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――火の鳥が――
ザァ、ア……!!
暗く、一筋の光も無い、深い森の中で、地虫のように這い進む、僕の頭上。
――哀しみの、炎の鳥が――
ザァア、ア……!!
冷たい豪雨が容赦なく、満身創痍である、ボロ着れのような僕の身体を、強く撃ち据える。
――嫌だ、死にたくない――
その、僕の。
――彼女に、もう一目会うまでは、死にたくない!!――
僕の、頭上で。
ゴゥ、アァ……!!
――アア、焼き尽くしていル――
それだけが、闇と無慈悲な大雨だけが僕を覆う中、その「火の鳥」だけが、ただ闇夜に輝く一つの光。
――怒りと、憎しみと、哀しみに満ちた、不死鳥の光――
そう、兄上の心であり、兄上の光。
――兄上、兄上は……――
だから、僕はこの「光」が怖かった。
――……人を威圧するしかない、独善の炎の、持ち主――
限りなく、恐ろしかったのだ。
――だから、僕はずっと昔も、少し昔も、今も、この瞬間も、兄から逃げてるんだ……――
深紅の光、全てを支配しようとする、紅く輝く、この世の全ての悪を許さぬ「悪」の、凄まじき、怒りの光。
――……いや、だけど――
いや、もう1つ光があった。
――この、燃え盛る姿をした兄のそれではない、破壊の光ではない、違う光――
ズッ、ヌゥ……
ぬかぬんだ地面を這う、僕の脳裏に浮かんだ、もう1つの光。
――やんなっちゃう、このバカアゼル!!――
――ご、ごめんよ、ティルテュ!!――
婚約したばかりの、妻の笑顔。
――えへへ、な、何か照れちゃうな、アゼル……――
――僕も、何か身体がむず痒いよ、ティルテュ――
――あんたの、奥さんになるなんて、ねぇ?――
兄の否定の光とは全く異なる、人を肯定する、暖かな光。
――兄、上……――
ザァ、ア……
どこまでも、どこまでも深い闇、そして心を凍らせる、痛め付ける、嘆きの雨。
――ティル、テュ……――
そして、僕の眼から。
――僕の光、は――
脳裏から。
――そして、光は……――
全ての、光が消え失せた。
――――――
――今でも、兄は――
目前にそびえる私の兄、豪華絢爛たる鎧をその身に付ける、アルヴィス皇帝の纏うマント、それは。
――アイーダからの贈り物を、あのマントを、今でも纏っておられるのだな――
昔からの、兄のお気に入りの品だ。
「……兄上」
「何だ、アゼルよ?」
私とて、この何十年間、遊んでいた訳ではない。
「兄上、あなたは妻を愛していましたか?」
「……」
通常の魔法でも、フォルセティという「神器」を持つ彼を、模擬戦で時には倒せる程に、魔法の「技」を磨きあげた。
「……ああ、ディアドラを、彼女を余は愛していた」
「ならば、私の心もお解りになるはず」
「……ふむ」
そう「技」だ。力で勝った訳ではない。
「あの我らがヴェルトマー一族の者、ヒルダの件だな?」
「兄上は、私の妻の事を知りながら、何も対処をしなかったと?」
「人の家の話だ、余には関係がない」
「……そうですか」
ティルテュ、私の妻。常に明るく、ハツラツとした笑顔を振り撒いていた、その妻。
「ゆえに、私は妻、ティルテュの仇を取らなくては、ならないのです」
「ならば、してみせよ、アゼル」
「……はい」
そう、最期には、その笑顔が全て消え失せたまま、この世から去った彼女の為にも。
「……行きますよ、兄上」
パ、チィ……
私は、ヴェルトマーの家に、仇をなすヴェルトマーの男。
――――――
――全力で来てくれ、セティ――
――しかし、フォルセティの、神器の全力では、貴方は――
――構わん、でないと、私は兄の神器には勝てない――
結局、そのセティの末裔が放ったフォルセティと、私の対神器用の魔法戦術、それでの戦いは。
――さすがです、アゼル殿――
引き分け、私のティルテュ譲りの雷撃はフォルセティの風に吹き飛ばされたが、彼の神器による風を、私は防ぎきる事が出来た。
――しかし――
違う、何かが。
――あの、炎の鳥とは――
あの泥土に埋もれていた私の、バーハラで見た、兄のファラフレイムとは。
――違う、何かが、違う――
使い手の実力や、性根とかの話ではない。もっと、根本的な。
――何かが、違う――
――――――
「お前に、余のファラフレイムを防げるとでも?」
小細工では、最終的には圧倒的なパワー、神器のそれには敵わない事は、当然私も知っている。
「……兄上、私は昔の私ではありません、勝算があるのです」
「……なるほど、では」
スゥ……
魔力の、微かな炎の力が、兄の身体から拡がっていく。
「いくぞ、アゼルよ」
「……」
ポゥ、ウ……
最初は、まさしく親指大の、まるでロウソクの火のような、か細い火、灯火。
――昔からの――
そして、その灯火は、少しずつ、僅かに、徐々に。
――僕が、昔から知っている兄の――
火が膨れ上がり、大きさを増し、他を威圧する、その力を増していく。
――兄の、性格――
そして、炎は天空に向けて、吹き上がり、その炎の手を幾多にも伸ばし、振り撒く火の粉が、増えていく。
――兄の生き方、戦い方――
そして、最初はまさしく、最下級の炎魔法よりも弱々しい、そのちっぽけな火は、どこまでも。
――兄の、そして戦術、謀略も、全く同じ――
次々に拡がり、拡大し、肥大化して。
――兄の心、正義、愛情、憎悪、嫉妬に満ちた、兄上――
このユグドラル大陸、全てを包む程に、膨れ上がり。
――兄は、兄はその心が、いつまでも、今も、昔も変わらない――
全てを、覆う程の炎の球が、兄の頭上に出現する。
――恐ろしくて、偉大な兄上――
ズゥウ……
いや、むしろそれは、炎の球と呼ぶべきではなく。
――だから、僕は若いとき、兄から逃げ出したんだ――
カァ、ン……!!
太陽、アルヴィス皇帝の頭上に出現したそれは、決して「火」というレベルではない。
「……」
太陽、兄の持つ野望、この世界の「邪悪全て」を根絶やしにするという願望を具現化した、悪を根絶する「悪」と言う名の、尊大にして、凶悪なる「太陽」
「……だが」
これくらいなら、立ち向かえる。覚悟は決めている。
「兄上、私はマージであります」
ズゥ……
私の身体、そして両手に魔力が満ちていく。
スゥウ、ア……
そして、私の周囲を舞う魔法の力。
――ファラの力、自力で手にいれた力、そして妻から学んだ力――
私の力が、炎の球、風の渦巻き、雷光として、己の周囲に舞い、そして踊り始める。
「たとえ全ての分野を使えても、専門家となっている、ファイアマージなどには敵わない」
だが、私の出現させた、いずれの力も、兄であるアルヴィスの力、巨大な太陽を現出させる彼の魔法の前には、象と蟻としか見えないほど、矮小。
「しかし、それでも私は兄上、貴方に立ち向かう」
「……」
当然、単純なパワーでは、私の魔法ではファラフレイムに対して、全く勝ち目はない、しかし。
「……この、擬似的なライトニング、またはオーラなどの光魔法ならば」
シュウ、オ……
舞う魔法の数々、それらが私の手の上で集束していく。
「……魔法の相克によって、貴方に勝てる」
「……なるほど」
しかし、それは理屈だ。魔法を知っていても、戦いを知らない人間が考える机上の理論だ。しかし私は。
「炎、雷、風、それの複合によって、光の魔法を作るか、アゼルよ」
「……」
私にとって、これが唯一の、兄に対する勝算だ。
「だがな、それでもアゼルよ、戦いは」
「……」
暑い、どころではない。
――圧倒的な、力――
私のかく冷や汗すらも蒸発させる、破滅の太陽が放つ熱。かつて、私の敬愛するシグルド公子達を、最終的に破滅に追いやった、全てを焼き尽くす暴力の焔。
「戦いは力が、それが全てを肯定する」
「……」
「違うか、アゼルよ?」
なるほど、だが、その兄の太陽は、何かを、未来を産み出したのであろうか。
「勝たなくては、正義は無力なのだよ、アゼル……」
「しかし、兄上」
「何だ?」
他者を、世界を、そして最期に自分すら焼き尽くす、ヴェルトマーの炎。
「貴方は、勝って何を手に入れましたか?」
「……」
「貴方は、勝つごとに、他者はもちろん、自分を傷つけ、そして今は……」
「もうよい、アゼル」
ズゥ……
炎が、兄アルヴィスの太陽が、静かに蠢き始める。
――今!?――
確かに私は感じた、あのバーハラでの終わり、そこで見た「不死鳥」の、あの全てを超えた力を。
「最後に、アゼル」
頭上に太陽を、己の手すら使わず掲げたまま、無造作に兄が胸元から取り出した品。
「……それは?」
「我がヴェルトマー家に伝わる、炎の紋章」
「炎の、紋章……?」
チィ、リィ……
複雑な文様が描かれた首飾り、ヴェルトマーの家紋、その紋章に僅かに似ている、その小さな、鈍い黄金色をした装飾品。
「……?」
そのペンダント、それは兄の手の上で微かに振動し、そして。
「……音?」
リィ……
何か、異音を放っている、ような気がする。
「ファイアーエムブレムだよ、アゼル」
リィン、チォ……
――……あっ!!――
その紋章は、まさしく、確かにファラフレイム、兄の太陽の律動に合わせて、それに呼応している、しかし。
「……何だ?」
キィ、ン……
その紋章の発する金属音、それの高まりと共に、私は自分の魔力が、強く活性化していくのを感じている。
「それは、ファイアーエムブレムとやらは……?」
その私の声、それには兄は答えず、ただ。
「!?」
突如として、私に向かって、それを投げつけてくる。
「……くっ、暗器!?」
だが、その、兄が投げてよこした紋章、それはあたかも意思を持ったかのように、宙を飛び、跳ね。
スゥ……
そのまま、まるで意思をもっているかのように、魔法を制御している私の手のひら、いや。
「……!!」
右手の手首、そこに紋章のチェーンが、軽く巻き付いてくる。
「もしも、貴様が余に勝ったならば、まずは貴様が炎の紋章を継承し」
その低い兄の言葉、だが、それは私の耳を素通りした。
――音が、聴こえる……?――
鈍い光を放つ、その炎の紋章とやらからの、奇妙な不調和音。
「……しかし、兄上」
しかし、私は首を一つ振って紋章とやらから意識をそらし。
フゥ……
再び、兄の顔と正対する。
「……これを、私にどうしろと?」
「そして、後にしかるべき者に、これを渡してほしい」
「……」
兄のその言葉に対して、私は訝しげに、眉間へと皺を寄せてみせる、その私の。
「マイラ、あの闇の聖戦士は」
私の疑惑に気づいたか、気づいていないか、兄は。
「ロプトの聖戦士は、何故、兄に逆らえたと思う?」
「……?」
何ゆえか話をずらし、その兄の口から放たれる言葉、それが続くと共に。
ボゥウ……
僅かに、兄の足元から陽炎のような物が漂い始め。
「これは、思想主義ではなく、現実的な問題だ」
「……何を言っているのです、兄上?」
「……解らぬか?」
そして、ファラフレイムの太陽のみならず。
シュウァ……
ポツポツ、ポツリと。
「マイラが、最終的には破れたとはいえ、あそこまで長期間に渡って、兄である暗黒神に立ち向かえた、その手段だ」
「……」
兄の、炎の皇帝の身体から、細い炎の糸が舞い始めた。
「そのファイアーエムブレムは、単なる飾りではない」
「……」
「十二の神器とも違う、ユグドラル大陸土着の、神の力が宿った品だ」
「……そうですか」
なるほど、その兄の言葉の意味が、解り始めた。
「……ユグドラルにも、古の聖戦士達に力を与えた神とは違う、偉大な……」
その時、私の言葉が終わらないうちに。
リィ、ン……
――頑張って、アゼル!!――
鈴のような音と共に、なぜか、極めて鮮明に。
――ティルテュ?――
亡き妻の声が、私の耳に、強く滑り込む。
「……気のせいだ」
だが、私は頭を軽く振り、そして、その身体が。
「……しかし、兄上」
その身体が、炎に包まれ始めた兄、彼に対して最も解らない理由を問おうとする、その内容は言うまでもない。
「……何も、この期に及んで兄が私を罠に掛けるとは思えないが」
それでも、この紋章を兄が私に向けてよこした理由、それを訊ねようとしたが。
「兄上、この紋章を……」
ボゥウ!!
「……ッ!!」
「……やるようになったな、アゼルよ」
返答は、兄の手のひらからの炎によって、もたらさせた。
「……兄上」
「ン……」
「私のヴェルトマーの血は、濃くはない」
私とて、マジックシールドなどは瞬間的に発動出来る。この程度の、ファイアー程度の炎など。
「この紋章とやらも、そしてファラフレイムも」
しかし、当然この攻撃が兄の本領であるはずはない。
「そして、私の子供達も、おそらくはファラフレイムを使えない」
「……そうだな」
ザァア……!!
「なあ、アゼル?」
「何ですか、兄上?」
指先すら使わない、兄が虚空から出現させた白い炎、しかしその力もまた、大した事はない。
「昔の話だが、な」
ザァ、ア!!
恐らく、先程から遊びに近い感覚で魔法を放っている、兄からの炎の波、今度のそれは目にも見えない。熱波のような物である。
「俺は見たぞ?」
「はっ?」
「お前が確か12、3歳の若造だった時」
その、突拍子もない話を始めた時の兄の顔、それは。
――あっ……――
現在の、苦悶のシワに浸食された「皇帝」の顔ではない、若い時の兄を思わせる、その顔。
「……何ですか、兄上?」
常にこの兄に対して、畏怖を感じていた昔、それでも、その顔だけは好きだった、優しい部分を見せる時だけの、兄の笑顔。
「俺とアイーダの深い、ベッドでの逢い引き、それを覗き込んで」
「……えっ?」
「その、つまり、だな」
全く、実に全く不可思議な、昔の話。その間にも。
「自慰を行っていたことをな」
「……あの、兄上?」
「お前は昔に、あのアイーダが好きだったのだろう?」
ズゥオ!!
天空の大炎球から伸ばされる数枚の「舌」など、兄上にとってはこのような雑談の合間にも出来る芸当。
「……だったら、何だと?」
全く無意識の内にも、出来る芸当なのだろう。
「言うのですか、兄上?」
「……フフン」
「……」
私の、今この瞬間の魔法防壁と同じく、ほとんど、呼吸と同じなのだろう。
「……兄上、何を考えておられるのだ?」
「そのアイーダ、死んだアイツとの間には、余の子供がいるのだ」
「……」
その話、確か誰かに聴いた事はある。
――……確か――
トラキア半島の解放戦で協力し、その後に合流したレンスター軍の軍師、アグなんとか、からだったかもしれない。
「……この紋章は、その子に渡せと?」
そして。
「まっ、それはお前が生き延びてから、考えよ」
「……」
そして、続けて放たれる兄の指先からの火線。
「……兄上」
ファラフレイムの圧倒的な力に比べれば、比較にもならないその炎の槍。
「兄上、あまり」
私は簡単にその炎を、自らが纏う雷の力によって、かき消す事が出来た。
「あまり、今の私を舐めないで頂きたい」
「そうだな、アゼル」
その、深く。
スゥ……
深い、兄の頷きの後に来た。
――!?――
凄まじい威圧感。
――来る……!!――
昔の、あの炎の鳥が。
「炎よ、風よ、雷よ!!」
ゴゥウ!!
炎が、風が、雷が集束する。先の構成した、擬似的な光の魔法によるマジックシールドとは別に造り上げようとする、私の魔法。
「偉大なるファラ、焔の女傑魔法剣士ファラはな、アゼル……」
ズゥウ、ズゥ……
兄の太陽が、静かに降下を始める。
「聖なるバルドに恋い焦がれ、そして彼の相愛なる聖女、ヘイムを敬愛しつつも、嫉妬の炎に包まれる、一人の女性でもあり……」
――……!?――
兄の、身体が。
「ファラは、我らヴェルトマーの祖先であるファラという女性はな、アゼルよ……」
ファラフレイムの太陽に、取り込まれる。
「正しく、女性……」
そして、その次の瞬間。
「我が母シギュンと同じく、まさしくオンナ、であったのだよ!!」
ゴゥウ、ァア!!
瞬間的な爆発。
「兄上!?」
そして、それと共に。
――あれは、兄上の愛用のマント?――
辺り一面に。
ゴゥア、ウ……!!
獣の、咆哮が拡がり。
――いや、違う!!――
焔の翼、その両翼が、ファラフレイムの炎塊から、天に向かって伸びる。
――そうか、これこそが!!――
いつか見た炎の光。あの燃え盛る不死鳥。
――やはり、違う!!――
そう、これなのだ。
――違う、これは、兄上は神器を使っているのではない!!――