ハリー・ポッターとアズカバンの吸魂姫、あるいは曇りの海のミラステラ 作:銀杏鹿
「やめ、やめてくれ!許してくれぇ!」
「ひ、ひひ、あはは、あはは!」
「みんな死ぬんだ、死ぬ、死ぬ……」
広くて寒い城の中を歩けば、いつも通りヒトの元気な鳴き声が湿った壁に響いている。
この城──アズカバンにいるヒトは、悪いことをして送られてくる、らしい。
私は違う。悪いことはしてない。
"看守"だからここにいる、らしい。
いつからいるのか、どうして"看守"なのかは覚えてない。"看守"がなんなのかも知らない。
覚えているのは、いつもお腹が空いていたことと、いくら食べてもお腹いっぱいにはならないこと。
それと親戚のことくらいだった。
「──」
"親戚"──真っ黒なローブを着たヒトの骨みたいな何か──が檻の中にいるヒトからご飯を貰っていた。
「ぁあぁ……あぁぁ」
魂を吸われてヒトが呻いている。
"親戚"は幸福とか、喜びとか、そういう記憶とか思い出、魂を食べる。もちろん私も。
「こんにちは、美味しい?」
「(こんにちは。香りが強く中々の出来栄えです)」
よく分からない返事は頭に直接聞こえた。
感想は大体同じ。私にとっては美味しくないものばかり。
「それって美味しいの?」
「(ここ数年で最高と言えます)」
「前も同じこと言ってた」
「(昨年同様良い出来栄えです)」
「ぁぁ………」
ヒトから魂が全部なくなった。
「私の分は?」
「(これは土に与えます)」
親戚が動かなくなったヒトを引き摺っていく。
魂を全部吸い終わると、ヒトは冷たくなる。全部吸わなくても、大体動かなくなる。どんなヒトも食べてしまえば同じ。動かなくなると、今度は城の裏の土が食べる。
土にあげるのが面倒な時は海が食べる。土と海はいつでも何でも食べるから、多分私達よりお腹が空いてるんだろう。
ここは、とても寒くて、冷たくて、何もなかった。
私だけヒトと似たような姿。親戚とも違う。ヒトでもない。私は別の何かで、一つだった。
ずっとお腹が空いたまま。
いつか動かなくなるまで、このままなんだと思っていた。
そうじゃないことを知ったのは、変な魂を食べてからだった。
「あ、アズカバン……なんで……」
空きだった牢屋に、いつのまにか居たヒト。親戚は「(アズカバン史上最悪の不作です)」とだけ言って何処かに行った。たしかに全然、美味しくなかった。
けれど、そのヒトの思い出を食べていたら、色んなことを知れた。
ここの外のこと、魔法のこと。
これから先のこと。
"闇の帝王"、"生き残った男の子"
遠いどこかの物語。
いつか、ここが解放されて、親戚が外へ出て行くこと。
でも中身が多過ぎて私にはよく分からなかった。
気になったのは、この城の中の何処かにヒトとは少し違うモノがいるということ。
ヒトでも、親戚でもない。
それは真っ黒な姿らしい。
もしかしたら、私と同じかも知れない。
そうして見つけた。その黒い生き物を。
「黒い……」
檻の中に四つ足の毛むくじゃらが寝ていた。
小さいもの……ネズミというのは見たことあるけれど、こんなに大きいのは初めてだった。
「こんにちは、貴方はヒト?ネズミ?」
「……ッ!?」
こっちを見た。驚いてるみたいだった。
「挨拶しない、失礼な生き物?」
「……」
失礼な方の生き物だ。ネズミ、土とか海と同じ。
「どうしてヒトの檻にいる?」
「……」
「貴方も悪いことした?」
「……」
毛むくじゃらはお尻をむけて寝てしまった。
「ヒトなのに違う姿だから、ここに来たの?」
「……」
「そうなの?」
「……」
毛むくじゃらは見向きもしない。
「わかった。貴方は黒いから、
「……ッ?」
黒いのが少し動いた。
「驚いた?なんで?」
「……」
「また、来るから」
返事はない、けれど、その日から私の何もない世界にひとつだけ色が生まれた。
まだ黒一色だけれど。
黒い毛むくじゃらに話しかけるのが、日課になった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
目が覚めて直ぐ会いに行った。
だけど、毛むくじゃらはいなかった。
代わりに、ヒトが親戚に吸われていた。
「(100年に1度の出来、近年にない良い出来です)」
「……なんで?」
私の声を聞いた親戚は吸うのをやめた。
「
「(これはブラックです)」
倒れているヒトを指差す。
「毛むくじゃらは?」
「(分かりません)」
「それ私の。勝手しないで」
「(最高の出来です、どうぞ)」
親戚は居なくなった。
「……黒?ねえ、貴方、黒なの?」
鍵を開けて入ると、髪の毛は黒とそっくりだった。
でも、動かなかった、とても冷たかった。
「……貴方も、動かなくなる?」
動いて欲しかった。そのヒトが絶対に黒だってわけじゃないのに。
「……」
だから待った。ずっと待っていた。
起きるまで寝ないで待った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……アズカバンで子供に助けられるとは」
目が覚めるとヒトが私を眺めていた。
私、全然起きてなかった、寝てた。
「…こんにちは?」
「ああ、こんにちは」
挨拶ができる生き物だ。偉い。
「貴方は黒なの?」
「ブラック家の人間で間違いない、一家というにはあまりに少ないがね」
ヒトは変な顔で笑う。
「少ない?」
「知らないのか?」
「知らないことだらけ」
「君は……受刑者か?」
「多分違う」
「その布は……吸魂鬼の物か?それに……此処へどうやって入った?鍵は……」
「服を着ないのは失礼だから、くれる。鍵も貰った。看守?だから」
「……奴らは人間に友好的なようには…」
「親戚なの」
「……親戚?」
「私も親戚と同じ。魂食べるから」
「……君が……吸魂鬼だとは思えないが」
「そう、親戚は親戚。私は私」
「……君は……いや、俺はシリウス・ブラック……君の名前は?」
「名前?」
「君が生まれた時、与えられたものだよ」
「分からない。私、生まれたの?」
「生きているんだ、そのはずだ」
「生まれるって何?」
「……難しい質問だな。そうだな…新しく、この世界に出てくるんだ」
「生まれるって、難しい」
「……そうかもしれない」
「この城って世界?」
「……城?……ああ、世界の中にある」
「じゃあ、世界に出てくる前と、この城の中にいるのって何が違うの?」
「それは……」
「生まれた時に貰えるもの、ないよ。それなら、私、生まれてない?私、生きてるの?」
「──っ」
黒は私を捕まえた。親戚が思い出を吸う時とは違った。ぎゅってされて、動けない。
「黒は私を食べるの?」
「食べない」
「じゃあ、何で?」
「悲しいことを言わないでくれ」
「悲しい?何が?」
「聞こえないか?心臓の音が」
「くさいよ」
「……聞こえないのか?」
「とくん、とくんって、鳴ってるの、心臓?」
「生きてるってことだ」
「私のは聞こえない」
「……いつか聞こえるかもしれない」
「生まれたら、聞こえるの?」
「きっと」
「名前は?どうやったらもらえるの?」
「君の親はどこにいるんだ?名前は親が与える筈なんだ」
「親?それに頼めば名前、もらえるの?」
「……親は…君のことを守ってくれる存在だ」
「見たことない、そんなの」
「分かった……なら……代わりに私が名前をあげよう」
「いいの?黒の名前、なくなったり、減ったりしない?」
「助けてくれたお礼だ。どうせブラックはもう一人しかいないんだ」
「じゃあ、黒が私の親?」
「……そういうことになるのか」
「私の名前、何?」
「君の名は……ミラだ。ミラ・ステラ・ブラック。ブラック家に相応しい星の名だ」
「星……?」
「ブラック家では星の名を与えるんだよ」
「どんな星?」
「不思議な星だ、見るときによって違う明るさなんだ。君の髪は光の加減で黒にも銀にも見える。だから、ミラ・ステラ」
「そう」
「気に入ったかな」
「……わからない、でも覚えた。ミラ・ステラ・ブラック、私の名前」
よく分からなかった。
言えることは……
彼の魂は黒くて、親戚の言う通り、すごく美味しそうだってことで。
彼の思い出を食べたら、もしかしたらお腹いっぱいになれるかも知れない。
そう考えると、涎が垂れそうになった。
親戚の気持ちが少しだけ分かったような気がした。
冷たくなるまで吸い尽くしてしまいたい気持ちが。
★(空想上の)質問コーナー★
Q.吸魂鬼の接吻って執行が決まらないと行われないんじゃないの?
A.アズカバンの看守は吸魂鬼しか居ないっす(ソース不明)何があっても本国の人間は分かんないっす。やりたい放題っすね。
Q.闇の魔法使いは吸魂鬼の耐性があるんじゃないんですか?
A.それならシリウス以前に(クラウチJr.は例外として)だれか一人くらい脱獄しててもおかしくない筈です。なので闇の魔法使いだから全く効かないってわけじゃなさそうです(要参考文献)
Q.なんか思い出とか幸福とか色々言ってるけど、吸魂鬼が食べるのって魂じゃないの?
A.自分が食べている物が何なのか、吸魂鬼も主人公ちゃんも理解してません。
Q.吸魂鬼主人公とかなんか被ってませんか?
A.ええ!奇遇ですね!