

 そう誰もが思う中、デモポンとアミッドは諦めていなかった。

 

 「「いっけぇええええええええッ!!」」

 

 紫電を纏った熱波の光線に白銀の光が混ざり合う。

 それはデモポンにアミッドの魔力が譲渡されていることを意味し、それは最大の一撃を常に発揮し続けるということだ。

 そして遂にゴライアスの皮膚が爛れ落ちる。

 盾を失ったゴライアスを守るモノはもうなにもない。

 その圧倒的な熱は、ゴライアスの体内に侵入すると、ありとあらゆる物を沸騰させ粉微塵に変えていく。

 そしてアイトーンがゴライアスを貫通すると同時に、ゴライアスは灰となって崩れ落ちた。

 その光景を見て、皆が息を飲んだ。

 それは当然のことで、ゴライアスはレベル4相当とギルドに定義されている。

 つまりレベル4の冒険者でどうにか出来るかもしれないという強さなのだ。

 それがレベル3を中心としたレベル2ばかりの冒険者パーティが打ち倒す。

 しかもその殆どをレベル2の子供がしてしまった。

 そんな夢物語、口にするだけで笑いものになってしまう。

 だが、これは現実だった。

 灰の山となって消えたゴライアスも、いつのまにか逃げて消えていた闇派閥達も、倒したのはそんな冒険者達だ。

 気が付けば皆が叫んでいた。

 涙を流しながら拳を振り上げて、この偉業を祝福した。

 そんな光景を見て、満足したからなのかデモポンは足から崩れ落ちそうになる。

 アミッドは慌ててそんなデモポンを抱き抱えた。

 そしてデモポンを地面に寝かせると、頭を膝に乗せて顔を覗き込む。

 

 「苦しいところはないですか?」

 

 いつもの無表情になっているアミッドに対し、少しだけ嫌そうな顔を作りながらも大丈夫だと伝える。

 そんなデモポンの態度にもアミッドは無表情であったが、ふっと息を噴き出すと小さく笑った。

 それにつられるようにしてデモポンも笑う。

 

 「約束守っただろ?」

 

 デモポンがそう言うと、アミッドは笑顔で頷いた。

 

 「えぇ、信じてましたから」

 

 デモポンが拳をアミッドの前に持ち上げると、アミッドもそれに拳を合わせた。

 

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