蒸し暑い空気と嫌になってくるほどの蝉の大合唱。
季節は夏、あの日病院で目覚めてから約一ヶ月が過ぎた。…身体はなんとか生きていたものの持ち主だった彼は生きることを拒んだのだろう。
そして同じ空間にいた自分に身体をこれ幸いとばかりに押し付けた。
最期に「好きに生きてくれ。」なんて囁くように言っていたのだ間違いない。
あれから病室は大騒ぎだった。本来即死していておかしくない程の致命傷を負っていたのに二ヵ月眠り続けた挙句、突然目覚めてぶっ倒れたのだ。
それを見つけた看護師の驚きようはそれはもう酷いものだったらしい。
翌日には親や学校の先生など大人がこぞって面会にきた。身体に入った時に彼の記憶も受け継いだらしく、人を間違えるようなことは無かったのがラッキーだった。
とはいえそっくりそのままとはいかず、母親は違和感を覚えていたようだけど医師の事故の衝撃で記憶の混濁があるのでしょう。と言われていた。
嘘をつくのも申し訳ないが真実を知るよりは良いだろうなと、それに乗らせてもらった。
今の自分には記憶が二人分あるため母親だけど違う気もする、といった感じだ。父は海外に単身赴任しているらしく、電話での会話のみだ。
◇
色々あったなあ、なんて思いつつ空になった器をみて声をかける。
「おっさん、かき氷おかわり。抹茶ね。」
「あいよ、400円。……何杯目だ坊主食いすぎじゃねえか?」
「いいんだよ、夏休みで病み上がりなんだ好きにさせてくれ。」
そう、今は夏休み中なのだ。事故にあったのが五月、目が覚めたのが七月。リハビリしてたら夏休み。
素晴らしい流れだ夏休み万歳。
母も事故のことを気にしてくれて、夏休み期間中は祖父が住む三重県の田舎に預けられている。
「のんびり考え事が出来るから助かってはいるんだけどなあ…。マジでヒロアカだもんなオールマイトいるし。」
入院中にテレビを見ていたらCMでオールマイトが出てきてひどくビックリしたものだ。今となっては慣れたが初めは苦労した…。
「…今日も、かき氷食べてるん?暇やねえ。」
んーー?今日は来ないはずだけどなあ。おっっかしいな。青空を眺めていた視線を正面に向ければ茶髪ボブカットのもちもちしたやつが汗をぬぐいながら歩いてきている。
「なんだ、今日も来たのか友達いないのか?お前。」
「失礼な!友達くらいおるよ!?あ、おじちゃん私、赤福氷!」
「はいよお、今日も勉強かい。お茶子ちゃん。」
「そうそう!まだ模試B判定なん。頑張らんと!」
そう。皆さんお察しの通り、この元気っ子。我らがヒロイン麗日お茶子だ。出身地なんて知らなかったけどまさか三重とはなあ。
正直なところ、ヒロインだなんだと言ってはいるけれど原作知識なんてUSJ襲撃事件開始までしかない。押し付けられたとはいえせっかくの第二の人生だ。しっかりと根を下ろして生きていこうと思ってる。
「…どこ志望なんだ?」
「雄英高校ヒーロー科!知っとるやろ?倍率とーんでもないんよ。」
「へえー、ヒーローか良いじゃん頑張れー。」
「お兄さんはどこの高校いってるん?」
「俺も今年受験、同級生だよ。」
「ええ!?うそ!」
…?歳上だと思われてたのか。なんだおっさん。青春してんな!って感じの顔をやめろ。
「じゃあお兄さんもヒーロー志望なん?」
「いや、友達との約束はあるけど悩み中。」
「約束かあ、いいやん!お兄さんも雄英行こうよ!」
「そんな簡単でもないだろうに…、それにライバル増やしていいのか。」
彼女はそんなこと考えていなかった様で、ハッとしてワタワタしている。そんな風景が可笑しくて笑ってしまう。
「なに笑っとるん?どうすr「あいよ赤福氷」わーい!いただきまーす!」
…切り替え早すぎるだろう。
◇
閑話休題。
もうお昼過ぎだ、勉強も疲れて座敷でゴロゴロ。いい生活だよなあ。
「そういやあ、うちの猫見なかったか?今日はまだ帰ってきてなくてな。」
「ううん、見てへんよ。奥で寝てるかと思ってたけど違ったんね。」
言われてみれば確かに今日は見てないな、いつもなら撫でられに来るのに。…よし。
「腹ごなしに少し歩いてくる。ついでに辺り見て来るよ。」
「待ってお兄さん!私もいく!」
「置いてくぞ。」
なんだかんだと雑談しながら歩いていると、河まで来てしまった。
さすがにここまで遠出はしていないだろうと思っていたのに、……居た。ビビりなのに川岸の木に登って降りれなくなっている。
「いたー!ぶちゃ!待ってて、今助ける!」
ぶちゃっていうのは猫の名前だ、確かに愛嬌のある顔してるけど可愛くはない。
ちなみに彼女が名付け親らしい。駆け寄っていく彼女の後をのんびりと付いていくと枝先の方にしがみついてる。
真下で腕を広げて降りておいで、なんてしているが無理だろうなあ。
早く戻ってのんびりしたいし、辺りに人もいない。これなら大丈夫だろう。
足元に落ちている小石を拾い、彼女に渡す。
疑問符を浮かべているのを無視して右手を緩く前に突き出す。自由に動けるようになって約半月、誰にもバレない様に「個性」の練習をしてきた。これはその成果。
『ROOM』
キーワードと同時に薄水色の半膜が展開される。
ぶちゃ、と彼女がサークル内にいることを確認して。よし。
『シャンブルズ』
瞬間、ぶちゃの姿が掻き消える。その場に現れたのは小石。
「はっ?グエッ!」
潰れるような声を出した彼女の方を見てみれば、その腕の中にはぶちゃ。
成功したことに少しの安堵を覚えながら、店に戻ろうと歩き出すと背中を強く叩かれる。
「凄いやん!!物を入れ替える個性?便利やね!」
「大体そんなところ。早く帰ろう寝たくなってきた。」
「ええけど、お兄さんヒーローしてたよ!やっぱり雄英行こう!」
能力を使うのに体力を持っていかれるから、疲れるな…。
え?雄英?あーー行くいく。ほら店戻るよー。
「ん?!言質取ったからね!夏休み特訓や!」
うー-ん。今何気ない一言で人生が決まった気がする。
けど不思議と不満は無かった。あの空間で出会った親友の夢を現実にするいいチャンスだ。
…うん、迷いも消えた。
「特訓?実戦でもやるか。個性ありの。」
「個性の無断使用やよ?!」
「こんなド田舎で気にすることでもないだろ。それにさっき使ってるし今更だよ。おっさんも通報なんてしないさ、ついでに言えば俺らくらいしか客いないし。」
「あ、あはは…でもちょうどええかも。頑張ろう!…えーーと。」
なにが気になってるのかは、もちろん分かっているけれど。
「謎のお兄さんって呼んでくれ。」
「同い年なのにねえ、いつかちゃんと教えてよ?」
今日からこれを胸に刻んで生きよう。
人生目標その1、親友の夢をかなえること。
さあ、忙しくなるぞ。