強くなりたければオラリオに行けば良い   作:はんふんふ

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第16話

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえた。

 弾けるのは命の音。

 燃えるのは精霊の身体。

 

 「生きてっ―――、あなただけは―――」

 

 懐かしいあの子の声が聞こえるけれど、周囲に満ちた熱気の波がそれを搔き消していく。

 なにか大きな生き物が体を震わせる音が響く。

 それはこの地獄を体現した冥府に遣わされた怪物だった。

 歓喜は無く、雄叫びも無く。

 ただ日常の一動作の如く、それは多くの命を奪い取って行った。

 そう、その時だ。

 俺は聞いたのだ。

 鐘の音を、優しくも冷たい響き渡るその哀歌を。

 

 デモポンは瞳を開けた。

 流れる水の音と、野太い冒険者達の声、テントの隙間から洩れる独特の光、デモポンは掛けられていた毛布を取り除くと、静かにテントから外に出た。

 一瞬の白光が視界を埋め尽くし、すぐに世界が輪郭を取り戻す。

 

 「ここは……、俺は……?」

 

 記憶が朧気だ。

 体も少し気怠い。

 そんな様子のデモポンに明るい声が聞こえた。

 

 「おっ、やっと起きたな寝坊助君め~」

 

 駆け寄ってきたのはアーディであった。

 彼女は元気に手を振りながら、その手にスープが入った皿を持っていた。

 そんなアーディの姿に若干の戸惑いを感じつつもデモポンは周囲を見渡す。

 湖畔の周囲に点在する島々、その中央には巨大な一本の木、その頭上には太陽に似た光で全てを照らす巨大な水晶群。

 それだけの情報でここがどこなのかは明白であった。

 

 「18階層……、迷宮の楽園(アンダーリゾート)

 

 そう呟いた瞬間にデモポンは腰が抜けそうになった。

 それをアーディが慌てて支えてくれた。

 

 「おっとと、大丈夫?」

 

 アーディのその言葉に答える余裕は今のデモポンにはなかった。

 何故なら達成感に包まれていたからだ。

 

 「アーディがいるってことはガネーシャファミリアの皆が助けてくれたの?」

 

 デモポンがそう言うと、アーディは笑って答えた。

 

 「私達と後スペシャルゲストでね」

 「ありがとう……」

 

 デモポンは静かに言った。

 腰を下ろしたデモポンとアーディ、デモポンはさらに深く皆の安否などを含めて聞き出そうとしたが、その口にはスプーンが押し込まれた。

 

 「色々聞きたいだろうけど、まずは腹ごしらえが先、腹が減ってはなんとやらってね」

 

 そのまま黙々とアーディにアーんされていたデモポンは気が付いた。

 木々の隙間、そこに見える黄金を。

 そしてその持ち主と目があった。

 

 『いい年してアーんなんて……、恥ずかしいね』

 『ち、違うぞアイズこれはアーディが勝手に』

 『冒険者なのに……、ぷーくすくす……』

 『……お前だって一緒だろうが』

 『はぁ?何を見て言っているのかな?』

 『俺は知っているんだぞ。お前がガレスさんに、にんじんを食べさせてもらったって言う事を!』

 『そ、それは!』

 『あぁ、知っているとも!にんじんを食べたくないがあまりに口を閉ざすお前を、ガレスさんが頑張って説得して、涙目のお前の口ににんじんを優しく入れたってことを!』

 『それは極秘情報だ!どこから漏れ出した!!』

 『情報源を口にするほど腐ってねぇわバーカ!』

 『そ、それよりも現在進行形でアーんされているデモポンに言われたくない!そっちの方が馬鹿じゃない!バーカバーカ!』

 『バーカバーカ!』

 『バーカバーカ!』

 

 目で互いを罵り合うデモポンとアイズ、もう我慢できないとアイズが飛び出すと同時に二人の頭頂に鈍い痛みが走った。

 

 「うげっ!」

 「ぐぎゅう」

 「なにをしているんだお前たちは……」

 「仲が良いのか悪いのか……」

 

 拳骨を二人に落としたのはシャクティとリヴェリアだった。

 頭を押さえるアイズを猫のように持ち上げたリヴェリアがデモポン達に近づく。

 

 「随分と派手にやったようだな」

 

 リヴェリアがそう言うと、デモポンは褒められると思ったのか、恥ずかしそうに笑った。

 

 「ゴライアスの討伐、それもレベル2のパーティで……、おいそれと出来る事ではない」

 

 続けてシャクティがそう言うと、デモポンはもう確信した。

 だがそれは見事に打ち砕かれた。

 

 「だが私はこう言ったはずだ。常に最善を選べと、移り抜く状況を冷静に判断しろと。なぜ、クエストの内容と規模を判断していけると思ったんだ?」

 

 あっ……、とデモポンの口から音が漏れた。

 これは説教の前触れだと。

 

 「もう一度お前には教え込まなければならないらしい。幸いここには九魔姫(ナインヘル)もいる。彼女もお前に教導したいそうだ。よかったな」

 

 デモポンはアイズに視線を移した。

 いつもならこれみよがしに馬鹿にしてくるアイズの瞳が語っていた。

 『逝ってらっしゃい』と、慈しみを乗せて。

 

 「さぁ行こうかデモポン」

 

 シャクティはそう言うと、デモポンを掴み上げ別のテントに足を向ける。

 リヴェリアもその後を静かに追う。

 その後ろ姿を見ながら、アイズは静かに哀悼の意を捧げた。

 

 説教と言う名の尋問が終わったのは一時間が経過したころだった。

 フラフラと覚束ない足取りでテントを後にするデモポンを見ながらリヴェリアとシャクティは考え込むように眉間に皺を寄せていた。

 

 「ふむ……、彼らのパーティーのリーダー役をしていた冒険者と内容は変わらなかったな」

 「あぁ、闇派閥の狙っていたかのような強襲、イレギュラーで生まれ出たゴライアス、ゴライアスはダンジョンであるからと説明出来るが、闇派閥に関してはそうも言ってられない」

 「象神の杖(アンクーシャ)、貴様のファミリアがダンジョンの入り口を警備していたのだったか?」

 「九魔姫(ナインヘル)、言い訳にしかならないが我々も目を光らせている。それでも鼠一匹とはいかないのだ」

 「分かっているさ、責めているわけではない。ガネーシャファミリアの労苦は我々以上であろうことも理解している。それでも、ダンジョン内部に闇派閥が拠点を設けているかもしれないというのは冒険者を生業とする者にとって死活問題だと思ってのことだ。……あくまでの確認だ」

 「勇者(ブレイバー)はこのことを予見していたのか?」

 「フィンは別に預言者と言う訳ではない、さすがにこの事態に対しての報告は受けていない」

 「勇者(ブレイバー)の予想を超える出来事が起こった。ならば……」

 「あぁ、これからさらなる混乱が生まれるやもしれんな」

 

 リヴェリアとシャクティはそう言い合うと深く溜息を零した。

 だがシャクティは少し嬉しそうにしていた。

 それに心当たりのあったリヴェリアがニヤリと笑った。

 

 「弟子が闇派閥、しかも幹部の撃破、さらに階層主の討伐、師匠としては鼻高々といったところか?」

 「よしてくれ、私が教えたのは基礎の部分だけだ。あんな無茶をさせるような指導など行うものか。……アレの戦術の組み方は私のソレとは違う。まるで、参考となる人物がいたかのような動きを時々行う」

 

 シャクティはそう言うと、寂し気に小さく息を吐いた。

 

 「それよりも剣姫について先生としては誇らしいのではないか?深層到達最年少記録樹立らしいではないか」

 

 シャクティとリヴェリアがそう言い合うと互いにクスリと笑った。

 互いにやんちゃな子供の面倒を見る者どうし苦労を分かち合ったのだ。

 その時、テントの外からアーディの声が響いた。

 

 「ケンカはしちゃダメだよ~ッ!」

 

 その声が聞こえた瞬間、先程までの空気は四散した。

 そして二人はテントの外に重い足を引きずるようにして外に出たのだった。

 

 

 夜、と呼べばいいのだろうか。

 地下に埋まるダンジョン内において太陽の役割を果たす巨大な水晶の光が弱くなる時間帯、デモポンは一人芝生の上に寝転がっていた。

 デモポンは想う。

 生き残れたのは奇跡だったと、本来であれば己が運命はあそこが終着点であったと、それでも自身を突き動かす原動力、諦めを放棄したその思想、根源は一体なんだったのかと。

 デモポンは瞼を閉じた。

 

 そう言えばあの人はいつも瞼を閉じていたな―――。

 

 「理解しろデモポン、その涙の訳を、悲しみの意味を―――」

 

 暖炉の中を舞う灰のように刹那的な色をした長髪を風に靡かせながら、鈴のような声でそう叱責するのは、居候をしていた強い女だった。

 

 「それが許せないと言うなら強くなれ、誰よりも何よりも強くなってしまえ、それこそ英雄のように」

 

 あぁ、そうだ。

 英雄について語っていた強い彼女がとても悲しそうにしていたんだ。

 それで、俺はなんて答えたのだったか―――。

 ただ思い出せたのが、彼女の瞳を見たのは、あの時が最初で最後だったということだけだった。

 

 再び瞼を開けると少し違和感に気が付いた。

 

 ―――暖かい。

 

 デモポンは首を動かす。

 その先に居たのは、デモポンの両隣で同じ様に眠るアミッドとアイズであった。

 二人とも疲れているのかデモポンが身動ぎしようが目を覚ます素振りを見せない。

 デモポンは二人の寝顔を見ながら、優し気に笑う。

 そして片手を持ち上げた。

 オラリオに来た頃よりも大きくなった手を見つめながら、再度呪文のように呟いた。

 

 「―――強くなってみせる。誰よりも」

 

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